プライベート・ライアン

 
同じくノルマンディ上陸作戦を描いたオールスター・キャストの大作「史上最大の作戦」(1963)には、ジョン・ウェイン、ロバート・ミッチャム、ヘンリー・フォンダなどの大御所のほか、当時の007ジェームズ・ボンド=ショーン・コネリーの若々しい姿もある。

ノルマンディ、アメリカ軍人墓地

 映画「プライベート・ライアン」は、老いたライアン(マット・デイモン、もちろんこのシーンは別の老俳優)が家族と共に、恩人ミラー大尉(トム・ハンクス)の墓を訪ねるシーンで始まる。

 オマハ・ビーチを一望できる丘に、この作戦で戦死した米兵の白い墓標が並んでいる。この作戦に参加したイギリス、カナダ軍部隊の墓地は、別の場所にある。


    オマハ・ビーチ

 連合軍の上陸地点となった数十キロにわたるノルマンディ海岸は、上陸担当部隊に応じてソード・ビーチ、オマハ・ビーチ、ユタ・ビーチ、ゴールド・ビーチなどと分けて呼ばれた。
 アメリカ軍が上陸したオマハ・ビーチは、最大の激戦地。「プライベート・ライアン」の上陸シーンはまさにここの戦闘を描いていて、浜辺に打ち寄せる海水が血に染まったと言われたほど凄惨を極め、多くの犠牲者を出した。写真はオマハ・ビーチ展望台の作戦図。500m下方、向こうに見えるのがオマハ・ビーチ。


    アロマンシュ

 イギリス軍が上陸したいわゆるゴールド・ビーチを見下ろす丘に、アロマンシュ博物館が建っている。ここには、ドキュメンタリー・フィルムを主体とした360度全周映画を上映するホールもあり、臨場感あふれる戦場の追体験ができる。

 写真右上は、アロマンシュ海岸に残るイギリス軍が建設した人工港マルベリーBの跡。荷揚げに不向きな砂浜に作られ、補給物資の陸揚げに大きな役割を果たした。
 この周辺には、連合軍の砲爆撃で出来たクレーターが今も残されている。

 ちなみに、フランス海軍には「アロマンシュ」の名を冠した軽空母が就役している。

行き方 
 パリのサン・ラザール駅からTGVに乗ってノルマンディの中心地カーン市へ行くことはできるが、そこからはアロマンシュの博物館に行くのが精一杯で、交通費もかなりかかる。
 レンタカーを使ったとしても、パリから片道3時間かかる上、各ポイントを効率良く見て回るのは至難の技。
 そこで、日帰りツアーを探すことになるが、定期的に催行されている日本語ツアーはない。「パリ・ビジョン」社が主催する全行程13時間の英語によるバスツアーが、火曜日と金曜日の朝7時15分に、地下鉄チュイルリー駅下車2分、リヴォリ通り214番地の同社前を出発する。当日7時頃にそこへ行って受付カウンターに料金約900フランを払えば参加できるが、42・60・30・01の同社に電話して予約をしておけば、確実。


 このツアーには、13世紀の農家を改造したレストランでの昼食も付いている。

 他にも数社がノルマンディ・バスツアーを運行しているとのこと、現地の観光パンフレットまたはホテルのコンシェルジェで。


マニラ、太平洋戦没米軍人墓地

 この墓地はマニラ市郊外マカティ地区にあり、中心に建つモニュメントには、太平洋各地で戦死した米軍将兵の名前がアルファベット順に刻んである。その中にあるアイオワ州出身、サリバン5兄弟の名前に注目。
 この5人は海軍に所属し、同じ船に乗務していたところを1943年、ガダルカナル沖で撃沈され、5人とも一度に戦死した。これ以後、米軍では一家の子供が全員戦死するのを防ぐため「兄弟を同じ部隊に配属しない」「兄弟のうち1人は前線に出さない」という規則が生まれ、これが3人の兄をすべて戦争で亡くした末っ子ライアン2等兵を探し出して救出する映画「プライベート・ライアン」の原案となった。



ハワイ、オアフ島のパンチボウル国立墓地にも同じものがあるはずだが未確認。どなたか、情報を。

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