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電話
電話と存在

『ゾーイー』において、電話はその人間の存在と密接な関係が有る。
母親・ベシーは家に電話をおこうとしない息子・バディに対して
「危なくてしょうがない。」「生きてるか死んでるかもわからない」
と言っている。また、そのバディも、死んだシーモア名義の電話番号を
いつまでも、残しておく理由を「電話帳にシーモアの名前が有ると
安心するから」と言っている。これらは共に電話があると存在し
電話が無いと存在しない、と言う事を述べている。
これを踏まえて、フラニーの電話への態度を見てみる。
フラニーは、人間のエゴに嫌気がさし居間のソファに陣取り、
心配するベシーを余所に一向に心を開く兆しを見せない。
ゾーイーの「誰かと電話で話すべきだ」と言う言葉にも
「わたし、シーモアと話がしたい。」と答えている。フラニーは生への
執着をなくし、死んだシーモアとしか話をしようとしないのである。
ゾーイーは、シーモアの残した電話からバディ(語り部)の声色で
フラニーに電話をかける。フラニーはベシーに「バディからの電話だ」
と聞かされて、両親の寝室の電話でこれを受けた。
フラニーが 、また、かつてのゾーイーが悩んでいたのは、自分は
精神的に畸形だという事で、それは、シーモアとバディの偏った
教育によるものだと思っている。そのシーモアの電話からバディの
声色でゾーイーは電話をかけると、フラニーは、自分が、現在拒絶
しようとしている両親の寝室、自分が生を受けたところ、で電話に出る。
エゴで塗り固められてしまった自分を捨て、真っ更の状態で、かつて
シーモアとバディの受けた教育を考え直す事によって、フラニーは
自分の存在を取り戻したのである。※立ち直ったという解釈ではない。
そして、原始の静寂に勝るとされる、電話の発信音とは、話相手の
いない電話の音、つまり、自立した存在の証なのではないだろうか。

*電話と存在―『フラニーとゾーイー』"FRANNY AND ZOOEY"


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