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★★★☆
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『ディスコ・アンド・ザ・ハーフウェイ・トゥ・ディスコンテント/クリントン』 コーナーショップのメンバーがアジア色を抜きまくった別ユニット。ネタはDisco。深刻さや理屈っぽさが無くて、僕はコーナーショップより好きかも。 プリンスが“2000年に幕を降ろすパーティだぜ”と歌った『1999』に踊らされたのでしょうか、1999年はDiscoの当たり年だった。僕はbis、ジャミロクワイ、ペットショップボーイズ、ベックの99年版Discoを愛聴した。日本で言えば、つんくですかね? 70年代の純正Discoからエッセンスを抜き出し、90年代の音像でまとめる、ってのが大方の99年Disco。70年代のエッセンスはホーン&ストリングスとか、コード進行とか、リフレインコーラスとか。チッチキチッチキ言うハイハットのリズムもネ。
その本質は70年代Discoへのリスペクト。 しかし、クリントンの発想は違う。70年代ではなく90年代を見据えた99年Discoだ。記号的なDiscoエッセンスは一切無い。90年代のダンス音楽を総括してDiscoと呼んでしまうフテブテしいアルバム。音も飛び切りチープ。聴きながらダッハッハなんつって笑ってしまう。プリンスが予言したパーティのBGMには、このCDを推薦するね。好意も批評も併せて「90年代万歳〜!!」って気分だ。 笑いながら踊って生きたいネ。
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★★★★
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『ハーフウェイ・トゥ・ア・スリーウェイ/ジム・オルーク』 「今週のCD」では不思議な偶然が起こる。2枚づつ紹介するでしょ? その2枚の音やジャケ写が似ていたりするんだな。僕の切り口(2つとも料理をネタにするとか)が似るのは無意識の作為なのかも知れないとしても、奇妙に符号が一致する。今回は題名が似てますね。などと関係無い話を書いたりして…。 時の人であるジム・オルークなんだが、無視して来ちゃった。ステレオラブの99年作もガスター・デル・ソルも未聴。このマキシが実質的な出会いになった。良いじゃ〜ん。良いよぉ。 なるほどね、ヴァン・ダイク・パークスと比較されるのね。アメリカの純正娯楽音楽をオルタナティヴな視点から取り入れる志に共通点があるんだろうな。コルネットが切り込む瞬間なんて「来た〜!」と思った。オルーク本人にヴァン・ダイクの様な娯楽意識が希薄だとは感じたけど。 アコースティックギター中心のサウンドで、カントリー等の素養に加えて、近代ブラジル音楽を思わせるリズム感も感じる。倍音音楽(なんだ、そりゃ?)として響きが美しいのに、どこか荒れている。意図的にスキを作っているように思えた。音響的に気持ち良い音楽なのに刺激的。カッコ良いじゃん! 僕はヌイグルミでも両生類は大嫌いなんだが、ジャケ写を我慢して買ったのは大正解だった。1枚目のCDは女の子のアップだから、また連作みたいになった。 女の子の方が好きだよ、僕。 関連(くるり)
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★★★☆
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『COBRA AND PHASES GROUP/ステレオラブ』 前作『DOTS AND LOOPS』(以下、D&L)はよく聴いたなあ。ちょうどモンド、ラウンジ、ソフトロック、オールドボサノバをイージーリスニングの範疇で聴いていた時期だったから、僕にとって『D&L』は現在進行形の最良質イージーリスニングだった。 さて、2年ぶりの本作。 なによぉ、全然違うじゃんかぁ! いきなり左右トラックから飛び出す異なるリズムにたじろぐ。モンドなビブラフォンが鳴り始めると心地よい空間が出現。例の脱力ボーカルがスキャットしたら、音の成り行きに身を任せたリスニングあるのみ。 『D&L』を覆いつくしていたモヤ〜っとした通定音(っつうか単にリバーブ成分?)が消え、バンドサウンドがクリアに聴こえる。ギターやピアノ、管楽器が安定した定位に配置されており、奥行きのあるサウンド。前作に比べて立体的な印象。時折挿入されるサンプラーのギミック以外の箇所でボーカルトラックをミュートしたらステレオラブだとは気付かないよ、僕。 このクリアな音像の受け止め方で評価は分かれそうだ。『D&L』の平べったさって魅力的だったもんなぁ。 ブラジルの近代ポップの流れで考えたら理解しやすいかも。って、なんで僕 言い訳がましいのよ? 旧作にしがみつくファンってウザッたいだろうなあ。でも、品質に関しては文句無し。たぶん、何度も聴くうちに『D&L』より好きになる日が来る気がする。 (関連)
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★★★
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『ハード・ビート/ジャン・ラム』 僕はCD購入に際して度々間抜けなヘマを犯す。いわゆるワールドミュージック系に多いんだけれど、アーティスト名を把握しない為に、後になって情報の点と線が繋がるなんてことがある。カエターノ・ヴェローゾの1stは国内盤の再発までカエターノと知らずに聴いていた。『リーブロ』を聴いて半年後に発覚。 で、本作はジャケに魅かれて前から欲しかったんですよ。2年遅れでゲットしてみたら、これってジャン・ラムの作品だったのね…。以前にジャン・ラムのCDレビュー(←Click!!)を掲載したにも関わらず、初めて知った事実…。馬鹿ですね。 結局、99年度作品『Good
Times』と逆順で聴いてしまった。本作は割とおフザケ気味なので、スタイリッシュな『Good Times』でギャップを味わうべきだったのに、僕は逆のギャップを感じてしまった。「あれ?フザけてらぁ」なんて。 2年の年月が経過したわけだから、さすがに音は幾分古くなっているけれど、言いたいコトはハッキリと伝わる。香港の日常を皮肉っぽく、そして愛情を込めて描写した楽曲群。デフォルメしたポップ表現だから、ギスギスしない良質なエンターテイメント。うーむ、キンクスと同じ方式じゃん! 時代や風俗を反映する大衆音楽こそが僕にとっては理想。必然的にサウンドも時代に目配りする配慮を持ってこそのポップ音楽。時代を超えて古くなるのは当然だし、全然悪いことじゃない。 ジャン・ラム、優れてんなぁと思ったら、本業は映画監督なんだって。 なるほどぉ。
(関連)
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★★★☆
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『ドゥ・ニノ・ア・フェレール/ニノ・フェレール』 60年代に活躍したイタリア出身のフレンチ・ブルーアイド・ソウル歌手。フランス語のソウルR&B。オルガン主体でちょいチープなグルーヴ。監修は小西康陽。わかり易い。
クラブのDJプレイではさぞかし快適なんだろうな。 各楽器が分離した印象で音像を作っているから、汗臭くない。オルガンがお洒落に安っぽい。ニノはシャウトしまくるんだけど、フランス語だからスカスカ。クラブのパーティに打ってつけ。 僕なんぞは聴きながらニコニコしてしまう。 で、ハタと気付くのですが、これ、差別でしょう? 「おーおー、健気にソウルやっとるねぇ。でも、何か違うねぇ。楽しいねぇ。」って感じ? 一見、ゲーンズブール流のフレンチポップかと思える楽曲もシャウトでソウル化してしまうニノ。これを才能と言えば好意的なんだが、「こいつ、天然だよな」っつう差別の意識が現代のリスナーにはあるんじゃないスかねえ。言ってみれば“幻の名盤解放歌集”に通ずる“差別と認識した上での愛情”。 そこに気付いた瞬間、『黒人になりたい』というニノのメッセージが悲しく響いた。ジェームズ・ブラウンに憧れているらしく『It's
a man's man's world』の歪なフランス語カバーをやっているんだけれど、本人は必死でも周囲は苦笑しちゃうような世界。 でも、そんな音源を掘り起こして現代の若者が踊ることこそが最大の供養なんだろう。 それでいいのかな?
いいよね、踊ろう!
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★★★☆
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『SHE TALKS TO RAINBOWS/ロニー・スペクター』 ロニー・スペクター 現役だったんですね。正真正銘の新譜。プロデュースはジョーイ・ラモーン。ロニーに対して誰もが興味を持つのはフィル・スペクターの呪縛に対する新機軸だろう。ハッキリと言えば「Be My Baby」の呪縛から逃れ得るのか、という下世話な好奇心。彼女は“元ロネッツ”“元スペクター夫人”として認識され続ける悲劇の女性だからね。 結論から言えば、フィル・スペクターの怨念に緊縛されたまんま。悪あがきしている分だけ痛々しい。 その昔、スペクターサウンドに憧れたブライアン・ウイルソンは「Be
My Baby」の構造をなぞりながら「Don't Worry Baby」を作曲した。冒頭のエコー満載ドラムなど微笑ましいまでのミーハー精神が爆発した名曲をロニーが99年にカバーしてみせる因果。注目のドラムサウンドは執拗にスペクター風を避けた今風の音。 それが気に入らない。 スペクターに憧れた楽曲をスペクター要員の彼女が非スペクター的に再構築。パラドキシカルで、わけわかんない。皮肉なのか何なのか釈然としない。前夫に対する当てこすりにもなってねぇや。現代のテクノロジーで近代スペクターサウンドを完成させようって気概は無かったものかねえ? 結局、1曲だけラモーンは見事なスペクターサウンドを決めるんだけどね。だったら最初からやれってば。 と苦情を挙げつらったわけですが、ロニーのボーカルとっても良いです。好き。
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★★★★(2000.1.16)
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『ザ・ブラック・ゴッドファーザー/アンドレ・ウィリアムス』 フライパンにこびりついて落ちない油汚れってあるじゃん? あんな感じ。とにかく濃い。腹にもたれる。胸焼けする。 この人、50年代にR&Bソウルを歌ってたんでしょ? JBなんかと肩を並べる大先輩って意味じゃん。貫祿を身につけて大御所として振る舞うのが年の功ってもんだろうよ。このジジイ、居並ぶ若者を押しのけてコギャルの上にまたがってカックンカックン腰を使ってるって感じ。後輩に道なんか譲らない。強引で粗いSEX。いい加減にテクニックをつければ? な〜んて思うけれど、腰を止めてニラミつけられたら僕なんぞは退散。 オープニングでJBのパロディをしてみせるなんざ、JBよりもギラギラした若さを持ってらっしゃる。JBが「先生」と呼ばれることを拒絶した森繁ならば、アンドレは最期まで女とやりまくってた由利徹ってとこか。なんだ、その比喩は? 由利徹が文化的な場でも迷惑なまでに下品さを漂わせていたように、アンドレは文化遺産になりつつあるブルースに泥を塗る。そう、大御所としてブルースに泥を塗る。 黒幕はジョン・スペンサー。ジョンスペのテロ行為の最終兵器としてアンドレが選ばれた、というのがシナリオだろう。 言うならば全盛期の大島渚が学生運動をモチーフに映画を撮って、主演は由利徹ってな感じ。 ちょ、ちょっと待って! その映画、面白くないだろうよ、絶対! この例え話、却下です。 ニラむなってば、糞ジジイ。
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★★★★(2000.1.16)
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『シー・イット・アナザー・ウェイ/マッチャ』 メガネ君のバンドだ。唐突でナンですが、メガネ君。 学究肌って言うか…。そう、IQが高い。 この人達の調べ上げ方、尋常じゃない。例えばジェリー・フィッシュはポップス畑を徹底的に調べ上げたわけだけど、マッチャは研究対象が欧米のポップスを大きく逸脱。米国バンド同士で比較すれば、ジェリー・フィッシュよりもマッチャの方がミクスチャー指向で“イカレ度”も遥かに高い。 いわゆるワールドミュージック的な世界各地の音楽を雑食的に吸収しつつ、最終的には米国オルタナポップの枠に収束して着地する、というアクロバットを軽々とこなす。ダルシマーやチターといった楽器に加え、ビブラフォンの頻度も高く、彼らのオリジナル楽器(fun
machine)まで飛び出す始末。ロックフォーマットを避けまくる。ジャケのデザインから想像出来るように東洋的なサウンドも押さえているし、ヒステリックなバイオリンが欧州トラッドの匂いを導入。力技のミクスチャー。エスニックを取り入れた時に独特の“埃臭さ”が付着するもんだけど、不思議と洗練されたフィニッシュ。 CMJチャートで3週連続1位なんだってさ。優れた音楽には違いないけど、これが1位かよぉ!? アメリカ人ってイカレてるんだなぁ。見捨てたもんじゃない。 強いて言えばワンダーミンツの印象に近いかも。 あ、ワンダーミンツにもメガネ君がいたっけネ。
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★★★(2000.1.31)
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『ドビュッシーの誘惑/アート・オブ・ノイズ』 そうだったのか…。『Peter Gun』制作時、アート・オブ・ノイズ(以下、AON)にトレバー・ホーン(以下、Horn)はいなかったのか。 僕はその程度の認識で、従ってHornの過去の実績に思い入れを持たずに聴きました。(ZTTでオケヒット鳴らしてた人なんでしょ? そのくらいは知ってんだ) このアルバム、80年代っぽい。HornがAONに返り咲いたから言うわけじゃない。全体をドラムンベースのリズムが覆っているにも関わらず80年代っぽい。少なくとも最近食傷気味のドラムンに新しい風を送り込む音ではない。強いて言えば初期のドラムン(ジャズステップスとか)に近い印象。 つまり、各々の音の分離がクッキリとし過ぎて、“遊び”が少ないと言うかスクエアな音だ。それが80年代っぽい原因なのだろう。 本作はドビュッシーをトリビュートした作品。ドビュッシー+ドラムンベースというアイディアは90年代的だと思う。でも、このアルバムは非ダンス対応→室内リスニング専用。録音もバランスも丁寧で快適。快適だけれども非常に反応しづらい。ジャズステップスを聴いた時もそうだった。“守りの姿勢”のドラムンって身体に馴染みにくい。 とか言いながら枕元のCDラジカセには超フィット。眠れるんだ、これが! 元10ccのロル・クレームがAONに正式加入。TB-303のプログラミングをしてる。若いねえ、相変わらず。
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★★★★(2000.1.31)
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『エンケンの四畳半ロック/遠藤賢司』 冒頭に、僕が“アンプラグド嫌い”であることを表明する。非エレクトリック化を“バラード化”と見なす志の低さが嫌いだ。ブルース風にすりゃあ何とかなるだろ、なんて志がネ。 さて、ここに生ギターによるリメイク(アンプラグド)を“ロックンロール化”と定義した真打ちが登場。エンケンだ。 マーチンD-35を痛めつける怒涛のカッティング。リズム隊が無くたって立派なロックンロールだ。 長い芸歴から選りすぐったベスト選曲。テクノ期(『東京ワッショイ』『宇宙防衛軍』)の楽曲は生ギターじゃ無理だろ、なんて不安は取り越し苦労。聴き馴染みの楽曲が新曲のように再生。そう、エンケンはまるで生まれたばかりの楽曲のように熱く、いとおしげに歌う。心細そうですらある。この男には「安全パイ」なんて発想は無い。全ての曲が危うい。 超名曲集を聴きながら、エンケンのテーマが全て「SEX」だったという事実に気付いた。また、愛液で暖かい性愛楽曲はエンケンの孤独を浮かび上がらせる。エンケンのシャウトは絶望の崖っ淵で人肌の希望を放出。彼は「繋がる」ことを切望している。全ての孤独を引き受ける姿勢がエンケンの求愛だ。 そして、耐え切れない孤独の淵でエンケンは高らかに勝利宣言する。 ♪俺は本当に馬鹿野郎だ/だから、わかるかい?/天才なんだ/俺は不滅の男♪ 本作が世界最高峰のアンプラグドだと断言する。
(関連)
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