12月30日(火)  「レセ・パセ」  自由への通行許可証 ( ベルトラン・タヴェルニエ 監督 ) 

laissez.jpg (6019 バイト)  ナチス占領下のフランスで、ドイツ資本で経営された実在の映画会社コンチィナンタルで働く二人の男を描いた作品。<対独協力者>になるのでは、と不安を抱きつつも多くの映画人が集まっていた。田舎に疎開中の妻子を深く愛しながら、積極的にレジスタンス活動に従事する闘士でもある助監督のジャン=ドヴェーブル(ジャック・ガンブラン)と、私生活では3人の愛人の間を渡り歩く脚本家のジャン・オーランシュ。自由と正義のために様々な試練が待ち受ける。キーワードは<映画>と<レジスタンス>

 2002年ベルリン映画祭銀熊賞、音楽賞を受賞した、170分の大作。白(レジスタンス)か黒(対独協力者)かではなく、その中間の「灰色」に焦点を当てている。

  レセ・パセとは、フランス全土を検問なしで横断できる通行許可証のこと

12月30日(火) 「クリスマス・ボックス」 ( リチャード・エヴァンズ著 講談社 )

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 物語の舞台は、アメリカのユタ州ソルトレイクにあるヴィクトリア朝の壮麗な古い館。そこに一人で暮らす上品な老婦人メアリーのところへ、「わたし」は妻と幼い娘と共に住み込みむ。やがて「わたし」は、自分たちがただの家事手伝いとして雇われたのではないようだと思いはじめる・・・。屋根裏部屋でみつけた木彫りの箱、そしてその中にあった数通の手紙・・・。心温まる話です。

 娘たちのために書いたこの作品は、口コミで全米に広まってその年のニューヨークタイムズのベストセラーリストで2位になる(因みに、1位はマイケル・クライトン、3位はアン・ライス)。舞台の墓地を訪れる人が後を絶たないため、壊されてなくなっていた天使像が再現された。<手紙>関連の三部作の1作目。次作の「天使がくれた時計」はメアリーの話です。

12月30日(火) 「トム・ゴードンに恋した少女」 ( スティーヴン・キング著 新潮社 )

 <世界には歯があり、油断していると噛みつかれる> 少女トリシアは、1998年6月そのことを学びます。憧れのトム・ゴードン(ボストン・レッドソックスのリリーフ・ピッチャー)との空想だけの会話を心の支えにして、知恵と気力をふりしぼってピクニックの途中で迷った原野から脱出を試みます。

 命綱であるラジオの実況を聞きながら、孤独と不安の中自分自身と向き合いながらたくましさを見いだしていく様子がよく伝わってくる。サブオーディブル(環境音)が小さな音量で鳴り続ける静かな家族の声。離婚した父母、新しい学校になじめない兄。そんなバラバラになった家族もこの騒ぎですこし回復する? 読み終えた時、静かな温もりを感じる。

 殻をむいたどんぐりにチェッカーベリーを混ぜた食べ物がどんなものか気になった!

12月26日(金)  「マドモアゼル」  ( フィリップ・リオレ 監督 ) 

 フィリップ・リオレというと「パリ空港の人々」(おかしくてちょっとせつない物語)を思い出す。<偶然出会った大人の男女の24時間のラブ・ストーリー>なる内容よりも、監督と主演の二人が気になって見てみました。製薬会社に勤めるクレール(サンドリーヌ・ボネール「イースト/ウエスト遙かなる祖国」)は、会社のコンベンションでやってきた南仏の街で、その余興に雇われた即興劇団の俳優ピエール(ジャック・ガンブラン「クリクリのいた夏」)と出会い、二人はたちまち惹かれ合う・・・。

 マダムがリヨン駅のカフェで<マドモアゼル(原題)>と呼ばれるシーンが印象に残る。<赤い灯台>の模型が二人の時間を導いていくが、このタイトルの方はいい! 見て得るものはあまりないが、演じる者で救われる? 

12月25日(木)  「風の絨毯」  ( カマル・タブリーズィー 監督 ) 

 ペルシャの世界遺産イスファハンと飛騨高山のオールロ撮影による、イラン・日本初の合作映画。飛騨高山の古美術商、永井(榎本孝明)は、40年に一度の祭りのために発注した絨毯を取りに、幼い娘さくらと共にイスファハンへ向かう。母親(工藤夕貴)は絨毯のデザイナーで、絨毯完成間際に交通事故で死去。ところが、出迎えた仲買人の様子がおかしい。絨毯は1センチも織られていなかった・・・。

 飛騨高山で実際に山車の飾りにペルシャ絨毯を使ったことが縁で、地元の人々がイランに映画の合作を働きかけた。監督によれば、日本人とイラン人では笑う場所が違うそうです。母の死によって笑いがなくなった少女が、イラン少年との交流によって明るさを取り戻す様子が印象的でした。

12月25日(木)  「人生は、時々晴れ」  ( マイク・リー 監督 ) 

 「秘密と嘘」(これもお薦め)に連なる家族の再生の物語。左の場面は、映画の最初の家族4人の食事風景です。主人公のフィルはタクシー運転手の中年デブで。妻ペニーはスーパーに勤める細身で小柄。二人の子供もフィルに似た肥満体。娘は登校拒否、息子は発作持ち。心に疎外感や不満があり、本音で向き合えないでいる。この後の展開が気になる! ある日、フィルは突如として職場放棄し、海を見に行く。その頃、息子のローリーが発作で病院に担ぎ込まれる。

 6ヶ月に及ぶリハーサルを通して徐々に肉付けされて完成に至ったという。出演者に役柄と状況を与えておいて、即興で演技をさせながら人間関係やストーリーをくみ上げていくそうです。この映画のクライマックスはフィルとベニーが繰り広げる会話にある。<僕を、もう愛していないんだろう>といわれ、その答えによっては原題の<ALL OR NOTHING>の意味合いが分かる!? 苦しさの向こうに見える希望が、静かな感動を与えてくれる。主演のティモシー・スポールがいい味を出している。

12月21日(日) 「ボストン、沈黙の街」 ( ウィリアム・ランディ著 ハヤカワ・ミステリ文庫 )

 <本を開いた瞬間に、これは傑作だと確信を抱く小説が、時にある。最初の数行を読むだけで、そう断言するのは乱暴きわまりないが、こういう場合最後まで読んでもその確信はほとんどゆるがない。そういう小説が年に一作はある。今までもあったから、これからもあろう。今年はこれだ。ウィリアム・ランディ「ボストン、沈黙の街」>そして、<警察小説の衣装を借りてはいるが、これは家族の小説だ。父と子の小説だ。深い余韻をたっぷりと味わいたい>と結ばれていた。(北上次郎 朝日新聞10/26) どんな本なのかずっと気になっていた。

 主人公のベン・トルーマンは25歳。メイン集の田舎町ヴァーセイルズの警察署長。もともとは学者志望でボストン大学の大学院で学んでいたが、母の介護のため退学を余儀なくされ、故郷に帰って警察に入る。その母も数ヶ月前に亡くなり、今は元警察署長の父親とふたり暮らしだ。仕事に不満があるわけではないものの、ここではないどこかに自分のほんとうの居場所があるのではないかと思い・・・ そんなある日、殺人事件が起こる。

 さまざまなところに伏線がはってあって、解決方法にとまどいを感じたがなかなかおもしろかった。登場人物が丁寧に書かれていて、魅力に溢れている。ジョン・ケリーとその娘キャロラインなどなど。<プロローグ>の母親の様子は最後まで引きずっていく。

12月13日(土)  「少年と砂漠のカフェ」  ( アボルファズル・ジャリリ 監督 ) 

 昨年の6/23に同監督の「7本のキャンドル」をWOWWOWからの録画で見た。マフマルバフ監督の「カンダハール」(見てない!)とよく比較される。社会派のマフマルバフに対して、ジャリリは抒情派。アフガニスタンとの国境近くの町デルバラン(=映画の原題で語意は恋人たち!)、ハンとハレーの老夫婦が経営するカフェでアフガニスタンから逃れてきた少年キャイン(実際のアフガン難民のキャイン・アリザデ)が働くことになった。一生懸命働き逞しく生きる少年の姿を通しながら、アフガニスタンの過酷な状況も充分伝わってくる。アフガン人であることが刑事にバレ不法入国者として逮捕されたとき、寡黙なハレー(片足を亡くしている)が警察に乗り込んでいく場面が印象的だった。

砂漠のカフェはその昔、駆け落ちした恋人たちが会うための場所として作られたそうです。

12月10日(水)  「音のない世界で」  ( ニコラ・フェリベール 監督 ) 

 いつも行くレンタル店で<新作>として並んでいた!1992年に製作された仏映画。左の少年の写真はよく見ていたがこれまで見れずにいて気になっていた作品です。カメラはろう学校の生徒、手話通訳のプーラン先生、そしてろうあ同士で結婚するカップルの日常をありのままに映しだしています。<子どもたちがOAを使って自分の声をビジュアル化して発声法を学ぶシーン>や<新婚カップルが部屋探しをするシーン>など印象的でした。監督のろう者への共感や親愛があふれている。1994年ボンベイ国際映画祭グランプリを獲得した。手話は国によってだいぶ違うみたいです。男や女の表現は国柄が出ているそうです。国の違うろう者が2,3日あれば十分に「話」ができるそうです。

12月4日(木)  「天国の約束」  ( ジェームズ・フォーリー 監督 ) 

 この映画を見るのは2度目。前に見た時は、<人生を感じさせるアル・パチーノの存在感!?>という言葉があって見た記憶がある。時代背景も、過去へのこだわり<若い頃に泣かせた女に許しを乞うこと>など下の作品に似ている?! 1933年、大恐慌のアメリカ。十二歳のジェンナーロは、完成したばかりの映画館<ラ・パロマ>に行きたくてしょうがない。しかし貧しい家に生まれた彼には、入場料の25セントを出すことは不可能だった。祖父ガエタノが亡くなったら25セントをくれると約束していたものの、ジェンナーロは祖父に長生きして欲しい。彼は街でお金を稼ごうとするのだが……。アル・パチーノが老人役を演じた、祖父と孫のふれあいの物語。<ラ・パロマ>は、ジェンナーロにとって大人への入り口であると共に、祖父にとっては天国への入り口でもある!

12月3日(水)  「アメリカの時計」  ( ボブ・クラーク 監督 ) 

  大恐慌下のアメリカで繰り広げられる、さまざまな人々の価値観と揺れ動く心を描く感動のヒューマン・ドラマ。1929年のアメリカ。株式の暴落を事前に読み取ったハンティングトンは12億ドルもの持ち株を全て売却して破産を逃れ、豪華客船での優雅な旅を続けていた。しかし悠々自適な生活とは裏腹に、心には何か満たされないものを感じていた。破産のあおりで家族を失ったダイアナに愛を注いでも、ダイアナが求める愛の本質とはまるで違っていた。彼女が残した別れの手紙を読み、物質的なもの、精神的なもの、何が人間にとって幸せなのかをハンティングトンは初めて心の中で確信した。
 大恐慌により、微妙に動く人々の心の奥底を、20世紀最高のストーリーテラー、アーサー・ミラーがつづら織りの如く描く感動巨編。何故かしみじみとしてしまった。タイトルに惹かれ、ビデオの写真(左)が見たくさせた作品。<あの時、あの場で・・・> 思わず、自分の人生を思い起こしていました!

12月3日(水) 「ジャック・マッグズ」 ( ピーター・ケアリー著 DHC出版 )

 この本は1997年に出版され、英連邦作家賞、オーストラリアで最も権威のある文学賞であるマイルズ・フランクリン賞、さらにエイジ・フィクション・ブック・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した作品です。著者のピーター・ケアリーの作品は以前、「オスカーとルシンダ」(DHC)を読んで映画化作品も見ていた。ケアリーはディケンズやヴィクトリア朝の作家の影響を受けていて、この作品はもうひとつの「大いなる遺産」とも言える作品。本書の主人公はロンドン橋のたもとに捨てられていた孤児ジャック・マッグズ。その孤児が囚人として流刑されたオーストラリアからロンドンに戻ってくるところから物語は始まる。主人公を取り巻く人物が個性豊かで興味深い。作者の手腕が伺える。この次は「イリワッカー」を読まないと・・・

11月22日(土)  「女相続人」  ( ウィリアム・ワイラー監督 ) 1949年

 富豪の医者の娘キャサリンは、死んだ母に似ず、器量が悪く内向的。そんな彼女を父親は今ひとつ愛せない。ある日、従姉の婚約パーティで、青年モリスと出会い、熱烈な恋に落ちる。定職もない貧乏青年であることを理由に結婚を許さない父親。財産をめぐる父と娘の、男と女の愛憎ドラマをW・ワイラーがシリアスに格調高く描いた作品。自分をことごとく裏切った父と男への復讐を遂げるラスト、キャサリンの毅然とした美しさが印象的。オリビア・デ・ハビランドはこの映画でアカデミー賞主演女優賞を受賞する。モリス役はモンゴメリー・クリフト。1997年に監督アニエスカ・ホランド、主演のジェニファー・ジェイソン・リーで映画化されました。マギー・スミスやアルバート・フィニーが出演していますが日本では公開されず、ビデオすら出ていない。気になります!

11月22日(土) 「エミリーへの手紙」 ( キャムロン・ライト著 NHK出版 )

 老人は人生の終わりが近づいているのを感じていた。妻に先立たれ、男手ひとつで育てた子どもたちとは心が通わず、クリスマス以外には会うこともない。アルツハイマーの症状も顕著になってきた。前庭のアプローチで小便をしてしまったり、洗剤でうがいをしそうになったりする。そんな自分の姿が愛する孫娘エミリーの記憶に残るのだけは耐えられない。彼にはどうしても完成させなければならない仕事が残っていた。(裏表紙のことば) 老人が遺したのは古い家と自作の詩集。その詩集が26編あって、一つ一つが謎解きになっている。パスワードを発見するとファイルが開かれる仕組みになっている。最初に気付いたのはエミリーで、その後エミリーを取り巻く家族は次々と謎を解くことに夢中になっていく・・・。死んだおじいちゃんがエミリーへ伝えたかったことは、自分の子どもたちへのメッセージでもある。それにしても凄いやり方で。<世代を越えて、こころに刻まれる物語> 多くの人に読んで欲しい本です。ハリーの人生の新たな面を知ることから、自分自身の人生を知る。そして、読む者の人生を考えることにもつながる。

 著者の亡くなった祖父が家族に遺した詩集をヒントにこの作品の執筆を思い立ち、自費出版する。口コミでひろまってたちまちユタ州のベストセラーになり、2002年全国発売された。第49回青少年読書感想文全国コンクール課題図書でもある。

11月21日(金)  「少女の髪どめ」  ( マジッド・マジディ 監督 )

kamidome.jpg (8650 バイト)  イランの巨匠マジッド・マジディが綴る限りなき無償に愛の物語。冬のテヘラン、17歳の少年ラティフの働く建築現場に、怪我をして働けない父の代わりとして少年ラーマトが現れる。小柄で力のないラーマト。ラティフは自分のお茶くみの仕事をとられて腹を立てるが、実はラーマトは女の子だった。「恋で心が変わってゆく。性格も変わってゆく。そのためにははじめはごく普通の少年でないといけないと思います。それが恋で自分のすべてを相手に捧げるような子に成長していく。映画の終わりになるとこの子が本当に聖なる人のように見えてくる。イランの詩人の詩にはそういうものがあります」(監督インタビューから)

 アフガン難民というと、01年9月11日のアメリカでの同時多発テロ事件の後、その報復のために、アメリカ軍を中心とした多国籍軍が、アフガニスタンに侵攻した時、国外に避難した人々と考えていたのですが、この作品は、00年に撮影されている。実は9.11事件より27年も前の、1973年から始まっているという。

 「山の郵便配達」「おばあちゃんの家」や、ジャリリ監督の「少年と砂漠のカフェ」、マジット・マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」等々の、黙々と歩き、ひたすら駆ける人物の高貴さが、観るものを圧倒する!

11月20日(木) 「ワシントン・スクエア」 ( ヘンリー・ジェイムズ著 キネマ旬報社 )

 この小説は、自分が聞いたイギリス社交界の一ゴシップをヒントにして、舞台を40年前のニューヨークにして書かれた。素直で正直な性質がとりえで、器量も決してよいとは言えない娘に、財産目当てのハンサムな求婚者が接近し、男の本心を見抜いた父親が二人の結婚を断じて許さないという話の展開は、バルザックの「ウジェニー・グランデ」との類似も指摘されてきた。ジェイムズならではの人物描写は、説得力のある強い印象を残します。やがて父親も亡くなって、叔母と二人の静かな年月が流れたころ、中年になったかつての婚約者モリスが訪ねてくる。物語の終幕のこの場面で、主人公キャサリンがそれまでの経験を経ていかに変貌を遂げたかを示します。純真なアメリカ娘が、心の冷たい人物の犠牲になるという筋立ては、同時期に発表された「ある婦人の肖像」とも共通してる。こちらも読んで映画も見てみたい。

 1949年に「女相続人」で映画化された。ビデオになって見つけることが出来ました。劇の脚本をもとにしたシナリオのため、原作とは細部に違いがある。モリスの裏切りが決定的になるくだりと、最期の訪問の部分はかなりドラマティックに脚色されているという。

11月16日(日)  「ホワイト・オランダー」  ( ピーター・コズミンスキー 監督 )

whiteoran.jpg (6797 バイト)  若手新進女優アリソン・ローマンが、豪華ベテラン女優人と共演して話題を呼んだ作品。アーティストの母を持つ15歳の少女アストリッドは幸せな日々を過ごしていたが、母(ミシェル・ファイファー)が恋人を殺害し終身刑を言い渡されたため里親の元に送られる。里親にロビン・ライト・ペンとレニー・ゼルウィガーが出ている。一癖もふた癖もある里親たち。酷薄で残忍な社会を垣間見、偽善と欺瞞のなかで、人間の醜い素顔や、彼女は慕っていた母の中にも、別の顔があることに気づく。そして自分の中にも別の顔が……。ホワイト・オランダーとは、白い夾竹桃(きょうちくとう)のこと。華麗で美しく、強い毒素を持つこの花は、イングリッドそのものを現している。「夾竹桃には毒があるのに、どうして庭先に植えるのか」なる台詞もあった! 「あなたの愛が、私を壊す」っていうサブタイトルにドキッ!  

11月16日(日)  「小さな中国のお針子」  ( ダー・シージエ 監督 )

sohariko.jpg (4628 バイト)  4月に読んだ原作「バルザックと小さな中国のお針子」(早川書房刊)は、フランスで映画製作を学んだ中国出身の監督ダー・シージエの自伝的小説。フランスで40万部のベストセラーになった。ブルジョア家庭に育ったマーとルオは、文化大革命時<再教育>と称して僻地に送られる。そこで、”お針子”と呼ばれる美しい娘に出会う。積極的なルオは、お針子を自分好みに変えようと外国小説(バルザック)を読み聞かせる。奥手のマーはそんな二人を見守るしかなかったが・・・

 素晴らしい自然の風景がいい。時が経ち、そんな村もダム建設で消滅する。ラストの現在と過去が水で溶け合う幻想的なシーンが印象的である。<問題点は三つ。中国のイメージが暗い。村長が愚鈍すぎる。西洋文学がお針子を目覚めさせたのはおかしい>?! 中国ではまだ上映許可が下りてないという。

11月16日(日) 「顔のない男」 ( イザベル・ホランド著 冨山房 )

 物語の主人公チャールズ・ノースタッドは14歳、ニューヨークにアパートで母、姉、妹と暮らしている。姉も妹も父親が違う。彼は、一家の別荘のある海辺の村で、一人の男に出会う。その男は自動車事故で顔に大火傷を負い、<顔のない男>と呼ばれ人目を避けるように暮らしていた。男の名前は、ジャスティン・マクラウド。物語はハッピーエンドではないが、二人の出会いは一夏の短いものであるにもかかわらず少年はこれからも力強く生きていく力を得ます。72年に出版されたこの小説は、<同性愛の芽生えを繊細なタッチで描いた物語として大きな反響を呼んだ>そうですが、メル・ギブソン監督・主演の映画をみてもそんな内容には思えない!

<金色の繭につつまれていた十四歳の夏の日々・・・ ぼくは本当の友だちと出会い愛をおそれずに生きていくことを知った>

11月13日(木) 「くたばれ!ハリウッド」 ( ロバート・エヴァンズ著 文春文庫 )

 著者は1930年、ニューヨーク生まれ。57年、「千の顔を持つ男」で銀幕デビュー。「陽はまた昇る」などに出演するも大成せず、66年、パラマウント社の製作責任者となり、「ローズマリーの赤ちゃん」「ある愛の詩」「ゴッドファーザー」ほかの話題作で一世を風靡する。その成功と、そののちの転落の詳細がこの本に書かれている。苦しい4年の年月をかけてみずから執筆した。最初はゴーストライターがついたが、イェール大学出のインテリに「世間をとらえることはできないと思ったので自分で書き出したという。

 50年代から90年代までの映画史を生の体験として語っている。「笑って泣いて一晩で読んでしまったわ。小説みたいだけど、全部本当にあったことよ」(フェイ・ダナウェイ) 「ある愛の詩」をめぐる話が興味深く懐かしかった。著者ロバート・エヴァンズの妻は、主演のアリ・マグロー。その後、「ゲッタウェイ」に共演したスティーヴ・マックイーンに惹かれ別れる。映画界の内幕話も懐かしく、痛快であった!

11月5日(水)  「センセイの鞄」  (  久世光彦 演出 ) WOWWOWドラマ 再

平成15年日本民間放送連盟賞番組部門テレビドラマ番組の最優秀賞を受賞した話題作。本は読んでいたのですが、こんな時間帯(午後8時)に再放送が見れるとは驚き。37歳のOL・大町月子(小泉今日子)はある夜行きつけの居酒屋で、高校時代の国語教師「センセイ」(柄本明)と偶然出会う。たびたび顔を合わせるうちに、初めは高校時代の恩師でしかなかった「センセイ」への気持ちが月子のなかで次第に変化していく・・・。

10月27日(月)  「奇跡の歌」  ( マーティン・デイヴィッドソン 監督 )

 妻に先立たれやもめ暮らしのヴィンス。今はバーテンをしたり、結婚式での演奏をしたりして生活しているが、かつては一世を風靡したドゥーワップ・グループ「ヴィニー&ザ・ドリーマーズ」のリードボーカルとして栄光を極めた時もあった。3人の子供と2人の孫に囲まれてそれなりに平和な暮らしだが、心の中では何か物足りなさを抱えていた。次男のアンソニーは自分と同じくミュージシャンの道を歩もうとしているが、警察官をしている長男のトミーは父親の挫折を見てきているだけに弟の事が心配だ。ある日、白血病で入院中の娘・ティナの見舞いに行ったヴィンスはそこで看護婦のジョアンに出会ったことで、自分の本当の気持ちと少しずつ向き合うようになってゆく…。過去の栄光を引きずって地方のドサまわりをするよりも家族を養うために引退を決意した一人の男の挫折と再生を、家族の絆・友情・男女の愛を絡ませながら爽やかに描く。特に同じミュージシャンを目指す息子とのエピソードは心が温まる。 

10月26日(日)  「メルシィ!人生」  ( フランシス・ヴェベール 監督 )

 ゴムのメーカーに勤めて二十年、実直だけが取柄のダニエル・オートゥイユが、クビにされるという話を聞いてしまう。言ったのは、地声も身体もデカい体育系人事部長のジェラール・ドパルデュー。オートゥイユがバルコニーから身投げしようとすると、隣室から「やめてくれ。下の車はわしのだ」。声の主は、今日越してきたばかりの老人ミシェル・オーモン。冴えない男たちの起死回生を描いたヒューマン・コメディ。監督・脚本のフランシス・ヴェベールは、ビリー・ワイルダーの遺作「新・おかしな二人 バディ・バディ」の原作者。ヨーロッパ人ワイルダーのセンスに感応するプロットを編み出す、今や数少ない作家だそうです。そんな構想、趣向のある映画を見るといい気分になる。それにしてもジェラール・ドパルデューの役どころが意外でした。

10月15日(水) 「うちへ帰ろう」 ( デヴィッド・リー・ウィルソン著 WAVE出版 )

   3人の娘を持つアンとリーのトーマス夫婦に4人目の子ども、ダニエルが生まれた。その6年後、彼らは離婚した。父親は息子を、母親は3人の娘を引き取って・・・。それから20年の歳月が流れた。映画「うちへ帰ろう」の脚本を書き、末弟を演じたデヴィッド・リー・ウィルソンが書いたノベライズ! 本は、章ごとの桜井ユカのイラストと映画のワンシーンが載っている。<家族の再生>が40年間にわたる激動の中で語られます。原題は「The Autumn Heart」 1999年サンダンス映画祭で、このタイトルについて次のように述べている。

 <母なる自然、父なる季節には4人の子どもたちがいます。冬、春、夏、そして最期の季節が秋 ー 秋は過去に失ったものを悼む季節だとされています。私たちの社会では、後ろを振り返ったり、後悔するのはよくないこととされています。でも私はそうは思いません。過去を振り返ることによって、私たちは過ちを学ぶことができます。運がよければ出発地点に戻ってやり直すこともできるかもしれません>

10月14日(火) 「無名」 ( 沢木耕太郎著 幻冬社 )

 作者自身が、その父の最期を看取る様子を描いた<私小説>。こういう形で取り上げなければ<無名>で終わった人生が、自らも知らない一面もあり、無数の記憶によって甦らせようとした作品。沢木耕太郎の小説は、みんなノンフィクションの延長上にある!? 自分がやって来た仕事や父の自慢をまとめたような作品になってると感じる私は偏見の持ち主! 彼の小説で好きな作品は「檀」です。

 「私小説」に限りなく近いところだった? に対し、「ぼくの本を読んできてくれた人はびっくりしたり、ひょっとすると、がっかりしたりされたかもしれない。ただ、ノンフィクションの方法論を突き詰めていく作業の中で到達したのがここだったんです。何ともアイロニカルな感じですが」 ( 朝日新聞 11月6日 探求 )

10月13日(月) 「名もなきアフリカの地で」 ( シュテファニー・ツワイク著 愛育社 )

 <ナチスの迫害を逃れ、辿りついたのは異国の大地。少女はすべてを愛し、受け入れた。母は、褐色の人々の知恵を知った。そして父は遠い祖国に思いを馳せた。壮大なアフリカの大地を舞台に少女の成長と家族の心の軌跡を描いた真実の物語>(本の帯から) 

 舞台は東アフリカ、ケニア。ナチスに迫害されて第二次世界大戦の前にドイツを脱出したユダヤ人家族の物語。先にアフリカでの暮らしを始める母子、ドイツとアフリカからの手紙のやりとりから小説は始まる。弁護士ヴァルター・レドリッヒは、別世界ともいえるアフリカの地で、妻と五歳の娘とともに新しい人生を始めようと決心する。失った地位や財産のこと、ドイツに残してきた家族や友人の身を案じ、心休むこともない。難民として、イギリスの軍隊に入ったりする。イギリス国籍を得る者もいる中、ドイツに帰って判事になることを考える。五歳のレギーナは、アフリカの大自然と現地の人々の素朴なあたたかさに囲まれてのびのびと育っていく。映画化はその辺が中心なのでしょうか! 続編「Iregendwo in Deutshland」もベストセラーとなり、その映画化もされるという。民族苦悩の時代が鮮やかに描かれています。

10月9日(木)  「草ぶきの学校」  ( シュイ・コン 監督 )

 文化大革命以前の1962年、豊かな自然に囲まれた農村で、少年サンサンは父が校長をする草ぶき屋根の小さな学校に通っていた。そんなある日、隣村からジーユエという名のワケアリな女の子がやって来て・・・。ジーユエは実の姉ではないか、ジーユエを思うサンサンの心模様に40年経った日から思い起こす。中国でベストセラーとなった小説を丹念に映画化した作品です。

10月4日(土)  「スパイダー」 少年は蜘蛛にキスをする ( デイビッド・クローネンバーグ 監督 )

  長年心療施設にいた一人の男クレッグが退院し、ロンドンの宿泊施設にやって来る。そわそわしながらもノートに何か重要なことを書き綴る日々。やがて彼は少年時代を回想し、いとしい母とタフな父の間に起こったある悲劇を思い返すのだった・・・。自ら主演を希望したというレイフ・ファインズの存在感が素晴らしい! 原作・脚本のパトリック・マグラーは、犯罪精神心療内科病院の院長の父を持ち、幼い頃から患者と接してきたそうだ。シナリオは自らの小説を<映画>を意識してかなり大胆に再構成したしたもの。監督も小説の「スパイダー」を読んだのはずっと後のことだという。サイコ・サスペンスではなく、物語の鍵はすべて主人公の頭の中(妄想と記憶)にあり、そこで生まれて展開する。原作もクローネンバーグの他の作品も気になる。(「裸のランチ」「イグジステンス」など)

10月4日(土)  「過去のない男」 ( アキ・カウリスマキ 監督 )

 ヘルシンキに流れ着いた男は、暴漢に襲われ一命は取り止めるものの過去の記憶をすべて失ってしまう。絶望の淵の中、救世軍の女性と運命的な出会いをする。「浮き雲」に始まる三部作の二作目にあたる作品だそうで(「パラダイスの夕暮れ」、「真夜中の虹、「マッチ工場の少女」からなる”敗者三部作”もある)、2002年カンヌ映画祭でグランプリおよび主演女優賞に輝いた。

 人生の苦渋と希望を見事に描いた傑作。カティ・オウティネン(主演女優賞)が監督を語った内容に頷いてしまうし、他の作品も観てみい!  「カウリスマキは、監督というよりも作家のようなものだと思っています。彼は、人間とは何なのかを考え、その謎を解こうとしています。これまで彼の映画に何本も出演してきましたが、彼が年をとるにつれて人間に対する理解も深くなり、映画の持つ意味もどんどん深くなっているように思います」(<作家が生み出す芸術の形>キネマ旬報1376から) 角田光代はこの作品をもとに「銀の鍵」という作品を書いてます。

10月1日(水)  「裸足の1500マイル」 ( フィリップ・ノイス 監督 )

 1931年のオーストラリア、先住民アボリジニの混血児を家族から隔離し白人社会に適応させようとした政策があった。このため強制的に宿舎へ収容されていた3人の少女は、母の待つ故郷を目指す2400キロの旅に出る。少女たちの思いを綴ったノンフィクション小説の映画化。

 アボリジニ追跡人から逃れて2400キロ辿った感じが伝わってこない! 生きて砂漠を越えたのも不思議だ。原作があるなら読んでみたい。実話の映画化も伝わってくるものがないのは監督自身の力量不足か!? ウェエルナー・ヘルツォークの「緑のアリが夢見るところ」(=監督自身の南半球への思いが投影された力作)やニコラス・ローグの「美しい冒険旅行」(=原作はジェームズ・バンス・マーシャル)は、いずれもアボリジニと出逢う白人のカルチャー・ショックを扱ってる作品だそうで気になりました。

9月21日(日) 「アスパンの恋文」 ( ヘンリー・ジェイムズ著 岩波文庫 )

  ジェイムズは人から聞いた話や噂話を自分の創作の芽として活用することが多い。この作品も次のようなエピソードがある。「アメリカ人の船長で、芸術愛好家で、とくにシェリーを崇拝してやまない中年の人物に関するもの。このシルズビーという船長は、バイロンの元愛人でシェリーの義妹にあたるクレア・クレアモントが高齢ながら、フローレンスで姪と一緒に住んでいて、シェリーとバイロンの遺稿を所有しているらしいのを知る。クレアモントはバイロンとの間にアレグラという娘を生んでいる。シルズビーは遺文を入手しようとして下宿人となる。まもなくクレアモントは亡くなり、残された姪から遺文と交換に結婚を迫られた逃げ出したという。」

 精緻な心理描写があって、ジェイムズの才能が遺憾なく発揮された文学活動の第二期の作品。アメリカの大詩人アスパンが恋人だったミス・ボルドローに送った恋文を入手するため、ヴェニスを訪れる。姪のミス・ティータとひっそり住んでいる彼女の館の下宿人となり、その機会を伺う「わたし」の前に・・・。読み出したら、先が気になってしかたない作品はジェイムズには珍しい。予想もつかぬ形で挫折するまでの物語がすべて自分で考えた内容なら良かったのに・・・。

9月20日(土)  「ぼくの神さま」 ( ユレク・ボガエヴィッチ 監督 )

 第二次大戦下、ナチスのユダヤ人狩りを逃れるために、ポーランドの小さな村に来た少年の友情と成長を、時に暖かく、時に切なく描いた作品。「一見、牧歌的でメルヘンチックなのに、なんと悲痛な映画だ。子供は残酷で無軌道。大人は無理解で身勝手、おまけに時代は末期的・・・」(西脇英夫) 事実に基づいた作品であるとはいえ、キリストごっこをしているうちにそのゲームから抜け出ないままキリストと同化してしまうポーランドの少年の行動は理解に苦しむ! 「バテニョールおじさん」と好対照な作品である。

9月20日(土)  「点子ちゃんとアントン」 ( カロリーヌ・リンク 監督 )

 「ふたりのロッテ」や「飛ぶ教室」で有名なエーリッヒ・ケストナーの初期の作品の映画化。生まれた時あんまり小さくてコンマかピリオドみたい、と両親が<句読点ちゃん>と呼び、高橋健二が<点子ちゃん>と名訳したもの。72年前の作品のためか、今ではちょっと問題の描写や展開もある。カロリーヌ・リンクのリフォームぶりが見どころ!?原作は世界的な不況時代を背景に貧富の差の大きさを描いてます。点子は原作以上に元気で行動的な少女になっていて、彼女のストリートパフォーマンス場面は圧巻。点子の心を支える家政婦の泥棒退治場面が楽しい。その家政婦が時間を間違えて、見る予定だった映画のタイトルが「飛ぶ教室」だった!。二組の家族の心が通い合い、ひとつに解け合うラストが何とも言えない心地になる。カロリーヌ・リンク監督の「ビヨンド・サイレンス」も印象的な作品でした。3作目の「名もなきアフリカの地で」がビデオになるのを楽しみにします!

9月15日(月) 「ねじの回転」 ( ヘンリー・ジェイムズ著 岩波文庫 )

  解釈をめぐって議論百出の感のある、謎に満ちた幽霊譚。幅広い読み方を可能にしている作品。クイントとミス・ジェスルの生前の関係を、何らかの形でマイルズとフローラに影響を及ぼす?! それらを追究する女家庭教師とミセス・グロウス。<幽霊出現>がどう捉えて良いのか分からない。子供たちにとってはトラウマ? 何をどう解釈しようにも矛盾してしまう! マイルズが悪魔から解放される最後の死の場面の不明です。次の展開が気になって、先を急がせる進め方は惹きつけるものがある。

 この文庫本の表紙にはヴィクトリア朝を代表する画家のレイトン卿の描いた若く美しい娘「ドロシー」があります(左)。デイジー(・ミラー)とこの作品の女家庭教師(二十歳前後)、さらにフローラ(八歳)の雰囲気を持った女性との想いがあってのこと。しばし、眺めていましたが・・・

9月15日(月)  「わすれな歌」 ( ペンエーグ・ラッタナルアーン 監督 )

 タイの新鋭監督が描く恋愛ドラマ。のどかな町で暮らす歌が大好きなペンは、村一番の美女サダウに夢中。純粋な想いに、サダウもペンに想いを寄せ、ふたりは結婚する。幸せの絶頂のある日、ペンは兵役へと駆り出されることに。しかし、訓練地での歌謡コンテストを機に、サダウと再び暮らすため歌手になることを決意する。そして、その日を境に彼の運命は、思いもよらない方向へと転がり始める・・・。

 タイ風ポップ・ミュージカル的な場面があったりで、多少面食らうところもある。ユーモア抜きの映画は監督には考えられないとのこと。サダウ役の清楚な感じがいい。いろんなことがあってのラストにひと安心!

9月15日(月)  「ガタカ」 ガタカ=劇中に登場する企業名 ( アンドリュー・ニコル 監督 )

 遺伝子が全てを決定する未来社会を舞台に人間の尊厳を問うサスペンスタッチのSFドラマ。多くの親たちは劣性遺伝子を排除して胎児を遺伝子レベルでデザインして出産するのが普通であった。ヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク)はそのようなデザインされず自然の形で生まれたが、心臓が弱く30歳までしか生きられないと推定されていた。両親は二人目の子供をデザインして産むことにした。物心つくころには自分が遺伝子的に「不適正者」(invalid)であることを自覚する。ある時、弟アントンに負けてばかりだった遠泳で勝ったことから遺伝子の宿命に抗うことを決意し家を出る・・・。宇宙飛行士を夢見るヴィンセントはDNAブローカーに、事故で将来への道を閉ざされた「適正者」ユージーン(ジュード・ロウ)を紹介してもらう。タイタン探査船打ち上げを目前にして、ガタカ内部で発生したひとつの事件が、ヴィンセントを窮地に陥れる・・・。ヴィンセントとユージーンの契約、適正者には感じられない人間味に惹かれる女性局員アイリーン(ユマ・サーマン)、ヴィンセントと捜査官になっていたアントンとの関係など、本作がデビュー作の監督(=脚本)の手腕がひかる作品である。アラン・アーキンなる俳優が出てると資料に書かれていたが分からなかった。この作品の30年前に公開された「愛すれど心さびしく」が印象に残ってますが。

9月6日(土) 「デイジー・ミラー」 ( ヘンリー・ジェイムズ著 岩波文庫 )

  ジェイムズはこの中編の執筆以後、多くのアメリカ娘を描いた。「ある婦人の肖像」のイザベル、「鳩の翼」のミリー、「金色の盃」のマギーなど。あとの2作品は映画を見て、原作も読んでいて、内面の葛藤などが充分伝わってきます。訳者である行方昭夫氏が解説で興味深いことを書いてあるので紹介する。<デイジーを形容するのに「イノセント」であり、「ソフィスティケイテッド」でないと作者は述べている。これらの語はいずれも両面価値のある言葉である。つまりプラス面とマイナス面があり、前者は「潔白」「無垢」とも取れるが「無知」「無責任」とも解しうる。後者は、「経験豊か」「洗練された」とも取れるが「世間ずれした」「不純な」とも解しうる・・・>読み手としては、青年ウィンターボーンの視点で捉えるしかない。ウィンターボーンがジョバネリとデイジーを如何に捉えていたかだ。<ぼくは過ちを犯す運命だったのです。外国生活が長すぎましたから>(ウィンターボーン)、<あなたが誤解したからといって、あの女にどういう影響があったというの?>(コステロ婦人)

             8月30日(土)  「アイリス」 (   リチャード・エア 監督 )

   <イギリスで最も聡明な女性>と称される小説家で哲学者のアイリス・マードック。道徳哲学を内包した小説は、不思議な人達を扱ったものが多い!?昔、「鐘」(丸谷才一訳)と「イタリアの女」(中川敏訳)=集英社を読んだ印象です。56年に大学講師ジョン・ベイリーと結婚(オックスフォード大学で出会う、彼女に一目惚れしたジョンの純粋さに惹かれた)、97年にアルツハイマー病と診断され、99年に80歳の<幸福な>生涯を閉じた。どんどん物忘れがひどくなっていくアイリスに、混乱しながらも心暖かく接するジョンの姿が心打つ。若き日の二人(ケイト・ウィンスレットとヒュー・ボナバル)の回想シーンもいいが、ジュディ・デンチとジム・ブロードベントの演技は最高です。2002年アカデミー賞助演男優賞、英国アカデミー賞主演女優賞、ゴールデン・グローブ賞助演男優賞ほか受賞している。「私はアイリス・マードックの伝記映画を作りたいと思ったわけじゃない。この題材を選んだのは、どんな苦難でも乗り越えられる愛があることを描きたかったから。アルツハイマー病は、愛を貫くためのひとつの障害にすぎない。私は愛が描きたかった」(監督)

8月29日(水)  「バティニョールおじさん」 ( ジェラール・ジュニョ 監督 )

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  フランスの個性派俳優ジェラール・ジュニョが監督・主演(脚本も共同)した人間ドラマ。第二次世界大戦中、ドイツ軍下のパリ。肉屋を営む平凡な男バティニョールは、ひょんなことから独り逃げ出してきたユダヤ人の少年シモンを自宅にかくまうことになる。そして、シモンの幼いいとこであるサラとギラも合流する。身の危険を感じた彼は、密告しようとした娘婿を殺害し自分の手で3人をスイスに逃がすことにする・・・。このシーンは血なまぐさい場面もなくすすめた点は巧い。チェコの映画「この素晴らしき世界」もそうだが、人々の本性を、よりリアルに、しかもユーモアもからめて描いて秀逸である。ラスト、子供たちだけを自由な世界へ放とうとしたが、決心を変え自分も一緒に国境を越えるところは、バティニョールの心が伝わってくる。

8月29日(金) 「火車」 ( 宮部みゆき著 新潮文庫 )

  「休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りをけして・・・。いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた」(表紙の裏から) 山本周五郎賞に輝いた傑作。野球場の照明灯が外を向いている!の謎がわかったときはおもわず頷いた。<私は「50冊のフィクション」を選んで解説した『戦後を読む』(岩波新書)に『火車』を挙げ、「自分の過去を消し、他人になろうとしてなりきれなかった女たちを描いて、この小説は哀切である」と書いた。そして、「ローン地獄に落ちる人など、自分とは無縁だと思っている人でも、『火車』を読めば、きっと、そうした人を身近に感じるだろう。そして、現代の日本にパックリと口をあけている、その地獄の淵の深さに戦慄するに違いない」と結んだ。>(佐高信の解説)

8月24日(日) 「模倣犯」 ( 宮部みゆき著 小学館 )

  現代的な社会問題を盛り込んだ一級のミステリー小説。被害者の遺族にも丁寧なスポットを当てたヒューマンな群像大作。一日6時間ほどの一週間で読みました。ラスト近くの網川浩一と前畑滋子の<本のタイトルがらみの>対決場面に思わずうなってしまった。そ読み応えのある作品であるが、こういう本は疲れる。映画化された作品は、原作をかなり改変してるという。連続殺人事件の主犯の網川浩一と、孫娘を絞殺された豆腐屋の主人・有馬義男の対決に焦点をあててるという。原作を読んで映画を見たいとは思わない?!

8月20日(水)  「ウォーク・トゥ・リメンバー」 ( アダム・シャンクマン 監督 )

  注目のマルチ・アーティスト、マンディ・ムーアが主演する感動のラヴストーリー。学校の人気者だが将来に希望がもてない無軌道な少年ランドンと、新興の篤い地味な娘ジェイミーは不思議と惹かれ合っていた。しかし、二人の愛が確認された時、ジェイミーは不治の病に・・・。「メッセージ・イン・ア・ボトル」のニコラス・スパークスの第三作目の映画化です。本の原題は同じですが、訳本のタイトルは「奇跡を信じて」(アカデミー出版)。<はじめは笑ってもらえるでしょう。でも、断っておきます。泣いても知りませんから・・・>と帯にあった。暗い感じの本に比べて映画の方はきれいな感じがした! ”その年、十七歳の春に、わたしの一生は決まった。あれから四十年経ったいま、ビューフォートの町を歩きながら過去をふり返る・・

8月19日(火)  「抱擁」 ( ニール・ラビュート 監督 )

 原作はA・S・バイアットのブッカー賞を受賞した大作。愛妻家として知られるヴィクトリア朝詩人ランドルフ・ヘンリー・アッシュが、実はレズビアンの詩人クリスタベル・ラモットと不倫をしていた・・・。この文学史を書き換える事実を探り当てたアッシュの研究家ローランドは、ラモットの研究家で彼女と血の繋がったモードの応援を得て、禁断の恋の後を追う。原作を先に読んでいたので登場人物や時代背景など視点を変えて見てみることにした。二つの時代、二つのカップルを描いていきますが、女性二人の違いが目に付く。良妻賢母主義のヴィクトリア朝時代にあって2つのタブーを破るクリスタベルと、傷つくことを恐れ愛を受け入れられない現代女性モード。悪女に見えないクリスタベル役のジェニファー・エールも、現代女性の惑いを抑えた演技で表現したグィネス・パルトロウも良かった(ともに好きな女優!)。 バイアットはロマン主義を現代に復活させようとしたのに対し、ラビュートは若い女性の成長物語として捉えた

8月16日(土) 「理由」 ( 宮部みゆき著 朝日文庫 )

  「東京都荒川区の超高層マンションで起きた凄惨な殺人事件。殺されたのは<誰>で<誰>が殺人者だったのか。そもそも事件はなぜ起こったのか。事件の前には何があり、後には何が残ったのか。ノンフィクションの手法を使って心の闇を抉る宮部みゆきの最高傑作」(裏表紙)   140万人の読者の心をうった大ベストセラーで直木賞受賞作。解説で重松清曰く、「本作を読みながら、安部公房の『燃えつきた地図』のことを考えていた。1967年9月に書き下ろされた長編小説で、執筆時とほぼ重なるはずの同年2月の郊外の団地を舞台にした作品で、モチィーフのある部分を共有している。」 昔読んだので良く覚えてないがこちらも読み直してみようかな?!

8月14日(木)  「めぐり逢う大地」 ( マイケル・ウィンターボトム 監督 )

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  英国の鬼才マイケル・ウィンターボトムが文豪トマス・ハーディの小説(「カスターブリッジの市長」)を大胆なスタイルで映画化した作品。19世紀、カリフォルニア州のキングダム・カム。この町の全てを所有し支配するディロンの元に、貧しい母娘が現れる。それは、かつてディロンが金の所有権との交換で捨てた妻と子供だった・・・。マイケル・ウィンターボトムは同じハーディ作の「日陰のふたり」(原題「日陰者ジュード」)を映画化している。ちょっとした人生の綾と宿命的な出会いなどが暗い雰囲気の中で人間ドラマが展開される。妻役のナスターシャ・キンスキー(同じハーディー作の「テス」に出ていた)やディロンの情婦役のミラ・ジョヴォヴィッチが気になった。そして若い二人(ディロンの娘のホープと測量技師のダルグリッシュ)の恋の行方も気になった。2001年ベルリン国際映画祭ベリルナーレ・カメラ賞、ヴァリャドリッド国際映画際撮影賞に輝く。そういえば、ラスト近くのディロンが過去の贖罪として、自分の持ち家を焼き尽くすシーンは迫力があった。

8月11日(月)  「マーサのしあわせレシピ」 ( サンドラ・ネットルベック 監督)

masaresipi.jpg (7953 バイト)  ドイツの新進女流監督が描くロマンティック・ラブ・ストーリー。フランス料理店で一流シェフとして働くマーサは、素直になれない生真面目な女性。急死した姉の娘リナやイタリア人シェフであるマリオの出現が、彼女のかたくなな心を開いていく。監督のサンドラ・ネットルベックは、男社会のフランス料理界で苦労した、シェフである自分の姉の体験をマーサのモデルにしたといいます。マーサの<暗く寒いドイツ>とマリオの<>輝く太陽のイタリア>の対比が印象的。マーサはアン・リー監督の「恋人たちの食卓」に登場するチュと同じように、料理を極めることに逃避している?! 話の設定に似ている映画は多いのですが、主演のマルティナ・ゲデックの好演が印象的でした。ラストはハッピーエンドなのですがちょっと冗長的か。

8月11日(月) 「インドシナ」 ( クリスチャン・ド・モンテラ著 二見書房 )

  1930年代を舞台に、二つの<インドシナの夢>の抗争が描かれる。居留民とフランス政府高官との抗争と、忽然と現れた民族独立運動の抗争。また、かなわぬ恋が、諸状況の現実にもみくちゃにされ、歴史の力に屈服させられてしまう恋が描かれる。ゴム農園を所有するフランス人女性エリアーヌは、ベトナム人を養女とし、ベトナムの皇族に嫁がせ、孫らとの静かな余生を夢見ていた。しかし、エリアーヌの愛人であるジャン・バチスト海軍大尉に娘が恋してしまったことから、運命は皮肉な方向に向かっていく。エリアーヌにとっては、彼女のインドシナに対立するものへの戦い、カミーユにとっては新しいインドシナのための戦いも描かれる。’92にカトリーヌ・ドヌーブ主演で映画化されたのですが、図書館で原作を見つけたので借りて読むことにしました。「世の中には離れられないものがある。男と女、山と平野、人間と神々、インドシナとフランス

8月8日(金) 「贖いの地」 ( ガブリエル・コーエン著 新潮文庫 )

  ”息子にも妻にもなじめぬダメ男に共感”と朝日新聞で紹介されていた(6月8日 評者は文芸評論家の北上次郎)。本の帯には<波止場と人々ー痛いほどの絆の物語>、そして<NY産”癒しのミステリー”>とあった。2002年度アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀処女長編賞にノミネートされたが、受賞は逸している。”文学の香りが強い”や”ミステリーというジャンルと文芸の懸け橋となった”、そして”良質な文芸作品がたまたまミステリーだった”は書評子の声。原題のRed Hookは、ブルックリンの北西部、イースト・リヴァーの河口にある波止場地区。レッド・フックで生まれ育った殺人課刑事ジャックは、15年前に妻子と別れ一人暮らしをしている五十男。仕事を終えて家に帰っても、誰もいない部屋で読書するしかなく、その欠落感の中で生活している。他人との接触は面倒だと思いながら、一人暮らしは淋しいという境界線上で過ごしている。中年の淀みと寂寥感をただよわせた男の贖罪、成長、解放が、さまざまな印象深いエピソードまじえながら展開していきます。読み進んでいくうちに、なんとか望ましい関係をきずこうと努力する主人公に<共感>する。23歳の一人息子ベン、父親ほども年のはなれた86歳の老大家ガードナー、ジャックが一目惚れするミシェルなどわきをかためる人々も味わい深い。おかげでジャックの自らの解放にむかいます。ストーリーも読後感もいい。

  「旅情」 (  監督 )

 「少林サッカー」 (  監督 )

8月2日(土) 「あのころ、私たちはおとなだった」 ( アン・タイラー著 文春文庫 )

  貸し会場業(オープン・アームズ)を経営し、大家族のまとめ役として日々奮闘するレベッカは、中年になった今、自分は間違った人生を歩んできたのではないかと思い始める。かつていた地点に戻ったらやり直せるかもしれない、と19歳のときにふった元恋人に電話をしてみるが・・・ 「むかし、あるところに、自分の思っていたのとは全然違う人間になってしまったと気づいた女がいました。そのとき女は53歳。すでに孫までいる身でした。・・・同世代の人たちなら、もう変えるには遅すぎると言うでしょう。過ぎてしまったことは元には戻らない、こんな歳になって物事を変えようとしてもむだだ、と。レベカも、そう言おうと思わなかったわけではありません。でも、言いませんでした。」 こんな書き出しで始まります。 「読み終えたときには、草原で風に吹かれているような、広々とした安息に包まれる。アン・タイラーの最大の特徴は包容力(オープン・アームズ)だ。物語というものは昔から、主人公の成長ないしは救済を目指すものだ。けれど、さりげないのにここまで圧倒的な包容力で読者を包む小説はそうはない。」(解説 平 安寿子 より) 全く同感です。レベッカの義理の叔父であるポピー(99歳)の存在が印象的です。<いいか、現実をちゃんと見ろ。ほんとうの人生なんてもんはない。ほんとうの人生とは、どんなものであろうと、結局はおまえが生きた人生のことなんだよ。自分の持てるもので精いっぱいやることだ。>

7月23日(水) 「めぐりあう時間たち」 ( マイケル・カニンガム著 集英社 )

 本を読み終えたもののすっきりしない。「ダロウェイ夫人」(ヴァージニア・ウルフ作)や映画で主演したヴァネッサ(・レッドグレイブ)の名前が混乱の原因か? 異なる時代を生きる三人の「時間」はいつしか運命的に絡み合い、本流のように予想もつかぬ結末へ… 本を読んでる限りでは伝わってこない! 映画化された作品をみたいです!

7月21日(月)  「イン・ザ・ベッドルーム」 (  トッド・フィールド 監督 )

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  ファウラー夫妻は、メイン州の小さな町に住む開業医で、妻は合唱隊の指導教師をしている。一人息子も大学生で、ごく平凡で穏やかな家族。夏休みの平和な昼下がりに事件が起こる。近所に住む若妻には二人の子供がいるが夫婦仲が悪く、暴力をふるう夫は家を空けてばかりいる。親しくしていた若妻と学生のいる家に、夫が帰ってきて妻の虐待をはじめ、止めようとした時に、夫の持っていた拳銃が暴発して学生は即死する。妻がその瞬間を目撃していなかった判明したため、過失致死で5年の刑。しかも、保釈金で拘留を解かれてしまう・・・。父親役のトム・ウィルキンソンは善良で実直な初老の医師を、妻役のシシー・スペイセクはアメリカ人の陽気さと強い生活力を演じてる。悩んだ夫妻は、古典的な制裁を行う、しかも穏便に、迅速に、無情に。映画は、二人の悲しみと怒りを冷静に沈着に見つめていく。息子と恋に落ちる若妻を演じたマリサ・トメイもシリアスな演技を見せている(「忘れられない人」の印象が強かったが)。いずれもアカデミー賞主演(夫妻)、助演賞にノミネートされた。アカデミー作品賞など5部門でノミネートされた作品は、「普通の人々」や「息子の部屋」とは違う形で家族の悲しみを描いていた。

7月20日(日)  「普通の人々」 ( ロバート・レッドフォード 監督 )

7月20日(日)  「世界の涯てに」 (  監督 )

7月12日(土)  「オルランド」 ( サリー・ポッター 監督 )

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  バージニア・ウルフのベストセラー小説を女流監督サリー・ポッター(「タンゴ・レッスン」も私にとって印象深い!)が、繊細な演出で映像化した作品。16世紀から400年もの間に渡り、男から女へと生まれ変わりながら生き続ける青年貴族オルランドの、何事にもとらわれない自由奔放な生が描かれる。日本公開時に芸術性を認められ、無修正で登場した主人公の全裸シーンが話題となった。主演のテイルダ・スウィントンが強烈に印象に残る。新作「クローン・オブ・エイダ」も<時空を超えた>物語です。16世紀エリザベス1世の治下、青年貴族オルランドは女王に詩を捧げる。女王はオルランドの若さを愛し、「決して老いてはならぬ」なる条件付きで屋敷を与える。ジェームズ1世の下では、ロシア大使一行の美少女サーシャにひと目惚れするが叶わず昏睡状態に陥る。その後、オレンジ公ウィリアムに申し立てオリエントへ大使として旅立つが敵国との戦いを経験し、ショックのあまり二度目の昏睡に陥る。二日目に目覚めた時、オルランドは女になっていた。
 イギリスに戻り貴婦人として社交界にデビューし、ハリー大公のプロポーズを受けるが断る。「自然よ、私をあなたの花嫁にして」と大地につびぶやくと、一人のアメリカ人の冒険家と恋に落ちる。ヴィクトリア女王の使者が「男子を産まねば財産は没収する」という通達を持ってくるが、身重の体で戦場を逃げまどう。
 時は移り、現代のロンドン。オルランドは出版社に原稿を持ち込む。そして幼い娘をサイドカーに乗せ、百年前に失った屋敷を観光客として訪れ、自分の肖像画を見るのだった。

7月12日(土)  「インド夜想曲」 ( アラン・コルノー 監督 )

  友人の行方を捜しにインドへとやって来たロシニョル(ジャン・ユーグ・アングラード)は、友人が病気にかかっていたことや神智学協会とかかわりがあったことを付きとめ協会に行く。協会には、<私は夜鳴く鳥>なる謎の手紙が残されていた。ボンベイ、マドラス、ゴアとインド各地をさすらう男の魂の紀行を描いた作品。原作はアントニオ・タブッキ。不思議な話である。キーは牧師の次の科白か?「私たちは皆 二つの人生を生きる  子どもの頃夢見た真実の人生を 大人になっても霧の中で夢見続けながら 毎日他の人々と共に偽りの人生を送る 必要不可欠な現実生活を 私たちを死へと導く人生を 皆二つの人生を生きる」

7月8日(土) 「手紙 栞を添えて」 ( 辻邦生・水村美苗著 朝日文庫 )

 「抱擁」を読んでから<往復書簡>がらみで手にしたのがこの本。辻邦生は学生時代から好きな作家で、様々な作品を読んできた。水村美苗は、はじめて知った作家。漱石の未完作品「明暗」の結末を書いた「続 明暗」で芸術選奨新人賞を受賞し、E・ブロンテ「嵐が丘」の現代版である「本格小説」で読売文学賞を受賞した作家。 日本文学も外国文学も読み込んでる二人の文学論。古典文学など読んでみたくなる興味深い話がたくさんある。本棚に置いておくと安心する本です。出てくる作品一覧が載ってるサイトがありました。

7月6日(日)  「エキゾチカ」 ( アトム・エゴヤン監督 )

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  ナイトクラブ<エキゾチカ>に集う人々の人間模様が、サスペンスフルな語り口で描かれる。主要登場人物は、クラブのDJと、その元恋人だったダンサー、彼女を指名する常連の税務調査官、そしてペットショップを経営するゲイの青年。悲しい過去で結ばれた彼らの関係が、映画の進行によってパズルを埋めるように展開する。アトム・エゴヤンの癒しの三部作で見れなかった最初の作品でした。因みに他の2作品は「スウィート・ヒアアフター」(原作はラッセル・バンクスの『この世を離れて』早川書房)と「フェリシアの旅」(原作はウィリアム・トレバー)です。

7月5日(土)  「ダーク・ブルー」 ( ヤン・スヴィエラータ 監督 )

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  第二次世界大戦下、英国空軍に入隊したチェコ人パイロットたちの運命を描いた感動作。中年男フランタと青年カレルは、年齢差を超えた友情で結ばれる。そんなある日、戦闘中にカレルが墜落。彼を助けたのは、夫が戦地で行方不明中の英国人女性スーザンだった。その夜、2人は関係を持ち、カレルは彼女を愛してしまう。しかし、彼女は彼に冷たく、代わりに愛したのはフランタだった・・・。このフランタとカレルの友情と反発が物語を動かしていく。「ナチスを追い払い、ソ連によって解放されたチェコに、社会主義政権が樹立される。すると、勇躍、祖国に帰った元連合軍のパイロットたちは逮捕されてしまう。社会主義政権にとって、西の空気を吸ったパイロットなどというのは、政治的にも軍事的にも最も危険な分子だったのだ。つまり、ヤン・スヴィエラータ監督は、彼の映画の主人公に、やがて<引き裂かれる>ことになる存在を据えることによって、二重三重にヒロイックで悲劇的な戦争映画を作ることができた」(沢木耕太郎 朝日14.11.12) 2001年にチェコで大ヒットを記録した映画のラストが切ない。スーザン役のタラ・フィッツジェラルドのイメージが変わった。大人の女性を演じられるようになった!(「ウェールズの山」や「ブラス!」の役どころからはほど遠い)

7月5日(土) 「ゲド戦記X」 アースシーの風 ( ル・グウィン著 岩波書店 )

 テハヌーの正体をあかし、竜と人間の古くからの歴史や因縁が明らかになります。「あなた方はたしかにこの陸地を所有し、海を所有している。でも、わたしたちは太陽の光、その炎のような輝きそのもの。あなた方は鳥を持ちたいと願った。あなた方は物をつくって、手元に置きたいと願った。あなた方は自分たちの分け前に不満を覚えるようになった。物を持ち、そうすることによって生まれる気苦労を自分で買っておきながら、一方では、私たちが手にした自由までも欲しいと思うようになった。」 異文化の共存というテーマも語られます。オルフェウスの神話を想起させるいまひとりの主人公ハンノキと妻ユリとの死をこえる愛についても語られます。「ゲド戦記外伝」なり一冊の本がいずれ刊行される。五つの短編とアースシーの解説が収められている。四巻と五巻の橋わたしなる物語が収められて、そこではアイリアンが主人公。

6月29日(日)  「秘密と嘘」 ( マイク・リー監督 ) 

  家族に秘めていた秘密と嘘の間で揺れ動く、心の葛藤と家族愛を描いた感動作。ロンドン近郊の下町のアパートで暮らすシンシア(ブレンダ・ブレッシン)と、父の顔を知らないロクサンヌはふたりきりの親子。だが、シンシアには16歳の時に出産し、顔も見ずに養子に出したもうひとりの子供がいた。ある日、シンシアに自分の娘だと名乗るホーステンから電話があり、対面することになる・・・。カンヌ映画祭パルムドール大賞、B・ブレッシンが主演女優賞を獲得した。国際映画批評家連盟賞も受賞した。新作「人生は、時々晴れ」はこの作品の延長上にあって、リー監督の集大成と呼べる傑作だそうです。そんなことで見た作品でした。ホームパーティのシーンが感動的で良かった。B・ブレシンの演技も最高でした。

6月28日(土)  「モリー先生との火曜日」 ( ミック・ジャクソン 監督 )

  全米でミリオンセラーになったノンフィクション小説を原作をビデオを見る前に読んでいた。不治の病に冒された主人公の姿を通して本当の幸せとは何かを問いかける、故ジャック・レモンの遺作となったヒューマン・ドラマ。衰弱していくが、主人公(ミッチ・アルボム)と会えることを糧とし必死に生きるモリー先生の姿がジャック・レモン本人とだぶり涙が出た。自分の人生をだぶらせた渾身の演技だった。原作も読んでほしいです。(↓4月25日)

6月24日(火) 「ゲド戦記」 最後の書 帰還  ( ル・グウィン著 岩波書店 )

 第三巻が出てから16年の歳月が流れ、「テハヌーが姿をあらわしてくれて、自分はやっと書き出すことが出来た」とあった。第二幕が終わった後のテナーのその後が描かれます。<最後の書>の意味が分からないまま読みました。それにしてもテハヌーは何者なのか、いずれはゲドとテナーのもとから離れていくがどこへなどと疑問が残ります。

6月17日(火)  「アラバマ物語」 ( ロバート・マリガン 監督 )

 グレゴリー・ペック追悼ということでWOWWOWで放送された。ハーバーリーのピュリッツァー賞受賞小説「ものまね鳥を殺すには」を映画化した社会派ドラマ。G:ペックがアカデミー賞主演男優賞をとった作品。1930年代。アラバマ州の田舎町で弁護しの父親と平穏な日々を送るジェムとスカウトの幼い兄弟。だが、父親が裁判で黒人の弁護を引き受けることから・・・。

6月15日(日)  「ロード・トゥ・パーディション」 ( サム・メンデス 監督 )

 ギャングの殺し屋、マイケル・サリヴァン(T・ハンクス)は、ボスのジョン・ルーニー(P・ニューマン)に息子のように愛されており、ルーニーの息子コナーはそれを苦々しく思っていた。やがてコナーは、サリヴァンの妻アニーと次男ピーターの命を奪う。サリヴァンは生き残った長男ジュニアと共にシカゴへ旅立ち、コナーへの復讐を誓う。マイケルとマイケル・ジュニア、マイケルとボス、ボスと実の息子という3組の<父子>関係が、緊張感の中でリンクされている。マイケルを実の息子以上に愛しながら、最後は我が息子のためにマイク殺人を決意するボス。ギリシャ神話的な構成と展開がこの映画を興味深くしている。

6月15日(日) 「ゲド戦記V」 さいはての島へ ( ル・グウィン著 岩波書店 )

 ゲドは、魔法使いの中の大魔法使いである大賢人(最も偉大なる知恵者)として登場します。「言葉は沈黙に/光は闇に/生はその中にこそあるものなれ・・」ゲド戦記のはじまりはこんな一句が冒頭にあったが、三番目の言葉の体現を描いています。三部ではゲドの前に、若いひとりの王子アレンが登場します。平和が続いたアースシーに災いの兆しが見え始める・・・。生と死の問題を考えさせられた。

6月14日(土)  「まぼろし」 ( フランソワ・オゾン監督 )

 マリーとジャンは、幸せに連れ添って25年になる50歳代の夫婦。夏になるとフランス南西部のランド地方の別荘に出掛ける。近くの海岸で午後の陽を浴びてヴァカンスのひとときを過ごす。マリーが浜辺で昼寝をしている間に、夫が突然消えてしまう。大きなショックを受けたマリーは、パリに戻っても、ジャンとの日常生活が続いているような会話をし、ジャンの幻覚を見ながら暮らしていく・・・。前進と後退を繰り返すマリーの心を、淡々と描写しながら映画は進んでいく。警察からジャンと思われる水死体が見つかったと連絡を受けランドに行くが、遺物の時計が夫のものではないと正気を失ったように笑い出し、海岸に行きはじめて涙を流す。遠くの海岸線にジャンらしき男性のシルエットを見た彼女は、そのまぼろしに向かって砂浜を走り出す。最後の結論は観客に委ねられたまま終わる。「バルバラのシャンソンの一遍を聴くような映画である。<ナントに雨が降る>でも<あなたにそっくり>でもいい。バルバラはさりげなく磨きぬかれた日常を語る詞の中に、思いもかけぬ激しい情念のドラマの一瞬を塗り込める。フランソワ・オゾンはバルバラの歌詞が、<感情の高まりや心の揺れを湛えたまさにひとつのシナリオ>という。そして彼がこの映画のために選んだのは<9月〜なんと美しいとき>だ。ヴァカンスが終わりを告げた後の、パリの街の独特の静けさと哀しさ。それはまさに、夏に失ったマリーの心象風景である。」(河原晶子の作品評より部分)

6月7日(水) 「ゲド戦記U」 壊れた腕環 ( ル・グウィン著 岩波書店 )

 己の内なる光と闇を一にした全き人間として、知恵深き魔法使いとして第二部に登場するゲド。和の文字のところでふたつに割れたままだったエレス・アクベの腕輪をひとつにつなげ、アースシーに平和をもたらす様子が描かれます。本読みはじめてもゲドはなかなか登場しません。両親の元を離れ、アチュアンの墓所の巫女となったテナーは、アルハ(喰らわれし者)と呼ばれるようになって黒い衣に身を包んで名なき者たちに仕える日々が続く。アルハの内外の状況設定と周到な準備があって、本の半ばを過ぎてゲドの登場となる。ゲドとの出会いから墓所を脱出するまで、アルハの葛藤が続くのですが惹きつけられます。<人間らしく生きるとは>を深く考えてさせる。この辺の物語の展開が功を奏して72年度のニューベリー賞候補に選ばれた。

5月28日(水) 「ゲド戦記T」 影との戦い ( ル・グウィン著 岩波書店 )

 ミヒャエル・エンデのファンタジー小説「ネバーエンディング・ストーリー」を読んだ頃か、C・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」(全7巻)と一緒に読んだのが「ゲド戦記」三部作でした。18年後に「最後の書」、更に10年後の今春「ゲド戦記X アースシーの風」が出版された。何と33年間書きつがれてきたことになる(因みに「指輪物語」は約20年)。全巻最初から読んでみたくなった(内容も忘れてしまったから!)のは、川上弘美の書評を読んだとき。<大きな物語、大きな世界を描いた話だのに、ファンタジーや寓話の読後にくる安寧がないのだ。それでは「ゲド」は不備のあるファンタジーなのかというと、まったくそうではない。のびやかでかつ緻密な物語内の世界観。重層的な解釈が可能であるさまざまなメタファー。ファンタジーとしての出来は極上のものである>(朝日新聞 平成15年3月23日)ゲドは血気にはやる若者。魔法の修行中、傲りと妬みの心から死の影を呼び出し、その影に追われてさまよいます。師と仰ぐ魔法使いの言葉によって、ある時その影を追い、追いつめていった世界の果てで得るものは勝利でも敗北でもない・・・。光と影は、人間の内なる心の葛藤を表現しています。困難な戦いを戦い抜いて内なる平衡が保たれたとき、全き人間となる。

5月23日(金)  「WARTARIDORI」 ( ジャック・ペラン総指揮 ) 

 大陸を移動する鳥たちの激しく生々しい息遣いが、鳥と一緒に飛びつつ感じることができる。特にストーリーもないのに感動的なのは、ドキュメンタリーを越えた作品になっている。鳥が主役の劇映画とも、ファンタジー映画とも解釈できる。世界貿易センターを背景に飛ぶガン、休息地で工場の排水にまみれるガン、ハンターに狙われるガンなど人間への警鐘も伝わってくる。「”鳥”という素晴らしい旅の相棒のお陰で、私はそれまでほとんど知らなかった不思議な冒険物語を体験することが出来た」(マシュー・シモネ<スチール・カメラマン>) 「鳥は、たくましさと警戒心を忘れず、時には疲労困憊して、時には猛烈な愛情を表現しながら私の目の前で生きている。彼らはまるで自然界を舞台にした大河小説の登場人物を演じる俳優のようだ」(マリー=ジョゼフ・ヨヨット<編集責任者>)一万種の鳥の中から、世界で最も美しく突飛な振る舞いをする、約100種類を選ぶ作業に1年、撮影は98年7月のアイスランドから2001年6月のモンタナまで、6チームに分かれて世界各国の難所といわれる海や山、森で行われた。モモイロペリカン、コンドル、イワトビペンギン、ルリコンゴウインコなど<渡り鳥>のイメージも変わりました。夢を現実化させたジャック・ペランの情熱に敬意と感謝です。

5月18日(日) 「抱擁」 T・U ( A・S・バイアット著 新潮文庫 )

  ヴィクトリア朝の女流詩人、クリスタベルの研究を続けるモードは、ある日同時代の桂冠詩人ヘンリー・アッシュの調査をしているローランドと出会った。彼はアッシュの書きかけの手紙を発見していた。ロマンスから遠ざかり、恋の煩雑さを避けていた二人の現代の学者は、共に過去を遡り、許されない恋を辿り、しだいに情熱的なロマンスになだれ込んでゆく。ミステリアスな恋物語。(Tの裏表紙)
許されざる密かな愛に溺れるヴィクトリア朝の詩人たちは、しだいに周囲の人間を不幸に巻き込んでゆく。一方調査を続ける現代の学者たち二人は、一世紀も昔の情熱的なカップルの関係をなぞり、お互いの気持ちを確かめ合う。19世紀と20世紀の男女の複雑な愛の形を描く激しい愛憎のドラマ。2組の四角関係の結末は、秘められた手書きのラブレターの中に・・ ブッカー賞受賞作。(Uの裏表紙)

第10章 <往復書簡> p384〜p510
 p505 ジョン・ダンの詩「別れー嘆くのを禁じて」
   然し 愛の何たるかを知らぬ儘で良いほど 愛によって浄化されし我らは 互いに心を確かめ合い 信じ合う故に 眼や手や唇を失う事を    浮き世の恋人たちほど気に掛けぬ
   <互いに心を確かめ合い 信じ合う>とは何と素晴らしい表現でしょう。貴方はお信じになりますかーこの様な心の碇泊地(みなと)を見出し    得ると  怒号する嵐の中でも?

 第12章 <エレン・アッシュの日記> p560〜p581
 第16章 <妖女メリュジーヌ> p66〜p89
 第19章 <私記> サビーヌ・ルクレス・シャルロット・ド・ケルコズの日記
 以上は巧く書かれていた内容と登場人物の詩です。過去の二人の詩人の作品が必要となった作者は、いろいろ探したそうです。「テニスンとブラウニング、ロセッティー、キーツのリズムを知り尽くし、エミリー・ディキンスンを繰り返し読んだ。」そして、結局は自分で書いて納得のいく出来ばえに辿りついたそうです。現代英国の<知>といわれてる作家(学者)が書いた長大な作品は読み応えがあります。質が高いというか、ストーリーもおもしろい。ミステリアスな話の先が気になって苦もなく読み通すことができました。日本語のタイトルと文庫本の表紙が唯一気に入りません!

5月10日(土)  「父よ」 (  ジョゼ・ジョバンニ 監督 ) 

 フレンチ・フィルムノワールの巨匠ジョゼ・ジョバンニが、13年ぶりにメガホンを取り挑んだ自伝的感動作。死刑を宣告された息子マニュを思う父ジョーは、人知れず息子の訴訟のために奔走していた。無愛想な父の本心を理解できないままだったが、ついに父の努力が実を結ぶことに・・・ジョゼ・ジョバンニは、戦後パリの暗黒街に身を投じ、22歳で死刑を受け、11年間にわたる服役経験をもつ筋金入りのギャングである。自由の身になったあと、1958年、自身の脱獄体験をもとに書いた「穴」で衝撃的デビューを飾り、フランス暗黒小説の旗手となった。最初に自伝を読んだのですが、父ジョーのことやその後に映画化となった数々のシーンのでどころが書かれていた点が映画では・・・?! 互いに気持ちをうまく伝えられない二人だが、その後の息子が父に送った最高の作品なのでしょう。主演の二人(ブリュノ・クレメールとヴァンサン・ルクール)が雰囲気があって良かった。彼の暗黒小説を読んだり、映画を見てみたくなりました。

5月5日(月)  「ポアゾン」 (  監督 )

5月3日(土)  「太陽の雫」 ( イシュトバーン・サボー 監督 )

 ハンガリーの巨匠といわれるイシュトバーン・サボー(「メフィスト」や「ミーティング・ヴィーナス」は見てない)が監督・脚本を手掛けたカナダ、ハンガリー合作映画。ブタペストを舞台にユダヤ系一族の100年を描いた壮大な叙事詩。祖父、父、その子と3代にわたる主人公をひとりで演じたレイフ・ファインズは、ヨーロッパ映画祭で主演男優賞に選ばれました。イグナツは義理の妹のヴァレリーと結婚し、法律家として成功するが、第一次世界大戦が勃発し・・・。次男のアダムは、フェンシングの才能を開花させ、オリンピックで金メダルを獲得し国民的英雄となるが、第二次世界大戦でナチス迫害から逃れられず・・・。彼の息子イヴァンは父の復讐に燃え、ファシスト狩りに奔走するが・・・。イヴァンは民主化運動に活路を見いだすが、ハンガリー動乱により逮捕される。ラスト近く、出所した彼が祖母ヴァレリーの元に身を寄せ、彼女の言葉や祖父の手紙により救われる様子が印象的です。後で知ったのですが、若き日のヴァレリーを演じていたのがジェニファー・エールです。思い出せませんが、彼女は「抱擁」の映画ではクリスタベル・ラモットを演じてます。なぜか気になってます?!

4月28日(月)  「シカゴ」 ( ロブ・マーシャル 監督 )

 このミュージカルを見たいと思ったのはアカデミー賞を多く獲得したからではない。昔見た「キャバレー」や「オール・ザット・ジャズ」を思い出させてくれる作品だからです。ライザ・ミネリ(父親は映画監督のビンセント・ミネリ、母親はジュディ・ガーランド=「オズの魔法使い」のドロシー)が一世を風靡した作品(1972年)も多くのアカデミー賞をとりました。「キャバレー」の監督のボブ・フォッシーは、「シカゴ」の元になったブロードウェイ・ミュージカル「シカゴ」の演出・振付家です。監督のロブ・マーシャルはボブ・フォッシーを尊敬しているという。ミュージカル映画で敬遠されがちな<登場人物が突然歌い出す>不自然さを解消し、歌と踊りの途中に<現実のショット>を入れる手法が、話の内容が内容だけに効果をあげていた。キャサリン・ゼタ・ジョーンズの歌と踊りは迫力満点! 文句ないです。出演者に合わせた歌だそうですが、レニー・ゼルウィガーやリチャード・ギアはちょっと無理があったようだ。レニー(大好きな女優)とキャサリンのラストの踊りと歌は最高でした。クィーン・ラティファ(ママ・モートン)も存在感があって良かった。

4月26日(土)  「ルイーズとケリー」 ( ジェーン・カンピオン 監督 )

 ジェーン・カンピオン監督といえば、「ピアノ・レッスン」や出世作の「エンジェル・アット・マイ・テーブル」が思い出される。監督のデビュー長編作品です。オアンクルックで不良っぽいケリーと、おとなしそうで優等生タイプのルイーズの友情と痛みを描いています。時間を逆行させるという斬新な手法を用いています(最近の映画ではこの方法がよく使われる)。’86に製作されたこの作品は、日本では’97にロードショウ公開された。<こんな状態になった原因>を日記をひもとくように展開するする中で、カンピオンの感性が伺われる。

4月26日(土)  「銀の鍵」 ( 角田光代著 平凡社 )

 アカ・カウリマキ監督の映画「過去のない男」(ヘルシンキにやってくるも暴漢に襲われ記憶を失くしてしまった男が、ある日救世軍の女性と出会い恋に落ちていく・・)の感想文?! この本は記憶も言葉も理解できない女性が、<今までとおりすぎてきたいくつもの町、これから向かうであろう未知の場所、そのすべてが今や鍵を開いてわたしを迎え入れる。これから出会うすべての人がわたしを待っていてくれる>気持ちになるまでが描かれます。過去を全部失っても忘れないものがあるらしいと、心強く、心安く知ることのできる映画とセットでこの本を読んでほしいとは作者の言葉。映画も気になりました。

4月25日(金)  「モリー先生との火曜日」 ( ミッチ・アルボム著 NHK出版 )

 「スポーツコラムニストとして活躍するミッチ・アルボムは、偶然テレビで大学時代の恩師の姿を見かける。モリー先生は、難病ALS(筋萎縮性測索硬化症)に侵されていた。16年ぶりのふたりだけの授業に教科書はない。テーマは<人生の意味>について」 全米で100万部突破の感動のノンフィクション・ベストセラー。死について、後悔について、家族について、感情について・・・ ミッチはモリーが過ごしている時間の質が、羨ましくなる。「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分ねているようなものだ。まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創り出すこと」映画化作品(ジャック・レモンの最後の主演作)がビデオになってます。含蓄のある言葉に心揺さぶられる!?

4月24日(木)  「ソーネチカ」 ( リュドミラ・ウリツカヤ著 新潮クレストブック )

 「本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカは、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚する。当局の監視の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送る夫婦。一人娘のターニャが大きくなり、サーシャという美少女と友達になって家に連れてくる。そして、最愛の夫の秘密を知ったソーネチカは・・・」(本の帯から) 神の恩寵に包まれた女性の、静謐な一生の物語   一人の平凡な女性が大きな愛の試練に見舞われるのですが、その試練の乗りこえ方が平凡ではなく驚いてしまう。試練をごく自然に受け入れる姿勢はどこからくるのだろう。普通では考えられない結末も説得力があり、読後に静かな余韻を残します。

4月15日(火)  「悪魔とプリン嬢」 ( パウロ・コエーリョ著 角川書店 )

 「ベロニカは死ぬことにした」、「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」に続く、三部作の最後の作品ということで読み始めたのですが途中で断念。じっくり読まないと分からない?!作品。「ベロニカは死ぬことにした」の文庫本が出ました。また、その映画化が決定したそうです。

4月12日(土)  「家族という名の他人」 (  監督 )

4月6日(土)  「マジェスティック」 (  監督 )

4月5日(土)  「サイレンス」 ( 監督 )

4月3日(木)  「この素晴らしき世界」 ( 監督 )

4月2日(水)  「バルザックと小さな中国のお針子」 ( ダイ・シージエ著 早川書房 ) 巴爾扎克=バルザック

BALZAC  ET  LA PETITE TAILLEUSE  CHINOISE

 舞台は<文革>に揺れる中国。毛沢東が夢の共産国家建設のため、政敵や知識人、資産家らの一掃を目指した運動。学生たちは、この革命を指示し、<紅衛兵>となって旧文化の破壊を徹底する。しかし、その活動が手に負えなくなると、毛(マオ)は彼らを農村に送り<再教育>なる過酷な農作業に従事させた。物語の主人公は幼なじみの青年二人(ともに親が医師)。未開の地で学問も許されず、きつい肉体労働の日々を送るうち、二人は美しい田舎娘、仕立屋の娘<小裁縫>と出会う。ある日、禁断の書が彼らの心を虜にする。しかし、それが三人の運命を大きく変えることになる・・・   恋の手ほどき、文学へのオマージュ、忘れがたいシーンがちりばめられてる(レ・ゼコー)、おかしさ、感動、アイロニー、せつなさ、すべてが素晴らしい(ワシントン・ポスト)・・・・ なかなかの作品で同感。自ら監督した映画も見てみたくなった。青年の一人は、「山の郵便配達」で息子役を演じたリィウ。<小裁縫>は人気女優ジョウ・シュン。

3月29日(土)  「こころの湯」 ( チャン・ヤン 監督 )

3月29日(土)  「センセイの鞄」 ( 川上弘美著 平凡社 )

 主人公のツキ子が高校時代の国語の「センセイ」と居酒屋のカウンターで偶然隣りあうところから始まる。杯を傾け、つまみをつつき、言葉を交わす。その積み重ねから、散歩や<キノコ狩り>、旅をするようになる。また、センセイの元妻やツキ子の同級生への微妙な感情も描かれる<花見>。食べたり飲んだりする場面が多い中、ときにユーモアを添えながら、ちょっとした国語の内容も散りばめながら不思議な恋愛模様が語られます。ラスト近く胸にずしっとくるものがあります。センセイの鞄のなかみを確認するかのように・・・

 2/13日にWOWWOWでドラマが放映された。新聞の番組紹介では<70歳近い元高校教師(=柄本明)と37歳の教え子(=小泉今日子)・・>とあったのですが、私は<60過ぎの元教師と40代の教え子>と感じながら読み進みました。『茸百科』や『魚類図鑑』で調べたことが書かれたりしてましたが、私には最後の伊良子清白なる詩人を調べてみたくなりました(実際に探しました)。

 <旅路はるけくさまよえば 破(や)れし衣の寒けきに こよひ朗らのそらにして いとど心痛むかな>

3月23日(日)  「最高の贈り物」 (  監督 )

3月23日(日)  「チョコレート」 ( マーク・フォスター 監督 )

 黒人初のアカデミー賞最優秀主演女優賞に輝いたハル・ベリーが熱演するラヴ・ストーリー。アメリカ南部、刑務所の看守ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)は目の前で息子を失い傷ついていた。そんな時、夫と息子を相次いで亡くしたレティシア(ハル・ベリー)と出会い惹かれ会あう。死刑囚だった彼女の夫の死に立ち会ったのは、実はハンクだった。

 黒人嫌いの父親(ピーター・ボイル)から受け継いだ人種偏見と看守の仕事は、息子(ヒース・レジャー)にも受け継がれる。前半は、親子の対立とその後の不幸(=自殺)に目がつく。次々と悲劇が襲い、淡々と進む展開に物足りなさを感じてしまった。主人公の感情の揺れ動きや体当たりな演技もラブ・ストーリーに結びつかない。深すぎる喪失の痛みが人を変える! ラストシーンで納得できるのかな?

 原題はMonster's Ball(怪物の宴)とは、死刑執行人が死刑執行前夜に行う会のこと。また、「チョコレート」という表現は、「ブラック」よりも正確に”黒人”の肌の色を表すとして70年代半ばから使われてきた言葉だそうです。

3月25日(火)  「エスター・カーン」 ( アーサー・シモンズ短編集「心の冒険」より 平凡社ライブラリー )

 「エスター・カーン」: 現実の恋に挫折することを通じて、大女優への道を進みはじめる。本当に自分自身に納得できる生き方を見つけようとして苦悶する、傷つきやすい若いエスター・カーンという女性が主人公。わずか30頁の短編を映画化したデプレシャン監督は、シモンズの原作に相当惚れ込んだようです。この作品と対照的で悲劇的な最後となるワイルドの作品「ドリアン・グレイの肖像」があります。

 「ピーター・ウェイデリンの死」:ビアズリーをモデルにして描かれたというこの作品では、画家気質が提示されるのですが難しい!挫折しました。

3月16日(日)  「父よ」 ( ジョゼ・ジョバンニ著 白亜書房 ) 原題<彼は心に秘密の園を隠していた> 

 フランスの暗黒小説(ロマン・ノワール)を代表する作家の最新作。これまでの作風と違い、賭博師だった父親のことに触れた自伝です。多少のフィクションも必然的に入ったという意味での小説ともとれる。監督としてもフィルム・ノワールの一時代を築いた巨匠の集大成的な作品です。様々な経験が映画の名作のシーンに結びついてるのが分かり、昔の仏映画を知ってる者にとっては懐かしく興味深い。下に少し紹介します。

 刑務所を出たあと、入獄中の担当弁護士であったステファン・エッケによって文学の道へと導かれ、自身の脱獄体験をもとに書いた『穴』で衝撃的なデビューを飾った。本の中にあるのですが、<自分の中にあることを両手一杯につかみ取って、紙の上にぶつければいいんですよ>と言ったエッケの言葉が印象的です。

 傍聴人と生皮をはがれる自分の家族に向けていた私の視線は、人間であって人間でない者の視線であった。後日、私の映画『暗黒街のふたり』でアラン・ドロンが見せた、人を不安にさせるあの視線である。判事たちへの返答が誰の興味も引かず、判事ですら感心をみせなかったときの、一日の視線。共演として傍聴人にまぎれたギャバンは、このときの傍聴席の父の姿に重なっている。(288)

 新しい家族。ザジ。若い女性であるザジ。ジョー(ジョバンニの父親)は彼女のことを会う前から愛していた。ザジが私の妻だったからである。・・・ザジはニックネームの一つだった。つけたのはレイモン・クノーで、彼女は『地下鉄のザジ』での仕事をしたのだ。ザジは息子泥棒などではなかった。リリー(ジョバンニの母親)は愚かにもそう信じこんでしまったが。(313)

 リリーが死んだのは、私たちが映画『ラ・スクムーン』の公開準備をしていたときのことだった。・・・母の葬儀で、私はジャン=ポール・ベルモンドが映画で着ていた黒い礼服を身につけた。いまでもまだ、黒いコートと黒い帽子と白いマフラーといっしょに、あの服は私の手元に残してある。そ映画では、まだデビューしたばかりのジェラール・ドパルデューの強い眼差しを見ることができる。(331)

3月2日(日)  「海辺のカフカ」 ( 村上春樹著 新潮社 )

 母・姉と幼児に別れ、「いつか父を殺し、母と姉と交わる」というオイディプス王と同じ予言を受けた15才の少年が東京の家を出て四国へ旅する。仮住まいの図書館で”母親”と出会って恋をし、異界巡りをする話が一つ。少年期に特異な体験をした猫と話ができるナカタさんが、若い運転手の星野さんなどの助けを借りて「入り口の石」を開ける話がもう一つの話。全く関係がないような話ですが、後者のナカタさんは少年の願望を代行するという役割を担ってます。

 カフカとはチェコ語でカラスのこと。<海辺のカフカ>は大ヒットした曲の名前であり、絵のタイトルでもある。不思議と自分なりの主題を設定しながら読めました。いろんな層の人に指示されてるのも頷ける。今回の作品は結末もしっかり書かれていて救われた。少年が東京で再出発を決意するまでや、ナカタさんが<悪>に立ち向かう姿など印象に残りました。

3月1日(土)  「バーバー」 ( コーエン兄弟 監督 )

 舞台は、’49夏の来たカリフォルニア。夫婦仲が冷え切り、義兄が営む理髪店で、なりたくてなったわけでもない仕事に淡々と客の髪を刈りつづける主人公。当時のベンチャー・ビジネスだったドライ・クリーニングに出会い、人生を変える夢を見る。その資金繰りのために、妻の不倫相手をゆすったことから、自分のみならず、周りに人たちの人生を狂わせていく・・・。コーエン流犯罪映画。

 「オー!ブラザー」など笑いを誘う映画を想像したのですが、「バートン・フィンク」と表裏一体を成す傑作ともいわれる。寡黙で周囲との違和感を感じなじめない人間が変化を求めたとき、不幸が始まる。唯一、知り合いの弁護士の娘に心の安らぎを求めるがそれすらも・・・。主人公の無表情で冷たい雰囲気は、重苦しい不条理な運命の末路へとつながる。髪を刈る以外の仕草で圧倒的に多い喫煙シーンが気になった(@_@)。ビリー・ボブ・ソーントンは「スリング・ブレイド」の演技が好きです。

3月1日(土)  「エスター・カーン」 めざめの時 ( アルノー・デプレシャン 監督 ) 

 19世紀末のロンドン。自分の殻に閉じこもっていた女学生エスターは、ある日観た舞台に触発され、女優を志す。師となった老優ネイサンに恋をするよう薦められ、批評家フィリップを恋の相手に選ぶが失恋に終わる。その傷みに混乱しながらも彼女の初の主演舞台”ヘッダ・ガブラー”の初日の幕が開く・・・。

 「エスターにとって”演じること”が人生なのではなく、つねに人生を演じているのだという生々しい実感。なんと凄まじい生き方。画面には緊張感がみなぎり、濃密な空気が漂い映像が呼吸し、登場人物の息吹が聞こえてくる」(稲垣 都々子) 幕が下りたとき、真の女優へと成長を遂げていたが、この辺は無理があった気がする。サマー・フェニックスのパワーは、自らの女優としての地位を確立した作品。

 原作は、アーサー・シモンズの短篇小説集「心の冒険」の一遍。一週間前に原作を購入。読み始める前に、偶然ビデオを見つける。ある人物の意識や内面の具体的なあらわれとしての”気質”(テパラメント)に注目した作品のなかで、「エスター・カーン」では女優気質が、「クリスチャン・トレヴァルガ」<短編集未収録>では音楽家気質、「ピーター・ウェイデンの死」では画家気質が提示されてるという。本も楽しみです!

2月28日(金)  「戦場のピアニスト」 (  ロマン・ポランスキー 監督 ) 

 「自らの原体験に回帰したポランスキー監督、渾身の一本。カンヌ映画祭パルムドール(最優秀作品賞)授賞式では、惜しみない賞賛と心からの祝福にポランスキー監督は泣いた!! その賞賛の嵐はカンウから世界へ拡がっている!」 「ゲットーを脱出したユダヤ人ピアニストは廃墟で一人のドイツ人と出会う ショパンの旋律が時間を止めた」 (パンフから)

 ポーランドの悲劇を描いたアンジェイ・ワイダの「コルチャック先生」や「聖週間」、スピルバーグがナチスを告発した「シンドラーのリスト」 は趣が異なる。弱い者(=主人公=音楽家)が必死に生き延びていく様子を憐れみで描くと共に、主人公を救ったドイツ軍将校(シベリアの捕虜収容所で戦犯として果てた)への憐れみを描く。敵味方の両者の立場で描いてるところが大きく異なる。それにしても、音楽が感銘を大きく増幅していました。シュピルマンを演じたエイドリアン・ブロディも素晴らしかった。原作の<スピルマンの回想録>も気になります。

 バッハの無伴奏チェロ組曲(再会したドロタが弾く曲)、ベートーヴェンの月光さまよう主人公が夜耳にする曲)、ショパンのアンダンテ・スピナードと華麗なる大ポロネーズ(エンド・クレジットでバックに使われた)、ショパンのバラード第一番(ドイツ軍将校の求めに応じて弾いた曲)

2月22日(土)  「ミルクのお値段」 (  監督 )

2月16日(日)  「屋根にのぼって」 ( オードリー・コルンビス著 白水社 )

 「母のもとを離れ、おばさんに預けられた”あたし”と小さい妹は、ある夜明けに突然屋根にのぼって、そのままおりてこなくなる。何かを主張したいわけじゃない。だけど、”あたし”は屋根にのぼらなないわけにはいかなかった・・・」(角田光代 朝日新聞 2001.8.10) 主人公のウィラの語りに引き込まれつつ、まわりに登場人物も魅力的です。とくに彼女たちのホブおじさんがいい。<大切なこと>を伝えてくれます。この本の原題の<getting near to baby>(ベイビーに近づく)の意味は、物語の最後に分かります。

 ユーモラスな語りと繊細な心の揺れが呼び起こすさわやかな感動。著者のヤングアダルト小説デビュー作でニューベリー賞オナー受賞作品。同じ新聞記事で<一緒にいる>大切さを知る作品として「センセイの鞄」(川上弘美著 平凡社)が紹介されていました。

2月15日(土)  「光る眼」 (  監督 )

2月15日(土)  「壬生義士伝」 ( 浅田次郎著 文春文庫 )

 「貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新選組に入隊した吉村貫一郎。<人斬り貫一>と恐れられ、妻子への仕送りのため守銭奴と蔑まれても。飢えた者には握り飯を施す男。元新選組隊士や教え子が語る非業の生涯。命を替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の”語り”で紡ぎ出される。」(文庫本の裏書きから)

 《みつや いよいよ腹ば切ろうと思うて座ったとたん、お前のおもかげが胸にうかんでしもうた》という一人称の<呼びかけ体>も、《母上様、わしのこさえた菜の花は、こんなにきれいに咲きあんした》という、貫一郎の息子・嘉一郎の手に成る<書簡体>も抒情の効果を。存分にあげておる。(解説から)

 新選組を扱った小説は多いが、実在したか否かも定かでない!人物をこんなにも感動的に描く作品に圧倒されたし、感動的でした。話も進め方や構成の巧さの他にも惹きつけたのは上述の如し。歴史小説が苦手な私でも、その後の数十年を考えながら語る老人のユーモアある話など惹きつけられます(違和感なく読み進められる)。是非一読を薦めます。映画も見てみたくなりました。

2月11日(火)  「ラン・ローラ・ラン」 (  監督 )

2月11日(火)  「アトランティスのこころ」 (  監督 )

2月5日(水)  「至福のとき」 ( チャン・イーモウ 監督 )

 <失業中の中年男チャオと目の不自由な少女ウー・イン。都会の片隅でふたりの人生が交錯し、束の間の至福のときが訪れる・・・> モー・イエンの小説を原作にしているが、大幅に変えられ原作にない目の不自由な少女も付け加えられた。こんな記事にふれると、原作はブラックユーモアを含んだ喜劇?を考えてしまいます。「あの子を探して」や「初恋のきた道」など、心温まる路線の映画を想像してたのですが意外な進行に驚く。結果的には、人情があふれる感動作になってる。10キロ近く体重を落としてオーディションに臨み、見事ヒロイン役を射止めたドン・ジエが良かった。

 チャン・イーモウの最新作はアクション時代劇「英雄/ヒーロー」。また、97年の「キープ・クール」も公開されるという。

2月3日(月)  「マルホランド・ドライブ」 ( デイヴィット・リンチ 監督 )

 女優への夢をふくらませハリウッドにやってきたベティは、交通事故で記憶を失った魅惑的な女性リタと出会い、彼女の記憶をたどる手助けをするが・・・。対比的な関係が多く登場する。リタ(・ヘーワース)とベティ(・デーヴィス)、ダイアンとカミーラ(いずれもローマ神話に登場する女神と女傑)、女優と娼婦、金髪と黒髪、しかもそれらがいつでも逆転可能な関係にある。サスペンスと愛の話から、50年代のハリウッドの幻想が見えたり・・?!解釈は見る者に委ねると言ってるが、ただ迷宮に迷い込んでいた状態です。キネマ旬報2002年度ベストテンの4位に入っていたが、何がどんな風に良いのか分からない、私には理解できません!

2月2日(日)  「待賢門院璋子の生涯」 ( 角田文衛著 朝日選書 )

 

1月26日(日)  「アジアンタムブルー」 ( 大崎善生著 角川書店 )

  タイトルの意味:<アジアンタムの淡緑色の葉が、茶色くなってちりちりと萎(しお)れていく状態

 主人公の山崎は、妻であった写真家の葉子をがんで亡くして以来、ぼんやりとした時間を過ごすアジアンタムブルーになった。ときどき訪れるデパートの屋上で、夫を亡くし似た境遇の女性と出会い、会話を交わすようになる。物語は、山崎の中学時代に起こした万引き事件や高校時代の上級生との官能的な体験といった回想もある。もちろん、葉子との出会いや仕事上の仲間であるSMの女王や同僚たちとの交流も語られる。

 物語が後半に入ると、余命いくばくもないと宣告された葉子との永遠の別れの日までが描かれる。前半で登場したさまざまなエピソードがうまくはまり込んでくる。著者が、物語の結末から書き始めたのに納得。愛する人と別れを描きながら、主人公の再生の物語である。

1月25日(土)  「プラットホーム」 ( ジャ・ジャンクー 監督 )

 80年代の中国における社会の変貌と若者たちの歩みを描いた青春映画で、ベネチア映画祭最優秀アジア映画賞、ナント三大陸映画祭Gと監督賞、ブエノスアイレス国際映画祭Gに輝く。ミンリャン、ルイジュエン、チャンジュン、チョンピンの4人は幼なじみ。時代のうねりは、小さな町の劇団員である彼らに様々な変化をもたらす。出し物が毛沢東をたたえる劇から西洋の軽音楽に変わったり、チョンピンがパーマをかけたり、チュンジャンが都会へ行き、ラジカセを抱えて帰ってきたり・・・。政府の援助がうち切られた劇団は地方巡業へ、二組のカップルの異なる愛の形も変化を余儀なくされる。画面が暗いためか登場人物の男女が区別がつかない?!のが残念だった。自分なりに彼らはしっかり生きているのが分かります(特にラストで感じる)。テレサ・テンの歌やディスコナンバーの「ジンギスカン」などの流行歌が印象的でした。

1月22日(木)  「明日なき報酬」 ( ブラッド・スミス著 講談社文庫 )

 50年代末期。世界ヘビー級タイトルに手が届く寸前まで登りつめながら挫折した、盛りをすぎた35歳のボクサー、トミー・コクラン。人種を越えた奇妙な友情で結ばれ、彼と共に放浪の旅をつづける黒人の元スパーリング・パートナー、Tボーン・パイク。トミーの祖父ののこした農場を取り戻すため、1ヶ月以内に農場を管理している義兄に五千ドルを支払わなければならない。ポーカー、競馬に有り金を注ぎ込むが、危険な賭の代償を思わぬ形で払わされることになる。

 トミーの願いを知り、彼に救いの手をさしのべる若きギャンブラーや些細な感情の生きちがいから別れトロントの町で再会する元恋人のクラブシンガーなどの個性豊かな人間たちも描かれてます。スピーディな展開で最後のショッキングな結末にいたるまで惹きつけます。<シンプルなのに胸にしみる>(北上次郎評 朝日新聞H14.12.1)が気になっていた作品です。また、カナダの映画会社アライアンス・アトランティス社によって映画化権が買い取られ、制作が決定している。

1月19日(日)  「アカシアの道」 ( 松岡 錠司 監督 )

 デビュー以来、人と人の関係をテーマに描いてきた松岡錠司監督が、母と娘の関係に焦点をあてて撮った感動作。原作はリアルな人間関係に定評のある近藤ようこの漫画「アカシアの道」。主人公の木島美和子(夏川結衣)は30歳の編集者。一人暮らしの母・かな子(渡辺美佐子)がアルツハイマーとなり、同居し介護を迫られることになる。教師だったかな子は独りで美和子を育てたが、なぜか娘に厳しくあたり続け、美和子は大学進学を機に家を飛び出していた。自分を愛してくれなかった母親を、娘というだけで背負わなければならない状況で、介護と仕事の両立はますます難しくなっていく。

 「描きたかったのは母と娘の葛藤。そこに誠実に生きている人間の心のありようをみるから」(監督) 主人公はいやおうなく向き合う中で、母親を受け入れていく。アカシアの林を二人が歩くラストは明るいが切ない。夏川結衣をはじめて知る。彼女の出演した映画で最高の出来!と絶賛してる人もいる。人間の多面性を巧く演じたのでしょうか、他の作品も気になりだしてます。渡辺美佐子は文句なし! 

1月19日(日)  「メメント」 (  監督 )

1月18日(土)  「ブラックボード」 背負う人 ( サミラ・マフマルバフ 監督 )

 この女性監督の父は巨匠モフセン・マフマルバフ。98年、父親のもとで助監督をつとめた後、「りんご」で監督デビューした。この作品は長編2作目になる。イランの辺境地帯を舞台に、困難な状況にある教師や老人、子どもたちの姿を力強い映像で描いています。カンヌ映画祭で審査員賞を受賞して、国際的にも高い評価を得ています。授賞式では「この賞がイランの若い世代の励みになり、民主化と生活向上に役立てばうれしい」と挨拶したそうです。

 イラン・イラク戦争の爆撃で学校を失い、黒板を背負って村を巡回する教師たちを軸に展開します。彼らが出会ったのは密輸品を背負って歩く子どもたち、戦火から逃れ故郷に戻るクルド人たちなど。

1月17日(金)  「聖の青春」 ( 大崎善生著 講談社 )

 村山聖(さとし)は平成10年8月、急性膀胱癌で亡くなる。3歳の頃腎ネフローゼを患い、その後常に入院や身体の不調と向き合って生きることになる。小学校に入学する頃、父親が買ってくれた将棋の本(かなり難しい内容の有名な本)がその後の人生を大きく変える。短い人生の軌跡を辿ったノンフィクションを書いた大崎善生はその当時将棋雑誌の編集者であり、聖やその師匠の森信雄とも親密な付き合いがあった。

 病気と縁が切れない身体でありながら、中学生でプロ棋士に弟子入りし、卒業後は大阪のアパートで一人暮らし。将棋に強くなることが生きていく支えとなり、時間のあるうちに名人位に上り詰めようとした生活は、想像を絶するものがある。読んでいて感動で胸が詰まる思いも多々ありました。

 将棋ギャンブラーの生涯を扱った「真剣師 小池重明」(団鬼六著イースト・プレス)を読んだことがあるのですが、その小池重明と村山聖が駒落ちで戦ってるのには驚きました。村山が勝ったようです。

 

1月12日(日)  「マップ・オブ・ザ・ワールド」 ( ジェーン・ハミルトン著 講談社文庫 )

 アリスは幼い頃に母を失って以来、神を信じることをやめた。やがて理想の夫ハワードに出会って二人の子どもをもうけ、忘れていた幸せを取り戻す。その幸せは、<一つの事件@>をきっかけにもろくも崩壊していく。一度捨てた信仰に救いを求めても、苦悩と絶望から逃れることは出来ない。そんな折、降って湧いたような<偽りの告発A>によって拘置所に送られ年頃の女囚たちとの共同生活を送ることになる。そこでの生活と裁判の過程を通して、自分と他者の現実を直視し、折り合っていく一つの答えを自らの力で導き出す。

 三部構成の形をとっていて、最初と最後がアリスが、中をハワードが一人称の文体でそれぞれの心の動きを克明に綴っている。アリスだけではないところに客観性を持たせている。そして、作品に厚みを加えてるようだ。目を離した際に起きた親友の娘の事故死(@)や彼女の児童への性的虐待疑惑(A)から夫の裏切り、親友との葛藤など愛と人間の尊厳を問う全米ベストセラー! 文庫本660頁は読み応えがあります。映画はビデオがあります。シガーニー・ウィーバー(アリス)とジュリアン・ムーア(親友のテレサ)が共演してます。

1月12日(日)  「春の日は過ぎゆく」 ( ホ・ジノ 監督 )

 「八月のクリスマス」で注目された韓国の先鋭ホ・ジノが綴るラヴ・ストーリー。ある冬の日、録音技師の青年サンウとラジオ局のDJウンスは取材先で出会い、やがて恋に落ちる。心を通わせ幸せに浸る二人だが、春が過ぎ夏を迎える頃、ウンスの態度が急に冷たくなり、サンウを苦しめる。

 <甘く切ないだけの韓国メロドラマが、どうしてこんなにも心に染みるのだろう。香港映画ほど華麗でもなく、中国映画ほどドラマチックでもなく、台湾映画ほど文学的でもない、その寡黙で控えめな映画表現が、かつての貧しくも豊だった日本映画を思い起こさせるからだろうか>(西脇英夫)  

 自然の音を収録しつつ、自然の中で出会うあたりがなかなかいい。女優イ・ヨンエの美しさが心に残る。男の祖母の<バスと女は去ったら追うもんじゃないよ>の言葉も印象に残った。

1月11日(土)  「家路」 ( マノエル・ド・オリヴェイラ 監督 )

 94歳になるポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラが紡ぐ人生の物語。年老いた名舞台俳優バランスは、ある日突然の事故で妻と娘と娘婿の3人を亡くす。絶望にひたるまでもなく、残された孫セルジュとの新しい生活が始まる。イヨネスコの『瀕死の王様』の上演風景から始まります。主演は仏の名優ミシェル・ピコリ、共演はカトリーヌ・ドヌーブ、ジョン・マルコビッチ。ナンニ・モレッティの「息子の部屋」と違って、嘆きを言葉にすることもなく、孤独を共に老いや死と向き合い俳優としての生き方を貫く。そして<家に帰る>のです。最初の演劇も効果的に思える。淡々とした日常を描きつつ、威厳に満ちた世界を感じます。

1月5日(日)  「赤い橋の下のぬるい水」 ( 今村昌平 監督 )

1月4日(土)  「薔薇の名前」 ( アラン・ベルリネール 監督 )

 未亡人マリーは、残された2人の娘とプロヴァンスの小さな村で暮らしている。娘の成長を見守る日々に幸せを見出すマリーだが、眠りにつき目覚めると、いつも彼女NYのキャリア・ウーマン、マーティに変身している。同時に2つの人生を生きる1人の女性。「ぼくのバラ色の人生」を監督したベルリネールが、デミー・ムーアの女性の魅力を引き出してるとありましたが、私にとっては夢と現実で間で、何をどのように伝えたかったのか分からない映画でした。フランスの田舎の場面で会話は英語なのに子供がプレゼントを貰ったときに、<メルシ>と言ってたのが気になった?!

1月3日(金)  「活きる」 ( チャン・イーモウ 監督 )

 激動の中国を舞台に、時代の波に翻弄される家族を描いた大河ドラマ。’94のカンヌ映画祭審査員特別賞、主演男優賞受賞作。

 40年代から60年代までを舞台にした、一つの家族の物語。中国の普通の家庭に育った人たちがみんな持ってる、人間の悲しみや喜び、笑いや涙を、夫婦、老人、子どもが長い歴史の中でさまざまな運命をたどっていく。国民党時代から共産党の時代へ、さらに毛沢東の文化大革命への正に激動の時代になりふりかまわず生き残るフークイのおかしさと辛さを主演のグオ・ヨウが演技や弾圧の中で消えそうになったという<影絵芝居>も印象的でした。過去の悲しみ(息子の事故死、娘の産後の死)のうえにあるほろ苦い幸せと共に、孫息子の面倒をみる年老いた夫婦の人生はさらに続いていく。

 本国で20万部を超えるベストセラー小説が原作です(余華<ユイ・ホア>著 角川書店)。

1月2日(木)  「コレリ大尉のマンドリン」 ( ジョン・マッデン 監督 )

1994年、イギリスで社会現象を巻き起こす大ヒット以来、世界26か国で翻訳出版され700万人以上を魅了した超ロングセラー! イギリスの読者投票で、ガルシア=マルケス「百年の孤独」、ジョイス「ユリシーズ」、エーコ「薔薇の名前」とならび<20世紀の100冊>に選出された一冊!(ルイ・ド・ベニエール著の原作(東京創元社 3300円)の映画化作品。

 1年程前に本を読んだことや<原作の持つ人間模様がえがき切れてない>といった評が私を遠ざけていた。「ペラギアが相思相愛だったマンドラスを捨てる経過も、戦争と愛の狭間で悩む心理描写も荒っぽいし、表面的で一面的」(黒田邦雄)、「文芸作品の定番、美しく、哀しく、ロマンチックに、がそのまま教科書のように描かれるだけで、肝心の感動が伝わってこない」(西脇英夫) 

 「戦争によって変化していく心の弱さと美しさを明確に見せてお見事だし、それにも増して、地中海に浮かぶケファロニア島の、天国のように美しい光と影を見せた撮影にはため息がでる」(細越麟太郎)、「訳書で550頁の長編小説を、見せ場たっぷりの2時間9分にまとめたJ・マッデン監督に敬服する(原作翻訳者 太田良子)。島を襲った悲惨な災害を描くことによって、<その後も人生は続く>ということが映画の大きなテーマで、<状況が変わっても持続する>という愛の本質(父がペラギアの語る)にも呼応する(監督)。

 美しい映像と音楽がある映画は原作とは別物と捉えたい。映画を見た人は是非原作にチャレンジして欲しいです。マンドラス役のクリスチャン・ベールは逞し過ぎというかイメージが違った。ギリシャの名女優イレーネ・パパスも懐かしかったです。