File No.9:はっぴいえんど再結成〜ALL TOGETHER NOWライヴ・レポート〜

Original Written 1998/TEXT by "KAZUO DOBASHI"

このレポートは、98年に当時の資料を発見したのを機に、書いたものです。13年が経過してからのレポートですので、特にステージの進行ややり取り等は、当時放送されたテープや雑誌等の記事を参考に確認しながら書きましたが、何分にも古い記憶をたどっての作業ですので、もし訂正などございましたらご遠慮なくe-mailでご指摘頂ければ幸いです。ちなみに左の写真は、このALL TOGETHER NOWの公式パンフレットです。

 その日は、朝からゴキゲンだった。あのはっぴいえんどをこの目で見られる。そう思うだけで僕は、まるで幸せな結末を見てしまった後のような嬉しさを予想しながら、千駄ヶ谷の駅を目指した。1985年6月15日、国立競技場。高校を卒業したばかりの僕は友人と駅前で待ち合わせをし、いざ競技場へ足を踏み入れると、すでにかなりの人でいっぱいだった。そうこのイベントの正式な名称は「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW by LION」。国際青年年だったこの'85年、各地で様々なイベントやフォーラムが行われたが、このライヴ・イベントもその中の1つであった。個人的な事だが、遡る事約半年、年末の「紅白歌合戦」が終わり「ゆく年くる年」を見て除夜の鐘が終わる頃、年明けと共にNHKから流れてきたのが松平アナの「今年は国際青年年です。」という歯切れの良いコメントと佐野元春の「Young Bloods」だった。だからこの1985年の始まりは、「Young Bloods」とともに特に印象に残っている。さて、話を国立競技場に戻そう。このイベントには計21組以上のアーティストが正式に参加を表明していたが、実際にはゲストもあり、予想を超える規模のものとなった。

 競技場に入るとまず目についたのは、巨大な8つの円形ステージ。しかもその8つが等間隔で円形にレイアウトされ、実際演奏するときはその円の中心部にスライドするという画期的なものだった。僕は友人と共にちょうど正面スタンドの上段に陣取った。時刻はまだ午後3時過ぎ、暑いくらいの良い天気。プログラムを買ってみた。かなり豪華な正方形で、厚みも1cm弱はあろうか。中には出演アーティストの紹介、プロフィール、このライヴに向けてのコメントなどが記されている。やがて最終の音声チェックが始まる。異常にPAの音量が大きいのが気になる。また開演前に流されているBGMの音が、周囲のビルに反射して残響が長いのがもっと気になる。

 そして午後4時、いよいよスタート。会場は既に満員。場内アナウンスとともに電光掲示板に「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW by LION」の文字が映し出され、MCの吉田拓郎が登場。後から聞いた話だが、この日のイベントに使われたマイクは何と300本以上、アンプも200台にのぼったそうだ。拓郎の第1声は確かこんな感じだった。「今日は素晴らしいアーティストが大勢登場します。みなさん暖かい拍手を頼みます。じゃあまず景気づけにオレが1曲歌います。でも今日はオレのバンドがいない。そこで、一度一緒にやってみたかったバンドを紹介します。泣いて喜べよ!オフコースだ!」拓郎の後ろにはオフコースの4人が登場、「お前が欲しいだけ」「Yes-No」を続けて演奏し、嵐のように去っていった。

 観客もこのオープニングには度肝を抜かれざわめく中、次に登場したのはアルフィー。この日唯一自前のバンド単独で演奏したアルフィーは、ヒット曲「星空のディスタンス」など3曲を演奏、「星空〜」の間奏部分では坂崎幸之助が自らLPの発売告知を書いたプラカードを持って競技場のトラックを一周するなど、ファン・サービスも忘れなかった。

 3番目に登場はアン・ルイスラッツ・アンド・スター。何とこの日はゴスペル系のコーラス隊を引き連れ、フィフス・ディメンションのヒット曲「アクエリアス〜レット・ザ・サンシャイン・イン」とD.ハザウェイの「君の友だち」を熱唱。ラッツはデビューのきっかけとなった大滝詠一と同じステージに立てるということで、かなり喜んでいたようだ。実際パンフレットにも「なに!!はっぴいえんど?あの俺達の大瀧大先生が参加していた幻の日本語のロック・グループ。うーんどーってことあるんじゃない。今まで数あるジョイント・コンサートの中でこれほどのメンツが一同に集まるなんて、まるで若い根っ子の会じゃないU.S.A・フォー・アフリカみたいだぜ!!さしずめラッツはスティービー・ワンダーかブルース・スプリングスティーンってとこかな!?(いや、そうしといて下さいマセ!!)ソウル・マウス鈴木(=鈴木雅之)」というコメントを寄せている。(ちなみにその後11年を経た96年12月31日の「NHK紅白歌合戦」に出演したラッツ&スターは「夢で逢えたら」を歌う直前に、田代まさしが「この歌を全てのファンと大滝詠一さんに捧げます」とコメントし、大きな話題となった。)

 やがて午後5時を回る頃、山下久美子白井貴子が登場。ガール・ロックが全盛を極めた'80年代にこの2人の女王が同じステージに立つのは異例のこと。山下は「こっちをお向きよソフィア」と、佐野元春作の「So Young」を熱唱、次に2人による「ロックンロール・ウィドゥ」をはさみ、白井は「今夜はイッツ・オール・ライト」「Chance!」を熱唱。また白井のバック・コーラスにはデビュー間もない渡辺美里の姿があった。

 その後武田鉄矢の巧妙なトークとラジオ体操、「贈る言葉」を挟んで時刻は5時30分を回る頃、大きなグランド・ピアノに財津和夫の姿が、ドラムにはつのだ☆ひろ、そしてチューリップのメンバーがスタンばっている。コーラスにはブレッド&バターが。そしてなぜか始まった曲は、アカペラの「涙のリクエスト」。すると巨大なピアノのふたが開いて、チェッカーズが登場。これは予定外だったため、ファンの大きなどよめきが起こる。そしてスティービー・ワンダーの曲でブレッド&バターの持ち曲「I Just Called To Say I Love You」を全員で熱唱。

 それから入れ替わって登場したのは、南こうせつイルカさだまさしのフォーク組。「秋桜」「なごり雪」「神田川」で会場をしっとり静める。

 あたりはもうすっかり暗くなり、僕の見ていた高いスタンドからは右手の奥に、新宿副都心の高層ビルが夕焼けに照らされ赤く光り出す頃、歓声とともにいよいよはっぴいえんどが登場する!もちろんこのイベントのためだけの限定再結成。見られるのはこの日だけという思いとレコードから想像した僕の勝手な思い入れが、瞬間心の中で入り交じり、どうしたらいいのか分からなくなるような緊張感に襲われる。そして松本隆のドラム(それもシンセ・ドラム)の音が会場に響きだし、大滝詠一の「はっぴいえんどです」というMCとともに会場は騒然。これも後で聞いた話だが、この「はっぴいえんどです」というMCを聞いた瞬間、失神者約2名。それも男。それはさておき、いよいよ演奏が始まる。しかもこの目の前で。ここではっぴいえんどのステージの配置とメンバー構成(助っ人あり)を確認しておこう。ステージ中央には黒い衣装を身にまといサングラスをかけた、ドラムスの松本隆。このライヴのためにドラマーとして10数年ぶりに復活。そして向かって左側の端には、ベース&ヴォーカルの細野晴臣。当時は何と言ってもYMOを解散した直後だったので、YMOファンの大きな声援が印象的。グレーの上着に赤いメタリックのYAMAHA MOTION-Bというミディアム・スケールのベースを弾く姿は、風格を漂わせる。そして細野晴臣の向かって右隣、つまり松本隆との間には、12弦アコースティック・ギターを持った大滝詠一(Vo,AG)が。大滝は白いシャツに黒っぽいベストの出で立ち。それからステージ向かって右端には、カウボーイ・ハットを被りブルーのストライプのシャツを着た、ギター&ヴォーカルの鈴木茂が、やがて「12月の雨の日」のイントロフレーズを弾き始める。場内は更に騒然。なおこの日はサポートとして、細野がテイチクで作った"Non-standard"レーベルに所属する若きアーティスト達が多数参加。鈴木茂の更に右端にはキーボードとして福原まり(Shi-shonen)、コーラスでは越美晴ピチカート・ファイヴワールド・スタンダードShi-shonenのメンバーが参加し脇を固めた。1曲目の「12月の雨の日」はシンセ・ドラムに合わせアレンジも変えられ、大滝詠一の歌い方もどこかロン・バケ風に、朗々と歌われていく。そしてメドレー的に2曲目「風をあつめて」へ。いよいよ細野晴臣の出番。僕の位置からは、はっぴいえんどの後方はるか彼方に、闇の中に光る新宿の高層ビル群がはっきり見えた。この時、細野がうたう「緋色の帆を掲げた都市が 停泊してるのが 見えたんです」の部分とこの風景が、妙にリアリティをもって僕の心に印象付けられる。この日はメドレー型式のため2番までしか歌われなかったが、僕は心の中でさらに3番の「摩天楼の衣擦れが...」という部分を、後で無意識に何回もオーバーラップさせていた。そして「花いちもんめ」へ。鈴木茂の歌い方は、当時と全く変わっていない。それどころかバック・ボーカルの大滝詠一までもが、この曲ではロン・バケ風ではなく、はっぴいえんど時代の特徴ある歌い方(当時はお餅を食べながら歌っているようだと評されたこともあるそうだが)に戻っているではないか!これはホント嬉しかった。そして3曲が終了したところで、ステージ向かって左端にMCの吉田拓郎が登場、こんなやりとりを。

吉田拓郎:「イエーイ!はっぴいえんどです。えー、新人のグループがデビューしたみたいにね、茂君。えーとはっぴいえんどって言うとね、何年ぶり?」

鈴木茂:「15年ぶりぐらいですか。」

拓郎:「15年ぶりの結成で、今日のために猛練習を積んだという事です。拍手を。えー、オレもね何年ぶりかで聴くんですけどね、素晴らしい最近のサウンドで。」

鈴木:「いいでしょ。」

拓郎:「いいですね。もっと演って下さいよ、はっぴいえんどを。」

鈴木:「演りますよ、まだ。」

拓郎:「演りますか。」

鈴木:「ハイ。」

拓郎:「是非ともずっとして下さい。それで、若い人達っていうか、はっぴいえんどって名前は聞いたことあるけど、どういう人が演ってるんだろう?1人1人を紹介するとエッ!って人ばかりなんですね、このはっぴいえんどは。その人達を紹介します。ではこちらから。「細野晴臣」(大拍手!)「大滝詠一」(大拍手!)「松本隆」(大拍手!)「ドラムもうまいね」(笑)「鈴木茂」(大拍手!)「それからサポート・メンバーの福原まりちゃん。」(拍手)「それではですね、もう1曲はっぴいえんどの曲、"さよならアメリカ、さよならニッポン"お願いします。」

そして最後の曲がスタートする。この「さよならアメリカ、さよならニッポン」は、3枚目のアルバム『HAPPY END』に収録されていたナンバーだが、レコーディング以外で演奏したことは無かったという。即ち、今回がはっぴいえんどとして初めてのライヴ演奏ということになる。"はっぴいえんどとして"と敢えて書いたのは、実は細野晴臣個人としては、'74年8月2日に青山タワーホールで行われたライヴで、バックにはちみつぱいを配してこの曲を歌っており、それは『はちみつぱいセカンド・アルバム〜イン・コンサート』で聴くことができるからだ。さて話を戻そう。この「さよならアメリカ、さよならニッポン」も'85年当時の現代的アレンジに直されて演奏されたが、そのアレンジの斬新さもさることながら、はっぴいえんどの楽曲の普遍性みたいなものを改めて考えさせられた夜だった。あの松本隆のプレイや、大滝さんの生の歌声を聴けた事も大きな収穫だったが、はっぴいえんどをリアルタイムで見られなかった僕らの世代を悔やむとともに、今日この場に居合わせたことがこの先数十年経ったときにどんな形で伝えられるのかということを、この時すでに僕は考えていた。そしてはっぴいえんどのステージが歓声に包まれて終わる頃、時計は7時を回り夜の訪れを告げていた。今思うと、日没までもが照明の一部として計算された、ニクいステージだった。

 そして次に現れたのは、後藤次利高中正義高橋幸宏加藤和彦の元サディスティックス組に、坂本龍一松任谷由実を加えた"サディスティック・ユーミン・バンド"だった。ユーミンの「ダウンタウン・ボーイ」に始まり「シンガ・プーラ」「中国女」「渚・モデラート」といった各メンバーの曲を演奏後、遂にユーミンが「タイム・マシーンにお願い」を歌い出す。ミカ・バンドも僕は実際に見たことは無いが、この日の"サディスティック・ユーミン・バンド"はとてもタイトで洗練された演奏を聴かせてくれた。そして最後に小田和正財津和夫を加え、当時ヒットした「今だから」を熱唱。(しかしこの日、もう1つ僕が楽しみにしていたのは、YMOの再結成があるんじゃないかということだった。事実細野、高橋、坂本の3人が同じ会場にいた訳だから。)そしてイベントは最高潮へ。

 ラストに佐野元春with the Heart Landが登場。佐野のハーモニカが泣かせるいつもより静かな「Young Bloods」に始まり、「New Age」「Happy Man」と続きイベントも終わりに近づく頃、突然ステージにサザンオールスターズが乱入。これには場内騒然!そして佐野の向かって左隣を陣取った桑田佳佑は、佐野とともに「悪魔とモリー〜マネー〜Twist & Shout」のメドレーを熱唱、続けざまに「You've Really Gotta Hold On Me」「夕方ホールド・オン・ミー」へとなだれ込む。佐野と桑田は同じ年で、シーンを牽引する同世代の2人が共演できたことを、桑田はMCで喜んでいた。そして最後は出演者全員が登場、この日のために作られた「ALL TOGETHER NOW」を歌い、華やかな光が飛び交うステージに薬師丸ひろこが花束を持って登場、MCの吉田拓郎に渡して終了となった。

 60年代末〜70年代の初めに盛んに行われたフォーク集会や中津川フォーク・ジャンボリーなどと比べると、このイベント自体が持つ目的やメッセージみたいなものは希薄だったが、それも時代というもの。ただ営利目的のイベントが多い中で、これだけの出演者を集められて、ましてやはっぴいえんどが再結成し、単に当時を懐かしむのではなく現代のモノとして彼らの音楽を実践して見せたことが、このイベント自体の大きな意義だったのではと、個人的には思っている。終演したステージのはるか後方には、巨大な摩天楼がまだ光を放っていた。


(付記)なおこの日のはっぴいえんどのステージの模様は、CBSソニーから『THE HAPPYEND』(18AH 1933)として'85年9月にレコード化、発売された。また再結成の特番「TDK TOP OF JAPAN/CITY〜はっぴいえんど」が'85年9月1日から計9回、FM東京系列で放送された。司会に小倉エージを迎えたこの番組にはメンバー全員が出演し、また岡林信康や南佳孝、伊藤銀次らのコメントを挟みながら、はっぴいえんどの検証とメンバーそれぞれのその後の活動を振り返った。
★Back Home  ★Back to Happyend menu