マタイによる福音書14章22〜33節
を朗読
2000年10月9日の日曜学校
説教:桑原政道

 先週は、5000人に5つのパンと2匹の魚を分ける奇跡の話しでした。本当に神さまの国がやってきたのだ、みんながそう実感できるすてきな出来事です。しかしそのすぐ後にイエスさまは、お弟子さんたちを無理矢理に舟にのせて向こう岸にいかせ、食事をしたみんなをさっさと解散させて、たったひとりで山に登りお祈りをしにいきました。イエスさまは、みんなの前でとてもすばらしい奇跡をするのと同じように、ひとりで神さまに祈るということを忘れない人でした。わたしたちも、教会にきて祈るほかに、ひとりきりで祈ることを大切におぼえたいと思います。
 さてガリラヤ湖を渡っているお弟子さんたちは、一晩中こいでもこいでも逆風に悩まされなかなか進めません。お弟子さんのなかにはペトロ、アンデレ、ヨハネ、ヤコブと、漁師をして舟を操るのが得意な人がいたのですが、それでも夜が明けてもまだ波に悩まされていました。みんなも、がんばってもがんばってもダメなときがありませんか? このときのお弟子さんも同じ気持ちだったかもしれません。そこにイエスさまがやってきたのです。
 それにしても、今日読んだ聖書のイエスさまの登場のしかたはとても変わっていました。波風の激しい水の上をとことこ歩いてきたのです。一晩中激しい風と波にもてあそばれ、疲れ切っていたお弟子さんたちは、湖のうえを歩くイエスさまの姿をみて幽霊がきたのかと思い、怖さのあまり大声をあげて悲鳴をあげはじめました。大のおとなが、それも男のひとがすっかり怖がってしまって、もうどうにも手に負えない状態です。わたしたちにもとても恐ろしい経験があるかもしれません。そして逃げることもできないほどに追いつめられた状態になることもあるかもしれません。そんなもうどうしようもないほどに恐怖の直中にいたお弟子さんたちに、イエスさまは「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と声をかけたのです。
 わたしたちがどんな恐怖のなかにあっても、イエスさまは思いもかけない方法でやってきて、「安心しなさい。恐れることはない」と声をかけてくれます。イエスさまはどんな困難のうちにあってもやってきてくれます。わたしたちもそう信じ、祈りたいと思います。
 ところでペトロさんは、イエスさまが湖の上を歩いてきたと知って、おもしろいお願いをしました。自分も湖のうえを歩きたいというのです。ペトロさんは漁師で、お弟子さんのなかでも威勢がいいというか、なんでもストレートに物をいう人です。イエスさまの言うことならすぐに感心し、誰よりも先に「信じます、信じます」と言葉に出す人です。でも今回はどうだったでしょうか。最初は水のうえをおそるおそる歩いたのですが、段々とまわりの波風が怖くなって、あげくのはてにズブズブと足が沈み始める始末です。思わず「主よ、助けてください」とイエスさまに叫んでしまいました。
 イエスさまはそんなペトロさんを自業自得だと水に沈むまま放っておいたでしょうか? イエスさまはすぐに手を伸ばしてペトロさんを助けて、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」といいました。信仰の薄い者が信仰を試され失敗をしようとも、イエスさまはまず手を差し伸べ助けてくれます。ペトロさんは同じように、イエスさまが十字架にかかるときも、ちょっと前までイエスさまとなら一緒に死にますと威勢のいいことを言っていたのが、「イエスさまなんて知らない」「知らない」「あの人とは関係がない」と三度も否定してしまったのです。復活したイエスさまはペトロさんに会って、「わたしを愛するか」と改めて聞きなおしました。このようにイエスさまは、手を差し伸べ助けるだけでなく、常に私たちに信仰を問いかけてくる人だともいえます。困っているわたしたちの手をしっかりつかんで「なぜ疑うのか」と問いかけ、信仰を明らかにしてくださるのです。
 恐ろしいさなかに思わぬ方法でやってきて「安心しなさい、恐れることはない」と勇気づけ、困ったときには手を差し伸べ「なぜ疑うのか」と問いかけてくださる方。イエスさまはいつもわたしたちのそばにいてくれて、イエスさまとわたしたちの関係を確かなものに導いてくれます。

お祈り
天のお父様。あなたがいつもわたしの凡てのことを知っていてくださり、恐怖のなかにあっても「安心しなさい、恐れることはない」と勇気づけ、疑い迷うときには手を差し伸べ「なぜ疑ったのか」と助けを与えてくれます。どうかわたしがあなたの業に信頼と感謝を絶やすことのないように、日々の歩みをあなたの前に祈ることのできるように導いてください。そして日々あなたの言葉に従い改まった新しい命に生きる者としてくださいますようにお願いいたします。
イエスさまの御名によってお祈りいたします。アーメン。