戦後、野球のコントで一世風靡した永田ファミリーの末っ子として芸能一家に育つ。
50'〜60'年代のミュージカル映画(フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ドナルド・オコナーなどに感化され、ダンサーの道を志す。京都でタップダンスを吉田タケオ氏(現日本タップダンス協会会長)に師事。中野ブラザーズは兄弟子にあたる。
当時、京都ではダンスの仕事がなく、昭和29年4月に上京。米軍のキャンプまわりの折に踊りのうまい米軍兵士との出会いから、渡米を志すようになる。
昭和34年『ホリデー・イン・ジャパン』への出演もかねて渡米。公演のハードスケジュールの合い間をぬって、ジャズダンスをマット・マテックス氏(MGM映画『略奪された7人の花嫁』のケイレブ役)に、ジャズ、タップ、アクロバット、パントマイムなどをタミー・モリナロ氏に師事。また、ブロードウェイでミュージカルを勉強し、ここでもダンスレッスンに励む。
帰国後、ダンス教師、振付師として多方面で活躍、現在に至る。



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