マタイによる福音書8章28〜34節
を朗読
2000年8月20日の日曜学校
説教:桑原政道

 今日読んだ聖書にガダラ人の地方というところが出てきます。ガダラ地方とはガリラヤ湖の東側にあたります。反対の岸のガリラヤ湖の西側ではペテロさんや兄弟のアンデレさんが魚を捕る漁師の仕事をしていた所です。さてガダラ人の住む地方とはどういうところだったのでしょう。今日読んだ聖書の箇所には豚が沢山飼われていたと書かれています。豚は聖書でイスラエルの人が食べてはいけない動物でした。ですからこの地方に住む人は、聖書のことを知らない、神さまを信じていない人たちが住んでいたのです。多分、同じガリラヤ湖出身のお弟子さんたちも、イエスさまも、一度も足を踏み入れたことのない土地であったに違いありません。
 そのような神さまを知らない人たちが住む、また一度も足を踏み入れたこともない土地で、イエスさまたちが出会ったものとは、いったい何だったのでしょうか? 「悪霊に取り憑かれた者が二人、墓場から出て」きたのです。しかもその二人は「非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった」と書かれています。二人は普通ひとの住まない墓場に住み着いていて、ひとが近くの道を通るやいなや、墓場から出てきて乱暴をしたり脅かしたりしていたようです。神さまを知らない人たちの土地で、この二人はとても恐れられ、またみんなから見放されていたとも言えます。こんな所に神さまなんているんだろうか? ほとんどの人はそう思うかもしれません。しかしそこにイエスさまが来られたのです。
 イエスさまを見た二人はどうしたでしょうか。こう叫んだのです。「神の子、かまないでくれ。まだその時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」神さまを知らない人の住む土地で、いち早くイエスさまのことを神の子だと、悪霊は知っていました。しかし神さまを知っている人ならば歓迎するイエスさまに、「かまないでくれ」、放っておいてくれ、と言ったのです。また「その時ではない」、つまりイエスさまが十字架に掛かり全ての人の罪を赦された、そのような福音がまだ知られていない時に、「ここに来て」、神さまを知らないようなこの土地に来てまで、悪霊を追い払おうとするのか。そのように叫んだのです。
 悪霊はイエスさまにおかしなお願いをしました。近くでエサを食べている多くの豚、他の聖書の箇所では数千匹もいたといわれます、そんな多くの豚の大群に乗り移らせてくれ、そう頼んだのです。イエスさまが「行け」と一言いわれると、悪霊の乗り移った豚の大群は、湖に向かってまっしぐらに走り出し、崖から落ちて水に溺れて死んでしまったのです。とても恐ろしい光景がそこには広がっていました。そしてそれまで知らなかったことに、数千匹の豚を狂わせるほどの悪霊が、たった二人の人に住み着き苦しめていたのです。それまで二人は土地の人に見放され、また乱暴をはたらいては嫌われていたのです。イエスさまはそのような二人に出会い、悪霊を追い出して苦しみから解放されたのです。
 これには豚飼いの人もびっくりしました。町の人に一切のことを知らせ、町中の人がイエスさまに会いにきました。しかし町の人はイエスさまに、この土地から出ていってもらいたいと言ったのです。
 私たちは、この聖書の箇所から学ぶべきことがあります。それは神さまがいない、また知られていない場所でも、イエスさまは必ず来られるということです。
 学校ではどうでしょうか? 教室の片隅でいじめられている人を見かけたことはありませんか? そこには神さまはいないような気がします。しかしイエスさまはそこに来られるのです。「かまわないでくれ」「ここまで来てでしゃばるな」と言われるかもしれません。また私たちも、放っておけば「いつか何とかなる」ように思うかもしれません。しかしこの時とこの場所にいたって、たとえ神さまが知られていない悪意に満ち満ちた場所でも、イエスさまは必ず来られます。このことを信じて毎日を過ごしたいと思います。
 また8月15日は終戦記念日でした。戦争中には日本の人は全て、天皇は神さまだ、天皇を拝まない人は人ではない、そう言って、天皇を拝まない人に乱暴したり、殺したりしていました。そこには本当の神さまはいないように思えます。しかしイエスさまはそこに来られるのです。そのような殺戮の闇に包まれた日本にも、イエスさまが来られることを信じていた人たちがいました。その人たちが戦争の終わったあとのキリスト教会を建て直したのです。しかし一方で、もう50年以上も前のことだからと、悪いことをした過去を闇に葬ろうとする、忘れてしまおうとする人もいます。ここでも「こんな平和な日本で戦争のことなど根堀り歯堀り聴くもんじゃない」とか「いまさらそんなこと言ったってしょうがない」という人が出てきます。しかし過去に犯した戦争の過ちをはっきりとさせ、そのような過ちを犯してはならないことを、世界中のみんなに知ってもらおうとする働きは、50年以上たった今もなお続いています。私たちはそのような過去の悪い思いに駆られた人々の内にも、イエスさまが来られることを信じて、平和を大切にしたいと思います。

お祈り
天のお父様。あなたの知らない闇はなく、あなたの御子イエスが訪れない悪がこの世にないことを讃美します。わたしたちの内にある闇の世界に光りを照らし、わたしたちを真実なるあなたの国へと導いてください。また平和を愛する心を与えてください。あなたの御心を知るために聖書を読み、祈ることを絶やさないように、聖霊によって毎日守り支えてください。
イエスさまの御名によってお祈りいたします。アーメン。