あれは小学2年の夏だった。ふと深夜目覚めると火の魂がふたつ雨戸から飛んできた。おそろしかった。わたしはふとんのすきまからのぞいていた。次にみたのがとなりのみのちゃんの家 の上に飛んでいたひとつの火の魂だった。村は ましろくと呼ばれていた。街道がとおり田園地帯が広がる成田村へは、庭から山を越える。その頂上に神社があった。ましろくの山は東京の 不動産会社の植民地と変貌した。ましろくの山 こそがディアラだった。

90年代総括−アンゼルム・キ−ファ−その至福



アンゼルム・キーファー展その至福
[ 182行 長文  ]                     
  Sさん、アンゼルム・キーファー展に遭遇したことは、私にとって至福でした。
  そこで、感想なるものを書いて、貨幣の介在なしに、キーファー作品を、
  世界市場から交換所有したいと願いました。私は美術および現代美術に関して
  は、まったくの非専門ですが、世界市場が1995年体制および1999年体制
  へと、地球の復讐を受けながら転回しようとしている今日、ある方法によって、
  キーファー世界を所有することは、思考ゲームでもあります。

  美術その作品は、地球の多様性を体現する、基本通貨であるのかもしれません。
  あるアーティストが完成させた形象の物語は、その固有の貨幣なのです。
  それはまた地球惑星の多様な遺伝子を、市場に表出し、それは他者によって、
  所有交換されていきながら、作品は知覚の欲望そのまなざしによって、生成し
  ていくのでしょう。

  おそらく感想・批評なるものは、言葉によって、世界市場に立ち上がってきた、
  この基本通貨を、おのれの言葉たる毒牙によって、両替する行為かもしれません。
  20世紀の亡霊とは、地球の多様な遺伝子を根源的に破壊してきた歴史であり、
  多様なその基本通貨を、画一化の帝国貨幣によって、すりかえ、かすめとって
  来た世界市場の悪夢であったのでしょう。そう現代美術とは、地球上の多様性
  のある遺伝子であり、それは固有のかけがえのない基本通貨なのです。
  アーティストは、この私でしかありえない根源的な遺伝子による、かけがえの
  ない基本通貨を創造していくのでしょう。

  そこにはそのアーティストをこの惑星の同時代に立ち上げた、遺伝子の体系が、
  存在し、その体系こそがアーティストのオリジナリティだと思います。
  アーティストは、おのれの基本通貨を創造する、そして市場はその価値をめぐ
  って、「命がけの飛躍」をする交換所有の現場であるのかもしれません。
  人間の形象の起源は道具誕生に発生し、こうして建築=陶器=美術=貨幣は、
  遺伝子の多様性の表出として、立ち上がりました。

  世界市場とはおそらく、イタリア・ルネサンスによって誕生した、どこにでも
  逃亡し延長してしまう空間を、比例=均等配置によって定着させる遠近法の、
  自然空間や偶然性を排除することによって、合理的な空間を構築する形態とし
  て、近代の世界市場は誕生したのかもしれません。排除の構造として。
  中世史の人間の退屈しのぎからの逃亡して、刺激のために行使された異端狩は
  近代史の「排除の構造」を完成させたのかもしれません。やはりイタリア・ル
  ネサンスは、これまでの形象を総括したと同時に、近代の遺伝子を誕生させた
  のでしょう。その内容は人間復興という言葉によって隠蔽されてきたのかもし
  れません。近代合理理性としての遠近法の誕生こそに、私は注目します。

  近代合理主義とは理性のテロルであり、その排除の構造こそ、もっとも忠実に
  体現させた人こそ、スターリンその人でした。人は彼がマキアヴェリだったと
  非難しておりますが、スターリンはマキアヴェリほどの哲学を創造しておりま
  せん。スターリンは近代合理のテロルの教皇であり、近代の神学をシステムと
  して完成させた独裁者だったのでしょう。

  そして階級なるものの論理を発見したのは、マルクスではなく、イタリアの統
  一への志を説きながら、絶望と孤独に死んでいった、マキアヴェリでした。
  彼はローマ帝国内部の政治闘争を総括したと同時に、その政争論は近代の階級
  なるものの政争を予告し、近代史への政治論を誕生させたのでした。それは、 
  美術における遠近法の発見につながるプラトン哲学よる政治空間の発見であった
  のかもしれません。

  アンゼルム・キーファーの美術は、西ローマ帝国とビサンチン東ローマ帝国、
  そしてカール大帝が形成した神聖ローマ帝国、この3点を結ぶ三角線上の歴史
  物語その文明なるものの遺伝子を空間に匂わせていると思います。
  文明意識とは滅びへのメランコリアであり、この文明意識は、かつて巨大な文明
  の滅びを体験することはなかった、「島」としての日本は、理解することはでき
  ないのではないかと思います。そう日本には文明意識など所有できる歴史形態が
  そもそも存在していなかったのです。そこが中国と日本の決定的な違いでしょう。
  文明の滅びから、もっとも自由な国家こそ、アメリカUSAと日本かもしれません。
  そこでは忘却が全てを解放してくれる消費社会が謳歌するのです。

  ヨーロッパとは滅びの意識であり、ヨーロッパは永遠に、古代のギリシア・ローマ
  帝国の文明その滅びに、根源的に規定された遺伝子をもった場所なのです。
  そしてドイツこそは神聖ローマ帝国を継承した場所として、東西ローマ帝国の
  滅びの文明意識がもっとも強烈に内在化していると、私は思います。
  ドイツ哲学の強靭な観念こそは、ギリシア哲学とローマ法哲学を、もっとも強力
  に継承したのでしょう。ヘーゲル哲学とはこのギリシア・ローマ文明の復興を、
  北方ゲルマン民族が成し遂げる意志の哲学であるのでしょう。

  そしてドイツは宗教戦争を30年間、徹底的にいくつもの共同体が消滅してしま
  うほどの死闘を、イデオロギー戦争として%%%%に通過してきました。
  その当時、ドイツはヨーロッパの%%%%の実験場でありました。このイデオロギー
  戦争こそが国民的統一国家の完成を遅らせ、世界市場から排除されていったので
  しょう。世界市場に対抗する内容としてドイツ観念哲学は、世界市場に先行して
  いったのではないかと思います。
  
  ナチスによるホロコースト・アウシュヴィッツの%%%%こそは、ドイツ30年宗教戦
  争の反復であり、それは歴史的にヨーロッパがユダヤ人を排除してきた%%%%の反復
  であったと私は思います。ドイツ問題とはヨーロッパ史が内部と外部にかかえてき
  た歴史的な%%%%を20世紀に体現し、ヨーロッパが隠蔽してきた内臓を世界にさら
  けだしたのだと思います。
 
  そして東洋世界に現実として体現した日本よるホロコースト・アウシュヴィッツと
  は、いったい何であったのでしょうか?その20世紀の%%%%とは?
  「強制連行の記録」を16歳のとき読みましたが、私は強烈なショックを受けまし
  た。日本の20世紀その%%%%は、私の身体を罪悪感で染め上げたのです。
  アンゼルム・キーファーの基本通貨を両替することは、日本の東洋世界に対しての
  %%%%とは何であったのかを、言葉という毒牙によって解明することでもあります。

  それを私は、美術・舞踏・演劇の回路によって、思考を言葉によって生成させてい
  きたいと願っています。「55年体制が崩壊し、1993年体制が始まる」などと
  いう言説が、消費されておりますが、それは虚構の時間とリアリティの管理をのべ
  た言葉でありましょう。55年体制などは存在しなかったし、同時に1993年体
  制なども存在しないのです。

  現在の時間とは1995年体制へ向かう過程であり、1999年に爆発するであろ
  う、20世紀が隠してきた内臓の暴動へと、ひたすら引き寄せられている時間と空
  間なのであると、私は思います。1999年とは暗雲であると同時に、そこから
  光が射し込み、なにものかの誕生を祝福するのでしょう。
  私は1999年に誕生するであろう、新しいなにものかの存在に、限りなく希望を
  いだいております。
  サルトルによれば時間とはべったりとはりつく、粘着材であり、自己の時間は、
  他者の時間へと逃亡していくのです。私たちの時間と空間には無数の孔があり、
  その細粒子としてのブッラクホールから、現在は過去へ未来へと逃亡し、あるい
  は、まなざしが突然・偶然として過去と未来から、あらわれるのでしょう。

  人間は誰でも市場に参加することに喜びを見いだします。何故なら市場の交換と
  は身体の躍動ですから。そしてできるなら国家通貨に頼ることなく自分が発行し
  た通貨によって交換したいとする欲望を内包しているのではないでしょうか?
  しかしそれは近代法制度によって禁止されております。通貨の一元化こそに、あ
  りあまる多様性の個人基本通貨を排除したところの、近代合理が集約されている
  のでしょう。アンゼルム・キーファーは、こうした遠近法の通貨を総括したと同
  時に、基本通貨を次なる場所に移動させた表現者であると思います。

  その場所とは「笑って死ぬことができる、快適な、もはやファシズムの基盤とさ
  えならない熟して落ちるのを待つだけの果実、その植民地経済によって謳歌する、
  遠近法のローマ市民の都市」から、基本通貨を、偶然と野生が動物的直感を鍛え
  多様な遺伝子の体系の森林の場所であると思います。それはドイツの森というよ
  りは、アジア騎馬軍団によって西方のヨーロッパへ難民として追い立てられた、
  ゲルマンの故郷たる、黒海周辺の森林であるかもしれません。

  表現者とは固有の表現によって、市場に基本通貨を発行できる人々なのかもしれ
  ません。その基本通貨たる多様な遺伝子は、美術・身体・言葉に変換されて、
  交換所有されていくのだと思います。

美術・舞踏・演劇 1

<キーワード>    
アンゼルム・キーファー展   セゾン美術館      1993,7
               佐賀町エキジビット・スペース
晴海演劇祭
新宿梁山泊公演「少女都市からの呼び声」 1993,3
作 / 唐十朗 演出 / 金盾進

大駱駝艦舞踏公演 「昇天する地獄」 1993,4
振鋳・演出 麿赤児

アート・スペース天文館 
         大駱駝艦若衆舞踏公演 「Nishi No Namako 」1993,5
振鋳    鶴山欣也

    横浜相鉄本多劇場
         劇★派 公演   「おとことおんなのダバダバダ・・・」
         作 / 演出  祭山寸花          1993,7

  言葉は他者によって、受け入れられていくと同時に拒否されていく。
 そこには、他者の体系があり、この私の体系は、同一として通用しない。
 空間とはあらかじめ、視覚・聴覚・肌覚によって、日常においては、無化
 されている距離としての他者関係を、越えようとする意志の集合であろう。
 現在における日本語の攻防は、アイデンティティ=自己同一ではなく、その反対で
 ある。めざすのは自己の像世界にいかに他者存在を形成できるかであり、
 わたしではない他者とは、私と異質な生活体系・感情体系・思想体系を
 所有しているという自明の認知である。
 
 人間は差別化と差異をめざす商品ではないが、やはりその言語思考と感情は
 市場に立っている。いったい市場とは何か? それは交換の現場であろう。
 美術とは物質の形象による創造世界であり、観客はその前を通過する。
 キーファー作品は、観客の目の欲望を転倒させる、それは登山者がルートを
 離れれば、遭難してしまう、原生林での身体知覚を全面動員した帰還への旅。

 市場の交換系としての商品と貨幣には、ありのままの存在として空間に横たわる。
 ところが人間は、ありのままの存在として、胎内回帰へ向かうならば、ひたすら
 死をまっている人間としてあるのだろう。言葉と音とは、まなざしである。
 私たちはこのまなざしから逃亡することはできない。そう私は黄色いサルであり、
 黄色い獣として、夜に溶けて、夜に隠され、夜の通貨となるのだ。

 夜の通貨は眠る。日常からの逃亡、他者からの逃亡として、昼に眠る。
 昼に眠る通貨。ここは強制収容所のベットだ。
 夜の通貨たる私は、キーファー「革命の女たち」その部屋にいた。
 リズムが狂い、ぶよぶよとなった夜の通貨たる私は、ベットの森林の湖
 その深淵の底が、ふさわしかった。
 墨田川大橋とIBMビルを仰ぎ、夜の通貨は病人として、昼に落下する血管。
 私は基本通貨であり貨幣であったが、昼の病人だった。
 墨田川を走る、観光船、帝都の7月は、1995年体制その他者からのまなざし
 を受け、宴の後の淋しさにいた。
 やがて黄色い獣が登場するまで、真昼の影その淋しい立ち尽くす通貨は、IBM
 ビルを背景に、カンビールを飲んで、墨田川の波を眺めている。
                      1993,7,17    塚原勝美









2000年07月24日 20時16分49秒

90年代総括−黄色い人間と世界への愛



黄色い人間と世界の愛
< 長文130行 >

  [ 少年時から世界の名品に触れ親しむことが、<日本>における
  世界での行くべき方向を、それなりに少年にも暗示させてくれる ]
   #211 Sさん

  黄色い人間と世界の愛をめぐる、Sさんのこの文章にHikaruさんも
  RESしておりましたが、私もいろいろ考えました。

  私は今回、舞台で「黄色いサル」そのものを意識的に演じたのですが、
  京都からわざわざ来てくださった観客に、「客をバカにしている」と
  批判されました。またその方はサルトルが好きな方で、サルトルを、
  コケにしているとアンケートに書いてくださいました。私はその方の
  批判に感謝しています。その批判によって、私は自分が役者として、
  挑発力があることを確認し、20数年前の滝沢修主演による民芸公演
  以来の「狂気と天才」上演の意義を確認できたからです。そして役者
  は観客とは真剣に勝負しなくてはならないことを反省しました。

  この公演のために、サルトル「存在と無」を読みましたが、やはり一日
  3ページくらいしか進まず、後30%が未読のままです。観念の徹底に
  よる思考世界を理解することは、ある訓練がないと無理であることを、
  うちのめされてしまい自覚しました。

  それでSさんが語っている世界の名品に、幼少から触れることは、自己
  訓練のことではないかと思いました。芸術と思想またそれは恋愛であっ
  ても、人間はある人格と対話する場合、どうしても自己の出身階級をどう
  越えるかに自己対決していきます。Sさんが物語る:愛:とは、きわめて
  シビアなリアリズムのような気がします。
  
  Sさん、私は<日本>の明治維新による近代ヨーロッパ政治・経済・芸術
  制度の模倣とその接近は、<日本>が、17世紀に西ヨーロッパが誕生さ
  せた世界史への突入であったと思います。すなわちその制度導入は、たん
  なる模倣だけでなく、<日本>の場所が世界史の場所に転換されていった
  過程であると思いました。近代制度の誕生は世界史の参加であり、国際の
  場所と成立させたことでもあります。そこでは<日本>の特殊文化などは
  この世界史への場所としての変貌による世界の場所を、なんとしても認め
  たくない、神風と神国のイメージであり、天皇制にしても、東アジアと西
  ヨーロッパそしてロシア、USAに対抗できる制度として形成されてきま
  した。

  世界市場と世界システムに参入しながら、国民経済の誕生の基軸を王政復古
  として選択したところに、アイデンティティの分裂が存在してきたのでしょう。
  明治維新の中心はそれがブルジョア革命か? それとも封建王政復古か?
  などの規定による論争は、煙をまく言葉であったのであり、それはあらか
  じめ世界史への移動と編成を隠した、特殊日本文化の構図に閉ざされたゲ
  ームであったような気がします。明治維新とは<日本人>を、世界人へと
  移動させた政治・経済・芸術をめぐる場所の革命であり、反革命であった
  のだと思います。国民経済とは世界市場の競争関係によって誕生しました。

  現在、私たちが使用している日本語は、近代ヨーロッパ語の概念を徹底的に
  翻訳するために、まさに人工による造語として誕生させた徹頭徹尾コラージュ
  言語であり、世界言語であり、そこでは古代以来の日本語は消却されていった
  のではないかと思います。すべての学問はこの<日本>の場所が世界史へと移
  動したことにより誕生したのだと思います。スピードをもったこの場所の移動
  を自ら推進した、明治維新の権力者たちの富国強兵政策とは、西ヨーロッパが
  誕生させてしまった死闘の世界史を、極東における世界史の場所として、自己
  実現させたのでしょう。極東とは同時に西の最先端の方向にある場所です。

  第二次世界大戦におけるアングロ・サクソン族との死闘は、植民地争奪の構図
  からみれば、そして古代以来の<日本>の経済生産力から言えば、いずれ死闘
  として西ヨーロッパ世界と激突せざる世界史の中心をめぐる戦争であったと、
  私は思います。<日本>とは、やはりドイツ民族のように、労働に思想と価値
  が内在し、いっさいが勤労の日常にあり、自然ではなく人工の場所でしたから。
 
  西ヨーロッパ現代思想の限界とは、ヨーロッパ誕生とその死闘としての生成が、
  植民地争奪による固有文化技術の盗用を隠し、あたかもヨーロッパが形成した
  17世紀以降の近代世界史はヨーロッパの特殊独自性とその内部により、つく
  りあげたと勘違いしている毒牙にあると私は思っています。ヨーロッパとは、
  植民地にした場所の古代以来の文化を収奪し、内部化と学習によって主体形成
  するパワフルな地域であるのです。そのパワフルさとは、やはり氷河期の遺伝子
  を内包する体力をもった部族であったからだと思います。ローマ帝国の雇兵、
  それがヨーロッパの起源ですから。その肉食の体力こそが、強靭な観念哲学を
  形成したのではないでしょうか?

  ゆえにフランスは文化帝国主義と兵器輸出によって、21世紀に挑戦していこう
  としているのかもしれません。私もやはり西ヨーロッパやUSAの動物愛護運動
  やエコロジー運動には、ある欺瞞を感じてしまいます。

  外務省の<日本特殊文化論>は、ひたすら西ヨーロッパとUSAの官僚を喜ばせる
  内容の代物であると私は思っています。私は明治維新以降、<日本史>などは存在
  しない、存在するのは近代世界史と現代世界史のみであると思いました。そう、
  <日本>の近代史とは世界史の中心軸でもあったのです。それはもはや<日本>に
  回帰することなど、後戻りできないほどの事実であると思います。

  悲しいかな<昭和史>は、この事実を隠蔽し、<特殊日本文化>による黄色いサル
  の構図として、世界に認識されてきた反復の歴史でした。黄色い人間の実現とは、
  Sさんがこの現代史に問題提起した言葉ですが、<昭和史>の内部と外部で、やは
  り芸術と思想をその双肩に背負い格闘した人々は、黄色い人間をひたすらめざした
  人々のように思いました。

  私は今回、サルトル「狂気と天才」の破産した貴族ロード・ミーウェルを、ゴール
  デンパンツをはき、禿頭を露呈し、裸で演じましたが、それは黄色いサルそのもの
  を、自らの内部で自壊させようと意識していたのかもしれません。
  それは、このオイラインの場所で論議されてきた内容の表現でもありました。

  サルトルを読みながら思ったことは、<昭和史>における観念哲学と現代思想は
  もしかしたら現代美術が担ってきたのかも、しれないという確信でした。
  この8月の構図は、ドル換算99円の時代を振動させ、そこにおいては明確に、
  「生き残り」の天候に入ったのではないかという予兆です。
  現代世界史の8月とは、ある意味で原点です。

  1953年、パリで初演された、サルトル「狂気と天才」を、この<日本>という
  世界史の場所で、民芸が上演したから20数年ぶりに、芝居を打てたことは、
  てんびん座にとっても、私にとっても至福でした。

  黄色い人間と世界への愛、愛はとてもナイブーな形であり、愛憎の世界です。
  また愛とは感情が傷ついていきます。それでも、なおかつ1920年代と30年代
  の日本人の芸術表現者は、この場所が世界史であり、黄色い人間をめざした格闘は
  誇りと勇気を教えられます。私はこうした愛を17歳で「貧しき人々の群れ」で、
  出発した宮本百合子の文学から教えられました。

  Sさん、私は幼少期と少年期を、典型的な荒々しい農村地帯で育ちましたので、
  ミレーとケーテ・コルヴァビッツの版画に情熱的な共感をもちました。それは
  農村地帯であれ、19世紀後半から、世界市場の場所と変貌してきた、空間と
  人間の感情が、ある世界美術に共鳴する回路を生み出したからであると思います。

  私の結論を言うならば、日本の近代・現代とは、世界市場の場所でもあり、世界史
  の場所であったということです。もはやここでは<特殊日本文化>などは通用しま
  せん。世界市場と世界システムに組み込まれ、そこに自らを変身させ適用し、内部
  を革命の怒涛とした場所は、もはや世界の場所であり、世界の中心軸でもありまし
  た。日本の伝統文化とは、こうした世界の場所をつねに自意識過剰ぎみに意識し、
  自己を確認するための、世界市場の競争関係に規定された様式であると思います。
  ゆえに、日本の近代・現代、黄色い人間と世界の愛をめざした芸術表現者の存在と
  その表現は、すでに世界表現であったと思います。

  今日の午後、大船駅の東口にある、美大受験校「金沢アトリエ」の近くにある
  古本屋さんに行ってきました。そこは美大受験をめざす人々が寄る古本屋で、美術
  関係の書物の記憶の集積庫です。私の立ち読みの場所です。
  それから大船フラワーセンター・植物園に入り、散歩しました。やはり人工の庭園
  は、晩夏の午後の日盛りの陽光に反射し、その美しさに魅了されてしましました。
                      1993,8,25 katumi











2000年07月24日 11時26分24秒

90年代総括−革命の女たちその至福



SUB:「革命の女たち」その至福
[ 長文292行 ]  塚原勝美

   絵画空間はひとつの壁だ。だが、そこには世界中の鳥が自由自在に
   飛んでいる。奥の奥まで。   ニコラ・ド・スタール

   
  芸術とはSさんが言われるように、市場と貨幣がキーワードであり、ここを
 隠すことは、もはや不可能です。それがこの論争過程で明らかになりました。
 また芸術表現者が死んだ後、市場に残るのは、1%であり、99%の表現者は、
 市場から排除され、忘れ去られていく、この冷厳な事実に、Sさんは美術史の
 キーワードとして注目しました。ある意味で、芸術の価値と方法をめぐる論争は
 政治の党派闘争や綱領をめぐる論争にも似て、厳しい内容があります。

 日本において、こうした論争は大東亜戦争その戦時下の従軍芸術へと回収され、
 固有の世界が壊滅された以前に、存在したのではないでしょうか?
 ポスト・モダンとはフランス現代思想を盗用しながら、ゼネコンのバブル建築
 のために存在した「笑いながらのニヒリズムその快適」だったのでしょう。
 80年代後半の財テクは、日本銀行による通貨のインフレーションであり、
 金融・株式証券・ゴルフ会員券、それら紙幣を延長させた「紙の神」たる、
 印刷物質のデフレーションでした。そこに日本/権力構造の謎がありました。

 ニーチェは「神は死んだ」と、思いこみましたが、人間は神と神学なしには、
 やっていけないのであり、世界市場の細胞となった近代人間の神は「経済神」
 であることは自明であります。何故、貨幣が金属と紙なのか?
 金属と紙こそは、人間の起源にかかわる、根源的な物質でありましょう。
 そう貨幣には人間の秘密が隠されているのだと思います。
 人間は繊維細胞の構成による木部と布部の代表として、紙を選択したのでしょう。
 そして岩石細胞の代表として金属を選択したのでしょう。
 Sさんが言われるように、貨幣と美術の造形は通低しているのです。
 貨幣もまた、美術史のように変貌してきました。

 アンゼルム・キーファーの鉛こそは、われわれの耳にそそぐ、悪夢の鉛なのです。
 私は眠りながら、その耳へ、キーファーの悪意は、溶けた鉛を流し込む。
 そして私は金属となり、狂人のように紙の札を食べる。
 人は通貨の蓄積に愛情をそそぎこむが、孤独な人は、死んだ後、全財産を国家に
 よって没収されていきます。金属と紙こそが国家の柱であるのでしょう。

 キーファーの女性黒髪は風に揺れている。そのゾンビの美術館。墓場。
 ある個人企業の印刷会社で働いたことのある私は、その床にいくつもの、女性の
 黒髪が落ちているのを発見し、それは強烈な印象でした。それは社長の奥さんの
 髪でした。彼女の労苦を私は、その床に落ちている黒髪から感受しました。

 宮廷の女たち、あるいは、革命の女たちの髪は、「生活者」たちには、想像できぬ
 領域にあり、禿頭の私は、そのような政治闘争の労苦に存在する女の髪に、憧れま
 す。男にとって髪とは外部であり、男の髪は美術へとは上昇しません。
 ところが女の髪が美術へと上昇するのは、やはり女の髪が内臓と直結し、宇宙の
 引力と直結しているがゆえに、その髪は美術へと上昇するのでしょう。内臓の記憶。

 唐十朗の「少女都市からの呼び声」新宿梁山泊による上演では、石井ひとみ が、
 ガラスの子宮をもった女であり、ラスト・シーンでは、その妹を探していた兄と
 しての黒沼弘巳が、「あっ、ここに女の髪が落ちている」と、実際に、石井ひとみ
 の黒髪をとって、表現しました。ベットによこたわる幻想女としての、石井ひとみ
 の身体が、もはや「生活者」として回復した黒沼弘巳には見えません。見えたのは
 一本のひとすじの女の黒髪だったのです。その演劇の幻想力に私は感銘しました。

 そして転倒する舞台装置、ダイナミックな造形者・金盾進による演出と、その肉体
 によって疾走したキム・スジンの生命力の爆発。インダストリア・デザインの都市
 から、何億ものガラス玉が観客をめがけて転がる、その挑発力、「少女都市からの
 呼び声」はガラス玉となった、幾千万の人口その少女たちの呼び声を、舞台に体現
 させたのです。キーファーが体現させたドイツの層状力が「鉛と黒髪」であるなら
 新宿梁山泊が体現させた日本の層状力は「ガラスと黒髪」で、あったのでしょう。
 ガラス玉よ、おまえの心を映し出す水晶よ、おれはおまえから言葉を拒否された。
 おまえにあるこの造形されたこのガラス玉を、贈ろうと思ったが、永遠にガラス
 の子宮をもった、おまえとの至福な時間を過ごすことはもうできないと。
 
 そう「少女都市」とは、言葉がガラス玉に閉じこめられた都市なのです。男はもはや
 少女都市を毎日、歩いているに関わらず、少女都市が、何を考え何を思っているのか
 もはや理解不能・判断停止になっているのかもしれません。少女の呼び声はガラス玉
 に閉鎖され、占いの水晶こそが、キーファー錬金術と占星術の造形に続くのかもしれ
 ません。21世紀世界の主人公として現在の子供たちは存在しています。しかしなが
 ら、この主人公である子供達の呼び声は、ガラス玉に閉鎖され、「部族の祭」の、
 スピーカーと、関東軍が樹立した満州国のソフトウェアによる電通のハードウェアに
 よって、かき消されているのでしょう。少女都市は80年代、戒厳令に震えてきたの
 ですから。そして占いの水晶こそが少女たちの「言葉にならぬ」世界であったのでし
 ょう。「少女都市の呼び声」を、もはや聴くことはできないのでしょうか?

 キーファー「シュビラ・ハ・ケリーム」その衣服にさしこまれた、ガラス破片。
 そして天降臨、半円そのガラスは、ある女性アーティストから、どうやら占星術に
 関係する形象でありことを、私は教えられました。

 われわれの耳はもはや画一化され、多様な地球の音を聴くことはできない。現在の
 少女たちの呼び声が聞こえないことは同時に、21世紀世界がぼんやりとして見え
 ないということであり、通貨はこうしてゾンビ=死に体のシズテムの延命のために
 20世紀の亡霊に喰われていくのでしょう。金属の魔神像の口から、お札としての
 紙幣・紙証券・紙債券が吐き出され、少女都市の空を覆っています。その床には、
 女たちの髪が敷き詰められ、禿頭の男達が歩いています。広告塔には「もっと、
 素敵な都市へ」とネオンが流れ、[ 神=紙=髪 ]の音楽が唸るのです。

 大駱駝艦「地獄からの昇天」は、プロローグとして、金属鎖に縛られた身体群によ
 る登場でした。人間姿態と金属により蛇の動作は、貨幣と人間の蜜月でもあります。
 日本では錬金術はヨーロッパほどの位置をしめなかった。それは日本はきわめて古代
 から、韓国南部のように金属が抽出できたからでありましょう。土地にしても日本は
 きわめて恵まれた食料の生産力があったのだと思います。四季と自然の恩恵こそが、
 日本では観念哲学が存在できなかった理由であるのかもしれません。
 ヨーロッパは土地が貧困であったゆえに、錬金術と農業技術革命は展開し、観念哲学
 は存在したのではないかと? 対象をわがものにする、それがヨーロッパの起源であ
 り、空間と闘争してきた美術史であるのかもしれません。
 現在の人間が、かつての古代文明たるギリシア・ローマよりも遅れている、この欠落
 認識こそが、文明意識なのですから。

 日本とはこの古代へのコンプレックスが存在しない、あまりにも幸福な偽自然生成の
 未来志向なのでしょう。ここでは過去とは忘却の場所となってしまう落とし穴が、
 つねに待ちかまえております。

 ガスバーナによる絵画「アタノール」、塗装職人が下塗りを早く乾かすために、
 火を噴射するガスバーナを使用し、火事になりそこねた話しを、塗装店の親方から
 聴いたことがあります。キーファーの火の使用は、これら職人の労働を呼出します。
 美術とは基礎土木職人・建築職人・塗装職人・道路舗装職人こうした下部構造の世界
 で労働する職人たちの世界と連結していることを、美術史においてキーファーは、
 造形そのもののエネルギーの回路を、世界市場にうながしたのでしょう。

 「革命の女たち」その巨大写真には、ひまわりのドライフラワーが吊りさがる。
 あの写真は強制収容所の外部であり、その川となった浅いぬかるみの水は、鉛の
 ベットの、人間の背中に当たる中心へと、天上からしたたり落ちていたのでしょう。
 92年の冬から93年にかけて、フジテレビの深夜帯に放映された「戦争と追憶」それ
 は、第二次世界大戦におけるユダヤ人の旅でもありました。私はそこで初めて、
 強制収容所の内部を映像によって追体験したのでした。

 私は1974年、同年代の幼なじみの女の部屋が、全面、ドライフラワーによって、
 おおわれていたことに、驚嘆したことがあります。彼女の部屋は記憶の花によって
 埋もれていました。女とドライフラワーの関係がなんであるのか? 私は今だわかり
 ません。

 鉛のベット、そして湖、一輪のドライフラワー。そしてベットの下に置かれた、
 金属バケツ。乾いた土。革命史の女たちは二重三重に、疎外されてきたと思います。
 日本の1920年代から30年代前半、革命の女たちは、取調室で特高警察によって、恥辱
 を身体と精神に加えられてきました。そして革命運動においても、闘士の代理妻たる
 ハウスキーパーに落とされていたのです。革命史の女たちは、やはり鉛のベットその
 背骨からにじみでた湖の底で、眠むっていたに違いありません。浅い眠りとして。
 背骨による身体を、人間の骨の起源は魚であったことを、また抑圧の起源をめぐり
 大駱駝艦若衆公演は表現しました。
 
 ---------------------------------------------------------------------------
なお、大駱駝艦若衆(YAN−SHU)は、1993,9,25-9,26日、浅草木馬亭
で、大改訂版「唖人の詩」を公演します。

新宿梁山泊による唐十朗作「少女都市からの呼び声」再演は、1993,10,28-
11,23日(11,15日休演)で、下北沢・ザ・スズナリで全国公演の一環として
公演されます。           
-------------------------------------------------------------------------

 「リリト」その都市は、生コンクリートの噴射によって、汚れる労働の作業服であり
 日本の帝都圏その都市でありました。下部にあった、あのカギ型の建築はゲシュタボ
 でありKGBであり日本特高警察でありCIAの本部であったかもしれません。
 「リリト」の裏には、やはりもうひとつの造形たる黒こげの絵画が存在しており、
 99%の「言葉にならぬ世界」「記録されぬ世界」を、その黒こげの絵画は物語って
 いたようです。私たちはテキスト・エディタそのコンピュータ・ソフトによって、
 テキストの二重化にはもはや慣れております。エディタの世界では必ずテキストの
 BAKをつくってくれます。キーファーは「リリト」において、テキストの二重化を
 方法として美術史に昂然と表示させたのです。

 戦闘機がいくつもの女たち娘たちの衣服に糸によって直結させられた、1990年「アル
 ゴナナウテース」は、アメリカUSA軍のトマホークと撃破されたバクダットの地下逃
 避所でした。彼ら攻撃は現代毒牙論=独我論理の構造たる内部データ解析操作に、
 よって、外部を破壊する戦闘によって、実体たる他者のまなざしを受けることなく
 罪意識から逃亡できるのです。しかしながらその戦闘機や戦闘ヘリコプター・アッ
 パチや戦闘空母・戦艦・戦車には、無数のバクダットの女たち娘たちの殺された衣服
 が、糸によってからまれているのです。キーファーはこうした湾岸戦争たる現代戦争
 の二重テキストその見えない裏側のテキストを、表出させたのでしょう。
 それは同時にアメリカUSAはその内部に、帰還した戦闘機・軍艦・戦車の磁場が連れ
 帰った、バクダットの死者たちのゾンビその女たちや娘たちの衣服たる死霊によって
 復讐されていくテキストの二重化でありましょう。アンゼルム・キーファーの美術は
 戦争論の美術でもあるのでしょう。

 理論探求が美術の形象として誕生するとき、作品は「対象をわがもの」として、
 まるで生きているかのように躍動する生命力があるのです。イギリスの理論探求者
 ジョン・ラスキンの絵画を観たとき、私は理論探求の力による絵画とは、
 そのものの本質と中心の磁場が躍動していると、教えられました。動物的本能とは
 人間に両替するなら、それは理論構築力であるのです。

 アンゼルム・キーファー「ニュルンベルク」その絵画と「わら」植物系による造形
 は、遠近法が次なる場所へ移動させられたのだと思います。それは多様な遺伝子の
 体系を全面展開してきたこの惑星史へ。偶然と野生の森林。
 「フレーブニコフのために」絵画と吊り下げられた石の蜜月。石工たちの労働は、
 建築と墓場に、その99%が「見えない記録」として刻印されていると。

 現代美術はいまもこの日本では「排除の構造」にあるのかもしれません。
 知の先端と空間発見の先端を走る現代美術のアーティストがいつか、この「排除の
 構造」を打ち破ることを願ってやみません。
 そこにおいては美術館の学芸員の勇気ある格闘も期待します。

 Sさん、私は現代美術になんとか接近しようと思い、勝手な長文を送信しました。
 Sさんの紹介がなければ、私はアンゼルム・キーファー展との至福な遭遇が、はた
 せなかったに違いありません。

 日本の現代史・近代史の内部での闘争は、世界史そのもの中心を、そそりたたせる
 ほどの内容であったと思います。しかしながらこの場所と空間の世界表現は、つね
 に、国民経済の統合基軸たる王政復古によって、隠されてきました。かくして人は
 不断にこの場所が、世界の場所でありここは世界表現の場所であることを忘却して
 怠慢な画一化言説のドームの内部に回収されてしまう落とし穴に安住してきました。

 近代・現代の日本の場所と空間における政治・経済・芸術の階級闘争とは、世界史
 そのものでありました。階級とは国民経済だけでなく、世界経済によって規定され
 ます。死闘の世界史から日本は逃避するための場所ではない、ここは世界表現の、
 格闘の場所と空間である、こうした構図が誕生するとき、現代世界表現の展示と消費
 のみに終了しない、緊張した対話が生まれ、黄色い人間はおのれの歴史の内省を、
 武器に前進していけると思います。

 ハードたる日本の現代政治・経済の失敗とは、国民経済統合の基軸が王政復古の権威
 に、おのれの主体をその性器をこすりつけてきた、アイデンティティの分裂にありま
 した。ここでは不断に死闘の世界史から逃避する場所こそ<日本>でありました。

 「生き残り」という動物的生命力のスローガンを叫ぶこともできぬほどに、
 日本現代の政治・経済のビック・システムは、失敗の本質を総括していません。
 それは第二次世界大戦と東アジア侵略戦争の敗北をなんら主体的に総括できなかった
 失敗の本質を、反復してきたのが、敗戦後のビック・システムなのでしたから。

 敗戦後の日本経済の本質とは、満州国の過程によって実験した、昭和革新官僚たち
 の統制経済のソフトウェアにあったことは、明確な事実です。この満州国で実験
 されたソフトウェアこそが、現代日本経済のハードたるビック・システムとして
 成立してきました。1ドル=99円突破の構造とは<昭和史>を総括した数字でも
 あります。それは最後の頂点でもあると同時に落下の起点でもあります。
 世界最強の通貨は、まぎれもなくその内部の歴史を総括させてしまうのです。
 
 「人生の生き残り」とは、おのれの人生の総括によってこそ、生きた言葉となり
 ます。<日本>はおのれの場所と空間が<特殊>ではなく、死闘の世界史の実験
 の場所であったことを覚醒させられてしまう時間こそ、この1993年8月の構図であ
 りました。
 
 そして世界経済の中心軸は、いよいよ東アジアへと移動してきました。
 1995年から胎動するであろう朝鮮統一のダイナミズムは、東アジアの政治・経
 済を、すざましく活性化していくであろうと思います。
 現代美術の韓国・台湾・香港・中国の世界市場への胎動は、この東アジアのダイナ
 ミズムを予測しているのだろうと私は妄想しています。

 日本経済の産業空洞化による生産シフトの東アジア・東南アジアへの移動は、
 ハイ・テクノロジーが移動していることであり、その移動の場所は同時に学習
 をすざましく推進している場所でもあります。
 まさにアジアは古代以来「ひとつ」ではなかった、多元と多様であったからこそ
 そしてシルクロードは、中国が切り開いたからこそ、古代ユーラシア大陸の中心
 ともなりました。

 アジアの最新現代美術を紹介する「ASIAN ART NEWS」を発行して
 いる香港の場所とは、世界市場における東アジアの場所を理念的に先行させてい
 る場所かもしれません。

 ある意味で経済と通貨は前衛です。その前衛が生産シフトを東アジア全体に移動
 させている。日本経済の「生き残り」をかけて。おそらく華僑経済圏は、その日
 本経済の動向を吸収しながら、さらに飛躍することでしょう。こうした経済を背
 景に、東アジアの現代美術は世界市場に挑戦するのかもしれません。そしてかれ
 らには古代以来の世界意識を内包させた理念があると私は妄想しています。

 日本の芸術表現は17世紀以来の西ヨーロッパがつくりあげた世界史文化と、
 USAによる現代文化から、東アジアへとシフトできるのか?
 もはや大東亜共栄圏文化の反復は、世界の誰からも相手にされません。
 アイデンティティの分裂こそに、日本の表現の場所はあり、そこが世界表現で
 あると私は妄想しております。永遠なるこのアイデンティティの分裂を背負い
 場所とおのれの総括をかけて、:黄色い人間と世界への愛:の表現を実現できる
 のか? 日本の場所とは極西と極東の帰結である、それは同時に世界表現の場所
 である、こうした覚醒が未来から規定されているように思います。

 ゾンビ=死に体と変身した日本の政治・経済のバブル建築の荒野に、狼が疾走
 する。極西と極東の磁場を内包した狼こそ、現代美術であり、現代演劇であって
 ほしいと私は思います。

 Sさんが提起する:黄色い人間と世界への愛:とは、この日本の場所を世界表現
 の場所へと覚醒させることであり、そこでは<日本人>という概念を自壊させる
 ことでもあります。さまざまな歴史と多元・多様な民族形態を背負った人間が、
 この場所で、極西と極東の空間をこじあけ覚醒させ、磁場の振動をぶちこむこと
 であると思います。こうして<日本人>と黄色いサルの概念は自壊し、世界人に
 よる世界表現は誕生すると思います。

 生きたひまわりの花を手にとった愛するひとよ。「花をあなたに」という、70
 年代中期につくられた、故郷の労働者フォーク・シンガーの歌を想いだしました。
 この世界経済の転換に、人生をかけて疾走したあなたの部屋にひわまりのドライ
 フラワーは吊りかけてもらいたくはありません。そのひまわりの花が枯れてしま
 たのなら、捨ててもらいたいと思います。

 キーファーの「革命の女たち」の部屋には、ひまわりのドライフラワーがいくつも
 かかっていましたが、世界史の革命の女たちは、ローザ・ルクセンブルクのように
 生きた花こそ愛したのだと思います。私は73年の冬、品川のアパートで、ローザ
 の書物、その表紙のローザ微笑みだけが救いであった時期をすごしました。

 あれから20年、この夏の最後の熱い大輪の日差し、植物園の陽光を浴びながら、
 これほど夏が美しいのは、花を手にしたローザ微笑を発見したからです。
 いつか少年の夏休みに見た青い空の下をひとりくぐりぬけながら、私はようやく
 三島由紀夫の最後の小説の最終行、そのニヒリズムのなにもない真昼の孤独の
 まなざしを越えることができたことを確認しました。

 1970年、三島由紀夫の市ヶ谷自衛隊基地での割腹自殺の衝撃と、あの小説の
 最終行のニヒリズムの真昼のまなざしによって、17歳で打たれた私はその後、
 空白をかかえながら、日本とは何か? を、ゆっくりと考えてきたように思いま
 す。現代日本とは現代世界史の場所であった。そこでの主張と思想は、世界史を
 体現した格闘であったのです。敗北し消えていった無名の青春途上の死者たち。

 世界史および人類史を意識した格闘の構図は、みごとに<日本特殊文化>のドーム
 によって隠されてきたのかもしれません。あらかじめ芸術表現と革命思想は制度か
 ら二重の疎外を受けるのかもしれません。それを打ち破ることができるのは、ただ
 復活へのパワフルな悪魔のごとき情念と、耐えがたきを耐える力です。
 現代美術史と現代演劇史は同時に現代思想史の体現でもあり、その場所とは世界の
 中心として、空間の磁場に世界中の想像力の鳥を飛ばさせるのでしょう。
                     1993,8,26









2000年07月23日 11時20分14秒

私のホームページへ | Hollywood-Stageのページへ | メイン | 今すぐ登録