■メモ

5/30
5月は、メモひとつになるところだった、彩受かった
なんだ、この変換は。
彩受かった、ううむ、姪っ子か?
彩という名から、妙齢かと思いきや、意外と小学生だったりするんだよ、お受験かよってさ、ドラマチック変換。

エレファントカシマシのライブにいってきた。
バスドラに、身体の中の液体という液体すべて、ブルブルされてきました。
生きてるってすばらしい。
ボーカルがリードする、ワントップなバンドなので、客のリズムとりが、ボーカル合わせなのが目につく、そのうちスリ手が聞こえてくるんじゃないか、とひやひやした。
でも、よかったです、生はやっぱりいいです。

無精髭を剃って、伸びきった髪にかるくワックスをつけて、ウェービーに仕上げる。
シャツにピンバッチをつけて、ちゃらちゃらと何かしらつけてライブに出かけた。
今日はやるぜ、やり抜くぜ、な、戦闘スタイル。
そういや、軍隊などが、制服を採用したのは近代になってのことで、昔の男達は、戦いに出る前、けっこうオシャレに気をつかってたりするんです。

日本の鎧兜なんかも、同じようで違うんですね、兜の前についてる旗頭っつーのかな、正式名称はわかんないですが、あれも、自分でデザインしたものだったりね、ちゃんと名前もつけるんです。
羽柴秀吉の『千成瓢箪』、柴田勝家の『二つ雁金』、斉藤道三の『二頭波』とか、真田は、武田信玄から与えられた『六文銭』が有名だけど、『結び雁金』てのもあるんですね、へえ。
『あら、貴方の雁金いいわね』
『まあ、貴方の瓢箪だってステキよ』
いや、むしろ、
『この二頭波良くねえ?』
『バカおめー、オレの六文銭のがシビーよ、信玄さんにもらったんだぜ?』
のほうが適切か。

外国においても、そのへんは似てて、そもそも、アクセサリーだの、服のデザインだのってのは、大昔は、男のほうが派手で、それは、戦いが男の仕事だったから、つまり、戦いがファッションを生んだ、なんて説もあります。
あら、こうちゃん、なんだかまじめな話なのね。
あと、音楽も戦争と密接な関わりがあります。
レゲエは、戦士を戦いに送り出す時の音楽だ、とか、聞いたことがあります。
レゲエ聞いて、『いよぉ〜し、敵をなます切りにしてやるぜぇ』とか、思ってたってことになります、むう、深い。

我が身を飾るのに無頓着になるのは、日々を戦っていないからだ、懸命に生きてないからだ、と言えるのかもしれません、よし、明日、髪を切りにいくか。



5/11
バイトの休憩時間に喫煙所に行くと、灰皿と、排煙カウンターを取り囲んで4人の男が一服している。
皆、1メートルと離れてないとこにいるが、談笑はしていない、携帯を眺めてにやにやしている、何度見ても、この光景は肌を粟立たせる。
別に携帯を否定しようってんじゃない、オレも持っているし、メールも使う、内容によってはにやにやもする、が、それでも、肩を揺すぶって、『おい! 目を覚ませよ』と言いたくなる。

その4人の中には、20代のバイト達にまざって、ほんの数年前、中学生の娘にせがまれ、やむなく家族で揃えた携帯に、吸い込まれんばかりに見入っているおっさんもいる。
この小さな機械が、この国の人々を虜にするまでにかかった年数を想うと、戦慄を覚える、たった今、一緒に仕事をしていた仲間が、アンタの目の前にいるんだぞ?

数十年前、祖父や祖母が、テレビに見入るオレを見とがめて、『アホになるぞ』と言った気持ちが理解できる、その姿は、アホそのものだっただろう、が、何より、自分の人生の半分の歴史も持たないその機械に、簡単に虜にされていく人々を見て、おののいていたんだろう。

いや、どうだろう?
恐いのは、簡単に引き込まれてしまうことだろうか?
新しいものに興味を持ち、どんどん取り入れていく姿は、むしろ、好ましくさえある。
どうやら、オレが恐がっているのは、何かを得ることで、何かを簡単に捨ててしまっていることのようだ、そうだ、挨拶はどうした?だ。
おつかれさま、と声をかける心遣いはどこへやった、髪型変えた?とか。
一服入れ、ふうと一息ついて瞑目し、休憩に入るまでの自分の仕事ぶりに、満足げに悦に入る時間はどうした、そんな男の背中がオレは見たいんだ(笑)