64(「ひげ太夫速報」について〜出し物師ご紹介〜「謎のチラシ職人」展)

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2002年2月11日

でにお気づきの方もおられるかと思いますが、このたびひげ太夫のHPに「ひげ太夫速報」というページを設けることになりました。

日誌だけではなかなかお知らせできない、ひげ太夫最新情報を随時掲載してまいります。担当は、前回の公演で「火の神・ナシガモ」を演じておりました渋谷幸枝です。

今後は、例えば、ひげ太夫が雑誌に掲載された、ラジオ出演が決まった、などのご報告、またなにか緊急に皆様にお知らせしたいことが発生したような場合に、この日誌とは別に「ひげ太夫速報」の中でご紹介してまいります。どうぞ宜しくお願いいたします。

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げ太夫HP多言語化計画については以前お伝えし、その際「次は中国語の予定」と予告していたが、その前にフランス語を公開する運びとなった。

フランス語を訳して下さった方は、多忙のため2月以降なら可能かも、ということで依頼を受けてくださったのだが、意外にも12月末には訳文を送ってくださり(ありがとうございました)、ただ、「フランス語のアクセントを入力するシステムが無いので、それは適宜、自分でつけるように」との指示をいただいた。

残念がなら、当方フランス語は全然出来ない。
どう頑張っても、アクセント記号を正しくつけられそうにはない。
そこで、仕方なく、現時点ではアクセント記号の無い状態でそのまま公開させていただくこととし、なるべく早く直す予定である。
(そのような事情ですので、今しばらく、どうかご辛抱ください)。

ころで、この他に、現在はインドネシア語訳を依頼している。某企業の課長(男性、独身)で、ジャカルタ大学に留学したという経歴をお持ちの方を紹介していただき、人づてにインドネシア語訳をお願いした。間に立ってくれた人によると、その際、「お礼にひげ太夫次回公演にご招待します」。と言ったら、いやいや、と笑いながらその方は遠慮された。「では、一度ひげの出し物師たちをご紹介します」、と言うと、もっと激しく、いやいやいや、と手と首を猛烈に振って固辞されたとのことである。

それはともかく、今後は、中国語、インドネシア語と続くことになり、座長は「これで世界の人口の1/3くらいは押さえた」と、かなり気が大きくなってきている。

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回公演の髷牡丹まであと1週間あまりとなった。先週の日曜日、稽古場に撮影にいった。
当日パンフレットに載せる皆の顔写真を撮影するためである。

稽古の合間に数人ずつ、手のあいた役者たちがかわるがわるレフ板を持ったりしながら、リラックスした雰囲気のなかで撮影は行われた。



座長は相変わらず、意志が強そうに撮ってくれ、と言った。

次に撮影した神宮は、前髪切ったんです。とにっこりした。が、傍らから西村が、前回の撮影の時の方がもっとアイドルっぽかった、何かが違うと指摘した。すぐさま否定した神宮だったが、よく考えると、実は疲れていたことを思い出した。かなりのハードスケジュールのようだった。



西村は、紫色のひげ太夫Tシャツとよく合う淡い紫色のアイシャドウがいい感じだった。当日パンフレットがモノクロで残念だけれども。


渋谷は、シャープな印象で撮ってほしい、と言うなり、突然聞いたことのない歌を小声で歌いはじめたので驚いた。


吉田は、被写体はどうも苦手です、と言って、稽古中である他のメンバーの方に目をやりながら笑った。


鍵原を撮ろうとすると、レフ板を持った細川が、「鍵さん写真だと眠そうな目になるから、思い切り目を開くように」と脇から指示をだした。

荒川は、普段のラフな前髪を、ためしにきっちり整えてみた。すると、なにかものすごく不自然な印象になったので、あわてて、元のラフな髪の流れを再現した。

松浦は、「私は写真では笑わないほうがいいみたいです」、と表情を崩さず言うので、たとえば、「もうお昼かな、という感じで軽く時計を見あげるような表情では?」などと提案してみると、とても力のこもった表情で壁の時計を見上げた。

初対面の日野は、笑顔が普通の状態らしく、カメラに向かって笑いをこらえるので必死であった。

細川は、「サリーちゃんのパパみたいな髪型にできるんです」、とカメラに向かい、何度も、髪を両手でつかんでくしゃくしゃっと持ち上げて見せてくれた。


人数が多い割に、かなり短時間で取り終えた。


回公演は、「新出し物師」日野綾子が加わり、出し物師は総勢10名である。

帰りの電車で、当方はその日野に、「なぜひげ太夫に出演することになったのですか」、と訊ねると日野は、しばらく間をおいて、突然、「はじめまして、ぴよぴよ日野綾子です」と言った。明るい笑顔に、身振りを交えて。

当方は面食らって、言葉を詰まらせると、周りにいただれかが、さっきからずっと何て言おうか考えてたんだと思います。と説明した。
なんでぴよぴよなのかと問うと、「新人だからです」、とにっこりとする。

で、当初の質問に戻る。
出演のきっかけは?と訊ねると、
「紙に、出ませんかと書いてあったからです。紙に」と言う。再び当方面食らって、「紙って一体・・・」とさらに問うと、それはどうやら、細川が以前に送った公演のご案内のDMらしかった。その中に、「よかったら、いつかひげ太夫に出演しませんか?」と書いてあったのだそうだ。

そして、さらにさかのぼると、日野は数年前、座長細川とバイトが一緒になったことがあり、それが出会いのきっかけだったらしいのだが、そのときすでに、座長は、日野を、出演しないかと何度も誘ったらしい。
「当時は、出演者が足りなくて困ってたみたいです。参加費割り引くから、と言われましたから」と日野の説明である。

が、ともかく、それからいくつかの季節を経てようやくそれが実現したというわけである。
日野さんはエピソードに事欠かない人物ですので、そういうの集めておきます」。と鍵原が別れ際に言った。

いつも、稽古場を訪問するときには、出し物師たちにいろいろインタビューしようと思うのだが、たいていは稽古が佳境にさしかかるあわただしい時期のため、それどころではなく、思い切りさっさと写真を撮って、終わらせることになる。

そんなわけで、日野だけではなく、前回から出演している4名の出し物師についても、まだ十分にご紹介できておりませんが、折を見て、ご紹介できればと思っております。

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ころで、次回公演は、G・G演劇フェスティバルである。天王洲アイル・スフィアメックスでの公演である。いつもよりうんと広い会場であり、当然ロビーも広い。
で、ロビーで、ひげ太夫の過去のチラシなどを展示してはどうだろうかという話になった。

ひげ太夫以外で当方が作成したものも、「比較の為に出してみてもよいかも」と座長
「タイトルは、『謎のチラシ職人・渡辺佳代』展でいいよね」と、もうほとんど決まったような口ぶりであった。

驚いた当方が、「謎」はちょっとどうだろうか、と躊躇すると、
じゃあ、違うタイトル考えてもいいよ、とのことであったが、これといったよい案が浮かばないまま、お客様にお送りする公演のご案内の葉書が、印刷の期限を迎えてしまい、
結局、「謎のチラシ職人渡辺佳代展」と印刷されて、大勢のお客様のお手元に送られる事になった。

で、さらに座長は、「『当方』と書いた名札をつけて、その場に立ってもいいよ」と言ってきた。

いや、実際のところ、座長なりに、何かこちらに気を遣ってくれていて、「当方」の名札をつけて立ちたいのなら遠慮せずにそうしていいよ、というニュアンスなのであるが、
しかし、それを受けて、当方が、実際に『当方』という名札をつけるかどうかは、思案中である。



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