伊藤キム+輝く未来ロゴ

●キムは今・・・

[2000年4月〜9月]

9月24〜26日

              <パリ→成田→香港→メルボルン>

 メンバーとスタッフを残し、ひとり14:55の便でパリ発。翌日25日の昼ごろ成田着、空港近くにホテルをとってひと休みの後、18:30の便でメルボルンへ。香港でトランジットしてメルボルンへ8時間のフライト。着いたのはさらに翌日の26日の朝。オーストラリアはフランスからみるとちょうど地球の裏側らしく、計算してみると約30時間で逆さまになったわけだ。こんな旅はもちろん初めてで、さすがに疲れた。メルボルンに着いた日は、受け入れカンパニーのオフィスで打ち合わせ後、夕方ホテルに着いて15時間ほど爆睡した。

9月17〜24日 in Paris

 リヨン最終日の翌朝、TGVで2時間ほどでパリへ。リヨンでもそうだったが、観光している暇がほとんどない。というか気力が沸かない。メンバー達はみんなあちこち出歩いて、街中を歩き回っていたみたいだけど、僕はインタビューや打ち合わせに追われ、街に出る元気もなく、ホテルと劇場の間を往復するだけ。若いころはたくさん観光したけど。でも、舞台がはねた後の飲み食いだけは欠かさなかった。

9月11〜17日 in LYON

Biennale de la danse de Lyon
 文字どおり、2年に1回のダンスフェス。「少年〜少女(Boys and Girlsの副題付き)」は、97年東京での初演後、去年伊丹で改訂版を上演した。今回は伊丹バージョンのまま。12,13日で仕込み、本番は14〜16日の3回。 12日、別の劇場でジャン・クロード・ガロッタの作品を観る。つまらない。詳細は省略。
 本番2日目に体調を崩してしまった。「食事が合わないんだ」と気付いて、次の日の本番前、通訳の日本人女性に和食のレストランに連れて行ってもらった。エビフライ定食。生き返った。以前は食べるものなんか気にしなかったのに。年齢のせいだろうか。食事の後、ひとりだけ劇場入りを1時間遅らせて、彼女に案内してもらって市内観光を兼ねたデート。教会を巡った。生き返ったのは食事じゃなくてこっちのほうだったのかもね。
 公演に関して。観客の年齢層が高く、じいちゃんばあちゃんがザラにいる。大きなノイズを使う作品なので、耳を押さえながら観ている人がいた。大音響に嫌気がさしたのか、初日は途中で席を立つ人もチラホラ。つまらなかったのか。でもカーテンコールでの反応はよく、新聞評も良いのが出てたみたい。

9月11日

 成田発、フランクフルト経由でリヨンへ。「少年〜少女」。今回は、カンパニー始まって以来の大所帯のツアーだ。僕を含めダンサー10、スタッフ4、ツアーマネージャー係の高樹氏で計15名。ダンサーの中で白井剛だけは発条トのスイス公演終了直後、現地で合流。みんなインターナショナルになってきたね。

9月10日

 朝8:30三河安城発の新幹線。東京駅に着いてそのまま亀有リリオホール、能美健志さんの公演へ。3作品あって三つめは40分と長かった。ゆうべは打ち上げで4時まで飲んだのでほとんど眠っておらず、つい眠ってしまった。能美さんごめん。でも最初のふたつは良かった。特に「Figure of Female」。ドレスの女性ばかり20名ほどの群舞。シンプルな構成で、女性のエレガントさと隠された狂気がうまく溶けあっていた。「西洋のダンスは日本人には合わない」という問題をクリアしている数少ない作品のひとつだと思う。

9月9日

 本番終了。ソロ「ふたりだけ」は、冒頭とラストで、壁に映る僕の影を使った作品。自分と、壁に張り付いたもうひとりの自分。僕は、他のダンサーとは踊れないかもしれない。だから自分と踊るしかない、と思ったから。  「サリー!」は、3年前セッションハウスでの初演の前半をガラッと変えた。スタジオ作品を劇場用に作り変えるのは結構難しい作業。いったん作ってまた壊したりして、かなり悩んだ。  終演後のトーク、300席のお客さんを見渡すと、普段はまずこういうのを観ないであろうおじさんおばさんが中心。地元の「ちりゅうクラブ」というアート好きなおばさん達の集まりがあって(失礼!)、そこがずいぶんチケットをさばいてくれたらしい。で、さらに別会場で歓迎会があって、150名ほどの立食パーティ。小中学校時代の同級生が20〜30名、先生が10名も来てくれて驚いた。正直に書くと、お腹が出はじめ、頭が薄くなりはじめ、しみ・しわが増えて、みんな立派な「おじさんおばさん」になっていた。僕と同じ35歳前後なのに、生活環境が違うとこうも違うのか。えっ、それって「俺はもっと若作りだ」って言いたいわけ?  舞台の感想を尋ねると、みんな楽しんでくれたみたい。まあ、教え子だから、幼なじみだからというのもあるが。ただ、コミカルな場面の多い「サリー!」ではずいぶん笑い声があがっていた。コンテンポラリーダンスなどまったく馴染みのない田舎町だから、こむつかしいのじゃなく単純で楽しめるものをという理由で「サリー!」を選んだのは正解だった。

9月8日

 仕込み。パティオ池鯉鮒(知立。ちりゅうと読む)の「パティオ」は「中庭」の意味。大ホール、小ホール、ギャラリー、リハスペースなど、いろんな施設があって、これらが取り囲む中庭が実際にある。中庭を造った理由は「建物にさえぎられて外の田んぼを見なくていいように」だって。館長の話。ホントに田んぼのど真ん中にある。

9月6日

 明日、知立に出発。知らない人のために書いておくと、愛知県のまん中にあって、僕の育った街。この2週間は、そこでやるふたつの作品と、フランスでの作品合計3作品のリハに追われた。頭の中を整理するのが大変。おまけにそのうちひとつは新作ソロだし。またまた案の定、日記が遠くなった。

8月25日

 21日の夕方、帰宅。3週間ぶりの日本、暑い! このジメジメ感、あぁこれが日本の夏なんだ、と改めて思った。家に帰ると、密閉された部屋には湿気がたまり、いろんな意味で大変なことになっていた(恥ずかしくて書けないけど)。
 次の日から打ち合わせやら稽古やらで都内をあっちへこっちへ。東京はこれが大変。「日常」に戻った。ベイツではすべてが歩ける距離にあった。
 成田エクスプレスで新宿に近付くころ、目黒駅や中央線なんかにひしめいている人たちが視界に飛び込んでくる。いつも感じることだが、海外にいる間はほんの短い夢を見ていて、帰国すると「いつもの世界」がそこにあり、一気に現実に引き戻される。夢から覚めて「僕のベースは日本なんだ」と思い知らされる瞬間。

                 【お答えします】

 ベイツではホームページに繋がらなかったので、とても盛り上がっている掲示板を見てびっくり。反応をいただけると書いている甲斐があります。みなさんありがとうございます。
 読書の話ですが、僕はあまり本は読みません。1年に5〜6冊かな。小さい頃から今までも、みんなが読むようないわゆる文学作品(太宰とか鴎外、漱石、ゲーテ、ドストエフスキーみたいなやつ)は一冊も読んだことがありませんでした。でも好きなのは三島由紀夫、夢野久作、谷崎潤一郎など。
 僕があちらで読んでいた本は、橋元淳一郎「われ思うゆえに思考実験あり」(早川書房)です。物理科学を中心にわりとくだけた内容で、難しい話をわかりやすく表現したエッセイのような、論文のようなもの。「葉緑体人間は可能か」とか「時間とエントロピー」とか。僕も全部わかるわけじゃないけど、こういう話、好きなんです。
 それと、ずいぶん前ですが掲示板にWSの感想を書いてくれた人がいました。公演の反応に比べて少ないので、もっとたくさんいただけると嬉しいです。内容や進め方の参考になります。

8月19日

 1時からグループ作品の本番。音響をやりながらだったのでキチンとは観られなかったが、可もなく不可もなく稽古どおり、という感じ。まあこんなもんでしょう。でも今後、外国人ダンサーとの仕事がしばらく続くのでいい勉強になった。
 僕たちのグループのあとには生徒が自作を発表するプログラムが続く。ひと組10分ほどで20組くらい。ソロが多かった。発表後には、講師がそれぞれの振付家にコメントする時間も設けられていて、生徒にとっては充実した内容だ。夜はクラスごとの発表会。これがフェスティバルのフィナーレだ。
 3週間、あっという間だった。昨日と今日の舞台でいい反応が返ってきて少し気分が変わったせいか、ここに来てからずっと感じていた居心地の悪さ、その理由がやっとわかった。言葉の問題も当然あるが、東京では「キムさん、キムさん」と慕われ恐れられ、良くも悪くも注目される立場にいる。でもここでは違った。「ピュアなダンサー」になれて気持ち良かったのは確かだが、それは踊っているときだけ。それ以外は疎外感、孤独感しかなかった。でもたぶんこれは日本に帰っても同じだろう。だって性格の問題だから。
 早く日本に帰りたい。

8月18日

 午後、3時にソロのゲネ後、今日がいよいよ最後のアドバンス・インプロのクラス。これまでやってきたことの総ざらえ。10人くらいづつ2組に分かれてのインプロ。おとといのインプロ大会とはまた違った面白さ。ああ、昔を思い出す!
 さて、いよいよ本番。このフェス自体和やかな雰囲気のせいか、あまり緊張しなかった。みんなとってもラフだし。僕のソロも、アメリカ向けにテクニカル面を強調して日本でやるほどデリケートではなかったと思う。まあ、たまにはいいだろう。郷に入れば郷に従え。出来に関しては満足している。観客の反応も良かったし。終演後、多くの人から「素晴らしかった!」と聞いて「ああ、やっと伊藤キムを認めてもらえた」と思った。

8月17日

 午後、劇場でソロ作品の照明場あたり。大学構内にキャパ300人ほどのプロセミアムの劇場がある(ついでに書くと、コンサートホールや美術館まである)。スタッフのチーフはプロだが、その手足となって働いているのは学生のインターン。大学で照明や音響の勉強をしている学生が実地で学んでいて、ダンサーだけでなくスタッフ予備軍にもこういう機会が与えられている。アメリカにはこういう大学がかなりの数あるらしい。さて、日本にはいくつあるだろうか?
 ソロ作品は、先にやったinformal showingとは似ても似つかなくなったが、満足のいくかたちになっていると思う。あとは本番でどれだけできるかだけ。明日、本番前にゲネ。
 グループ作品、今日が最後のリハ。全部で9回。少なすぎる! 最初の1〜2回は「おっ、いい感じじゃん」だったが、回を重ねてこちらの要求が高度になるにつれ、だんだんダメなのがわかってきた。予定していたものと大幅に変えざるを得なかった。前の日記で「輝く未来以外のダンサーとやるのと変わらない」と書いたけど、大きな間違いだった。まあ、彼らにとって初めてやるダンスだし、時間もないし、仕方あるまい。昨日の僕のひと言が効いたのか、今日はみんな引き締まっていていい感じだった。あとはあさっての本番での彼らの集中力に期待するのみ。

8月16日

 昨日の夜、僕の取っているアドバンス・インプロクラスの講師カレンの構成で、講師だけ15人ほどによる大インプロ大会があった。これも体育館の半分を使って、三方を300人ほどの観客が取り囲むかたち。5人ほどのミュージシャン(パーカッションや笛、ガラクタなど)も加わって6部構成で1時間強。中味はといえば、ギャーギャー騒いだり客に絡んだり体育館中を走り回ったり、もうとにかくやりたい放題で、まるで子供の遊び。だから当然深みなんかない。でもそんなの関係ない。入場料はタダだし。観客席も爆笑の連続だった。僕は最初と最後だけ参加したが、久しぶりにはしゃぎまくった。今朝の朝食でディレクターのローラが「昨日は楽しんでたわね。あなた、笑ってたじゃない」。僕、普段そんなに笑わないのかなぁ。
 今日の夜はグループリハ。試行錯誤の末、何とかかたちになってきた。でもまだ充分なレベルじゃない。それにみんな若くて(20〜25歳くらい)アマチュアなので、全員じゃないが稽古中もべらべら喋ったりニヤニヤしたりでシャキッとしない。で、今日はついに堪忍袋の尾が切れて「みんな一日中踊りっぱなしで疲れているのはわかるけど、僕はプロの振付家として作品を創っているんだから気を引き締めてくれ」と言ったら雰囲気ががらっと変わった。素直な子たち。

8月14日

 広島原爆と舞踏の関連について

 今日もそうだったが、こちらに来るとたまに聞かれるのが「舞踏の誕生は広島に落とされた原爆が関係しているというのは本当か?」。もちろんこんなのウソだ。なかには「大学でそう教わった」という人も。質問されるたびに「いや、土方巽という人が50年代の終わりころ始めて云々...」と答える。舞踏特有のあのグロテスクな雰囲気がそう思わせるのかもしれないが、そうだとしたらあまりに短絡的だ。どこの誰がこんなことを言いだしたのか知らないが、表層だけを見て本質を探ろうとしないのは、間違った考えを生むことになる。ひょっとしたら原爆投下を実行したアメリカ人だからこその考えかもしれない。誰かこのことに詳しい人がいたら教えて欲しい。というわけでシメはこうなる。

        するってぇとなにかい、舞踏はアメリカ人が創ったとでも?

          てやんでぇ! 冗談言っちゃいけねぇぜ!

8月13日

 1時半〜4時までWS。来たのはたったの4人。こんなの初めて。リストには25人ほどの予約があったのに。そりゃそうだろう、今日は日曜日、2週間も毎日ダンス漬けの体を休める日だ。でも人数が少ないとひとりひとりの動きがちゃんと見られてかなり密度が濃くなる。おまけにみんなスジが良かったのでやりやすかった。今リハ中のグループメンバーよりも良いくらい。だからちょっと複雑な気分。
 そのグループのリハだが、これまでに6回やった。本番まであと3回。1回2〜3時間だから僕にはちょっと少なすぎる。日本でもやっている「蝶」のインプロもある。やはり動きが大雑把で日本人のような繊細さは醸し出せない。言葉の問題もあるが「こうして欲しい」というのがうまく伝わらずストレスを感じることも。やはり短期間では難しい。ただ、最終的には脳ミソと身体のセンスの問題。ちょっとプランを練り直さないと。

8月12日

 講師のひとり、Mark Dendyのカンパニー公演。良かった。ダンサーは7人。70〜80年代のロックを1曲ずつ連ね、それぞれソロやデュオ、全員の群舞だったり。彼はゲイなので、衣装や振りにそれが色濃く反映されていて、詳細は省くがとにかくクレイジーで十分楽しませてくれた。アメリカ人ならではの表現。客席も大ウケけだった。こういうのを見ると、刺激になる。

8月11日

 「テレビも無ぇ、ヘルスも無ぇ」という吉幾三の歌(知らない人ごめんなさい。15年くらい前かも)よろしく、ここには何もない。ヘルスはもとより、テレビも新聞も(英語のはあるが)もちろんゲーセンも、娯楽と名の付くものは皆無。あるのはダンスと時間のみ。だから読書がはかどる。

8月10日

 動きそのものは問題じゃない。大事なのは、動きの性質。そしてなぜ動くのか、それが何を意味するのか、ということ。必要のない動きをするくらいなら、じっとしているほうがいい。
 何もしない、あるいは「省く」ことの大切さ。

8月9日

 日本人はぜんぜんいないし、日本語が喋れる人もいない。こちらに来てずっと感じていることだが、コミュニケーションをとるのが難しい。特にアメリカ人は顔を会わせれば必ず「はぁ〜い、きぃ〜む、はぅあ〜ゆ〜どぅぃ〜ん?」とくる。こうでもしなければ生きていけない、呼吸ができないかのように。で、いちいちこれに応えるのが面倒。あと僕の場合、喋るのはなんとかなるが、聞くのが大変。だから大勢の会話に入っていくことができない。必然的にいつもひとりになってしまう。いや、これは言葉の問題じゃなく、性格の問題かも。日本でも同じだからだ。人から話し掛けられれば応えるが、自分からはしない。俺は伊藤キムだ、と、お高くとまっているのかもしれない。なぜもっとフレンドリーになれないのだろうか。時々るテーブルのひとつで知った顔が食事をしていても「となり、空いてる?」が言えない。もちろん、僕だけじゃないと思うが。困ったもんだ。

8月8日

 夜、7時半からinformal showing。文字どおり試験的なパフォーマンスで、講師、生徒を問わず誰でも参加できる。せっかくだからやってみることにする。ここにいるほとんどの人が僕の踊りを知らないので、宣伝も兼ねて。18日にやる作品のベースにもなるだろう。僕以外に2組、それぞれ10分程度。体育館の一角にスペースを取って、客は100人ほど。僕はインプロを主体に、カウンターテナーの曲で踊った。緊張していたせいか、あまりうまくいかなかった。反応も、まあまあ、といったところか。せっかくの機会だったのに。ちょっと落ち込んだ。終了後のトークでも、質問に応えながら後悔ばかりが頭を駆け巡る。あ〜あ。

8月7日

 今日は、夕食にロブスターが出た。ロブスター初体験。でかい。クルッと丸まってるけど、伸ばすと20センチ以上はある。でも日本で食べる蟹ほどデリケートな味じゃない。このへんはやっぱりアメリカ。
 ロブスターしか食べなかったので、まだ腹は満たされていない。部屋に戻ってから、コンビニ(近くにセブンイレブンがある。緑とオレンジの、日本と同じマーク。当たり前だ。こちらが本場)で買っておいたカップヌードルを食べることにする。キッチンに行ったがなべやかんがない!隣の家から借りてくる。お湯を沸かしながら、今度は箸がないのに気づく。フォークなら誰か持っていそうだが、やっぱり箸じゃないと食べづらい。どうする?幸いなことに、このへんは緑に囲まれている。外に出て、木の下に落ちている枝を適当な長さに折って洗って箸にした。おいしかった(ウソ)。

8月5日

 今日は土曜日。クラスは月〜金なので本来ならオフだが、グループ作品のリハが2時から6時。このリハは今日で3回目。フェスティバルディレクターのローラから「10人取れば2〜3人はリタイアするかも」と聞いていたが、今のところゼロ。非常によろしい。で、進行状況はというと、まあまあかな。日本で「輝く未来」以外のダンサーとやるのとそれほど変わらない。「よし、いける!」と「やっぱりだめか」の繰り返し。僕のダンスはアメリカ人(外国人)には向かないかも、やりたがらないかも、という危惧もあったが、そうでもない。まあ、この10人は僕に興味を持って来ているから当然かもしれないが。
 とは言っても、海外での仕事で気を使うのは、いかにしてダンサーに僕の踊りを理解させるかということ。それには言葉でのコミュニケーションが不可欠だ。ひとつエキササイズをやったら必ず感想をたずね、動きの背景を説明する。日本でやる以上に。特に僕のような特殊な動きの場合(前にも同じことを書いたが、自分ではぜんぜん特殊だとは思っていない。ごくごく普通で当たり前のことをやっていると思っている。他が特殊なんです)、どういう仕組みでこうなるかを丁寧にかみ砕いて説明する必要がある。だから時々ダンサーに「見本をやって見せて」と頼まれても素直に応えるようにしている。期間も短いし、これは仕方ない。終わってから「説明してくれると理解の助けになる。ありがとう」と言われると、うれしい。日本では「見て真似るんじゃなくて、やってみて」になるけど。アメリカ式もたまには必要かな。
 夜、講師でもあるDavid Dorfmanのカンパニー公演。言葉を多く使っていたせいかもしれないが、あまり面白くない。モダンが基本だが、ダンサーの動きがダラッとしていて好きじゃないし、構成も音楽も衣装も、ウーン、という感じ。あ、いいな、という瞬間がないわけじゃないが、全体がね。人の舞台を見て批判的になる自分に嫌気がさすこともあるが、イヤなものはイヤ。いつも気軽に話しかけてくれる彼に明日の朝食で会ったらなんて言おうか。ちょっと困った。

8月4日

 このへんで、僕の1日のスケジュールを。8時半起床、シャワーのあと朝食。その後お昼まではこれを書いたり、リハの準備や、ここ以外でやる作品の構想を練ったり。自分ひとりのリハは12時半から3時半まで。クラスは4コマのうち午後4時からのをひとつだけ。あれこれやらずのんびり行くことにした。アドバンス・インプロのクラス。生徒は20人ほど。講師の提示したイメージで部屋中を動く。コンタクトの講師と同じ人なので、他の人との関わりが多い。彼女の喋る英語は半分くらいしかわからないが、自分でイメージを膨らませることができて楽しい。
 夕食後、週2回グループのリハ。みんな疲れていて眠そう。あくびだらけ。

8月3日

 大学とはいっても緑にあふれていて、キャンパス自体が大きな公園という感じ。リスもちょろちょろ走ってる。生徒たちは寮だが、僕が寝泊まりしているのは講師専用の三階建ての一軒屋。キッチンもあるが、大学のカフェテリアで3食(講師はタダ)食べられるのでほとんど使わない。これはお金も同様。交通費もかからないし食べ物もあるので、お金を使うのはお菓子やビール、テレホンカード、洗剤など。おまけにギャラまでもらえて。こんな機会、めったにありません。

8月1日

 昨日と今日、最初の2日間はいろんなクラスが受けられるお試し期間。僕も生徒たちに混じってあっちのスタジオ、こっちのスタジオへ。 まずはちょっと興味のあったコンタクトインプロ。ヨーロッパで少しだけ経験があった。相手に体重を預けてゴロンと転がったりなど、相手がどう動こうとしているかを読み取りながらお互いの力をうまく利用して流れるように動く。スキンシップが大事だから日本人にはあまり馴染まなさそうだが、そんなことはない。人に操られているようで気持ちいい。
 次はクリエイティブプロセスのクラス。全員で輪になって言葉や歌を使いながら、ゲームのように動く。あと、ペアになって昨日の出来事を報告しあい、それをもとにして踊りにしたり。英語がまだ不十分な僕には、ちょっと大変。
 それとモダンテクニック(伊藤キムがモダンのクラスを受ける!ちょっとしたニュースでしょ?)。こういうのに慣れてないから、ついていくのが大変。僕の動きがいかに特殊かが身をもってわかる。ただ、テクニックだけでなく、ウォームアップを兼ねたインプロも。
 この中からどれを継続して取るかまだわからないが、作品づくりはともかく、ここに来て新鮮なのは、このように「クラスを受ける」こと。気恥ずかしさとかプライドが邪魔したり、特に必要性も感じないので日本ではなかなかやらないが、いい機会だ。やっぱり必要かも。若いコたちに混じって、本当の意味で「ただのダンサー」に戻れて、ピュアになれる。だってここでは伊藤キムなんて誰も知らないんだもん。

7月31日

 すべてのクラスが終わってから、作品のオーディションを兼ねたWS。僕のことを知る人はほとんどいないだろうからせいぜい4〜5人かなと思っていたら、24人も来てびっくり。それにけっこう飲み込みが早いのにも驚く。何とかいけそうな10人を選んだ。

7月30日

 ベイツダンスフェスティバル。7月末から3週間、アメリカ・メイン州(アメリカのいちばん上の右端)のLEWISTONという田舎町にあるベイツ大学で行われるフェス。アメリカ中から若いダンサーたちが集まって3週間クラスを受講するという内容。モダン、ジャズ、バレエ、インプロ、その他諸々あって、最終日に作品にして発表するクラスもある。1時間半のクラスが7つのスタジオで同時に行われ、午前午後2コマずつ。4コマ全部受けると、昼食をはさんで9時から5時半まで、作品のリハがある人は夕食後に、というダンス漬けの毎日。で、僕はというと、WSを1日やってそこから10人を選び、最終日に作品発表して同時にソロもやる。それぞれ10分程度の小作品。
 ここに着いたのは昨日の夜。今日は20名ほどの講師と300名弱の生徒が一同に会してオリエンテーション。いよいよ明日からクラスが始まる。

7月24日

 やっとパブリックの本番終了。考えてみると、都内で、プロセミアムのいわゆる「劇場」で公演するのはカンパニーとして初めて。自分でも意外な気がした。今回、仕込み前に3日間劇場を使わせてもらえたのはとても助かった。小さな稽古場では見えないところが見えてきて、慌てて直したところも。
 2日目マチネ後、友人でイラストレーターの土谷尚武さんとトーク。いつもならもっと堅い話が多いが、彼がどんどん突っ走っていろんな「裏キム」を暴露される。たまにはこういうのもいいかも。
 踊りのほうは、初日はカタかったけど、回を重ねるごとにこなれていったみたい。照明の暗いパートが多いので、ダンサーのみんなも慣れるのが大変だったと思う。お疲れさま。
 そして休む間もなく19日から次の作品のリハが始まった。その後29日から僕はアメリカへ3週間。メイン州(ニューヨークのちょっと上)にある大学のべイツダンスフェスに参加。WSと作品づくり。蒸し暑い日本よりは過ごしやすそう。

7月21日

 みなさん、お待たせしました!

 3月のカナダ以降、パッタリ止まってしまった「キムいま」、4ヶ月振りの再開です。楽しみにしていた皆さん(果たしてどれくらいいるのか)、ごめんなさい。忙しくなると更新できなくなるかも、とは思ってたけど、4ヶ月は長過ぎますね。気を付けます。
 パブリックの本番が終わったばかりで、そのことも書きたいけど、まずこの4ヶ月を振り返ってみます。

 4月 森下スタジオ公演

 まあ、おおむね成功だったんじゃないだろうか。ただひとつ、気になっているのは、カンパニー作品ラストの「君が代」のこと。観客の反応が冷めていたのが意外だった。公演後、何人かに意見を聞く機会があったが「かなり引いてしまった」らしい。僕はかなり気楽に使ったつもりだったので、観客ももっと湧くだろうと予想していたけど、計算違いだった。「君が代」そのものが問題なのではなく、どう使うか、どう見せるか、ここに工夫が足りなかったのかも知れない。それほどデリケートなものなんだ。ということがわかったので成功だった。試演会だから、これでいい。他の人の意見も聞いてみたい。

 4月 ブライトン〜ロンドン〜アムステルダム

 ブライトン(イギリス)はWS。1日4時間を3日間。25名。地元の大学のダンス科の学生を中心に、ロンドンなどからも。ほとんどが20代で、半プロフェッショナル。
 日本でのWSと違う点をいくつか。何となくだが、日本人のほうが洗練されている感じ。体型の違いもあるだろうが、わりと細身の日本人とくらべてこっちの人は男も女もとにかくゴツい。言い換えると、重い。多少太っていても軽やかさ、しなやかさのある我々と違ってボテッとしていて野暮ったく、動きの細やかさには欠ける。が、馬力はある。
 もうひとつ、態度の話。日本では「休憩です」と言わない限り、エキササイズの途中で飲み物をとったり、トイレに行ったりすることはほとんどないが、こちらは自分の判断で勝手に行動する。決して「自分勝手」という意味ではない。自分なりの判断基準があるということ。エキササイズ中に「いまやった動きはどうだった?」と質問しても、間髪入れずに言葉が返ってくる。日本だと、しばらく「シーン」と時間が流れ、誰かが話すと他の人もおずおずと答えはじめる。物足りなさを感じる瞬間だが、よくいえば「思慮深い」のかも。
 逆に、動く前に何でもかんでも質問してくる西洋人には「とにかくやってみろよ!」と言いたくなる。立ったまま足先から手の指先まで全身をまっすぐに伸ばして、バタン!とぶっ倒れる稽古の時、僕のデモンストレーションを見てみんな「ウエー!」と驚いていた。で、ある女の子が「痛くないように倒れるにはどうするの?」と真顔で聞くので「やってみなさい!」と言ったらちゃんとやっていた。今回の人たちはわりと素直だ。非常によろしい。
 ロンドンは打ち合わせが2件。一泊二日のホテルを11時にチェックアウト。16時のアムスへのフライトまで街をぶらついて時間をつぶす。ホテル近くのトラファルガースクエア、そのすぐそばの教会でミサに参加。司祭の話、コーラス、パイプオルガン。音の響く教会でナマで聞くと、背筋がゾクッとするほど美しい。入口で渡されたプログラムに賛美歌の歌詞があったので、一緒に歌ってみた。僕はクリスチャンではないし、英語なので意味はほとんどわからないが、オルガンにのって大勢で歌うと、本当に神に召されているような気分。荘厳。
 アムスでもさらに次の仕事の打ち合わせ。4日間の滞在だったので、ダンス公演を観に行く機会ができた。終演後、近くにいた人に話し掛けられたので自己紹介すると、日本のダンス事情を聞かれた。これは海外の若いコンテンポラリーダンサーによく聞かれることでもあるが、「日本では舞踏以外にどんなダンスが人気があるの?」と。「いやいや、日本では舞踏はマイナーで、バレエのほうがもっとポピュラーだよ」と答えると「へー!」と驚かれる。海外では山海塾や大野一雄なんかが有名だから、彼らが驚くのも無理はない。「日本人は古典に戻ろうとしているのか?」とまで言われる。なんか、こんがらがった話になってきた。これ以上続けると収拾がつかなくなるので、このへんで。

 6月 富山公演

 ダンサー3人の「Misterious Three」と、僕の新作ソロ「ひとりだけ?」。今回初めて、カンパニーメンバー以外のダンサーを使った。「水と油」の高橋淳君。「水と油」は今年のアヴィニョンフェスティバルにフリンジ参加するらしい。91年、僕も同じようにソロをやった。
 美味しい魚を食べたり、しこたま飲んだり、ツアーは開放的になれて楽しい。

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