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●キムは今・・・


[2004年1月]


 2004年1月15日

 なんで今日かと聞かれても、よくわからない。いや、自分では何となく分かっているんだが、言葉にして表に出すようなことでもない。まあとにかくね、再開ですよ。

『劇場遊園』
 自分で言うのもなんだけど、かなり大変だった。これまでのカンパニー作品の中でおそらく最もきつい作品だったろう。舞台と客席を逆転させる、そのためにいつもといろんな意味で勝手が違う。劇場との打ち合わせ、スタッフとの打ち合わせ、いろんなところの許可申請。これには劇場スタッフ、舞台スタッフ、カンパニー制作スタッフ、かなり動いてくれたが、前例のないことなので理解を得るのが難しく、時間がかかる。ストレス溜まる。またダンサーの人数が多く、リハーサルスケジュールの調整が半端じゃなかった。稽古場は築地の魚河岸のような慌ただしさで、イスを並べたり、片付けたり、第1部用にバミリを貼ったり剥がしたり。10月頃からテンションが上がってきて、長野に5泊6日の合宿にも行った11月は、毎日が戦争のようだった。
 そして合宿から戻った11月中旬、極め付けのドラマが待っていた。
 第1部で使う予定だった劇場周辺の屋外の2ケ所が、許可が下りないために使用できなくなった。世田谷線改札前の広場、田園都市線からの通路途中にある噴水前広場、そして劇場ロビー。もともと、第1部はこの3ケ所の予定だった。観客の移動も計算に入れて時間は25分。1ヶ月、踊りのサイズも時間も、この3ケ所に合わせ、合宿で最終仕上げをした直後だった。
 一瞬、体のチカラがすーっと抜けた。知らせを聞いて泣き出すダンサーもいた。でも、ここからが僕の本領発揮で、開き直るのである。残り2週間、使えるのはもう劇場内しかない。これまで作ってきたことはばっさり捨てよう。全員が協力して、即席で作り直した。時間も15分に短縮した。理想とは違ったが、ベストは尽くした。「あそこは大道芸もやっているから大丈夫だろう」とたかを括っていたのが甘かった。どうやらそんなに簡単な状況ではないらしい。
 「オレは有事が好きなんよ!」。星野仙一が「なぜ阪神の監督に?」と聞かれて。「もうダメだ、というのを盛り上げていくのにやりがいを感じるんだ」。オレと同じだと思った。
 いろいろ苦労はあったけど、やってよかった。まずはこれで国内ツアー、そして海外ツアー。死ぬかも知れないけど。 

ちなみに、使用許可が下りなかったのは劇場の頭が固いからではなく、劇場周辺の管理はいろんな組織が複雑に絡み合っていて、それらの調整がうまく行かなかったため。誤解を生むかも知れないので敢えて書き添えておく。

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