使徒言行録2章1〜4節を朗読
2000年6月11日の日曜学校
説教:桑原政道

 今日はペンテコステです。ペンテコステとはイースターから数えて7週間後の50日目の日に行う祭りの日です。今日読んだ聖書の最初のところに五旬祭と書かれています。イースターには過越しの祭といって、昔イスラエルがモーセという人に導かれてエジプトの奴隷から解放された日を記念した祭でした。イースターも同じくイエスさまが十字架にかかり死んで復活したことにより、イエスさまを信じる凡ての人が罪の奴隷から解放された記念として祝う日でした。同じように五旬祭にはモーセが十戒を神さまから授かった記念の日としてイスラエルの人は祝っていましたが、ペンテコステは教会に集う人が聖霊を受けてイエスさまの救いを最初に述べ伝え始めた記念の日として憶えられています。
 さて聖書をみると、「一同が一つになって集まっていると」と書かれています。この人たちは何をしていたのでしょうか? 少し前の1章14節を○○ちゃん読んでくれますか。「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリヤ、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」 そう。彼らとはイエスさまのお弟子さんたちなのですが、イエスさまが復活して天に昇っていったあと、イエスさまが一緒に居ないときに、みんな一緒に集まって心を合わせて熱心に祈っていたのです。私たちも教会で心を合わせてお祈りしますね。そしてそこにどういうことが起こりましたか? ××くん2節から読んでください。「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ・・・一同は聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」 そうなんです。心を合わせ熱心に祈っていた人々の内に、聖霊が満ち満ちたのです。教会にはただ人が集っているだけではなく、その内に聖霊が満ち満ちているのです。
 色んな国の言葉で話し出したといっていますが、何を話していたのでしょうか?これは後の箇所で出てきますが、イエスさまの救いを話したのです。ちょうど私たちが日本語でイエスさまの救いを話しているのと同じなのです。聖霊は天に昇られたイエスさまが地上で一緒にいたときと同じように、イエスさまを信じる人に神さまの御心を伝えてくれます。そして聖霊を受け取った人はイエスさまの救いを語る勇気と力が与えられるのです。イエスさまは聖霊を通じて私たちと共にいてくれるとも言えます。本来は罪によって聖なる神さまから隔てられている私たちですが、聖霊によって私たちはイエスさまと出会い、また教会の内にある聖霊によって私たちはここに心を合わせて祈り感謝を捧げます。聖霊は罪ある人々を救おうと追い求めてきた神さまの御心の結実なのです。

 少し余計な話しですが、神さまが私たちと共に居られるということが、どういうことなのかを色々とみてみましょう。昔イスラエルの人がエジプトの奴隷から解放され、40年にも渡る砂漠の旅をしていたとき、神はイスラエルの人々と共に居られ、昼は雲の柱で民を覆い、夜は雲が炎のように光って夜道を照らしたと言われています。神が共に居られるということは私たちを罪の道から解放し、その行く先々を神さまが照らし導いてくれるということです。またサムエルという預言者がいましたが、神はサムエルと共に居られたので、彼の言葉はひとつも地に落ちることがなかった、即ちすべて現実のものになったといいます。私たちもイエスさまのことを伝えるときに、神さまが共に居てくれればそれは決して無駄にはならないと信じます。聖霊はそのことに勇気と力を与えてくれるのです。
 またそのサムエルに祝福を受けたダビデという王様がいますが、詩篇23ではこのように歌ったといわれます。「主は羊飼い。わたしには何も欠けるものがない。」神さまが羊飼いでわたしが羊なら何も足らないものは無いといっています。また「死の影の谷を行くときもわたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる」とも告白しています。神さまが共にいてくれるならば、どんな恐ろしい場所も怖がることはないというのです。世の中には怖いこと、嫌なことが沢山あります。でも神さまが共に居てくれるならば、そのような怖い嫌ななかでも逃げ出さずに、神さまを信じて歩む事ができるのです。また怖い嫌なことの多い世の中でも、失望せずにイエスさまの救いを話す勇気を与えてくれるのが聖霊の力です。
 マタイの福音書では、復活したイエスさまがお弟子さんたちに、凡ての国民に伝道と洗礼を授けるように命じますが、同じときに「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と約束してくれました。聖霊はイエスさまを信じる凡ての人に与えられた約束の実現なのです。私たちも聖霊に信頼してイエスさまを述べ伝える勇気を与えられるように祈りましょう。
 
お祈り
天のお父様。わたしたちに聖霊を送ってくださり、あなたが共に居てくださる約束を適えてくださっていることに感謝いたします。怖い恐ろしい、嫌なことの多い世の中でも、わたしたちがイエスさまの救いを述べ伝えることができますように、聖霊によって勇気と力を与えてください。また私たちの集いの内に聖霊が満ち満ちて、あなたの御心が知れ渡るようにこの教会を祝福してください。
イエスさまの御名によってお祈りいたします。アーメン。