今週のCDご紹介4

スモール・フェイセス、テイ・トウワfeat.田辺あゆみ、ジェーン・バーキン、ベツニ・ナンモ・クレズマー、
キャノンボール・アダレイ、朱里エイコ、MASAYA、共産圏エレキ、サントラ

評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★

『オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク/スモール・フェイセス』 60年代英国ビート・バンドの中でも“モッズ系”と呼ばれるグループって実に特殊な立場で暖かく見守られている(甘やかされている)ような気がする。この場合のモッズ系とはザ・フーキンクススモール・フェイセス(以下、「3モッズ」)。ビートルズは偉大だが、田舎者で野暮ったさが否めない。ローリング・ストーンズやアニマルスはR&Bへのアプローチこそ素晴しいが“ロンドンらしさ”に欠ける。ロンドン出身の3モッズは、R&Bの系統でありながらトラディショナルなセンスも入って、時代には敏感。音楽も服装も小粋でスタイリッシュ。しかし、これは消去法だ。最小公約数と言っても良いだろう。3モッズのアルバムで“モッズ”を主張しているアルバムは、各々1枚目だけで、その後のスタイルはあまりに変動的で不定型。3モッズの大ファンとして言い切ってしまうけど、僕ら、3モッズの全楽曲や全アルバムに、実は満足も納得もしてないよネ? 何回も再結成するザ・フーを許してしまうどころか、歓迎してしまう。キンクスの駄作も有難がってしまう。 僕は、このアルバムがスモール・フェイセスの最高傑作とは思わない。しかし、スティーブ・マリオットとロニー・レインの声を聴いて、“スインギン・ロンドンなグルーヴ”を肌に感じた瞬間、僕に何が否定できると言うのだ? いいんだ。僕は生涯、3モッズを甘やかして生きるんだから、それでいいんだ。 関連(

 

★★☆

『Surfbeat Behind The Iron Curtain!/VA』 タイトルやジャケットのデザインから想像がつくでしょうが、共産圏を中心にコンパイルされたサーフ・インスト・バンドの楽曲集。ロシア、ポーランド、チェコスロバキアのグループに混じって、何故か寺内タケシ&バニーズも収録されている。(バニーズの楽曲はツインギター→オルガン→自己主張の強いリードギター、ってな構成でメリハリが効いてカッチョいい!) それにしても不思議なのは、サーフミュージックのフォーマットって全世界で統一されているのネ。電気ギターの演奏方法もバンドアンサンブルも、統一規格が存在するとしか思えないほど同じ。ま、つまりは皆がベンチャーズの真似してんだけどさ。このアルバムは逆説的にベンチャーズの作るグルーヴの強靭さを証明している。ベンチャーズのテクニックやムードを真似ても、あのドライヴ感を真似るのは至難の技だ、と。やっぱ、ベンチャーズは最強のハードロックバンドであった。このアルバム、斜めに音楽を楽しんでいるモンド派には、ナイスなコレクターズ・アイテムです。ただし、明らかにレコードから音源収録している“皿落とし”です。チリチリ言ってやんの!

 

★★★

『バタフライ/テイ・トウワfeat.田辺あゆみ』 表題曲『バタフライ』のイントロのドラム・フレーズを聴いた瞬間、一種の嫌悪感がこみあげてきた。臆面も無く2・4拍で打ち続けるスネアドラム。そのビートに寄り添うシンセのサウンドを聴いた瞬間には“やり場の無い照れ臭さ”を感じた。この感情に関するキーワードはたった1つ。「80年代」。 テイ・トウワはディーライトで衝撃的にシーンに登場した時から、「90年代の耳」が忘れたがっている「80年代の音」を強要してきた。ディーライト、今田耕司をフューチャーしたKOJI1200、自身のソロアルバムでも独特のシンセベースは80年代初頭の「テクノポップ」を強引に主張していた。 『バタフライ』はテクノポップの成長だ。音もファッションも記号的に“子供”を象徴していたテクノポップが「90年代」には成長して、大人になってしまったことを証明している。楽曲のポイントは高橋ユキヒロのコーラスでは無い。田辺あゆみの半端にアダルトでロリータな声と、意味も無いまでに太いシンセ・ベース。テクノポップの“少年期”を葬る鎮魂の楽曲。聴き手の態度は1つ。踊れば良い。  関連(

 

★★★

『beretta70/VA』 イタリアの“ポリス映画”主題歌集。ゴブリンのフュージョン・プログレでスタートし、脈絡無く進行するが、選曲の意図が近年の映画主題歌ヒットを背景にしていることは見え見え。例えば『レザボアドッグス』や『トレインスポッティング』。主題歌が映画から独り歩きしてしまった事実。 このアルバムが紹介する楽曲は70年代のファンキーなロックとイージーリスニングが縦横無尽に交錯する。70年代のグルーヴにリスペクトしちゃってる90年代の若者には格好のサンプリングネタになることでしょう。などと冷静な書き方をしていますが、初めて聴く曲ばかりで、“70年代の名曲”にはカスリもしない楽曲群は実に刺激的です。70年代って下品でカッチョいい!! “名曲の殿堂”に入っていない楽曲にこそ、その傾向は強い。 70年代をオンタイムで知る親父サン達が知る“名曲”って、若者にとって価値無いのよね。70年代懐古ブームの中でも親父サン達は蚊帳の外。ご苦労さんデス。

 

★★★☆

『a la legere/ジェーン・バーキン』 身体の中のパーツだけで、その人物の人格を判別できる場合がある。と、このジャケット写真を見て気付いた。ジェーン・バーキンの人格は“背中”に集約されている。肉が極端に薄く、背骨がゴツゴツと浮き出た背中は、映画『ジュテーム・モア・ノン・プリュ』でも印象的だった。(あの映画で背面のカットが多かったのは、セルジュの“愛情”だと思う。) セルジュ・ゲーンズブールの楽曲を全く収録しないバーキンの新譜は、メロディラインにセルジュの亡霊を漂わせつつも、良質なサウンド・プロダクションで成立している。特にバイオリンの響きとフレーズにはゾクッとする。バーキンの声は「セルジュ時代」の特性をキープしたままに、自己主張を増加。彼女の“声帯”もまた、バーキンの人格を象徴しているのだ。彼女の“背中”同様に肉付きは無いが、その引き締まり方とデリケートな味は極上。後続の“ジェーン・バーキンもどき”とは根本的に異なる声。それは、バーキンの声が彼女の“人格”そのものだからだ。 バーキンの背中の肉を、ナイフで削ぎ取って食べたら…、きっと絶品なんだ、と思う。  関連(

 

★★★

『アヒル/ベツニ・ナンモ・クレズマー』 梅津和時がリーダーシップをとる“日本唯一のクレズマー・バンド”。巻上公一の参加が目を引く。クレズマーは東欧の音楽なのだけれど、その実態を言葉で説明するのは難しい。“ロシア民謡+ポルカ+アラビック+チンドン+欧州トラッド”風でありながら、いずれとも一致しない。編成はホーンとストリングスを中心にアコーディオンなんかも入っていて、基本メロディをユニゾンで演奏するようだ。西洋音楽(っつーかR&B以降のポップス)に馴れ切った耳では、コード進行がチンプンカンプンな楽曲がある。当然、メロディの進行は読めないし、違和感だらけ。しかし、この違和感は心地良い。エキゾティックで郷愁的。そして、飛び切りにセンチメンタル。インストルメンタルは気に入ったが、巻上公一と東京ナミィのボーカルが出てくるとスノッブ度が急上昇してしまい、例えば、昔ショコラータを聴いた時を思い出す。「すっごく有意義な音楽だと理解できるけど、認めたくない」そんな気分。エスノやエキゾが、ハイソな趣味性で表現されると、たまらなく鼻につく、ってわけだ。日本のアーティストが辺境のエキゾを再構築する上での最大の課題だろう。

 

★★★★

『サムシン・エルス/キャノンボール・アダレイ』 このコーナーでジャズを紹介するのは初めてですね。ジャズに関しては“永遠の初心者”であるため、“いかにもな名盤”で恐縮です。アダレイ名義のアルバムだけど、主役は言わずもがな、のマイルス・デイヴィス。名演と名高い1曲目の「枯葉」のピーンと張り詰めたトランペットのサウンドが、アダレイのアルトサックスに入れ替わった瞬間、テンションが下降するのがマザマザと判る。なんて言うか、メロウすぎるんだな。マイルスのペットは硬質でいて、色っぽい完成された肉体美の男が漏らす微かな喘ぎ声、のような。(あれ? あまり色っぽくないですか? 僕は色っぽい例えだと思うのですが) 最近、録音や音の加工にばかり耳が行ってしまうのですが、昔のジャズの音源って、何故こんなに音が良いのでしょう? 楽器の電気的な増幅もせずに、多チャンネルのレコーダーがあるわけでもないのに、ドラムスやベース、ピアノがクッキリと音像を浮き立たせている。1つ1つの音が充分に太い。1958年の当アルバムが、40年後の今日のサウンドに全く聴き劣りしない事実に驚愕する。  関連

 

★★★☆

『ORGAZMO/VA』 なんだか、ムチャクチャ頭悪そうな映画のサントラ。コメディでエロでSFなムードですね。『フレッシュゴードン』とか『バーバレラ』の系列なのでしょうか。是非ともチェックしたい物件。 イタリアの“エロ・コメディ”路線のサントラ(ジャズモンド!!)かと思いきや、ダスト・ブラザーズがコンパイルした98年ダンスビートのサンプル集、といった趣向の「おいしいディスク」です。収録されたオルタナ&ヒップホップ系のサウンドをダラダラと聴きながら、突如サウンドに意識を持っていかれ、「おっ!!」とばかりにクレジットをチェックすれば、KRS-ONEWRECKXN' EFFECTWU-TANG CLAN といった中堅アーティストの楽曲。リスニングに集中していなくとも理解できるレベルで音が違います。さすがっ!! しかし、どのアーティストもリズムの組み立てとエフェクト処理には工夫しているなあ。それを逐一確認するだけでもかなり楽しいです。 ところで、このサウンド、映画の中でどうやって使われるの?

 

★★★☆

『イエ・イエ/朱里エイコ』 これだけの声を持ってニッポンに生まれてしまったシンガーは、ある意味で不憫なのではないか。朱里エイコの“ダイナマイト・ボイス”を最上の形で流通させる商売って難しい気がする。 現代にあって70年代グルーヴをローファイに崩したバックトラック上で朱里エイコが歌ったら・・・それはきっと最高だろう。(UA、Misiaなんてブッ飛ぶ!) 98年の耳で、60年代のサウンド上にシャウトするハスキーボイスを聴けば、別の意味で極上。ラテン曲のカヴァーなんて、信じられない程パワフルで、ビート歌謡路線はソウルフル(ロックの域にいる)。しかし、当時は過剰だったんだろう。(弘田三枝子、伊東ゆかりを歌の上手な規準と考えたら、「行き過ぎ」だよな、きっと) 朱里エイコというシンガーは98年に最高の評価を与えられる為に60年代に存在していたっていうの? それじゃあ、あまりに不憫でしょうが! ビート物だけ編集してガクガクに踊りたいですね。もちろんアニメ『アニマル1』の主題歌も選曲します。 60年代のキングレコードオーケストラのリズム演奏って、すっごくグルーヴィだと思う! その技量は、中村晃子のバックトラックでも確認できます。

 

『遥かなる道/MASAYA』 弱りました。欠点をほじくりかえして笑わせていただく予定だったのに笑いどころが無いんです。いや、決して素晴しい出来ではないのですが…。自然音(せせらぎや鳥の声)とパッド系シンセかサティ風ピアノを混ぜて完成、ってな典型的“ヒーリング系”だと思っていたら、違うんです。本気でストリングスやホーンを入れてんだもん。ノー・シンセサイザーズ!(昔のQUEENかっつーの!) 主旋律が曖昧であることをアレンジャーに救われている、とは思うのだけど、「粗」が見えてこない。そして、決して旋律は主張することがない。 これこそが“レムリアアイランド的”ということでは? 技能(趣旨)の曖昧さをアレンジ(レトリック)でカバーする、と。 「生のストリングスだから上品だ」なんて思う“程度の低い奴”がハマるってわけですか? 「自然界の子」なんていう安直なレトリックにハマったTOSHIと同等。 「勝手に生まれ出た音楽」などとMASAYAはコメントしているが、アレンジャーは大変だったと思うよ。

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