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「公団 金町団地」 建替闘争の記録

1992年(平成4年)から始り、1999年(平成11年)に「協定書」により一応の決着をした「公団 金町団地」の建替闘争を住民の立場からまとめものです。
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建替と向かい合った日々

小さな団地の大きな闘い

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更新記録 :
2002年 10月 6日  「弁護団/支援者名簿」 追加
2002年  9月 4日  「住民運動」 追加
2002年  8月29日  「協定書」 追加
2002年  8月25日  「建物明け渡し裁判の記録」 追加
2002年  8月 1日  「金町団地 居住者の意見」 追加
2002年  7月 7日  「金町団地の建替闘争 組織図」 追加
2002年  6月10日 「東京23区公団住宅自治会協議会 林守一氏」の「金町団地の組織活動」 追加
2002年  6月 4日  「金町団地の建替闘争」作成 「田中弁護士 の論文へ」 

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◎ 「公団 金町団地」の所在地 

1992年(平成4年)7月、住宅・都市整備公団(現在;都市基盤整備公団)は、東京葛飾区にある、「金町団地」の建替を決定しました。

金町団地は、東京の東のはずれに位置し、江戸川を挟んで、隣は千葉県松戸市、北は埼玉県三郷市に接しています。また、南は「フーテンの寅さん」で有名な「柴又」の隣町です。

東京の地図

◎ 「金町団地」概要 

1958年(昭和33年)に入居が開始され、2階建て、庭付きの、今は環境に恵まれた団地です。6戸または8戸が一棟を構成し、ハーモニカのような棟が全部で31棟あり、総戸数226戸と公団の中では、小さな団地です。

 所在地 : 東京都葛飾区東金町2丁目12番他

 最寄り駅: JR常磐線 金町駅 徒歩8分

 敷地面積: 約27,200(約8,200坪)

建設年度は、確かに古いのですが、1977年(昭和52年)に、庭に一部屋が増築され、その際、木製であった窓枠、玄関扉もアルミサッシに改修されました。一階はダイニングと6畳間それに浴室・トイレがあり、二階は3畳と6畳間と言う間取りです。まだ後、20年はこのままで生活できる住宅です。

建設当初は、田圃に囲まれ、最寄の常磐線金町駅に出るにも、雨の日は長靴が当たり前、晴れても、ぬかるみ道が乾くまで、まだ長靴が必要というひどい、でものんびりした状況の田舎でした。

東京の発展に伴い、団地の周辺も開発され、田圃が住宅地に変わり、商店もできて来ました。

団地居住者と地域住民が共に街を発展させた、東京下町の暮らしがある、いい地域になりました。


1992年の世帯主の構成は、51歳から60歳が一番多く全体の30%を占め、60歳代、70歳代を含めると、51歳以上の世帯主が72%を占めていました。

ほとんどの世帯が子育てを終え、この金町団地をこれからの終(つい)の棲家と考え、庭の草花を愛し、余生を地域と共におくるべく生活していました。


このような状況下、突然公団から「老朽化に伴う建替指定」を言い渡されました。


◎ 「建替計画」の概要 

金町団地の概要と公団の「建替計画」の概要は以下の通りです。


 

     建替前

     建替後

住宅戸数

226戸

約550戸

階 数

2階建

6階〜11階建

棟 数

31棟

8棟

住宅形式

3DK(庭付き)

1DK〜3LDK

専用床面積

約56

約34屐腺僑鍬

構 造

鉄筋コンクリート造

鉄筋コンクリート造

家 賃

平均¥55、311

¥96,000〜

¥183,000−


◎ 「建替計画」に対する居住者の怒り

そして「建替計画」の実態は、


1.家賃(¥18万/月)が現在の3倍とあまりも高額になる、

2.高額家賃設定の妥当性がない、

3.計画に賛成しなければ、2年間で「住み慣れた土地」から追い出される、

4.建替ても、「居住水準」が向上しない、

5.「話し合い」で計画は進めるといいながら、住民の意見をきかず、「威圧的」「強権的」な公団の姿勢、


など今までの団地居住者が「住み続ける事の出来ない」内容でした。


毎月 18万円の家賃を支払える世帯がどのくらいいるのでしょうか?


私が、「建替」という言葉から連想するのは、確かに建物や住宅設備が新しくなるので、家賃が上がるのは仕方ない。
でも現在の相場から考えて、¥10万/月、ぐらいかと思っていました。
それが、何と、¥18万/月 です。
これでは、完全に「家賃が払えない人は出て行け!」です。
当時はバブル経済も終わり、世間の家賃相場は下降して、金町団地の近辺でも、3LDKのマンション・タイプで¥10万〜¥13万/月が相場でした。
また東京近辺だけでなく、全国的に見ても公団の家賃は、近隣の相場より高いため、空家も増大してました。
「建替」は本当に必要なものか? 私たち、現在の居住者の生活はどうなるのか? 大きな問題が私たちの肩に覆いかかって来ました。

公団の「建替計画」の実態は毎月、家賃もチャント支払い、問題のない善良な「借家人」に対して、高額家賃をふっかけ、その家賃が払えない元の居住者を追い出し、支払のできる一部の人から収益を上げようとする「大家=公団」の「強制立ち退き計画」でした。

そこには、今まで住んできた「借家人」の権利、「生活権」「居住権」を蹂躙する、思い上がった「お上(かみ)」意識がありました。


「建替」で「大家」が好きなだけ高額家賃を設定していいなら、「借家人」の権利が守られない!


◎ 住民闘争の概要 

余りにもひどい、公団の「建替計画」に対し、該当の金町団地住民だけでなく、団地近隣の方々や、同様の「建替問題」で悩む他の公団住宅居住者、さらに運動を支援する多くの人々が参加して、「金町団地 建替闘争」は大きな市民運動となって行きました。

公団から仕掛けられた、「裁判」でも、公団という国家の組織を相手に闘い、裁判の不当性を訴え、霞ヶ関近辺や最寄の金町駅頭での「ビラ」も渡しました。

地元「葛飾区議会」「東京都議会」にも陳情し、「公団」の不当性を世間に理解してもらいました。

たゆまない運動の成果により、公団の「建替計画」は名目で、その実態は家賃を引き上げ、高い家賃を支払えない弱い居住者を「追い出す」内容である事が徐々に明らかになり、公団は窮地に追い込まれて行きました。

そして、ついに、1999年(平成11年)3月、私たちは、公団に「裁判を取り下げ」させ、「団地全体の建替から」「一部は以前のまま10年間残す建替」を行う「一部建替の協定書」を締結し、「金町団地の闘争」は決着しました。


決着の方法として、「期間が10年間」という今後見守っていかなければならない課題が残っています。公団の民営化問題が10年先にどうなっているのか?金町団地の闘争はまだ終わっていません。


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 今回は、「建替対策」を入れると、10年近くになる、「金町団地 建替闘争」の内、裁判だけでなくで、運動の中心として献身的に活躍された「田中 隆 弁護士」のまとめを紹介します。

 ★ 「金町団地闘争の対決点と解決」 弁護士 田中 隆 ★


 また、東京にある公団住宅の居住者で構成する「東京23区公団住宅自治会協議会」に属され、公団の「建替事業」が抱える問題解決に奔走された 「林 守一 氏」 の運動のまとめを紹介します。

 ★  「金町団地の組織活動」 東京23区公団住宅自治会協議会 林 守一 ★


 金町団地自治会を中心とした、「建替闘争の組織図」です。

 ★  「金町団地の建替闘争 組織図」 


 金町団地 居住者の意見です。

 ★  「金町団地 居住者意見」 


 住宅・都市整備公団から受けた裁判と和解の記録です。

 ★  「裁判の記録」 


 金町団地居住者/裁判対象者と公団との間で交わした「協定書」です。

 ★  「協定書」 


 どのような住民運動をしてきたか、団地居住者「吉澤 礼子氏」の文章です。

 ★  「住民運動」 


 裁判闘争で献身的に活動された「弁護団」と金銭と心で支援していただいた「支援する会」の方々のお名前です。

 ★  「弁護団/支援する会 名簿」 


  連絡・内容に対するご質問などは、以下にお願いいたします。お気軽にどうぞ。


郵便番号

125−0041

住所

東京都葛飾区東金町2−13−公団22−5

氏名

香川 利民

電話

東京(03)3609−4982


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