今週のCDご紹介8

『ラインホルト・メスナーの肖像/ベン・フォールズ・ファイヴ』 『warm leatherette/ザ・ノーマル』『THE ROUGH DUIDE ザ・ミュージック・オブ・ジャパン/VA』 『BRAZZAVILLE/BRAZZAVILLE』
『hide SPIRITS/VA』 『THe mod scene/VA』
『BURNING LONDON/VA』『ズックにロック/ゆらゆら帝国』
『シンクロナイズド/ジャミロクワイ』 『ODYSHAPE/レインコーツ』
評価は5段階です。(★が得点。☆はオマケ)

 

★★★

『ラインホルト・メスナーの肖像/ベン・フォールズ・ファイヴ』 「ピアノが上手な男」は、それだけでモテる特権があると思う。出来るなら、優雅に“ポロンポロン”と鳴らすんじゃなくて、“ジャガジャガ”と叩きつけるように弾いてくれたら最高に「いい男っぷり」なピアノだ。ジェリー・リー・ルイスが不良面してるくせにモテまくってた事実だって納得できる。だって、ピアノがうまいんだもん。 さて、ベン・フォールズ・ファイヴの新作。困った。ピアノが優雅なんだ…。ストリングスやホーンが入ってミュージカル仕立ての楽曲。それは良いんだよ、ミュージカル好きだから。 ソングライティングは上質だし、隠し味としてバカラック風ホーンやスクラッチまで導入されている抜け目無いアルバム。でも、気弱すぎないかい? 結局、ピアノと歌が大きくミックスされるわけだから、他の楽器が言い訳がましく感じてしまうんだな。ピアノが最優先なんでしょ? その反面、遂にギターの不在が大きな損失だと僕は感じてしまった。ピアノトリオとしての存在意義と、音楽性の拡大が天秤にかかってますね。パワフルなピアノが聴けなくたって我慢できるけど、到達しきれないジレンマは息苦しい。ベン・フォールズの音楽家としての資質は充分に理解できた。さあ、次はギターを入れてLo-Fiでもやるかい? そしたら、あんたモテモテだってば。

 

★★★

『warm leatherette/ザ・ノーマル』 うーむ。80年代NewWaveリバイバルの兆し。クラフトワーク、DEVO、B-52、プラスチックスあたりのテクノポップが対象なんだけどね。クラフトワークのハウスミックスが出た時、とっくにリバイバルの予感はあったけど、今ようやく始動。 「テクノ」と「テクノポップ」の差って何だ? シンセがアナログかデジタルか、ではない。シーケンサー制御か手弾きか、でもない。 さしあたって、音圧意識の差じゃないかしら? テクノは4つ打ちキックにアクセントを集中させるけれど、テクノポップはロックっぽいと言うか、肉体的で非論理的だ。言ってしまえば、ダンス音楽として磨き抜かれていない。つまり歌モノである、とも言える。クラフトワークやYMOはインスト曲が多いけれど、あれ 歌モノでしょう。メインフレーズのシンセが歌わされてるもん。ダンス音楽でもあると同時に室内リスニング可能な「イージーリスニング」。つまり答えは、踊る⇔聴くの差じゃないか、と。 本作は英国のテクノポップ・ユニットthe nomalのシングル。ショボいトーン、絶妙に安定しないキック(クオンタイズをかけていない!?)、センチメンタルなフレーズで1980年にトリップ。2曲入りで収録時間は7分チョイ。これはリスナーを踊らせず、聴かせる態度だ。 ジャケの気分も80年! テクノポップだ。

★★★★

『THE ROUGH DUIDE ザ・ミュージック・オブ・ジャパン/VA』 英国編集による“純ニッポン音楽”のオムニバス。白人がニッポンのポップ音楽に何を求めるのかという本音が明確に理解できる。宇多田ヒカルもB'zも必要ない、と。当然でしょ。 国本武春、河内屋菊水丸、ソウルフラワーユニオン、伊藤多喜雄といった収録アーティストの顔ブレを見たら、本作のコンセプトは一目瞭然。made in Japanの作品に「ニッポン要素」が無かったら、英国人の興味を引くわけがない。例えば僕等が韓国のポップスを聴く際に、欧米マナーのヘヴィメタを忠実にやってたらガッカリするでしょ? 「韓国語で歌ってるからコーリャンロックじゃん?」と思える人は、せいぜい散財して下さいな。きっと、(特定の)心の広い英国人も「ニッポン語のロック、面白いネ」なんつってビジュアル系J−POPを聴いてくれるでしょうよ。 残念ながら、僕は心も財布も広くないんだなぁ。僕が一時、韓国ラップに入れ込んでいたのも韓国語ライムと、シンセで鳴らす韓国フレーズが大好きだったからだ。 「ニッポンならではの音」を鳴らすならば、ニッポン人は海外市場を狙える。この手法はコーネリアスやチボ・マットの戦略よりは安易だろう。でも、これは重要な世界戦略であり、ニッポンからの「文化爆弾」だ。 このアルバムの楽曲群はニッポン音楽の懐の広さ・間口の広さ・柔軟性・力強さ・独創性を、あの手この手で主張する。僕はなんだか誇らしい。ザ・サーフチャンプルーズは沖縄訛りのモンドインスト。参った!

★★★☆

『2002/BRAZZAVILLE』 ベックのバックバンド。う〜む。言ってみれば最大の売りが「ベックのバックバンド」。ボブ・ディランのThe Band、ニール・ヤングのCrazy Horse、コステロのAtractions、スプリングスティーンのE.st Band、hideのSpred Beaver…。フロントのカリスマ性が高ければ、バックバンドにも“お鉢”は回ってくる。 ちょっと待った! 今、羅列したアーティストとベックって本質的に違いはしないか? だって、ベックのサウンドからはベック個人しか見えて来ないんだもの。誰と組もうが、出る音はベックの音だとさえ思う。ライヴ対応以外にパーマネントなバックバンドは必要なんだろうか? マッカートニーにとってのウイングスみたいなもんか? 本作は、こんな邪推を堂々と押し潰す。そりゃそうだ。フロントをバックアップしないバックバンドにとって「足枷」なんて無いわけだから!!  BRAZZAVILLEはベックのスイートスポットをまんまと失敬して、オリジナリティに昇華。ちゃっかりと主役に昇格。う〜ん、したたかだ。無国籍なサウンドもベックの「没ネタ」の風情だ。 バンドという有機体に独自の音が宿る、という「バンド幻想」は本作を以て終結しました。「バンド幻想」はロマンチックだが、「サウンド幻想」の方が奥が深いと思う。 関連(

★★☆☆

(コーネリアスに☆2つ)

『hide SPIRITS/VA』 hideのトリビュート盤。収録バンドの大半は、化粧ぐらいしかhideと共通点を感じない。「hideさんの為に何かをしたい!」ってなトコでしょうか? 死後、やっとhideの才能を知った立場で生意気言うけど、hideってそんな「柔な音楽家」かい? 音を聴く限り、恐ろしく「タフな音楽家」だと思うのですが…。 追悼が目的だから、hideのサウンドに対する「志」はスポイルされ、メソメソしたカバーが多い。(hideが避けたロックフォーマットに戻してどうする!?) 一方、hideの曲とガップリ組み合って、容赦無く挑発するのがコーネリアス(小山田圭吾)。この期に及んで、『ピンク・スパイダー』をズタズタに解体してみせる。死者を鞭打つなんて表現は不当だ。これはコーネリからhideに対する最大のリスペクト。言うならばコーネリの創作の都合上 hideは生きている(死なされていない)わけで、コーネリだけがhideを追悼していない。hideのタフな創造性に唯一正確に反応している。う〜む、生前にhide&コーネリのコラボレートが実現しなかったコトが悔やまれる。 布袋寅泰は非常に微妙な反応。自分の立場を最も脅かしていたライバルを追悼&批評してみせる。「俺なら、こーいうアレンジの方がカッコいいと思うけど?」という高飛車な挨拶がhideの神経を逆なで。BUCK-TICKの音も良かった。 hideは天国でこのCDを喜んでいるに違いない、な〜んて無邪気なコトは言うなよな! hideを天国で悔しがらせなくって どーする? hideの創作者としてのバイタリティや志を認めずして「追悼」もないもんだ。 hideが悔しさのあまり化けて出る相手は、間違い無くコーネリアス。 羨ましいなあ、小山田クン。hideの幽霊と会えるのかぁ。  関連(

 

★★★★

『THe mod scene/VA』 このCDの存在を正面から受け取れば(1)60年代のモッズ・シーンを真空パックしたドキュメント。ジャケ冊子の写真はモッズファッションの絶好のお手本だ。(パンツと靴、リーバイスとジャケットの組み合わせ方にウットリ) 角度を変えてみる。(2)英国白人が持っていた米国黒人音楽(R&Bやソウル)コンプレックスの陳列。黒人音楽模倣のヘッポコぶりに“微笑ましさ”と“オリジナリティ”を感じる。 でも、ここまでは歴史上の真実。モッズ音楽はキュートだけれども、黒人音楽の真似損ないであることは事実であるからして…。 さて、問題は(3)この音楽が99年における“お洒落アイテム”として位置づけられている事実。収録曲『Make Her Mine/Hipster Image』はリーバイスジーンズのTVCFでオンエア中。(皆が大好きなアレです) その余波で、白人流オルガンR&Bのカッコよさが市民権をゲット。モンドやイージーリスニングが果たせなかった白人R&Bの評価が実現。めでたいが、さて…。 ニッポンの街角でもリーバイスの細いパンツとローファーの組み合わせが流行るんだろうか? 若者はモダンになるんだろうか? まあ、いいや。僕はモダンになろうっと! モッズルックでモッズ音楽を聴く必要はないけれど、モッズ精神がオルガンサウンドを通して現代の若者に染み入ることを願う。 『Make Her Mine』だけ録音して中古屋に売る奴。俺が殺す!

★★★★

『BURNING LONDON/VA』 僕は「トリビュート企画」が好きじゃない。対象アーティストに対する参加アーティストの「ファン意識」なんて、リスナーには関係ないよ。オマエの「想い」なんて興味無いし。同じように歌ってみたい気持ちなんざ、テメエの中で解消しておけっての! カラオケに行ってろ! 「想い」が強ければ「批評性」も入って然るべきだし、「オマエの解釈」で「想い」を表現しろよな。「批評性」を受け入れるキャパシティが無いアーティストが対象に選ばれるのも嫌だ。 トリビュート企画の真打ちがクラッシュだった! (1)原曲が各時代にフィットし続けてきた事実。(2)広い音楽性。(3)クラッシュ自身が実験主義だった。 クラッシュを「パンク」で括るのは無意味だ。パンク、ファンク、レゲエ、ダブ、ロカビリー、ポップ、といった方向性をクラッシュは試行錯誤してきた。キャパシティは広く、名曲揃い。 本CDの参加アーティスト各々の解釈がクラッシュの原曲を超えようとしている姿勢に好感を持った。 もっと多くのアーティストを参加させて第2弾を聴きたい。僕が人選するなら、プライマル・スクリーム、ステレオラブ、ジョージ・クリントン、ジョン・スペンサー、ラテン・プレイボーイズ、ポーグスなんか、いかがでしょう? あ、マイクフラワーズポップのイージーリスニング・アレンジも良いかも。 「White Liot」をイージーリスニング化されて、怒るような金玉の小さい男じゃない、と思いたい。ジョー・ストラマー。  関連(

★★★☆

『ズックにロック/ゆらゆら帝国』 巷で話題沸騰のゆらゆら帝国。初めて聴いた。歌が始まって5秒で、世界に引きずり込まれる。強引な吸引力。歌詞とボーカルだよなぁ。「だめだ 俺はもうだめだ」「家がばれないように」などの歌詞は刺激的。熱いけど醒めている。70年代のニッポンのロックを思わせる揺れた8ビート。しかも、黄金のトリオ編成。歌詞が“詩的”であることも含め、非常に70年代的。ダイナマイツ〜村八分〜ティアドロップスの経緯を見事に一本化した感じ。人によってはファニーカンパニーや四人囃子、外道を思い出すかも。(僕は初期の東京ロッカーズも思い出した) 想像していたよりも、アングラ感が希薄だったので安心。この音にこれ以上前衛的な歌詞をハメたら辛いぜぇ…。 とても気に入ったので、ちょっと意地悪になってみる。 この音楽が99年に鳴る必然があるかね? 詞・曲・編曲・演奏・音・録音・ミックスの全てが純粋に70年代的。忘れ去られた音を、新しい子供達に聴かせることが「99年的意義」だとしたら、それは謙虚すぎないかい? 70年代のサウンドにリスペクトするならば、それを忠実に再生するのではなく、たった一点でも破壊すべきなんじゃないのかしらね? ゆら帝を巻き込んでくれるDJが出現した時、恐ろしい事が起る予感がする。起こればいい。  関連(

★★★★

『シンクロナイズド/ジャミロクワイ』 ジャミロクワイの前作の完成度の高さには驚いた。楽曲・歌&演奏・アレンジ・ミックスの全てが満点だった。でも、ストリート感覚は激減していたし、出来が良すぎることを否定的に考えてみたりもしたが、結局は何回も繰り返し聴くハメになった。 期待の最新作。基本的な骨子は前作の延長にいるのに、圧倒的に空気が違う。先行シングルをラジオで聴いて「変化無しか…」と感じた想いは消し飛んだ。テンポがやや上がり、ディスコ風なアレンジが多いせい? いやいや、どことなくゴツゴツとしたミックスが原因なんじゃないだろうか? 各々の楽器が激しく自己主張するようなミックスは刺激的だ。ジェイ・ケイの「癖メロ」と「癖歌唱」は相変わらずなのに、音楽が有機的に進路変更している。バンドなんだなあ、ジャミロクワイは…。 今、メインストリームから音楽を進化させる最右翼はジャミロクワイだ。プリンスが失速した現在、僕はジャミロに期待する。プリンスがメインストリームに与えた科学変化は有効期限を終えた。ジャミロは真正面からメインストリームに生き残り、こっそりと毒を盛る。「地球保護」的なメッセージなんて、奴等がスティーヴィ・ワンダーやソウルディスコを引用するのと同格のしたたかさだ。我々は無自覚に毒を飲んでいる。今回の毒も絶品。 それにしても、時代はディスコだと痛感。  関連

★★★★

『ODYSHAPE/レインコーツ』 「デジタルリマスター再発」とか言ったトピックもない旧譜を掲載するからには、それなりに想いがあるわけなんです。このアルバムを10代で初めて聴いた時にすっごく感激した、な〜んて話は好きじゃないの、僕。主観100%で第三者に感激を伝えるなんてのは怠慢だってば。 昔、聴き込んで好きだったアルバムでも、今の耳で聴いた結果だけが重要でしょ? で、81年のレインコーツ。フィットしました。正直言って、リリース当時に聴いた印象よりも鮮烈だった。ポップ・グループPILを聴き返した時も同様だった。(ちなみにバンシーズやバウハウスは90年代の耳が拒絶。80年代オルタナティヴなら何でもOKってわけじゃない!) レインコーツ、ポップ・グループ、PIL…。言うまでも無く、ダンスミュージックを主体とする現在のサウンドの礎となったサウンドだ。彼等の音を充分に消化した現在のサウンドを知る現在の耳が、オリジナルを受け入れるのは自然なこと。時代がいつの間にか80年代オルタナティヴに飲み込まれていたわけだ。強力な遺伝子。うーむ、痛快痛快。 それにしても、過不足の無い1音1音が精魂込めて鳴っている事実に感激した。演奏が上手い・下手って関係無いんだな、と改めて実感。耳から鱗が落ちました。 2回は作れないアルバムだと想う。

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