沈黙の戦艦 / パール・ハーバー

 映画のロケ地紹介と言うよりも、ハワイ観光の一日を「自分で行くアリゾナ・メモリアルとミズーリ見学」にあてては、というお誘い。

 「沈黙の戦艦」は、アメリカ海軍の戦艦ミズーリを舞台に、元NAVY SEALSのコック、ライバック(スティーブン・セガール)が、戦艦乗っ取り、核兵器奪取を企むストラニクス(トミー・リー・ジョーンズ)を中心としたテロリスト・グループに立ち向かう戦いを描いている。
 湾岸戦争を最後に退役した戦艦ミズーリの保存場所は、ニューヨークなど数都市の激しい争奪戦の末、ホノルルに決定。太平洋戦争の始まり(真珠湾攻撃で沈没したアリゾナ)と終わり(東京湾で降伏文書調印式が行なわれたミズーリ)にかかわった両戦艦が、真珠湾に並ぶことになった。係留MO
 「沈黙の戦艦」の実際の撮影は、すでに退役して博物館になっている戦艦アラバマをミズーリと同じアイオワ級戦艦風に改造して行なわれているから、金門橋をくぐってサンフランシスコに入港する姿などごく一部を除いて、本物はこの映画に登場していないことになる。


アリゾナ・メモリアルと戦艦ミズーリ16インチ砲

 太平洋戦争の最中に建造された戦艦ミズーリ(愛称:マイティ・モー)は一旦引退した後、湾岸戦争で復活。巨大な大砲を生かした艦砲射撃とトマホーク・ミサイルの発射台としての役割を果たしたのを最後に退役。これで大艦巨砲主義時代の遺物「戦艦」は姿を消した。
 現在は、浮かぶ歴史博物館となって真珠湾のフォード島に係留され、98年から一般公開されている。
 みどころは、16インチ(40センチ)の主砲と後に取り付けられたトマホークやハープーンの発射装置、日本軍の特攻機による損傷跡、降伏文書調印式の行なわれた場所(下写真、広い主甲板ではなく意外に狭い場所)それにブリッジ、艦長室、食堂なども見る事ができる。降伏文書調印

行き方 レンタカーなら、まず目指すのは、「アリゾナ・メモリアル」この標識を目標にしてワイキキから西へカメハメハ・ハイウェイを走る。バスなら47番で、「アリゾナ・メモリアル」へ向かう。欧米の観光客はここで一斉に降りるから、わかりやすい。
一番簡単なのはタクシー、グループで行くならこれもよい。混み合うアリゾナをまず先に見て、ミズーリはその後にまわすのがコツ。アリゾナ見学は午前9時から始まる。すぐに長蛇の列ができてしまうので、とにかく朝一番に行くことをおすすめしたい。
 沈んでいるアリゾナの真上に作られたアリゾナ・メモリアル(写真下)へは、海軍が運行するランチで。乗船前のホールで短いドキュメンタリー映画を見る。「経済的事情から(いわゆるABCD包囲網)日本は戦争へと追い込まれた」というナレーションが新鮮に耳に入って来る。だまし討ちの代名詞パールハーバーに於いてさえ、流れる解説はこの内容。当時の価値観や世界情勢をきわめて客観的にとらえた解説である。歴史的事実の評価がひとつしかないなどということはありえない。
 アリゾナ・メモリアル見学は全て無料なのだが、旅行社の送迎付きオプショナル・ツアーは$50 もする
 見学後、売店のチェックもお忘れなく。ここでしか手に入らない書籍、写真集、降伏文書の複製、ポスター、CDなどを売っている。

 次にミズーリへの行き方 戦艦ミズーリがつながれているフォード島は海軍基地で、一般車両は進入禁止。専用のトラムでしか橋を渡れない。アリゾナへのランチが出発する桟橋の近くに第二次世界大戦当時の潜水艦「バウフィン」(この内部も有料公開されている)がある。そのそばのチケット・ブースでトラムの乗車券兼入場券を買って乗る。ミズーリの売店には、甲板のボルトをあしらった記念プレートや甲板補修作業で出た木屑、戦歴を記録したビデオなども並んでいる。


ハワイ平等院

 映画「パールハーバー」が日本で公開された時カットされた部分が2つ。ひとつは初の東京空襲を前に空母の飛行甲板でアレック・ボールドウィンが放つ対日復讐演説の過激な箇所、そしてもうひとつが戦時下の日本で、絵日傘、振りそでの芸者もどきがのんきに歩いているシーン。そのシーンを撮影する時、背景に使われたのがハワイにある「平等院」。何とも安易。
 これはもともと日本人移民100年を記念して建てられたものだが、欧米人の観光客には人気があって、オアフ島一周ツアーに組み込まれており、その時間になるとバスから降りた観光客でにぎわっている。

行き方 前記バスツアー以外ならレンタカーで。オアフ島東海岸83号線沿いにある「TEMPLE」の標識から山側へ入ると料金$2を徴集するブースがある。

 CGで作られた戦闘場面は、真珠湾映画最高の迫力だが、日本に関する描写はアナだらけ。
さらにヒロインの同僚看護婦が死ぬシーンに対してアメリカ国内から、「真珠湾攻撃の際、米国人看護婦の犠牲者は出ていない」という指摘もあったという。

 帝国海軍の作戦会議に上記フォード島を中心にした真珠湾の地図が掲げられていて、その地図の題名が縦書きで「図地島ドラォ」と書いてある。戦前、横書きを右から書いていたことを生半可に知っている人がいて「日本の文字は縦書き、文字配列順は今と逆」とでも教えたのだろうか。おまけに「フォ」をひとつの文字と見たらしい。
 漢字を使う某アジア系航空会社の機内誌に「ブルーラ化ヨコハマ」というのがあった。これは、イトを漢字の化とまちがえたようだ。



映画とは関係ないが、まだガイドブックに反映されていない、ハワイ情報。

えひめ丸慰霊碑

 2001年2月9日、ホノルル沖で米海軍潜水艦と衝突して沈没し、9人が亡くなった宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」犠牲者の慰霊碑が、事故から丸1年の2002年2月9日、事故海域を望むカカアコ・ビーチ・パークに建てられ、除幕式が行なわれた。4×4mの黒御影石づくりで、中央にえひめ丸の錨と鎖が置かれている。

行き方 バスならワイキキから19番か20番に乗り、ワード・ウェアハウスの次で下車。海岸へ向かって5分くらい歩く。レンタカーはアラモアナ・ブールバードからコウラ・ストリートに入ると、自然に駐車場にたどりつく。
 慰霊碑は、公園正面入口の右、小高い展望台に向かう歩道沿いにある。

 ここは新しい公園で、観光客が少ない上に景色が美しいので、結婚式をハワイで挙げるカップルの記念写真をプロが撮るのによく使われている。

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