ふりむくな鶴吉 12「寒月記」

さて、年が明けての第12回も本格的な推理物だった。
神田多町のロウソク屋の主人・肥前屋五兵衛(佐竹明夫)が何者かに襲われて行方不明になったが、五兵衛が前日夢斎先生のところに薬を買いに行っていたことがわかる。彼は人に怨まれるような男ではないが、誘拐か、はたまたと物盗りか。その後夢斎先生の家に賊が入ったことから鶴吉の推理が冴えて・・。

パリから帰ってご機嫌の様子の沖氏だったが、この頃私にとっては忘れられない事件が起こった。
進学や家庭問題の他、知り合いの男性から結婚を申し込まれたのだ。学校に嫌気がさしていた私に、
「それなら高校なんて行かなくても俺が養ってやる」
と言ってくれる人が現れたのだが、15歳の私は結婚がどういうものかさっぱり考えもせず、『学校が辞められる』という夢にすっかり心を奪われた。ハイミスの担任に「結婚しますから」と言って目を丸くさせてやりたいという意地悪な思いや友人の驚く顔ばかり想像して、半分その気になり始めていた。しかし、事件とはそんなことではない。

日曜日のNHK参りはそれでももちろん続けていたが、毎週来ている私に「スタジオの人々」も気がつき始めていたのだ。

ある日、撮影が休憩に入ったのか、スタジオがからっぽになってしまった。これまでにもそんなことは何回もあった。その度に足を棒にしながらガラスにへばりついて青いハッピが出て来るのをひたすら待っていたのだ。
しかし、今回は何かおかしい。スタジオの明かりも消されている。天気でも悪かったのか、見学コースにいるのも私一人だった。

『もう今日は終わりなのだろうか・・・』
ため息をついて撮影の様子が見られるモニターを見上げた私は思わず声を上げた。
「えっ!!」
そこには私が写っていたのだ。
顔は逆光ではっきりしないが、この服装は間違いなく今日の私だ。急いで下のスタジオを見ると、一台のカメラが私に向かって固定されている。
何が起こったのかわからないまま、手を上げたりちょっと横へ移動したりしてみたが、間違いなく私のライブ中継だ。
もしかして危険人物としてマークされてしまったのかも知れない。そう思った私はあわててカメラに写らない位置に移動した。するとスタッフの一人が出てきてカメラを私に合わせ直して手を振るではないか。意外にも笑顔だ。ますます何が起こったのかわからない。

それからもっとビックリすることが起こった。
スタジオの明かりが点いて寅さん(西田敏行氏)が入って来た。彼にスポットライトが当たる。何と寅さんはこちらを見上げて、モニターを通して私に声をかけて下さったのだ。ところがまたしてもツイていないことに、何も聞こえない。その日はモニターの音声が消されていたのだ。
寅さんは何か私に質問しているように見える。仕方なく耳に手を当てて、こちらに声が届いていないことを知らせた。首をかしげた寅さんが次にとった行動は・・・・!

ここは私の見学コースの第1ハイライトなので、もったいないから次回へのお楽しみにする。(誰も楽しみにしていないとは思うが、自分で勝手に『お楽しみ』)
気を持たせておいて実は大したことではないのだが、私にとっては大事件だったのだ。

ふりむくな鶴吉 13「約束」

鶴吉は常盤津の師匠・美保(真木洋子)と知り合う。美保には英助という恋人がいるが、ある日、その英助と思われる死体が見つかった。英助は上方で生きているという美保。その通り、死体の身元を調べると、海産物問屋浜崎屋の主人・新兵衛であることがわかった。
今年亡くなった真木洋子がゲスト。

さて、前回の続きを書かせてもらう。
懸命に話しかけてくれる寅さん(西田敏行氏)だったが、音声がこちらに届いていないことには気づかないようで、ひたすらこちらに向かって何か言っている。困った私を見て首を傾げた寅さんは、誰かを手招きしている。

招かれて青いハッピが見えて来た時には、既に私の心臓は飛び出そうになっていた。そう、鶴さんだ。沖氏がこちらに向かって微笑みかけているのだ。
相変わらず見学コースには私しかいない。
沖氏が手を振った。遠慮がちに振り返す。やはりマイクに向かって何か話しかけて下さるが、何も聞こえない。もし仮に音声が入っていても、マサヤ光線をまともに浴びて金縛りに遭っている私の耳に届いたかどうか疑問だ。

その時、沖氏の手が「こっちへおいで」と招く仕草をした。
後から聞いた話では、ファンの人はスタジオには入れなかったが、控え室までは沖氏の計らいで入れたようなのだ。(もう少し前の日記参照)だから沖氏は私にも下へおいで、と言って下さったのだ。
しかし、どうやれば入れるのか、その時の私にはわからなかったし、それを伝える手段もない。どうしたら良いものかと考えていた時に再び悲劇は起こった。

「あら〜、鶴吉やってるんだ!」
「あ、いるいる、沖雅也!」

団体客の登場だ。あっという間に私は後ろへ押し出されてしまった。そして、何か話している寅さんを見て
「ちょっと、このテレビ、音が出ないわよ!」
と係員を呼び出してスイッチを入れさせた。さすがだ。

「私、この番組で下っ引きをやっております寅吉こと、西田敏行でございます。きこえたら手を振って下さ〜い」
一斉に手を振る見学客。これでは私の立場がないではないか。もしかしたらちょっと足りない女の子だと思われてしまったかも知れない。

モニターを見上げたが沖氏の姿は映っていないようだ。
「みなさんの斜め前にあるこのモニターをご覧下さい。画面を2つ、3つに分けることも出来ます。これがNHKの技術でございます」
どっと笑いが起こる。
私の頭の中では『ガラス越しに手を振り合うラブシーン』が勝手に作られてつつあったのに、いきなりお楽しみ演芸会になってしまったではないか。
しかし、この西田氏が大河ドラマの主役になったり紅白歌合戦に出ることになると、あの時誰が想像したことだろう。
とにかく、こんなパフォーマンスをされたのでは、前の方に滑り込むのはますます至難の技になってしまった。

誰が悪いのでもない、係員に音声を入れてくれるよう頼めなかった私がドジなのだ。
西田氏にしても、この番組を盛り上げるためにサービスをしていたのだろうし、私だって団体客の一人だったら、人を突き飛ばしてでもこのラッキーなハプニングを見逃さなかっただろう。
モニターを見上げた。西田氏が冗談で見学客を笑わせている横で沖氏がニコニコ笑っていた。
さっきのラブシーン(だから違うって)などなかったかのようだ。

「それでは撮影に入ります。撮影の様子もお楽しみ下さい。」
撮影が始まってもしばらくの間、このスタジオの前は黒山の人だかりとなってしまった。
そして私が再びガラスの前に戻れた時には、青いハッピはどこにも見えなくなっていた・・・。
ほえ〜、まただ〜。

ふりむくな鶴吉 14「湯女風情」

ある寒い晩、寅吉と又十郎は湯女が揃っている柳湯へ出かけたが、そこの女将のさよが何者かに殺されるという事件が起こった。又十郎が脇差しを女湯の刀掛けにかけて風呂に入ったために、彼に疑いがかかる。真犯人探しに立ち上がった鶴吉。だが、意外にも犯人は寅吉が16歳の時に草履を恵んでくれた少女だった。

前回は心優しい沖氏のエピソードを書いたが、今回は「沖雅也だって人間なんだ」というエピソードを書く。

その日は見学コースが混雑していて、なかなか前列に行かれなかった。
「あ、あそこにいるのが沖雅也ね」
などという声が聞こえると気が急く。そんな時に沖氏と同年代と思われる女性がそばで言った。
「あ、楠くんだ」
言うまでもなく、当時の沖氏の本名だ。さりげない風を装いながら、耳をダンボちゃんにして彼女の方に近づく。
以下の話は記憶に頼って書くので正確ではないかもしれないが、おおよそこんな会話だった。
「え?何それ」
一緒に来ていたもう一人の女性が聞いた。
「楠城児。沖雅也の本名。私中学の時に同級生だったんだ」
「えーっ、本当?じゃああっちもあなたのこと知ってる?」
「うーん、彼は転校しちゃったからどうかな〜。」
「女の子に人気があった?」
「うーん、それがねえ。背が高くてハンサムで目立つことは目立って、よその学校から見に来る女の子とかいたみたいだけど、○○君っていうもう一人人気のある子がいて、その子の方が人気があったみたい。」
「その人の方がカッコ良かったんだ」
「あ、見た目は断然楠くんの方がいいんだけど、○○くんは何ていうのかな、女の子にもよく話しかけたりして、なんか青春ドラマの主人公みたいな感じだったのね。でも、楠くんって『俺は他の奴らとは違うんだ』みたいな感じでね・・・。でも、楠くんは違うクラスの△△ちゃんっていう子と付き合っていたらしいよ。転校してから別れたみたいだけど」

ガーン!!沖氏が女の子と付き合っていた?
考えてみれば当たり前なことなのかも知れないが、世紀の片思いまっしぐらの当時の私はかなり衝撃を受けてしまった。

その日は悲劇が続いた。
混雑する見学コースの端にやっと割り込んで下を見ると、沖氏がぶーん!と鼻をかんでいるところだった。かんだ後にはご丁寧にも鼻の下をゴシゴシこすっている。どうも寒いおふらんすで風邪を引かれたらしい。
とどめは、セットの植え込みに痰を吐く姿だった。ペッと飛ばすのではなく、そーっと吐き出しているのだが、上で大勢の人間が沖氏の一挙手一投足に注目していることをすっかり忘れておられる。
「あーっ!沖雅也がツバ吐いてる!」
最初に叫んだのは子供だった。どよめきまで起こる。もうだめだ、沖さん、なんてことをあなたは・・・。
思った通り皆が口々に言い出す。
「いやーね、いい男が台無しだわ」
「案外下品なんだ」
「イメージダウンだわね」

女性と一緒に来ていた若い男性が嬉しそうに言った。
「沖雅也だってただの男ってことさ!」

ふりむくな鶴吉 15「夫婦筋違橋」

今回も鶴吉の勘が冴える。

江戸随一の薬種問屋・神仙堂の内儀・おたか(小山明子)と、近々番頭になる予定だった幸吉・(串田和美)の乗った小舟が転覆し、おたかは助かったが、幸吉は水死。舟底の木栓が抜けて浸水していることに疑問を抱いた鶴吉の疑惑は、おたかの夫・喜三郎(細川俊之)に向けられる。一体夫婦の間に何があったのか。

このころから沖氏の服装の趣味が少し変わったようだ。実父の宗生氏から「チンドンヤみたいな恰好」と言われていた派手な色合いから、黒や茶のシックな色が増えていった。
大人として背伸びをしはじめたのか、年齢より老けて見える容貌に合わせたのか、それとも養父の日景氏の指導か。

パリに行った後から沖氏には色々な変化が起こり始める。「ジャパニーズ・アラン・ドロン」と言われてご機嫌になったことなどは、後の「俺たちは天使だ!」のエピソードにも反映されているし、(これについては後述)現金の持ち合わせがないのに頼み込んでとっておいてもらったという毛皮のコートはなるほど、よく似合っていた。おしゃれになっていたその訳は??

ご機嫌だった沖氏に比べ、私は悶々とした日々を過ごしていたが、彼が楽しそうにしていることだけが私の救いだった。
雑誌の占いでも自分の星座より沖氏の「ふたご座」を先に読み、お祈りの時間にも鶴吉の視聴率のことをまず祈った。

自分より優先して幸福を願う相手。
そう、私は彼を本気で愛し始めていた。
しかし、この頃の沖氏は・・・・!!!(つづく)

ふりむくな鶴吉 16「寒椿」

今回のゲストは今や「宇多田ママ」として有名な藤圭子。当時は演歌歌手として活躍中で、ドラマに出演すること自体が珍しかった。役柄は薄幸の美しい旅芸人。兄・新九郎(柳生博)が目隠しをして投げる手裏剣の的の「人形」を演じる彼女は、本当にお人形のように美しかった。謎を解く鍵となる古調五木の子守歌の歌声も哀愁が漂っており、最後の
「あにさん・・・」というハスキーボイスも耳に残った。
正に適役だったと記憶している。
三人の侍が殺される事件が起こり、死体のそばにはいつも小さな鈴が残されていた。鶴吉は殺された侍たちの昔の仲間から、彼らが10年前にお鈴という女をもて遊んだということを聞き込む。

さて、年も明けて2月。
沖氏は22歳。お年頃になっていた。

共演の竹下景子さんの着物の襟に息を吹きかけて驚かしたりしている様子は上から見ている私にとっても焼ける光景だった。沖氏は彼女に「ベビー大福」というアダ名をつけ、お弁当を作って来てくれと頼んだりしていたらしい。 控え室に入れてもらったファンからきいた話によれば、スタッフの女性にふざけて後ろから抱きついていたりもしていたという。

3月になると女性誌に初めての女性スキャンダルが書かれる。
お相手は鶴吉のスタッフ、メークの女性だった。ブルガリアからのTVメークの研修生で、何と外交官夫人でもあるという。2誌に掲載されたが、どちらも根拠のないデマだという沖氏に好意的な記事ではあった。事務所の否定のコメントも載っていた。
では、何故記事になったかというと、沖氏の事務所が脅迫状が来たと警察に通報したためである。何でも「お前とエレナ・ナントカカントカ(舌を噛みそうな名前なので割愛)のことは皆知っている。俺のボスは気が短い。彼女とはもう会うな」などという内容で、沖氏の自宅に手紙が届いたというのだ。
当のエレナさんの写真も載っていた。なるほど美人だ。
事務所の人間が沖氏本人に問い正すと、
「天地神明に誓って」潔白だと答えたそうだ。
私もこの時はその記事を信じていたので、沖氏が30歳になった時にトーク番組で、鶴吉で共演していた中尾ミエさんに

「あの時は僕の醜態は随分見られました」

と告白を始めた時にはちょっとビックリしてしまった。
沖「ナニをナニしてなんとやらってことがあったんですよ」(中略)
中尾「あ、あのメークの人?」
沖「あ、ほら、知ってるじゃない〜」

え、あれは本当だったのか?
だからあの頃はいつもあんなにご機嫌だったのかいな・・・ちょっと気が抜けてしまった。

だが、この番組のサブタイトルは
「ホモの噂は本当なの?」
冗談でつけたタイトルにしろ、沖氏としてはうまく否定しておきたいところだから、あえてたった一つのスキャンダルを利用した可能性も否定できない。 真相は今となっては薮の中であるが、その記事が出た後彼女は担当から外されたそうである。
国際問題になったら、ブルガリアヨーグルトが食べられなくなってしまったかも知れないから・・・お粗末なギャグで今回は終わる。

ふりむくな鶴吉 17「冬の女」

この回は全46回の中でも珠玉の名作だと私は思っている。
放映の翌年の舞台版「ふりむくな鶴吉」でも、この『冬の女』が演目とされた。

薬種問屋伊勢屋の大番頭・利平(山田吾一)が店の品物を横領し、同僚を斬りつけて姿をくらました。利平を追う鶴吉は、偶然みかけたやよいのお針の師匠・おきたが、放浪時代に一緒に暮らした女・あや(倍賞美津子)であることに気づいて家を訪ねるが、こともあろうことに彼女が一緒に暮らしていたのは、鶴吉が追っていた利平だった。

17歳から放浪の旅を続けていた鶴吉は、19歳の時に信濃で水商売をしていたあやと知り合って一緒に百姓を始める。このまま彼女と所帯を持とうとまで思った鶴吉だが、厳しい農作業であやは流産、その後すぐに鶴吉の前から姿をくらましてしまう。

ここで鶴吉が着ているウンスンカルタのはっぴの謎が解ける。あやの出身は長崎で、鶴吉は長崎まで行き、彼女に教えてもらったウンスンカルタ(トランプとカルタの混じったような柄の札)のはっぴを着て彼女を探したのだ。 急にいなくなった理由をあやに尋ねた時、

「鶴さんの若さがこわかった」

今ならうなずけるこの台詞だが、、当時15歳の私には謎だった。
彼女は今度は利平の子をみごもっていた。
悩んだ鶴吉だが、思い切ってあやに真実を告げる。だが、利平をかばおうとして鶴吉に飛びかかった拍子に、あやは流産してしまう。
家を訪ねた鶴吉は、思わずこの不幸な女を抱きしめる・・・・。

いつも純情な鶴吉だが、今回はちょっと大人の鶴さん。
男性は最初は年上の女性に惹かれることが多いという。沖氏が亡くなった後に、アイドルとして売れる前に付き合っていたと名乗りを挙げた(?)歌手も年上だった。彼女は、人気の出てきた沖氏のために、自ら身を引いたという。沖氏の若さが怖かったのだろうか。

幸せに慣れていない女は、幸せが訪れた時にその幸せが怖くなる。いつか砂のようにこの幸せも手のひらからこぼれて行ってしまうのではないか。

利平が逮捕された後、鶴吉があやの家に行って見ると、「貸し家」の看板がかかっていた。

ふりむくな鶴吉 18「田舎侍」

この回はワールドカップスキーが中止になって繰り上げ放送されて、新聞にもガイド誌にも写真や解説が載らなかったため、表紙にはテレビ放送の翌年に大阪・新歌舞伎座で上演された舞台の写真をアップしておく。花道の真下から撮った写真なので下から見上げる形になって、足の脛毛がよく見えたのを覚えている。(笑)
信濃から江戸へ来たばかりの侍・山中新八(東野英心)が、田舎侍と呼ばれたことに腹を立てて町人を斬ってしまう。鶴吉・寅吉・又十郎・そして三宅伝蔵に追いつめられた新八は
「江戸は嫌いだ」
と言い残して切腹する。
事件の後、鶴吉、そして周りの者たちはそれぞれの立場から感慨に耽る。
武士のあり方について考える浪人の又十郎、
刀を振り回す侍に対する不審をあらわにする寅吉、
そして
「おれは江戸が好きか」
と自問する鶴吉。
言うまでもなく江戸は鶴吉の故郷である。
それでは中学の卒業も待たずに大分から鈍行列車に乗って東京に出てきた沖氏は一体どのように東京を感じただろうか。

家出については沖氏本人にもはっきりした理由や目的はわからなかったようだ。
子供より自分の恋を選んだ両親、そして姉が嫁ぎ妹が叔父に引き取られた後、たった一人小さなアパートに残された城児少年。家に帰っても高校進学について相談する人はなく、友人の家で
「大人は自分勝手だ」
と泣いた彼(同級生の母親談)は、
「ただただ空虚な心で家出をした」
と語ったことがある。

「家出の理由は今は言えません。言うと傷つく人がいるから」 と語ったこともある。
「自分の力で生きて行きたかった」 という言葉でも語られた。

そんな城児少年を東京はどう迎えてくれたのか。
上野のラーメン屋で住み込みの仕事をみつけたものの一ヶ月で辞め、文明堂の配達助手をしても東京の地理を覚えてからすぐに辞めている。お金がなくて拾った百円でおにぎりを食べたこともあるという。
やがて彼はゲイバーに誘われるまま勤めはじめる。家出少年を暖かく迎えてくれるところはここしかなかったのか。当時住み込んでいたゲイバーのママは沖氏の死後、雑誌のインタビューに
「おとなしくて素直ないい子だった」
と答えている。
あくまで推測だが、ゲイではなかった彼がそこへ身を沈めてまで求めたものは「家族」ではなかっただろうか。15歳といえば、独立心が芽生える時期ではあるが、本来はまだまだ誰かに頼らなければいられない年齢だ。そんな中でゲイバーのママたちは、忌憚のない物言いの中にさりげない心配りを見せて彼を守ってくれたのではないだろうか。(その割には彼の死後に彼のメンツを考えない発言が続いたが・・・)

ママの一人は
「海に連れて行くと一日中ずっと海を眺めていた」
と言っていた。

愛に飢え、孤独にさいなまされた蒼い狼は、そこで一人の客と出会うことになる。それがのちに養父になる日景忠男氏だった。

ふりむくな鶴吉 19「絶唱」

野洲の旅館「俵屋」で強盗傷害事件が起き、犯人は江戸へ潜入する。
手配書を見た鶴吉は、そこに百姓・直八(佐藤蛾次郎)の名を発見し、動揺。直八は放浪時代、吹雪の中で鶴吉を背負って救ってくれた命の恩人だからだった。
江戸に現れた直八は行きずりの幼児をさらい、火の見やぐらにたてこもった・・・。

この回は「冬の女」に続く名作だった。
佐藤蛾次郎氏の名演も光り、ラストは涙なしでは見られない悲しい物語だったが、直八が鶴吉を背中にかつぐシーンでは、沖氏の背があまりに高くて(佐藤氏の背があまりに低くて、とも言える)足をひきずってしまって苦労していた。
これは他の回だが、刀を抜いた侍と向き合うシーンでは侍が木箱の上に乗っていたのも見た。
キスシーンといい殺陣といい、背が高すぎるというのも共演者泣かせなものである。

ふりむくな鶴吉 20「残された簪」

鶴吉が同心・高木(草薙幸二郎)に命じられて追っていた無頼の仙造が銀の簪で刺殺された。仙造は通い手代の清七(松山省ニ)を丸に十字のついた紙切れで金をゆすっていたのだが、簪は清七の恋人のおつま(奈良富士子)にあげたもので、南蛮渡来の品。丸に十字には何の意味があるのか・・・。

私の通っていた学校は中・高一貫教育だったので、あんなに辞めたいと思っていたのに高校へはエスカレーターどころかエレベーターで進学が決定してしまった。
当時は『彼よりも学歴が高くなってしまう』などと要らぬ心配をしていた私だったが、進学しなくても何もあてはない。養ってあげると宣言した男性には正直に、沖氏を本当に好きであること、一生片思いでも気持ちは変わらないことを告白した。メンツをつぶされたその男性が放った一言は、
「彼は本当の人じゃないんだよ!」だった。
その後何度も同様の言葉を聞くことになった。沖氏の死後、狂ったようになった私に投げかけられた言葉でもあった。
彼の言いたいこともわかる。沖雅也は絶世の美男であるだけでなく俳優であり、雲の上の人である。話をしたこともなければ私の存在自体を知らない人なのだ。私が考えているような人ではないかも知れない。

だが、当時中学生だった私にそれが何になろう。悩み苦しんでいた私の生活のたったひとつの光であり、彼のことを考えている時だけが幸福だったのだ。

本当に人を好きになったら、その人が自分を愛してくれようがくれまいが、関係ないと私は悟った。その人の幸せが自分の幸せなのだ。相手に報酬を求めるのは自己愛ではないのか。

もちろん中学生にこんな反論が出来るわけがなく、無言でその場を去ろうとしたその時、彼がとどめの一言を言った。
「オメエみたいなブスをあいつが相手にするわけねえじゃん!!」

その晩、私は鏡を見ながら「自己愛」に泣いた。確かに私はブスだったのだ。そして今も。とほほ。

ふりむくな鶴吉 21「雛の宵・内藤新宿」

ふりむくな鶴吉第21回「雛の宵・内藤新宿」 ひな祭りの宵、にぎわう内藤新宿(現在の四谷)の遊女屋で、たばこ屋の主人・角蔵が殺された。庭から出た女ものの懐剣の袋から、鶴吉は角蔵に身受けされることになっていた遊女・白糸(菊容子)に目をつける。聞き込みを進めるうちに、白糸は実は旗本西条左門の娘・お糸であることがわかった。お糸はお家を救うために出奔して身を売ったのだが、その道のりで伴をした家臣・与兵と心を通わせていた。
あきらめたようにいつも遠くをみつめるお糸は、すべてを知った時に与兵と心中をはかり、剣で刺されて息絶えるが、後を追おうとした与兵は鶴吉と寅吉に止められてしまう。

「縄打つばかりが能じゃあるまい。なぜ死なせてやらなかったんだ」と又十郎。
鶴吉をかばおうとする寅吉に、鶴吉はぽつんと言う。

「だからあん時、俺は十手なんて預かりたかねえって言ったんだ」

表紙の写真の菊容子さんの顔にちょっと陰が入っているのは私の保存の仕方が悪かっただけで、本物は色白の美人だ。ご存じの方もあるかも知れないが、彼女は昭和40年代に「好き!好き!魔女先生」で子供たちに人気のあった女優さんだが、自宅で知人に殺害された。
この作品から数年後のことだった。犯人は恋人とか元恋人とか色々と取りざたされていたが、当時はそれよりも『魔女先生』として親しんでいた人が、現実に『殺害』という方法でこの世からいなくなってしまったことの方がショックだった。

芸能人というのは不思議な存在で、一方通行でありながら現実の誰よりも個人的な情報を得ることが出来るし、泣いたり笑ったりする姿を目の当たりにできるので、自分と近しい人であるような錯覚さえ起きることがある。
だから、知っている人が殺されたような気がしたのだ。

今になって思えば、沖氏が亡くなった時のあの騒ぎもわからないではない。自殺の方法、謎の私生活、親との確執・・・調べればどんどん記事が書けたことだろう。当時は沖氏の記事が出れば週刊誌がよく売れたらしい。それもわかる。
沖氏がああいう死に方を選んだということは、騒がれることは百も承知であったと思う。沖雅也は俳優として公人であり、京王プラザに残された遺書には、大きく「沖 雅也」と署名してあった。
死人に口なしとばかりに事実無根の記事を書いた人だって、別に本心で沖氏を中傷するつもりはなかったことだろう。そういうタッチの記事でなければ、原稿は通らなかったのだ。
だが、私にはやっぱりそれらの記事が許せなかった。沖雅也はゾクゾクさせるような俳優だった。その俳優としての功績すら踏みにじるような記事はやはり撤回してもらいたい。

そんなことを17年以上も経った今になって力説しても無駄かも知れない。だが、このHPを細々と続けて行くのもそのためだ。

さて、その頃の沖氏のインタビューから、いくつか面白い言葉を並べてみる。

「オレはいつもいじめられてないといけない方だから、もっと勉強しなくちゃと思っている」

「ある日は自信まんまん、ある日はダメまるっきりダメ、もうオレはなんてダメなんだって思っちゃう。それでいいと思うんだ。こうだ!と思っちゃったら終わりだと思う、慣れるのはいけないことだって・・・」

(恋について)「オレが燃えると周囲が傷つくし、燃えていないとオレは化石になっちゃうんだ」

さて、沖雅也は一体どんな人なんだろう?

ふりむくな鶴吉 22「千両無縁」

富札(宝くじ)は昔も今も庶民のささやかな夢。百姓の文三(尾藤イサオ)も江戸へ上り、旗本になるための株を買う資金を稼ごうと富札を買っていた。 鶴吉は文三を探しながら船宿で働く恋人・ふじ(水沢アキ)に頼まれて、文三を追っていた。
文三は湯島天神での興行で見事に千両を的中するが・・・。

なかなか興味深いゲスト(なぜか二人ともカタカナ名)なのだが、当時の新聞にもガイド誌にも写真が載らなかったので、76〜7年頃、羽田で「待ち伏せ」して撮ったパリ帰りの沖さんの写真第2弾をアップした。あまり映りが良くないが、よく見ると某ブランドで揃えたケース類やベンツ、普通の日本人ではとても着こなせない毛皮のコートなど、バブリーな沖氏の姿が浮かび上がって興味深い。
ちなみに左端の派手なお洋服の方は、当時の付き人、○山さん。

この頃になると、沖氏はずっと上から見ている私に手を振ってくれることがあった。当時は「北都物語」と「おからの華」の撮影もあり、1時の撮影開始から足を棒にして立ったまま何時間も待ちぼうけという日が何度かあったが、上を見上げてニコッと笑ってくれると、急に体中の血が元気になったものだ。

幸いなことに(?)スタジオから見学者コースを見上げても、暗くて顔ははっきり見えなかったらしいので、私は目印のために、つばの広い帽子をいくつか買って、それをかぶって立っていた。こうすると、見学者コースが混んできても、そばに人が来るのを阻止することも出来た。(笑)

TVガイドには毎週視聴率の上位30位までがリストアップされていたが、いくら見ても「鶴吉」が登場することはなかった。ガイド誌のひとつに「『ふりむくな鶴吉』は面白い!」という投稿をしたり、真っ赤な布袋を作って、「鶴吉」と黒字でアップリケをして学生鞄と一緒に持ち歩いたりもした。友人にもしつこく薦めた。何しろ、これまでの番組では主役といっても相手役としての立場が多かった沖氏が、たった一人でNHKの主役を張っているのだ。1年を通じて鶴吉の成長を追う、というドラマでもあったし、脇も演技派が固めてくれている。これで視聴率が取れなかったら、沖氏の立場はどうなるのだ!!
勝手に一人で鼻息を荒くして奮闘していた私だったが、その時の最大のライバルは、何を隠そう「太陽にほえろ!」だったのだ。友人はほとんど「太陽にほえろ!」を観ていた。この番組が後に沖氏の代表作として語られようとは、その時の私には予想もつかないことであり、「打倒!『太陽にほえろ!』」をモットーに「鶴吉」の宣伝活動を続けていたのだ。

4月になり(この第22回は4月4日放送)、私も高校生になった。学校や家庭、その他生活上のトラブルが両手に抱えきれないほど溢れてきたが、私にとってはこの「鶴吉」の視聴率が一番の悩みの種だった。
そして自分にはどうにも出来ないことに空回りを続けているうちに、思い出しても自分が気の毒になる、トホホな出来事が起こった。

ふりむくな鶴吉 23「業火」

たばこ屋の主人・卯右衛門が店で焼死体で発見された。卯右衛門はその日、娘のおきぬ(望月真理子)を遊女屋へ売ったのだが、その金三十両が見つからない。
そのうち、卯右衛門のばくち仲間だった安吉が殺される。鶴吉はおきぬを身請けしたかざり職人の嘉兵衛(村野武範)を疑う。

今回も悲しい人間の性を描いたドラマだった。

この頃、私の神経は緊張のピークに達していた。あまりに色々なことが身の回りに起こりすぎたこともあった(その半分は自分で招いたトラブルだったが)し、思春期特有の不安定な精神状態もあったのだろう。女の子お定まりのダイエットのしすぎも影響したのかもしれない。
まず、人と目を合わせられなくなった。それから国語の時間に朗読を当てられると声が震えて読めなくなった。突然呼吸困難になって倒れることもあった。静かな場所にいると緊張のあまりお腹がなるという、おかしな症状まで出始めた。助かることを前提とした自殺未遂もした。
しかし、ここまでは何とかごまかせた。一番まずい症状はある日友人によって発見されたのだ。

猫っ毛の友人がいた。
自ら「ハゲだから湯気の立つところへ行きたくない」
「あ、風が吹くとハゲが・・・」
とそれを冗談にしていたので、私も他の友人とともに、それをネタにして笑ったりしていたのだが、その友人が前を歩いていた私に
「あ、あなたもハゲなの?」と言った。
私は髪が多くて困っていた位だったので、
「仲間に引き込もうとしても無駄だぜ」
と笑って、全く本気に受け止めなかった。
彼女は私の後頭部を指で指して
「ほら、ここ。家へ帰ったら鏡で見てみて」
となおも粘ったが、廻りにいた友人たちも皆、「ハゲは一人で十分だ」と笑って本気にはしなかった。

家に帰った後もそのことはすっかり忘れていたのだが、鏡の前に立った時、ふと彼女の指の感触が妙にリアルに甦って来て、その個所を指で触れてみた。ない。その個所は確かに髪の感触はなく、直に頭皮を指が触っている。あわてて髪をかき分けて手鏡で後頭部を映した私は気を失いそうになった。10円玉どころか、直径3センチほどのまあるいハゲがそこには映っていたのだ。

翌日は何とか髪を束ねて学校へ行ったが、発見者の友人は
「鏡、見てみた?」と追い討ちをかける。
彼女に固く口止めをして、帰宅前に皮膚科を訪ねたが、医師も見るなり「おっ、これは大きいな」と驚くほどの円形脱毛症だった。赤外線照射と外用薬を処方されたが、なんとそのハゲは一個所にとどまらず、何週間かのうちに計4個になってしまった。
医師は慰めのつもりか、「アレルギー体質の人はなりやすいんだよ」と言ってくれたが、その後に尋ねた一言が、これは心の病の一種だということを自覚させた。
「一体何がそんなに悩みなの?」

この質問をきいて最初に頭に浮かんだのは、なんと「鶴吉の視聴率」だった。
その頃の私の生活といえば、小説が書けるのではないかと思うような問題や事件が山積みだったのにもかかわらず、やはり沖氏のことが一番だったのだ。

円形脱毛症が完治するまでには半年以上かかった。そして新しく生えてきた髪はツンツンと毛束から飛び出たので、髪を短く切ってごまかすことにした。美容院では「階段から落ちて髪の毛が切れた」と弁解して。

個人的な話になってしまったが、私のこんな悩みを知ることもなく、沖氏は元気いっぱいの様子だった。
しかし、その何週間か後には、沖氏も奈落の底へと落ちてしまうような事件に遭遇する。肉親の死だ。


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