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●キムは今・・・


[2006年夏 イタリア]

2006.9.24. update



 お待たせしました。今年の夏を振り返る時間がやっと取れました。今は9月中旬、ここで一気に書き連ねてみます。まずは第一弾、イタリアでのオペラから。



「死神キム」

 三枝成彰作曲、島田雅彦脚本の『Jr.バタフライ』は、昨年東京と神戸で初演した時のイタリア人演出家が諸事情で降りて、今回は島田氏にそれがまわってきたらしい。氏とは以前武蔵大学の企画で、詩とダンスのコラボでご一緒させていただいた。それが縁で、今回声がかかったわけだ。
 『マダム・バタフライ』の続編という設定のこの作品は、蝶々さんとアメリカ人の間に生まれた少年が成人し、それがちょうど太平洋戦争前夜で、彼はアメリカ領事館員として長崎に駐在し、その出自を生かして敵国日本を調査する任務にあたり、日本人女性・ナオミと結婚するが、開戦後生き別れたのち、原爆の投下された長崎で彼女と再会するも、被爆したナオミは愛する人の腕に抱かれ息を引き取るという、ざっと説明すればこんな物語。国家、戦争、死、アイデンティティ。かなり重いテーマをはらんでいる。
 オペラで踊るのは初めてだ。島田氏によれば、僕の役は「死神」ということだった。先に書いたように、なるほどこの物語にはどの場面にも死の影が黒々と垂れ込めており、僕は場面をつなぐ狂言回しとして文字どおり「死」を体現するわけである。だからかなり多くの場面に登場することになる。舞台の片隅にたたずんだり、舞台美術にからみつくように踊ったり、ソリストの歌う脇で後ろで彼ら彼女らを操るような動きをしたり、障子を模して立てられた大きなパネルに影ダンスを映したりと、あれが終われば次はこれ、それはそれはあなた、出る場面を間違えそうになるくらいの八面六臂な複雑ぶりだった。



「初めてのオペラ」

 東京の稽古場では、ソリスト、指揮者、アシスタント指揮者、練習のためのピアニスト、舞台監督、舞台スタッフ、作曲家、作曲家の運転手、制作スタッフ、衣装デザイナー、の助手、の助手らしき人、ソリストの奥さんらしき人、誰かのために譜面を必死で書き直す人、旅行代理店の人、映像スタッフ、照明デザイナー、子役の女の子小学低学年ふたり、の親、舞台美術家、メイクさん、何をしているのかわからない人、何をしているのかわからないがなんだか偉そうな人、何をしているのかわからないがなんだか偉そうでしかも声のでかい人、政治家、政治家の隣ですましている美人、、、とまぁこういった人たちが、のべつまくなし出入りしていたのであった。あぁ疲れる。
 舞台は枯山水の庭のイメージで、樹脂でできた白く波打つ床面に、木や岩や人の背丈ほどもある大きな仏の頭部が置かれるとのこと。床が波打っている。つまりフラットではないのだ。もちろんこんな舞台は初めてだ。
「この場面ではソリストの○○さんと絡んでください」「ここは、仏頭の陰に隠れるようにいてください」
「ホウキを持って庭師になって、遠くをじっと見ていてください」   島田氏からの指示は抽象的かつ具体的で、こちらの裁量に任される部分がかなり多い。だから細かな振付などは自分で考えることになる。時には他の出演者の動きに関して意見を求められたりもする。
 こちらは初オペラでしかも、僕以外のほとんどの人は去年の初演を経験ずみ。まさに未知の世界に分け入っていくような気分であった。新鮮、戸惑い、優越、困惑、初めて接する世界ではいつも緊張感疎外感を味わえるものだ。僕はここで、人生で初めてともいえる味に出会った。
 ちなみに衣装はコシノ・ジュンコ、照明は石井幹子、美術は松井るみ、そして指揮は大友直人、そうそうたるお歴々である。
 二週間のリハは一応順調に進み、7月末、暑いさなかのイタリアへと旅立った。



「プッチーニ・フェスティバル」

 フィレンツェから車で2時間ほど、ピサ近郊にヴィアレッジョという地中海に面した小さな街があり、ここで毎年開かれているのがプッチーニ・フェスティバル。2週間ほどプッチーニ作品が上演され続けるのは、湖畔に建てられた2500人収容の大きな野外劇場だ。
 先乗りしたスタッフが現地スタッフとともに舞台設営を進めている。舞台は波打ち、表面は小石が敷き詰められたようにデコボコしている。手を置けば痛いのだ。おまけに奥が高く手前が低くのいわゆる「八百屋」で、高低差は1メートル以上ある。とにかく動きにくいったらありゃしない。きちんと歌うためには安定した足元を必要とするソリストのみなさんはかなり苦労していたようだが、ご存じのように有事好きな性分の僕としては、こういう状況であればあるほどやりがいを感じるのである。
 本番は8月3日と9日の2回。ダンスと違って二日連続の舞台はノドを酷使する歌手にとっては厳しいらしく、こういうのはオペラでは珍しくないようだ。空いた数日はフィレンツェで遊ぶなどする人もいた。
 野外劇場というのは気持ちのいいものだが、それなりのリスクがある。例えば初日は強風のため美術の一部を取り外さねばならないほどだった。しかし本番中、夜空に浮かぶ月があまりに美しく、つい見とれてきっかけを間違えそうになったり、吹いてくる風が気持ちよくて身をまかせたり、どこからか得体のしれない鳴き声が聞こえてきたり、自然と一体感がもてるのは野外ならではだ。



「知らない世界、知らない価値観」

 例えば、リハや本番が終わって劇場のあるところからホテルに移動する車に乗るには、メイクを落として準備のできた者からの順番なのだが、そうはいかない場合もある。そこには暗黙の「序列」というものが存在するのだ。序列の上位に入るには、名声があるか、才能があるか、権力があるか、金持ちか。この辺りが重視される。
 現地に入ってから僕はその辺りで、納得いかず腹を立てたこともある。詳しく書くのは控えるが。
 初めて経験したオペラの世界は、あんな人やこんな人、魑魅魍魎のバッコする、なんとも不気味な空気が覆っていた。作品で踊ったことよりも、ある種の社会勉強をさせてもらったという意味で、非常に意義深い経験となった。


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