■4月のコウゾウメモ

4/23
バイト先で、盆の上に山積みになった湯呑みを洗いながら、ぼんやり考える。

この中に、オレが使った湯呑みが1つある、ということは逆に言うと、他の湯呑みは、別の誰かが使い、洗わずに置き去りにしているのである。
飲んだままの状態のものもあれば、茶やコーヒーの渋が残らないよう気を遣い、お湯を少し注いでいるものもある、後者は、後で洗うつもりかもしれないが、前者はおそらく自分で洗う気はさらさらないだろう。

オレは、この湯呑みを、ここ数年、1日に平均5つほど洗っている、そうしているうちに、最近は、誰が洗い、誰が洗わないかも大体わかってきたが、特に何も言わず、黙って洗っている。
洗い場にいるオレの背中に、『コウゾウくん、いつもすまないね』と、声をかける人もいれば、何にも言わない人もいる。
オレと同じように、自分の使ったものを洗うついでに、他の湯呑みを洗う人もいる、どんなに『洗われ待ち』の湯呑みがたまっていようが、自分の使ったものしか洗わない人もいる。
自分の使ったものすら洗わない人がいるのは、すでに言わずもがなだが、中には、使用済みの湯呑みを洗いもせずに、食器乾燥機に放り込む人もいる。

日本の政治。
アメリカ、イスラエル、パレスチナ、アラブ諸国、その他もろもろの紛争地域。
政治家、医者、弁護士などのモラル。
プロスポーツ選手や芸能人の無礼や非常識。
若者については、携帯の使い方、路上でのへたり込み、口のききかたなどなど。
日々、そんな話題を、自身の個人的な愚痴に織りまぜつつ、あくまで非建設的に、飽きることなく語っている、自分で洗うつもりのない湯呑みを手に。

『クソが八割だな』である。

しかし、ここで、クソが八割だな、で終わるのも、感傷的になって、清廉カマトトポエムで終わるのもつまらない。
そういうのを、せっかくだから面白くできないか、というのが、どうやらオレの『書きたい』の原動力らしく、ここまで書いてくるうちに、用意していたはずの面白い展開を徐々に見失いつつあることを、ここでお知らせしておく、降りるなら今(笑)

さて、そんなことを考えつつ湯呑みを洗っている(強調)オレは、同僚から、『協調性、公共性に欠けていて、ズル賢い横着者』と思われているようである。
ひとりひとりに『オレってどんな風にみえる?』と、尋ねてまわったわけじゃないので、↑は、あくまでオレの憶測になるが、長い年月にわたって、同僚から浴びせられてきた『コウゾウ評』を総合すると、そんな感じ。
(いちおう誤解のないように言っておくが、『イタズラ上手』『優しいところもある』『たまにおもしろいことを言う』などの好意的な評も時折出る。)

同僚の多くは、自分が使った湯呑みを、オレが洗っていることを知っている、知った上で、『協調性、公共性に欠けていて、ズル賢い横着者』とオレを評している。
オレに言わせれば、『どこをどう押したら、そんな熱湯が出てくるんだ? お前ら魔法瓶か?』ってなもんで、突っ込みどころ満載だが、要は、相手は天然ボケなのである、自分のことを棚に上げきっていて、すっかり『失せ物』にしてしまっている。
彼らがその『失せ物』を自分から探し、見つけだすことを期待するのは、ピクニックに行く準備をしているお母さんが、あのカラフルな敷物を『どこへやったかしら?』と探し、見つけだすことほどもあてにならない(うちの母の話で、一般的ではないかも)、敷物は買えばいいが(買うと出てくる)、『日頃の自分の行い』は売ってない。
しかも、その天然ボケに見事な突っ込みを入れたとしても、笑ってくれる観客がいないのである、これがキツイ。

なんだろう? コレは、、、と思う。
ただのズルではない、と感じるのである、何かもっと根深いところで気にかかる。
『自分の行いは見えないもの』とよく聞くが、そんじゃあ、オレもそうなのだろうか?
と、友達に聞いてみたら、『そうかもしれん、けど、そういうやつってのは、自分もそうなのかもしれない、とすら、おそらく思っていないだろう』という返事がかえってきた。

友達が言うには、湯呑みを洗うか、洗わないかは問題ではない、『自分に対して疑問を持たないことが問題』なんだそうだ、もっと根源的な話をすれば、『何にも疑問を持たない』、つまるところ、『脳を使ってない』のが問題ということだ。

湯呑みを洗わない人も、洗う人も、その多くが、何も考えてはいない、本能的に面倒なことから逃げたり、特に面倒と感じずに、慣性のままに洗っているといった反射行動なので、脳は使わない、だから、洗ったか洗わなかったかなどと、自分の行いを意識などしていない。
おそらく最初は意識しただろう、その意識の強さに、それぞれ大小の差異はあっても、意識して選択したはずである、けど、それが連綿と続くうちに『慣れ』てしまい、考えることをやめてしまったのだ。

しかし、どうしても慣れきれないやつがいる。
ささないことに、いつまでもいつまでも疑問を持ち続けてしまうのである、子供を眺めているとよくわかる。
慣れによって生まれた慣習、考える必要のない常識を、居丈高に語る大人たちに対し、怒られないように従う子ではない、甘えから反発する子でもない。
『何かがおかしい』と疑問を持ってしまい、その何かをうまく説明できずに、怒られながら、その目に想いを宿し、それを流してしまわぬように涙をこらえ、グッと歯をくいしばっている子である。

近頃オレは、そんな子を見かけると、周囲の大人たちの目を盗んで、ニヤリと笑いながら目で語りかける。
『オレも負けねえから、お前も負けんな、いつか世の中をひっくり返してやろう』

 



4/15
ちょっとサボっていると、驚くほど時間がたっているので驚く。

『いいともの客のリアクションに、どうしてもヒトコト言ってやりたい(前にも言ったことあるけど)』と思って、↑を描きはじめたものの、『ちっとも面白くならないから、考えをまとめてからにしよう』と、いま考えると、自分でもよくわからない逃げ口上で、途中で描くのをやめたのが、もう1週間も前のこととは。
1週間経って、あらためて描き直してみても、やっぱり、ちっとも面白くならない、当たり前か。

どうでもいい話だけど、最近オレは、タモさんに恋焦がれること甚だしい、タモさんの持つ何かが、オレを激しく刺激する。
漫画が売れて、タモさんファミリーに入り、杉作J太郎や安齋肇、蛭子能収などのそうそうたるメンバーと、タモさんについて語り合うのが、オレの夢である、ああ、タモさんよタモさんよ。
ビートたけしも大好きだが、たけし軍団には入りたくないな、なんでだろう?



4/7
スラムダンク完全版全24巻を読み終えた。
高校時から読みはじめて、20才を超えるまでジャンプで読み、単行本も買っていたけど、
ほぼ10年たって読み返して、『こんなに面白かったのか』と、あらためて驚いた。
爆笑した3秒後には下唇を噛んで涙をこらえる、そんで感動に震えた後、また爆笑、をえんえんくり返す感じ、オレなんて、バスケとの関わりは体育の授業くらいなのに。

こりゃ、本場アメリカでもウケるんじゃないか、と思ったんだけど、アメリカではスラムダンクのコミックスは売ってないみたい。
そういえば、アジアやヨーロッパへのニホンの漫画進出はよく聞くけど、アメリカって聞かないなあ、なんでだ?と思って、ちょこちょこ調べてみたら、ありました、詳しい説明

なるほどーという感じ(ついでに、アジアとヨーロッパの日本漫画状況も)、長い文章はキツイ人のために要約すると、『日本とアメリカでは、漫画の定義が違う』という感じだと思う。
でもね、なんかフに落ちないですよ、スラムダンクを読んで、ドドドッと上がった熱が、スーッと冷めていく感じですよ、あ、こりゃ売れねえハズだ、と。
売り込む側にも、買い取る側にも、あまりにも温度が足りない、きっと今、手塚治虫が生きていて、元気だったら、私財を投げうってアメリカに勝負しに行ってるんじゃないか、んで、もし大負けしても、土壌は作っちゃうんだろうなあ、と思っちゃいました、、、う〜ん、いくら吹けば飛ぶようなページとはいえ、これ以上はさすがに書けない、『今は』だけど。

悔しいなあ、と思いつつ、ふと本棚に目をやると、『BUZZER BEATER』の1巻が。
うおおおってなりました、熱復活。
この漫画、『INOUE TAKEHIKO ON THE WEB』で、全編読めるんだけど、英語版もちゃんと用意してあって、しかも横書き、左から右へのパターン、あーもう、全然、勝負してらっしゃる、うーん、なぜ今まで気付かなかった、バカなのか、オレは。
んで、この『BUZZER BEATER』の作者は、ついさっきオレの温度をぐわんぐわん上げてくれていた井上雄彦。
やってる人は、グチなんか言わずにビシッとやってるんだね、反省反省。



4/4
友達がマックの調子がおかしいと言う。
ネットがうまいこといかん、と。 詳しく聞いてみると、OSをバージョンアップしてから、いつも利用している(できている)有料サービスなんかのアドレスやパスワードを入力して、『次』ボタンを押しても、次に行かないんだそうだ、ちなみに、ヤフーオークションの入力はうまくいったとのこと。
Javaがオフになってんじゃないの?と聞いたら(オレが与えられる最高レベルの助言)、ちゃんとオンになってるらしい。

2人でいろいろ試行錯誤しているうちに、どうもエアーマックのせいではなかろうか、ということになったんだけど、結局、そこから先はわかんないので、マックのサポートセンターに問い合わせてみよう、ということに。
数時間後、再び友達から電話があって、どうも怒っている様子。
話を聞くと、あの後すぐにサポートに電話をかけて聞いてみたら、『そういう質問は、ホームページのどこかに、ちゃんと説明されているはずなので有料になります、チケット(5千円)をお求めになってから、質問しなおしてください』と言われたらしい。
なんかハラがたったが、結局、5千円のチケットを買って、お答え頂いたんだそうな。
(お答えは、OSをバージョンアップしたら、エアーマックの設定をやりなおして、クロスケーブルというのを買って、つなぎさおさなきゃいけないとか、なんかそういうことだったらしい)

マックユーザーのパソコンに対する認識の甘さは色んな人からよく聞く、やはりキチンと調べてないユーザーが悪い、そういうマックユーザーに、アップル様は、ライオンハートで接しているのかもしれない、けど、『サポートセンターにユーザーが、電話で一つ質問すんのに5千円』ってのは、いくらなんでもと思うんだけど、コレって常識的なことですか?
結局、『次にパソコンを買うとしても、もうマックという選択肢はあり得ない』と、2人で結論づけて話終わり(何にも成長してねえ(笑))。