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ここは、皆様から頂いたテキストを載せているページです。行替え以外は、原文のままです。

沖川さんによる、 「T・E・ロレンス」試論 <98.08.02>
ロレンスの孤独は、まず自分が私生児である、罪の子だという認識から始まっていると思うのです。 母親のセアラは、自分の「神を裏切った」という贖罪を子供たちに求めようとする。 そこで彼は、宗教においても、自分自身が自然にそれに属せない すがれない存在であると子供ごころに感じて育っていく訳です。そして、罪であると知りながら、それをむしろ甘美なものとして 自分自身を責めながらも振り切ることをしない母親への嫌悪感が 次第に女性に対する嫌悪感となり、彼の中では同性愛的な性癖が培われていってしまう。しかしそれは、当時のイギリス社会においては受け入れられないものであり、 もちろん宗教的にも認めてもらえるものではなかった。それで彼は、アラブに行き、 同性愛的に寛容な社会をみて、そこに自分の居場所を求めようとする。

知っての通り、アラブというより、イスラム社会では女性は財産的な存在であり、 巷には女性にありつけない社会であることから、同性愛に非常に寛容です。
そこで彼は自分の居場所を見つけることに成功する。 さらに、列強がアラブを虎視耽々と狙う中で、彼はアラブの人々を引き連れ、 自分達の力でダマスクスを占領する。
それは、彼が愛したアラブの人たちの為を考えた 彼なりの最高の誠意とともに成し遂げた快挙であったとともに、 イギリス人としてのロレンスの立場を否定するものでもなかったのです。


しかし、彼が真にアラブのためを思って行った事は、自分の背後にある列強の思惑により 無残に裏切られ、しかもアラブの人たちにとっての自分は、独立をともに勝ち得た仲間とは映らず、 ただの戦利品、略奪の手段であった事に彼はやがて気付きはじめる。
ここで彼は、やはり自分はアラブ人ではいられない、自分自身のモラルは イギリス人のそれでしかなく、自分はどうあってもアラブ人と同じようにはなれない と知ってしまうのです。
失意の彼は、イギリスに帰りますが、そこでは 彼を英雄と称えるばかりで、誰も彼の苦しみに気付かない。 だからといって、それでも愛したアラブが列強に食い分けられていく姿を、自分自身の 奢りの結果と思う彼は彼なりに努力するけれども、それでも、個人の誠意は 大国の思惑に潰されてしまう。

自分がイギリス人でしかありえないと知って、イギリスに戻っても 誰も本当の彼自身を見ようとはせず、彼は彼自身でいられる場所を見つけられずに 苦悩し続けるのです。
一人歩きを始めてしまった自分のロレンスの姓を捨て、1人の人としてやり直そうと思っても、 もはや彼はそうした場所でさえ見つけることが叶わなくなってしまう。


彼の望みは、人から忘れ去られること。

彼は、自分自身に正直であり、誠実であろうとし続けた結果、母親にも宗教にも国にも社会にも 属せない、自分の居場所を見出せないがゆえの孤独に苦悩する事になったのだと思います。
人は、何かに属して、自分が必要とされているのを感じて、そうしながら 自分自身の存在を確かめて初めて安心して自分自身の存在を肯定し、 自分自身を愛することができる。
ロレンスにはそうした場所を見出すことができなかった。 もしかすると、ハムディやダフーム、ファイサルやブルートがそうであったのかもしれない けれど・・・。
それでも彼は自分の愛した人たちが死んで 自分の周りから去ってしまうことに悲しみを覚えながら、それを乗り越えるだけの愛するものを 見つけ出すことにもはや疲れてしまって。


そして、彼はクラウズ・ヒルの住人となる。苦痛もなく悲しみもなく。
そして、突然の死 により、彼が最も欲したであろう安息が彼を訪れるのです・・・・。

ロレンスの姓は、けして拾ってきた姓ではなく、母セアラの方の姓だそうです。 もしかすると彼は、自分のロレンスという姓も嫌いだったのかも知れませんね。
「知恵の七柱」は、彼の懺悔録と言ってもよい本ですが(といっても、そのまま読めば 内容はアラブでの記録を事細かに書き留めたものという印象を受けますが)、 S.A.(シーク・アーメド)ことダフームは登場しません。(名前ぐらいは1回位はでてきたかも?)
それでいて、最初の献辞はS.A.に捧げるものとなっています。


S.A.がダフームかどうかについては諸説ある所ですが、私としてはやはり彼だと 思っておきたい所です。
ハムディについては遺跡発掘の際の人夫頭であったという 実在の人物らしいですが、その後の彼とロレンスがどういう関係であり続けたのか、 私が調べた所では分かりませんでした。

でも、実際いろいろ自分なりに調べてみて、神坂さんの情報収集には驚かされます。 下調べという点では、ピカイチです。
そして、ロレンスの伝記はいくつかありますが、 ロレンスの業績ではなく彼の苦悩に主眼をあてて、ロレンスという人物を描いたのは、 おそらく彼女が初めてではないかと思います。(またその解釈が非常に素晴らしい。)
そういう意味で、この作品は漫画という形態を取ってはいますが、一人の人物の伝記という点でも、 また文学的作品と言う意味でも、私は伝記漫画として、最高峰に属するのではないかと考えています。
そして、彼の苦悩が、居場所のない自分自身に対するものであったゆえに、 今の若い世代が自分自身を見つけられない空虚感、何かにすがっていたいという 漠然とした不安に通じるものではないかと私なりに解釈しているわけです。

補注※
ハムディについて カルケミッシュ時代以降、実在のシェイク・ハムディの生涯がどうだったのか、殆ど存じ上げないのですが、ひとつ知っているのは、イラクにある、かの有名な「ウル遺跡」を 「T・E・ロレンス」にも登場したウーリー博士と一緒に発掘した、ってことです。
これが何年のことか、ちょっと今すぐには分からないですが、第一次世界大戦後なのは確か。

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