伊藤キム+輝く未来ロゴ

●キムは今・・・

[2000年10月〜12月]

12月31日

 夕方まで稽古。ちょっと風邪気味。ダンサーから「大晦日の花火大会に行かない?」 と誘われたが、断った。節々がギリギリ、のども痛い。部屋でテレビを見て過ごす。 このホテルは街の中心にあって、花火の音が爆弾のように近くに聞こえる。年越しそ ばもない、無味乾燥な風邪ひきの大晦日。

12月29日

 また雪。一日おきに雪が降る。今日はオフ。とりあえずここまでは順調。  夕べ、ピアニストでこちらに住んでいる向井山朋子さん宅へ遊びに。写真家のオ ランダ人の旦那フィリップと、5歳の娘。名前がキリコ。とにかく可愛いんだこれが 。向井山さんとは3年ほど前に知り合って、一緒に仕事もした。彼女が生まれ育った のは日本だが「日本での仕事の不自由さに嫌気がさして」ここに住んでいる。  チーズフォンデューをご馳走になる。天気談議になる。僕が「それにしてもオラ ンダって国は夏でも冬でも寒いし暗いし、住むのはちょっとつらいね」と言うと、朋 子さん「そうそう、ホントに暗いのよね」。するとフィリップが「なに言ってんだ、 そこがいいんじゃないか」。ふーん、やっぱり地元の人にはそれなりに良いところな のか。でも僕はやっぱり寒いのはイヤだ。  キリコ、オランダ語と日本語を巧みに操る。お絵かきが大好きだが、椎名林檎も 好きなんだそうな。「歌舞伎町の女王」に合わせて踊ってくれた。

12月24日

 イブのアムステルダムは雪景色だった。  広島ワークショップ、ケイオウパンチも終わり、もう今年はすべて終了、と思う のは大きな間違い。まだ続くのである。今日からここアムステルダムに1月2日まで 滞在。来年3月新国立でやる作品のリハーサルだ。出演する2人のダンサーがこちら に住んでいるからである。お互いのスケジュールの都合上、本番前は日本で3週間し かリハーサルができないので、どこかで準備ができないものかと日程を詰めていった ら、こんな時期になってしまった。24日の12時過ぎの便で成田を発ってスキポール 空港に着き、電車で15分ほどでアムステルダム中央駅へ。ホテルは歩いて5分くら いなんだけど、ビチャビチャの雪の降りしきる中、スーツケースをゴロゴロ引っ張っ ていく。チェックインしてひと休み後、8時頃外へ食事に出る。たぶん氷点下だと思 う。これがヨーロッパの冬なのか! なんたって北海に面してるんだから。北海ですよ 、ホッカイ!  海外でクリスマスと正月を迎えるのは初めてだ。掲示板の「ゆうすけ」さんの言 うとおり、たいてい年末年始とお正月は家でゴロゴロ、なんだけどなぁ、ホントはそ うしたいんだけどなぁ。

12月8日

 ケイオウ★パンチ。昼の12時過ぎから、夜の7時頃まで、走り回り荒し回り踊り回りのやりたい放題。といっても、大学のキャンパス内だから完全な放題ではない。いろいろ気を付けつつ。でもその緊張感がいいのだ。何も制約がないのはつまらない。制約があるから「どうすれば面白くなるだろう?」と知恵を搾らなきゃいけない。とにかく、楽しかった。ホントに楽しかった。踊っていてこんなに楽しいのはもう何年振りだろう。  居酒屋で打ち上げ。学生スタッフたちの「青臭い話や質問」に耳を傾けつつ飲むのもたまにはいい。骨のある連中もいて、ちょっと頼もしくなったり。  12時近くなったので帰ろうと思ったら「さあこれからカラオケですよ、キムさん!」 だって。結局、学生達10人と朝の5時まで付き合うことに。カラオケなんて、これも4年振りくらいか。3曲、歌った。曲目は、内緒。

12月3日

 昨日今日と、広島でワークショップ。午後の3時間半。終了が夕方だったので、いろいろ飲みに連れて行ってもらう。6時頃から4件ハシゴして、ホテルに戻ったのが午前2時。2日連続で。仕事しに来たというより、飲みに来たという感じ。肝臓、さすがに疲れた。

11月30日

 ゆうべ、指の骨を折る夢を見た。全然痛くなかった。

11月23日

 帰国してからは、舞台鑑賞三昧。もうみっつも観た。パークタワーのリチャードフォアマン、セッションの未来あたりの、トリイホールのDANCE BOX。あと4週間のうちに少なくとも4コは観る予定。ヒマなのか。そうかもしれない。こまごまとした打ち合わせやクラスは相変わらずだが、これといった大きな仕事もないし。でも、こんなこと言ってられるのも今のうち。

11月12日

 東京、自宅。タクシーの運転手と話した時、滑らかな日本語が出てこなかった。カナダでの日本語は、ダンス仲間が相手だったので気楽に喋れたが、全然知らない人との会話は、慣れるまでちょっと時間がかかる。
 カナダのプロジェクト、いろんな経験、出会いがあってためになった。やって良かったと本当に思う。でも、しばらく休みたい

11月10日

 体調は少し回復。熱は下がったが、せき、くしゃみ、鼻水は残る。今日はモントリオールの初日。といっても僕は今日しか観られない。オタワに比べると少し小さめの劇場。舞台と客席が近いので、その分踊りそのものがじっくり堪能できる。照明もオタワで不満だったものが解消でき、ドミニクの踊りも冴えていた。
 やっと終わった。あとは日本に帰るだけ。

11月9日

 数日前から喉の調子が悪い。熱もある。風邪みたい。昨日はせっかくのオフだったけど、一日中部屋で過ごす。 今日は午後、スタジオでリハーサル。広太さんが明日帰ってしまうので、夜12時頃からホテルの部屋でお別れ飲み会。風邪だけど。みんな開放的になって、ここじゃ書けないようなかなりきわどい話も出た。「そうかー、そうだったのかー!」

11月7日

 ここでの本番は今日だけ。午後のゲネ後、照明の直しをしたかったが、時間がないから全部は無理だといわれた。あきらめざるを得ない。欲求不満のまま本番を迎える。
 本番はおおむねどの作品もいい出来だったみたい。ドミニクもとても良かった。この短い期間でできあがったプロジェクトの初演としては上出来だと思う。
 本番後そのまま劇場からバスに乗り込んでモントリオールへ。2時間弱。部屋にたどり着いたのは午前2時だった。

11月6日

 今日は仕込みの日。ナショナル・アート・センター。キャパは700ほどだが、チケットは半分くらいしか売れていないらしい。8つの作品の照明作りを明日の午後までに終えなければならないので、一作品1時間しか時間がもらえない。かなりきつい。

11月5日

 朝10時、バスでオタワへ。5時間。振付家のひとり、Ted Robinsin はここに住んでいて、10人ほど夕食に招かれる。ご飯と味噌汁、漬け物。彼は昔、僧侶をやっていたらしく、相当な日本びいき。作品にもそれが表れている。

11月4日

 今日がトロント最後の日。午後、2回目の全体通しの後、プレスインタビューふたつ。夜、笠井瑞丈君の部屋で 広太さんなど6人ほどと飲み会。もう、毎日飲んでばかり。ツアーに出ている気楽さ、作品がうまくいっている気楽さ、踊らなくていい気楽さのせい。踊らなくていいって、ほんとに楽。

11月3日

 今日、初めて8つの作品で全体通し。割とまじめな(というか普通の)作品が多いのが意外だった。僕のはいつも通り「イッヒッヒ」と笑うような皮肉の効いたやつなので、全部並べてみると少し異色かも。
 ただ、カナダ人の振付家の作品には、日本では考えられないようなダンサーの組み合わせもあってとても面白い。それに全く知らない人と仕事をするのも新鮮でいい。これは僕に限ったことではなく、このプロジェクトに参加している人たちのほとんどがそう感じているはず。日本のコンテンポラリーダンスにとって刺激になるだろう。

11月2日

 せつ子さんが今日帰ってしまうので、ゆうべは野中ゆかりさん、池田素ちゃんの部屋でパーティ。昨日着いたばかりの広太さんなど、振付家、ダンサー、スタッフなど10名ほど。山田せつ子、山崎広太、伊藤キムがそろって飲み食いするなんて滅多にあるもんじゃない。話がいろいろ盛り上がって楽しかった。
 で、稽古のほうはというと、順調すぎるくらい順調。こんなにすんなりいっていいの、なんて思ってしまう。この先何か大きなトラブルが待ち受けていそうで怖い。ちょっと心配なのは、ドミニクが首を痛めたこと。本人は「大丈夫大丈夫」と言ってるけど、何しろ頑張り屋さんなので、、、。<>br  ところで、10/27から今日の分までずいぶん間が空いたのは、スケジュールがきつくてキーボードに向かう暇がなかったからではない。まわりに日本人が多くて、ほぼ毎晩飲みに出かけたり日本語でコミュニケートできる環境にあって、ストレスが溜まらないから。つまりこの日記は僕のストレス発散の場なんだ、ということが最近わかった。それをあなたに読ませているわけで、、、すみません。

10月27日

 稽古4日目。だいたい1日4時間前後。といっても、ウォーミングアップしたり喋ったりしている時間が結構ある。僕の作ったシンプルな動きをもとに彼女にインプロバイズしてもらい、それを見ながらだんだん形にしていく。短い素材をいろいろ集めて、今日はそれらをつなげてとりあえずの全体像を作ってみた。ポンポンと順調にきている感じ。
 話は変わるけど、このサイトのアクセス件数が東京に帰った時点で9400くらいになっていた。もうすぐ1万。1万件目の人は、是非書き込みしてね。

10月25日

 日本からの振付家は、まだ僕とせつ子さんだけ。広太さん、島崎徹さんは来月の2日到着予定。日本人ダンサーは、この際だから全部書いちゃおう。野中ゆかり、佐藤美紀、池田素子(この三人はもう来てる)、川野真子、笠井瑞丈、大塚敬一、今津雅晴、藤田義宏、椙本雅子、鎌倉道彦の10名。
 昨日の夜、せつ子さん、すでに到着してる3人とインド料理へ。メルボルンがひとりだったので、思いっきり日本語が喋れることの幸せ。

10月24日

 CJ8-Canada/Japan Dance Pertnership。カナダと日本からそれぞれ4人の振付家が選ばれ、相手国のダンサーに振り付けて、合計8作品を一晩で上演する。トロントで稽古して、オタワ、モントリオール、トロント、バンクーバーと回る。ツアーは11月5日〜24日だが、僕は11日まで。日本からは僕以外に山田せつ子、島崎徹、山崎広太。カナダは Serge Bennathan,Louise Bedard,Tedd Robinson,The Holy Body Tatoo。日本では知られていない人たちばかり。3月にトロントに来たのはこのための準備だった(3月キム今参照)。同じ内容の公演が来年日本でもある。5月末に東京のスパイラルホール、6月はじめに京都・名古屋(場所は未定)。
 今日が稽古の初日。合計8作品だからひとつ10分程度。僕のはソロで、モントリオールに住んでるドミニク・ポルトというフランス人の女性ダンサー。8月に日本でも公演した「カンパニー・マリー・シュイナール」に以前所属してメインで踊っていた。3月にここでその当時のビデオを見て候補に挙げておいたダンサーのひとりだ。
 初日を終えた感想は、さすが!といったところか。想像していた通り身体もキレるし、強い存在感もある。インプロもできるし、うまくいかないと勝手に何度も繰り返してくれるので、稽古がとってもやり易い。いい作品ができそう。

10月23日

 19:00,トロント行きの便。海外に出るときはたいてい昼頃のフライトだが、今回は遅くて助かった。たまたま空席が多かったので、3分の2を過ぎたあたりで床に寝そべってストレッチ。飛行機の中にこういう部屋を作ってくれればいいのに。夕方6時過ぎ、トロント着。

10月22日

 朝9:05の便で香港を発って、午後成田着。今度はちゃんとうちに帰る。自宅は府中なので、結構遠い。でも明日、次はカナダへ。そこでまた3週間の振付の仕事。ウソみたいなホントのスケジュール。まるで外人部隊か、遠洋漁業の漁師みたい。夜、自転車でコンビニにふらっと買い物に出るが、走り慣れている道のりなのに全然現実感がない。道を歩いている人全員に「皆さーん、僕は本当はここにいないんですよー!」と宣言したいくらい。

10月21日

 14:15、メルボルン発香港行き。香港で一泊。
 これまで、オーストラリアという国について深く考えたことなど一度もなかった。これは、ほとんどの日本人がそうだと思う。外国といえばまずアメリカ。次にフランス、ドイツ、イタリアなどヨーロッパ。続いてアジア、最後にアフリカ。「オーストラリア?あぁ、そういえばそんな国があったねぇ」という程度ではないだろうか。理由は、ものすごく乱暴だが、南半球だからだ。それも島だし。僕はそう思う。
 でも最近は、日本の学生との相互ホームステイなどもあって、日本語クラスのある大学も多いらしい。距離はヨーロッパなみだが、時差はほとんどない。ただ季節は正反対。なんか変な感じ。
 そんなことを考えていて浮かんだ素朴な疑問。地球の「軸」は傾いているが、もしまっすぐだったら四季というものは存在しないのだろうか。太陽光線の当たる角度がずっと同じだから、世界中どこに行っても昼と夜があるだけで、年中同じ気温? ねぇ、誰か教えて。

10月20日

 本番。ダンサー達はすばらしい出来だった。照明をちょっと直したので、全体的に昨日のプレビューよりも良く、観客の反応も昨日より良かった。僕にできるのはここまで。長かったような、短かったような3週間半だった。 公演は休演日を挟んで28日まで、あと6回ある。幸運を祈る。

10月19日

 本番は明日からだが、今日はプレビュー。低料金で観客を劇場に入れての試し舞台で、要は客のいるゲネのようなもの。ケガの彼女は何とか動けるみたいだが、念のためサブのダンサーで午前中一度通す。でも、やはり本番で2番目の作品を踊った後、今日は無理ということになり、結局サブダンサーが代役を務めることに。多少のミスはあったが、ほとんど問題なし。感心した。いいシステムだとは思っていたが、僕の作品でそれが起きるとは夢にも思っていなかった。
 作品について、周囲の人たちは「とても良かった」と言っているが、僕は満足していない。振付・照明ともに。 短い期間だったから、完璧を求めるのは難しいのだろうけど。う〜ん。
 今日はこのフェスティバルの初日でもあったので、終了後に場所を移してフェスティバル主催のパーティへ。こういう時「私、以前あなたに会ったんです」と声を掛けられることがあるが、たいてい僕は相手の名前や顔をよく覚えていない。「はぁはぁ、そうですね」などと適当に相づちを打ちながら相手に話を合わせて、いかにもよく覚えているかのように振るまう。だって思い出せないんだもん。ごめんなさい。
 ところで今日、若者向けの情報誌で面白い記事を見つけた。来年1月、大阪に「Universal Studios Japan」というのがオープンするらしく、それに出演するパフォーマーのオーディション告知があった。「日出ずる国で輝いてみないか!?」というコピー付き。スタントマンや歌、ダンス、楽器、ブルースブラザーズ、ものまね(マリリン・モンローやチャップリン)などができる人。98年アメリカツアーの時、本場のユニバーサルスタジオに行ったが、とにかくスケールがでかかった。さすがアメリカ、という印象だったけど、果たして大阪ではどうなるんだろう。

10月18日

 夜、劇場で通し稽古。3作品のうち僕のは最後だが、2番目の Gideon 作品の通し中、ダンサーのひとりが床で腰を強打して動けなくなった。前にもやった場所らしい。僕の作品は彼女ぬきで通さざるを得なくなった。しょうがない。ただ、ケガ人を攻めるつもりはないが、何かというとすぐに「肩を打った」だの「腰が痛い」だのと言って振りを途中でやめる。スタジオでの稽古中もよくあった。そういう激しい振付なのは確かだが、輝く未来のダンサー達にはこういうことはほとんどない(他の日本のダンサーについてはよく知らないが、そんなに変わらないと思う)。彼らは痛くても「我慢する」のだ。それに慣れている僕が一番ストレスを感じる時で、文化的背景の違いを最も痛感する瞬間でもある。ダンサーの身体に気を配るのは振付家の義務だが、いい作品をつくbヘダンサー達のある程度の「自己犠牲の精神」が必要だ。
 こういう時に思い出すのが、西洋と東洋の人権に対する考え方の違いだ。昔のような封建的な思想に戻る必要などないが、「アジア・アフリカの人権思想は遅れている」という考え方は西洋人の観点から出たものであり、それをすべての文化に当てはめようとする彼らに反発を感じることもある。5年ほど前だったか、マレーシアの首相だったマハティール氏が人権政策にうるさいアメリカに対し「私たちには私たちのやり方がある」と言っていた。
 でもここでは郷に入れば郷に従え、僕は黙っている。今晩彼女は治療を受けて、明日の午前11時、彼女が踊れるかどうかがわかることになっている。もし無理な場合、サブのダンサーがやることに。
 これを読んでいる日本の、特に振付家・ダンサーのみなさん、どう思う? ぜひあなたの意見を聞いてみたい。

10月16日

 午後、劇場のスタジオで通し。今日はこれだけ。早く終わったので「メルボルン旧監獄」へ。19世紀中頃から今世紀はじめまで使われていた本物の刑務所が博物館になっている。3畳分くらいの寒々とした部屋が100ほど。当時のままの格好をした囚人の人形や死刑になった囚人のデスマスクがおいてある部屋もある。絞首刑台や拷問具まで。生々しくて、薄ら寒い。すべて見終わるとちょうど4時半の閉館時刻で、係の人がリンリン鐘を鳴らしながら「そろそろ閉館の時間でーす。中にいる方は建物の外に出てくださーい!」と大きな声。看守が消灯時刻を知らせているようで、心憎い演出。
 夜、「Meat Party」という演劇公演。出演している「うみうまれ・ゆみ」さんという人が僕のことを知っていて、ぜひ見に来て、と誘われた。普段日本でも演劇はまず観ない。あの叫ぶようなセリフが嫌だし、退屈だからだ。
でも今日のは良かった。ベトナム戦争が題材で、俳優はベトナム、タイ、マレーシア、日本、オーストラリアなど様々。演出が斬新で、照明、美術もよく、ダンス的な要素もある。演出家はマイケル・カントールというオーストラリア人(タデウシュとはなんの関係もないらしい)。彼は2002年11月3,4日に埼玉のフェスティバルでオペラの演出をやるらしい。これもぜひ観に行きたい。

10月15日

 晴れたり曇ったり、にわか雨だったり。朝からこんな感じ。毎日ほんとに気まぐれな天気。午後、7月に東京で知り合った Sandra Parker という振付家に会う。ホテル近くの日曜マーケットを散歩して、古着屋で買い物したり(今回のツアーで初めて服を買った)。
 平日仕事して、週末休み。仕事と休みの境目がはっきりしない不規則な生活に慣れている身にとっては、きちんとし過ぎててなんとなくつまらない。でも世界中のほとんどの人は、こういう生活を送っているのだ。尊敬に値する。

10月14日

 土曜日、週末の休み。でも今日はあれこれ忙しかった。
 まず午後、バンガラ・ダンスシアター。作品は「SKIN」。数年前に日本にも来たから観た人がいるかも。僕は初めてだった。アボリジニ文化が主体のダンスカンパニーだが、スタイルは特に目新しくもなく平凡で、毒がなく、どちらかというと演劇やミュージカルっぽい。観客には受けていたが、僕の趣味じゃない。伝統に根ざすものは、伝統を表現するにとどまり、それ以上のことはできないのかもしれない。
 5時からGideonの家のバーベキューパーティーに招かれる。ダンサー、振付家、スタッフ、友達の友達など15人くらい。ソーセージ、ラムステーキ、ワイン、タバコ、おしゃべり。
 夜、アジアのソロダンサー4人の公演。香港、オーストラリア、台湾、東京からひとりずつ。各都市を公演して回っているらしい。東京からは永谷亜紀ちゃんが来ていた。こちらに来てから知って驚いた。彼女とは4年ほど前に一度デュオをつくったことがある。今こちらではメルボルンフェスと同時に、メルボルンフリンジフェスというのも行われていて、彼女たちのはそのプログラム。四人四様だったが、突出していたのは香港の Daniel Yeung(ダニエル・ユン)。映像を使って、舞台の自分と映像の自分とのデュオ。とても良かった。映像を使ったダンスは今世界中で大流行だが、たいていはただのお飾り。映像コンセプトがはっきりしているのは、僕の知る限りでは発条トと、このダニエル・ユンだけ。東京公演は10月28,29日、セッションハウスでやるそうだ。彼の作品は日本のダンスファンにも是非観てもらいたい。

10月13日

 照明つくりの残り。でも今日も全部終わらなかった。土日は完全オフなので、来週火曜日から再び劇場入り。
 先日、Gideon、Lucy(二人は恋人同士だった)とディナーに行った。ちょっと高級な、フレンチスタイルの店。前菜に生ガキ、メインは、なんだかわからないけど白身魚になんだかわからないけどソースのかかったやつ。うまかった。
 こちらに来てからわかったことだが、オーストラリアは地理的にアジアに近いので、中華、タイ、コリアンなどアジア料理が多い。日本食レストランも結構ある(これはクリーニング屋じゃなくて金物屋くらい)。フランスで苦労した僕にとっては願ったり叶ったり。ホテルのすぐ前の和食の大衆食堂には、寿司や餃子、なんとカレーライスまである。立ち食いそば屋にあるようなやつ。まずかった。
 街を歩いていても、1割はアジア人という感じ。もちろんイギリスやアメリカから移り住んでいる人、ユダヤ人なんかも多いらしい。この国は移民が多いようだ。だからレストランもアジアに加えてイタリア、ギリシャ、トルコ、中近東のものまで種々雑多。でも「アボリジニ料理」にはまだ出くわしていない。
 「その国の国際化の度合いは、レストランの種類の多さに比例する」
 なんてことは誰も言ってないか。

10月12日

 今日から劇場入り。前に「国立劇場」と書いたけど、間違いだった。National Theatreという名前だからてっきりそうだと思っていたが、ただの民間の劇場だった(松下電器がナショナルだったのと同じか)。でも格式はあって、客席には赤いじゅうたんが敷き詰められている。かなり古い劇場だが、メリル・タンカードのメルボルン公演はいつもここらしい。今日は3つの作品の照明つくりが10時から6時まで(劇場入りしてからも、このスケジュールはちゃんと守られる)。だから僕の割り当ても2時間くらいしかなく、とても全部はできなかった。続きは明日。

10月11日

 気候の話。南半球だからこっちは春。最低気温が10度、最高が18度くらい。でも海岸沿いだから風が強く湿度も低いので、けっこう寒い。東京でいうと3〜4月頃か。厚手の上着は欠かせないが、晴れてると半袖でもいいくらい。ただ天気が変わりやすく、晴れのち曇り時々雨なんてのが毎日続く。ダンサーから聞いた話だが、こちらのバンドでこの街のことを歌った「Four seasons in a Day」という曲があるらしい。
 そう、半袖で思い出したけど、なんで西洋人はこんな寒いのに平気で半袖を着るんだろう?オープンカフェなんかでも風がビュービュー吹いてるのにけっこう半袖を見かける。皮が厚い?
 そう、オープンカフェで思い出したけど、なんで西洋人は外が好きなんだろう?道路沿いで車がビュービュー通るところでも平気で歩道にテーブル出して排気ガスブレンドのコーヒーすすってる。光合成?

10月10日

 今日は体育の日。そう、オリンピック。オーストラリアなんだからこれを書かなきゃ。
 もう終わってしまったけど、こちらに着いたころは真っ盛りで、オーストラリアは金銀銅のメダルラッシュ。僕もひとりで寂しかったので、ホテルに帰るとテレビでオリンピックばかり見ていた(ほんっとに寂しいんですよ、ホントに)。競泳のイアン・ソープ、短距離のキャシー・フリーマン(彼女はアボリジニ出身だからかなり話題になっていた)、組織委員長のマイケル・ナイト(なんでこんなのまで)など、金メダリストの名前を覚えてしまった(マイケル・ナイトは閉会式でサマランチ会長からメダルをもらっていた)。
 その閉会式も、最初から最後まで全部見てしまった。海外でも有名なオーストラリア人を全部かき集めてきて、これでもかこれでもか、まだやるの?といった感じ。2008年、もし大阪が当選したら、いったいどうするんだろうなんて心配までしてしまった。

10月9日

 稽古場からトラム(路面電車)で15分、街の中心からちょっとはずれたホテル。期間が長いので、部屋にはキッチンもある。でもほとんど料理はしない。ガスレンジもないし。ホテルの朝食がトーストだけなので、ポットでゆで卵をつくったりする程度。
 トラムには毎日乗るが、ケイタイを持っている人がかなり多い。東京と同じくらい。15分の間に最低1回は着信音が鳴る。それも話し声が大きくて、トラム中に響き渡るくらいの人もいる。他の人もあまり気にしないらしい。インターネットカフェも結構あって、東京でいうとクリーニング屋の店舗数くらいかな。カフェだけじゃなくて、インターネットコンビニなんかもあった。店舗の奥にデスクトップがずらっと並んだ部屋がある。日本でもやったらどうだろう。たとえば「インターネット銭湯」。ひとっぷろ浴びてネットサーフィン。夜だから電話代も安いし。客足の遠のく銭湯業界にはウマい話だと思うけど。ただ問題は湯冷め対策。これは、誰か解決して。

10月8日

 なんで突然3日も続くかというと、週末で時間があるからだ。こちらにはダンサーの組合があって、土日は彼らを使えない。例外的に月1回だけ土曜日がOKで、昨日はそれに充てた。普段の稽古は11:15〜2:00,食事休憩を挟んで3:15〜6:00までか、2:00〜6:00のみ。ただ、ダンサーたちは平日9:30〜10:45にバレエ、モダン、ヨガなどのクラスを受けている。すべて組合の規則できっちり決められていて、衣装合わせもこの時間内で済ませないといけない。いつもだとついダラダラやってしまうからこの方が合理的でいいかも。そのかわりこっちにはかなりのプレッシャーがかかるけど。
 もう一つ合理的だなと感じたのは、稽古には必ずリハーサルディレクターがひとりいて、振付家を補佐してくれる。ダンサーのフォーメーションの記録や、カウント表の作成、音出しなど。僕の言葉足らずな説明をダンサーに解説してくれたりもする。それと誰かがケガなどで出演できなくなった時のためのサブダンサーがひとりいて、彼女はいつも稽古場の端の方でみんなの動きを真似ている。実によく整備されたシステムで、やりやすい。
 もちろんこれはこのカンパニーに経済的後ろ盾があるからできることだ。同じオーストラリアでももっと小さなところはこうは行かないだろう。広いオフィスには制作スタッフが6人いて、その2階にある15×15mの広いスタジオのレンタル料も国や州政府などからの援助で賄っているらしい。うらやましいかぎりだ。

10月7日

 稽古の話。最初の週は、WS形式でいろんな動きをやってもらう。まず彼らが僕のやりかたにどの程度対応できるか見なくちゃいけない。関節をふんだんに使ったアイソレーション、ぶっ倒れてドタンバタンする動き、ビシッと止まれるか、言葉を使った演劇的なものはどうか、インプロはできるか、そして特にインプロの時、こちらで指示を出さなくても他のダンサーや空間全体に気を配ったポジショニングと時間の「間」の取り方ができるか、など。
 やってみると、驚いたことにほぼ完璧。Gideon の振付にもこういうのがあるらしく、いつも一緒にやっているメンバーだから連携もうまい。「輝く未来」のメンバーとほとんど変わらないくらい。ホッとした。特に今回は稽古期間が短いから、これは必要不可欠な条件だ。
 2週目から作品づくりにはいる。ダンサーたちはとても良いが、言葉と時間の問題で僕はあまり余裕が持てず、新しいことよりもここ最近でやった作品からの引用が多くなってしまう(秋吉台、4月の森下スタジオ公演、抱きしめたい、サリー!など)。なんだかつぎはぎっぽい。まあ、同じ人が振付けるのだから仕方ないのかも。逆にいえば秋吉台や森下などのWS作品は、こういう本公演のための準備でもあり、その意味ではここ最近の活動がうまく機能しているといえる。ただ、一カ所だけこれまでにない新しいことができそう。5分程度の短いパートだが半年ほど温めていたアイデア。僕にとってはこれをやるためにここに来たようなもんだ。まるでカメですね。
 こんな感じで2週目を終え、作品は何とか形になりつつある。12日の木曜日には劇場入り。

10月6日

 ずいぶん間が空いてしまったけど、まず何しにここへ来たのかを説明しなきゃ。
 CHUNKY MOVE というカンパニーの招きで、30分程度の作品をつくる。CHUNKY のダンサー男女3人ずつ。ダンス、演劇、音楽、美術などすべてを網羅したメルボルンフェスティバルのプログラム。実は、「輝く未来」以外のカンパニーに振付けるのは初めてで、もちろん英語を喋らなくちゃいけない。おまけに稽古期間は3週間。たったの3週間ですよ?ほんまかいな、という感じ。でもベイツでの経験を生かせば何とかなるだろうと、むりやり納得してやって来たというわけ。
 本番は10月20日から。僕の作品と、もうひとり外部の振付家の作品、そしてカンパニーの芸術監督・Gideon Obarzanek のもの、みっつをひと晩で。会場は国立劇場。600席程度でプロセミアムのいわゆる普通の中劇場らしい。ほかにイスラエルからバットシェバ(別会場)、メルボルンの Lucy Guerin(どこかで見た名前だと思ったら、96年のバニョレで一緒だった。当時彼女はニューヨークからだったらしい)なども。
 CHUNKY MOVE,日本では全く知られていないが、ヨーロッパやアメリカなどもツアーするインターナショナルなカンパニー。仕事の依頼を受けたのは確か1年ちょっと前だったか。彼らの作品をビデオで見せてもらったが、美術や照明に凝っていて、ダンサーもぶっ壊れててとても良い。これなら僕のやり方に合うかな、と思って引き受けた次第。

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