メレンゲ今週のCDご紹介21

久保田麻琴、ゆらゆら帝国、ムーンライダース、メロウ、レディオヘッド、
ジョー、土屋昌巳、喜納昌吉+矢野誠、Carlos Vives、ディープ・パープル
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★★(2001.01.09)

『ON THE BORDER/久保田麻琴』 Dr.ジョンのアルバム『ガンボ』には“ニューオリンズ音楽”が内包する無限の可能性がギッシリと詰まっている。音楽の持つ壮大さ・陽気さ・楽しさを知る上では最善の作品だ。(勿論、悲しさだって表現されているんだよ。でも、その表現方法がポジティヴなのさ。) さて、本作は久保田麻琴による“ニューオリンズ系”の最新作。70年代にいわゆる“はっぴいえんど系列”の音楽家として“ニューオリンズ音楽”を独自に解釈した久保田にとって2巡目の“ニューオリンズ系”。99年発表のハリー&マック(←Click!!)の延長線にあり、勿論、細野晴臣にとっても2巡目だったわけだ。 僕はハリー&マックよりも本作が気に入ったなぁ。なにしろ、暖かくって優しくって豊潤な音楽なんだ。ボンヤリと聴いていても、ついつい涙腺が緩んでしまう程に優しいサウンド。あぁ、人類として地球に産まれて来たってことはなんて素敵なコトなんだ、なんつってマクロの視座から嬉しくなっちゃう。ホントだぜ! 生の楽器演奏と肉声による温もりに満ちた音はキメ細かいニュアンスと深いリズムを最大限に提供。それだけでも、本作は必聴。しかししかし…。敵は久保田麻琴だぜ。チッチッチ。 仕上げ(ProTools使用)が恐ろしく丁寧なんだよ。こだわってるなぁ、相変わらず。ベスト・ミックスです。断言します。 ええい、もうひとつ断言しちゃえ! このアルバムを聴かないと人生の20%は欠落するよ。 広い大地で土と草の匂いを嗅ぎながら、風と日差しの真ん中で聴きたい。きっと水がうまいだろうなぁー。 (関連ライヴレポート

 

★★★★(2001.01.09)

『ゆらゆら帝国で考え中/ゆらゆら帝国』 CDプレイヤーをスタートさせて、8秒しか経っていない段階で僕は声に出して言ってしまった。「カッコいい〜!」 いや、もう、本作に対して「カッコいい」以外の形容詞で理屈を並べる行為はすっげえカッコ悪いんじゃないだろうか? 何か言わなきゃ、なんて思っている自分に対して思うもん、俺。ダッセえなぁ、と。 「カッコいいです。」と一言だけ書いて終らせたいけど、頭が悪いと思われるのもシャクなので書く。あぁ、書くともさ。 ミジメだなぁ。 冒頭で怒鳴るんですわ。“ゆら帝の定番メロディ”(譜割に癖があるよネ)に乗ってはいるんですよ、一応。でも、音楽を逸脱して「普通に喋る言葉」として放り投げられちゃうんですわ。逸脱しているくせに思いっ切り“音楽的”。それが一変してメロディックになる瞬間の快感と来たら…。 歌詞は例によって“文学的”。(あ〜、こんな表現している俺って本当にミジメかも…) オマケにギターがグループ・サウンズっぽいの。うーん、ベンチャーズ的って言った方が正しいかな。単音フレーズとアーミングがメチャクチャごきげん。ドカドカ煽るドラムスと冷静にグルーヴを紡ぐベースも鉄壁。 2曲目の『針』は“ゆら帝節”が炸裂。歌詞が極度に刺激的。 3曲目『パイオニア』はジャックスの『遠い海へ旅に出た私の恋人』を思わせるユルいサイケ曲。ギターのアルペジオやエコー満載のスライドだけでなく、心無しかボーカルも早川義夫に似ている。 あ〜あ、ツマんねぇCD紹介してんなぁ、俺…。 もう、いいよ! こんな文章読まなくてもいいから、聴けってば、ゆら帝を!  (関連

 

★★★☆(2001.01.18)

『Six musicians on their way to the last exit/ムーンライダース』 僕が不思議に思っているのはmoonridersが歳を重ねるごとに“民主的グループ”として定着していることだ。海外の長寿グループの実情を見れば、“主役と脇役との隔絶”が延命の法則にさえ思える。なのに、moonridersは…。 本作には6人のメンバーが個々に宅録したトラック6曲と、6人によるライヴ音源1曲を収録。 もはや“グループ”とは呼べない制作状況。この手法で各自が個人的に音楽を制作するのならば、永遠に延命できるだろうって? ごもっとも! でも、僕は“民主的グループ”としてのmoonridersを実感したのさ。 多分6人の自宅システムは異なり、当然のこと2000年に各自が抱いた“音楽のベクトル”はバラバラだったはず。実際問題、各楽曲の音に統一感は無い。それはソロ楽曲の寄せ集めなんじゃないかって? ごもっとも! でも、僕はmoonridersのアルバムとして聴くことが出来たのさ。 なんだか、ナゾナゾみたいなことばかり言ってるけど、何て言うか…、全曲がmoonridersにしか聴こえないんだよ。鈴木慶一が全く参加しない楽曲さえもmoonridersにしか聴こえないんだよ! メンバーが単独で楽曲を制作しても、成果はグループとしての音楽なんだよ。 メンバー全員に“moonriders”という看板が与えられ、全員がその看板を自由に扱う。そして、その成果は“moonriders”という看板に還元される。 全く不思議な民主主義だ。 そして、本作はバンド形態が無くとも成立する“グループの音楽”を実証。 まさにアンビバレンツ。 そう、“ホワイトアルバム”のように。

 

★★☆(2001.01.18)

『another mellow summer/メロウ』 フランスのユニット。このところタヒチ80やフェニックス等、世界市場を対象にしたフランス勢の台頭が際立つ。仏語を使わず英語で歌う彼等の姿勢はドメスティック市場をスポイルしたかのような意志表示だ。 メロウは音楽的にも技術的にも達者なユニットに違いない。しかし、何故か彼等は真っ向からの勝負を避ける。各楽曲が“有名楽曲”を引用した一種のパロディ構造。 1曲目の標的はキング・クリムゾン。『宮殿』『エピタフ』『戦慄』『レッド』が巧妙に混ざり合う。 以下、執拗に中後期ビートルズのアイディアを再現。 多分、制作は楽しかったはず。こだわるポイントが多いもんね。本家のフレーズを微妙に変更して、本家が使用した楽器の音を今風に再現して…。「リンゴのフィルインはさぁ…」なんつって。楽しそう。 しかし、残念なことに僕は制作側ではなく、スピーカーのこっち側にいるんだよねぇ。イライラしたさ。 12年前の僕なら、悔しい思いも出来ただろう。あの頃はビートルズの引用が楽しくてしかたなかったからね。 今の僕は「まだ、ビートルズの引用なの?」などと…。いや、僕が12年先を走っているなんて自慢がしたいわけじゃない。その手法から生まれるモノに絶望しているんだよ、僕は。僕はオアシスやブラーといったブリットポップの手法に絶望しているんだよ。ビートルズを葬り去ることを僕達はビートルズから学んだのではなかったのか!?  メロウがリズム・メロディ楽器・音響という分業体制の3人組であることは希望の対象だと僕は思う。 思い直してくれ。

 

★★★☆(2001.01.28)

『KID A/レディオヘッド』 ロック系で特に英国産だと僕は情報を真剣に受け取らない傾向がある。“英国ポップ偏重派”だった僕が90年代には英国ロックに背を向けてしまった。だから、実を言えば「ロック系」なんつう解釈も怪しい。僕が一方的に「どーせロックでしょ」と思い込む、という偏見。←認める。 2000年の最重要名盤らしい本作に対しても僕は関心が無かった。(下手なくせに)ラウドなギターがギャンギャンして、適度にポップな楽曲で…、っつうグランジ以降のオルタナロックを想定していた。 いやはや、全然違うんですね。 入手してからと言うもの、かなりの回数でリピートして聴いている。歪んだベースなんかも時折鳴っているけど、基本的にはサンプラー派なのね。 いや、ギター派はNGでサンプラー派はOKなんて言うつもりは無い。肝心なことはサンプラーに向かう姿勢(同様にギターに向かう姿勢)。レディオヘッドのサンプラーセンスってロックっぽい。正確に言えば“アートロック”とかの時代の志を持っている、という意味でロックっぽい。“新しい地平線”を追い求めている、と言うか。 音数は信じられない程少ない。シンプルなフレーズでループするエレピに深いエコーがかかり、周辺に電子音が走り回り、線の細いボーカルがエフェクト満載で漂う。強いて言えばブライアン・イーノの初期作に通じるロック・コンテンポラリーなアンビエント作品。 スカスカした空間が心地よい。 最終曲に“意味ありげな”無音状態が約1分間挿入され、続いて約50秒間サンプラーの持続音が鳴り、再度無音状態を約50秒続け、アルバムは終る。こーいう“お芸術”ぶった演出は大嫌いなんだが、本作に関してはスンナリと受け入れることが出来た。

 

★★★(2001.01.28)

『MY NAME IS JOE/ジョー』 顔は怖いが、歌はうまい。 これ、良質なR&Bシンガーの条件? ヒップホップ以降、ストリートと音楽が直結して以来、怖い顔のブラックシンガーが増えた。日本でもR&B系の(特に男の)シンガーは喧嘩が強そうな顔してる。 まぁ、元来、黒人にとってストリートと音楽は直結していたのだろうけど、メインストリームに一勢になだれこんだ結果、極東のユーザーにも“怖い顔”が定着したってことか。 などと、どうでもいい話を書いていますが、ジョーの歌唱はトロケそうに艶やかな声が全開。セクシーです。 「セクシー」って、女性ファッション誌のCD紹介じゃないんだからさ。 あー、つまりぃ…、世間が評価する程には楽しめませんでした、僕。 並列にへばり付いたようなミックスダウンとか面白かったんだけどねぇ。奥行きは希薄なんだが、ステレオ感は満載っつうミックス。 そこにコーラスがフワ〜ッと左右から包み込み、中央ではジョーのセツなく艶かしい歌唱。様々な定位で音質を変えて登場するコーラスは、すっげえ手間をかけたなぁと思う。 いや、良い出来なんスよ。ただ、全曲とも基本的に同じパターンなんだもの。(7&8曲目が違うパターンで、僕は好きです) これでもか、と押し寄せてくるコーラスの塊が、聴き進むにつれ耳に重くなってくる。 さて、エリカ・バドゥ←Click!!)を絶賛した僕がジョーはイマイチ、というセンスは何に起因するのだろう? う〜ん。。。 声、としか言いようがないな。 サウンドプロダクションはどう考えてもジョーの方が達者だもん。 怖い顔で歌のうまいシンガー。僕は、お腹いっぱいかも…。

 

★★★☆(2001.2.04)

『RICE MUSIC/土屋昌巳』 何の必然も無く、唐突に古い音源を扱う。ま、こんな時は新譜に出物が無く、購入した中古CDが妙に気になるって時だから、ご容赦。 1982年リリースの土屋昌巳ソロ。当時、彼が参加していたJAPANのコネクションを最大限に活用し、英国市場を確実に意識した内容になっている。 ま、言ってみれば“エスニックとしての日本音楽”。僕ら日本人が聴いたら、作為満々の“ジャポネスク”。 リリース当時に聴いた時の印象は悪かったなぁ。「この売国奴っ!」ってなもんで。 え〜っと…19年ぶりに聴いたわけですね、本作。 いや、これが面白いんだわ。ドライな感覚で扱う素材としての“日本”は、案外核心をついているかも。 また、JAPANから参加しているスティーヴ・ジャンセン、ミック・カーンの織り成すリズムが鮮烈。僕、あの当時はパーシー・ジョーンズのフレットレスベースの方に興味があったんだけど、今聴くとカーンの方が的確な音数で存在感のある音を出している。沖縄音階の『ハイナハイラ』からベースを抜いたら、よくある“ヤマト人発想の沖縄ソング”で終ったはずだ。カーンのベースはフレーズも音色も、信じられないくらいに鋭く沖縄を捉えている。 そう、本作は西洋(特に英国)の演奏家に委ねられた“日本”。 ジャンセンのドラミングも、相変わらず特異。変則的なんだが、グルーヴはあるしコンピュータとの相性は抜群。 全体を貫くリズム(ドラム、リズムマシーンだけでなく、シンセのシークェンスも含む)は、なんだか新しかった。 21世紀に聴いてこそ、新しいリズムだ。 なんだか、拾い物だったな。 フフ。  (関連:ミック・カーンジャパン一風堂

 

★★★(2001.2.04) 

『セレブレーション/喜納昌吉+矢野誠』 何の必然も無く、唐突に古い音源を扱う。ま、こんな時は・・・(以下、省略)。  歌詞以外のクレジットが全く無いので正確なことは言えないが、80年代前半のライヴ音源。音を聴く限りでは、矢野サイドのスタッフバランスの方が圧倒的に多い。つまりは“喜納昌吉という沖縄素材”をヤマト人が料理したイベント。 単純に矢野楽曲がつまらないと感じた。喜納が歌っていない瞬間もダレまくる。言い替えれば、喜納の声が出た瞬間に空気はピシーッと締まる。喜納昌吉って、そんなに歌の上手な人じゃないと思うのだけれど、この存在感の前には言葉も出ないね。 ファンキーなアレンジで贅を尽くしても、僕の意識は喜納の肉声にばかり向かう。いやぁ、バックの方々ならびに編曲の矢野サン、ご苦労様でした。 例によって喜納の歌は“精神性の高い歌詞”が多くて疲れるのだけれど、割とどーでもいいことを歌っている時こそ僕の耳とフィット。「♪風よ風風ヘイ風ョ/南の空から吹いてくる/(中略)/サーサ踊りましょう♪」 こんな歌詞が僕にはシックリ来るみたい。 中間に喜納の弾き語りがあって、ギターのアルペジオも“沖縄訛”なのが楽しい。全編をこのアレンジで聴きたかった。興に乗って突如登場するミドルテンポの『ハイサイおじさん』。静かなアレンジで聴くと信じられない程に美しい楽曲だということに気付く。僕は『花』よりも好きだな。沖縄の歴史や生活に根差したウチナーポップ曲の金字塔『ハイサイおじさん』。ヤマトの手が加わらない方が純度が高い。 そう、このアルバムのつまらなさは喜納が“日本本土”を過信し過ぎている点にある。

 

★★★(2001.2.11)

『El amor de nu tierra/Carlos Vives』 さて、メレンゲ。 突然ですが、根源的な恥を暴露させて下さい。 僕、本作がメレンゲであるという自信が無いんですよ。これは、サルサなのか、メレンゲなのか。んー、悩む。 聴けばわかるだろーよ、って思うでしょ? メレンゲはコロコロと音楽スタイルを変えてしまうので、“僕が把握しているメレンゲ”がメレンゲの全てじゃないんですよぉ。 僕流の“メレンゲ判別方法”を紹介します。一応ビートで判断するんですけど、CDリリースがドミニカ共和国であるか否かをクレジットで調べた方が手っ取り早いです。CDショップの店頭の分類を信じる、ってのもあります。“メレンゲコーナー”にあるCDがメレンゲ。 う〜む、我ながらダサい。 で、本作なのですが、リリースがアメリカだから産地で判別は出来ない。CDショップの“メレンゲコーナー”で見つけたから、おそらくメレンゲ。歌詞でも“メレンゲ”って言ってる。 でも、このビートってメレンゲかなぁ? “メレンゲの約束事”はことごとく無し。かと言って、サルサとも言い切れないし、なんつーか、“ラテン”としか言えない。 丁寧な録音とミックスダウンで洗練されたサウンド。クリーンな環境で南国カクテル片手に聴いたら気持ち良いだろう。 レゲエやブラジル風味をチャッカリ取り入れていることからも本作が戦略的に都市の市場を狙った“リゾートラテン”であることが理解出来る。白人や日本人が「ラテンって良いよね」、と。 欲しているのはメレンゲでなく、“ラテン”。 僕が好きなメレンゲは、もっと“埃臭い”というか、汗の匂いがするものであって、クリーンな部屋じゃ聴かねぇよなぁ。。

 

★★★(2001.2.11)

『カム・テイスト・ザ・バンド/ディープ・パープル』 事件だ! このコーナーがコトもあろうにDeep Purpleを扱う! 昨年来ロックに目覚めてますから…。 僕には妙な癖があって、昔聴いて理解出来なかったアルバムを好んで聴き直してしまうのね。時代を経て、自分も歳をくったことで唐突に理解出来る作品があるのが素敵。 で、本作。良いよぉ。超有名楽曲2曲を収録したアルバムを名盤と信じている人(この時代に!)こそ、本作を聴き直すべき。 全盛期(第2期って言うの?)の演奏が優秀だ、って評価は理解に苦しむ。 例えばベース。前任者はスケールを派手に弾くことでテクニシャン呼ばわりだけど、ビートが平べったいでしょ。一方、新任者は16分の休符を巧みに取り入れたファンキーなビートセンスを持っている。このベースとチグハグだった“人気の高い前任のギタリスト”のリズムカッティング(前作&前々作)はブザマだった。その点、新任のギタリスト(故人)はファンキーなカッティングを自在にこなす。ハイハットワークだけでリズムのニュアンスを表現している節のあるドラマーも、両者に引っ張られてハネたビートにトライ。でも、タムとスネアの小刻みなコンビネーションは好きになれないなぁ。因みにこのドラマー、意外にもミックスダウンの中心人物らしい。ミックス上、タム&スネアのしつこさやキックの弱さが気にならなかったのかしら? 1曲目だけ従来のバンドイメージを固持しているが、他の楽曲はネバっこい。ボーカルはもろにポール・ロジャース。 このメンバーで続けば良かったのに! な〜んて。売れなかったんだよね、本作。あの界隈は保守的だからねぇ…。 だめだ、皮肉ばかり言ってらぁ、僕。  関連(

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