ディアラその鬼夜は夜と夜の夜だった。 夜となって夜にとけて夜をきりひらいていく 夢は忘却されていく。 わたしはセ−ルスマンとして真昼の住宅街を 歩いていた。昼、境川そばの湿り気あるちいさな公園のベンチで寝る。樹木の枝、黒いカラス にわたしは観察されていた。

90年代総括-川野みゆき詩集




                 - 夜風 -



   [01]街灯     [02]時      [03]鳥      [04]夜空
   [05]光の色    [06]硝子のない空 [07]ゆりかご   [08]風の歌
   [09]Gradation   [10]想い出の朝  [11]真夜中の風  [12]途切れた夜
   [13]Reverse    [14]Soldier    [15]滅びの糸



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      - 街灯 - 93.10.23(Sat)

    そっと窓を開けます
     星のない夜が恐かったから
    そっと夜空を見上げます
     星の見えない空が恐かったから
    そっと視線を降ろします
     玄関に立つ見慣れた姿を探して

      闇にかき消されそうになりながらも
      星たちは瞬くように輝いていて

    家の前の道路には電柱が立っていて
    街灯が細長い星のように瞬いていて
    光を浴びた虫たちが
     希望を見つけた人間たちのように
      光に向かって飛んでいて

    道路の向こう側には
    いつも近所の子たちと駆け回っている公園
     そっと見渡します
    日暮れ時いつも迎えに来てくれる
     見慣れた姿を探して

    虫たちのように一心に飛んでいきたい
     眠れない夜がまた訪れます
    虫たちが光を見つけた時のように
     拠り所を失った私は飛んでは行けません

      ブランコが風で揺れています
      夢の続きをまだ見ていたい
      もう夏は過ぎました
      虫たちとももうすぐ会えなくなるでしょう

    闇にそびえる木がとても大きく
     のしかかってくる影には重さすら覚え
      私の中に亀裂を創ります
    手を添えて
     そっと見上げます
    私の中の不安のような大きな木が
     家の前の道路を隠しているから

      街灯の光が、私には見えません


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      - 時 - 1993.10.28(Thu)

     秒針が刻みつけるのは
     心の隙へ小さな闇たち

     傷口のような数多の闇は
     これからまだ増えていく

      風が無言で手を振っていた
      左右に掌が動くだけの時に
      髪のように闇たちは呻いた

        登れない大木
         守れない約束
          伝わらない恋
           果たせない夢

      信じなければ信じられはしないし
      殺さなければ殺されることもない

        運命の悪戯のせいにするけれど
         運命に悪戯をさせているのは誰

     風の吹く丘で淡く草花が揺れて
     秒針が死にものぐるいでうずき
     闇たちが光のなかで騒ぎだした

       やがて眠りの淵で
       墜ちつづける私を

     秒針が震えながら闇と共に見ている
     止むことのない嘲笑は誰が歌うのか
     いつしか鼓膜を破るような鋭い悲鳴
     それでも無言で手を振り続けていた

            終わらない時


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      - 鳥 - 1993.11.14(Sun)

    舞い上がる大きな鳥のよう
    すべてを翼の下にすえて
    虚空に力強く漂う

    ゆうべの月を微笑みにかえて
    目にあまる幾多の罪を許せるならば
    風はあなたに力を与える

    止むことのない追い風が
    翼を押し上げるような
    頬を斬る刃のような

      速さと強さを

     いつか力つきて堕ちようと
     優しく包み
     強く抱きしめるために
     永劫に駆ける時間と
     沈まない赤い血のたぎる
     忘れることのない
     陽に応える大地

     旅人と同じ夢をみて
     はるかな地平の彼方
     虚像の夕凪に誘われるまま

      いつまでも沈みかける陽を
      追い続ける速さと強さを
      舞い上がる大きな鳥のように
      翼の下にすえて
      忘れることのない
      力つきるまで逢うこともない

       ゆうべの月


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      - 夜空 - 1993.12.05(Sun)

       言い訳と嘘に満ちた人々よ
       夜空の星たちのように光に隠れ
       ただ美しくありたいと願うのか

        人はだれしも嘘をつく
        他人と自分と
        すべての世界に

       嘘は他人を欺き
       言い訳は自分を欺く
       欺くばかりの生きざまに納得した時
       人の存在は薄れる

        隠れるだけの光を放つ力は
        だれもが持っている

         光の盾を築くのか
         光の心を築くのか

       悩みは自分を高め
       ともなう成長は他人を慈しむ
       悩むことを放棄し自分を欺いた時
       人は自身の影にとける

       言い訳と嘘に満ちた人々よ
       夜空の星たちのように光に隠れ
       ただ美しくありたいと願うなら
       衰退は拍車をかけ
       夜空はいずれ墜ちる


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      - 光の色 - 1993.12.23(Thu)

     ただ悠然とそこへ帰る

     それが定められた生き方で
     変えることのできない運命

      風に添われ飛沫をあげ

      大地に閉じ込められてゆく
      悲しみやよろこびを超えて

     夢の淵から掌の痛みへ

     闇を容さない光の色をして
     ただ悠然とそこへ帰るだけ

      逃れないと揺れ続く鐘

      淡く淡くまばらに色となり
      遠い鈴の音をも包み込んで

     夢の街へとにぎわう光

     たたずむ闇を彩る星たちと
     同じ色の数多のきらめきが

      仰いだ私に
      ふわふわと


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      - 硝子のない空 - 1994.01.01(Sat)

     ゆうべの月をごらんになりましたか
     私は部屋の窓硝子越しに見ました
     あなたはどこから見上げましたか

     いつも窓硝子の向こうの夜空は薄明るく
     歩いて行けそうな暖かささえあります
     部屋の中に風は吹かないから

    たとえば遠くの空を追いかけるために
    慌てて白い靴をはいて飛び出す私
    でも待っているのは闇です
    あまりに小さな白は
    どこまでも続く黒に耐えられるでしょうか

    向こうの世界とこちらの世界は
    一枚の透明な硝子によって
    姿を変えられています

    飛び出したい私を抑える誰かは
    一枚の透明な硝子によって
    姿を変えられた世界の私でしょうか

     霞がかって消えかけた私でしょうか

    ゆうべの月は硝子越しの空でした
    家路の空に瞬きはじめた星たちは
    家の中に入った瞬間
    すでに見えなくなっているのです

    家に踏み込む瞬間に
    霞がかるのです

    だから今日は寄り道して
    公園から眺めたいと思います

     硝子のない空を


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      - ゆりかご - 1994.01.15(Sat)

   凍った床を寝息で暖めて
   静かに冷めていくあなたがいます

   そっと頭を抱え胸に抱き
   膝の上にのせました
   黒い髪をそっと撫でましょう

   ゆりかごの中あどけない寝顔で
   深く深く沈んでいます
   黒い夢をそっと消しましょう

    鋭さを宿した瞳は
    まるで獲物を待つように
    それともこだわりを捨てたようで

   ゆりかごの外は霞んで
   柔らかい青には意味もなく
   黒い闇がその瞳を潤すでしょう

    あなたへの想いは
    あなたの寝息になり
    冷たい床を暖めるばかりで

   あなたの重さを感じています
   足に食い込むような悲しさばかりか
   夢を見失うことへの畏れまでも

    目覚めたあなたと瞳が合えば
    微笑みかけることしかできなくて
    黒い夢はいつまで続くのでしょう

   ゆりかごのようなささやきは
   果てのない夢を暖めるばかり

    瞳をそらすだけ
    右へ…左へ…


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      - 風の歌 - 1994.01.23(Sun)

   風の歌が聞こえる
   凍えることなく口ずさむための歌

   夢の中で道を失くすより
   信じていたい
   流れて消えゆく風の歌を

    それぞれの街の旋律
    人々と木々と鳥たちが
    それぞれの街を彩ってゆく

   風の歌が聞こえる
   弾けることなくこの空を走る歌

   行くあてない心失くすまで
   耳をすませて
   遠くに去りゆく風の歌を

    わからないどこへ行くのか
    人々と木々と鳥たちを
    風の音が街を見守っていく

   風の歌が聞こえる
   明日も星たちの隣で
   いつまでも


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      - Gradation - 1994.01.23(Sun)

     曇った眼差しを向ける
     月の光に照らされた夢が
      夜にさまよう

     移りゆく光と影の鼓動
     空の狭間で巻き起こる風が
      罪を解き放つ

     化石の中で哄笑が響き
     溜め息の中で独り呟く
      時に埋もれて…

       夢が光と重なり離れ
       あの丘に流れる星屑を追う

      変わりゆく時代と絶えゆく台詞
      何一つ残らない黒い闇
      凍えた勇気が吠えて
      あの丘に逃げてゆく

       変わりゆく月の光に気づかず
       星屑の丘に身を寄せて囁く

     終わらない争いの日々を彩る光
     やがて流れゆく絵の具の夢が
      織りなすGradation…


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      - 想い出の朝 - 1994.01.23(Sun)

   なぜ月は照らすのだろう
   もう見上げないでいよう
   いま泣き止んでいるから

   なにもかも忘れていよう
   涙と別れるその時までは

   朝もやを歩いた 言葉を交わした やっと見つけた

   なぜ夜空は恐いのだろう
   もう見上げないでいよう
   まだ明日は恐いのだろう

   揺らぐ蜃気楼を捨てよう
   風の鎖が切れる時までは

   ささやいた運命 微睡みが投げた 孤独は消えない

   肩を抱く勇気がふるえた
   寒さでなく想いでもなく

   薄れて行く月が眩しくて
   消えかけた光が目に痛い

   道行く猫の瞳が ぼやけて輝いた 明日が始まった


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      - 真夜中の風 - 1994.01.31(Mon)

       遠くへ続く草原
       風に踊る輝きを信じて

       窓を開けて流れる雲を見ている
        照らされた金色の街並みは
        月の光に委ねられて漂う

       すれ違う見知らぬ誰か
       幾度とすれ違う誰かを信じて

       生きてゆく度包まれる心の闇
        束の間に照らされ影を被るなら
        射抜く為のまばゆい弓を取りたい

       涙に暮れた日々が過ぎて
       刻まれる錆びた時計を信じて

       立ち止まる私を信じる時
        歩き出す私を信じられる筈
        数多の影に触れて走り出せたら

       追い風が向かい風に変わる
        想い出に変えてしまうには早すぎる
        あの人を傷つけたあの日に戻りたい

       昨日から逃げ出し眠るよりも
       真夜中へ消えていく風を信じて


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      - 途切れた夜 - 1994.02.02(Wed)

       夜をゆく
      汚れない嘘が捜し続けてる
       誰かの夢の
      本当の星空が遠ざかる

        夜にあふれそうな街並み
        眠れず疲れきった街並み
        あの時だけは川沿いに歩いた
        流れゆく涙を見るために

       駆けあがる堤防

       夜の流れ
      呑まれそうな道のり
       路地の影から
      流れに逆らって駆けてゆく

       飛び越える鉄柵

        眠れず疲れ果てた街並み
        染まりゆく夢をまとうために
        整然と並ぶ信号機の紅い輝き
        断ち切るように青になる

        誰もいない道を駆けてゆく
        忘れかけた道のりを思い出す

        最後まで走ることを誓い合う
        走り終えたらどこへ行くの

       そこで途切れた
       闇に包まれた夜をさまようほど
       進まない時が染み込んでゆく

        夢の続きを微笑みで語り合う
        信じ続けたら何が見える

       そこで途切れた
       嘘と向かい合う夜を抱きしめるほど
       やるせない想いが流れに逆らってゆく

        川の終わりを追いながら手を伸ばす
        流れ続けたらどこへ行くの


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      - Reverse - 1994.02.03(Thu)

    差し込む光がとてもまぶしく
    すべてが夢のように

     なぜ夜は早く
     なぜ夜は遅く

    鉄の鎖のような重さが遠のき
    出し切った力のように

     なぜ朝は遠く
     なぜ朝は近く

    夜まで駆け出すまえに
    私が駆け出すために

    信じられないと呟きつづけ
    側にいるからとささやいて

     ただ過ぎた日々を
     まだ忘れられずに

    光に抱かれて微笑み返し
    闇の舗道から飛び込んで

     いま過ぎた日々を
     もう見てはいけない

     なぜ恋は見えず
     なぜ愛は触れる

    明日が見え出すように
    さよなら言い出すまえに

      繰り返すだけでなく巻戻すだけでなく
      闇色を裏返すことを信じて

     灯りが点き出すように
     別れを吐き出すまえに

      呼び戻すだけでなく引き返すだけでなく
      闇色を裏返すことを信じて

     光が燃え出すように


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      - Soldier - 1994.02.04(Fri)

    時の流れに取り残されていきます
    すべてが疾走し続けていた時代へ
    痛みさえも置いて来たのでしょう

      時は流れて何度も巡る
      歴史と時代は繰り返す

    暦の端から取り残されていきます
    すべてが奔走し続けていたあの時
    まろびながら駆けては光り輝いて

      夢は退屈なものと笑う
      背徳の風は巻き上がる

    月のあかりに照らされず離れます
    すべてに敗走し続けている今でも
    真夏のなか駆けて来たのでしょう

      日々は移り行くだけで
      重ねた罪から潰される

    煙る地平に取り残されていきます
    すべてが遁走し続けていた時から
    錆び付く剣抜いては振るい続けて

      きりの無い時の先から
      夢を忘れ取り残される

    遠い昨日に取り残されていきます
    すべてが帆走し続けている時だと
    思い込む日もやがて闇に消えます

      狂うこと許されるなら
      昔眺めた夢見つめれば

    剣の風を信じ煌めく為に駆けます
    すべてが快走し続けていた時から
    進まない時まで駆けるのでしょう


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      - 滅びの糸 - 1994.01.06(Thu)

       とても小さく見えました
       私の存在を地球と比べて
       髪の毛一本にも満たない
       広がる景色と風の中の夢

       私はこの地球と共存する
       いいえそれは嘘でしょう
       この地球の一部なのです

       自然はどこまでも自然で
       濁流が呑んだ木も自然で
       人間が倒した木も自然で
       居並ぶビルさえも自然で

       自然の破壊はありえない
       木の場所が無くなる事も
       全て巻き込む戦乱の嵐も

       滅びは人の成り行きです
       昔から傲慢な道を歩んで
       やがて淘汰されるのです

       自然本来の力によってか
       私たちの文明によってか
       それは私には判りません

       でもこれだけは想います

       広がる景色と風の中の夢
       暑い陽射しを駆けた日々
       忘れないで憶えています

       滅びの糸が紡がれる中を
       人にある希望の言葉を…












2000年08月17日 23時41分37秒

90年代総括-森田童子によせて最終



RE:NON
SUB:森田童子によせて(最終)/katumi

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 八月になるとわたしたちは時間の重みにう
ちひしがれて、死んだように長い昼寝をする
のです。

『マコンドに降る雨を見たイサベラの独白』
ガルシア・マルケス 訳/井上義一
[青い犬の目]1994,8,16発行   福武文庫
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┌─────────────────────────────────┐
│ ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬─────┬┬┬┬┬┬┬┐ │
│ ││││││││││││││││││ あああ │││││││く │
│ ││││││││││││││││││  ああ ││││││││ │
│ ││││││││││││││││││ ああああ ││││││││ │
│ │││││││││││││││││ あ ああ ││││││も │
│ ││││││││││││ あ │││あ      あ││││││ │
│ │││││││││││││あ│││あ    ●    あ │││ │
│ │││││││││││││ あ あ あ あ │││ │
│ └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴───────────────┴┴┘ │
└─────────────────────────────────┘
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\あ 
///////////////////////////////////お 
                                   い 
郷愁に眠れ 八月の原点          い 
                                   ぬ 
                  白夜の音楽はなく         の 
                                   め 
                溶解する愛の感情           ま 
                                   ど 
                     電灯の蛾のゆらぎ時は羽根  に 
                                   と 
            永遠の洞窟に迂回する河あれは水の蛇だった   け 
                                   る 
蛇行する川の両岸 彼岸に立ち尽くす  さ
                   ら
糸の地峡から手紙  ら 
                    
--------------------------------------------------------------------------
                                     
この8月の原点にて、          
『森田童子によせて』は終了します。
6月7月は奈落の底に落下しましたが、
8月になって、ようやく立ち直ることが
できました。

オウム問題を中心軸に考えてきましたが、
大江健三郎が言うように、自分達の内部が
産みだした敗北の過程にあり、真理は今も
なお人間の外側にある日本の現代は、問題
解決能力を喪失しつつあるのかもしれませ
ん。ここでは加藤周一が提起した、あるス
ピードをもった日本社会の均一性を、不気
味に今、受けとめています。

価値崩壊とは、個体が溶解し崩れ液体へと
置換されていく世界像かもしれません。 
12日、横浜相鉄本多劇場で2年ぶりで、
劇★派の演劇『私 待ちます アソコで』
観戦してきました。誰もが追いつめられて
いる。この崖淵で。下から風が吹き上げて
くる。それは観客の1995年心象を励ま
す、みごとなラストシーンでした。

森田童子とは私にとって詩的心象の個人的
な体験でした。始めて彼女の音楽を聞いた
とき、やはり私も声の質感に揺さぶられま
した。郷愁を許さぬ物神の都市から追われ
行く心象光景が破綻する時、私は彼女に救
われたのです。この呪縛がとけぬまま人生
が終えても、それはひとつの幸福であり、
ひとつの現代史のような気がします。  

共同に破れ自我を求めたとき、近代的自我
は無かった、在ったのは、たまらなく淋し
い八月の原点だった、その石の橋の人影。
橋から河をながめる老人こそ私だったので
す。淋しい20世紀の白い孤独な砂を踏ん
でいるわたしたちの影に21世紀が訪れて
きます。[声が聞こえる、呼ぶ声が]  
[さよなら、20世紀という、わたしこそ
   20世紀の心象難民だった]   

[液体に濡れた時間が身体に張りつき]  
[外から漂ってくる流れの止まった汗]  
[執拗で低い少女都市のうなり声]    
[老人は少女の復讐の声を聞いた]    
[マコンドに降る雨を見たイサベルの独白]


      1995,8,15










2000年08月17日 22時07分46秒

90年代総括-ミックスメディア


RE:NON
SUB:ミックス・メディア_1

 地下鉄毒ガス・サリン、警察庁長官射殺、このテロリズム歴史における衝撃。
 これらの出来事から、ぼくが妄想したことは、
 いよいよ日本なるものが、宗教戦争に突入したという漠然とした実感です。
 それは幾つのも共同体が破壊されるほどに、表出したドイツ宗教戦争を連想させ
 ます。オウム真理教とロシアの連関は、ここが、やはり仮想帝国満州の場所である
 ことを証明するかのようです。

 突然、何者なのかの手によって、消却された、坂本弁護士家族の肖像以来、

 国家権力の装置である警察は、後手に回ってきました。
 そこに1989年10月からの「深い深淵の作動」を感じます。

 週刊文春「オウムとサリンの深い闇」で、立花 隆氏が、書いてあるように
 公安スパイが、オウムに存在していた、それは無視しえぬ説であります。

 冷戦構造の崩壊で「敵」を喪失した、公安警察が、これまでのように膨大な、
 国家予算を獲得するために、オウム教団を利用し、その内部から「深い深淵の力」
 を、果たして作動させたのかは、永遠の謎です。

 敗戦後の労働運動は、この「深い深淵の力」が作動させた事件によって、敗北した
 事実があります。私は公安警察高級官僚の笑い声が聞こえる夢をみました。
朝鮮戦争と日本内部をめぐる連関として、作動した、数々の謎の事件。

   │――――――――――――――――――――――――――――――│
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 この四角のキャンバスは、坂本弁護士一家の、あの写真像であると、
 あなたは想像する。

 左側には、帝都営団地下鉄職員の、あのグリーン系統の制服が、吊るされている。

 右側には、旧ソ連制自動小銃「カラシニコフ」「AK47」のレプリカが、
 宙吊りに、ぶらさがって。まぎれもなく、ミックス・メディアである。

 観客である、あなたは、国会議事堂の「内面と精神を喪失した五月雨の庭」に
 展示された、この作品の、題名を読む。さらに三島由紀夫「豊饒の海」最後の
 結語、その、主人公・本多はなにもない所に来てしまった。空虚な月修寺の庭
 を連想してください。その庭は日盛りの日を浴びておりました1970年11月。
 そして1995年5月は、五月雨の庭なのです。
 

                1995,5,29 katumi















2000年08月17日 22時00分50秒

90年代総括-け-君へ


 けー君。坂本弁護士一家が住んでいたアパート、洋光台駅は、私が
住む街の駅、大船駅からは、近いんです。闇の砂漠をオウム事件では
感じます。もう私は涙が渇れ果てたというか、涙もでない自分の感性
が老化しています。老化とは、顔にシワができる事でなく、心にシワ
ができることです。けー君の、さちよさんを思う、けー君の優しい、
情感は、かけがえのない涙であると、思いました。

 私は本当にエゴイズムというか、愛情が貧困だから、今まで、自分
のために泣いたことはありましたが、人のために泣いた経験は、あま
りありませんでした。でも三里塚反対同盟の農民:源さん:が、亡く
なった追悼の集いでは、涙が止めようと思っても、止まらなかった。

 日雇い労働者の街、山谷とか寿では、冬、多くの野宿労働者の、
野垂れ死を見てきたので、不幸な死への悲しみに、だんだんなれて
きてしまって。やはり、けー君の言葉『普通に死ぬ、それは幸せ』
とてもわかり同感します。

 91年の中東湾岸戦争のショックと、体力と精神力がないから、
日雇い労働者の街・寿町(ことぶきちょう)での、人権を守る活動
から逃亡してしまったのですが。出稼ぎ在日アジア人労働者の人権
を守り、労災とか、賃金未払いの、問題解決に向けて、横浜の若い
弁護士は尽力してくれました。

 坂本弁護士一家が拉致された当時、横浜の若き同僚弁護士から、
「犯人はオウムに間違いない!」と、聞きました。それなのに、
やはり自分は無関心にこの6年間を過ごして、しまったことの落差
に痛く、落ち込んでいます。

 今年の3月から5月上旬までは、演劇の稽古と公演で、夢中になって
いたので、公演が終了してから、オウム問題は逃げられない課題として
自分に迫ってきました。それで6月・7月は、オウム関係のTVを見た
り、雑誌、本を読んだりして、体調を崩したのも原因ですが、うつ病に
なってしまいました。8月に入って、ようやく復活。

 オウム問題で思考した文章を、CABINETに送信しようかと思ったのです
が、技術力があるオウムによって、この草のねネットのシステムが破壊
されたらどうしようと、恐怖で、オウム問題に関するテキストを送信す
ることにビッビってしまいました。昨年、夏に発覚したニフティID盗用
による、掲示板事件いらい、電子メディアの「闇」の悪意ある勢力の存在
に、初めて恐怖感を持ちましたので。
何しろ、あの事件は、富士通社員のIDが盗まれたのですから、商業ネット
のシステムが、いかに弱いか自覚したわけです。

 ニフティ会員が100万人突破しても、フォーラムの会員登録数が拡張
しても、私は悲観的です。
オウム事態も、フランス南太平洋での核爆弾連続実験の再開も、幻滅して
落ち込んで、しまう。

 本当に『普通の死、それは幸せ』は、自然と人間の関係回復を願っている
ような、教えられる言葉でした。

 「異常を異常と感じない異常」の心の亀裂に、流されていくようで、
 私は三日前、深夜、自転車で茅ヶ崎の海岸まで走り、ひとり夜の渚で
 裸体になって、波・海の生命潮流に入浴してきました。
 やはり心を健康にするためには、大自然との対話が必要と感じました。
 夜空と雲と月の、ゆったりとした流れが、印象的でした。

                     1995,09,16 katumi









2000年08月17日 21時53分04秒

90年代総括−95年日本第二の敗戦−オウム事件−1



RE:01836
SUB:RE:カルトの歴史的断層:注:長文
   282行の長文です。どうか読みたくない人はとばしてください。

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 大四角フレームをRとする。小四角フレームをJとする。下の罫線をPとする。

 Rとは、あの関東軍石井731部隊が満州で生成させた化学工場の写真である。

 Jとは、オールドメディアの空虚と愚劣の祭、センセーショナル報道番組が
 テレビジョン映像であろう。1970年日本が満州へと編成を遂げてからの
 2年目1972年2月からの。

 オールドメディアとは身体のリアルティから切り放された浮遊のぬえ恐竜。
 移植手術、民衆身体は他人の体に、いつのまにかすり、替えられる。
 われわれは警察庁発表マスメディアに、これまでも充分に
 マインド・コントールされてきた日本ヒューマノイドである。
 それをエマージング・出現ウィルスと呼ぼう。

 中国史によれば、民衆とは、眼球をえぐりとられた盲目の人という意味があり。

 さて大四角フレームRの左上には、オウムが収容された鳥かごが吊るされている。

          右上には、カナリヤが収容された鳥かごが吊るされている。

          これをJR1、2とする。

Pとは電子文字がながれる液晶デスプレィであろう。

 Pには「戦争は宗教の延長である」
    クラウゼビッツ『戦争論』テキスト贋作が左から右に疾走している。
 Pには、さらに「現代のオウム理論、石井731部隊20世紀化学の反復」
        「現代のカナリヤ理論、ハルマゲドン核融合物理の反復」

 Pには、さらに「日本の共同幻想、天皇制国家宗教の終わりの始まり」

 Pには、最後に電子ゴキブリが疾走して。

 まさに、作品『ミックス・メディア−2』である。

この作品は野蛮な関東の中心、帝都東京の皇居前警視庁高層ビルの庭に展示されて。
この場所とは内面と精神が喪失した、五月雨の庭である。

すでに1995年体制の第3段階は準備されている、世界を揺さぶる現代の終わり
を表出しているこの満州日本列島とは、悪霊20世紀を、ひたすら総括している。
空虚と愚劣・ヒューマノイドの空間が、エスカレーションしている。

 そしてオールドメディア映像で反復の評論するヒューマノイドの銀行口座に、
 出演霊(ギャラ・お金)数字が、明日、振り込まれているだろう。
 この空虚と愚劣の祭の後に、ターゲットされているのは、われわれ日本の個人。


−−−−−−−−−−−−−− 切取線  −−−−−−−−−−−−−−−−−−

 さて、カルトですが、現在書店の宗教・精神コーナには、多くの新世代が群がり
 宗教カルト関係書物は、大いに売れていると聞きます。

 オオム教団をめぐるセンセーショナル空虚と愚劣のマスメディアの祭は、
 日本における新世代カルトの始まりを告げました。アメリUSAの模倣として。

 ビックコミック(発行・小学館)の最新号、さいとうたかお氏の
 『ゴルゴ13シリーズ』最新作『病原体・レベル4』、人類最大の危機
 エボラウィルスがテーマでした。いよいよ地球免疫システムは、これまで
 爆発的に生態係を破壊してきた、現代帝国主義文明と人類の淘汰をめざし、作動
 してきました。まさに救いを求めるカルト宗教の扉が、開かれました。

 そのビックコミックでは、いよいよ
 『YELLOW』原作/宮崎信二氏 作画/かわぐちかいじ氏によって連載開始
 されております。私は1970年移行の日本とは、満州システムの内部が全面展開
 してきた世界であると規定しておりますから、期待しておるのです。

 オウム教団の麻原クンが40歳で、私は2歳上。70年代の同時代性に想いが行き
ます。70年代世代の青春像は、森田童子のシンガーソングCD
『東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤−1978年7月19日 盛夏』に集約され。

 1970年から展開されてきた日本社会・経済・政治の過程、その仮想満州全体
主義システムの問題は、村上 龍氏長編小説『コインロッカーベイビーズ』
『愛と幻想のファシズム』にて、出現しておりますので。

 私としてはオウム教団壊滅大作戦を、「カルト」へと、姑息にもネグレクト歪曲
する全体主義言説に対しては、断じて否!!と、答える用意があります。
個別・日本現代史と、総体・世界現代史として第一次世界大戦勃発の10年前から
開始された、化学の世紀たる悪霊20世紀、この個別と総体からの、総括。
こうしたアプローチが必要ではないか? と、妄想生成しておる今日です。

 現代工場制度としての消費満州全体列島とは、まさに化学によって構築されて。

−−−−−−−−−−−−−−− 切取線 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 坂本弁護士一家が突然、何者かのによって、その社会生活の実物としてのリアルティ
を拉致され行方不明にされた、1989年10月の意味。1989年とは正月に、
昭和天皇が亡くなり、記憶装置は「昭和」から「平成」へと変換され、挿入されて。

 この時期、満州の政治・経済・社会は、いかなる季節であったのか?
なお、満州という言葉の規定ですが、1970年移行の日本国家を「日本」と命名する
のは人の自由ですが、私は「満州」と命名しますので、どうか、よろしく。

 総体・現代世界史においては、1989年春、中国天案門広場での民衆抗議とその
弾圧から、冬におけるベルリンの壁崩壊へと流れて行きました。その年は12月
ルーマニアにおける民衆蜂起と独裁体制の崩壊で、みごとに完結しました。

 個別・満州においては日本の共同幻想である、天皇制国家宗教システムの強度を
めぐって社会は、揺らいでおりました。すでに既成労働運動総体は、国鉄がJRへと
変換されたように、翼賛産業報国連合へと移行しておりました。満州国家権力装置の
基本理念と価値観は天皇制唯一元教でありますから、権力装置と支配者は全身全霊を
もって、天皇制一元教を防衛強度するため、これに反対する勢力を弾圧したのは言う
までもないでしょう。

 この満州にては、天皇制という共同幻想が、1989年12月のルーマニアのように
瓦解してしまっては、バラバラに解体されたガレキの廃虚になることを、国家行政官僚
は、恐怖として身体心霊として妄想生成しているのです。

 さらに1989年この満州列島は、在日外国人労働者の問題が出入国管理の問題と
して出現してきました。経済で言えばこの年の12月は、バブル経済の頂点として、
株式市場が右肩上がりとして、グラフの山頂を記録したのです。

 ドイツ現代経済がトルコ人労働者を利用し、発展したように、日本経済も外国人
労働者を下層へと落としこめ、その労働力を利用し、発展したことは事実です。
この80年代後半バブル経済期に構築された巨大建築物は、多くの在日外国人労働者
の労働力が、手配師によって、猟り出されたのです。

 坂本弁護士が活躍した横浜とは、天皇制の教化に反対する拠点であり、さらに
在日外国人労働者の人権を守るネットワークの先進的な中心地でもありました。
横浜の弁護士は、世界基本的人権のために、全国弁護士の先頭で闘っていたのです。

 そして1989年10月半ば、坂本弁護士は、この横浜の地から、突然、何者かの
手によって家族ごと、連れ去られてしまったのです。現代の神隠しとして。
それは人権を守る弁護士と、国民国家・民族を越えて世界の労働者と連帯し人権の
ために闘う人々への、無言の同喝でありテロリズムです。

 坂本弁護士一家拉致事件の解明は、みごとに今日まで伸ばされて来ました。
そこに私は、満州国家行政官僚の悪意を感じます。つまり権力装置は、この事件を
利用したのです。人間としての普遍世界と生存をめざす人々への見せしめ処刑として。

 それでは1995年、何故、権力装置は、オウム教団を治安および内乱罪・破防法
の「敵」として選択し、みごとに生成させたのか? これが主題です。

−−−−−−−−−−−−−−−− 切取線 −−−−−−−−−−−−−−−−−−

 行政官僚機構とは、優秀な人材としてテクノクラートを形成するために、何を利用
するのか?それはデスクワークとしての事務能力では、ありません。
彼らはまさに実践で、鍛え上げられていくのです。

 優秀な管理者はビック・メーカでも、行政官僚機構でも、これまではシステム内労働
組合運動の幹部を経験しながら、上昇してきました。つまり、組織機構の自己教育シス
テムとして、企業内労働組合、行政機構内労働組合は、位置と価値があったのです。
幹部はある労働組合というフレーム枠内闘争の実践的組織経験の過程で教育され、
鍛え上げあられていく。そこでは自ずから交渉力を形成されていくだろう。

 まさに満州全体システムと、その実践的人造りは、みごとに起動しています。
 その高度な管理体系は、デスクワークでなく、実践に秘密があるのです。

 システム内労働組合を実践して、やがて彼は、%覿箸痢△△襪い蝋埓官僚機構
管理幹部として登用されていくます。これが幹部候補の教育過程です。

 こうして行政官僚機構の幹部として抜擢された彼に、待っているのは、
行政に要求する団体との交渉です。要求団体の組織は強度でなければなりません。
そうでなければ、彼は、鍛えられませんから。つまり行政官僚は実践的な交渉によって
忍耐と精神力・体力・頭脳展開・政治力を身体霊体化していくのです。

 まさに行政官僚機構の幹部は、自己自身に要求をぶつけてくる市民団体、あるいは
おのれの政策に反対してくる勢力によって、強くなっていくのです。
東大から幹部候補として登用されたキャリアは、労働組合は経験しませんが、
行政政策との反対勢力との闘争によって、鍛えられ、組織力・交渉力を自己教育されて
いきます。

 結論を言えば、行政官僚機構にとって、「敵」は、おのれの強度のために、
必要不可欠のです。この「敵」が、弱度になるなら、それは、おのれ自身の組織瓦解
へと連動してしまう。これに満州全体の秘密が現出します。

 1989年は、満州経済がバブルの山頂を記録した。
「昭和」から「平成」への記号変換、天皇制をめぐる関心と政治的闘争に話題を
そらし、この時期に企業戦士として出動された過労死が出現しましたが、それは
みごと天皇制一元教のおかげて、隠蔽されました。

 しかしながら80年代から展開された中曽根元首相に代表される戦略、
大単産労働組合としての国鉄労働組合を解体し、反対勢力を壊滅しながら、
再度、アジア侵略戦争を展開できた、国家翼賛体制の反復戦略は、「敵」を弱体に
させてしまいました。

 皮肉にもこれが行政官僚機構にもたらした危機でした。「敵」が弱体化しては
おのれ自身が強くなることは、もはや不可能になってしまうからです。
自己満足自己完結する機構は、内部から解体してしまうのです。
80年代とは、これまでのバランスを国家権力装置の側から崩したのです。

 さらに冷戦構造の瓦解とロシア・マルクス主義の瓦解は、これまでの相対としての
バランスを崩す、最後のハンマーに打たれました。それはある意味で行政官僚機構と
国家権力の組織人造りにおいて、危機でありました。

 「敵」を、新たに形成しなくてはならない。人材も国家予算もリストラで削除され
てしまう。国家権力はそこでオウム教団に触手を伸ばしたのです。
どうやら満州全体システムは、オウム教団をみごとに「敵」として生成させることに
成功したようです。

 1972年2月の連合赤軍事件の時もそうでしたが、公安警察の戦略は「敵」を
孤立させ、追いつめることによって「敵」自らテロリズムを作動するように、
インプットしていくのです。これが公安警察の「敵」生成の起動戦略です。
そして理想どうりの「敵」に仕上げていくのです。

  理想通りの「敵」に仕上げ、次にはマスメディアを利用し、
  国民的センセーショナル・パニック・喧噪祭を全面展開するのです。

  これをサブリミナル・コントールと言います。

 この起動戦略の伝統は明治の大逆事件からの伝統があり、「昭和」初期の国内
治安維持法行使では、全面展開させました。長い実践の過程と実験の成功で生成
させた、この起動戦略は「敵」自身が、公安警察の理想通りにテロリズムを実行
するように、あらかじめ仕組まれたテクノロジーです。

 公安警察はこれで国家予算をこれまでのように確保できます。
行政改革としてリストラもされずに済みます。システム内の激烈な競争相手である
自衛隊も落とし込める陰謀も成功しました。そのみごとな謀略。

「自衛隊の内部にオウム教団信者あり。機密を盗む。情報を敵に流した」と。

 大日本帝国軍隊の延長として、自衛隊は形成されておりません。それは何処までも
アメリカUSAと国連に敗北した敗戦国の軍隊なのです。自衛隊は1950年代
朝鮮戦争が産み落としました。アメリカUSAの命令は、敗戦国に自衛隊を誕生させ
ました。その最高指揮権は、満州内閣総理大臣にあるのではなく、アメリカUSAの
国防省が握っていることは明確です。

 しかし敗戦によっても切断されることなく生き残った軍隊組織が、今も存在して
います。内務省国家官僚機構の財産を引き継いだ機構こそ、公安警察であります。
警察の組織強度は、軍隊としての自衛隊より優秀であることは明確です。

 しかし、オウム教団を「敵」として生成したことは、ある危機をもたらしました。
イデオロギー革命組織ではなく宗教革命組織を選択したことは、
天皇制一元教を宗教戦争に引き込んでしまいました。決して見せてはならない
最後のカードで勝負してしまった。

 こうして、朝鮮戦争の危機によって自衛隊誕生から生成した、日本国憲法第9条を
めぐる1950年代からの政治レトリック・ゲームは、日本の共同幻想である天皇制
一元国家教をめぐる宗教レトリック・ゲームへと、記号は変換されてしまいました。

 わたしは、おれは何なに教だ!自分を規定するために、満州列島に棲息する日本人
と呼ばれる人々は、自分の属性を明かにするため宗教レトリック・ゲームを開始する
はずです。万人の万人よる教祖の誕生こそ、天皇制の瓦解へと到る道程です。

 私は高校2年生の夏休み、街の材木製材工場にアルバイトに行った時の、ある記憶
を、今でも鮮明に刻印しています。それは労働者が昼飯を食べ休息する昼休み、ある
老年の労働者と青年労働者が、天皇をめぐって論争していました。軍隊を経験したで
あろう論争で孤立した老年の彼は最後にこう言いました。

 「天皇がいなくなったら、日本はバラバラになってしまう」

 その言葉に誰も反論はできませんでした。1969年の盛夏でした。

 1989年その終焉に規定されて、公安警察は死力をつくして組織防衛戦争を開始
して、みごとに生成させた「敵」は、これまでのようにアメリカUSA情報秘密部隊
CIAが、モザイク模様のようにからんではいないでしょう。それは独自に生成させ
たので、もはやアメリカUSAは問題解決してくれません。

 おそらく、アメリカUSAや西洋の国家情報組織こそ、オウム教団をめぐる事態を
強度に関心せずにはいられないでしょう。かれらが脅威を感じたのは、カルト教団と
してのオウム教団ではなく、国連と西洋同盟の戦略から外れ、独自的に「敵」を生成
させてしまった国家組織の組織防衛戦争の暴走にあるのです。

 19世紀後半から20世紀初期における大日本帝国による富国強兵政策は、帝国内
の矛盾を、アジア侵略戦争に転化して、その膨張を生成させました。

 しかし20世紀後半の日本帝国は、経済として膨張を生成してきましたが、
もはやその内部に有する日本的妖怪としての%%%%性、その人殺し文化と呼ばれる
破壊性は、もはや外に向けられない、内部に欝積する矛盾は外部へではなく、内部
へと攻撃され侵略されていくのです。

 オウム教団壊滅後の次に生成される「敵」とは誰か?
それは今だ誰も推測できません。ただその「敵」とは個人であることは推測できます。
この満州全体システムで、個人が生き残ることはできるのか?

 日本とは何か? 今も日本とは世界の問題児であるのです。
 ドイツは50年をかけて世界と和解する努力をしてきましたが・・・・
 日本とは何か?

 通信を基礎に人間の交流を創造していくしかない。
 それが現在の私の根底にあたためたい原点です。
 長文送信、苦痛を与えご迷惑をおかけしました。せつにお許しあれ。
 
 

                         1995,5,30 katumi










2000年08月07日 20時15分04秒

90年代総括−オウム事件とは何か−2



RE:NON
SUB:サリンを世界はどう受けとめたのか?

 現在のオウム真理教団壊滅大作戦は、どうしても第二次世界大戦の過程で、
特高警察によって壊滅させられた、戦前の日本共産党をめぐる事態を反復して
いるかのようです。

 佐野・鍋山・最高幹部の自供と転向。
さらにスパイをめぐる展開。内部のスパイは同志を公安警察に売るだけでなく、
内部から路線をマインド・コントールする操作欲望を、全面展開させて、
理想通りの「敵」に仕上げる方法などは、特高警察の方法を踏襲しています。

 毒ガス兵器「サリン」の日本における現出は、
世界に対して、毒ガス武装・核兵器武装を、総体としての日本国家が宣言した
ように思えてなりません。

 すでに日本の国家権力としての官僚機構は、70年代末におけるエジプト・アラブ
共和国における、イスラム原理主義者によるサダト大統領暗殺。
そして1979年、イランにおけるイスラム革命。

 こうした事態から宗教原理主義との内乱を、ある程度、官僚機構はシュミレーション
を、80年代の前半において、完了していたのではないか? そう感じるのです。
「日本では仏教原理主義が適用できるだろう」
こうしてオウム真理教教団は、理想の「敵」として、生成されたように妄想します。

 個別・宗教教団がサリンを製造できることは、総体・日本が毒ガスを製造し、
さらに使用する意志があり、その技術力は核兵器製造可能である、
石井731部隊による細菌戦で、何人も、殺された、中国の反応は敏感でした。

 中国による最近の核実験、移動ICBMの実験は、タガをはずし、ある一線を
越えた、日本への政治的回答であると、私は思います。
中国政府は、現在の日本総体を、原理・原則を踏み外した国家であると、読んで
いることは間違いありません。

 1960年代、アメリカUSAケネディ大統領の暗殺は、かの巨大な産軍複合体
によるクーデターであったとする映画があります。
東京地下鉄における毒ガス・サリン大量暗殺は、日本における、クーデターの匂い
があります。「科学技術省大臣・村井秀夫氏」の暗殺は、かつてケネディ大統領の
犯人として生成されたオズワルド暗殺を反復しているかのようです。

 6月2日・朝日新聞/論壇・特集・オウム真理教、
西垣 通氏・梅原 猛氏・養老孟司氏の論説は、その論理において、ある共通項を
みごとに隠蔽していました。「サリンの現出を世界はどう受けとめたのか?」
他者からの視点が、欠落していたように思えてなりません。

 養老孟司は、ウォレンス著『日本/権力構造の謎』を援用していましたが、
その方法は、ある論理を隠すためでありました。
彼があえて逃亡した内容こそ、ウォレンス氏が、『日本/権力構造の謎』で、
歴史的に解明した、仮想帝国満州で、実験し、実践過程で形成したシステムの謎です。
被害妄想などの原因とその対策として展開されていないのです。

『日本/権力構造の謎』上・下刊を読破すれば、現在の日本官僚機構が、満州システム
の実践過程において、誕生したことは納得できます。
満州システムによるクーデターとして、私は、「サリンとオウム真理教団生成」を
読んでおります。

 記号としての「平成」とは、「昭和」を反復しています。
1931年つまり「昭和6年」に、「満州事変」は勃発しました。
1年遅れの反復ですが、「平成7年」のクーデターあり。

 外部ではなく内部に向けた侵略戦争は、すでに開始されている、
そう判断しています。

                          1995,6,5 katumi
RE:01907
SUB:RE^2:RE:サリンと世界

 WAKEIさん、ていねいなRESありがとうございます。

 「戦前日本共産党とオウム真理教教団の性格は、正反対である」とする
WAKEIさんの説に私は同意します。
私がここで漠然とした実感を現したのは、戦前特高警察と、現在の公安警察の
連続性としての組織壊滅作戦の戦略としての:反復:にありました。

 警察庁長官射殺を起動した理由が、何であったのか?
今だ、私には読めません。

 6月5日朝日新聞夕刊『オウム真理教と犯罪』対談:朝倉喬司氏・爪橋大三郎氏
の対談で、朝倉氏は、オウムの背後に謀略組織があるのではないか、とした見方は
事態を見誤る、と、私の見解を否定されておりました。

 しかし歴史的にも、自民党成立の資金が、満州で活躍した児玉機関から流れていた
とする説もあり、三島由紀夫が自衛隊のあるグループとの交流があった事実。
日本の総体方向を全体にコントロールする「闇の機関」というか「闇のブレーン」
は存在していると思います。

 1936年「昭和11年」、2・26事件と呼ばれる陸軍皇道派・は、首相官邸
と警視庁を占拠しました。ゆえに今回の警察庁長官への暗殺起動も、クーデターの
匂いがあります。

 これまで日本に伝来してきた仏教は、大乗仏教でした、オウム真理教は小乗仏教
のテキストを研究してきた「仏教原理主義」の要素があります。

 危機管理から治安維持法の復活を望む官僚機構と「闇のブレーン」が、すでに
85年において、宗教原理主義をめぐる危機管理と治安の戦略的思考としての
シュミレーションを完成させていたと、私は再度、推測しています。

 もちろん私は国家権力が万能であるとする説をとりませんが、
1989年坂本弁護士拉致事件から、巨大な資金と科学工場プラントを、いつの
まにか構築した、オウム真理教団の膨張を考える時、
さらにはロシアへの浸透、ロ日大学なるものの設立による、ロシア政治家と化学
研究者の獲得、そしてロシア軍への接近。

 「歴史なき幼稚な宗教組織」が、ここまで展開できるでしょか?
1989年10月から、オウム真理教は捜査の対象団体であったのに。何故、可能
であったのか?

 政治とは冷酷な生成です。
われわれ民衆を欺くためには、警察庁長官を暗殺する、「闇のブレーン」の存在。
理解不能の事件こそ、判断停止・思考停止のマインド・コントロールを完成させます。

 さて、1933年「昭和8年」に、日本は中国侵略をめぐって世界から孤立し、
当時の国際連盟から脱退しますが、私のシュミレーションでは「平成9年」頃に
日本は国連から脱退するはずです。内在の陰湿な日本的%%%%として現出した、この
オウム真理教団をめぐる事態は、90年代後半がいかなる時代であるかを予測させ
ます。

 「闇のブレーン」にマインドコントロールされた日本が、サリンによって、
核兵器所有国家群に、その独自性で、対抗する戦略宣言をしたことは明確です。

 WAKEIさんの「自衛隊による、オウムへの逆の浸透、その可能性」その説は
実に説得力があります。

                       1995,6,6 katumi










2000年08月07日 20時07分35秒

90年代総括−95年オウム事件とは何か−3



RE:01924
SUB:RE^3:RE:サリンと世界:注長文:
   282行あります。読みたくない人は飛ばしてください。

WAKEIさん。

 朝日新聞夕刊5日6日における、橋爪大三郎氏と朝倉喬司氏の対談ですが。
橋爪氏の批評のスタンスを一貫して、ぼくは評価していません。

「動機が見えない殺人」「現実感の喪失」「脱冷戦で方向感消却」「個室をつくり
現実を遮断」「高度情報化社会に生じた力の磁場が、偶然にも超能力願望が組織した」
こうしたスタンスが犯罪批評の朝倉氏であり、「陰謀説は、東西対立の時代に生成され
た解釈のスタンスであり、その想像力の在り方は、事態を見誤る」
これが彼の結語です。

 朝日新聞社発行/月刊RONZA/1995,6月号での、朝倉氏の論文
『渇望する空白が呼び寄せた最終戦争』は、宗教経済・宗教市場・宗教経営に接近する
鋭い分析力があり、ぼくは評価しました。この論文から朝日新聞での対談では、姑息に
も後退していました。6年前の連続幼女誘拐殺人事件容疑者と、個室における6千本の
ビデオ・コレクション採集、その「オタク」なる全体主義解釈の延長で、また論じるの
は、いいかげんにしろ!!と、僕は言いたいのです。

 統一教会とオウム真理教団はシステムが似ていると言われていますが、こうした新・
新興教団における、生活システム・政治システム・軍事システム・経済システムを、
20世紀末の身体歴史の現出として、マクロ的に分析するアプローチが必要だと思い
ます。

 宗教比較論では、もう対応できないでしょう。マルクスが人間の日常である「商品
と貨幣」の非日常性としての秘密を暴露したように、すでに宗教は商品であり、貨幣
へと生成している今日、宗教市場をめぐるマーケット論、宗教経営をめぐる組織論、
これらが宗教経済学として、定性しなくては、批評言説は、この現実の先行に追いつく
ことはできないでしょう。

 オウム真理教団の「宗教は最終ビジネス」この麻原クンの綱領こそ、20世紀末資本
主義と貨幣の現在を裸体のごとく物語っています。貨幣は麻薬ですね。
麻原クンの「宗教は最終ビジネス」と「最終戦争に準備するための自給自足経済の確定
と自給自足武装の確定」の綱領は、あらゆる意味で敗戦後50年後の事変を終焉させる
ほどの現出ですから。

 麻原クンは1982年6月に薬師法違反で逮捕されてから、2年後に健康飲料製造・
販売会社「株式会社オウム」を設立しています。彼はあらかじめビジネスから出発し
そして今度は「宗教は科学である」宗教科学としてのオウムへと転回していきます。
「科学は進歩する、人間はそれに従う」これが、ドイツ・ナチスのスローガンであり
ました。麻原クンとは、やはり二十世紀の「進歩」が悪霊の鏡に映ると、ヒューマノ
イドへの道であったことを真理として証明するべく、体現したかのようです。
20世紀が作りだした影その存在証明は、悪霊もまた真理であることを物語り。

 オウム真理教団武装事態は、日本史における豊臣秀吉による刀猟り以来の民衆感情を
破壊し、アメリカUSA武器社会模倣へと接近させましたから。
現在の日本帝国資本システムと貨幣の不条理は、麻原クンの綱領に現出していると思う
のです。僕としては、再度、マルクスを読みながらアプローチしていくつもりです。

 かつて統一教会が使用していた東京世田谷・南荻窪、福岡市の3ヶ所の施設が、
今度はオウム真理教団が使用していた事実。統一教会の本拠地である韓国では、韓国
最大の銃火工場を傘下にしている世界統一教会経営。

 統一教会の有名な%%%%%%%%・サブリミナル。教祖による男女信者婚姻の遺伝子操作。
これなんかオウム真理教団綱領「血のイニシェーション」。PSIヘッドギアの、
マインド・コントール洗脳ノウハウなんか、統一教会と限りなく類似性があります。
H・R・ギーガーの『ネクロミコン』とヒューマノイドが現出しています。
これは限りなく貨幣の真理が横たわっています。

 ベンチャービジネスとして急速拡張する新興企業には、必ず経営コンサルタントが
広告代理店の拡張として参謀のごとく企画提案しています。宗教ビジネスの経営方法
を提案して、宗教法人は「うまみがあるお客様です」と、貨幣をかせぐ、
宗教ブローカーも暗躍していることでしょう。宗教のイベント演出も、あの広告帝国
である!!電通!!も、大展開しているそうですから。

 「イノベーティブ(創造的破壊)マインドと洗脳経営で、宗教経営を打開せよ!!」
これが、現在の彼らのスローガンかも(^_^)。

 批評論説の科学性は、やはり経済学を通過しないと定性できませんから、
宗教経済・宗教市場・宗教経営からのアプローチは、マクロ分析として必要です。

 三菱総合研究所が発行している『TOP MANAGEMENT SERVICE』
トップマネジネントサービス1995・5・11日号の特集は「行き詰まる日本型
イノベーション」巻頭言は「世紀末論に踊らされるな」三菱総合研究所常務取締役・
佐藤公久氏による、日本帝国資本軍部将校に向けた、この激文が貨幣の現在
意識を物語っているので、引用を、どうかお許しください。

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 「世紀末論」、この19世紀末に流行したといわれる説は、実際には一笑に付される
ようなものであったようだ。19世紀末は「進歩の世紀」「技術と科学の時代」が謳歌
されていたのであり、ヨハン・シュトラウスの明るく軽やかなウインナ・ワルツが街を
流れていた。

 ただ世紀末論の思想的背景となったニーチェ、ショーペンハウエルの哲学が、一種の
超人賛美につながり、やがてヒトラー、ムッソリーニといった独裁者を生む社会土壌を
作り、軍国主義を助長、戦争への道を歩ませた暗いイメージも育っていたことは事実で
ある。

  :「世紀末論」に踊らされるな:三菱総合研究所常務取締役/佐藤公久
TOP MANACEMENT SERVICE no9・101995/5/11
              発行/三菱総合研究所

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 まあイノベーションというコンセプトもアメリカUSA経営スローガンから盗用した
理念であるように、佐藤氏もみごとに日本における軍国独裁者の哲学が何であったのか
隠蔽します。論理とは、貨幣同様に、外部から自己利潤へと回収するためにありますか
ら。論理とは自己利潤拡張が先行し、自己の弱点とか都合が悪いことは、永遠に隠され
ます。

 敗戦後50年の言説論理とは、西欧・アメリカUSAの近代の延長・拡張として、
あたかも現在の日本が定性する、ここにおいて、みごとに日本の個別あるいは単独とし
ての近代・現代成立の醜部は、つねに隠されていくのです。
ダブル・スタンダードの論理。言葉とはある物質性があり二重性がありますから、
言いたい言説には必ず、言ってはならない場所精神があるわけです。個別日本の軍国。

 しかし、僕は、資本とは前衛であると認めていますから、この徹底したリアリズムは
注目しています。マルクスがその道を歩んだように、現実社会の動向を把握するために
は、まず経済を注目していかざるをえません。

 おそらく日本の動向は、佐藤氏の激文の反対の方向:世紀末に踊れ:の方向に流され
ているでしょう。皮肉にも。現出しているのは精神としての激ではなく、身体としての
激なのですから。ナチスのスローガンは、まさに「技術と科学(化学)」でした。
人間の肉から石鹸をつくり、人間の髪も製品に転化したという、大量虐殺、
アウシュビッツ工場とは、技術と化学の絶対頂点を、工場制度として生成させて。

「良いものをいかに安く作るか」この日本型経営の綱領は、人間を材料素材として、
商品に転化した、大量虐殺のアウシュビッツ工場で、すでに達成されていたのです。
日本軍国でも、植民地から強制連行という労働力奴隷制度によって、達成していたの
です。

 日本企業のアジア諸国への工場移転は、この安い労働力賃金をめぐる日本軍国工場
制度の反復です。

 こうしたマクロ分析から結語を導入すれば、「進歩の世紀」「技術と科学(化学)
の世紀」を沈澱させた身体史が、裸体のテロリズムとして現出する、これがオウム
真理教団事態をめぐる日本世紀末世界です。つまり宗教経済・宗教市場・宗教経営
とは、身体の縄%%%%から発生します。日本型管理工場制度社会の鏡として。

 欧米・中国が精神による革命と歴史であるとしたのなら、日本とは身体による革命
と歴史でしょう。人類史における文明とは、極東の島である、この場所において自己
完結する、それは型・形・形式・様式・身体化として現出します。シルクロードの、
最終の場所、法隆寺ありて。

 日本が世紀末に踊ることは明確です。「進歩・未来・技術・科学反応の20世紀」
を身体において、偶然にも総括されてしまう場所。ある一瞬において偶然は必然へと
転化されるでしょう。見えざる神の手によって、エデンの園を破壊炎上させるべく、
選択された教団こそ、オウム真理教団でありました。20世紀の真理が現出して。

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 わが兄弟たちよ、君たちの胸をはれ、高く!もっと高く!そして脚のことも忘れる
な!君たちの脚もあげろ、君たち、よい舞踏者よ。さらによいことは、君たちが逆立
ちすることだ!笑う者のこの冠、このバラの花輪の冠、わたし自身がこの冠を自分の
頭にかぶせたのだ。わたし自身がわたし嘲笑を神聖だと宣言したのだ。そういうこと
をやるだけの十分の強さを持っている人を、わたしは今日わたし以外には見いだせな
かった。舞踏者ツァラツストラ、翼で合図する軽い者ツァラツストラ、すべての鳥に
合図しながら、飛ぶ身構えのできた覚悟も用意もととのった、至福にも軽々しい者。

                          フリードリヒ・ニーチェ 
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 こうして麻原クンは修業者として浮遊するのです。『ムー』『トワイライトゾーン』
に掲載されたその写真に魅了された、オカルト神秘の予備群たち。『ムー』の発行社が
学習研究社であることは皮肉です。管理教育産業メディアこそが、オカルトブームを、
少年・少女たちに提供していたとは。

 己を見失った黒い笑いが、1985年移行によるバブル社会の基底に流れていたこと
は明確です。1988年から開始された昭和天皇その死にいたる病、喧噪報道メディア
は「悲劇の誕生」として、垂れ流していましたが、麻原クンはこの黒い笑いの影として
己を生成させたのでしょう。「おれこそ天皇だ」と。

 さて麻原クンは84年2月に「オウム神仙の会」を発足させ、87年2月、ダライ・
ラマと怪談し、87年7月に「オウム真理教」を成立させます。そして88年には、
富士山総本部を完成させます。さらには87年から88年にかけて東京・大阪・名古屋
道場をわすか一年のあいだに取得しています。この膨張はバブル経済と連動して。
そしてついに、89年11月、昭和天皇の終焉をめぐる過熱喧噪の影で、東京都から
宗教法人認証を受理するのです。

 つまりオウム真理教団の87年から88年にかけてのバブル膨張の一年こそが、
きわめて重要です。昭和終焉そのXデーをめぐる天皇制の強度は、シンピ・アナクロ
ニズム回帰を増幅させ、ここにオカルトブームの頂点を形成させました。国家官僚
機構にとっても、これは歓迎すべき流行です。少年・少女たちが、歴史の判断力と
言語思考力・思考分析力を欠落し、ひたすらオカルト占いと超能力なるものに魅了
されることは、天皇制宗教の強度へと回収できますから。

 オカルト・超能力へのあこがれとは、高度管理社会が産みだした黒い影。
 黒い空洞からこだまする恐れるべき笑い、万世一系の天皇制の影とは、歴史から切断
され、自己をすでに放棄し、その場その場で対応する刹那と没主体しての生成。

 産業革命移行の近代その帝国主義文明によって、破壊されてきた自然、それは同時に
自然と人間の関係を破壊し、人間を労働力商品へと変成させ、工場制度の成員へと囲い
込むことに成功しました。その憎悪こそが、下からのファシズム運動として現出してき
ました。全体主義の基盤とは、工場制度の成立にあります。

 近代から現代への工場制度とは、単位家族さえにも貫徹していきます。
地域共同社会も含めて、あらゆる人間の共同体を破壊しつくことによって、
「自分のことでせいいっぱいだ、他人のことをかまってなどいられない。自分が上昇
するためには、他はどうなっても自分とは関係ない」

 こうして自然と社会への意志を解体された、無関係としての人間はアトミズムとして
己を形成し、己がこの全体主義としての工場制度で上昇するために、他者をいけにえと
して利用するのです。アトム化された人間を組織することに成功した、宗教起業経営者
としての麻原クンのイデオロギーとは、まさに神学です。その神学とは人間を物理力と
して利用するスターリン神学であることは間違いありません。

 アトミズムと分断されアトム化した人間こそ、超能力と超人の奴隷になり、彼は
教育工場制度と経営工場制度から、宗教工場制度へと転回していきますが、いまだ
未完としての個人は、場所こそ違いますが、その全体主義システムの奴隷として、
自己実現することに変わりはありません。
 
 オウム真理教団にとって外部とは憎悪すべき俗世の高度管理社会であり、外部とは
破壊の対象でありました。しかし彼らの内部とはアトム化したヒューマノイドであり
高度管理社会その工場制度の影としての真理を、テロリズムによって自己実現したの
だと思います。

 旧約聖書とコーランを読んで、僕は神とは、宇宙唯一の孤独者である直感しました。
神はエデンの園を破壊炎上させ、都市文明を滅ぼし、数々の文明民族を一瞬において
抹殺してきたのです。神とは人間にとって救済者ではない、まさに恐れるべき畏怖の
存在である、その神と復讐の女神が、20世紀の真理を現出する場所として選択した
約束の場所こそ、個人を抑圧する日本と呼ばれる地かも知れません。

 僕はこの神を自然と呼びます。自然とは物質を塵芥へと再度、帰還させる本能を
内在しています。ゆえに自然その宇宙とは畏怖の存在です。自然とはヒト・モノを
塵芥へと帰還させる本能がある、例えば産業革命移行、西欧を中心にして北世界は
南世界の生態系を破壊し、富を収奪してきました。この北世界の物質文明とは、
生命潮流に反する「死の潮流」であることは明確です。

 自然の本能とは生命潮流を内在していると同時に、あらゆる物質を死滅させる
「死の潮流」も冷酷に内在させています。ですから僕は自然賛美者ではありません。
人間とは自然の本能を体現する高度動物であり、存在であると思います。
人間には生命潮流を破壊する「死滅潮流」、その自然のもうひとつの本能を体現する
存在であります。オウム真理教団は、この自然摂理の真理としての本能を、テロリズム
によって、体現しました。

 人類史の生存を望むなら、人間は生命潮流の方向によってしか、生き延びることは
できません。僕は人権と生存権をかけて、生命潮流に参加し、この立場を思想と実践
において、今後も表明していきたいと思います。

 ヒューマニズム・人間主義なる言語を、僕は信用することができません。
再度、明確にしますが、人間存在とは、自然・宇宙に内在するふたつの摂理本能たる
生命潮流と「死滅潮流」を体現する存在ですから、「死滅潮流」を体現する人間は、
人類史発生から今日まで存在してきたました。ゆえに階級闘争があったのです。
人間とは、この原理をめぐって永遠に闘争する存在なのです。

 フランスが南太平洋で核爆弾の実験を再開すると表明しましたが、こうした現出こそ
人間が「死滅潮流」を体現する存在であることを、真理として、把握できます。

 オウム真理教団による毒ガスとしてのサリン・無差別テロリズムは、「死滅潮流」
を促進させました。第一次世界大戦の総括から、禁止されてきた世界の普遍と常識
を踏みにじりサリン兵器を使用したことは、崩壊への序曲と、世界は脅威として感受
しました。おそらく軍需産業たる死の商人は喜んだでしょう。

 人類史における重大な問題です。何故なら第一次世界大戦へと反転させましたから。
日本の言説は問われているのです。あらゆる現象を商品として過剰に消費することに
よって、意味をゼロにするのが、日本のマスメディア・ゲームです。この喧噪装置は
人間から思考力を麻痺させ、やがて現象が無関係として忘却できる空虚に成立して。
消費に必要なものは、個人の思考力ではなく、衝動欲望と刹那欲望をもった全体主義
工場成員であればよいにですから。消費とは麻薬であり、貨幣のように。

 日本のマスメディアとは貨幣としての記号であることは明確です。

WAKEIさん。

> 今のセルビアなどをみていると、国連が崩壊する、というようなことの方が、
>まだ現実的かと思えるほどです。

 WAKEIさんの、今後の世界情勢に対するこの予測には、衝撃を受けました。

 何故なら、岩波書店発行/月刊:世界:7月号に掲載された、
犬養道子さんのクロチア国首都サグレブ市からの報告『ロッケト弾のもとで』
の結語も「不気味なものを感じる。まさか第三次世界大戦なぞにはなるまい」
「:セルビアの一発:の再びくりかえされるけはいを今回、私は感じる」と。
現場からの実感ですから、ぼくは衝撃を受けました。

 麻原クンの「第三次世界大戦は必ず起こる」「ハルマゲドン」をめぐる言説は
予言ではありません。われわれ現代人が自己深層心理にもっている悲観的予測で
あると思います。こうした世界情勢の動向については、いずれ書きますが、次回は、
3月20日(月)に起きた地下鉄サリン事件について、ミクロ分析を書いていき
ます。

 20日以前に一斉捜査の対象であったオウム真理教団が、何故、あのテロリズム
を実行できたのか? 国家官僚機構たる警察庁と公安警察によるサブリミナル・
テクノロジー起動としての、サリン・無差別テロリズム現出は、「死滅潮流」で
あるとぼくは判断しています。

              1995,6,15 katumi








2000年08月07日 20時02分23秒

90年代総括−95年オウム事件とは−4



RE:NON
SUB:未完としての個人:注長文:
 :注長文:281行あります。読みたくない人は飛ばしてください。
______________________________

|   O
|   ‖        CH
|CH−P−O−CH / 3
| 3  ‖      \
| F CH
______________3________________

 この化学方程式の説明からはじまる怪文書『松本サリン事件に関する一考察』。
 これをXとする。Xは1994年9月において現出していたにも関わらず、
 1995年3月20日以降まで、何故か、庶民への情報公開はマスメディアから
 ひたすら隠されてきた。マスメディアにもオウム心理教信者が存在していたから?
 この作品Xは建設省ビル前と郵政省ビル前に展示されている。
 何故、作品Xは隠されてきたのか? それはあまりにも明解だろう。
 Xは資本主義の原理原則である貨幣を媒介せずに、FAXとして流れてきたから。
 不幸にもXの予言は的中した。Xは20世紀末貨幣社会『円』を「闇」に生成した。


 6月21日・朝日新聞夕刊記事:全国の公安調査局長と公安調査事務所長が集まる
会議が21日、法務省で開かれる:を読みました。ここでの緒方重威氏の発言に注目
しました。「既成の概念では予測し切れない事態の発生も心配される」「時代背景や
国際情勢も踏まえた視点から、情報の収集・分析に当たる必要」

 さて3月20日におけるサリン事件ですが、『月刊・軍事研究』7月号の巻頭言に
おいても、すでに警視庁・警察庁・自衛隊において一斉捜査の準備が完了していたに
も、かかわらず、20日サリン・テロリズムを現出させてしまったのは、情報が内部
から漏れたとしか考えられない、と、書いてありました。

 『月刊・中央公論』7月号での田中良太氏論文『空洞化を露呈した警察機構』は、
:決断先延ばしの警察庁官僚機構こそ、不作為の犯罪を現出させた:と弾劾しており
ました。私の友人が住む東京のマンションでも、一人、20日のサリン・テロリズム
によって亡くなっておりますから、この問題を解明することは、人間としての想像力
が問われ、都市における生存権をめぐる重要なテーマです。

 仮谷さんが拉致されたのは、2月28日。その前日に、仮谷さんはオウム真理教団
の工作員の名刺と「何かあったら、オウム教に連れて行かれたと思ってくれ」という
メモを長男に渡しています。警視庁の捜査はここですでに発動しており、警察庁も、
3月10日以前に、上九一色村のオウム教施設がサリン製造工場であったことは知っ
ていたと思います。

 そして3月15日、地下鉄霞が関駅構内に、自動超音波振動式による噴霧器・アタ
ッシュケースが置かれていた事件が発生します。
『月刊・THIS IS 読売』6月号に、「自衛隊化学学校トップOB座談会」が掲載され
ました。引用します。

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 第17代校長 井上忠雄氏発言  私は、今回の地下鉄事件の処理について言えば、
警察と消防と防衛庁との連携は非常にうまくいったと思います。

 第18代校長 内藤幸雄氏発言  確かにうまくいきましたが、これはラッキーだ
ったと思います。事件発生前から偶然のように、準備をしていたんですから、実際に
は、3月17日夜から、警察のほうでサリン関連事件を捜査しようという腹づもりが
あったようです。

 軍事評論 桃井真氏発言     一部新聞報道によると、警察はサリン対策につ
いて教えを乞うために3月18日、19日に朝霞の自衛隊基地にやってきたそうです
ね。

『月刊・THIS IS 読売』1995.6月号 発行/読売新聞社
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 再度、読んで私は怒りがわきました。自分の自衛隊内部から情報スパイと一連のテ
ロリズム事件に関係した自衛隊員を現出しているのにもかかわらず、ひとごとのよう
に、「ラッキーだった」とは。ここに現在の国家官僚機構の巨大な空洞が現出してお
ります。

 さて、私は『怪文書「松本サリン事件の一考察」全文』を、産経新聞社発行『正論』
7月号で、はじめて読むことが可能となりました。説得力ある明瞭な論理展開の文章
でありました。庶民である私は、やっと、問題に登っていたこの怪文書を読むことが
できたのです。この怪文書は1994年9月の段階で、マスメディアにFAXで送信
されてきたそうです。

 問題は「誰が書いたのか?」ではない!!。貧者の核兵器であるサリンの歴史的位置
と、それがテロリズムとして使用された場合の惨状を、明確に説明している、この文章
が、3月20日以前まで、隠蔽されてきた事実にあるのです。庶民はまさに、情報から
隔絶されている事実が現出しています。

 この「松本サリン事件の一考察」文章は、警察官僚機構も入手していたはずです。
ゆえに、1995年3月18日、19日において、はじめて警察機構が自衛隊化学学校
からレクチャーを受けたという新聞記事は、虚構である、そう判断できます。

 田中良太氏論文『空洞化を露呈した警察機構』から引用します。
−−−−−−−−−−−−−−−切取線−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 現実には3月17日午後、警察庁と警視庁の会議が行なわれ、その場で垣見隆刑事
局長が、上九一色村などに踏み込む「Dデー」を22日と決断した。この会議でも警
視庁の主張は「すぐにでも」であり、いったんは19日に決まりかかった。ところが
警察庁側は「かつてない重装備で時間がかかる」と22日に遅らせたというのである。

『空洞化を露呈した警察機構』田中良太『月刊・中央公論』1995,7発行/中央公論社
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 こうした情報がオウム真理教団に漏れていたどうかは知りませんが、20日、サリ
ン・テロリズムは現出しました。私の推理では、3月15日、地下鉄霞が関駅構内、
それも警視庁・警察庁構成員の人々が利用する「A2」出入口構内に、自動式噴霧器
アタッシュケースが置かれていた事件、それは「この中にサリンを入れればどうなる
か?」という、オウム真理教団テロリスト軍からの脅迫であると、警察機構は受けと
め、この時点において、高度厳戒体制は発令されたと判断します。

 情報から隔絶された庶民のミクロ分析方法は、新聞・定期刊行誌による情報を一度
解体・再構成することにより、推理するしか方法がありません。朝日新聞からの引用
によって、再構成していきます。

??????????????????????????????????????
1995年3月18日  数日前、教団は捜査当局が施設の捜索を準備しているとい
            う情報入手。村井「科学技術省長官」が、教団「治療省」
            トップ・林、「科学技術省」幹部・豊田・横山・広瀬・林
            の5容疑者に「地下鉄でサリンをまく」と連絡、上九一色
            村に集める。


     3月19日  警視庁機動隊員らが、陸上自衛隊朝霞駐屯地で、防護マス
            クなどの装着訓練。
            オウム教団上九一色村施設で土屋・遠藤容疑者がサリン製造
。            サリンをナイロンポリ袋11個に小分けする。

            井上被告の指揮で、東京都杉並区のマンション玄関に爆発
            物を設置。その後、東京都港区のオウム教団東京総本部に
            「自作自演」で火炎瓶を投げる。
            
            夜、東京渋谷区マンション・アジトに、18日上九一色村
            施設に集まった林被告をはじめ5容疑者が集結。
            「自治省」トップ・新実被告、「自治省」幹部・北村・杉
            本被告、「諜報省」幹部・高橋被告、「建設省」幹部・外
            崎被告の5容疑者が集結。計・10人がこの場に集結。

            間もなく、「諜報省」トップ・井上被告が現れ「霞が駅に
            午前8時頃着く電車に乗れ。サリンは到着の5、6分前に
            発生させろ」と指示。
            「発散役」は、その後、電車に乗って下見。
            上九一色村施設に戻り、袋をカサで着く実行訓練。

     3月20日  未明、実行グループは上九一色村施設から、東京に向けて
            出発。千代田線・日比谷線・丸の内線に乗り、計画を実行。
            
            東京・地下鉄サリン事件発生。陸上化学部隊が、地下鉄霞
            が関駅などに災害派遣され、サリンを除染。

            救急車のサイレンなどで騒然するなか、実行グループは、
            渋谷マンションに戻る。

            「諜報省」トップ井上被告ら数人は、「発散役」が使った
            傘と着ていた服を回収して、東京日野市まで車で行き、
            多摩川で焼いて消却。

            「治療省」トップ・林被告は、上九一色村施設に戻り、
            麻原被告に計画実行成功の報告をする。

     3月22日  オウム真理教団上九一色村施設に、一斉捜査。

      4月上旬  井上被告は、当時自衛隊第一空挺団(千葉)の三曹であっ
            た白井・浅野両被告から3月22日強制捜査時の待機体勢
            を聞き取り、教団機関誌等に掲載。
            第一空挺団の陸士長も、電話で情報を流す。

??????????????????????????????????????

 さて、私の最大の疑問は3月15日から3月22日過程の疑問です。
自衛隊内部の機密情報が、オウム真理教団「諜報省」によって、把握されていた事実
はすでに判明しております。

 理解不能なのは、18日から20日、オウム教団サリン・テロ実行グループが、何
度も、東京と山梨・上九一色村施設を往復している交通形態です。警察庁の判断で、
上九一色村施設への一斉捜査が22日に決定したのが、3月17日警視庁・警察庁合
同会議でありました。19日、警視庁機動隊は陸上自衛隊朝霞駐屯地で、防護マスク
の装着訓練を受けました。これは部隊軍事訓練です。ゆえに、ここで警察がはじめて
サリン対策として、自衛隊から教育されたとする新聞報道は虚構であることが、明確
になります。

 部隊訓練の前には、指揮者および警察官僚機構の上部においてはサリンに関する、
知識と情報をレクチャーされており、シュミレーションを得ていなければ、機動隊
部隊訓練などできません。これは部隊戦略の基礎です。

 17日合同会議において22日一斉捜査が決定されたことは、その時点において、
オウム真理教団の全国に所在する施設は、全国警察機構の総力をあげた高度ウオッチ
(監視)態勢の対象に生成していたとするのが、警備の常識です。頂点としての上九
一色村施設は、情報捜査の網が敷かれていたはずです。ところが、サリン・テロ実行
グループは、何度も東京と上九一色村施設を往復している、この動きを警察機構は、
情報補足していなかったのか?

 現在の高速道路は、そのデジタル・システムにおいて、車のナンバーを瞬時に判断
可能であり、警察機構の関心ある車は、すぐに情報補足されます。さらに上九一色村
とオウム教団施設出入り口には、公安警察情報部隊によって、チェックされていたは
ずです。ところが何度も18日から20日かけて、サリン・テロ実行グループは、 
東京と上九一色村施設を往復している、これは警備の常識では考えられないことです。

 何故、警察庁は警視庁の「すぐにでも」上九一色村施設へ踏み込む主張を蹴り、
あえて22日に設定したのか? 私の推理によれば、公安警察の戦略がここに有した
のではないか? そう推理します。3月30日における警察庁長官への銃撃テロは、
20日サリン・テロを現出させてしまった警察庁の決断延ばしに、怒りを爆発させた
警視庁の内部者による犯行ではないか? そう庶民である私は妄想してしまいます。
しかしそのようなことがありうるはずがありません。

 オウムによる自衛隊への浸透か? 自衛隊によるオウムへの逆浸透か?
20日以降の戒厳令体勢の網を破り、30日、警察庁長官への銃撃テロを起動した、
井上「諜報省」は、高度な軍事力を形成していたことは事実であり、警察庁長官の
マンション自宅を把握していたことは、自衛隊のごとく、警察機構にも内部情報スパ
イが存在していた疑いがあります。これも「闇」です。

 これが私の20日事態のミクロ分析です。情報が隔絶された庶民は、ひたすら推理
妄想するしか手段がありません。私の文章に対して、
ふざけるのもいいかげんにしろ!! とお怒りになる方もいらっしゃると思いますが
せつにお許しあれ。

 さて、次回は、あらかじめ「ハルマゲドン予言」という言説が設定され、ここに向
かって現実を生成させるオウム真理教団事態の現出を、妄想していくべく送信してい
くつもりです。ここには20世紀、近代から現代の危機と思考方法の破綻が裸体のご
とく存在しています。ある言説に規定され、その言説から一切が現実生成へと降りて
いく方法露呈は、「現実」をめぐる捏造と生成として、重要な今日の思想・哲学の課
題です。

 工場制度を基礎にした20世紀の裸体とは?
『月刊・世界』7月号/岩波書店・発行 『「未完の近代」を生きる』
対談:柄谷行人氏/加藤 節氏を読みました。しかし問題は「未完の近代」ではなく
「未完の個人」にあると、私は思いました。さらに同誌に掲載された『われわれ自身
のなかのオウム』吉見俊哉氏の論文も弱いと思いました。

 問題は「オウムとディズニーランドの同型性」あるいは、仮想現実と身体的リアル
ティにあるのではなく、ある言説から現実生成へと降りていく全体主義システムと、
未完としての個人にあります。言語の物理性と二重性にマインド・コントールされた
未完としての個人。私が驚嘆したことは、オウム真理教団が麻薬を生成製造していた
ことです。「宗教は麻薬である」このマルクス命題を真理として、現出させてしまっ
たのですから。

 WAKEIさんが、一貫として定性している、「オウム真理教団の出家者を政党専従者
として規定した法が理解しやすい」この問題も重要であると思いました。
1000人の「ハルマゲドン戦士」の出現と、100人の戦争部隊と国家官僚機構に
浸透した情報スパイ。この内戦部隊は、中核派革命軍よりも巨大です。

 まさに昨日、緒方重威公安調査長長官が、かれらの全国会議で訓示したように、
「既成の概念では予測し切れない」現在が、裸体のごとく露呈したのかもしれません。
しかし彼の発言は、ハイジャックが現出した日です。
庶民にとっては、既成の概念では予測し切れない認識とは、1989年11月、坂本
弁護士一家が、何者かの手によって拉致された事件によって、発生したぶきみな感情
?でした。

3月20日サリン・テロを、公安警察による国家予算獲得と組織防衛による起動と
推理するのか? それともロシアと連関した「1000人のハルマゲドン戦士」と
「100人の内戦実行軍事部隊」が全国公安警察の総力をあげた監視情報網を無力
へと破綻させ、サリン・テロを実行成功させたのか? まさに「闇」です。

 この「闇」を推理妄想するために私は、公安警察による謀略説と国家官僚機構の
空洞説を連関させながら、考えていきたいと思います。
熊本県波野村施設建設をめぐる問題、そして山梨県上九一色村における化学工場を
めぐる問題、そこでは住民がオウム真理教団を問題にしていたにもかかわらず、 
日本国家官僚機構である建設省は、今まで何をしていたのか? これも「闇」です。

 かつて建設省と山梨のドンであった政治支配者金丸信の「金の:のべぼう:」と、
何億の紙幣通貨。オウム真理教団上九一色村施設から発見された、「金の:のべぼう
:」と億の紙幣通貨は「闇」において通低しています。麻原クンは紙幣貨幣を抱きな
がら逮捕されました。

 現在、世界金融システムは資本主義の危機として「闇」に突入しています。
宗教経営と宗教市場の「闇」としての貨幣。貨幣がマンンド・コントロールする、
カオス・新世界無秩序としての20世紀末世界。全体主義と未完としての個人。
麻原クンのハルマゲドン(最終戦争)予言とは、1997年98年だそうだが、
これは世界金融システム「闇」としての貨幣が、大暴走をして、最終的に人類が
貨幣管理不能となり、世界金融システムが破綻をとげる深層心理における予測で
あるのかもしれません。20世紀末の結語として、裸体のごとく現出する存在と
しての貨幣は、その「闇」から、人類の前にハルマゲドンとして姿を現出する、
麻原クンの言説を、貨幣予測に置換すると読み取れるような気がします。

 20世紀貨幣とは破壊神としてのシバ神である、まさに現実とは貨幣によって
捏造・生成・変成されてきたのが真理です。未完としての個人は、あらかじめ設定
された貨幣の言説によって規定され、ここから現実へと降臨して、現実を変成させ
る主人公となることに喜びを見いだすヒューマノイドのうすら笑い。

 オウム真理教団の上祐氏の専属運転手であった、加藤智子容疑者が逮捕されたとき
の彼女のくちもとを開けた笑い顔は、実に印象的でした。彼女の鮮やかな笑い顔こそ
現在の思想・哲学が分析すべき、ハルマゲドンとしての貨幣暴走その人類が20世紀
に構築してきた貨幣高度管理社会が最終的に破綻させられる未来を物語っています。

 秩序と%%%%をめぐる根源的な物理性に、貨幣と言語は存在し、オウム真理教団事態
を、『排除の構造』著/今村仁司氏 ちくま学芸文庫 から読み解くことは可能です。
まさに麻原クンとオウム真理教団は、その宗教ビジネスとしての成立から膨張、そし
て戦争の発動は、日本国家の作品である通貨『円』によって、潜在意識および深層心
理の核は起動されていたのです。

 敗戦後における新興宗教の生成と拡張とは、通貨『円』をめぐる物語でもあり、
80年代、新・新興宗教とは、通貨『円』の内面として現出して。
長文送信して、苦痛をあたえてしまい、せつにお許しあれ。

                 1995,6,22 katumi









2000年08月07日 19時43分04秒

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