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ケヴィンは、ほとんど自分の私生活について話をしないけど、
自分のことを語った言葉を探してみました。名言(?)集です。

は「スペイシーファイル」のIZZYさんが翻訳されたものです。
スペイシーファイル」ではインタビュー全文が読めます!

 私生活を語らない理由 
「例えば、僕がドロドロの離婚訴訟に巻き込まれてるとするだろう?そんな状態で他の誰かを演じても、観客には全く説得力がないじゃないか。だから自分の素顔を語るようなことはしたくないし、俳優っていうのはできるだけミステリアスな存在でいるべきだと思う。


 噂について 
「僕は結婚もしてないし、プライベートなことについても語らないから、ゲイってことになるんだろう?ゲイといわれることは全然気にしない。でもあの記事は完全なデタラメだ。」
「あまり気にしてないよ。ひどいデタラメな記事には反論するけど、ほとんどの場合は気にしない。やつらはただ紙面を埋めたいだけなんだ。あんな記事、何の意味もないよ。僕には全く関係ないことだし、ただ黙って仕事をするだけだ。」
(噂の発端)「ぼくがある1つの質問に答えなかった事から来ているんだ。『あなたはゲイですか、違いますか』という質問だった。ぼくはその質問に気を悪くしたから答えなかった。それは俳優が質問されるべきリトマス・テストでないと、ぼくは思った。『そんな事は君の知った事じゃない』とね。」
(もう1つの噂の発端)1996年のオスカー授賞式の時、同伴した母親が「私は、彼はゲイだと聞いています。」と言ったらしい。


 仕事について 
(映画と舞台、どちらが危険が多いか?)「舞台だね。『あ、しまった。今のところもう1度やっていい?』なんて言えないからね。」
俳優の仕事とは、脚本家に尽くすってことだよ。」
「役を受けてからは、まず自身の体験と照らし合わせ、2時間で観客に明確に理解してもらい、なおかつ面白がってもらえるように活き活きとしたナマのキャラクターを作り上げていく。このプロセスこそ役者の醍醐味で、僕の技術の見せどころなのだ。」情報提供:ゆきあさん
「俳優によっては自分勝手に最高の演技を見せたがるやつもいるが、観客あってこその商業映画。だから、タイミングやバランス、そしてチームワークが必要不可欠だ。」情報提供:ゆきあさん
同じような役は繰り返したくない、残りの人生ずっとニュータイプの悪人でいたくないとしたら、ただ違う事をやりたいんだと結論したんだ。(やっていれば多分とてもうまくやれただろうし、金をもうけることができただろうけど)芝居で経験したのと同じくらい、様々なものを映画でもやりたいんだよ。」
「ウィリアム・ハートには、たまげたよ。ほんとにたまげた。彼は現役でやっている最高の俳優だね。役者こうあるべきだとぼくが考える、すべてが彼だ。彼が部屋に入ってくるだろう。するとぼくはひどく興奮した。」
ある日舞台の上で倒れる。それが僕の逝き方だ。情報提供:Kunさん
「もし、僕が自分について何にもわかってなかったとき、僕の前に進み出てチャンスを与えてくれる人々がいなかったら、僕は今の成功をつかむことはなかっただろう。」情報提供:Kunさん
「役者は映画の中で感情を出して、全てを観客に捧げているんだからそれでいいじゃないか。誰だって子供の頃カウボーイごっこをして遊んだだろう? 僕はその楽しい遊びからまだ卒業できていないだけなんだ。」情報提供:Kunさん
「何が起こるか、勘づかせたくない。それが起こった時に、意味をなすようにしたい。そうすれば観客は『なるほど』と思う。秘訣は演技だと思わせないことなんだ。トレーシーは誰よりもそう思わせない事にすぐれていた。」
(『自分はあらゆる役に候補として考慮されるべきだ』と考える俳優について)「うぬぼれと野心が人間の心の中で他の何よりも突出してると、人はそういう考えしかできないんだ。そして、うぬぼれと野心というやつは、どんな時も俳優が人生の指針にするべきものではない。」
「舞台は、ぼくの経験の一部、ぼくという存在の一部なんだ。ぼくにとっては、息をするのと同じくらいなくてはならないことなんだ。」
「ぼくは死ぬ前に、やりたいことは全部やってみるつもりだ。」
「ぼくはいつだって監督を信頼し、その指揮に自分をゆだねるように務めている。(中略)ありがたいことに、うまく監督された時の方が、自分で好きなようにやらされた時よりも、いい仕事をしているからね。」
(1991年にトニー賞を取ったときの言葉)「誰もぼくが何者か知らない。ぼくはこのままでやっていきたい。成功は死に似ている。
(リチャード・E・グラントが「With Nails」という自分の本で、1990年の映画「ヘンリー&ジューン」で十分なクローズアップがないため、スペイシーが「わめきちらした」と書いてある事について)「リチャード・E・グラントなんて、大嘘つき野郎だ。(中略)どうか読んだ事をすべて信じるのは、やめてほしい。」」
長年演劇界でやってきたことすべてが、映画界での成功をもたらしてくれた。


 子供の頃 
「僕が一番憶えている昔の思い出は、両親がぐっすり眠っている間にこっそり下の部屋に降りていって、テレビで白黒の名画を観てたことかな。僕はスペンサー・トレイシーやヘンリー・フォンダ、ハンフリー・ボガードなんかが出てる。昔の映画に入っていったんだ。後になって母が僕を映画に連れて行ってくれて、僕は『わらの犬』みたいな変わった映画をよく観てた。どれもこれも、落ち込むような内容のものばっかりだったな。」
友達のいる土地を離れて引っ越すのは、とても辛かった。そしていつも知らない土地で誰も知らない転校生として新しい学校に通わなければならなかった。家族によく腹を立ててたよ。特に父にはね。」
初恋の人の名前はステファニー。
(オスカーが欲しかったか?)「もちろん!子供の頃、ぼくらはキッチンのカウンターの後ろから登場して、チェリオス[訳者注:朝食用シリアル]の箱やら何やら、受け取るまねをしたものさ。ジョニー・カースン・ショーに出る練習もしたものだよ。そしてついに、彼がやめる前に、出演するチャンスをつかんだんだ。」
「すごく悪い子供だった。たくさんけんかをして、物を焼いて、全くもってビーバス&バットヘッドだった。」(「ビーバス&バットヘッド」=MTVで人気のアニメ。悪ガキ2人組)


 その他 
「この業界には、なんだかんだケチをつけたり、グチグチ文句ばっかり言ってる俳優が多すぎるよ。」
(髪が薄くなってきたことについて)「ジャック・ニコルソンがハゲててもいいんだったら、僕だってハゲてたっていいじゃないか(笑)?
(子供はいますか?)「思い出せないなぁ・・・。(沈黙)」
「ぼくは自信に要求し続けたい。常に新しいことに挑戦しつづけるようにしたい。えーっと、なんて言葉だったっけ。(完璧に計算された中断)そう、興味を持ち続けるんだ。」
(オスカーを受賞した時の気持ち)「動脈瘤が破裂したような気分だったね。もう呆然としてしまった。言うつもりだったことを全部忘れてしまったよ。」
(NYの街をZAPPYで走りまわってることについて)「これがいかに素早く動くかってことに、みんなびっくりしている。スクーターにばかり注目してて、ぼくには気づかないんだ。」
「ぼくにとって、スピルバーグはヒーローなんだ。」
左まぶたの傷跡は、サン・フェルナンド・バレーでの子供時代、猫のプリンス・アルバートとけんかした時の名残。
「ぼくはなるべく目立たぬよう、じゃまされることなく、自分の望む生活を送ろうと努めて、かなり成功してると思う。」
「タバコはもう吸わない。1年半前にやめた。芝居(「氷人来たる」)をやることになるのが分かっていたからだ。芝居に必要な呼吸を整えるのに、1年ほどかかると言われている。だからおととしの12月にやめた。だけど、葉巻は楽しむ。ぼくにとっては、素晴らしい葉巻へと続くディナーに勝るものはないね。あるいは、素晴らしい葉巻へと続く会話や、セックスの後の素晴らしい葉巻。最高に素敵なものだ。」


 ジャック・レモンについて 
「(「アメリカン・ビューティー」でオスカーを受賞した時のスピーチで)ステージでは心臓発作状態だった。血管のどこかがプッツンしてる感じで言葉が出てこなかった。でもジャック・レモンへの感謝の言葉は忘れなかっただろう?この映画のレスター役は『アパートの鍵貸します』の彼の演技をずいぶん参考にさせてもらった。13歳の時、劇場のセミナーに行って、彼のクラスを受けて以来、彼から学び、励まされてきたんだ。今はどんな時でも本当のことを言ってくれる貴重な友人でもあるんだ。」
実の父親が死んだ今は、ジャック・レモンが僕の父のような存在だ。」
12歳の時にジャック・レモンに会い、その時サインしてくれた彼の写真を今でも持っている。


 アカデミー助演男優賞受賞スピーチより 
「母がベンチューラ通りを運転しては僕を演劇学校に通わせてくれた。すべて母のおかげです。」情報提供:ユージンさん
(式のあとで)「最初に決定したので授賞式を心ゆくまで楽しめた。」情報提供:ユージンさん


 ガールフレンドについて 
「2年前、子供を作るかどうかという話が、ガールフレンドとぼくの間で出た。ぼく意見はたしか『いや、僕は仕事に取り組んでいるところだ』というものだった。その後、自分でもすごく驚くんだが、自分の方からそれを話題にしていたんだ。実のところ、子供は絶対にほしいと思うし、ぼくの人生はその方向に進んでいると思う。」
「ぼくはとても長い間、安定した関係を続けているが、彼女は知られることを望んでいないんだ。ぼくらはカップルだと勘づかれたくなかった。それよりももっと悪いのは、ある種のショービジネス界のカップルさとみなされることだ。ぼくらはずっと前に、2人の生活は秘密にしておこうと決めたが、友人や家族みんなは知っているという段階まではいっている。」
「ぼくは結婚というものは、ただ単に、そういう契りとか、結びつき、誓いを望むかどうかの問題だと思うね。結婚しないほうを選んだ人達が、家族として劣っているとか、いい家庭を築き、素晴らしい子供達を育てる能力が劣っているということはない。だから結婚というのは・・・そうだな、それはぼくが・・・大切だと思うものなんだ。まだ何とも言えないよ。」
「子供がほしいんだ。たぶん友人の多くに子供がいるからだろうね。ケヴィンおじさんでいる事に、ちょっとうんざりしてきている。実際、父親になる準備はできていると思うんだ。


 すごい話 
「ぼくが17歳の時、霊能者のところへ行ったんだけど、その人は、ぼくが島へ旅をするだろう、そして、音楽に取りつかれるが、やがて音楽を残して立ち去り、自分の人生を始めるだろうと言ったんだ。ぼくは思ったね。そうかい、わかったよ、もう一錠催眠薬を飲めよ、って。でも、1年半後、ぼくはマンハッタン島へ旅をして、ジュリアード(演劇科)へ通っていた。そこで演劇学科は、文字通りジュリアード音楽院に取り巻かれていたんだ。ぼくは2年いた後、そこを去って、自分の人生をスタートした。」」


 ヴァル・キルマー(というよりジュリアードに入学するきっかけ)について 
「ヴァルはぼくより2年先にジュリアードに入学し、本気で俳優になりたいと思ってるんだったら、オーディションを受けて、そこから出てくるべきだ、と強く励まされたよ。ぼくは彼のアドバイスを受け入れて、実行した。で、彼にとっての終半2年、ぼくにとっての前半2年を、一緒に学んだわけだ。」


  
「ABCのスタンダップ・ショーのパイロットテープがあるはずなんだ。コメディアンが次々に登場する番組でね。イギリスのシリーズを手本に作られたんだが、結局放送はされなかった。パイロット版でぼくはホスト役みたいなことをした。19歳の時だったかな。だけどぼくはテープをもらえなかったし、見てもいない。もし誰かこれを読んでいる人で、そのコピーを持ってる人がいたら、送ってほしいな。あぁ、今では大昔のことのように思えるよ・・・。」


 ビル・クリントン元アメリカ大統領について 
「コメディのタイミングについては、彼には本物の勘があって、驚くほどだ。すごく笑いを誘う。ショービジネス界で、彼にやれることはたくさんあるよ。」


他に語ってるものを発見した方はメールください!