逆、裏、対偶の法則とキャプテン翼



数学の世界には逆、裏、対偶というものがあります。 「AはB」で例えると、
「BはA」が逆、 「AでなければBでない」が裏、 「BでなければAでない」が対偶となります。
数学の世界ではもとの条件と対偶は一致するとなっていますが本当にそうでしょうか?
本当にこの数学的一般説が成り立つかどうか以下の例文で検証してみることにしました。

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例文:
〜「ボールは友達」・・・『キャプテン翼』より〜


この例文に逆、裏、対偶を当てはめていくと、

逆「友達はボール」・・・かなり寂しそうな子になってしまっている。

裏「ボールでなければ友達でない」・・・やばいですね。

これではまるで翼君は青空の下の引きこもりである。

何もボールを友達にしないでもいいではないか。

翼くんはよくドリブルをする。確かにうまいし、簡単に何人も抜いてしまう。
ここでパスをすればいいものだが、翼君はゴール前までは自分で持ち込むのだ。
強引である。
翼君が唯一パスをする相手は親友の岬太郎という少年ただ一人である。
表面上ではいろんな友達やらと仲良くしてるくせに試合になるとまるで仲間を信用してないのだ。
ここら辺に「ボールは友達!」と言い切れる翼君の少ない友人関係が見える。
(もっとも、「ボールは友達」などと抜かしながらその友達をボコボコに蹴っている事もいかがかと思うが…。)

つまり、翼君はあのワンマンプレイゆえに友達が少なく、寂しいがゆえにボールを友達にしているのだ。
あるいは友達が少ないからワンマンプレイなのか。

翼君は少年時代自閉症気味だったに違いない。間違いない。父親は船乗りだから家にはほとんど帰らないし、
怪しげなブラジル人(ロベルト)が友達だ。

そんな翼君を見た父親はこのままじゃいかんと思い、サッカーボールを買ってあげたのだ。
サッカーボールがあれば一人でも遊べるし、サッカーをきっかけにして友達ができる事もあるだろう。
そして翼君は上達し、試合に出ればヒーローになった。


しかし、翼君の自閉症は直らなかったのだ。そのため個人プレイに走り、次第に孤立していく。
そして友達と呼べるのはサッカーボールだけになってしまったのだ。
そして翼君は一人でサッカーボールを蹴り続け、技術だけは上達した。
それがサッカーの天才、大空翼なのである。

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これでは確かに逆、裏はなりたたない。 では対偶はどうだろう。

対偶「友達でなければボールでない」・・・・・・・・日本語として解釈が難しいですね。

第三者が見たら「君の日本語はおかしいよ。云々。」と言うだろう。 結局のところ日本語(国語)では
この法則は成り立つかどうか微妙なとこで、これは数学上のみ有効ということですね。

時間があった時にもう少し考えてみたいと思います。はい。



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