♪コル                               02年1月20日(日)


 コル(Cor)っていったい何?

 「写真を見るかぎり「ホルン」みたいだけど・・・。」「フランス語でホルンのことでしょう?ドビュッシーのスコアで見たことがある。」こういう方が多いのではないかと思います。「ピストンがあるからメロホンでは?でも管の巻き方はホルンのようだし・・・」この方はかなりの楽器通ですね。
 では・・・アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団が演奏する「亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)」の有名なホルン・ソロの美しさを知っていますか?もしご存じなら、あのホルンがコルと呼ばれるフランス式の楽器で、演奏していたのはテヴェという名手であったことなどに興味を抱いていただけるのではないでしょうか。

 これからご紹介する一連のコル画像は、研究室を通じて知り合った東京在住のKazu氏所有の楽器で、僕が昨年上京した折りにいきなり連絡を取って訪問させていただき、デジカメに納めたものです。その後、これを研究室にアップしようとしたのですが、どう考えても僕の乏しいコルの知識を披露するより、その情報源であるKazuさんやコル仲間の大山さんに紹介役をお願いしたほうがいいと思い、画像に写ったKazu氏(独身男性!)宅のプライベートな風景(Kazu氏の名誉のために解説しますが、Kazu氏のものと一緒に女性の下着などが干してあった・・・とかではないのです!)をレタッチする傍ら原稿をお願いして、ここにようやくコル紹介ページが出来上がったという次第なのです。両者のご協力に感謝申し上げます。

 僕はコルにモイーズ愛用のフルート、クエノンの音響的な特徴と合い通ずるものを感じます。それは単に楽器の「個性」(音色的なこと)などではなく、純粋に音楽の道具としての楽器に何を求めるのか? ということの違いではないかと思います。もちろん、コルの音色はビロードのような肌触の美しさがありますが、その音色に音楽表現を依存させるというわけではなく、あくまで楽器としてはF-1カーのように、素早いレスポンスと弱音から強音までの安定したソノリティー、高い音程の自由度などが感じられるのです。 

 では、Kazuさんによるコルのご紹介をどうぞ!


 私はこの楽器の所有者のKAZUと申します。この度sonore様のご厚意で、モイーズがパリで現役バリバリの奏者として活躍していた戦前および戦後(1960年代迄)にフランスで広く使用され、フランス楽壇の全盛期を支えたいわば"親戚"として掲載していただくことになりました。
 写真(1)(2)のとおり、一見するとこの楽器は一般に "ホルン"と呼ばれている楽器のように見えます。実際フランス語の辞書を引いてみると"cor"は"ホルン"と書かれています。私もつい最近まで"cor"はフランスにおけるホルンの呼称だと単純に考えていました。しかし最近得た情報によると、このセルマー製のコルはホルンと似て非なる別の楽器だと考えたほうがよいことがわかってきました。フランスではブラスバンドの活動が他国に比較して図抜けて盛んだったことが知られていますが、このことが優秀な管楽器奏者を輩出した素地となっていました。そしてこのフランスのバンドでは他国ではあまり使用されていない独特の金管楽器が使用されていました。サクソフォンで有名なベルギーのアドルフ・サックスが発明したサクソルン族(コルネット、アルト・テナー・バスサクソルン等)と呼ばれる楽器です。この楽器群の最大の特徴は円錐管(吹込口から朝顔までなだらかに広がっている形状、これに対し広がりのない管は円筒管と呼ばれる)の占める割合が多く、金管でありながら木管のようなやわらかな音色を出せる点です。
セルマーはクラリネット製造から始まった木管楽器のメーカーでしたが1928年にサックスの工房を引き継ぎ、金管楽器の製造を始めます。また1930年代には美しい音色のホルン(というかコル)で有名だったラウーの工房も吸収し、コルの開発も始めました。その結果、サクソルンとラウーの混血ともいうべきこのコルが誕生したわけです。写真を見ていただくと判りますが、細いマウスパイプ(吹込口)からベルまで円錐管の割合が多く、その一方ベル径が非常に小さい(実測270@、現代のホルンはほとんどが300@以上)ため、ベルの広がりは現代のホルンよりもなだらかです。この結果、音はまろやかでありながら芯はしっかり保たれ、強奏しても音が拡散せず遠鳴りのする楽器となったのです。
↑写真(1)             ↓写真(2)
↓写真(3)
 このコルが通常のホルンとシステム上で決定的に違う点は、写真(3)で一番上に位置する3番ピストンについている支管が通常の下降管ではなく上昇管である点です。金管楽器は通常ヴァルブを押すことで支管を経由する分管が長くなり、音が下がるのですが、このコルの3番管はヴァルブを押さない状態で息が支管を通り、ヴァルブを押すと逆に支管の分だけ管が短くなり、音が一音分上昇するという珍しいシステムです。
 このコルは写真(3)で一番下にあるロータリーヴァルブでFa(F)の調とSi♭(B♭)の調に切り替えができる(セミ)ダブルというシステムです(これは通常のホルンでも一般的なシステム)。
 このシステムでは通常Si♭の管で吹くと実音Do(C)やSol(G)の音程が正しくとれないという欠点がありますが、上昇管システムはこれを解消してくれます(上昇管使用により調性Si♭がDoになるため)。また管が短くなることにより息の抜けもよくなり、音色も明るくなります。
 ラヴェルがあのパヴァーヌを上昇管システムで吹くように指定したのは有名な話です(この曲の調性がSolで書かれているのは、調性Faのホルンで上昇管を使用するとSolになるため)
↓写真(4)
 この楽器が珍しい点は、オリジナルのマウスピース 写真(4)が付いていたことです。現在この形状のマウスピースは生産されておらず、楽器以上に入手が困難なので、このブツを最初に見たとき、その特殊かつ美しい形状に目を奪われました。
 この形を『燭台』と表現した方もいましたが、私は『アールデコの一輪挿し』とか『グラスフリュート(シャンパングラス)』と呼んでいます。
 内径はやや小さめで形状は昔風の直線的な円錐形Vカップ、スロート径は極細(推定3ミリ台、現在の主流は4ミリ台)でリムはやや厚め(セルマーのマウスピースの特徴)という細ボアの楽器にベストマッチの形状です。最初自分には合わないと思っていたのですが、他のマウスピースではいい音が出ないため無理して使っているうちに慣れてしまい、今ではこのマウスピースでないと吹けなくなってしまいました!慣れって恐ろしい…
 ちなみに奏法でもコルとホルンは決定的に違う点があります。それは右手の使い方です。ホルンはナチュラル時代に右手の出し入れで音階を演奏していたため、ヴァルブがついた後もナチュラル奏法の名残で右手をやや深めに入れて音程、音色の調整をしています。これに対し、フランスではヴァルブ付きのコル・クロマティークができた後も、コル・ダルモニ(ナチュラル)の奏者はそれを受け入れようとせず(ヴァルブを使わずとも不自由しないほど優れた技術があったため)、19世紀末までダルモニを吹き続けていました。それではクロマティークは誰が吹いていたのか?資料的な裏付けはとれていないのですが、同じくヴァルブがついていた(アルト)サクソルンの奏者が持ち替えて吹いていた可能性が高いと思います。当然彼らはダルモニの経験がありませんから右手をほとんど使わない奏法となったわけです。この仮説が正しければコルは楽器だけでなく奏者もサクソルンと深いかかわりがあったわけです。
←写真(5)

 これはピストン上部の拡大写真ですが、ピストン延長部の装飾が凝っています。ヴァルブにロータリーでなくピストンを選択した理由は、構造がシンプルでメンテナンスが容易であること、レガートの表現に有利などの理由が挙げられます。真中の2番ヴァルブにセルマーのマークと製造番号が刻印されており、この番号で制作年代がわかるそうです。ちなみにこの楽器は206番で、友人の話では1938〜40年位の製作ではないかとのこと。つまり60年以上前の楽器というわけで、それでもなお現在十分に演奏可能な状態にあるのはただただ驚くばかりです。

 この楽器の材質は真鍮に銀メッキという組み合わせで、明るくやわらかい音色を持つ楽器の特性によりきめ細やかなニュアンスを加えています。指ではじいてみるとカーンとよく響き、振動率が高いことがわかります。最近鳴りにくい楽器を鳴らすのが通みたいな考え方がはびこっていますが、私は少ないエネルギーで効率よく鳴る楽器のほうが合理的と考えます。この楽器の設計コンセプトはまさにシンプルかつ合理的であり、性能の高さがそのまま外見の美しさにあらわれています。車や飛行機などで性能が良いものは形も美しかったりしますが、この楽器についても同じことが言えると思います。この美しい音とフォルムを持つコルが1970年代以降使われなくなった時に、フランス楽壇は永遠に輝きを失ったと感じるのは私だけでしょうか?

 蛇足:私、この度コルの名演奏家であったルシアン・テヴェ氏(Lucien Thevet)の研究を中心に1960年代以前のフランス音楽を考察するサイトの管理人となりました。ある方が運営されていたサイトを譲り受けた形なので、管理人としてはまだまだ未熟ですが、お時間がありましたらぜひお立ち寄りください。

Les Introuvables de Lucien Thevet

(忘れざるルシアン・テヴェ)

http://homepage3.nifty.com/thevet/


 Kazuさん、どうもありがとうございました。
 フルートでも同じですが、日本の楽壇がドイツに偏ったスタートを切ったせいか、どうもフランス独特の卓抜した楽器や奏者に関する情報が不足しているように思います。Kazu氏のテヴェ・サイトはこれまで他の方のサイトに間借りする状態で管理されていましたが、いよいよ独立されるとのこと。たいへん心強く、また大いに期待しています。皆さまも、どうぞよろしくお願いいたします。


雑学講座メニューへ戻る
メニューへ戻る