★★★☆
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『リロード/トム・ジョーンズ』 例えば森進一が共演に小山田圭吾を人選して、楽曲に「夜空ノムコウ(SMAP)」を選曲したとする。これ、聴きたい? 僕はセコな“企画”が見えすぎて白ける。 いきなり例えが悪いのですが、本作はトム・ジョーンズ(以下、TJ)を中心にお馴染みの楽曲(トーキング
ヘッズ、レニー クラビッツ、イギー
ポップ等)と先鋭の音楽家(カーディガンズ、ポーティスヘッド、シンプリーレッド等)の演奏を組み合わせた“企画モノ”。 企画の安易さをぶっちぎる好ディスクです。 TJは若手の音楽家に対して過剰な親分肌も、媚びた若作りも示さない。共演する音楽家達はヨイショも反抗もしない。共に「今の音楽」「今のTJ」を謳歌している雰囲気に大好感。バラバラな人選と選曲なのに、全体の質感は一本に収束。そりゃもう見事に。 森進一の例と比較せずとも「TJだから」というのがカラクリの全てなのでしょう。 楽曲も音楽家もTJの磁力によって自然な状態のまま不自然に科学変化。 TJは太陽光に対抗して光を放出する人工太陽だ。眩しくって、熱くって、照射範囲がむやみに広い。TJ光に当てられたモノは色彩と影を喪失して輝く。(←鈴木その子の原理) 結果、光源であるTJの1人勝ち。バカラックをもねじ伏せた光力。TJ光に当てられたモノたちの幸福感がディスクのあっちとこっちで交錯します。 TJは一種の教祖なんだろう。 声がでかいだけで教祖の資格は十分だ。 『マーズアタック』のラストシーンの祝福を思い出した。
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★★☆
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『チャーム&セクシー コレクションvol*1/V.A.』
当サイト開設当初に掲載した「エレクと〜ん(←Click!!)」ですが、16ヵ月を経て遂に祝福の時を迎えました。「奪われたいの/渚まゆみ」初CD化!! 実に26年ぶりのリスニングに感激! “幻の名盤解放歌集”の枠でリリースされると読んでいたのですが、意外にもSONYが“アーリーアイドル70's”の枠で編集。 朝丘雪路、金井克子、大信田礼子(低音が絶品!
再評価すべき!!)といったラインナップが示す通り、当時のビッグ市場“お色気歌謡路線”に鞍替えした人や、当て込まれた新人サン達のヒット曲集。(ポスト奥村チヨって言うんですかね?) お色気歌謡路線と言っても本作はメジャーなヒット曲中心なのでギトギトしてはいません。ただ1曲「奪われたいの」を除いては…。 浜口庫之助の歌詞表現は直線的で装飾が無い。想像力無用の現場状況を提示する。モロ出しのまな板ショーであるにも関わらず、印象が下品でないのが不思議だ。根源が
お座敷でハメを外した程度のバッドマナーなんだろう。目的は一緒なのに場末のストリップ小屋では太刀打ち出来ない品格。そして、僕みたいな“お座敷知らず”の大衆にも理解出来る“上流エロのポップ表現”だ。 庫サンをロールオーバーしようとしたジャックスは庫サンとは全く別ベクトルのエロに到達した。 早川義夫は庫サンの「エロ資質」を近親憎悪的に敵対視していたのだろう。
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★★★☆
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『ライヴ/ザ・クラッシュ』 ロンドンパンクを総括してCLASHとJAMだけが真に価値ある音源と意義を後世に残したと思う。 両者とも音楽性・メッセージ性・ビジュアル(ファッション)の全てがシンプルで優秀。めまぐるしい音楽の変貌もパンクの定義内で理解出来たから
僕は彼等と一緒に成長出来たような錯覚さえ感じる。CLASHがJAMよりも派手に見えたのは2枚組・3枚組の連続リリースのおかげか…? などと、冷静に回顧していますが、僕は当時CLASHに夢中でした。 ダブやファンク、ルーツ音楽の魅力を教えてくれたのは確実にCLASHだった。スタイリッシュな写真や映像を見るにつけ溜息をついた。 いくらストイックにパンク思想を実践していても、実の処
CLASHはその優れたビジュアルにおいてポップスターだったと思う。同様に生真面目な音楽実践主義者でありながら楽曲は十分に商業的(ポップ)だった。 それでもCLASHは批判されない圧倒的な存在だった。商業主義の要素を存分に備えながら行為が無償、という美談も原因なのだろうけれど、本当の理由は本作が証明する。 有無を言わせていないんだもの。圧倒的なんだもの。切羽詰まってんだもの。演奏が走っていようが関係無い。問答無用の空気がピリピリと聴こえる。感激。 この音源は寿命を摺り減らしながら力一杯だったCLASHの生々しい鼓動。あ、俺、ロマンチックなこと言ってらぁ。 20年前の渋谷公会堂、僕は念入りに髪を立てて出かけた。それは僕なりに誇らしい思い出なのです。 改めて惚れました、CLASH。 関連(1・2・3)
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★★★
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『ナイトライフ/ペット・ショップ・ボーイズ』
PetShopBoys(以下、PSB)の音っていつも同じに聴こえません? BPM、シンセパッド、細いボーカル(及び、声の処理)はお約束だらけ。特に90年代のPSBはハウスの範疇で創作しているから安定感はあるけれど、革新的じゃない。大ブレイクした「Go
West」に続き、本作の先行シングル「New York City
Boy」もエレ・ディスコ。保守的な戦略だなあ、などと思いながら聴いてみれば
ディスコの矛先は絶妙にフィーリーソウル側にシフト。でも印象は変らない。(ま、本質が“マッチョゲイディスコ”だからねぇ。) 本作も1曲毎に独自の意図が読み取れるけど
アルバム全体の印象は均一。 例えば赤飯業界で「今年は黒胡麻から白胡麻に変えてみたんですが
どうスかね?」なんつって得意満面の表情をされた気分だ。味に大差無いっての! で、PSBは「BGM業界」。決して会話や仕事に差し支えないBGM。高揚も治癒もしてくれないけれど、部屋(あるいは車内)の色彩に薄〜い一色を加えてくれるBGM。ところが、英国的って言うのか
結構イー加減。入念に整理され、吟味され尽くしたイメージがあるけど
割とラフ。PSBってポストパンク(NewWave)期に出てきたんでしょ? ニューオーダーとかディペッシュモードも絶妙な粗さがあるもんね。 実はPSBの一見高級な音は悪意の裏返しなのかも。 BGMに浸るユーザーを「ばーか」なんつって笑っているんじゃないの? 「白胡麻ったって、本当は色の薄い黒胡麻なんスけどね」ってなもんか。
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★★★★
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『4/プロジェクト・ウノ』 打ち込みメレンゲ“メレンハウス”に大納得。このメレンゲは良いです。メレンハウスなんて卑屈な呼び名でなく「メレンゲ」と言い切って構わない。革新性こそがメレンゲの精神であるからして。 本作の楽曲はプログラミング・ビートに、パーカッションやブラスやピアノを乗せている。それは過去に聴いたメレンハウスと同様。でも、本作は圧倒的に「メレンゲ」だ。 結局、表現者のポジションの問題じゃないのかしら? ハウスの領域でネタ探しをする表現者がサルサやメレンゲを取り込む方法では、本質的なメレンゲ魂はスポイルされていた。メレンゲは他のジャンルを食いつくす雑食音楽であって、他のジャンルに栄養を与えるデリケートな音楽ではない。だから、メレンゲ側がドラムマシーンを熱望しなければ融合は不可能だったのだと思う。 メレンゲの王道アレンジと王道メロディーがハウスを吸引したのが本作。 更に新機軸はある。イントロやテーマのインスト部でバンド名や曲名を連呼する「メレンゲの掟」をHIPHOPスタイルで死守。メレンゲとHIPHOPを融合したコール&レスポンスも新しい。ドキドキします。しかも、プロダクションのスキルは高いです。 米国的なR&B楽曲が収録されていることが不満だけど、NYのラテン事情が理解出来ないので一概に責めたてるのはマズイのだろうな。何故なら僕はネタ探しの対象としてメレンゲを聴く日本人のポジションしか持ちようがないからネ。 関連
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★★★☆
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『ファンクスクール/フレッド・ウェズリー』 ファンク界の重鎮フレッド・ウェズリー(以下Fred)の98年のソロ。FredはJBのトロンボーン奏者(忍耐)、J.B.'sのリーダー(人格)、P-Funk軍団一のデブ(体格)といった温和な印象が強く、相棒のメイシオ・パーカー(以下Maceo)とは対照的。 そんなFredの素敵なエピソードを紹介。 Maceo(96年ソロ名義)が新宿リキッドルームでブロウしまくった時、Fredが同行(ずっとコンビで営業していたみたい)。僕は友人を介して楽屋に突入、両巨頭と対面した。大部屋で仲間とくつろぐFredに挨拶して、サイン用CDを差し出すと「これ、誰〜だ?」なんつって若き日の自分の写真を指差して上機嫌。ついリラックスした僕は思わずギャグ一発(通訳してもらったんだけど)。「これは最新アルバムだから丁寧にサインしてね」と。Fredは巨体を揺すって「最新やて!? グワーハッハッハ」と爆笑してくれた。(CDはJ.B.'sの73年リリース“Doing
It To Death”だった!) 一方のMaceoは座長部屋に1人で陣取ってピリピリと神経質そうな印象。Maceo(雇用主)とFredの待遇差を明確に体現していた。 巨漢の爆笑男FredがJAZZ,FUNK,HIPHOPと縦横無尽に吹きまくるのが本作。理屈抜きで楽しい。表題曲ではJB、クリントン、バーニー、ブーツィー、Maceoを賛えるなんざ相変わらず“気の良いオッチャン”だ(嫌な過去もある連中だろうに…)。 両巨頭のサインCDを持って大部屋楽屋を出ようとした僕をFredは呼び止めて言った。「おい、オモロイ兄ちゃん。最新アルバム聴くのもえぇねんけど、たまにはオッチャンの旧譜も聴いとくんなはれや!ブワーハッハッハ」 僕は心の中で“Brother Fred,Thanks
Man”と黒人風に言ってみて、大満足した。 FUNK関連(1・2・3)
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★★★☆
(切願の☆1つ)
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『Rave Un2 The Joy Fantastic/The
Artist 4maly known As PRINCE』 Prince(この名前で押し通します!)のどこが好き? 革新性・大衆性・音楽水準・エロ・娯楽性…。この要素をPrinceは矛盾無く許容。彼の一面だけを摘出すると全体のバランスが危ういものになる。だからレヴォルーション期を好きな人ってNPG期を認めないでしょ?
革新的でないPrinceは許せない、と。 NPG期にコンテンポラリー表現へシフトしたもんね。伝統的R&Bを素直に反映したし、ヒップホップにも急接近した。 僕はこのシフトチェンジには好感を持つ。レヴォルーション期は革新性ゆえに「一過性のゲテモノ」として孤立しかけていたのも事実なわけで、グローバル表現に向かうのは自然だ。
だって、前衛をコンテンポラリーな表現で市場にバラまく能力がPrinceより優れた奴なんている? 僕には「革新と言う名の提案」から「王道としての収穫」にシフトしたように思えた。例の3枚組もオープンな大衆性の器に変態的な個人趣味が盛られた迫力モンだった。 3年ぶりの本作も土台はコンテンポラリー。音の密度がアップすると革新性が消えるって原理はあるにせよ、革新性の乏しさではワーナー最後のアレと張り合う。 本作が“過去の提案”を“2000年の収穫”として自画自賛する厚かましい作品とも思えない。何か言いたげなんだけれど、最近のPrinceの態度は釈然としない。それはミステリアスでもあり、優柔不断にも映る。 そろそろ姿が観たいです、殿下。 ボーナストラックでメイシオ・パーカーがソロを披露。Princeの「メイシオコール」が聞けます! Princeってミーハーかも。。。
関連(1・2)
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★★★
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『グレイテストヒッツ/ゲイリー・グリッター』 唐突にゲイリー・グリッター(以下、GG)。映画『フルモンティ』では男性ストリップのBGMとして鮮烈だった。グラムロックのブームで最も得をしたのはGGだろう。T-REX方式のブギーにスペクター風味を加えて、観念(BOWIE)も音楽性(SWEET)も個性(SLADE)も介入させなかったのがGG。つまり、ブームに便乗して市場を分析し、一番効率の良い(簡単な)方法を選んで成功したわけだ。 とは言え
バタバタした重低音ブギーは博物館入りの価値あり、だ。 スペクター譲りのツイン&エコーのバコバコドラムスでは飽き足らず メンバー総出でユニゾンのかけ声。これですよ、これ。記号化されたグルーヴ! 言ってみれば軍隊の号令。 男性ストリップのマッチョなBGMには最適だし、中期QUEENの“リズム&かけ声”曲にヒントを与えたんじゃないかしら? 短い全盛期をベスト盤で聴き通すと、お手軽ブギーの連射。迷いも恥じらいも無い堂々たるシャッフル。自信はあったんだろね、一応…。 一方、バラード曲では「やっつけ仕事」がバレまくり。とりあえず女の子をウットリさせますかぁ、なんてネ。ウットリしないってば。 SWEETやSLADEが生き残り、T-REXやBOWIEが伝説に残ったのは「やっつけ仕事」をキチンと埋め合わせたからだ。 Eddie&Floのコーラス抜きには成立しないT-REXのヒット曲だって「やっつけ仕事」には違いない。僕はそんなグラムロックもGGも好きですけど。
関連
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★★★★☆
(最高得点!)
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『ミッドナイト・ヴァルチャーズ/ベック』 参った。1曲目を聴いた瞬間に降参した。一体、ベックは何回 最高傑作を作れば気が済むって言うんだ!? ファンクやR&Bを完全に自分のテリトリーで再構築。言いたくないけど、全盛期のプリンスを上回るクリエイティビティだと断言。生ドラムとサンプラーがめまぐるしく入れ替わるリズムは唯一無比。テクノポップばりのアナログシンセ電子音が飛び回り、バンジョーやスティールギターも大暴れ。驚きながらもニヤッとさせられる。こんなファンク聴いたことない! 王道のソウルからディスコ〜クラフトワーク〜ヒップホップに至るファンクの歴史を全て飲み込んだ挙句に新しいファンクを提唱。この男が吸った古い空気を吐き出すと、そこには“新しい気体”が生まれている。正直、これほど凄い音楽家だったとは思わなかった。また、誠実な音楽家であったことも改めて実感。 音数の多さは相変わらずサンプラー世代だなあと感じるのだけれど、アバンギャルドな指向も含めて音選びの感覚(多分思いつきなんだろうけど)は抜群だし、フィニッシュ(ミックスダウン)の腕前も確か。プリンス風ファルセットが多いのが意外だったけど、いつものゆる〜いボーカルも健在。それなのにタイト。う〜む、あれこれ考えたり、分析するのがアホらしくなってくる。 僕は前作を「ベックの堂々たるパス1回」と書いたけれど、やっぱりパスは1回限りだったね。それも傑作『オディレイ』を葬る為の作為的なパス1だったわけだ。感服。
関連(1・3・4・5)
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★★★☆
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『セックス/岡村靖幸』 スターひしめくショービズ界でたった1つしか無い椅子が存在すると思う。“ちょっぴりHな変テコ王子様”の椅子を及川光博に剥奪されて久しい岡村チャンの復帰作。名作『家庭教師』の栄光が忘れられない岡村ファンとしてはドキドキして聴いた。 復帰する気あんのか〜? こんな問題作をリリースしちゃって良いのか〜? 8分20秒の挑戦的な音圧が抑揚の無いメロディを更に隠し込む。(スイートなメロディは得意でしょうが!) しつこいリフレイン部の歌詞が嫌でも耳を集中させる。“君がどんな大学に行っても/君がどんな車に乗っても/君がどんなレシピを読んでも” こんな具合に“君”の日常を執拗に列挙。自己啓発セミナーみたいだ。言われた人間は辛いはず。挙句に“君”の不倫は奥さんになりたかったのが目的なのか?
違うよ、ただのセックスだよ、が結論。 C/Wの「せぶんてぃーん」は前半部で青春の甘酸っぱい思い出を歌い、“たった一度の口づけで/あの中学生の女の子が、テレクラはまるぜ”といった締めくくりのフレーズで“青春”にミソをつける。(しかもデモテープみたいなオケなんだ) 岡村チャンのトレードマークだった“青春”に潜む暗黒を遂に暴露。と言うよりも彼はずっと、そんな“青春”を歌っていたんだよね。旧王子様(岡村)から新王子様(及川)への種明かしなのだろうか? 僕個人の中では岡村チャンの復活は認められたのだが、さて…。 判りにくいけれど、ジャケ写はラブホで部屋選びするパネルです。 ウフフ 関連レビュー
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