■2月のコウゾウメモ

2/27
ニンテンドウゲームキューブの『動物番長』を買った。
自分よりも強力な生物を視界にとらえビビる、呼吸を整え、にじりにじりと忍び寄る、こちらを見つけて、雄叫びをあげ、突進してくる巨大な生物、怯みつつも、横っ跳びに敵の攻撃をかわし、その背に向かって不意打ちを喰らわす、ここまで何の違和感も感じない、すっかり野生の世界の住人になっている自分、ブヒー、ブヒー。

動きが素晴らしいんだよね、慣れてくると、かなり思い通りに操れるようになる、自分でかっこいい技を開拓していく感じが気持ちいい、このへんは、ニンテンドウのゲーム特有の美点だと思う、ただ、Lボタンが遠い(指が短い?)というか、堅いというか、ボスクラスを狩った後、左手のスジが痛くなる、力入れ過ぎ?
64のZボタン(トリガーボタン)は使いやすかったのになあ。
たぶん、開発者側も、そこへんに気付いていたんだろう、チュートリアルで『Lボタンは軽く押すだけでいい』と、何度もくりかえして教えてくれる(笑)

例の押し付けがましさも特有だよな、と思う。
『グラフィックの精緻よりもゲーム性』とか、『セーブやリセットをくりかえすのは感心しない』とか、ゲームってこうでしょ的な押し付け。
もっともだとも思うけど、『あー、はいはい』と言いたくなる、『もー、ツバが飛ぶってば』とヒクつきながら、鍋奉行を眺める思い。

『節』という設定は良かったと思う、シンプルな関節のおかげで、独特の動きのリアルさとユニークさが出てる、でも表面とか、フィールドとかは、もっと描き込んでもよかったんじゃないかと思う。
どこでもセーブできないのは野生の掟、とうたわれてもピンとこない、ポーズはできるし、ゲームオーバーになっても、前回セーブしたところから始められるし、っていうかゲームだし、このゲーム独特の緊張感がセーブによって壊れてしまうとは思えないけどなあ。
そういう思い入れが届くユーザーってごく一部じゃなかろうか。

子供は、野生の掟とか、そんなことより、ゲームのルールとして順応してしまうと思うし、
だれもが、一度ゲームをはじめたら、1時間も2時間もじっくり腰をすえてプレイできる環境にいるとは限らない、『結果的に数時間もやっていた』ということはあっても、『数時間やる予定』で、ゲームにのぞめない人は多いと思う。
そういうユーザーに、『そんなのゲームの楽しみ方じゃない』と言ってまで、こだわりたい部分なのかなあ。



2/18
メモだけ書いて、更新するのを忘れていた、あ、忘れていたで思い出した、今日こそ髪を切りにいかなければ。

『タイタス』観。
みんなで好き勝手やっちゃいました的な感じが、最初は鼻につくんだけど、だんだん気持ちよくなってきって、終盤はかえって好印象だった、きっと現場は楽しかったんじゃなかろうか。
原作はシェイクスピア、監督脚本をライオンキングのジュリー・テイモア、美術をインタビューウィズバンパイアのダンテ・フェレッティ、音楽を同じくインタビュー、、、のエリオット・ゴールデンサル。
舞台的セリフ回しはオレにはシンドかった、比喩表現をこれみよがしに使って冷静にたんたんと状況説明をしながら悲しみを口にするのは、滑稽さを膨らます演出で、それは成功しているとは思いつつも、あーもう、うっとおしい!って。

しっかし、気持ちいいくらい歪んでるなあ、シェイクスピア。



2/16
密かに目標としていた毎日更新、密かにしておいてよかった。

『一歩退いて考え、三歩進んで行動しろ』
むかし父親から聞かされた格言で、対人関係の極意、父親作(あんたが作ったのかよ)。
作者によると、『例えば、相手が自分に向けて何かを話して聞かせている時は、1段さがって真摯に受け止め、相手の立場に立って相手の言を考えろ、そうすればそこに、学ぶべきものは必ずある、逆に、自分が主張する時は、1歩や2歩進むだけでは足らない、1歩だと、元の位置に戻るだけで、相手に圧迫感は与えずにすむが、そんな弱い主張では流されてしまう、2歩だと、相手にはまだ余裕があり、少し前に出ているのがかえって鼻につき、出る杭を打たれてしまう、ところが、3歩出ると相手は怯む、意外と、杭を打とうにも手が届かないもんだ』なんだそうだ、さっき急に思い出した。

いくら関係のないイベントになったからといって、↓が、バレンタインデーのメモってのは、どうかと思った。



2/14
ひいきにしていた近所のドミノピザがつぶれてしまったので、その他のいくつかのピザチェーンからとってみるが、どれももうひとつ、ドミノカムバック。

ロボワンに感動、これはロボットキットが発売されるな、と興奮していたら、すでに売られていた、すげえ、プラレス3四郎だ、待ってました21世紀。
しかし、48万円は手がでません、いや、4万8千円でもかなりシンドいけど。



2/12
やけに強く冷たい風に怯みながらレンタルビデオ屋へ。
しかし、レンタルビデオ屋という呼び名はどうだろう、も少し短く、ビシッとした呼び名はないもんだろうか、なんか気になる。
ここんとこ、メトロポリスを借りたい(観たい)が為に、3日に1度はレンビデ屋(これも気に入ってはいない)へ通っている(ちなみに、普段のペースは週に1度くらい)、にもかかわらず、いつもレンタル中(かっこ多すぎ)。
それもそのはず、うちの近所のタルビ屋(ちょっといいかも)は、メトロポリスを1本しか置いてないのです、ビデオ発売の1ヶ月も前からでっかいポスターをはってたくせに。
そのくせ、『猿の惑星』のぱち映画の『猿の大陸』は2本置いている、わかんねえなあ。

お土産がないのは寂しいので、これもやっぱり観たかった『みんなのいえ』を借りて観た。
思ったより普通の映画、ホームドラマな感じ。



2/6
いま、牛肉や雪印製品を摂らないが、半年後くらいには、『そろそろいいだろう』、もしくは、『会社名が変わったから、安心だろう』と、自分をなんとなく納得させて口に入れるってのは、やっぱ、最もマヌケな方法のように思える。

今回の騒ぎに限らず、ルールそのものについて少し考えてみる。
全てを規制するのは無理なわけで、いや、無理すりゃ無理じゃないかもしれないけど、窮屈だし、合理性も欠く、というか、まず、誰が無理してまで?という話、オレは嫌。
なにより、何ごともまず法整備から、となると、グズグズしてしまい、結果的に被害が大きくなっているのをよく見かける、さあ、どうする。
騙されてもなお、見たこともない話したこともない人のモラルを信じるか、さもなくば、自分の目を養うか、それとも、神様に拝んでみるか。
今までいろーんなバイトをしてきて、どのバイト先にもルールはあったが、どのルールにも抜け道があり、最終的には、働いている人間のモラルに頼る格好になる、ほとんどではなく全て。
わかりやすいところで、『落ちた肉を皿にのせるかどうか』。

これまで、その多くのバイト経験の中で、みんなはどうしているか観察してみると、意外なほどルールを守っている、しかし、守らない人間もそりゃもう絶対にいる、さらに言えば、モラルの有無は、バイトと社員など、役職名による大きな差はなく(結果に差は出るが)、あくまでその人のひととなりで決まるようだ。

ところがどっこい、ルールを守る人は、もっとも基本的なルールに属する、『遅刻しない』『休まない』などを、当然忠実に守る、弁当屋でバイトしていた時、インフルエンザで、今にも倒れそうな顔で働くマジメな青年を見たことがある、店長は見上げたやつと誉めていたが、オレは、うつされちゃかなわないし、お客も迷惑だろうと思い、心配顔で説得して、こっそり帰らせた、さて、悪いのだーれ(笑)



2/5
『ハンニバル』『トラフィック』を観る
『ハンニバル』は、前評判通りな映画だった、『羊たちの沈黙』の続編としては、大きく力不足だと思う、演出のマズさが目立った。
『トラフィック』はよかった、『千と千尋〜』に通ずるものがあると、オレは思った。
何が善か悪かを決めて見せつけるのではなく、考えることをやめないで欲しい、というメインテーマだったと、オレは受け取る。

『利家とまつ』はひどい、3週続けて観てみたけど、あきれて言葉もないほど。
松島菜々子よいしょの番組を作りたかったのなら、時代物にする必要はないだろうに。
脇を粗末にすると、こんなにも魅力のない話になる、先日観たデンジャラスビューティーにも感じたことだが、これほどひどくはなかった、まだ笑えたし、惜しい!と思えた。
アレが信長? 秀吉? ただのバカじゃん。



2/2
根拠もなく、漠然とした期待感で支持しておいて、この程度のことで支持率低下、くっだらねえ、いったい何を信じ、疑ってるんだか。
笑ったのは武部農水相、『雪印には、開いた口がふさがらない』だって、おいおい、お前は部外者か?(笑) その『開いた口』の中に、雪印製品1年分プレゼント。
NGO騒ぎで鉾先が変わったからって安心してないで、しっかり咀嚼しなさいよ、牛のように、ホントにモー。
少し元気が出た途端、自分のことは棚に上げて、文句の並べたい放題、あはははは。