ふりむくな鶴吉が始まる!

後援会報が届くといつもドキドキしながら開封したものだが、今回は開封したあとにもっとドキドキしてしまった。
10月の新番組で、NHKの主役に抜擢されたというのだ。しかも1年を通して主役である鶴吉の成長を追うというストーリーだ。共演者も宇野重吉、ハナ肇、伊吹吾朗、中尾ミエ、中丸忠雄とベテラン揃いだ。これはすごいと感動すると共に、「天下御免」「天下堂々」の後番組ということに一抹の不安がよぎった。
当時、この「天下」シリーズはとてもユニークなストーリーで、現在もファンがいるという人気番組だったのに対し、鶴吉はどうやら比較的真面目な捕物帖らしい。これで視聴率がバッタリ落ちてしまったら、主役としての体面はどうなるのだ!?
まったく過保護な親のようなファンであった私は、既にそんな心配までしていた。

相手役は「青葉繁れる」で共演済みの竹下景子、そして下っ引きに西田敏行。このお二人は今でこそ押しも押されぬ大スターだが、当時はまだ無名で、竹下景子は「女子大生女優」などと呼ばれていた。

表紙の写真は第一回「帰郷」の冒頭シーンのロケ。ロケはこの一回だけだったと思う。もちろん番宣を兼ねてのロケで、竹下景子の他、伊吹吾朗もちゃんと着物を着て写真に収まっている。当日は30度を超える猛暑で、カツラと着物、それにトレードマークのウンスンカルタのハッピまで着なくてはならず、沖さんは「参った」と漏らしていたそうだが、前途洋々の俳優人生にその顔は輝いていたことだろう。

親に反抗して家出していた鶴吉が放浪の果てに江戸に戻る途中、海を眺めているシーンからドラマはスタートした。


昭和49年6月1日発行の後援会報より

「ついにNHK金曜ドラマに主演」

日活映画「純潔」でデビューしてから、今年で7年目になります。そしてついに長年の念願であったNHK金曜ドラマに主役として登場することになりました。
タイトルは「ふりむくな鶴吉」で、役は主人公の鶴吉・・・。鶴吉は二代目岡っ引き、自由で明るく、やさしさにあふれた好青年で、神田は鎌倉河岸に近い裏長屋に住んでいる。岡っ引きの父の名人気質をきらい、さすらいの旅に出ていたが、父の死により岡っ引きの仕事を引き継ぐが、さすらいの旅で手に入れたウンスンカルタの絵模様の法被を着用し、父からの十手を受けとらず、江戸の町では十手無用の岡っ引きとして評判になる・・・。

「僕は時代劇の感覚にとらわれず、アミーバー風なブヨブヨとした若者が数々の事件と遭遇しながら、一人前になって行く過程を力いっぱい演じたいと思っています。今まで、民間放送では地域によって放送されない作品もあり、会員の皆さん全員の方に見ていただけない弱点がありましたけれども、10月11日からの1年間は、全国の会員の方々に同時に見ていただけますので、とても感激です」
と感想と役づくりを話してくれる沖さんでした。(5月10日) (原文のまま)

私はいても立ってもいられなくなり、沖さんがNHKに毎週5日(リハーサル2日、本番3日というスケジュール)来ることを確認した。
それならば、NHK放送センターの見学コースに行けば、スタジオの録画風景が上から見られるのではないか?
小学校の遠足で行った見学コースの写真を見た。ガラス越しにスタジオを見下ろす小学生の姿・・・。これだ!ここから毎週鶴吉を見よう!私の胸は希望で高鳴った。


NHK見学コースへ

NHKに一年間出演ということは、録画撮りの日に行けば見学コースから沖さんを見られる!
浅はかな中学生はその日から1年見学コースへ通うことを決心した。

初日は友人を誘って行った。
「まず玄関へ行って先回りしていよう」
と提案した当の私が遅刻したので、事務所できいた沖さんの「11時入り」ぎりぎりになってしまった。
玄関まであと10Mと迫った時、大きな外車が玄関前に駐車し、沖さんの姿が現れた。
「あっ!!」あまりのことに絶叫した私に沖さんもビックリしてこちらを振り向き、私が何か言うのを待つようにそこに立ち止まってくれたのだが、久々の対面に感動して言葉が出ない。友人が背中をつつく。
数秒後、何も言わない私に沖さんはくるりと背を向けて玄関に入ってしまった。あとから小さな女の人が化粧箱などを持って走り込む。新しい付き人だろうか。

おっかけの先輩によれば、沖さんと顔見知りになれば沖さんご自身が一緒にNHKの中へ入れてくれたのだそうだ。そんなことも知らずに私は1年見学コースから鶴吉を見ることになる。

「ふりむくな鶴吉」の録画は105(6だったかな?)スタジオで行われた。隣のスタジオでは大河ドラマ「元禄太平記」と朝のテレビ小説「水色の時」(大竹しのぶ主演)の録画撮りが行われていたので、団体の見学があっても、すぐにそちらへ移動してくれた。

上から見るセットは、こんなちゃちなものなのかとびっくりするようなものだった。見学コースにもモニターがついていて、録画の様子を見ることが出来るのだが、そのモニターで見るともう少しリアリティーが出る。

いよいよ撮影が始まり、鶴吉があの青いハッピを翻して入って来た。いかにも 「俺は主役だ!」
という堂々とした歩き方だ。背中のウンスンカルタ模様も上から見るとよく目立つ。

さすがはNHK、リハーサルが3回ある。どんな感動的な台詞でも3回同じように演じるのだから、やっぱり役者はすごい。しかもドラマの進行通りに録画する訳ではないから、泣いた後に大笑い、なんてことも平気で出来なくてはいけない。
短いカット撮りなので、ひどいものになるとジロリとにらむ1秒で「はい、カット」となる。何がなんだか分からなくならないだろうか、とシロウトの私は思った。

モニターを通じて雑談も聞こえる。
待つ間に何度も台詞を繰り返してつぶやく沖さん、
監督に「ここはこういう言い方でいいですかね」と質問する沖さん、
共演者と冗談を言って
「はい、真面目にやりましょう」と怒られる沖さん・・・。

もうこの見学コースに住んでしまいたいくらいだった。


鶴吉グッズ

NHK放送センターで販売されていた鶴吉手ぬぐいを買った。手ぬぐいをハッピ型に折りたたんであるところがカワイイ。
実際のハッピは鮮やかなブルーで、折鶴の絵はない。後ろのウンスンカルタ模様はカラーだったが。裏地にこんな岡っ引きの絵はなかった・・・。これって鶴吉のつもりなのかしらん?

他にウンスンカルタ模様ののれんも販売されていた。それより絵葉書を販売してくれないものかと思ったが、それどころか鶴吉饅頭も鶴吉せんべいも販売されなかった。当たり前か。


ふりむくな鶴吉 第1回「帰郷」

いよいよ鶴吉がオンエアされる日の朝が来た。
新番組は新聞に寸評が載るはずだと、あわててテレビ欄を開く。悪いことが書かれていないだろうか?
「興味持てる劇の展開」
良かった。とりあえず好意的なタイトルで掲載されている。
「主人公の活躍ぶりだけにスポットをあてた、いわゆる“名探偵”ものではないのが、従来の捕物帳にはない新味か」
えー、そんなこと言わないでスポットをあててくれ〜などと言いながらも、その日は一日顔が緩んでしまった。夜8時が近づくと呼吸まで荒くなってきた。

8時。
海岸をゆっくり歩く鶴吉。中西龍アナ独特の節回しで番組は始まった・・・。
テーマ曲は樋口康雄(ピコ)という若手が担当していたが、ジャズ調でありながら時代劇という枠にもぴったり合う壮大な曲調は感動的だった。そして「沖雅也」の名が当然ながら出演者の中で一番先に出て来た時は、涙が浮かんだ。

「沖さん、やったね。とうとうNHKで主役だね。」

ファン冥利に尽きる瞬間だった。

父親と意見が合わずに家出をしていた鶴吉がふらりと故郷の町に帰って来た。ところが瓦版屋(ハナ肇)の声で自分の父親が殺されたことを知り、周囲の人々に反発しながらも犯人を突き止める・・・これが第1回のストーリーだ。

鶴吉を支えて行くのは
世を忍んで生きる蘭学者・最上夢斎(宇野重吉)
正義感ゆえに同心をやめた浪人・榊原又十郎(伊吹吾郎)
情報屋瓦版屋・ならや平七(ハナ肇)
父親の代からの下っ引き・寅吉(西田敏行)
その妻で鶴吉の行き付けの飲み屋のおかみ・おふく(中尾ミエ)
鶴吉を一人前の岡っ引きにしようと指導する同心・三宅伝蔵(中丸忠雄)
そして夢斎先生の義理の娘・やよい(竹下景子)
などである。

鶴吉は第1回ではまだ十手を握ることを拒否する。

「だんな、おいら、ずっと江戸にいる気はねえんですよ」

仕事ひと筋で母親の死に目にも帰らなかった父親の生き方を初めて理解しはじめた鶴吉が、暖かく迎えてくれた故郷の人々の期待に応えようかと迷う表情が役者として絶品だった。


ふりむくな鶴吉 第2回「暗闇坂」

第1回で父親殺しの犯人を捕らえた鶴吉だが、殺されたわけを探っているうちに、同心をクビになった榊原又十郎(伊吹吾郎)に疑いを持ちはじめる。又十郎と妻・ちかの間には、何かかけひきがあったようなのだ。
後に「又さん」と兄のように慕うことになる又十郎の心の闇に迫る鶴吉。

こうして岡っ引きとしての才能を発揮していく鶴吉に、周囲の人々は十手を握るように説得するが、言われれば言われるほどすねる。放浪の旅から持ち帰った手作りの木彫りの人形をみつめる姿が印象的だ。


ふりむくな鶴吉 第3回「長い夜」

「長い夜」と聞いて松山千春を思い出した方は私の年代である。沖ファンとしては今すぐこの鶴吉の第3回を思い出すようにしていただきたい。

前回は又十郎の過去が明らかになったが、今回は夢斎先生の過去が明らかになる。
蝦夷地の探検に行き、その開発の重要性を幕府に訴えたが認められず、蘭学などの博学を胸に秘めたまま江戸の町で隠居の身分− そんな夢斎先生が誘拐される。かつての弟子が抜け荷にからんで怪我をした挙げ句のことだった。自分の夢を継いでくれるはずの弟子が犯罪者に・・・。

一方鶴吉は、夢斎先生の失踪にまたもや名探偵ぶりを発揮して事件を解決するが、だんだん故郷の人情の中で心を開き始めるのだった。

夢斎先生が蝦夷に行ったこと、蘭学を学んだことなどは、きちんと最終回の伏線になっている。
今のドラマは全体の物語も決めずにスタートしてしまい、最終回に終始がつかなくなって
「私、ニューヨークに行くわ!」
などと言って海外に飛び立たせるか、突然事故や病気で死んでしまって無理矢理終わりにしているドラマが沢山あるが、さすがはNHK、1年の物語の計画を最初にきちんと作ってあったのだ。

夢斎先生の役柄はドラマの重要な「締め」の部分を担っており、ベテランの宇野氏はこうして鶴吉をうまくバックアップしてくれたと思う。

のちに沖さんは影響を受けた俳優として宇野重吉氏の名前を挙げた。


ふりむくな鶴吉 第4回「深川余情」

まだ十手を握ることに抵抗を残す鶴吉だが、たまたま乗り合わせた舟に乗っていた女お里(木内みどり)が苦しみ出し、彼女を介抱して話を聞くことから事件に巻き込まれる。お里を捨てた男文次(目黒祐樹)を探すことになる鶴吉だが、その文次は殺人犯として追われる身だった・・・。
いかにも時代劇にありがちな展開だが、メインのゲストは文次と訳ありの女、三浦布美子だ。
三浦布美子は芸者から芸能界に入った、芸者の世界では有名な女性とやらで、当時は世のお父様方に人気があったらしい。紅白歌合戦で、演歌歌手の後ろで日本舞踊を踊っていたのを見た気もする。
画像が悪いのでよくお顔が見えないかも知れないが、いかにも時代劇にピッタリという着物の似合う和風の美人だ。たしかこの話でも芸者の役で出ていたような記憶があるが、「元芸者さんで芸能界に入った人」として私の中ではインプットされていたから、もしかすると勝手に芸者役として記憶しているのかもしれない。

この回は、江戸時代の深川あたりの風情の中から下町の人情を描こうとしたものだが、いかんせんNHKのセットがいかにもハリボテという感じなのが残念だった。
いずれにせよ中学生だった私には「風情」とか「人情」などは理解できる訳もなかったが。

木内みどりさんとは沖さんが30歳の時に彼女のトーク番組に出演して再会しているが、彼女のはっきりした物言いと質問に、かえって心にバリアを張ろうとしている沖さんの姿が印象的だった。


ふりむくな鶴吉 第5回「面影」

父親の死をきっかけに始まった「ふりむくな鶴吉」だが、この回は母親の面影を抱く女として淡島千景がゲスト出演している。

偶然助けた武家の妻綾乃は、そのころ江戸に出没していた『からす』という盗賊と関わりがあるらしい。
綾乃に疑惑を持ち、まだ十手も握っていない身でありながら捜査していく鶴吉だが、母親の面影を持つ綾乃をうまく攻めることができない・・・。

鶴吉でなく沖雅也、いや楠城児は当時母親をどう思っていたのだろう。アイドル時代にその過去の一部は既に明らかになっており、父母ともに彼を置いて別の家庭を持ってしまったことを知っていた私は、複雑な思いでこの回を見た。

自分の両親が親であることより男女であることを優先してしたことは、彼の人生に大きな影を残したように見える。
女としての原点である母親に捨てられると、女性不信、あるいは女性に対して愛される自信を持てない男になるという。
あれだけの美貌を持ちながら、女性観を語る彼の話はいつも抽象的だったり否定的だったりしたのはそのせいだろうか。

「家出の理由は今は言いたくありません。言うと傷つく人がいるから」

彼としては最初に家を出て、母を傷つけた父親に怒りが集中したらしい。母親とはほどなく仲直りしているが、この時点ではまだ父親とはわだかまりを残したままだった。そして、それが彼にとって大きな後悔となって残ってしまうのだった。

沖さんが亡くなった後、実母の礼子さんがインタビューに答えているが、最初は実に冷静に
「あの子は子供の時から哲学的な子でした。とても優しい子で、早く亡くなりましたが、もう十分に親孝行をしてもらいました」
と気丈に答えていた。
ところが、のちに金銭問題で悲しい親族同士の諍いがあった時のインタビューでは、かなり感情的になっていた。最後に

「息子を返して下さい!息子を返して下さい!」

そう叫んで泣き出したその声は、もはや係争中の相手に向かって出されたものではなかった。神様に頼んでいる声のようだった。
悲しみは深く心の中にしまってしまうと、あとから爆発してしまうのだろうか。

この「面影」を演じながら、沖さんは一体何を想っていただろうか。ドラマの内容も切ないお話だった。


ふりむくな鶴吉 第6回「左内坂心中」

ゲストに石橋蓮司、織田あきら、横山リエ。
鶴吉はこの回では幼友達の心中事件に巻き込まれるのだが、こんなにいつも事件に巻き込まれているのも不自然だから、次回にはいよいよ鶴吉が十手を持つ決断を迫られる。


ふりむくな鶴吉 第7回「飛翔」

島帰りの直次(川地民夫)が殺しの疑いをかけられ、番屋で厳しい責めにあう。長屋の者たちは直次の無実を明かしてくれるよう鶴吉に頼むが、彼は十手をとろうとしない。
鶴吉がつまらない意地を張っている間に、直次は無実の証をたてるために、舌をかみきって死んでしまう。
自分の不甲斐なさに後悔した鶴吉は、真犯人を捕まえて、とうとう十手を握るのだった。


ふりむくな鶴吉 第8回「十手こぼれ萩」

その名の通り、この回から鶴吉が十手を手にして本格的に岡っ引きとして活躍するが、当時は同じNHKで放送された「刑事コロンボ」が一世を風靡した時期であり、鶴吉にもその影響が出ている。

薬種問屋の若主人・茂兵衛(渡辺文雄)は相場に手を出して店の金を横領し、発覚を恐れて番頭の惣吉(森塚敏)を鉄砲で撃ち殺して罪をなすりつけた。その現場を偶然目撃した水茶屋の女・おきた(真山知子)に近づく茂兵衛。幸薄い境遇に育ったおきたは、茂兵衛の甘い言葉に心が傾きかけるが、鶴吉は彼女のくれたヒントからじりじりと茂兵衛を追いつめていく。

犯人があらかじめ解っていて、知らん顔をしながら徐々に追いつめていく手法は、コロンボの得意技だ。最近では古畑任三郎がこの手法を使っている。
極めつけは犯人の話を納得したふりをして部屋を出る直前に

「あ、もうひとつよろしいですか」

と、とぼけて核心をついた質問をする方法だ。

鶴吉が茂兵衛のところを出ようとしてふりむいた瞬間、鶴吉と同時に母が言った。

「あ、もうひとつよろしいですか」

絶句する私に、母の追い討ちが来た。

「真似っこじゃないの」

NHKともあろうものが、何ということをしてくれるのだ!いくらコロンボが高視聴率だったからといって、同じセリフを鶴吉に言わせなくてもいいではないか。
そもそもタイトルは「ふりむくな鶴吉」なのだから、ふりむかせることに問題があった。誰が何と言おうと問題があった!
心配をよそに、沖雅也は全国区初主演で、好感度アップに成功したようだ。


ふりむくな鶴吉 第9回「はぐれ凧」

12月13日の放送なので、年の瀬の江戸の様子が描かれるこの回は、元祖ウルトラマン・黒部進がゲスト。

鎌倉河岸に横行する辻斬りの犯人は抜かずの半蔵だと又十郎が聞き込んで来るが、鶴吉たちには立証する手だてがない。
鶴吉は犯人を追ううちに、おしの(泉昌子)と三吉(庄野武)という貧しい母子と知り合うが、この2年、暮れの15日になると、おしのの家には三両の金が投げ込まれるという。
おしのの夫・米吉は7年前に姿を消したままなのだが、さて、この米吉とそして抜かずの半蔵との関係は?

前にも書いた通り、単なる捕物帖ではなく、悲しい人間の過去や性、そして人情に触れながら、一話毎に岡っ引きとして、そして人間として成長していく鶴吉の姿も忘れずに描かれる。そして役者・沖雅也も鶴吉と一緒に成長していったのだ。それでは日景城児はどうだろう?

30歳の沖さんはこの時期をふりかえって
「俺は主役だ〜!と突っ張っていた」と語っているが、事務所の人間から「若」と呼ばれながら風を切って歩いていた沖さんは、順風満帆の時期を過ごしていた。


ふりむくな鶴吉 第10回「無明の辻」

又十郎はもと同心仲間で、今は小間物の行商をしている忠吉(柳沢真一)から助けを求められる。一年前に誤って捕らえて自殺した染め物職人の兄・暴れ牛の源次(塚田記久)に命を狙われているという。
それから間もなくやはり元岡っ引きの周三が土下座をした姿で殺された。
気ままな浪人暮らしをしていた又十郎も事件に巻き込まれて行く。

年末になってNHK放送センターも観光客で賑わいを見せて来た。
私は耳をダンボにして人々の反応を聞いた。
「あら、鶴吉よ!」
「カッコイイわね〜」
「セットってこんなにチャチなんだ〜」
「汚れた靴下の匂いがする!」
え?・・・そういえば、何だか臭い。後ろを振り向くと、ホームレスのおじさんが立っていた。どうして見学コースに来ていたのか不明だが、皆と一緒にスタジオをのぞきこんでいた。

痴漢に遭ったこともある。人波が去った後も私の後ろにいたので、思わず叫んでその男のセーターをつかんだ。
自分は知らない、わからない、といいながら必死の形相で逃げようとする男と、放すもんかとセーターを握り締める私の攻防が繰り広げられたが、力ではとても叶わない。
逃げた男を呆然と見送る私の手に、彼のセーターが残されていた。とかげのしっぽだ。
ふえ〜!セーターを放り投げてスタジオを見下ろした。
青いハッピがまるでお清めをしてくれるかのようにそこにいてくれた。

何があろうとここにいる時が一番幸せだったのだ。
進学や家庭の問題の他、お年頃になって来たので(私にだってお年頃はあったのだ)、その問題も抱えて悩み多き日々だったが、ここへ来れば幸せな気分になれたし、明日への気力も湧いて来た。

私の通っていた中学は、日曜日は教会に行かせるために当時から週休2日を採用していた。
ありがとう、私にとってここは教会も同然だったのだ。

青いハッピにチョンマゲ姿のイエス様は、快調に撮影を進めていた。とても楽しそうに見えたが、それもそのはず、年末年始に初めての『おフランス』への旅が待っていたのだ。


ふりむくな鶴吉 第11回「風ぐるま」

今回のゲストは鶴吉より以前では「幡随院長兵衛」で、そして亡くなる1年前に舞台で共演した土田早苗、謎の老人に藤原釜足、スリの汚名を着せられた男にミラーマン石田信之。
「スリは酒を飲んで仕事はしない」鶴吉がにらんだ通り、犯人は別にいた。

この年最後の放送。沖さんはこの年から毎年、年末年始をパリで過ごすことになった。
沖さん曰く、

「パリは『たゆたえど沈まず』って感じがする」
「無駄なものがいっぱい落ちている」

のが魅力だそうで、どちらも抽象的で哲学的な言い方だが、実のところは神経質な沖さんが人目を気にせずに歩ける街だったのではないだろうか。
日景氏は沖さんが亡くなった後の告白本で、沖さんに好かれようとして実母の礼子さんと妹の芙美子さんも一緒に連れて行ったと書いている。沖さんに恋心を抱いていた日景氏は、恋人としての旅行にしたかったのだそうだが、沖さんの方はその気持ちに全く気づかずに楽しい家族旅行だと信じていたようだ。
この時の沖さんはまだ母を捨てた実父の宗生さんを心の底では許してはおらず、表面的な和解しかしていなかったらしいが、この後すぐに沖さんの人生は急展開する。
家族との死別、初めての女性スキャンダル、そして養子縁組・・・。

沖雅也は影のある俳優と言われる。影のある役を演じれば逸品だ。だが、それはもっと後のことであり、この頃はまだ若さにまかせて突っ走る若者の役が多かった。良かれ悪かれ、この後の人生の急展開によって、彼は本当の影を身につけてしまったようだ。

「ふりむくな鶴吉」その2へ

「沖雅也よ 永遠に」トップへ