All-American Girl: The Mary Kay Letourneau Story
オール-アメリカン・ガール: ザ・メアリ・ケイ・ルトーノー・ストーリー   ★
放送局: USA
プレミア放送日: 1/18/00 (Tue) 21:00-23:00
製作: グロッソ/ジェイコブソン・コミュニケイションズ Grosso/Jacobson Communications
製作総指揮: ソニー・グロッソ、ラリー・ジェイコブソン
製作: J. マイルス・デイル
監督: ロイド・クレイマー
脚本: ジュリー・ハバート
撮影: ブライアン・ヘブ
編集: デイヴィッド・ヒックス
出演: ペネロペ・アン・ミラー (メアリ・ケイ・ルトーノー)、オマー・アングイアノ (ヴィリ・ファラウ)、メルセデス・ルーエル (ジェイン・ニューホール)

物語: メアリ・ケイ・シュミッツは極右の政治家である父と敬虔な母との間に産まれた。父と同様政治的な夢を捨てきれないメアリはワシントンD.C.での勉強を志すが、その時のボーイフレンド、スティーヴ・ルトーノーとの間に子供を身ごもってしまい、父の説得もあって夢を諦めてスティーヴと結婚し、家庭に入る。しかし4人の子供を設けたとはいえ、最初からほとんど愛のない結婚生活はメアリ・ケイにとってほとんど苦痛であり、満足できるものではなかった。メアリ・ケイは小学校で美術を教えるようになり、生徒の一人としてヴィリと出会う。最初手のかかる生徒の一人でしかなかったヴィリとメアリ・ケイの関係は徐々に深まり、やがて教師と教え子以上のものが二人の間に芽生える‥‥

Mary Kay 夫も子もある女性教師とその教え子との禁じられた恋は、それだけを見るとどこにでもある小さなスキャンダルの一つに過ぎない。しかし、その女性の父がアメリカ大統領に立候補したこともある、道徳的に排他的とも言えるほど厳しい政治家で、その女性と関係を結んだ教え子というのが、まだ年端も行かない小学生、しかも彼女はその少年の子を二人も身ごもってしまったと聞けば、これはいっぱしのスキャンダルである。97年から98年にかけて全米中の話題をさらったこのスキャンダルは、当時、6歳のビューティ・クイーン、ジョンベネ・ラムジー殺害事件と話題を二分するセンセーショナルな事件となった。

ジョンベネ・ラムジー事件は殺人事件であり、その犯人として考えられるのが父か母のどちらかしかいないということもあってか、なぜだか世界中に広まるほど有名な事件となった。しかし、スキャンダルとしてのショック度から見れば、このメアリ・ケイ・ルトーノー事件はジョンベネ・ラムジー事件に勝るとも劣らないものを持っていた。実際、当時私はジョンベネ・ラムジー事件になんでマスコミがここまで騒ぐのかよく理解できなかった。

考えてもみて欲しい。親による子殺しがいったい年間何件アメリカで起こっているか。10件や20件では収まらないのは確実である。それなのになぜこの事件だけがここまで大きく扱われなければならないか。ジョンベネが可愛くなかったり、黒人だったりしたらこんなに大きな事件とはならなかったのもまた確実である。ところが、愛くるしいジョンベネと一見理想的なアメリカの家庭と見えるラムジー家、しかし一皮剥けば各々の欲望がどす黒く渦巻くというその落差が、この事件を格好のスキャンダルとしてしまった。一方、メアリ・ケイ・ルトーノー事件は専ら三面記事的な扱いながら、しかし事件の進展に聞き耳を立てる人々の間で、こちらも忘れ去られることなく注目されていたのであった。もちろん私もその一人である。

一昔前、週刊「ヤング・ジャンプ」に「いとしのエリー」というマンガが連載されていたことがある。女性教師と男子高校生との禁断の愛を描いたこのマンガは、当時それなりに反響を呼んだという記憶がある。このメアリ・ケイ・ルトーノー事件はそのアメリカ版と言えようが、しかし、そこはさすがアメリカ、その設定が常識を超えている。「いとしのエリー」は少なくともシングルの若い女性教師と青春時代真っ只中の高校生との物語だったと記憶しているが、ルトーノー事件の主人公二人は、女性教師が30代半ばで既婚、しかも4人の子持ち、相手となる男性はなんとまだ小学校6年生、ちんぽこに毛が生えているのかも疑わしい年齢である。

The Boy まだある。メアリ・ケイは満足にセックスができるかも疑問のその少年の子を二人も身ごもってしまう。しかも二人目は最初の子を孕んで二人の関係が発覚し、少年法?違反として起訴され、いったんは収監されたメアリ・ケイが保釈中の出来事であった。当然メアリ・ケイは少年のそばに近づくことを禁じられたのだが、それなのに二人はメアリ・ケイの車の中で乳繰りあっていたところを見つかったのである。メアリ・ケイは二人目の子を刑務所内で出産する。

この事件をさらに大きくしたのが、メアリ・ケイの実父の存在である。72年の大統領選に立候補したこともあるという大物政治家の父は、しかもこういう道徳的な点では厳しすぎるほど厳格な極右、それなのにこのお父さん、浮気して家庭外に子供を設けてしまったことで自分まで過去スキャンダルを起こしたこともある。その他、白人のメアリ・ケイ、少年がマイノリティのラテン系ということも、人種問題まで絡めて話を大きくしてしまった。さすがアメリカ、やる時はやる。

正直に言ってしまうと、皆がまだこの事件をしっかりと覚えている時期にドキュドラマを製作してしまうことは、私には不可解としか言い様がなかった。別にこの番組を見なければわからない新しい事実が発覚したというわけではないのだ。この事実に関する本まで既に出版されており、事件の詳細やバック・グラウンドは読めば一発でわかる。それなのに人は全然赤の他人が演じるメアリ・ケイと少年による事件の再構成に関心を持つとでも思っているのだろうか。と思っていたら、いやあ、これは杞憂に過ぎなかった。ものすごく高い視聴率だったのだ。これを放送したUSAが製作するオリジナルTV映画は、チープということで定評があり、安手のホラーというとこのチャンネルというイメージがある。だから今回も一応はペネロペ・アン・ミラーとメルセデス・ルーエルという知られている俳優を起用してはいるが、私にはそれが大きなプラス効果になるとは到底思えなかった。

しかし、実際にあった事件を再現するというのは、ある種の人々にとってどうしても見過ごせない大きな誘惑であるようで、そうか、だからこの国ではいつでも必ずなんらかのドキュドラマを製作しているのかと、改めて納得した次第。実は、2月末には前述のジョンベネ・ラムジー事件のドキュドラマが、今度はネットワークのCBSで、しかも4時間のミニ・シリーズとして放送される。これまた新しい事実が含まれているのでも何でもなく、CBSは番組内で仮定にしても犯人を指摘するものではないと今から発表している。それなのにこれも高い視聴率を得るのかなあ。はあ。

logo 番組の方は、この手の話では私は事実の方が圧倒的にドラマよりも面白いと思っているので、たとえ久しぶりにペネロペ・アン・ミラーを見ることができたとしても、擁護するわけにはいかない。それに共演のヴィリ少年に扮する役者がどう見てもハイ・ティーンにしか見えなくて(多分本当に12、3歳の子を使ってしまうと法的にやばいことになるんではないかという気がする)、この話のポイントである少年の幼さが描ききれず、結果としてごく普通のドラマになってしまった。まあ、最初からわかりきったことではあったんだが。

ただし、一つだけ、番組の筋自体とはまるで関係がないのだが、この番組に使用されたロゴが非常によくできていた。よく小学校の近くとかで見る、黄色のホームベースを逆さにしてそこに道路横断中の児童の影絵を配し、運転中のドライヴァーの注意を促すやつがあるが、それをパロったロゴが傑作だった。私は久しぶりに大笑いしましたね。このセンスは秀逸だと思う。

最後にメアリ・ケイの後日談を少し。彼女は今7年半の刑で服役中で、夫とは離婚が成立した。出所後は少年と結婚したいと言っており、少年の方もメアリ・ケイと結婚したいと言っているそうだが、一方で少年は同年代のガールフレンドもいるそうである。果たしてメアリ・ケイ・ルトーノー・ストーリー、パート2はあるか。


追記 (2004年9月)
mary kay 全米を騒がせたメアリ・ケイが今年8月、ついに7年半の刑期を終え、出所した。当然アメリカのマスコミは彼女の跡を追う。そしてABCの「20/20」が独占インタヴュウにこぎつけ、これが「20/20」のアンカーの仕事としては最後になる、御大バーバラ・ウォルターズがインタヴュウを行った。

最初、カメラの前に登場したメアリ・ケイを見た第一印象は、彼女、またえらく若いなということだった。現在42歳で、考えたら実は私と同じ歳なのだが、それにしては、7年半も刑務所入りし、夫には去られ、マスコミからも叩かれ、周りからは後ろ指を指され、たぶん辛酸を舐めたのではと想像していた私の予想をまったく覆すように、若々しく、そしていまだに美人だ。40代になっているというのに、特に目元なんかデビューしたての頃の菊池桃子を彷彿とさせるほど初々しい。言葉を選んで一語一語ゆっくりと発音する喋り方も、なんか菊池桃子を思い起こさせる。見ようによっては20代にすら見えないことはない。誰でもすぐに成長してババくさくなるアメリカにおいて、彼女のこの突出した若々しさは、しかもそれが7年間の収監後のことであるだけに、事件とすら言える。

要するに彼女、筋金入りの夢見る少女なのだ。だから歳をとらない。学校だろうが車の中だろうが自宅だろうがところ構わず小学生とセックスし、結婚生活から合わせると合計6人の子を生み、刑務所に7年半も入れられても、彼女の本質は夢見る少女なのであり、正直に言って彼女の目には、社会のシステムや義務というものがまるで目に入っていないのだと思う。だからこそ「私は間違っていることをしたかもしれないが、それが刑務所に入れられるほどの罪だとは思わなかった」という意見が堂々と口をついて出てくるのであり、ちょっとこのあたり、これが小学校の教師というのは、やっぱりやばいのではないかと思わせる。

とはいえ、彼女が今さら教職に復帰できる道があるとは到底思えず、アメリカでは恥とされる (まあどこだって恥だろうが) 性犯罪者として、出所後も地域で行動を監視される対象ですらある。今では21歳となったヴィリと堂々と付き合えるよになり、実際メアリ・ケイもヴィリもその気でいるらしいが、前途は多難だろう。たぶん彼女の立場からしたら徹底的に避けるはずのマスコミのこういったインタヴュウに応じたのも、ネットワークから提供されたはずの出演料が欲しかったからに相違ない。ヴィリは結局のところ、現在無職のプータローなのだ。二人にとって、まず先立つものを手に入れることが先決のはずで、メアリ・ケイのTV出演は、ギャラ欲しさ以外のなにものでもないだろう。

とはいえ私は、ここまで来たら二人には是非是非その愛を全うしてもらいたいと思わずにはいられない。ここまで社会の意識やプレッシャーを無視し、一方が刑務所入りしてまでも貫き通す愛情 (もしかしたら単なる思い込みや、そうするしかなかったという可能性も無視できないが) であるならば、別にもう、外部がどうこう言う問題じゃないという気がする。確かに近親者にとっては降って湧いた災難であり、相手が小学生というのになりふり構わず迫ったメアリ・ケイの状況把握の稚拙さは責められてしかるべきだと思うが、既に彼女はもうその償いを充分に果たしたと言っていいのではないだろうか。少なくとも彼女は、あと20年経って孫ができても、相変わらず美しい夢見る少女のままでいるような気がする。


追記 (2005年4月)
mary kay メアリ・ケイ物語はまだ終わらない。一通りの事件は終わったようだし、今後、別れるにせよくっつくにせよ、メアリ・ケイもヴィリもマスコミは避け、できるだけひっそりと暮らしていくんじゃないかと私は思っていた。そしたら、ついにと言うかやっぱりと言うか、二人は結婚することになり、堂々とまた事件の主役としてゴシップ系のTV番組や雑誌を賑わせたのであった。

この二人、マスコミの前に姿を現すとそれが金になるということを覚えたようで、なんでも二人の結婚式の時にはまたTVが中継するらしい。いったいいくらもらうのだろうか。それにしても内外からのプレゼントの山を背景に仕合わせそうに微笑む二人、特にメアリ・ケイの屈託のない表情を見ていると、愛は何よりも強しと思ってしまうのであった。



TV番組観賞ノーツ 2000年