メレンゲ今週のCDご紹介13

『エクスターミネーター/プライマル・スクリーム』『BBCセッションズ/ザ・フー』 
『ガイ3/ガイ』『レア・ブリティッシュ・バーズ/ザ・バーズ』 
『イマジン/ジョン・レノン』『エキスポ2000/クラフトワーク』
『カントリーロックの逆襲2000/VA』『ザ・ナイト・オブ・ゲーム/クレイジー・タウン』
『トゥー・アゲインスト・ネイチャー/スティーリー・ダン』『ヴァーチャル・ライヴ2/P-MODEL』
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★★(2000.2.05)

『エクスターミネーター/プライマル・スクリーム』 今更驚くのもシャクだけれど、また音が変った。タイトルは「害虫駆除隊」。荒っぽい駆除だから心して欲しい。サンプリングビーツと爆音ベースラインが過激な音像を創り出す。アシッドハウスとパンクロックが科学融合。 う〜む、この手法って、とっくに完成されていたんじゃなかったっけか? なのに強烈な説得力。彼等の標的がメインストリームであることと、パンクに殉じる本気の決意から来る“表現への誠実さ”の表れだろう。 デビュー以来、ギターポップ→ガレージパンク→アシッドハウス→R&Bロック→ダブと駒を進めて来たプライマル。このシフトは時間軸を無視してパンクの進化をなぞっている。ただし、執拗にロンドンパンクを避けながら…。一見パンクと程遠いアプローチもスミスや初期のローリング・ストーンズをパンクの“前後”と考えれば納得出来るだろう。もちろん、アシッドハウスは英国にとって強力なポストパンクだ。 前作のダブにPILの影響があるのだとしたら、今作は初めて前作のムードを継承したと言える。ダブをロックフォーマットで強引に着地させたジャー・ウーブルの影響下のベースが低くうなる。 “過激のハードル”を次々に上げていく彼等の姿勢は、“過激”に馴染まない為の強靭な意志だ。 実はパンクの周囲を無限運動しているのかも知れない、と言う虚無的な実態がまたパンク的。 英国パンクの真の継続はプライマル・スクリームだけが成し得ているのかも知れない。  (関連)

 

★★★★(2000.2.05)

『BBCセッションズ/ザ・フー』 Kinks、SmallFacesに続いて遂にザ・フーを紹介する日がやってきた。BBCのライヴ音源集。若い“完全なモッズ期”のザ・フー。 繊細で、荒々しくて、野心満々で、インテリ。低俗な意味も含んだモッズ文化に紛れ込んで、音楽レベルでジャンプしようとしている生真面目な顔が時折覗く。これこそが僕にとってのピート・タウンジェントのイメージそのもの。ステージで大暴れしても、『トミー』を書くデリカシーと能力を持っている。彼はインテリで、不良。そして、音楽家だ。ロックが持つイメージの中で「野性」と「知性」はピートが完成させたものだと思う。 本作1曲目で“My Generation”の替え歌がBBCのラジオジングルを決めた瞬間に僕はノックアウト。R&Bからオペラスタイル(“Quick One”)へのビートの連続に腰も心も動く。ラジオ用ミックスゆえにムーンのドラムは小さいけれど、エントウィッスルとタウンジェントの楽器バランスはバッチリ。馴染みの無い変則的なアレンジや転調も楽しい。 ザ・フーは表面的にはロンドンの不良達のアイドルでファッションリーダー。ステージではギター破壊。なのに繊細なコーラスと高い音楽性。ナイーブな歌詞。それでドラムはドカドカのクレイジー。く〜、なんてカッコいいんだ!! 是非、映像版が観たい。初期ザ・フーの映像って観る度に幸福なんだもん。 本作を聴いた以上 僕から皆さんに「ザ」をつけてザ・フーと呼ぶことを命じます。(もう目をつむりません!)  (関連

 

★★★(2000.2.12)

『ガイ3/ガイ』 ガイがリユニオン。でも、タイトルは『ガイ3』。当然、これはテディ・ライリーからの明確なメッセージだろう。つまり90年代初期とは「連続した陸続き」である、と。 そうなれば、リスニングのポイントはニュー・ジャック・スイング(以下、NJS)の扱い方に絞られる。NJSは、テディ・ライリーが発明した打ち込みによるハネのリズムとR&Bの華麗なる融合で、90年代の幕開けを圧巻した。しかし、そういった新発明サウンドの宿命は時代遅れになって型落ちすること。当時のガイの身の引き方(解散)は潔いもので、NJSを封印したかの印象があった。 本作はNJSの進化形態だ。しかし、その実態は90年代を彩ったヒップホップ形態への譲歩と言える。NJSを象徴する要素は全て過去のNJSのサウンド・アイコンだ。2拍4拍のスネアが大きく鳴り、リズムサンプルは古いセンスでまとめ上げられている。NJS感覚を漂わせつつ、現代の市場へ目配りする戦略はテディの体質から言って十分に想像できたが、新機軸が無いのは淋しい。 とは言え、トーキングモジュレーターや古臭いシンセストリングスの使用は相変わらずのガイ・サウンドで楽しいし、何と言っても歌のうまさはガイの金看板。メロウで下世話なメロディを例のコーラスで決められたら、僕は能天気にガイ復活を歓迎してしまう。

 

★★★(2000.2.12)

『レア・ブリティッシュ・バーズ/ザ・バーズ』 ロン・ウッドのキャリアの出発点となったグループ。いわゆるMODS期のグループでR&Bなんだけど、面白いのはロン・ウッドのギターが出発点からすでに“ルーズ”であった事実。なんつーか、ユルいバラけ方って言うの? Faces→Rolling Stonesに比較したら確実にビート・ロックを演っているのに、絶妙にユルい。ツッコミの無いギター。ピート・タウンジェントはツッコミだよね。The WHOの“Run Run Run”のカヴァーを聴き比べたら一目瞭然。 で、実は僕、ロン・ウッドの魅力ってよく判らないんです。あ、怖い目でニラまないで下さいよぉ。(これだから、ストーンズ・フリークの方々って…。) でも、むしろザ・バーズを聴いてロン・ウッドのギターの魅力が理解出来たような気がする。ビート楽曲の中でモタるタイム感覚って良いっスね。 全体にエコー感が気持ち良いし、R&Bの模倣グループとしては優秀。でも、その優秀さはデメリットじゃないかな? ザ・バーズが尻つぼみになった原因はアメリカに同じ名前のグループ(The Byrds)が出てきたことばかりが原因ではないだろう。サイケ期には確実に淘汰されたグループだったはずだと思う。 なんて言うのかなぁ、R&Bの扱い方が器用すぎるって言うか…。 そっか、ロン・ウッド自身が妙に器用すぎるんじゃないかしら? 華の無い職人気質? あ、言い過ぎ? だから、怖い目でニラみなさんなってば!

★★★☆(2000.2.19)

『イマジン/ジョン・レノン』 昨年発売のYellow Submarine(←Click!!)で解禁されたビートルズ音源のRe-Mixだが、今回は何故かジョンのソロ。曲順もジャケ写もそのままの『イマジン』。つまり編集版ではなく、オリジナル版のRe-Mix。個人的には『Sgt Peppers』の完全版Re-Mixへの伏線だと信じたい。 僕は『イマジン』をアナログ盤だけで所有し、現在アナログプレイヤーは所有していない。つまり、CDでの聴き比べは出来ない現状。本作は一聴して「お、変った!」と思う楽曲やサウンドがある反面、今ひとつ驚きに至らない(『兵隊になりたくない』にはビックリしたけど…)。あんまり聴かなかったんだっけ?と思ってもみたが、ほぼ全曲の歌詞まで覚えているから聴き込んでいたのだろう。にも関わらず、音の質感に関する記憶が曖昧。第一、何故 僕はCDを購入していないんだ? ジョンのソロを最も聴いていた時期を思い出してみる。 ・・・ジョンが死ぬ以前だ! 僕はガキで、ロックを観念的に聴いていた時代。僕はジョンの作品からジョンの声と言葉だけを聴いていたのだった。サウンドに対する印象が希薄なのはそのせいだ。 その後、サウンド指向になった僕はポールの作品をよく聴いた。『イマジン』のCD資金はポールに回っていたわけだ。 Re-Mixされたサウンドを聴くと、ヨーコが誇らしげにコメントする程 ジョンはサウンド指向では無いと思う。そして、ここまで整備されたサウンドに乗るジョンの声は頼りない。その頼りなさが好きなんだけどね。 ま、いいや。次のRe-Mixは『Band On The Run』だ!(僕が勝手に決めた!)  (関連)

★★★(2000.2.19)

『エキスポ2000/クラフトワーク』 あのぉ…。これ、83年発表の『TOUR DE FRANCE』よりも後退してません? シンセのサウンド、フレーズ、ボコーダーのセンス、どれを取っても昔のクラフトワーク(以下、KW)じゃんか! でも、僕は思ったんだな。「これは“未来サウンド”だ」って。『鉄腕アトム』で描かれる世界こそが“未来”だ、っていう発想。わかるかな? “アトムの未来”なんて現在のテクノロジーはとっくに追い越しているわけですよ。でも、アトムで描かれた“未来”のようには、現代が実現した“未来”はバラ色じゃない。だって、リアルなんだもん。不確実さの範疇で描かれた“未来”こそが輝きを放つ。目の前にあるTV電話よりも、アトムという不確実なヒーローの居間にあるTV電話の方が妙に輝かしい。実現を前提としていないからだ。その意味では、テクノロジー万能の現代が“未来”を生み出すことは不可能。“実現”は“未来”を終焉させる。 KWは“未来”に強力な揺り返しをかけてきた。“未来”の先祖帰り。←なんだ、そりゃ? 確実に2000年のリスニングを意識しているはずなのに、この音。希望のある“未来”をポジティヴに表現する為には旧式テクノポップのスタイルは有効だ。テクノポップは、あの時すでに「古典的なSF」の中にしか“未来”が存在しないことを予見していたからだ。

★★★★(2000.2.26)

『カントリーロックの逆襲2000/VA』 突然の閃き。カントリーだな、と。 うーん、僕にとっては「アメリカン・ルーツミュージック」っつう文脈ではないな。なんて言うかぁ…。ブルースやR&Bと隣接する音楽、もっと言えばパンクやテクノとも融合する音楽なんじゃないか、と思ったわけです。唐突に思ったわけです。 サイバーディスコにバンジョーの音を加えたベックのセンスに感動した余韻が僕に与えた啓示とも言える。「未来型の音楽」としてカントリーには可能性があるような気がして…。 本作は98年にリリースされたカントリーロック・オムニバスの第2弾。僕は第1弾は聴いていない。古い音源の羅列だと勘繰っていたからね。 いやいや、全然違った。すまん、萩原健太! いやはや、強い音楽なんだな、カントリー。どんなサウンドにも対応可能のオールマイティカードだ。 本作はカントリーのオルタナティヴ・サイドを教えてくれる。カントリーの無限の可能性を証明する好編集CDだ。聴きながら、カントリーの未来形に対するアイディアが浮んで来て楽しい。 さーて、僕はデジタルなサウンドとカントリーの相性についてじっくりと考えてみようかな。バンジョーが思い切りエッジのある音で鳴らすアルペジオって、どう考えたってテクノなんだもん。 ジャケのイラストは本秀康の描く“レコガール”(レコードコレクターズに連載中の『レコスケくん』の登場キャラ)。 僕、レコガールって大好き!  (関連)

★★★(2000.2.26) 

『ザ・ナイト・オブ・ゲーム/クレイジー・タウン』 ベタなバンド名で、悪ガキ風情の7人編成。ジャケは絵に描いたような“挑発モード”(まぁ、実際に“絵”なんだが…)。 本作をギターやベースの音色で判断するとヘビーメタルだ。 しかし、絶妙にHipHopのニュアンスが漂う。全面にラップが入っているからHipHopと言ってるわけじゃないよ。音を埋めようという意識が希薄なんだわ。サンプラーも使用しているけれども、あくまでヘビメタ領域からのHipHop解釈だってところがミソ。ビースティボーイズがターンテーブル主体でラウドなギターを扱った手法とは正反対のアプローチのラップメタル。 僕はヘビメタが生理的に受け付けないのだけれど、有効な手口だとかねがね思っていた。「音がデカイから偉い」という発想は単純明快だもん。 ところが、音圧を有機的に生み出す意識が希薄なんだよな、ヘビメタ。音を整理して組み立てれば音圧感は更にアップするはずのに、均等に音を並べた挙句ギターの速弾きや定番シャウトでメリハリを作るような閉塞した音楽感覚が好きになれなかった。 本作のようなヘビメタならカッコいいなと思うけれども、僕はまだまだ違和感を感じると言うか、掛け合わせの不自然さも感じてしまう。コーラス処理されたピック弾きのガリガリトーン・ベースがリズムから浮いているとか、ね。 しかし、この手法はアリだろう。 これを機にヘビメタを好きにさせて欲しいもんだ。

★★★★(2000.3.04)

『トゥー・アゲインスト・ネイチャー/スティーリー・ダン』 皆さんはどんな環境でリスニングしていますか? 高価なオーディオセット? 僕はCDラジカセで鳴らすか、CDプレイヤー+ヘッドフォンがメイン。良いスピーカーなんて無いけれど、あんまり不自由は感じていない。 ただ、時々、自分の耳が疑わしくなるんだな。鈍っているかな、なんて。そんな時に耳を矯正するCDがある。スクリッティ・ポリッティの『キューピッド&サイケ85』やロキシー・ミュージックの『アヴァロン』。 聴いてみて、そのHi-Fi感に耳が対応出来ているか否かをチェック。 本作は20年ぶりにリリースされたスティーリー・ダンの新譜。そうそう。そーだった。この人達の音源こそ耳の治療に最適だった。 超クリアなエレピ、リズムギター、ドラムスを緻密なバランスでミックスした音は耳を大掃除してくれる。でも、これって『エイジャ』とか『ガウチョ』と同じじゃないかぁ!? 2000年リリースのCDだぜぇ。同じは無いでしょ、同じは。 ま、聴き比べたら絶対に録音クオリティは上がっているはずなんだけど、印象は昔ながらのスティーリー・ダン。 昨今のAOR再評価ブームを考えたら、若いリスナーがスティーリー・ダンの新譜をオンタイムで聴くことに大きな意義はあるだろう。でもなぁ…。 と考えながら思い直した。品質がキープされなかったら、誰も納得しないよね。 僕もね。 それにクリアな響きでエレピが聴こえなかったら、このジャジーなコードの心地よさは半減するもんな。 第一、『エイジャ』も『ガウチョ』もCDを所有しない僕には、耳矯正用の適切なCDが増えたんだから、それで良いのか…。

★★★☆(2000.3.04)

『ヴァーチャル・ライヴ2/P-MODEL』 内輪的な打ち明け話も昔話も好きではない。でも、立場を表明する為に1回だけ書く。僕はバンド時代(あったんだよ! そーいう時代が!!)に対バンのライヴを出番前に見ることは一切なかった。ナーバスになってしまう体質と、突っ張った態度が原因だ。どんな大物が相手でも見なかった。たった1回だけ、リハーサルと本番ステージの全てを出番前に食い入るように見届けたバンドが在る。P-MODELだ。P-MODEL信者にとって祝福の楽曲『サイボーグ』の演奏を無視して楽屋にいることなんて出来ない。僕はデビュー以来の熱心なP-MODEL信者だ。 さて、本作は2ndアルバム発表時のP-MODELのバーチャルライブ(どんな方法なのか不明。音源は当時のもののようだが、ドラムはサンプリング→打ち込みの可能性有り。こんなに上手じゃなかっただろ、初期P-MODEL!)。 凍結→解凍を経た90年代のP-MODELの活動は、僕のような信者にとっても難解すぎて辛い。インターネット配信の発想も、理解は出来るが孤立を加速させるだけ。 そこへ来てバーチャルライブ。1曲1曲につけられた平沢進のコメントは各楽曲の種明かし舞台裏を明らかにする。うーん。何故いまさら? 弁解がましく感じるし、意味の無い総括行為に感じてしまうのは僕だけ? 「テクノポップの創始者」としての自己宣伝めいた印象を受け、なんだか、辛い。まさに「打ち明け話」と「昔話」だ。 でも、これが平沢からの「決別宣告」だとしたら、結果的にP-MODEL幻想が終結し、現在の難解な展開も新しいフェーズに移行することだろう。 どこへ行くのか、P-MODEL。  (関連)

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