スペースバンパイアスペース・バンパイア

原題:Lifeforce
監督:トビー・フーパー
脚本:ダン・オバノン、ドン・ジャコビー
音楽:ヘンリー・マンシーニ(ロンドン交響楽団)
SFX:ジョン・ダイクストラ
特殊メーキャップ:ニック・マリー

トム・カールセン大佐:スティーブ・レイルズバック
コリン・ケイン大佐:ピーター・ファース
ハンス・ファラーダ博士:フランク・フィンレイ
フィメールバンパイア:マティルダ・メイ
アームストロング博士:パトリック・スチュアート


トビー・フーパー(監督)

「スペース・バンパイア」「ポルターガイスト」「悪魔のいけにえ」
「ファンハウス/死の惨劇」など
◆前口上
 コリン・ウィルソン原作「Lifeforce(宇宙バンパイア:新潮社)」の映画化です。監督はあの、トビー・フーパー……え? ご存じない? ホラー映画界に血の金字塔を打ち立てた「悪魔のいけにえ」の監督……または、実はスピルバーグが演出したと噂される「ポルターガイスト」の監督です。
 脚本は「エイリアン」「バタリアン」「ブルーサンダー」のダン・オバノン。軽快なテンポに定評のあります。
 え? この作品はホラーかって? そうですねぇ……SFホラーと言えば言えるかも知れませんね。ハレー彗星と共にやってきた宇宙船の中に潜む吸精鬼との対決ですから、そう言えるかもしれません。
 あえて言い切りましょう。ヘンリー・マンシーニが音楽をやっていても、この映画は”B”級です。
 B級ならでわの、無理な演出のない実に伸びやかなストーリー展開には誠にもって好感が持てます。必然性のないロマンスや絡みが少なく、そして特筆すべきは「英国っぽい」点です。
 英国っぽい? どういうことなのか。それはおいおいわかっていきます。
 では、始めましょうか…………
◆序章:エイリアンとの邂逅
 宇宙船チャーチル号は、ハレー彗星に誘引される如く漂っている一隻の宇宙船を発見する。
 巨大な神経シナプスを連想させる宇宙船。何処かしら生物じみたその船内を漂っていくと、奇怪な生物と出会う。巨大な皮膜翼を持つ生命体。それは既に生命活動を停止している。更に、奥へ……
 何処かで聞いたようなシーンですね。そう、リドリー・スコットの「エイリアン」を思わせるシーン。リドリー・スコットはつまびらかならぬ明暗を巧みに使い、ここのオブジェクトを近視眼的に捉えることで密閉空間の恐怖を演出し、一方本作では大胆な三点透視法で途方もない空間の広がりを作り出し、仰々しいまでにスケールアップすることで、眼前に横たわる「未知なる物」への好奇心と恐怖を掻き立ててくれます。それもそのはず。SFXはかの名匠ダグラス・トランブルの直弟子、ダイクストラ。実はかのSFX工房I.L.M.設立メンバーだけれども、スターウォーズの制作遅延が元で追い出されたと噂される人物。どうにも職人肌の人物のようで、妥協を許せないらしい。そのこだわりが、この宇宙船内に溢れています。
 異形のエイリアンが漂う中、更に奥へ向かった一行は透明のカプセル――否、棺としか形容出来ぬ代物に横たわる男女を発見する。日本公開時はこの「裸の」男女のおかげで画面中ぼかしが飛び交い、奇妙な映像だったことを記憶しています。
 一ヶ月後。未知の宇宙船を探索したチャーチル号は船内火災を起こし、乗員は全滅。調査に向かったコロムビア号は、船内に唯一残された「彼ら」に魅入られたかの如く、その棺を地球へと招き入れたのでした。
◆吸精鬼との闘い
 地上に降りたヴァンパイアたちは活動を開始する。
 フィメールと呼称される女ヴァンパイアは警備員の精気を抜き取り、ミイラ化した後脱走する。同じく脱走を試みた男ヴァンパイアは、調査に当たっていたケイン大佐や警備兵により文字通り「木っ端微塵に」される。
 ここで明らかになるのは、彼らが精気を抜き取る宇宙ヴァンパイアとでも呼ぶべき存在であったことです。
 プラム・ストーカーの「ドラキュラ」、そしてその翻案である映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」を厳密に下敷きにしたこのストーリーには、余計な演出や説明はありません。かのマックス・シュレック演じる恐怖の擬人化ノスフェラトゥ、オルロック伯爵が、ここでは豊満な肉体と美貌を誇る、フィメールに置き換わっている以外、何一つ変わってはいません。血の代わりに精気を吸い取られた者たちはやはり精気を求めてさまようヴァンパイアとなります。「ヴァンパイア」という言葉の持つ威力に、脱帽せざるを得ません。ヴァンパイアと名を冠する以上、いくつかの約束事は不文律となり得るのです。
 彼らを真の意味で殺す方法はただひとつ――純鉄のクイ(刃)で貫くことなのです。何故純鉄なのか? 何故突き刺さねばならないのか? 何故? 何故?――それらの疑問は「ヴァンパイア」という言葉で納得させられてしまいます。映画を見て、振り返ったときに初めて「そういえば納得のいく説明はなかったな」と思い当たるわけです。恐るべしドラキュラ!

 フィメールは逃走を続け、そんな中チャーチル号の生き残りカールセン大佐が、テキサス州に不時着したとの報が入る。
 ここまで書くと、じゃかじゃか仰々しいB.G.M.が鳴り響き、女は無意味に悲鳴を上げて男は絶叫しながら弾丸を撃ちまくる印象がありますが、確かに銃を撃ちまくるシーンがあるにせよ、映像自体はひどく淡々としています。英国映画の持つ陰鬱さと、悪趣味なジョークが画面一杯に溢れています。テキサス出身のフーパーが如何にしてこんな演出法を身につけたのかはしらないけれど、それが最後の決戦の場ロンドンに相応しいものであることは確かです。もっとも、処女作の「悪魔のいけにえ」にせよ「悪魔の沼」にせよ、テキサスで実際に起こった事件をベースにしてアメリカの病巣をえぐり出して見せた手法からして、一朝一夕にして身につけたシニカルさでないことは確かのようです。

◆かくも仰々しき大破壊
 最早ロンドンは阿鼻叫喚。パニック・シチーとなりました。
 町中の人間がヴァンパイア化していく中、NATOはロンドンを戒厳令下に置きます。これがアメリカだと戦術核でもぶちこんだあと、ヴァンパイアが蘇るという落ちになっていたかもしれませんが(オバノンがのちに「バタリアン」でやって見せましたが)、さすがに古都ロンドンにそんな不埒な振る舞いは出来ないようです。ヘンリー・マンシーニのテーマに乗って、町中の人間が吸い取った精気はひとつの大きなうねりとなり、建物を貫いて遙か上空の宇宙船へと送られていきます。
 閃く雷光と轟く轟音。眩しいばかりの光の渦。そして――物語は終わりを迎えます。
 残されたケイン大佐はただ、空を見上げる。思っていることはたぶん、我々観客と同じ。

「一体なんだったんだ???」

 そんな思いを余所に、宇宙船はハレー彗星と共に軌道を離れていきます。
 フィメールと、カールセン大佐を乗せて。
 なんともはた迷惑な宇宙人ですね(笑)
 そして映画は何の答えも解決策も与えぬままに、終わってしまいます。
 脳裏に残っているのは血と、エロスと、死。セックスは死の疑似体験であるとバタイユだか誰かだが言いましたが、映像としてこれだけどかんと見せつけられると、納得できる気もしますね。
 尤もらしく、この作品のテーマは愛がどうとかなんとか結論づけてもいいんでしょうが、私自身がそんなことを思ってもいない上に人それぞれ感じることの違う映画なので、後は皆様にお任せします。この後の行は、皆様で書き加えて下さい。たとえば。

「なんかすぷらったなほらーだった」
「Hっぽかった」
「SFXがすごい」
「つまらなかった」
「本作は舞台が英国であるものの、その実米国の病巣を……」

 尤もらしい解説は、いくらも付くんです(笑)
 結論は、皆様の中にしかない。

◆そして禿は旅に出る(エピローグにかえて)
 ダグラス・トランブルの元、修行に励んでいたジョン・ダイクストラは映画「スタートレック」撮影後、そっくりそのままの映像技術を本作に活かし、トレッキーをして「どっかで見た絵だな」と思わしめた。
 そして、今。
 寝台に横たわる、ハゲ。
 そのあまりにリアルで、活力に満ち、女に身体を乗っ取られる辺り「この頃から女運悪かったのか」と言わしめた人物がいる。
 アメリカで今一番有名なハゲ。ジャン=ルーク・ピカードことパトリック・スチュアートである(笑)
 鼻から血は吹き出すし、気は狂うしで、さすがはロイヤル・シェークスピア劇団で培った演技力である――少しは仕事を選べよ、という話もあるかも知れない。けれど彼はこういう演技が極めて好きらしく、スタートレック撮影中も「シェークスピア俳優は死ぬのが好きなんだ!」とのたまい、スタッフから爆笑を受けた実績を持つ役者。トレッキーは、彼の演技を注意してみましょう。
 いやほんとうに、ノッてます。「ガンメン」という映画でも嬉しそうに生き埋めにされていたし、演技者だなぁ。
指定席 別館入り口へ