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一度でも、ひげ太夫の公演を観たことのある人なら、あの珍妙な音楽に乗って、ストーリーと関係なく突如現れる、茶色いヨウカイのことを忘れられはしないだろう。
少ない出番ながら、なぜか毎回アンケートでも、主役そっちのけでヨウカイについて語って下さるお客様が三人くらいはいる。
「こいつサイコー」などと殴り書きしてあったり、丹念なイラストが添えてあったり。
まったく、かさいせつこの演じるこのヨウカイは、どこまでが演技で、どこまでがアクシデントなのか、私のような関係者にも皆目分からない。
一緒に稽古をしてきた役者たちは、当然そのあたりを把握しているのだろうが、客席から観ている限り毎回違う動きをしているし、一度などかさいは、そのヨウカイの衣装を間違えて後ろ前に着たまま、(厳密に言うと、つなぎの足の部分を後ろ前にはいてしまい、そのことに気づいたときには、すでに元に戻す時間がなくなり、そのまま力任せに上半身だけを元にひねり戻して、つまり腰のあたりで
、もしかして相当苦しいんじゃないだろうかと思わせるほど激しくねじった状態のまま)舞台に飛び出してきたことがあった。
こんな時のかさいは、また普段より数倍高いテンションで、驚く客をさらにドギマギせるのだ。
そんな、ひげ太夫の「看板ヨウカイ」・かさいせつこ。
実になぞの多い役者だ。年齢不詳。我々の母親世代。というところまでしか分からない。
どうやら、ひげ太夫のほかにお笑い芸人としても活躍しているらしく、月二回ほど、ステージに上っているという噂だ。
そのかさいせつこの写真を撮るという話がでてきたのは、第二回公演のあと、会場だった六本木のキャラメルで、終演後そのまま行われた打ち上げの席でのことだった。
「今の自分を残しておきたいのよ」とかさいは珍しく真剣な面持ちで言った。酒に弱い彼女は、この時、連日の公演の疲れと楽日の高揚感も加わってか、いつもとは少し違う調子でしゃべり始めていた
。
「来年になったら、またいろんなことが今とは違ってくるものね、そのときに、ああこんなときもあったわね、って見て思い出したいのよ」
と実にしみじみとここまで語ると、突然またいつものかさいせつこが顔を出した。
バシッと私の肩をたたき、「そうだ! ヌード写真なんかも撮ってもらっちゃおうかしら! アラヤだ、アハハッ」と、まるで、いきなりバタフライでも始めたかのように豪快に体を折り曲げて、にぎやかに彼女は笑ったのだった。
こんな感じの、実現の見込みの極めて薄い酒の席での話だったのだが、ところがこれが、意外にも早く実を結んだ。
二月の中旬、ある晴れた日。
新宿から、一時間半ほどかかるかさいの自宅にて、撮影は開始された。その時の彼女はほとんどノーメイク。普段は、舞台化粧もふくめて、必ずしっかりとメイクをしているので、こんなかさいはめったに見られない。
「わざとメイクしなかったわよ。メイクしたときとの、落差がすごいでしょう。ほら、そこをさ、撮ってほしくって」
なるほど。そういうことか、そういうのは実にいい。撮りがいがある。
こうして、夕方までに、フィルム六本分を使って、この日の撮影は終了した。
そして結局ヌード写真を撮ったかどうか。
これについては、ひとまずおいておいて、
ともかくこの中には、年齢を超越した、実にいろんなかさいがいる。
はつらつと若々しいかさいもいれば、鏡の前でネタの稽古をするかさいもいる。大口を開けて笑ったり、ノー・メイクにはんてん姿のかさいもいれば、真剣な眼差しでアイラインを引くかさいもいる。
見ていてなんだか元気の出る写真群だ。
いずれ、かさいの了承を得て、どこかのページに載せたいものだ。
(99年9月より、どろぐまのページで掲載してます)
これはそのなかでも、私の気に入っている一枚。近所の農道。かさいはいつもここで大声を張り上げてセリフの練習をしている。
このかさいには、ヨウカイの面影はあまりない。
時折、犬の散歩をしている人が後ろを通る。農道に立つにしては派手すぎるかさいのいでたちだが、すでに近隣の住人はそんなかさいに慣れてしまったのか、別段振り向くこともしない。 |