メレンゲ今週のCDご紹介14

『コミュニティ・ミュージック/エイジアン・ダブ・ファウンデイション』 『カレイドスコープ/ケリス』
『図鑑/くるり』『ナッシング・ターンド・イットセルフ・インサイド・アウト/ヲ・ラ・テンゴ』
『ワッチュー・ゲット/チャンバワンバ』『アクア/アクエリアス』
『ミックスド・ビジネス/ベック』『3rd-LOVEパラダイス-/モーニング娘。』 
『リターン・オブ・サターン/ノー・ダウト』『WILL SAVE US ALL!/Chicks on Speed』
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★★(2000.3.11)

『コミュニティ・ミュージック/エイジアン・ダブ・ファウンデイション』 信じてもらえないかも知れないけれど、『メレンゲでGo!!』を始めるにあたって「今週のCD」の連載は計画に入っていなかった。現在では唯一更新されるコーナーであるにも関わらず、だ。 当コーナーを開始した理由は第1回目のレビューを見れば一目瞭然。エイジアン・ダブ・ファウンデイション(以下、ADF)を紹介しなければならなかったからだ。ADFのことを多くの人間に知って欲しかった。知らしめなければならないと思った。何故なら、ADFの衝撃は人類がサヴァイブする上で重要な意味を持つからだ。 本作はADF3枚目のアルバム。衝撃の2ndに比較すると音楽的な幅が出てきたことが確認出来る。「攻撃力」にも増して「守備力」を兼ね備えた印象。手強いぞ! 例えばパキスタン風メロディとダブのミクスチャー1つを取っても、強引に配合していた前作に比べ、一晩寝かせた混じり具合。曲によっては柔和な印象さえ感じる。(柔和ったって前作に比較した印象の問題で、充分にヘヴィなんだけどね) UK在住亜細亜人としての立場から社会を辛辣に見つめ、吐き散らす歌詞の過激さは健在であるにも関わらず柔和な印象。 そこが本作のポイント。ADFは音楽を捨てない。演説をぶちかますよりもビートを鳴らす道を選択。僕はフェラ・クティやヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの遺志を感じ取る。 お判りでしょうか? ビートはコミュニケートの「ツール」である、ということが。 人種を超えた「唯一のツール」であるビート(音楽)の創作に命懸けのADFはタイトル曲で宣言する。 「模倣者になるな!」  (関連

 

★★★★(2000.3.11)

『カレイドスコープ/ケリス』 輸入盤を購入したらジャケに「ペアレンタル」のシールが貼ってあった。つまり“子供には聴かせられない音楽”。どーやら歌詞がエロくてヤバい模様。国内盤(訳詞付)を買うべきだった…。 さて、HipHopはどこへ行く? 唐突ですが、本作を聴いてそう思った。もう、HipHopって生誕20周年ぐらいになるわけでしょ? ここまで生き残るとはねぇ。90年代においてはR&B=HipHopと言わんばかりにメインストリームに定着。洗練の極みに達したとも言える。 それはそれで楽しいサウンドなんだが、それで良いのかHipHop? 2000年代のHipHopの在り方を考える上で多分本作は重要な意味を持つのだろう。 僕は「HipHopのリベンジ」というメッセージを感じた。 キックとハイハットのバランスが異様に大きいんだよ。これ、違うバランスでミックスダウンしたら、毎度お馴染みの“洗練されたHipHop”に違いないはずなのに…。 攻撃的なキックとハイハット。僕は、このバランスをずっと待っていた様な気がする。 しかもサンプリングしてリサイクルした音源だから、絶妙な“ブツ切れ具合”がチープでカッコいいんだ。ベースやピアノも攻撃的な音像。弾き方でなく音像が、ね。少ない音数の中でボーカルも含めた1つ1つの音がエッジを持っている。 そんなサウンドに背徳的な歌詞を載せて「ペアレンタル指定」。HipHopが洗練を拒絶し始めたのではないか、と。 ケリスは“HipHop界の椎名林檎”だと思った。 あれ? 椎名林檎の方が大物みたいな言い方だな。 ま、いいか…。 (関連)

 

★★★★(2000.3.25)

『図鑑/くるり』 すげぇぞ、このCD。ジム・オルークがレコーディングに参加してるってんで勇んで聴いてみたが、オルークがらみの5曲を含む全15曲が僕のハートを貫いた。どうせ、昨今流行のアコースティック系なんでしょ?はっぴいえんどフォロワー?ぐらいに邪推してたんだが、失敬失敬。70年代エッセンスぐらいしか僕の想像は該当しなかった。 ヒネリのある楽曲と、妙に的をはずす編曲(演奏)、不思議な編集感覚にワクワクした。こちらの先読みなんぞはことごとく裏切られる。1つ1つの音は存在感があって、凝ってるんだけどチープ。意識的にくぐもったサウンド。しかし、入念なミックス。う〜む、音響派〜。ポップでショボいんだけど、ホンワカと過激。くるりがジム・オルークと同等の思想で音楽を制作していることが理解出来るが、アプローチは絶妙に違う。 これは世界的にイケてる音だぞぉ。あと少しのグルーヴ感と、歌の存在感が在れば万全だ。しかし、その不足感は彼等にとって、バンドコンセプトそのものなんだろう。きっと彼等は最初からドメスティック市場に意識を絞っている。日本語の歌詞を日本人に聴かせることを前提としている。頬めがけて風が吹き込むような歌詞が、この細い声で頼りなく歌われる世界観は見事だ。うん、ワビサビ。たぶん西洋人の耳にも心地よいだろうけど、僕等日本人の方が楽しめるはず。 おっと、松本隆の歌詞と大滝詠一の歌の関係を思い出した。 なんでぇ、やっぱりはっぴいえんどフォロワーか?  (関連ジム・オルーク

 

★★★☆(2000.3.25)

『ナッシング・ターンド・イットセルフ・インサイド・アウト/ヲ・ラ・テンゴ』 初めて聴いた。なんとなくハードな音を想像していたんだけれど違った。フワフワとしながら、ガリガリしたトーンがあって清潔でありながら、ドス暗いムードが漂っている。聴き流すにも最適な音空間でありながら、妙に引っかかるサウンド。なるほどベルベット・アンダーグラウンドとの比較も頷ける。ニコが歌う楽曲に漂う“明るいんだか暗いんだか判別不能なままに底光りするムード”に近いかも知れない。歌はルー・リードぽかったりもするけど。 ありゃりゃ、またしても今週紹介する2枚のCDが似てるな。僕の想像が外れた経緯も、音が向かう方向も似ている。いや、くるりとヲ・ラ・テンゴの音自体は全然違うんだけどね。なんつーんだろう、ジム・オルークの掲げる音響指向の発展形の異なる着地点って言うか…。 などと書きつつ、以前「2枚のCDの符号が一致することが多い」と書いたのがジム・オルークのディスク紹介(←Click!!)だったことに気付く。な〜んか、ゾクゾクする! この奇妙な符号の一致を「そりゃ、オマエの趣味でCD買ってんだから当り前だろ!」と取るか、「同時期に出るCDのサウンドが似てるなんてよくある話じゃん」と取るかは自由。「今、ジム・オルークを意識する奴なんか多いじゃん」とも言える。でも、このコーナーが取り上げるCDのジャンル的バラつきを考えたら不思議でしょ? 僕は不思議だなぁ。このコーナーには魔物が棲んでいるような気がして…。

★★★★(2000.4.04)

『ワッチュー・ゲット/チャンバワンバ』 噂には聞いていた。ポップな楽曲にアナーキーな歌詞が乗る、と。いやぁ痛快痛快。歌詞もさることながら、全曲にライナーが付いているんだよ。歌詞より饒舌なコメント。彼等が標的にするのはショービズ、ファストフード、インターネット等。つまり、文化や食の本質を蔑ろにする消費主義の市場において消費されているのは購買者自身だよ、と。よくある切り口だと思うけれど、ユーモラスな歌詞とポップな楽曲とスイートな歌唱で表現されるとグッと説得力を持つのが不思議だ。ルパード・マードックやビル・ゲイツ等の実名もガンガン登場する。前作は600万枚売れたって言うんだけど、訴訟されたりしなかったのかしら? ともかく、訳詞とライナーの翻訳をじっくり読んじゃったし、何度か声に出して笑ってしまった。 チャンバは鋭いと思う。消費主義の音楽市場に耐え得るポップ音楽を制作しながら、ポップ市場をコキおろすという姿勢が鋭い。ポップを作れない奴がポップを否定しても負け惜しみに過ぎない。童謡のようなチープな歌詞も秀逸。 僕は聴きながら、ニューエスト・モデルを思い出した。彼等もポップ表現によって攻撃を続けた。しかし、中川敬の歌唱表現に漂うアングラ臭に比べ、チャンバのポップ歌唱は果てしない浸透性を持っているのだと痛感する。 まだ、このCDを聴いていない人に種明かしをしてしまうのは恐縮だけど、ジャケ写の犬は実は交尾中なんだ。交尾中にも関わらず冷静で悲しげな顔をしたメス犬。チャンバは「これがオマエの表情なんだよ」と警告しているわけだ。 ところでキャロル久末に解説を書かせたのはどうかと思う。 ボーナストラックで歌われる墜落飛行機の架空乗客名簿。僕ならキャロルの名前を列挙して「バイバーイ」って歌うね。

★★☆(2000.4.04)

『アクア/アクエリアス』 チャンバワンバが攻撃する“消費主義のポップミュージック市場”に対して純度100%のアプローチをかけるのがアクエリアス。これまた、痛快。迷いの無い奴ってカッコいい。 僕はと言えば、チャンバの言い分もアクエリアスの表現も納得。 え? 僕の人格に納得出来ないって? オルタナティヴとコマーシャリズムを同列に許容しちゃう人間だっているんだぜ。事実、僕がそうなんだから仕方ない。 で、アクエリアスの音楽なんだが、マーケティング・データを意識し過ぎちゃったかな、と思う。「売れる要素」を組み合わせた結果、平坦になってしまったかな、と。コケティッシュでパンキッシュな女性ボーカルと、演技過剰な男性ボーカルが混在すると言う意味で、SWOOPbisを思い出した。しかし、その2バンドに比べアクエリアスは自己主張があまりにも少ない。安直にハウスのビートを信頼してしまっているような押しの弱さによって、何故かポップな印象まで薄味になってしまっている。 これは参考になった。裏返して言えば、過激な表現によってポップな印象が増幅するってわけだ。例えばモーニング娘。の楽曲のバックトラックなんかは一線を越えていると思うけど、ポップな印象を確実に増加させている。スイカに塩を振って甘さを強調するようなもんか…。 本作は、僕にとって価値有る失敗作だ。

 

★★★(2000.4.10)

『ミックスド・ビジネス/ベック』 ざけんなよ。ベックの楽曲のリミックスで、担当がレ・リズム・ディジタルコーネリアスって、僕が好きなラインナップそのまんまじゃん! 聴く前から好きに決まってんじゃん! と思って聴いたんですが、イマイチだったかも。 レ・リズム・ディジタルはテクノ・ディスコスタイルにクラフトワークばりのレトロな哀愁シンセで甘〜く迫る。これ、誰でも思いつくだろうよ。安易じゃねーか? コーネリアスはボサノバちっくなコードを強引に乗せて異化作用を誘発しまくるんだが、小山田クン、これ、パターン化してないかぁ? DJ ME DJ YOUのリミックスが丁寧な上に過激で満喫出来たけれど、結局のところ、ベックのオリジナルが一番良く出来てんじゃん、と確信。 オリジナルと並列に収録したリミックスって、とどのつまりはリミキサーの“ひけらかし大会”に成り下がってるんじゃないかな。確かに各自の音は面白いし、クリエイターとしての個性や技能も堪能できるんだけど、1つの音楽として壊れ過ぎてはいまいか? リミックス集だから壊した者勝ち、みたいのってそろそろ辟易。 最終曲が『SEX LOWS』のイージーリスニング版。これが一番安心して聴けた。1コーラスで飽きたけど。  関連(

★★☆(2000.4.10)

『3rd-LOVEパラダイス-/モーニング娘。』 僕は“例のスカウト番組”を熱心に見ていないので、メンバーの素性や背景には疎い。本作もごくごく音楽的に聴いた。 “つんくの生理”をこっ恥ずかしいほどに突きつけられるんだ、これが。イントロに臆面も無く引用された有名フレーズが本遍と全く無関係だったりすると、「そっか、やってみたかったのネ」と、こっちが赤面。 森本レオをMCに招いた寸劇も、『スネークマンショー』の低レベルな物真似。やってみたかったのネ。 一連のつんく商品には耳を傾けているつもりだけれど、毎回感心するのはバックトラックの作り込みだ。丁寧なアレンジ・録音・ミックスダウンに加えて、「編集」工程が重視されている。低音に気を使ったトリートメントにも好感が持てる。好感持って聴いていると、ボーカルとメロディに全く意識が行かない。バックトラックの添物。 メロディにおけるつんくの生理が全開した『おもいで』『原宿6:00集合』って曲は歌に耳が行ったけど、これって替え歌? 前にも無かったっけ、このメロディ。ま、いっか。生理なんだもんな。 大売れしたシングル『LOVEマシーン』『恋のダンスサイト』だけが異常な音数で、編集も凝りまくってる待遇の露骨さに笑った。一体、何トラック使ってんだ!? で、最もつんくの生理を感じるのは『恋のダンスサイト』の間奏で後藤真希が細い声で放つ♪オー、ウッ、ハッ♪ってやつ。どうしても、あの声でやってみたかったのネ  (関連

★★★(2000.4.20)

『リターン・オブ・サターン/ノー・ダウト』 前作、売れたんだよね。そっか…、もっとパンキシュなのかと思ってた…。 楽曲はポップだし、コード進行は小粋だし、収録楽曲はバラエティ豊か。女性ボーカルは個性的で存在感のある声と表現力。バンドサウンドにゲストのトランペットやチープなシンセを加えたりして一筋縄では行かない音楽。 だったら、もっと好きになっても良いはずなのに、満足感が希薄。 僕が期待したストライクコースではなかったから、僕はちょっぴり機嫌が悪いんだろうか? などと考えながら聴き返してみた。楽曲も歌唱も編曲もOKだった。OK、っつうか好きです。ミックスダウンが駄目なんでしょ。駄目、っつうか嫌いです。80年代的な“並列ミックス”って言うのかな。音を横一烈に広げた挙句、真ん中(つうか重心)が曖昧になってしまった。あー、つまり最も低音を構成すべき位置に低音成分が集中していない。その結果、ギターやシンセのフレーズが左右方向に逃げて行ってしまう。「音の広がり」ではなく、「音が左右方向にロスト」。 それが気になって仕方ないんだわ。80年代のニューウェーヴっぽいベースの音色も低音を生成しない要因だろう。 このミックスダウンは僕好みではないが、確実に言い切れるメリットは、“バックトラックの拡散”がボーカルの存在感を際立たせていること。 ん! 待てよ! こーいう聴き方はどうだろう? AMラジオで聴くの! 誰か試してみて! 僕はパス…。

★★★(2000.4.20)

『WILL SAVE US ALL!/Chicks on Speed』 ボロボロの紙製ドレス(内ジャケに型紙が掲載されているので、誰か作って着て下さい)を身にまとってイッちゃってる表情の3人娘。即座にレインコーツ、スリッツ、デルタ5を思い出した。“女としての性”を“剥き出し型のエロ表現”によって強調することで、むしろ“性的印象”を封じ込めるジャケデザイン。“女の武器”をフルに使っているにも関わらず、むしろストイックな印象を受ける。こんなセンスの女性が発信する音楽は間違いなくストイックなんだ。 この人達、真面目だと思うよ。絶対に生徒会長だったに違いない。 Filter Bank(音の加工専用機)で音をズタズタに加工してみせるんだけど、ノイズ音楽に対するアプローチが妙に几帳面なんだ。ポップな楽曲を“不快な視聴状態”で提供するというコンセプトを書面上で設計したような印象を受ける。「ノイズとポピュラリティの相乗効果、および資本主義との相関関係」なんつー書類、ね。 また、1曲毎に会議を重ねたんだろうな、などと邪推してしまう程に1曲毎のキャラクターが確立している。それ自体は見事で、突如ノーマルなハウススタイルで押し通されるポップ楽曲が、むしろ過激に聴こえる瞬間なんかは「やられた!」と思った。「ノイジーな楽曲の中にポップなハウスを収録するのって過激じゃありませんこと?」なんつって会議で提案したんだろうな。多分、ジャケ写左端の女の子が。 そんな彼女達の努力を粉砕するのも恐縮なんだが、この音楽に“性的な意識”が込められていたら、きっと大好きになったと思う。 それは恐らく、ノイズ手法を放棄しながら更に過激な音像を形成することを意味する。 これが性差別ならば謝る。 生徒会長、ごめんなさい。

【バックナンバー2へ】 【メレンゲでGo!! HOME】