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2003年01月30日
アレクサンドルの墓

今日はアテネフランセで『アレクサンドルの墓』。ゴダールも参加した『ベトナムから遠くはなれて』、その中心人物であったクリス・マルケルの作品。いまは亡きソ連の映画監督アレクサンドル・メドヴェトキンに捧げる6通の書簡の形式をとった映画。崩壊したソ連を訪ねたマルケルの語りとともにロシアの歴史を自在に駆け巡るモンタージュの旅。

とにかく要所要所でモンタージュされるメドヴェトキン本人の映画が面白すぎ。やばいって。たとえば『幸福』という映画に登場するのは、水玉模様の馬とか、長靴を履いて周回させられる牛とか、女の子にヒントを教える子豚(もちろん実写)。奥さんのインタビューによると「主人は動物が好きでした」とか。しかも、いちおう社会主義のプロパガンダ映画なんだけどそれも一筋縄じゃいかなくて。ソ連映画でよくみられたという工場の機械が故障するシーンがいくつかインサートされ、「うまく行ってない工業化の暗喩か」というマルケルのナレーションが、つまり監督達が官僚の目を欺いて潜り込ませたせめてもの抵抗かみたいなことをほのめかすように入るのだけど、そのあと「メドヴェトキンの場合は」って出てくるのはなんと、暴走するトラクター! 素敵すぎる。あとモスクワで、画家が家を写生していたら、なんとその家が動く!それも氷の上を滑ってるみたいにツーっと。家の中では「モスクワが遠ざかってゆく!」、「いいえ母さん!動いているのはウチよ!!」とかゆってるし。あと青年が「明るい未来を!」とか叫ぶと、どんどん古いモスクワが蘇っちゃう。中央政府によって壊された大聖堂も逆回しでおもいっきし回復させてしまう。しかも観客の爆笑音をかぶせつつ。で、さすがに最後は一応いまのは冗談でしたということにして、ピカピカの未来都市みたいのを申し訳程度にみせるんだけど、この『新モスクワ』という映画、やっぱり上映禁止になったらしい。そりゃそうだろ。そしてオリジナルをすげえ観たい!

『アレクサンドルの墓』のなかではメドヴェトキンのほかにエイゼンシュタインやジガ・ヴェルトフも大きな存在として扱われる。というか、崩壊したソ連という体制、崩壊した社会主義の夢そのものにマルケルは寄り添い、その終焉を見つめる。
そうなのだ。クリス・マルケルがメドヴェトキン集団だった頃、ジャン=リュック・ゴダールはジガ・ヴェルトフ集団だった。マルクス=レーニン主義への共感、匿名的集団製作への挑戦、カンヌ映画祭の阻止。「五月革命」の青い炎は多くの若き映画監督をも巻き込み、そしていくつかの残酷な季節がすぎ、いつしかそれは色褪せていった。その後の不毛な主導権闘争と内ゲバ。社会主義ソ連では、スターリン時代の粛清の実態が明らかになり、そしてメドヴェトキンは党委員会の望むプロパガンダ映画をつくり褒章を受けるのである。

マルケルは71年、メドヴェトキンの『幸福』をフランスで上映した。マルケルはすべてをなかったことにできない人だ。そして限りなくやさしい人だ。そんなやさしさから出発して見た夢。その落とし前をつけずにはいられない誠実さ。
『アレクサンドルの墓』は「僕らが『幸福』を新鮮に観ることができたあの時代に」という言葉で終わる。


.. どうもクリス・マルケルについては好きすぎて、うまく距離をおいて考えることができない感じがする。ちなみにマルケルは「泡沫モンタージュ」の二回目の最初にも使っています。(でもこのサイト、掲示板等々の状況をみても、ホントにみてくれている人がいるのか疑問だ。) 僕が書くとなんかこう融通のきかなそうなガチガチの映画に感じられますが、実際の『アレクサンドルの墓』やその他マルケルの作品は、詩情にあふれ、かつホントに面白くて時間があっという間にたってしまう凄い映画ばかり(試しに『ラ・ジュテ』を観てみよう!)です。だってよく考えてみてください。僕らが『幸福』を観ることができた時代、とか感傷的にゆってるけど、その『幸福』って牛が長靴履いてる映画なんですよ!


2003年01月29日
映画史

一度は観ておかなきゃなダメでしょ、とエエカッコシイの虫が鳴くので、今日は吉祥寺まで行って『映画史』を、1Aから4Bまで全八章いっきに観てきた。

初めは引用元を意識しながら観ていたがすぐにそんな努力もむなしく、モンタージュの暴風雨に身をさらしてみれば、存外これが心地よい。嵐に翻弄されつつも、随時テーマとなるテキストが挿入されるので、それほど方向に迷うことはない。ワイズマンの長廻しカットが全体に奉仕しないことによって現実的な手触りを確保しているのとは対照的に、溢れ出るイメージの奔流をあるテーマに練り上げていくゴダールのモンタージュは映画そのもの手触りを伝える。小説でもマンガでも演劇でも政治でもなく、映画。映画でしか表現できないものを映画にする。そんなあたりまえのことが実現されている映画が一体どれほどあるだろう。

もう一つ『映画史』を圧倒的たらしめているのはソニマージュの全面展開だ。音と画の衝突具合が気持ちよすぎる。冒頭のタイプライターの音にはじまり既製音楽を含めありとあらゆる音が引用される。それがおもわず足で拍子をとってしまうくらいバッチシ決まっている。ゴダールの場合わざとはずすような印象もあるが、『映画史』ではあまりそのようなこともなく、終章ちかくのメランコリーな展開に至っては画面にあわせサウンドも叙情を紡いでゆく。

やはり音楽は重要だ。話はちょっとそれてしまうが、先日の『トーキョー・ボディ』、その点だけがちょっと不満に残っている。芝居、映像、テーマすべてが新しいことに挑もうとしているのに、音楽だけが旧態依然としたものをチョイスのセンスだけでサルベージしているように感じられてしかたなかった。正直に言ってしまうと幕があけて直後のダンスシーン、あそこで流れる音楽でかなり萎えてしまった。幕張メッセで催される企業の展示会ブースなんかで流れてそうな音楽。もちろん芝居自体の内容が素晴らしかったので、以後はそれほど気にはならなかったが、あのダンスシーンだけは冒頭なだけにすごくイタかった。

マリウス・プティパにはチャイコフスキーが、マース・カニングハムにはジョン・ケージがいた(そしてゴダールにはECMがある!)ように、舞台のテーマ、スタイルと音楽は切っても切り離せないものだろう。『トーキョー・ボディ』には今までにないものを目指していることが観客にも確実に伝わってくる高い志があった。だからこそ難しいのは承知で音楽にもそれに見合ったスタイル、クオリティのものを求めてしまう。無いものねだりかもしれないが、求めてしまうのである。

話は戻って、この時期どうしても『映画史』を観ておきたかったのには、ギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会』を読んでいたこともあった。最近、『<帝国>』邦訳版の発行に先駆けるかのように、ちくま学芸文庫から再発されていたのだ。
その巻末にある木下誠による訳者解題のなかで、ドゥボールがシチュアシオンのための「転用」という方法を用いて製作した二つの映画(『サドのための絶叫』・『比較的短い時間単位内の数人の通過について』)についてこんなふうに触れられている。

..そこには、パリの市街、観光名所、カフェなどの映像や、テレビ・コマーシャル、写真などの映像、白い画面、黒地に白く書かれた文字などが映し出され、これらの映像に重なって、男女二人の無機質な声が、古典的思想家やSF小説家、社会学の論文から転用した文章を読み上げるが、映像と声は一致しない。言葉の転用、映像のコラージュ、映像と音の不一致、後にゴダールが盗用するこうした手法で撮られた映画もまた、映画によるスペクタル社会批判であり、観客の受動的な意識に揺さぶりをかける。
ドゥボールは、「スペクタクルの社会」を転覆するために映画という「スペクタル」的な言語を用いるが、ゴダールのように「反映画」を「映画」によって搾取するのではなく、「映画」を反転させて現実に向かわせることを最重視していた。『サドのための絶叫』の初上映の際、ドゥボールは映画開始直前に舞台に出て、「フィルムはない。映画は死んだ。もうフィルムはありえない。さあ討論会に移りましょう」と発言することになっていたが、このことは、彼が映画をあくまで「状況の構築」という目的のための一手段と考えていたことを示している。
(木下誠による『スペクタクルの社会』訳者解題)

上映会場に行ったら、監督に「フィルムはない。さあ討論会をしましょう。」と言われてしまうというのもすごい話だ。まあそれはいいとして、ドゥボールの「転用」がゴダールの作品、なかでも『映画史』に大きく影を及ぼしていることは間違いなさそうだ。ただ、ゴダールが「反映画」を「映画」によって搾取しているというのはどうだろう。むしろ「反映画」こそが「<純>映画」に転じる瞬間を追いかけているのがゴダールだろう。そのことが確かめられただけでも『映画史』を観てよかった。

とはいえ、ゴダール云々ぬきに『スペクタクルの社会』、および「転用」の活用は注視に値する。アメリカ、イラク、北朝鮮、日本、その他諸々がグルになって演じる大掛かりな茶番劇を「鷹揚にお手並拝見と構えているうちに、いやおうなく「観客」であるしかないどころか、エキストラに動員されてしまいかねない」(『スペクタクルの社会』帯文より)というこの<状況>下では。

 


2003年01月28日
BALLET

明日は『BALLET』についてアップします、なんてちょっと大げさなことを言ってしまったことを少し後悔してますが、一応アップ。

BALLET』はワイズマンがアメリカン・バレエ・シアターを対象に撮った映画だ。ポイントはABTを選んだというところにあるだろう。たとえば昨日のワイズマン、保坂和志という流れから考えれば、浮かんでくるのはかつて「花はなにも物語りはしない、ただそこにあるだけで十分に美しい」と言ったジョージ・バランシンだ。ワイズマンの映画の感触に近いということならあきらかにABTよりもNYCBだと思うのだが、そこをあえてスター軍団のABTを対象としていることが、この映画を面白く観ることができるポイントであった。

ワイズマンのことであるから、バレエの美しさに耽溺できるようなつくりには全くしていない。ABTがいかに素晴らしいバレエ団であるかなどということにも頓着しない。あくまで匿名のバレエ団の組織、その機能、構成されるセクション、個人を徹底して見つめていく。冒頭、ワイズマンお得意のオフィスでの電話シーンの中で、エグゼクティブ・ディレクターのジェーン・ハーマンが寄付金の額を巡ってなにやら揉めており、かなり生々しい会話がばっちり収められている。また、練習風景のあとフロアを清掃夫が掃除するシーンなんかも執拗に撮られている。しかもその清掃夫らしきオヤジが鏡に向かってピルエットで廻る動作(かなり不恰好)を見逃さない。さすが神の目!
僕の観た回は、おそらく実際にバレエをやっているのだろうと思われる女性が多く、なかには可愛らしい小学生の三人組などもいたが、彼女達は作品の少なくない時間を占めるこれらのシーンをどんな風に観たのだろう。僕が彼女達の立場なら、早くバレエシーンみせやがれこのやろう、と思うだろうなきっと。

そして練習シーンはやはりすごい。マイケル・ソームズやイリーナ・コルパコワが指導しているシーンなんかがさらっとでてくる。ナタリア・マカロワまで登場するのだが、ほんの数十秒だけでしか使われていない。誰にスポットをあてても一本映画ができてしまうであろうという錚々たる面子なのだが、ワイズマンはあえてそこを避けていくのである。しかし例えばアグネス・デ・ミルの発している凄みはどうだ。ワイズマンが業績や栄光をいくら抑制したところで、浮かび上がってしまう存在感の発露。このせめぎあいこそが『BALLET』の見所であると思うのだ。ゆえにNYCBではなくABTでなくてはならないのである。

このせめぎあいはエンディング近く、ケネス・マクミラン版「ロミオとジュリエット」の「バルコニーの場」でアレッサンドラ・フェリとフリオ・ボッカが踊るパ・ド・ドゥで見事に止揚、昇華される。なんせ僕の斜め前に座っていた女の子はすすり泣いていた。わかる、わかるよ、と肩を抱いて、まあなんてやさしいのチュウッ、なんてことは一切なく僕の妄想にすぎないわけだが、モダンバレエの最も有名な場面の一つといえるこのシーンで、フェリの美しさは「匿名」と「スター」のせめぎあいから、一気に「普遍性」へと突き抜けるわけである。そしてその瞬間、ワイズマンはあっさりこの映画『BALLET』を終わらせる。
まったく見事としかいいようがない。


2003年01月27日
ワイズマンと保坂和志

昨日はユーロスペースでフレデリック・ワイズマンの『BALLET』を観た。

ワイズマンは「神の目」と言われる。確かにワイズマンのダイレクトシネマはドキュメンタリー作家にとって一つの極北に違いない。
対象となるのは公共施設、社会問題、階級、街そのもの、そしてそこには有名無名関わらず匿名的存在として大勢の人々が登場する。ナレーションも字幕も一切ない。なにかわかりやすい問題が解説されたり、告発されたりするようなこともない。なにより上映時間が長い。そしてその長い上映時間の中であらゆるデティールをとことんみつめることで、個々のセクションの関係性、そこで機能しているシステムと、その力の作用を観客に示唆する。

同時にワイズマンの神の目は、一作品の編集に平均で1年前後かけているという繊細で緻密な編集によって構築された「人工的な」神の目である。会話シーンにはたいていカットバックで相手のインサートが入るし、かなり多くのカットで音のずり上げ、ずり下げも行われる。実際ワイズマン本人も自分の映画は「ルポタージュ的であるよりは、小説的でありフィクション的だ」と言っているという。

それに関連してもう一つ、ワイズマンの映画に登場する人々は誰しもが、そこにキャメラなど存在しないかのように振るまう。少なくとも画面を見る限り誰もキャメラのことなど気にもかけていない。つまりワイズマンの撮影クルー(ワイズマン、キャメラマン、キャメラ助手の3人。ワイズマン本人が録音マンを兼ねる。)は現場で徹底した観察者、いうなれば「神の目」となっているということである。しかし、そのことはありのままの現実をダイレクトに切り取っているなどという幻想を意味してはいない。この点について『ドキュメンタリー映画の地平』の中で佐藤真はワイズマンのインタビューを引用しつつ指摘している。

 ―「現実」が歪められないように距離をとって撮影されたりしましたか?
ワイズマン:離れたりする必要はありません。いい音を録るためには近くに行かねばなりませんし。 (中略)撮られたくない、録音されたくないと思ったら、人はそう言うものです。撮影を了承したらふさわしいと思うように振る舞いますし、「普段と変わりなく」、撮られているということを気にせずに演技します。撮影されているということがいつもの自分のあり方を変えるとはそう簡単には思えません。変えるのであれば、プロの演技の質がずっと良くなっているはずですからね。
(フレデリック・ワイズマン映画祭カタログ)
 
<つまり>キャメラを受け入れるのは、キャメラを意識しないということではない。誰もがキャメラに撮られていることを意識した上で、その場にふさわしい振る舞いを演じているのだ。ここに、あくまで出来事の客観的レポートを目指すジャーナリズムとの本質的な違いがある。ドキュメンタリーは、常に映画作家の主観的表現なのである。
(佐藤真 『ドキュメンタリー映画の地平』)

そうワイズマンの映画は現実的な手触りを感じさせるが、それはけっして客観的、中立的ということではなく、あくまでワイズマンの表現として構築されたものなのである。しかし、その際個々のカットを特定のイデオロギーやメッセージに収斂していくように組み立ててしまうことを注意深く避けながら、とことんミクロな視点を次々に提示することで、観客自身を思考させる。このとき観客の思考はバックグラウンドにあるテーマではなく個別のシーンに対してなされているところに、現実的な手触りの秘密がある。

これを書きながらいま思ったのだが、保坂和志の小説にもそのようなところがあるように思われる。たとえば試しにここの小説論のページを見てみるとよい。これってまんまワイズマンではないか! ホントにいま思いついたことなので、もう少し深めるのに時間が必要だが、「ワイズマンと保坂和志」ということを少し考えてみようかと思う。そうか、だとすれば、以前ここでも書いたロバート・クレイマーは?

なぜそんなことが気になるかというと、ワイズマンとクレイマーのアプローチはかなり対称的だからだ。二人の対談にこんなものがある。

クレイマー:我々二人のあいだのもっとも大きな違いは、君が外の世界について、その外の世界自体の中で起こっていることを探している点だと思う。私が興味をもっているのは、基本的に"外の世界"なんて存在しないのであって、それとそれを見るもののあいだの関係にこそすべてがあるのだという考えだと思う。私がいま話していることは物理学や心理学、ものの見方についての最新の展開と深くかかわっていると感じている。だからこそそのアイディアにすっかりはまりこんでしまっている。

ワイズマン:つまり私は古臭いというのかね!

クレイマー:いや、そういう意味じゃない。
君は自分の外の世界に、それだけで自足して成り立っている固有の何かがあるのだという考えに確信があるのだろうということだよ。ある意味でそれが、私が君の映画とのあいだに持つ会話でもある。「ここで俺は本当は何を見ているんだろう?」私に分かるのは、『ルート1』を観た観客が「これはまた、なんて複雑な映画だろう」ということであり、その複雑さとは映画を通してずっと"私"と"それ"のあいだに駆け引きがあることだと思う。 (中略) "それ"を自分はこうだと見ている、その中にどんどん入り込んでいくのだ。危険信号はそこらじゅうに現れる。独善主義、自分のなかに耽溺して自分を見失うこと、だが私はそうした問題を扱うためなら、そんな駆け引きは覚悟している。
(「Documentary Box #12」)

ワイズマンについての発言、さすがはクレイマーというべきか、ワイズマンの本質のかなり核心を言い当てていると思う。そして、これはますます保坂和志を想起させられるなあ。まさに、「私が生まれる前から世界はあり、私が死んだ後も世界はありつづける」(保坂和志 『世界を肯定する哲学』)ではないか。そしてクレイマー自身への言及はやはり相当興味深い内容だ。フレデリック・ワイズマンと保坂和志。ではクレイマーは?

※『BALLET』のことを書こうと思っていた(はじめはタイトルもBALLETだった)のに、まるまるワイズマンについてになってしまったので、『BALLET』については明日あらためてアップします。

 


2003年01月26日
トーキョー・ボディ

トーキョー・ボディ、25日昼公演を観る。多くの刺激を受ける。観劇中から頭がぐるんぐるん回転し、ラストのアクションと同時に一気に力が抜けた。とりあえず思いついたことをただもう羅列。

・ 「私は〜だった/ではなかった。」ではいま現在の私とは?

・ 答えは常に先延ばしされる。劇作家は言う「いずれ話します。」

・ 本当は警備員ではないが、周囲の者が警備員と認識するのなら警備員である。生徒にとっては男は先生である。家来にとっては男は王様である。王様は家来あっての王様である。

・では男とは?男らしさとは?
「私はヘテロではなかった。」恋人の夫に離婚を迫るレズビアンの女とそのレズビアンに妻を寝取られたダメ夫。立場を変えて芝居は繰り返される。

・「歴史は二度繰り返す。始めは喜劇として、次に悲劇として。」(マルクス)

・「商品から金本体への商品価値の飛び移り=商品の命がけの飛躍」
なるほど商品の価値は金によって測(量)られるようになる。ではその金の価値を測るものは何なのか。金は別の「何か」によって、「何か」は「さらに別の何か」によって測られる。その先にあるものは―答えは常に先延ばしされる。そしていまや金は紙幣となり、さらにデジタル上の数字でしかない。

・資本主義の飛躍。「1メートル32センチ。また後退した。日々これ後退。」

・そういえば今日なにげなくNHK観てたら、ヘッジファンドって連中を紹介してた。彼らは「カラ売り」という手法を駆使する。それはこんなやり方で。金融の先物売ではある通貨を指定した○ヵ月後に現在のレート「A」で売るというオプションを得ることができる。なので暴落しそうな通貨を現在のレート「A」で先売りしまくっておいて、指定した○ヵ月後にさらに暴落したレート「B」で買いあげると同時に○ヶ月前のレートである「A」で売れば、その差を利鞘とすることができるという。そのためにコンピュータ上で信じられない桁数のマネーが動いている。

・教え子は先生を探す。先生は「触れる」ことなしにものを認識しようとしない。先生は鳥子を探す。鳥子は言う。
「何もありません。」

・二つの「死」。
一つは ヘルスのしがない客引きの死。あっけない死。土へと還る死。
もう一つはチンピラのはずがいつのまにかテロリストとなった男とヘルス嬢の夢見る心中。ロマンティックで愚かしい死。

・しかし心中は劇作家によって止められる。
「ばかやろう。死ぬな。」
このとき劇作家は二人に、「漕ぎ出せ」、「破壊への希望」というのだが、ここがいま一つわからない。いや「わかる」必要などないのかもしれないが、あまりにも漠然としすぎている。でも「そう簡単には死ねない。」という言葉には腹に落ちてくるものがある。

・いろいろ動き回ると腹が減る。

・コンビニ。ボウリング場。レスリングの練習。ローアングルでフィックスされたフラットな画面のなかで反復される動きの面白さ。とくにそれが中年の男性だとすこぶる面白く感じる。その動きをさらに舞台の上で若い役者がまねる。繰り返される。「どこにでもある朝。なにも事件はありません。」

・そこにはやはりなにも無いんじゃないかと僕は思う。それでいいのか?
別に反語的にゆってるのではなく、ホントにわからない。
いいような気もするし、だめなような気もするし。

・ラストは一時中断という感じがした。これからなのだろう。とりあえず「死ぬな」ということと「破壊への希望」でもって「彼方」へ漕ぎ出すというところまできて、「つづく」の文字が、という印象。

・あとなんだかわからないが、お、俺もやる!という気になる。
(「ロッキー」観たあと急に筋トレとかはじめてみる中学生みたいなものか。)

芝居観終わったあと青山ブックセンターに寄ると、平積みになったアントニオ・ネグリ&マイケル・ハートの『<帝国>』邦訳版(訳:水嶋一憲、酒井隆史、浜邦夫、吉田俊実)を発見。ついに出た! ずうっと待っていたのです..うっ、5,600円..うーん高くない、高くないぞ。自己暗示をかけてなんとか購入。ホントは足立正生の『映画/革命』を買う予定だったのだけど我慢する。『映画/革命』も3,600円もするんだもの。

 


2003年01月24日
エルサレムの家

アテネフランセでアモス・ギタイの『エルサレムの家』を観る。東エルサレムにあるドルドルヴェドルシェヴ通りに住む人々へのインタビューを中心に、パレスチナ/イスラエルの錯綜した状況があぶりだされる。

強く印象に残ったのは長いパンニングだ。冒頭とエンディング(冒頭とは逆方向)で使われる山肌から市街地への長いパン。ユダ王国時代の発掘現場で使われるエルサレム出身のアラブ人作業員と祭礼浴に訪れたアメリカ出身のユダヤ人をワンショットで収める長いパン。家の壁をアップでなめるパン。しかもどのパンも一方向だけでなく、繰り返し往復するのである。パンによって混交的な状況を一時的に遠心分離し、それぞれの極が一瞬だけはっきりと浮かび上がるようにみえる。ただそれを安易に使ってしまうとテレビドキュメンタリーのクリシェになってしまうだろう。場所とアングルをどのように設定するかが重要になってくる。『エルサレムの家』のはとても思索的なパンだった。

映画を観たあと御茶ノ水の某貸しレコード店にはじめて足を踏み入れた。話には聞いていたが、あまりにすごい品揃えに思わず「sage!sageろって!」と心の中で叫んでいる自分がいる。姉さん、事件です。まさかレンタルで裸のラ○ーズ(思わず伏字で自主規制)が借りられる日がくるとは思いもよりませんでした。僕はいま感動しています!

 


2003年01月19日
泣きました、違う意味で

大学時代の先輩が芝居のチケットが余ってるというので、誘われて観に行く。何年かぶりの本多劇場である。しかし、そんな感傷など吹き飛ばすように、電話口でその劇団名を聞いたときからうすらと感じていた嫌な予感が見事的中。その劇団は観たことはなかったけど、学生時代は「シアターガイド」を定期購読していたので名前は知っていたし内容もだいたいの予想はつきます。「大の大人が笑って泣けるヒーローもの」。やばいって、Fさんそれ絶対やばいって。でももしかしたらだ、あれからまだ生き残ってるということは、もしかしたら進化して面白くなっちゃってるのかもしれません、って全然そんなことねー! いや参った。Fさんごめんなさい。でもそんなんも含めていちおう楽しみましたので。ちなみにFさんの弁は「いや、ぴあに面白いって書いてあったから」。

だいたい演劇ほど当たり外れの激しいジャンルってないと思います。始まって5分、いや3分で分かる。これやばい!て。しかも本多劇場クラスだからといって安心してはいけない。なにが怖いって今回の劇団もそうだし、他にも甘いお菓子の箱の名前のついた劇団とかが普通に人気あったりする点だ。あれはいまだに信じられん。

それで演劇といえば、今週末いよいよ「トーキョー・ボディ」を観にいく。遊園地再生事業団を生で観るのは初めてなのですごく楽しみにしている。

Fさんと芝居を観たあと、他の大学時代の人々とも合流。そこでKさんのつくっている素敵なサイトを教えてもらう。雑誌「anan」にも紹介されたらしい。いやあ本人からは想像もつか..失礼、いやホント素敵なサイトなのでみなさんもご覧になってください→

 


2003年01月16日
ブロードバンド革命

だからDLは1個づつだっていってるじゃないか! みなさんこんばんわ、ウメヤマです。今日からこのサイトは「ブロードバンドでエロは変わるか?」というテーマでお届けしていきたいと思います。

ウソです。でもおかげさまでダウンロードツール、偽装解除、結合方法、あぷろだの場所、そして「乙カレ-」と一声かけるやさしさだけは身についた26歳さそり座無職実家暮らしの冬。

じゃ、そろそろマンガ喫茶に「バガボンド」の15巻読みに行くのでまた!

 


2003年01月12日
生き延びるために

長年精神的に悩んでいた友人Zが正月2日に亡くなった。家族の意向で葬式も告別式ももたれなかったので、昨日友人達でささやかながら追悼式を開いた。直接の死因は僕には知らされていない(いつか知ることになる日がくるとは思う)が、亡くなる10日くらい前に会った友人の話だと、そのときはいくらか未来に希望のもてるような話をしていたらしい。

現実は廃墟だ。ガレキの街に生きている。比喩でもなく、感傷でもなく、それは現実認識だ。そして大事なのはそこで"生き延びる"こと。ひきこもってもいい。リストカットしてもいい。薬物依存になるかもしれない、それでもいい。なにも起こりえない、逆転ホームランなど起こりえようのない人生に絶望してでもいい。それでも"生き延びる"ことだ。そしてそのためには死なない智慧へのアクセスを常に確保しておく必要がある。こんな社会でも使えるツールはいくらかある。公的機関の中にもインターネットの中にも。相談機関の連絡先、避妊の方法、薬の致死量あるいは副作用のこと..etc

 


2003年01月07日
日本の心、カマ心

悲しいとき!
芸能人ゴルフ大会で2位なのに全然画面に映ってない村上ショージをみたとき!

どうこのフレンドリーな前フリ。さえない中学生並みのユーモアセンス(テレビネタかマンガネタしかない、あと替え歌)。なんかこのサイトよさげでしょ! ええと管理人さんもユーモアさんだし、なんかいい人そうだしぃ、ステキ! もうトリコ!
そう、ここはステキピープルがたくさん集うオトナのか・く・れ・が・なの。そしてとってもとってもオサレなパーティが夜な夜な繰り広げられているの。ぜひあなたも参加してみてね。

..な〜んでオカマ口調になっちゃうのかなあ。やはり「日本の心、カマ心」ともいうことだし(いわないて)、そういう大和魂なら大歓迎だな。

 


2003年01月06日
原チャリで横転

原チャリで横転した!家の前の下り坂。体は放り出されてバイクもくるくる回ってった。道路が凍結してやがった。道路沿いに団地造成の工事やってて、そこの警備員のオヤジがいつも撒いてる水が凍ってたのだ。幸い打ち身だけで済んで、原チャリもほぼ無傷だったのでよかったが、対向車が来てたらあの世生きだったな。
しかしあれ久しぶりに思いっきり転ぶとなにか忘れていた感覚が蘇る気がする。もちろん痛いのだけどどこか懐かしい。瞬間観念すると同時に甘く痺れるようなあの痛みって意外と重要なのかも。とりあえず「プチ野生」とでも呼んでおこう。

転んだのはTUTAYAに正月用のビデオやCDを返しにいく途中のことでした。それでUAの『泥棒』も借りててこれが無茶よかった。年末にいちおう「2002年の10枚」などと挙げてみたのですが、いまさら追加してもよいでしょうか。あ、どうでもいいですか。そうですよね。神田うのと美川憲一が仲いいくらいどうでもいいですよね。勝手にやっとれ、みたいな。
いや僕の10枚なんてどうでもいいのは重々承知なんですよ。ホントに!
..ですが、すごい愛聴してるのに入れるの忘れてたソロモン・バークの『Don't Give Me Up On Me』も実は追加したかったりするのです。あとそれからミシェル・ンデゲオチェロの..(以下、略)

 


2004年01月03日
謹賀新年

正月のテレビ番組はどうしてつまんないのばっかなのだろう。ま、観なきゃいいわけですけど。ところでみなさん年初めの王様の挨拶は聞きました?
「我が国と世界の人々の幸福を祈ります。」
とかゆってましたよ。その「世界の人々」の中にはちゃんとイラクに住んでる人とかも入ってるといいんですけどね。少なくともこんなのが幸福につながっているとは思えないから。

 
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