ジテ君って、どんな人?
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1976年4月13日、ソウル生まれ。 |
| その頃のジテ君は。。。 | ジテ君自身の言葉(インタビューから) |
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勉強が嫌いで、いじめられたり、不良のまねをした事も有る。 ダンスをやっていた頃、ヒップポップファッションをしていたので、 ピアスの跡が耳に残っている。 この頃ダンスをしていたのは、大学入学の実技科目の為との事。 教会で演劇に出会い、演劇の学科を受験する。 |
「僕はけっこう学校をさぼってましたから」 「今の僕が有るのは、こういうプロセスを通って来たからだと思う」 |
| 壇国大学演劇映画科入学。 初めの頃、演劇の舞台をやりたかったが、背が高かすぎたので役が貰えず、 裏方ばかりやっていた。 大学の副専攻で、現代舞踊を選択し、熱中。 1993年現代舞踏大賞を受賞。 (現代舞踏は、その後腰の怪我で辞めた) |
「いろいろな媒体に興味がありますよ。 なかでも踊りと言うのは、特に奥深さを感じて好きだったんです。 写真も好きで、よく自分で撮ってます。」 |
| 1998年「バイジュン」で映画デビュー。 先輩からオーディションを勧められたのがきっかけ。 興行的に失敗したため、2年近く映画の仕事が来ず、 俳優を辞めて勉強に専念しようかとも思い、留学する事も考えたと言う。 この2年間は、自分の作品を少しづつ撮ったり、 アシスタントやモデルをしたりして過ごした。 バレエ時代の腰の怪我の悪化の為、手術も受けた。 |
「2年のブランクの間にいろいろな事を学ぶ事が出来て、 世の中のこともわかったし、 韓国映画の仕組みとか、そういうことをとを学ぶ事が出来たから、 僕にとってはすごく意味が有る事でした。 これが逆に『バイジュン』が成功していたら 今の自分はなかったんじゃないかなという風に思えるんです。」 |
| 1999年「アタック・ザ・ガスステーション!」がヒット。 4人の主役の中では台詞も出番も少ない役。 初めは他の役が割り振られていたが(無鉄砲役) ペイント役に魅力を感じ、監督に気持ちを伝えて変えてもらったとの事。 この映画で、彼を指示したのは、 圧倒的に十代後半の女性が多かったとか。 | 「ペイントという役は独特な個性の持ち主で、 笑いを絶やさないようにするのがむずかしかった。 台詞がものすごく少ないんです。 そのへんで、テンションをキープするのがむずかしかったですね。」 「5歳ぐらいの純粋な心をもった小さな子供を思い描いて役作りしました。 それをどう表現するか、それが一番大変でした」 「ぼく自身はペイントというキャラクターは もっと『悲しみ』を前面に出してもいいんじゃないかと思ってました。 でも監督と相談して、やっぱり笑いを絶やさない人間で行こうと決めたんです。 うまくいったと思います。」 「ペイントの場合は複雑な環境に左右されて 『つくらなきゃならなかった笑い』じゃないかと思います」 |
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2000年「同感」で主役に。 ジテ君の役作りの努力が有るようには見えない程、 自然で「地のまま」にみえるイン像が出来上がっている。 |
「インは僕自身よりも数段明るいキャラクターだったんです。 僕の中に有る明るい部分を最大限引き出す努力をしたんですが、 それは僕にとってものすごく大変な事で、 明るさを引き出す為に演劇の時みたいにみっちりプランニングをして練習したり、 発音を変えたり声のトーンを変えたり、そう言う練習までしたんです。」 |
| 2000年「リ・ベラメ」に脇役で出演。 ジテ君は、主人公の消防チームの中で前半で死んでしまう若手消防士。 一本気な弟分で、火の中で死ぬ事に怯える役。 「その人物になりきる」のがモットーのジテ君は、 撮影中、随分ブルーな気分になったと言う。 |
「強い中のもろさを表現するようにしました。」 「まわりからは『そんな役?』とかいわれましたけれど、 俳優としての責任感というものをその作品を通じて学びましたね。」 |