JDS作品のキーワード


手紙・書類
手紙・書類の象徴する事


『ゾーイー』において、手紙・書類は象徴的な小物として扱われている。
物語の冒頭、ゾーイーはバディから貰った手紙を読んでいる。
後にこの手紙は、JDSのエクスキューズを添えて、全文を掲載されている。
この手紙に着いて、かなり詳細な描写が為されている事に注目したい。
まず、この手紙はバディからゾーイーに宛てたもので、ゾーイーによって、
折りにふれて何度も読み直されている形跡がある。手紙の内容は
「教師じみて、訓戒調で、くどくどして」としながらも、「愛情に溢れている」
ものである。これは、ゾーイーのバディに対する見解と一致する。
手紙は、書き手の人格がこもった、その人の存在の象徴なのだ。
バディからの手紙を何度も読み返して育ったゾーイーは、母親に言わせれば
「バディにそっくり」であり、バディの手紙にもそっくりなのである。
ゾーイーはこの手紙を湯船に浸かりながら読んでいる。そして、手紙の入った
封筒をはじいて、浴槽の縁を滑らせる遊びに興じるが、一度失敗して、急に手を
さしのべて捕まえる、というはめになる。これはどういう意味を持つのか。
ゾーイーが手紙を滑らせるくだりの直後には、今度は台本を読む描写がある。
この台本の台詞に『とどき、雨の中で死んでいる自分が目に見える事があるの。』
とある。濡れる事は、『ライ麦畑で捕まえて』でのアリーの墓に雨が降る描写を
はじめとして「死」と結びつけられる、JDS作品のテーマのひとつである。
これは『グレート・ギャツビー』での濡れる事と死ぬ事の関係をなぞらえていると
指摘されている。
手紙は濡れれば判読できなくなる事もふまえ、バディからの手紙が濡れそうに
なるのは、バディのおかれた状態、生きているのかどうかもわからない、事の
書き換えであろう。外出する時のベシーの様子を「彼女の息子が、書類の書き
違いで射殺されて、その死体を引き取りに行く場面にこそふさわしい」と描写
されているのも、書類と書き手の存在と生死の関係を深めている。

*手紙・書類の象徴する事―『ゾーイー』"Zooey"


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