メレンゲ今週のCDご紹介19

チューリップ、ザ・フー、ジョージ・ハリソン、おしえてアイドル・ビクター編
アンダーワールド、ロニ・サイズ&レプラゼント
ブルーノート・ジャムズ・ア・グルーヴ、SO FAR SONGS
ザ・ビートルズ、マイルス・デイヴィス
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★☆(2000.10.15)

『アンソロジー1/チューリップ』 ビートルズの真後ろをついて歩いていたチューリップが久々にやってくれた。僕はチューリップが好きだったから楽しい企画なんだけどね。“New Mix”とか言っても掘り起こしだね、これ。 マメに原曲と比較したさ。まず、バランスやマスタリングがえらく雑な原曲に愕然。そこへいくと“New Mix”はスッキリ。でも、魔法は消えとるねぇ。モヤ〜っとした空気を取り除くと、古い音源は何故か貧相になる。 僕は再編集において原曲と差をつける風潮には反対。ギターやコーラスの定位を左右逆にする意図ってわかんねぇよ。『心の旅』は1番と2番でコード楽器が変わるのに、再編集版はアコギもピアノも鳴り続ける。音圧を安定させるって問題じゃないだろ! 話題は『たえちゃん』無修正板。僕は当時から伏字の正体を知っていた。「ヘソ下三寸下りしは涙知らずの桜貝」は想像していた歌いまわしとちょっと違った。えへへ。 『いとしのEmily』のデモが衝撃。財津和夫って作曲時にメロを緻密に完成させるタイプだと思ってた。仮歌のメロは曖昧で、迷いながら歌ってんの。伴奏もえらくラフな演奏。(わざわざプリプロでデモ用にオケを録音してたんだ!) 裏返せば最終テイクまでの工程で綿密に煮つめていたわけだ。これはもう結論でしょう。最終テイクは“完成品”なのさ。それを再編集するのは卑下だよ。 『心の旅』のカウント(あれは唐突に始まるからね)とかエンディング(あれはフェイドアウトだからね)の実態は面白いさ。でも、知る必要は無かったなぁ。 次のアンソロジーはユーミンかオフコース? 僕、聴かない。  (関連

 

★★★☆(2000.10.15)

『シンフォニック・ザ・フー』 ロンドン・フィルハーモニックがザ・フーの楽曲を交響楽に編曲して演奏。どーせイージーリスニング版ビートルズみたいなもんだろ、と勘繰っていたが面白い! この企画、他にはイエス、ピンクフロイド、プロコルハルム、ジミヘン(!)等があるらしい。他を聴かずに言い切るけど、ザ・フーが一番だと思うよ。 『Tommy』の楽曲は元々が交響楽っぽい上に、そんな編曲のバージョンも多い。でも、本作は『恋のマジックアイ』『マイ・ジェネレーション』『ババ・オライリー(あのシーケンスをバイオリンで“ヨレ方”まで再現!)』をも収録。全然、安全パイじゃない選曲だ。(イエスやフロイドは想像つくもん) ザ・フーの楽曲が交響楽に向いている根拠は勿論あのコード進行。ピート・タウンゼントのギターで聴く以上に深い響き。ロジャー・ダルトリーの歌唱がともすれば曖昧にさせていた主旋律もホルン等でクッキリと明確に。うん、良いメロディ。メロがコードについて行く“いかにもなロック曲”ですらハマる。深いぞ、ザ・フー! 原曲に縛られず、自由な発想で編曲しているのがまた良いんだ。『ピンボールの魔術師』のイントロは、あのギターコードを無視。良いよ、良いよぉ、そーいう発想! ザク・スターキー(リンゴの息子)やサイモン・タウンゼント(ピートの弟)が参加してロック形式でまとめた『Overture』と『リスニング・トゥ・ユー』はいただけなかった。メドレーカラオケみたいなんだもん。 音響的にはクラシックのCDで感じる奥行きが無いのが残念。さほど広くないスタジオで録ったんでしょうねぇ。  (関連

 

★★★(2000.10.22)

『ダーク・ホース/ジョージ・ハリソン』 ビートルズ解散30周年。ジョン・レノン生誕60周年。世をあげてのビートルズ・ブーム(!)。 アンソロジー本もジョンのミレニアムCDも購買を見送った僕だが、ささやかにブームに便乗させていただく。このブームの蚊帳の外にいるジョージ・ハリソンだ! まいったか? などと啖呵を切ってみたものの…。 ジョージはいつも“不足”している。ジョンやポールが力を抜いた楽曲とジョージの力作ではジョージの分が悪い。結局、歌もギターも下手だし、名曲が生まれる確率も決して高くはない。 ギターはスライドを習得して以来、馬鹿のひとつ覚えみたいに連発しているから、彼の個性になってはいるものの、歌唱という面でのキャラクターが立たない。ジョンやポールは発声を変えても強い個性は持続するが、ジョージが発声を変えると“気紛れ”や“思いつき”にしか感じられない。 声が細すぎるんだわなぁ…。 まったりとした楽曲でだらしなく歌ったりなんかすると信じられないくらいハマるんだけどね。その類の楽曲であるならばジョンより評価できる場合もあるもんねぇ。 クラプトンを伴って来日した1991年東京ドームのライヴ。主役のくせに引き立て役になってしまっているジョージが哀れだった。 でもなぁ、本作を久々に聴いて思ったんだけど、実のところ作曲は悪くないよねぇ、ジョージ。これをポールが歌っていたとしたら…。あ、そういう言い方が最もジョージに失礼か…。 maj7とdimの多用がジョージの個性なんだろうか。それってナンだかなぁ…。  (関連

 

★☆(2000.10.22)

『パンプキン・ラブ/おしえてアイドル・ビクター編』 悪い予感が的中。「幻の名盤解放歌集」「カルトGS」等のシリーズが60〜70年代発掘を終え、“80年代発掘”に移行したら…。あの軽薄な時代に対する冷ややかな感覚(編者&聴き手)は必至。そこには隠れた名曲(或いは度を超した駄曲)に出会う感激は無く、平べったい空白があるだけ。強いて言えば「あ、これ知ってらぁ。懐かしいねぇ」みたいな感覚だけ。 「テクノ歌謡」シリーズが予兆だった。いや、もうとっくに気持ち悪かった。そして、本シリーズ。 つ、つらい。 80年代のAクラスから漏れたアイドル歌謡。 劇的に盛り上げようと躍起になったマイナーコード楽曲に軽薄な歌詞(森雪乃丞や売野雅勇!)。ドラムマシーンがお約束の8ビート。 嫌いに決まっているCDなのに、ある曲が目的で買っちゃった。麻生真美子&キャプテンの『低空飛行』。♪ピッピッピ、SOS♪っつう下らない楽曲。彼女達がプロモーションしている頃、僕、『おはようスタジオ(おはスタ)』を見てたんだ。The Good-Byeもよく出演していたしね。(大好きなんだよ、グッバイ) おはスタには本作収録のキララとウララも出演していたな(コムロ氏の逸話にはウンザリだ!)。宇佐美ゆかりなんかは聴き直したい曲もあるしなぁ。←そうそう、これこれ。覚え込んだまま、脳から消えてくれない軽薄歌謡をもう1回だけ聴いてみたい。ただ、その為に聴き返す80年代歌謡。 あれ? 考えてみれば60〜70年代に歌謡曲を聴いていた人にとって、「幻の名盤解放歌集」の意義も同じなのだろうか? だとすれば、僕は“自分の(バッドな)時代”ゆえに80年代を毛嫌いしてるってわけかぁ。 あるね。 多分にそれはあるね。

 

★★★☆(2000.10.29)

『EVERYTHING,EVERYTHING/アンダーワールド』 20世紀もあとわずか。世間には旧来のロックコンボ形態とは無縁のバンドが溢れかえっている。大歓迎。ドラマーがいなければビートを扱えない、なんて言い訳だ。テクノ系ロックバンド(敢えてビッグビートと呼ばない)はライヴにおいても脅威的なパワーを実証。ケミカルブラザーズのライヴは信仰の域に達している。シンセが繰り出すビート(特にキック&ベースの超低音)がPAを通過した時に理想的なダンス空間を創り出すことは物理的に理解出来る。しかし、そのライヴ音源の商品化に意義はあるのか…? 本作はアンダーワールドのライヴ音源。テクノ系ロックバンドのライヴの必然性(つまり、何故スタジオ録音で完結しないのか)という根本的な疑問に明確な解答を与える。 テクノは突発性を重視した音楽である、ということだ。 シーケンスを打ち込んで、コンピュータで再生するスタイルはガチガチの閉塞感を印象づけるが、アナログシンセのスイッチングは同じ再生が2度と出来ないくらいに突発的。アルペジエーターが奏でるフレーズも同様。(ザ・フーは『無法の世界』のシーケンスを偶然のマシーンエラーから実現している!) テクノは肉体的だ、とも言える。 しかも、シーケンスデータとは成長するもの。最終完成形の無い永久素材だ。 DJ文化とテクノは相互に作用しながら、独自のライヴ環境(発端はダンスフロア)を創った。 本作の音源は一見、打ち込みネタに歓声を加えたライヴ音源だが、絶妙にライン録音とは異なる“音の膨らみ”を感じさせる。いや、それ以前に演奏者自身にも予測不可能な偶然と突発性が現場で発生するピリピリしたスリルを伝える。 テクノ系ロックのライヴ。これは新しい表現の第1歩だ。 スタートが傑作とは縁起が良いネ。

 

★★★☆(2000.10.29)

『イン・ザ・モード/ロニ・サイズ&レプラゼント』 ドラムン・ベース。今や完全に型落ち。口にするのもちょっと恥ずかしい今日この頃、いかがお過ごしですか? 大方の予想通り、“ドラムン最後の砦”はレニ・サイズだったね。 本作はクールだぜぇ。まるで“ビートの見本市”のようだ。中央でバカスカと鳴り響くビートを主役に、周辺で発生しうるプランを次々と実現。主役はあくまでビート、ね。よーく聴くとサンプリング素材(例えばスネア)のベロシティを変化させずにフレーズが組まれていたりする。つまりアクセントを音量で表現していないのネ。フレーズのタイミングだけで表現するアクセント。こりゃぁ、自信の表われに違いない。全曲がレニ・サイズからの挑発的な挑戦状だ。 ロック的なアンサンブルしか馴染めないリスナーにとっては寒々とした機械音の羅列かも。ビートの塊に身をゆだねちゃえば、ビートを取り巻くバリエイションの豊かさに酔えるはずなんだけどな。 僕の気分は高揚するんだが、これが“最後のドラムン・ベース”、言い替えれば“ドラムン・ベースの撤退宣言”に聴こえてしまったのも事実。 今週扱った2枚のCD、またしても類似。テクノロジー音楽が2枚とも緑色のジャケ写ってのも因果。テクノロジー主体の音楽が緑色を欲するのは決して偶然ではないような気がする。ロニ・サイズはコンピュータ画面の古典的な象徴カラーとしてを選んだんだろうけど、僕は“エヴァーグリーン”と受け取った。コンピュータサウンドがエヴァーグリーンをアピール。 いいぞいいぞ! ワクワクしてきたぞ。チクショウめ!

 

★★★☆(2000.11.12)

『ブルーノート・ジャムズ・ア・グルーヴ/V.A.』 CDショップで試聴した時、ジャジーでオルガンブリブリなサウンドに「おっ、お洒落!」などと。 僕はミーハーで新しモノ好きな上にお洒落系は大好物なので、大フィット。でも、敢えて問題発言しちゃおう。 お洒落系って田舎者の音楽だよ。劣等感に訴える音楽、と言うか…。出身が東京か地方かっていう問題じゃないよ。僕の中の“田舎者”と“劣等感”にビシビシ訴えかけてくるんだよね。 スノッブなスーツ着て、スノッブなクラブで、スノッブな仲間と談笑。ちょっとコレかけてくれたまえよ、DJくん。そんな感じ。(←)ほら、田舎者劣等感丸出しでしょ? 時代はジャムセッションなんですと。米国ではジャムバンドを追いかける“テーパー”っていうファンがいて、自前の機材でライヴを録音してネットで交換するんだってさ。「ネットで交換」ってのがいじましい。オタクっぽいよね。おまけにスノッブだ。 本作はブルーノートのジャム派コンピ。 ひとまず米国の状況はおかまいなしだ。冒頭で告白したとおり、僕は田舎者劣等感丸出しでまんまと受け入れちまったぜ。インプロビゼイションの要素は確かに優秀で面白いけど、BGMとしてオシャレ。軽薄者にも手が出せるジャズ。 代官山の服飾専門学校に通う一人暮しのお嬢さん。お部屋のインテリアとして1枚どうぞ。きっと、アナタはワンルームで間接照明だけで生活してるんでしょ? フィットするぜぇ。来るアテも無い“未来の彼氏”が来た時にはサリ気にかけちゃおうぜ。ただしお洒落なのは前半だけ。後半はハードコアだから半分でリピートするように! なんか、悪意ありすぎ? 苦情なら小西康陽に言ってくんな!

 

★★☆(2000.11.12)

『SO FAR SONGS/V.A.』 70年代回帰派の総決算コンピ。根底にはっぴいえんどが在るっていうの? 渚にて・フリーボ・山本精一などは活字で知っていたけれど初めて聴いた。 はっぴいえんどに代表される70年代の“歌”はグルーヴィーでクールなんだけど、どこか恥ずかしい。本作に収録された“歌達”もかなり恥ずかしい。 80年代初頭のテクノポップ(および“過去に新しかった音楽”)は恥ずかしさを徹底して回避した。回避策無き者はパロディというインチキなスタイルで照れ隠しに勤しんだ。そして似非スタイリッシュな音が80年代を席巻。そのツケは90年代に“揺り返し”という形で支払われた。先祖帰りネ。だって、考えてごらんよ。和製R&Bとか和製ディーヴァの音楽って実はかなり恥ずかしいぜぇ。黒人のR&Bも歌詞を読みながら聴くと恥ずかしいしな。 本作はアコースティックで、ほのぼのとした曲調で、うーん、まぁ、優しい感じ。一瞬、70年代のフォークソングを聴いているような錯覚をしてしまうが、ジム・オルーク直伝の遺伝子をどこかに持っているようなサウンドに、ハタと2000年を思い出す。しかし、確実に言えることは全アーティスト、歌が下手クソ。声量が無く、音程も危うい。そりゃ鼻歌だろ、みたいなのもいる。これ、“渋谷系”以降の悪い風潮だね。 しかし、ここまで70年代のフォークソングの外装をなぞるのはどんなもんかね? フォークって言っても、トワ・エ・モアとか森田童子とか、そっちなんだわ。 どれも宅録とお見受けいたしました。

 

★★★☆(2000.11.19)

『1/ザ・ビートルズ』 このコーナーで僕は毎週のように“ビートルズ(以下、B4)”という言葉を使っている。僕にとってB4とは“生きる上での指針”だ。大袈裟ではない。この場合、突然変異を成功させ続けたB4という“概念”を指す。僕はあらゆる表現やビジネスにおいて、いつも“B4という概念”を意識してしまう。 さて、B4歴代のNo1ヒットを網羅した編集盤。リマスタリングで音はシャッキリ。テープノイズが消えても「Yesterday」の椅子の軋み(ギギ〜)は健在。(大事だよね!) 「Love Me Do」から「The Long And Winding Road」までサクサクと進行。これはこれで手軽なベスト盤。 しかし、だ…。埃を落として消毒した文化遺産の陳列、という印象を拭えないのは、“No1シングル”という選曲基準が仇になったとしか言いようがない。『PAST MASTERS』にも僕は同様の印象を持っていた。「She Loves You」や「We Can Work It Out」という大好きな単体曲を聴く為の“器”、って感じ。 どうだろう、60年代の意味不明な編集盤に満ち溢れていた選曲センスを、B4に限って認めちゃ駄目かな? 選曲は納得いかないし、楽曲はダブるっつう代物には違いないんだが、僕はアレが嫌いじゃない(『Oldies』とか)。 本作の“データ的配列”というセンスは、最も“非ビートルズ的”な気がして…。 今後、全楽曲のリマスター(orリミックス)が行われるに違いなく、本作とのダブリは必至。前言を翻すが、それはそれで僕は本作の価値を認める。「Penny Lane」が収録されて「Strawberry Fields」が未収録の事情だって、なんとか飲み込む。 ダブっても不服でも宝物が1つ増えただけのこと。 でも、せっかくの宝物なのに、このジャケットデザインはねぇよな…。  関連(

 

★★★★(2000.11.19)

『マイルス・アヘッド/マイルス・デイヴィス』 僕は自宅のCDラックを漠然とジャンル分けして収納している。ジャンルが曖昧なCDが多くて苦労しているけど、僕なりの解釈で整理。あるコーナーのCDが一向に増えないのよ。クラシックとジャズのコーナー。 ある時期ドヴォルザークの『新世界より』に入れ込んで何枚かCDを聴き比べたこともあって、クラシックの方がジャズより若干多いかな。 年に1枚か2枚購入するジャズは結局いつもマイルス。膨大なマイルスの生涯を把握する知識は無いし、把握する覚悟も僕にはない。地道に1枚づつ聴いていけたらそれで良い。未聴のタイトルの中に名作が存在することなんか知ってるってば! 本作はギル・エヴァンスのオーケストラと融合したマイルス。 マイルス初心者の僕が総括的な言葉を吐くのも生意気なんだけど、マイルスは生涯マイルスなんだねぇ。バックミュージシャンを変更して、音楽のアプローチを変更してもマイルスはマイルス。 E-muというメーカーが発売しているシンセサイザー・モジュールに「Proteus2000」という名器がある。この中に“Miles's”というデータ名のクールなミュート・トランペット音色があるのさ。通常のミュート・トランペットとは明確に区別して“Miles's”なんだね。 これぞ、音楽家に対する最大の礼賛。 マイルスが“自分のトーン”を貫かなければ実現しなかった音色。また、音楽アプローチを変化させたことで価値を倍増させた音色だ。 本作のフワフワしたムーディな楽曲(アレンジ)に溶け込みそうで、独りピリピリと孤立するマイルスのトーン。 こちらの気分に合わせて表情を変えてくれそうな懐の深いディスクだ。 一生、聴きます。約束しますとも。  (関連)

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