ふりむくな鶴吉 37「隣人」

遊び任の栄太(杉江広太郎)がお殺害され、夜鷹のお松の証言から、犯人は同じ夜鷹のお小夜(嵯峨三智子)の犯行らしいと鶴吉はにらむ。 だが、その後の調べで、お小夜は実は薬種問屋の女房おけいと同一人物である可能性が出てきた。
薬種問屋の女房が何故夜鷹を・・・。意外な背景に鶴吉は驚愕する。

故・嵯峨三智子氏が8年ぶりにNHKドラマに出演するということで話題になったが、どうやらこの妖艶な彼女は、NHKと過去に何かトラブルがあったらしい。(ちなみに彼女は山田五十鈴さんの実娘。)
とにかく、彼女のぽっちゃりとした唇に目が行った。色っぽいというよりは、ここまで来るとウナギイヌに似ていた。それでも男性には人気があったという。きっと女校生だった私などにはわからない大人の女の魅力があったのだろう。
大人になってその魅力が出たかって?それは聞かないでいただきたい。とほほ。

沖さんは和装もよく似合う。時代劇で髷をつけたら、武士でも町人でもバッチリだが、「スコッチカット」で「お父さん着物」でも、見事に決まっている。
ただ、洋服を着くずして自分流に着るのはあまり得意ではなかったようだ。あくまでも、バッチリ、キリッと決める。
(ま、この際私服のことは別の話ということにしておこう)

役柄もチャランポランな男よりは、大真面目な人間を演じることが多かった。誰にでも得手不得手はあり、個性派俳優という言葉もある位だから、何でもそつなくこなせることばかりがいい役者の条件ではないだろうが、沖さんはどんなに羽目をはずす役柄でも「根は真面目」なところが滲み出る。それが殺し屋であっても、ずっこけ(死語か?)探偵であっても。
そんなところがお年寄りにも好感度が高かった理由かも知れない。

ふりむくな鶴吉 38「その父その子」
ささいな言葉の行き違いから遊女を斬り殺した若い侍・増井惣之介(植田峻)は、ゆきずりの母子を人質に小屋に立てこもった。かけつけた鶴吉たちは対策を練るが、相手が侍では町方や岡っ引きにはどうすることも出来ない。怒りで殺気立つ町の衆。
鶴吉は惣之介の父親・吹上奉行惣十郎(滝沢修)を訪ねて説得を依頼するが、なぜか父親は腰を上げようとしない。

夏休みと言ってもどこへも行く予定のない私に、友人が海水浴に誘ってくれた。彼女の母親の勤務先の提携民宿に安く泊まれるのだという。
私は家族旅行というものに行ったことがなく、学校の行事以外の旅行はその時が初めてだった。
彼女の母親の同僚たちも一緒なので週末2泊だけだったが、心が浮き立つのを感じた。
金曜日にかかるが、小型テレビも買ったことだし、鶴吉を見逃す心配もない(と、その時は思った)。

俳優として多忙を極めた沖氏であり、それが病気の引き金になったと沖氏本人も病床でのインタビューで語っているが、世間が休暇に入る時だけは、その多忙が彼にとって良いことになったかも知れない。
ゴールデン・ウィークや夏休み開けには、友人たちは旅行や田舎を訪ねた話をしたが、その時私自身もちょっとだけ淋しい思いをしたからだ。

沖さんとて休みがあっても行くところはなかったのではないだろうか。里帰りは可能だったのだろうか。
だが、俳優という職業を持つ限り、
「いやぁ、仕事が忙しくって休みもとれなくて」
と言うのは自然であり、かえって売れっ子の証拠にもなる。それならば他の人の旅行話も素直に聞くことが出来ただろう。

だが、私のはじめての旅行は、実はとんでもないことになってしまった。
「鶴吉視聴受難」とでも言うべき苦難の旅は、次回第39回「あぶら照り」の放映日に重なった・・・。

ふりむくな鶴吉 39「あぶら照り」

刀研ぎ師・伊太郎が大沢家から預かった刀を売り飛ばして姿を消したが、伊太郎の息子の伊之吉は
「父はだまされて殺された」と主張。あいくちを懐に大沢家をかぎまわる姿に、鶴吉は若い頃の自分を見る思いがする。
その矢先、大沢家で殺人が起こり、被害者はあいくちで刺されたことがわかる・・・。

(前回のつづき)
ひなびた海辺の村の民宿に着いた私たちは、さっそくひと泳ぎをしたが、日に焼けて宿に戻ってきた私がまず仰天したのは、友人の母上と宿のおやじさんが、並んで私の小型テレビを見ていたことだ。テレビは鞄の中に隠していたはずなのに・・。
絶句する私に母上が言った。
「ねえねえ、これいくらしたの?ここのおやじさんがこれが欲しいんだって!」
私が買い値を告げるとおやじさんが言った。
「じゃあ、その値段で買おうじゃないか。いい?市内まで行けば、同じ値段で新品が買えるんだから。」
いいも悪いもなかった。おやじさんの顔は民宿の主人ではなく、荒くれ漁師の顔となって無言の脅迫をしていたからだ。
それにしても何故テレビは外に?
部屋へ戻ると、テレビを入れていた鞄のファスナーが全開になっていた。私が海に行っている間に勝手に開けられていたのだ。こんなのありか?
勇気を振り絞って私はおやじさんのところに戻った。
「あの〜」
「何だ?金ならあとで払うから心配すんな!」
「は・・・。あの、では、今晩8時からだけ見たい番組があるので、その時だけ返していただけますか?」
「おう!問題ねえよ。8時だな」

今考えればお客だった私が遠慮するというのもおかしな話だが、とにかく危機は乗り切ったようだ。
私と友人は近所の公園に遊びに行った。
ところが10分もしないうちに続々と男の子たちが集まってきた。観光客の少ないこの村では、私たちはカモだったらしい。

「今日は隣の○○村で、夜7時半から花火があるんだよ」 「わーっ、花火、みたい〜」ぶりぶりぶりっ子の友人が手を胸に当てて喜んだふりをした。
私が
「私、8時からみたいテレビがあるから」と愛想なくいうと、「じゃあ、途中まで花火を見て帰ろう」と言ってくれたので、とりあえず付き合うことにした。

隣村といっても左は岩壁、右はそそり立った崖という一本道を30分ほど歩いた。これでは花火が始まると同時に帰らなくては鶴吉に間に合わないではないか。
7時半になるとポーン!と一発めの花火が上がったが、誰も帰るそぶりすら見せない。
またもや勇気を振り絞って宣言した。
「8時から見るテレビがあるんだけど」
地元の男の子のみならず、友人までが私を白い目で見た。
「またそんな話〜?」
「もう少ししたらちゃんと送ってくよ」

うーん、このうそつき者どもめが!まとめてセイバイしてくれるわい、と胸の中で叫んだが、とりあえず、一人でも帰らなくてはならない。
しかし、これは地元の若者によるナンパだ。何だかんだと理由をつけて帰らせないつもりだろう。こうなると、友人の貞操より鶴吉視聴が優先された。
「先に帰るから!!」
そう言いながら、もう私は追いつかれないように走り出していた。

少し走るとすぐに花火見学の人の群れは切れて、来る時には明るかった道はすでに暗くなっていた。それでも一本道だ。迷うことはないだろう。とにかく8時までに戻るのだ。

やがて街灯の間隔も広くなり、暗い海ときりたった崖の間に、私のビーチサンダルを踏む音がこだまするようになって、次第に恐怖が募って来た。民家もない。
そして、往路では気にもしなかったことを急に思い出した。途中私たちは長いトンネルを通り抜けたのだ。

そう、やがて大きく口を開けた黒いトンネルの入り口に辿り着いた私は、恐怖で体中が震えた。一体どの位の長さだったものやら、記憶がない。出口の灯りも見えないのだ。
時計のライトをつけて時間を見た。8時10分ほど前だ。行かなくては間に合わない。

この日3度目の勇気を振り絞った私は、一気にトンネルに走り込みながら叫んだ。
「大丈夫だ〜!こわくなんかないぞ〜!!」
「来るなら来い〜!」
「ララランラララ やぎさんも〜!」

半分目をつぶって走っていたような気がする。
トンネルは永遠に続くかと思われる程長く感じたが、実際はそれほどでもなかったのかも知れない。やっと出口が見えて来たとき、こう叫んだのをよく覚えている。

「つ・る・さ〜ん!!!!」

やっと宿に戻った私が食堂に入ると、他の客が一斉に振り向いてぎょっとした顔になった。私は髪を振り乱して真っ赤な顔をして仁王立ちになっていたに違いない。しかし、驚いたのは私の方だった。

聞き覚えのある曲が私のテレビから流れていた。そして、画面の中に石原裕次郎氏の顔をみつけて、またもや叫び声をあげた。
「『太陽にほえろ!』じゃなーい!!!!」
猛然と宿のおやじさんに抗議に行くと、おやじさんはもう酔っ払って
「わかってる、わかってるってばネエチャン。だったらうちのテレビ見な。そっちならカラーだよ。」
確かに画面はカラーであり、持参したテレビよりはるかに大きかったが、ちょうど家族はお客に給仕したあとの遅い夕食をとっているところだった。
「おかあさん、私、太陽にほえろ!みたい〜」
「うるさいね。それじゃ食堂でお客さんと見れば?」
「だってご飯食べてるし〜」
酔っ払いのおやじさんはおやじさんで
「何?ネエチャン沖雅也好きなの?ふーん。面食いなんだ。この〜!」

見終わっても、いつもの充実感は皆無だった・・・。

ふりむくな鶴吉 40「おりん」

京の織元の総領息子・結城屋喜多八(岸部シロー)は三味線の師匠・おりん(小川知子)に夢中だったが、おりんにはバクチや金貸し、はては美人局の噂まである女だった。
ある夜、おりんにしつこく言い寄っていた鍼医・丈庵(深江章吾)が殺されるという事件が起こった。丈庵の手には喜多八の片袖がしっかりと握られていたが、鶴吉は死体の胸元についていた白粉を見逃さなかった。

鶴吉はこの前の週はお盆休みだったが、沖さんは京都で「必殺仕置屋稼業」の撮影に入っていた。

夏の京都の撮影所は、うだるような暑さだったという。今はどうだか知らないが、当時は撮影所というのはどこも汚くて、冷暖房も常備されていなかった。時代劇のエキストラをした時は、夏はカツラで頭が蒸れ、外した時は湯気が出るほどだった。何しろカツラをかぶる前に、ストッキングのようなもの(?)で頭をぐるぐる巻きにして髪を束ね、その上からカツラをかぶるのだ。おまけにエキストラの衣装などは着物の生地が夏でも冬でも同じで、夏は暑くて冬は寒い。よくもまあ、沖さんはいつも涼しい顔で殺しができたものだ。

一度、真夏の炎天下で、「産気づいて荷車で運ばれる妊婦」という大役(といっていいのだろうか?)をいただいたことがある。お腹に座布団を巻き付けられて、板張りの荷車に仰向けに寝かされ、上から綿の布団をかぶせられた。
「苦しそうにうなっていればいいから」
AD(アシスタント・ディレクター)に指示されたが、リハーサルに入る前から既に呼吸が荒くなってきた。普段はあまり汗をかかない体質なのだが、あっという間に汗まみれだ。

そしてリハーサル。
突然、大地震が来たように体が揺れ、頭を打った。舗装されていない道を荷車で運ばれるのだから大変だ。昔の妊婦は偉かった・・・。(あれ?どこかで似たような台詞をきいたことあるな〜)
そして医師である主演俳優が私のところに駆け込んで来て、カメラは徐々に引いてエンドマーク、というシーンなのだが、一刻も早くこのシーンを終わらせたい私の願いに反して、一度リハーサルをした後、監督が何かスタッフと話し始めてしまった。
日焼けマシーンとサウナと熱湯地獄をいっぺんにしたような気分だった。しかし、私の横では主演俳優が真剣な表情で本番を待っているので、動くことも憚られた。彼は監督が何を話し合っているのか気になっているようだ。
「はーっ、暑い・・」
許される程度に控えめに布団をめくってみたが、こともあろうに監督の方に気をとられていたその俳優は、多分無意識だったのだろうが、
「うん、暑いね・・・」
と私の方を見もせずに答えて、きちんと布団をかけ直してくれてしまった。首まできっちりと。
相手は超有名俳優であり、本来なら布団をかけていただいたことを一生の光栄に思ってもいいはずだったが、この時ばかりはそれどころではなく、『何するんだ〜!』と心の中で叫んだ。意識すら朦朧としきた。

リハーサルの度に何度も頭を打ちながら荷台にへばりつき、やっと本番になった時には、本当に子供が生まれるかと思えるほどの熱演になっていた。ADからお誉めの言葉までいただいてしまった。

夏も終わりに近づき、鶴吉の放映も残すところ一ヶ月となってしまった。そして翌週、私は偶然にも最終回の最終シーン撮影を見ることが出来た。その感動の場面のお話は次回、ということで・・・。

ふりむくな鶴吉 41「夏あらし」

江戸では物価が高騰し、庶民たちの生活を圧迫していた。
そんな時、豪商や幕府、大奥の要人たちが次々と鉄砲で撃たれるという事件が起こる。
庶民たちは、日頃のうっぷんを晴らしてくれる「世直し大明神」が現れたと大喜び。
当時、鉄砲の所有を許されていたのは限られた武士だけだ。だが、鶴吉にはこれが武士のしわざとは思えなかった・・・。

前回予告した最終回の収録の模様だが、これは最終回の紹介をする時に書くことに変更した。期待した皆さん、もう少しお待ち下さい。
さて、うって変わってアイドル時代の沖さんの記事から。何度かファンの間で取りざたされた(?)胸毛疑惑事件だが、ここには「胸毛もじゃもじゃ」と書いてある。どうだろうか?
同じ記事の中で、仲雅美との「モテモテ女の子ちゃんの=変身教室」という対談もあるので、そこから一部。この対談によると、男の子に好かれるという女の子の変身術6ヶ条は、

1.男の子の話を熱心にきいてくれる
2.シャンプーの香りがする、清潔な髪
3.食事をガツガツ食べない
4.気分にムラがなく、いつもほほえんでいる
5.人のうわさをしない
6.流行の服を追わないで、清潔な服を着ている

このうち2、4、6が沖さんの発言だ。
他に、

「ボクはワンマン型だから、おれについてこいといって、素直についてきてくれる女の子がいいな」

「人間は誰だって欠点はある。でもその欠点をカバーする魅力的なものを、もうひとつ別に持っていればいいんだ」

「女の子から好きなら好きと、告白してくれた方がいいよ。もちろん、告白といっても、かわいらしいやり方でいってくれないと、イヤだけども」

などの発言もある。アイドル時代の発言をどこまで信用して良いものかわからないが、個人的には仲雅美氏の「食事をガツガツ食べない」という意見に笑わされてしまった。お腹がよっぽど空いている人とお付き合いされたことがあるようだ・・。

ふりむくな鶴吉 42「裏切り」

御用金を強奪した疑いで捕らえられた男がどうしても口を割らないため、鶴吉は彼と同じ牢に入って一緒に脱獄する。
六人の脱獄者たちは酒屋に押し入って立てこもった。鶴吉は酒屋の女房を逃がそうとしたために縛られるが、じつは鶴吉の他にもう一人の密偵がいた・・・。

沖さんは昭和49年7月発行の後援会報に、
「別離(わかれ)」という短文を載せている。
今回はその一部を抜粋しておく。

「青春時代における“出会い”と“別れ”は、ドラマのプロローグとエピローグのように最初から約束されていると思う。出会いの時から別れに向かって歩きはじめるが、めぐり会った日に別離を予感する人はほとんどいないと思う。なぜだろうか?・・・・。
この世に不変のものなどないと知りながら、別れの時がくるのを忘れようとする。」

「人生という舞台は、いっときたりとも同じ見せ場があってはならないと思う。限りない“出会い”と“別れ”が歴史を積み上げていくのではないだろうか・・・。」

ふりむくな鶴吉 43「長崎からの使者」

かつて夢斎のもとで学んでいた田宮新蔵(浜村純)が訪ねてきて、謎の言葉を残して行った。
翌日、やよいが何者かに連れ去られ、鶴吉は新蔵を疑う。だが、二人の行方はようとして知れなかった。
わかったのは、やよいの実の兄・英太郎(大和田伸也)が長崎から江戸に帰っており、やよいはその兄に会いに行こうとしていたことだけだった。
英太郎とやよいはある船宿に監禁されていた。現れたのは肥前屋(中村孝雄)で、密着のありかを問い、英太郎に拷問を加える。
だが、二人を救ったのは意外にも鶴吉が追っていた新蔵だった。
夢斎のもとに現れた英太郎は、シーボルトからの夢斎あての書状を奪われたと告白。犯人の狙いは夢斎だったのだ。はたして犯人の目的は・・・?

最終回が近づいて、とうとう夢斎先生や、やよいの出生の謎がほぐれ始める。

さて、今回は「ごちそうさま」に出演した時のお話。「ごちそうさま」では司会の高島夫妻との息もぴったりで、のちに金曜日のレギュラーとして、コミカルな一面をお茶の間に披露することになる。
数年前、「驚きもののき20世紀」という番組で沖さんの特集があったが、あの中で高島忠夫氏が「明るい青年でした」と語っていたのは、その頃のことを指していたのだろう。
この回で沖さんが披露したのは
「いわしと野菜のの寄せ揚げ」。
レシピについてはいずれ紹介するが、いずれにしろ試さない方がいい。いわしをすり鉢に入れてすりおろすまでに生臭さで気が遠くなった。
この時も定番ギャグ「おーきー雅也です」を一発かましていた沖さんだった・・・。

ふりむくな鶴吉 44「仲秋の名月」

仲秋の名月の夜、紙問屋・石見粂二郎(岡田英次)の妾・おしん(鳥居恵子)が絞殺された。部屋は物色されていたが、酒の用意がしてあったことから、鶴吉は顔見知りの犯行であると考えて捜査を開始した。
寅吉の聞き込みから、遊び人の千吉(峰岸徹)の名が浮かんだが、千吉は容疑を否認する。
しかし、石見屋粂二郎が望遠鏡マニアで、望遠鏡からおしんの家を観察できることがわかると、鶴吉の頭には、粂二郎に対するかすかな疑いの火が燃えはじめるのだった。

この頃、ちょうどある公園で岡田英次氏がマラソンをしているのをみかけたことがある。
さすがに日本の二枚目の元祖といっても良い存在であっただけあり、高校生だった私にもとても魅力的なおじさまに見えたものだ。

その彼がこの回で演じていたのは嫉妬に狂った老人。若い愛人の動向が気になって、望遠鏡で覗いているという設定は、当時「老い」という実感が湧かなかった私(残念ながら○○歳になった今なら十分湧く?!)には雲をつかむような話だったが、それでも岡田氏からは哀愁のようなものが漂っていたのが印象に残る。
名優というものは、こうして画面から飛び出るとうにして見る側を刺激する。私は、沖さんがいつの日かこうした深みのある老人を演じる姿を想像しようとした。だが、何故か想像できなかった。沖さんが老いた姿というものがイメージ出来なかったのだ。そして、沖さんはその姿を私たちに見せることなく、一人で旅立ってしまった。

レポーターの話だからどこまで信用していいものかわからないが、沖さんは19歳の時に共演していた女優さんに

「30歳になったら肉体が衰えてしまうから死ぬんだ」

と言っていたという。
それから5年後には、手相を見てもらって

「30歳までしか運命がない」

と言われた沖さん。

人に運命というものがあるとしたら、沖さんの人生はそれに逆らおうとして苦しんだ人生だったのかもしれない。誰だって死にたい時はある。でも、生きたい時だってあっただろうと思うのだ。
それでも先に待つ運命に正面から立ち向かって疾走し、人の何倍もの速さで駆け抜けて行ってしまった沖さん。もしかしたらいい人生だったのかも知れない、と少し思ったりもする今日この頃・・・。

ふりむくな鶴吉 45「伝蔵つむじ風」

白昼の路上で蘭方医が斬殺された。鶴吉の調べで旗本・長浜新八(山本耕一)の名が浮かんだが、どうやらその事件は鶴吉の上役の同心・三宅伝蔵(中丸忠雄)と関わりがあるらしい。
必死に真相を聞き出そうとする鶴吉に対し、初恋の人・ぬい(柏木由紀子)の夫である新八をかばって口を開かない伝蔵。
その伝蔵は、ぬいを苦しみのどん底に陥れた旗本・勝部伊織(梅野泰晴)を襲ったが、逆に斬られてしまう。壮烈な討死の裏にある、ぬいの秘密は・・・。

この回は男・三宅伝蔵の純愛が胸を打つ。
初恋の人をかばうために同心職にありながら犯人の名を明かさず、更に裏にいる真の悪人に向かって、たった一人で向かって行ったのだ。

「三宅伝蔵、つむじ風に吹かれて参上。
たとえ不義密通の汚名をかぶっても、お前だけは許してはおけぬ!」

と立ちはだかる姿は、男の中の男だった。一年間この番組に出演した中丸忠雄氏の花道だったのだ。

純情を全うして死んで行った伝蔵に涙が止まらなかった。今でも中丸忠雄氏の姿をドラマでみかけると、「三宅の旦那!」と画面に向かって叫んでしまう位だ。たとえその時の氏の役が悪役でも。

現代は「愛」に障害がないと言われる。戦争もなければ身分の上下も昔の比ではない。障害があればあるほど燃えるという「愛」の落とし穴は、強いていえば不倫の世界だが、今は離婚や再婚も珍しくない時代になってしまった。
今のドラマを見ていると、病気や三角関係を理由に話を引っ張る。実は兄妹だった、なんていう話もあった。最後に
「おれはニューヨーク(またはロンドン)へ行く!」
なんていう台詞が出るドラマも何度見たことか。

そう考えると時代劇は、障害の設定が容易で、時代考証などの下調べを除けば、かえって脚本が作りやすいものかも知れない。それは殺人事件にも言える。指紋もDNAも鑑定できなかったのだから、犯人との心理戦が面白くなるのだ。

それより、現代では愛する人のために命を捨てる気概のある「男の中の男」または「女の中の女」をみつける方が難しいかもしれない。
また、捨てようとしても捨てる機会もなかなかないが。

鶴吉たちが一丸となって謎を解いて、伝蔵の汚名返上を計るのだが、さて、最終回は?そしてその時沖さんは?
お楽しみに〜。(やけに勿体をつけるのだ)

ふりむくな鶴吉 46「ふたたび鶴が飛ぶ日」

「三宅の旦那は死んだ。嫌がるおいらにさんざん十手を押しつけておいて、先に死んじまう法はねえ」

三宅伝蔵は初恋の人・ぬいを犯した目付けの勝部伊織を斬ろうとして、真相を知らないぬいの夫に斬られて死ぬ。
三宅の死は、鶴吉とその周囲の人々に、大きな衝撃を与えた。

−夢斎の家で−
又十郎「夢斎殿はいつ死んでも悔いはありませんか」
夢斎「そりゃ、死にとうはないわさ。年をとればとる程、やり残した仕事があるような気がしての」
又十郎「私はいつでも死ねます」
夢斎「ばかもん!それはおぬしのやけじゃわ。生涯かけてする仕事が見つからないからといっての」

又十郎はこの事件が解決したら蝦夷へ行こうと決心する。寅吉は、ぬいの子を引き取ろうとおふくと相談する。それぞれの新しい出発だ。

三宅の死に衝撃を受けた鶴吉を心配するやよい。
「鶴さんにもしものことがあったら、あたし・・」
「俺にもしものことがあったら、何だ?」
「私も死にます!」

走り去るやよいの背に、鶴吉はつぶやいた。

「死にやしねえよ。死んでたまるかよ」

それでも三宅の死が無駄死に思えた鶴吉は、自分の無力さを又十郎にこぼす。
蝦夷へ行く決心をして心が晴れた又十郎は鶴吉に
「おめえっていう男がいたから救われた人間がいるはずだ」と諭す。
「そりゃあ、一人か二人はいたかも」
「お前の気づかないところで、どれだけの人間が助かっているか知れねえ。おめえの十手は空にひときわきらきらと輝く星だよ」
「よせやい」
「本当だよ、鶴。俺も三宅も流れ星だ」
なおも蘭学者暗殺を企てる勝部は、ぬいの夫に夢斎の元を訪れた蘭学者に発砲。しかし、凶弾は夢斎の胸を貫いた。
再び十手を握った鶴吉は、すべての事件を解決し、ぬいに報告に行くが、彼女は自害していた。

夢斎の葬儀の後、鶴吉はやよいに告げる。
「おいら、十手は捨てねえぜ。もう死ぬまで離さねえ。それでも、おいらのかみさんになってくれるかい」
「鶴さん・・・」静かに肯くやよい。
「よろしく頼むぜ」
そっと抱き合う二人。

文政六年秋 −
秋祭りを見守る鶴吉とやよい、そして周囲の人びと。
わっしょいわっしょい・・・

悲しみを乗り越えて再び鶴が飛ぶ日
もうあとへは戻れない
ふりむくな鶴吉
ふりむくな鶴吉

−おわり−

初めから終わりまで涙が止まらなかった。
沖さんにもしものことがあったら私も死のうと思った。そして、のちに沖さんに病気や事故などの不吉な影が襲って来た時も、鶴吉の言った
「死にやしねえよ」という台詞にすがり続けていた。

何よりも心に残ったのは

「空にひときわきらきらと輝く星」

という言葉だった。沖さんはその時も今でも私にとっては一番星だ。流れ星である私の心の支えだ。
沖さんは自分の知らないところで人助けをしていると私は信じる。少なくとも私は助けてもらっていた。今でも助けてもらっている。

さて、最終回の最後のシーンは、律義にもちゃんと最後に撮影された。そして、幸運にも私も上からそれを見ていた。

「はい!これですべて終了になります!」
スタジオ中のライトが一斉に点灯され、大きな拍手が巻き起こった。沖さんは呆然と立ち尽くしたままだ。
隣のスタジオで撮影していた朝のテレビ小説「水色の時」のヒロイン・大竹しのぶさんが花束を持って登場し、沖さんに手渡す。あのまったりとした口調は昔からで、
「あのぅ、あんまりお会いしたりお話しする機会もなかったけどぉ、またどこかでお会いしたらよろしくお願いします」と挨拶する。
皮肉にもそのスタジオで沖さんと再会して撮られたのが、沖さんにとっては遺作となった「かけおち ’83」だった。

共演者が次々と沖さんに握手を求める。沖さんは溢れる涙をこぼさないよう、懸命に上を向いていたようだったが、とうとうこらえきれずに頬を伝った。もう何も言えずにいる。
私もガラスの向こうから、懸命に拍手をした。
拍手の嵐の中、寅さんこと西田敏行氏が沖さんの両腕を掴んでいった。
「さあ、みんなで鶴さんを送ろう!」
沖さんは小さな子供のように手を引かれて泣きながらスタジオから出て行った。

帰りの渋谷までの道のりを、私は人目も憚らずに泣きながら歩いた。
この一年のことが走馬灯のように巡って来る。
この日、私は沖さんのファンになって本当に良かったと思った。これから何があろうとも、この人を応援して行こう。決してふりむいてもらえない思いでも良いではないか。私の方がこんなにも幸せな気持ちをもらっているのだから。

ありがとう、沖さん。
この一年をありがとう・・
そう心の中で叫びながら涙で顔をぐちゃぐちゃにして雑踏を歩いていた。


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