A Little Thing Called Murder    ア・リトル・シング・コールド・マーダー   ★★1/2
放送局: ライフタイム
プレミア放送日: 1/23/06 (Mon) 21:00-23:00
製作: グランド・プロダクションズ、ストーンメイド・エンタテインメント、FOX TV
製作総指揮: ゲイリー・ランドール、ランディ・ストーン
製作: フラン・ロザティ
監督: リチャード・ベンジャミン
脚本: ティーナ・ブース
撮影: ロバート・マクラクラン
編集: ジャクリーン・キャンバス
美術: フランコ・デコティス
出演: ジュディ・デイヴィス (サンテ・カイムズ)、ジョナサン・ジャクソン (ケニー・カイムズ)、チェルシー・ロス (ケン)、シンシア・スティーヴンソン (ビヴァリー)

物語: サンテは何事も自分の思うように運ばないと気が済まない性格で、そのためには手段を選ばなかった。窃盗、詐欺は当たり前で、メイドを奴隷のように扱って監禁までしていた。結局、悪事がばれて4年間刑務所に入れられるが、出所してからも反省の色はなく、しかも今度は成長した息子のケニーを利用して、さらなる悪事に手を染め始めるのだった‥‥

A Little Thing Called Murder 現在、アメリカTV界において最もTV映画製作に力を入れているチャンネルといえば、ライフタイムをおいて他にない。ネットワークで最もTV映画を多く編成するCBSよりも、ケーブル・チャンネルではライフタイムよりずっと大手のUSAやTNTよりも、圧倒的にライフタイムが製作するTV映画の数の方が多いのだ。最近ではほぼ隔週に1本くらいの割り合いで新作TV映画を放送しているような印象がある。

女性専門のケーブル・チャンネルであるライフタイムは、当然のことながら女性視聴者を念頭に置いた番組作りをしている。従ってそのライフタイムの製作するTV映画は、最近の三面記事から題材をとったドキュドラマが多い。それでも、時には昨年のコロンバイン乱射事件を題材にした「ドーン・アナ (Dawn Anna)」や、ジョイス・キャロル・オーツの原作を映像化した「ウイ・ワー・ザ・マルヴェイニーズ (We Were the Mulvaneys)」等、ちょっとこれは、と思わせるような番組もある。最近あまり名前を聞かないが実力のある女優に仕事の場を提供するという点では貢献度は高いが、ま、はっきり言って玉石混交だ。

そのライフタイムの最新TV映画がこの「ア・リトル・シング・コールド・マーダー」で、もちろん私がこの番組に興味を惹かれたのは、主演にジュディ・デイヴィスという名前を発見したからに他ならない。デイヴィス以外にも、ライフタイムのTV映画には、ミラ・ソルヴィノ、デブラ・ウィンガー、キャシー・ベイツ等、アカデミー賞級の女優がばんばん登場しているのだが、今回ばかりは意外に思った。デイヴィスは確かに近年アメリカのドキュドラマに連続して出演しているが、いかにもアメリカでしかありえなさそうな三面記事を題材にする今回の番組には、なんとなくアメリカ人女優が出るものという先入観があったからである。

実際、今回デイヴィスが演じるこのサンテ・カイムズという女性を、私はほとんど知らなかった。時々は私も気なる三面記事的事件があると、後情報を追いかけたりもするのだが、カイムズという名前にはほとんど聞き覚えがない。あまりニューヨークでは大きく報道されなかったか、その時他の大きな事件があったりして、私の注意が別のところに向いていたのだろう。というわけで、今回番組を見て、初めてこの女すげえやと思ったのだが、案外、それはその女サンテ・カイムズを演じているのがデイヴィスということにもよるかもしれない。

考えたらデイヴィスこそは、近年ケイト・ブランシェット、ニコール・キッドマン、ナオミ・ワッツ、レイチェル・グリフィス等のオーストラリア人女優によって進行しているハリウッド侵略の、ほとんどその第一波に当たる人物である。そのヴェテランの中のヴェテランが、最近、特にアメリカの著名な人物を演じるTVのドキュドラマに出演する機会が多い。99年のA&EのTV映画「ハメット&ヘルマン」では戯曲家リリアン・ヘルマンに扮し、2001年のABCのミニシリーズ「ジュディ・ガーランド物語」ではジュディ・ガーランドに扮し、2003年のCBS (放送はショウタイム) の「ザ・レーガンズ」ではついにファースト・レイディのナンシー・レーガンを演じている。

そしてそのデイヴィスが今回演じるのは、よりにもよってシリアル・キラーのサンテ・カイムズだ。しかもデイヴィスは今回、そのカイムズを徹底的にオーヴァーアクションで戯画化して演じている。つまり、本人、あるいは演出のリチャード・ベンジャミンの意向では、この番組はブラック・コメディだった。

元々デイヴィスの理知的な面構えや皮肉っぽい印象は、確かに知的なコメディと合った。「サイレントナイト (The Ref)」みたいな皮肉の利いたコメディや、ウッディ・アレンの作品にも出ているのは、その辺が気に入られたからだろう。デイヴィスというと、ほとんど反射的に、怒りを我慢して唇をぷるぷると震わせている横顔がセットで思い浮かぶのだが、むろんこういう印象はかなりコメディにも使える。

一方シリアスな作品でも、デイヴィスはやはりものごとを斜にとらえるような視線がいつも印象に残る。近年は段々トウが立ってきたせいで、ますますそういう印象が強くなってきた。上記のドキュドラマでは、どれもデイヴィスが癇癪を起こしてわめき散らすというシーンが用意されていたりする。つまり、近年のデイヴィスは、確かにコメディの方に使えそうだなと人に思わせるものがあった。とはいえ、一時は美形という評価が定着していたデイヴィスが、今回のこういうごうつくばばあ的な役が定番化するのはやばいんじゃないかという気もするが、しかし、それはそれで見ていて楽しいのも事実だ。

それにしてもこのサンテ・カイムズという女性、怖ろしいばかりの傍若無人、我田引水ぶりで、犯罪をほとんど犯罪と思っていない。彼女にとって見れば騙される方が悪いのであり、あるいはそもそも人を騙しているとすら思っていないのかもしれない。ただ彼女は自分が楽なように生きていたいだけなのだ。そのため彼女は、自分の周りにいるすべての親類知人親兄弟を自分のいいようにこき使う。やばいと思った者は事態がにっちもさっちも行かなくなる前に逃げているし、残っている者は自分一人では生きていけないか、どうしても彼女の言いなりになってしまう。彼女の息子、ケンのように。それにしても、ほとんど英語を喋れないスパニッシュのメイドを軟禁して奴隷のようにこき使った挙げ句、20世紀でたった2件しか立件されていない奴隷法違反 (そういうのがまだあったとは知らなかった) で逮捕されたというのはすごい。なまじっかの身勝手さではないのだ。

結局そのせいでサンテは4年間刑務所入りするが、その収監生活で彼女が得た教訓が、自分に不利となる証拠はすべて抹消すること、だった。それがたとえ人間相手でも。つまり、彼女は刑務所に入って反省して出所してきたわけではなく、より身勝手さに磨きがかかっただけだった。出所後、これまではせいぜいつまらない詐欺師程度の存在でしかなかったサンテは、ついに息子のケンと共にシリアル・キラーになってしまう。「シリアル・マム」を地で行った母が存在したとは。

キャスリーン・ターナーが主演した「シリアル・マム」は1994年製作であり、サンテが悪行の数々に従事したのは90年代後半である。「シリアル・マム」では結局最終的に罪がばれてターナーは裁判にかけられる。そこで自分のしたことを正当化する弁明、屁理屈の数々が見所の一つだったわけだが、実は「ア・リトル・シング」でもそれは同じである。しかし、こちらは実際にサンテはそういう嘘八百を法廷で白々と述べ立てたのかと思うと、かなり感心してしまう。普通、平凡な一市民だと、だいたい嘘を一つつくと、その嘘を糊塗するためにさらにいくつもの嘘を重ねなければならないことを思い知っており、その労力を考えると、最初から正直でいた方がましだと思うはずだ。いくら小市民だと言われようとも、結局その方が楽なのだ。

それに較べると、わざわざ自分の首を絞めているとしか思えない、嘘の上に行き当たりばったりの嘘を重ねて悪びれるところのないサンテは、大物といえば大物だ。あまりかかわり合いにはなりたくのない人物であることにはかわりないが。結局サンテは、自分の最愛の息子であり最大の従犯者だったケンに裏切られる。ケンがそれまでの罪を全部告白したことで、すべては明らかになってしまうのだ。二人が将来、刑務所から出られる可能性はまずない。

それにしても、過剰演技でサンテを演じるデイヴィスを見る分には、それはそれで楽しいのも事実だとはいえ、あんまりこういう危ない人物を嬉々として演じないでくれと思ってしまう。間違ってもキャラクター・スタディだとか称して本人に面会しになど行ってないだろうな。シャレになんなくなっちまうぞ。ところで、私はサンテの義妹役で出ているシンシア・スティーヴンソンを見ると、いつもウェンディ・マッケナと混同してしまう。特に「天使にラブソングを」時代のマッケナとスティーヴンソンは、声もスタイルも印象もそっくりだと思っているのだが、特に彼女らが似ているという声も聞かない。似ていると思っているのは私だけなのだろうか。



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