The Forgotten   ザ・フォーガットン  (2004年9月)
The Forgotten テリーは一年前、飛行機事故で息子サムを亡くし、それ以来サムとの思い出だけをよすがに生きてていた。しかし夫のジムを筆頭に、周りの者は既にサムのことを忘れつつあった。それだけではなく、実際にサムがこの世に生きていたという痕跡がテリーの周りで消されつつあった。いつの間にか写真からはサムだけがいなくなり、ヴィデオは消えている。そして誰もサムのことを覚えていないのだった。自分が狂っているのか、それとも誰かが大がかりにサムがこの世に実在した痕跡を隠蔽しようとしているのか‥‥


先週、劇場で映画が始まる前のトレイラーを見ていたら、ジョン・C・ライリーが詐欺師に扮するという内容の作品「クリミナル (Criminal)」の予告編がかかっていて、彼にマギー・ジレンホール、ディエゴ・ルナという若手の注目株が絡む展開に、なにやら、これ、なんか、どこかで見たことがあるというデジャ・ヴを感じ、なんだったろう、これと考えていて、思い出した。これ、「ナイン・クイーンズ」だ。絶対そうだ。「ナイン・クイーンズ」のリメイクだろ、これ、と、家に帰ってから調べてみたら、案の定その通りだった。

というわけで「クリミナル」は今週から始まっており、しかもこのキャスティング、実にそそるものがあるが、しかし、リメイクにオリジナルを超えるものはほとんどないというのは世界の常識だし、どうしよう、見るべきか見ないでパスするべきかと、うんうん悩んでいたのだった。しかし、いずれにしてもここでハリウッドがするべきことは、「ナイン・クイーンズ」のリメイクを作ることではなく、監督のファビアン・ビエリンスキーをハリウッドに呼んで次作を撮らせることではないか、これでは本末転倒だ、しかも「クリミナル」のプロデューサーはジョージ・クルーニーとスティーヴン・ソダーバーグで、なんであんたらともあろうものがこんな道理のわからない真似をする、と一人で憤慨していたのだが、実はビエリンスキーは好んでアルゼンチンにこもっているのかもしれず、よけいなお世話かもしれないな、などと一人で納得していたのだった (なんか、ヘンな文章だ。)

いずれにしても、そのため今週はスリラーものを見るという気分で固まっていたのだが、いかんせん「クリミナル」を見るかどうか踏ん切りがつかない。結局、「クリミナル」はマスコミの評価や口コミでこいつはいいという話が入ってきたら見ることにして、今回は「フォーガットン」を見ることにする。

息子の思い出だけが生きるよすがであるテリーの身の回りで、不可思議なことが連続して起こり始める。夫のジムとサム、そしてテリーと一緒に写した写真から、サムの姿だけが消えている。これをジムの仕業だと確信したテリーは夫婦喧嘩を起こすのだが、それにしては手が込みすぎ、サムの写真はすべて消え去り、ヴィデオも全部消去されている。しかもジムは、すべてテリーの妄想であり、二人の間には息子などいなかったと主張するのだ。テリーは同じ飛行機事故で娘を失った (はずの) アッシュ (ドミニク・ウエスト) に近づき、彼の説得に成功して二人は調査を開始するが、そこへ政府のエージェントが介入する。逃げる二人を追ってきたエージェントを逆にとらえることに成功した二人だったが、その瞬間、男は何者かによってどこかに飛ばされてしまう。

なんて、私がネタをばらしすぎなんて思わないで欲しい。ここまではすべて予告編で既に描かれていることなのだ。つまり、息子の死は単なる飛行機事故ではなく、どうやらエイリアンかなんかが絡んでいるらしい。この映画はスリル/サスペンスものというよりは、SFホラーなのである。

とはいえ、冒頭、なぜだか自分以外に息子の死を覚えている者はなく、息子がこの世に存在していたという痕跡を誰かが消していっているようだ、それは誰で、いったいなんのためなのかという疑問を提出するオープニングは、なかなかよくできていてどきどきさせる。テリーはまだ息子の死から立ち直っていないのだが、一方、最近テリーは、自分の車をどこに停めたか覚えていなかったり、精神科医で飲んでいなかったコーヒーを思わず探したりするなど、記憶が曖昧だ。もしかしたら本当に息子なぞ存在せず、すべてテリーの無意識が捏造したものかもしれない。あるいは、誰かが故意に息子が存在していた事実を隠蔽しようとしているのなら、それはなぜ、また、なぜここまで徹底的に事実を消去する必要があるのか。なぜ夫までが息子はいなかったと言い張るのか。なぜ同じ事故で娘を亡くした男まで、その事実を覚えていないのか、などとなかなかスリリングな導入部なのだ。

要するに「フォーガットン」は、ウィリアム・アイリッシュの古典「幻の女」のSFヴァージョンなのだ。少なくとも冒頭から3分の1までは。そして、これが単にテリーの記憶違いでもなく、実際になんらかの大きな陰謀が絡んでいるようだとなる後半は、「X-ファイルズ」になってしまう。いや、ま、いいんだけどさ、そういうのが作りたかったんなら。しかし、予告編で見て、これ、どうもスリル/サスペンスというよりはSFホラーっぽいよなという何がしかの前知識を得て見ていても、後半の展開には唖然とさせられる。

第一、主演がジュリアン・ムーアで脇がゲイリー・シニースにアンソニー・エドワーズ、さらにはドミニク・ウエストと、地に足がついた俳優の代表みたいなのを揃えてエイリアン・アブダクションか。ムーアとエイリアンなんて、どこをどう考えてみても結びつかない。ウエストが現在出演しているHBOの「ワイヤー」は、リアルさを求める最近のTV番組の中でも、これ以上はないくらいのリアリティで評判になっている番組だというのに、同じ顔して今度は犯罪者じゃなくてエイリアンを追いかけ回すなんて、はっきり言って私の頭の中で収まりがつかないことおびただしい。エドワーズだって代表作は「ER」だし、シニースも今年からCBSでリアリティ重視の「CSI」の最新シリーズ「CSI: NY」で主演しているっていうのに。しかしもちろん、そういう俳優を揃えたことによる効果というのは確かにある。あるいはそのせいで、後半の反動が大きいとも言える。

そして「フォーガットン」は、後半、観客をあっと言わせる超キョーレツなショットがある。これがどういうシーンかは見てのお楽しみだが、その瞬間、おっ、と場内からどよめきが漏れ、そしてその後にたっぷり1分間はざわめきや引き攣った笑いが場内を支配した。私も思わず痙攣したように笑ってしまったが、いや、しかし、なんというか、このショットが今年最も印象に残ったショットの1、2位を争うのは既に間違いあるまい。いや、こういう不意打ちがあるから映画館通いはやめられないと思うくらいキョーレツに印象に残るショットであった。しかし監督のジョゼフ・ルーベンはいったいどこまでマジでこのショットを撮ったのか。

で、結局、このショットの印象が「フォーガットン」のすべてとなってしまったと言っても過言ではない。しかし、ここまで珍無類の作品を撮られてしまうと、結構会う人会う人ごとに、ね、「フォーガットン」見た? 実は面白ネタ好みの人にとってはうってつけの拾い物なんだよ、これが、と吹聴して回りたくなることもまた事実である。うーむ、この作品は「X-ファイルズ」を超えた、かな?



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