

S houdo - s hima' s Stone Sculptures
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1968年、夏、若い作家達有志の呼び掛けで小豆島、内海町福田の石切り場で開催された「日本青年彫刻家シンポジウム」(ここをクリック!)は、太陽の下、風や海に囲まれ、体力の限りを大きな石にぶつける40人の熱いエネルギーで満ちていました。 この催しは、オーストリーのサンクト・マルガレーテンの石切り場で世界で始めて行なわれた彫刻シンポジウムから約10年後に日本で開催されたものですが、以後、日本の各地で開催されることになる彫刻シンポジュウムの出発点としての役割を十分に果すものとなりました。 ’68年の彫刻シンポジウムを機にその後も福田の石切り場ではイベントとは関係なく島を訪れ、制作に情熱を注ぐ石彫作家を暖かく受け入れ、制作の場を提供してくれました。 制作の場を得た石彫作家はその後途絶えることなく、その作品は内海町内の広場や公園、公共施設、街路筋に設置されていきました。 1991年には、内海町町政施行40周年を記念して、「`91年小豆島国際石彫シンポジュウム」が開催され、内外から18名の作家が招待され、制作された作品が新たに町内の作品として加わりました。 この時には、彫刻シンポジウムの提唱者であるカール・プランテル夫妻の参加があり、会期中に開かれたスライド会では初期の彫刻シンポジウムの話がプランテル氏から聞けるなど意義深いものとなりました。 その他にも、「小豆島彫刻シンポジュウム`72」として、彫刻シンポジウムを考えるシンポジュウムが40名の参加者を得て2日にわたって彫刻シンポジュウム報告やディスカッションが行われました。 そのイベントの熱を受けるような形で、坂手港モニュメントのコンペディションが企画され入賞作品の、共同制作作品「石の波」が設置されました。 最近では、吉田ダムの完成にともなって、オートビレッジ吉田の施設に初期の頃の作品が遠手浜の石彫公園から移転設置されたり、ダムサイトには高松清氏の作品(高さ13メートル)女神像が設置されました。 近年は石材業不振ということから、丁場も閉まり、石彫をする若者も減り夏に福田の石切り場で制作する彫刻家もなくなってしまったと言うものの、旧内海町町内に設置されている石彫作品は100作品近くにものぼります。それらの彫刻は、「花戦士」と言う婦人会の方々の手で彫刻の周囲に花が植えられて四季をつうじて道行く人達潤いを発進しています。公共空間に設置された彫刻は年月が経つと忘れさられることもままありますが小豆島では「花戦士」の皆さんのおかげで彫刻の存在が保たれています。 尚、このホームページは彫刻シンポジウムに参加したボランティアによるもので内海町役場の公式ページではありません。 彫刻シンポジウムでお世話になった石切り場の一つ、「笠井石材」のHP,昔の丁場風景写真が見られる。 |
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(彫刻の話題を歓迎します) |
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スライドショー |
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