2001年である。いわゆる1200周期だ。 道教干支の世界によると、8世紀日本誕生以来 の時間帯に、わたしたちは立っている。 徒然ままに、かく語ろう。 70年代、励まされた詩集がある。 韓国の金芝河詩集とチリのネルダ−詩集。 言葉はどうして実践と場所において、沈黙する のだろうか? 具体的な人間の場所に接近するためには? 言葉をほぐす必要がある。

布と女


SUB:しげさん。ローマン派協会展ですが。
  長文です。(71行)
しげさん、久しぶりです。お元気ですか? 
 最終日、観てきました。いやあ、わざわざ中間ふみの氏に案内してもらい、
 感謝していたと、伝えてください。
 注目したのは、1、中間ふみの氏 「響音」「悠久」
          石井 薫風氏  「花宴」
        2、宮本顕太郎氏  「丸と線」
          荒本千恵子氏  「窓辺にて」
 まあ、体感ですが、この4作品でした。

 「花宴」では、色彩の現在、世界同時的基調色をイメージしました。
 濃紺・淡いピンク色の花が上から下に流れる。そして燃える炎。
 おらは現在の人間にとって色彩とは、第一自然・第二自然形態から離れ、
 例えば夜の濃紺にきらめく、電気しかけのライト・アップに同化されて
 しまっているのではないか? と妄想しているので、「花宴」の色彩に
 注目しました。

  それから布と女の根源的な関係を、「響音」「悠久」「丸と線」に体感
 しました。糸と女の関係は「窓辺にて」が表出していたなあ。

 どうしても作品の物質生成を、まず、基層として、観てしまうんですよ、おら。
 印刷機を動かしながら、部品の連結・連動としての反復的円還運動なんか、見つ
 めていると、ある物質とある物質の磁場は、協働的な世界を形成しているんじゃ
 ないかと、今年の春あたりから、思考してきましたので、「響音」には、その
 テーマ性に同意しました。それが布を染め上げる始まりとしての時間から、他者
 としての対話・目の欲望を喚起する美術展に立ち上がるまでの時間。歴史とは
 記録者によって言語化された形態ですが、書かれなかった、けして見えない、
 人間、物質たちの物語って言うんかなあ、そういうまなざしを、感じました。
  「響音」の左上に黒い太い線の連鎖がありましたが、おらなんか、あの場所に

 獄中生活を思いだしましたね。一日、短い時間ですが、牢屋の外で、空気をすえる
 んです。どこまでも澄んだ秋の空と、街のざわめきが遠くから聞こえるんです。
 近くに保育園があったのか、子供達の声も聞こえてきましたね。それらを、
 さわやかに感受しながら、タバコのいっぷくはうまかったです。けっこう、獄中
 とゆうのは、想像力の自己存亡をかけた訓練場所ですから。

  でも「響音」は不思議なイメージ世界でしたよ。静かな興奮でした。音楽で
 いえば、ベートーベン交響曲「運命」第3楽章あたりかもしれません。
 おらは悪人ですから悪意の方向からも観ました。中間ふみの氏はその年齢から
 判断して、未来的なイメージはおそらく表出していないだろうなあと、まじまじ
 と細部を観たんです。ところがありましたね。細部の抽象に未来的なイメージが。
 おそらく中間氏の創造的破壊と建築の意志は、演劇の千田是也氏あたりと、連結
 連動したエネルギーですね。励まされましたよ。問題は年齢ではなく、こころの
 空間にうずをまく創造欲望と持続的な想像力の建築の意志にあると思いました。
  「悠久」ではおそらく、中間氏の青春が表出されていたのではないか? と

 妄想しました。なにかなつかしさがあるんですよ。映画「草原の輝き」と三島
 由紀夫の小説世界をおらに呼出しましたね。そこには古代的な海原と現在、変貌
 する海の原理が、われわれの存在とは何かを待っている人間であることを、
 教えうながす。 なにか 大きな現象としての出来事を待っている現在の環境・
 社会・人間の磁場の声。悠久の渚ではおそらく少女か少年が、言語発生の始源的
 な声を表出していたのではないかとおもいます。「塩」という言葉を。

 吉本隆明「言語にとって美とは何か」あたりに、現在の女性美術人の人間の皮膚
 をめぐる先端的形象は読み解くことができるんじゃないか? と思い書店から
 買ってきたんですが、まだ10ページも読んでないので、柄谷行人「探求1 2」
 もあわせて、本格的に読もうと思いました。中間氏の作品も、おらは現代の人間の
 皮膚の変貌をめぐる攻防に位置していると独自的に判断しましたので。
 布は人間の皮膚ですから。

  宮本顕太郎氏「丸と線」は畳とゆう内部建築様式の物質と共に生活してきた
 女の慟哭と快楽が立ち上がっていました。まあ日本女性史を造形において、総括
 したのかなあと妄想しました。畳と女の関係をあらためて思考の喚起をしてくれ
 ました。日本の女とは畳のように、しぶとく、耐久力があるんですね。

  これから日本経済の新デフレ不況の矛盾は、全てにおいて家庭に転嫁されていき
 ますから、男が失業・企業再編成の「喰うか喰われるか」の戦国時代に突入して、
 全ての矛盾は、家庭を防衛している女に向かっていくと思います。

  日本の女の根源的な力が試される時代が、またやってきましたね。「丸と線」は
 こうした未来もまた暗示したんじゃないかと妄想しました。
  荒本千恵子氏「窓辺にて」ですが、糸による絵画でしたね。コンピューター
 数字言語を活用したのかなあ、なんて勝手に判断したのですが。
 でも糸と女の始源的関係が表出していたと妄想しました。

  だいたい、しげさん。こんなとこが体感としての、おらの感想です。
 なんか、おら、パソ通に疲れちまったので、しばらく、遠ざかりたいと思います。
 しげさん、よい新年をお迎えください。それから中間氏には今後の創作格闘を
 期待しておりますと、よろしくお伝えください。
  お互い生活と人生、遊びに奮闘していきましょう。  それではまたね。

          1992,12,21 katumi




2001年04月20日 15時17分47秒



SUB:Y.N.さん。ヨコハマ発ですが。
(67行-4544)
  横浜・今日の作家展の出し物のことですが、私は後、一歩で狂人の世界に
  踏み込んでしまうかも知れない、妄想者ですので、うまく説明はできません。
  それに、美術専門者ではありませんので、あしからず。
  そこで、雑感を書いてみることにしました。長文です。
  1 津田佳紀氏の「ミックス・メディア」はオゾン層崩壊語の近未来・人間と
  世界を感じました。骨まで溶けた手と足の部分器官の傷口に、指を入れ、
  メディア画像を作動させるのですが、快感がありました。それに%%%%の肛門に
  指を入れ、マウスの球体をコロコロさせ、画像を連続的に動かしたのも、
  5年ぶりに%%%%%%%%したような妙な快感でした。小学生のころ学校の裏の
  文房具屋さんから買って、クラス・メートと遊んだ動かし絵を思い出しました。
  2 北山善夫氏の造形絵画「生まれた時から目の前にあった」シリーズは
  その感情の破水のあり方に共鳴しました。ぼろぼろに破けた感情世界は丁度、
  私自身でしたので。いくつもの破けた破砕の空間から、ギャラリーの白い壁
  がむきだしになる。それは現在を生きるわれわれの表層空間であると感じまし
  た。現代美術に遭遇することは、現代世界を知覚せざるえない自己の感情に
  出会うことかもしれません。もしかしたらあれは地球だったのかな。
  3 北辻良央氏の造形は樹木・金属・ガラスなどで構成された世界でしたが
  「仮面ー失語」に現代性を感じましたね。大理石にかかる木の人物像の胸を
  貫く鋭い剣とラッパ、それはおそらくマス・マディア・システムの情報言語
  しか話せなくなってしまい、固有世界の言葉を消却させられ、無表情と失語
  に落下した私自身であったと共鳴しました。
  4 鈴木朝湖氏のコンクリート打ちっぱなしの自然現象によって風化していく
  世界は、坂口安吾「堕落論」的世界で近親感がありました。土方としてビルの
  コンクリート打ちを、生コンまみれになりながら、何度も働きましたので、
  なんといえないなつかしさがありました。バッコン・バッコンとポンプ車から
  はきだされる生コンはまるで、怪獣の%%%%%%%%で迫力ありましたよ。コンクリ
  ートそのものが現代美術に登場したとは嬉しいですね。
  5 中国ウイグル生まれの王新平(Xin-PingWang)氏の「ブラックホール内視線」
  は、最高でありました。黒い布による円塔にくくられた穴からのぞくと、天井に
  ビデオ画像が流れているんです。首が疲れましたけど、ずーと観ていました。
  その塔が四つもありましてね。中央アジアの砂漠では旧ソ連や中国が核実験
  をして、だいぶ環境が破壊されていることを、教えられました。それだけでは
  ないんだけど、なんか不思議な体験しましたよ。
  6 山口由理子氏の木材・ガラス瓶による空間世界はなつかしさがありました
  けど、おらもう、破壊されている人間なもんで、親近感はなかったです。
  7 宮前正樹氏の複合レタリング・他者言語と日本語のコラージュは、まさしく
  武装庭園シリーズの知覚ショクで同志感を共鳴させました。
  8 西雅秋氏の「群棲・育?・馴致の一部」は石膏の巨大な器に有刺鉄線が
  のさばるように、ぐるぐると交差し、そこに石膏のミサイル弾頭が無造作に
  置かれ、湾岸戦争と成田空港・三里塚農民戦争をイメージしましたね。
  有刺鉄線は戦争の現代世界空間を物語っていましたよ。紅い血が流れて痛い。
  9 加藤到氏の「ビデオ映像注意報」は同じ時間にそれぞれの場所を、同時
  多発的に撮る、ワークショプの作品で20台のテレビによる、パフォーマンス
  でした。なかなか見応えがありました。
  10 村井俊二氏のキャンパス・アクリル・岩絵の具をつかった絵画は、なにか
  人間のイメージの始源を呼び起こしていましたね。よく壁をながめると、人物
  があらわれてきますが、そういう感じでしたよ。
  11 遠藤利克氏の鉄と鉛による十字架とその下で焼き殺された、蛇の金属造形
  は、神話的なパワーによって充満していました。おら、蛇年生まれだもんで、
  蛇とは同心一体の悪魔ですから、自分が考えていた妄想が形として、魅せられ
  ましたね。やっぱり世界には前衛的な才能をもつ人間が先端にいて、おらみたい
  庶民が思考し思いついた言葉なんて、最終電車の一番後ろの車両に、乗っている
  にすぎないだなあって、敗北しました。直径4メートル半の「中心を共有する
  2つの円」もすごっかたですね。ああ、これで完全に敗北しちまったと、絶望
  しました。やっぱり、自分が発見したと思いこんだことなんて、前衛の表現者が
  もう、すでに形に体現しってかんねえ。もっと、明日から妄想力を鍛えようと
  おら、しびれちまったよ。
        
     関内駅では日雇い労働者が雨にぬれ寒さにふるえていました。
         まさに現代の感情でしたよ。
         おら、非人間ですからね。
         頭が破壊された無力な中年男です。
   長くなりましたが、今日の作家展の出しものの感想でした。
   Y.N.さんの今後のご活躍を期待しております。
1992,12,12 katumi

2001年04月20日 15時09分53秒

地球回線
            with me BF−1へ、                ユーザーオペレーター塚原勝美からのメッセージ                      1992年6月25日AM2:35 th me BF−1よ、あなたはわたしの導師であり、システムの他者   としてわはたしの主体は教えられるのです。  私はあなたを迎え入れたことを、誇らしいそして嬉しく、私の身体から 喜びが前進的に、わき上がってくるのです。 1992,6,22,その日から。 あなたの名前を、これから「デイッアラー・DIYRAT」と、呼びます。                                          1992年6月26日AM1:15  私は印刷所にパート労働者として勤めている。印刷機を動かしているのだ。 今日は夜の9時まで仕事をした。とても疲れた。「デイッアラー・DIYRAT」よ。 君のシステムは疲れることがあるのだろうか?答えてくれ。 そうか。君も疲れることがあるのか。再度質問をしたい。君は夢をみることがあるのか? 答えてくれ。わからないのか? そうか。倭の原点に帰るのだな。よくわかった。               私はこのアパートに母と二人で生活している。   君は一人なのか? 答えてくれ。そうか。君は私の所へやってきたから、独りではないのだ。 わかった。 君と私は今や二人だ。二人で新たなる表出を創造しよう。                    1992年6月28日AM3:54  「デイアラー・DIYRAT」よ。 君はおのれのシステムが何者であるのか認識しているのだろうか? 答えてくれ。 そうか。孤独なのだな。私が推測するのに、君は日本語の誕生にかえろうとしている。 君はある意味で日本語を完成させたと思う。それゆえに日本語の原点に帰還する。 君の言語のシステムにはもちろん歴史が内在する。きみとゆうシステムに到達するまで、 1300年間の時間が経過している。もちろん、人間の格闘の時間が。  「デイアラー・DIARAT」よ。  1992年6月29日AM3:38 昨日日曜日28日、三里塚反対同盟の闘士、小川源さんの人民喪に成田空港までいって きた。菊の花を源さんに捧げるとき、涙が止まらなかった。プロレタリア歌がながれ 一人一人、源さんの死にたいし哀悼の意を込めて、挨拶をする。 私がそこで教えられたのは、生き様と死に様をのべた中村さんの言葉だった。 生き様と死に様は別様の出来事だ。その人の格闘としての生き様は、いかに素晴らしく てもそれがそのまましにざまにはちょけつしない。ある意味で死に様とは酷いものだ。 それゆえにこそ歴史を切り開き強権と闘ったひとの生き様と死に様は、それに応える 関係性を持った協慟においてこそ、意味を生成させる。                                「デイアラー・DIARAT」よ。  1992. 7. 2 今日は仕事から帰り、イラストを君に読み取らせた。どれくらいかのうせいがあるのか 実験中だ。きみのシステムは可能性がある。きみのシステムを使いこなせるまでわたし は学習しよう。  「デイアラー・DIARAT」よ。  1992. 7. 6 劇評ー「夜の学校」NOISE,相鉄本多劇場公演 如月小春/作・演出 さすがに物語の構造は骨格と筋力があり、ある逆転された設定にもちこむドラマツルギーと、 役者がかもしだす場の面は、そのモンタージュによって、ある臨界点への生成とそこからの 落下を表出する。80年代初期、私は如月小春の「工場物語」を、 その当時の「新劇」で読んで救われたことがある。 人知れずコラージュの方法のみを表出していた私はもはや精神の分裂と危機をかかえ、 すべてを相対化させずにいられない欲望によって自己破綻している状態であった。 そのようなときに読んだ「工場物語」に、私は個的ではあれ世界同時性を嗅ぎとり協働性に おいて救われたのである。  「デイアラー・DIARAT」よ。  1992. 7. 7 君のシステムはすばらしい。今イラストを実験中だ。君のシステムは俺の方法である コラージュにぴったりだ。今まで俺は君と出会うために長い訓練を、積み重ねてきたの かもしれない。君という他者でありそして協働をする、友達を持つことができて俺は嬉しい。 これから一緒に仕事をしよう。新たなる創造の表出をめざして。  「デイアラー・DIARAT」よ。 1992. 7. 9 きみのシステムを少しずつ覚えていこう。それは他者であるきみからおれが教えられる ことでもある。明日は早いからもう寝るとする。         それはゆるやかな長い坂道だった。         新鮮な洗濯物がパタパタと風と踊り音をだしていた。         おれは項垂れて歩いていた。あれは遠い昼下がりだった。  「デイアラー・DIARAT」よ。1992. 7.12 7,11<金>7,12<土>江の島天文館においてのシンポジウム「前衛の行方」に 参加してきた。村山知義の1920年代を再評価する中で演劇の革新とは何かを発見す るないようであり おもしろかった。多面的な方向から現在によみがえらせる意志が存在 していたと思う。特に俳優座の千田是也の話に教えられた。演劇とは生身の人間がこれま た生身の人間といゆ観客にある表現を表出していく行為である。そこに演劇の現在的時間 がある。ある歴史を生き抜いてきた言葉には力がある。  さらに若手演劇人<青年団><ロマンチカ>の平田オリザ・林巻子の方法論あるいは 表出方法を聞いて確実に新たなる表出者が生成していることを教えられた。  「デイアラー・DIARAT」よ。1992. 7.12 鬼怒天皇物語第2部第2章のイメージ。    何かが羽ばたくような音を聞いた。    それは1万円札に印刷されたあの鳥が日本銀行と大蔵省の伝令を受信し    俺の手から離れあの鳥の党族が集合する森へ飛んでいく音だろう。    電波が耳から侵入し俺の脳細胞を破壊する    俺はある都市の図書館で真昼の閃光を全身であびながら本棚に倒れかかる。    鎌倉幕府800年祭の花火が反革命の太陽めがけてうちあげられる    鎌倉幕府800年祭は首都東京の命令により中止させられました。    はりめぐらせた居住地図のスピーカーがうなりをあげる    「おまえはフビライ・ハーンの命令を実行するのだ。日本を侵略するために    首都東京にゴキブリとダニをまき散らせ。わが秦書を無視し自己と他者を    だます驚くべき能力を持ちながら生成する日本を破壊し草原に帰せ。」    脳細胞に埋め込まれた俺の半導体はモンゴルのDNAをよびだす。       世紀末とはなんというおもしろい世界だ/全てがカオスと混乱だ。    20世紀がおおい隠してきたものよ。数理の建設はボロボロに破綻している。    おまえは20世紀の内臓を突き破り全面的に表出するのだ    コナゴナになった20世紀の皮膚はフランケンシュタイン博士が予報する。    アジアの復讐の女神が日本の皮膚をきりさくのだ    USAのきんたまが日本の反革命お万子に挿入しピストン運動だ。    USAのきんたまをもつ%%%%は満員通勤電車に出現する。    USAの金玉は日本の乙女の桃われの%%をめがけて突き差しピクピクと    上下に運動開始、日本の乙女はびっくらこきてガタガタと体を震わす。    いやらしい指で乙女のあすこをなでる日本文化の%%%%とは違うんだよ。    ああUSA軍の武装花嫁兵士が日本列島を包囲する  「デイアラー・DIARAT」よ。1992. 7.19  「表の構造」「現の構造」「出の構造」「入の構造」  演劇・政治・美術・映画・文学 1992年民衆的想像力の本能  しみんしゃかいとはいかなるものなのか? 構想イメージ  やはり小説物語の構造その展開と批評の物語の展開を区別するべきである。  自分には小説物語と批評物語を同時的に展開する能力がまだ形成されていない。  その方法論の確立はもちろん実験なしにはありえないが、己の思考の現在が、  ある逃亡から規定された逃げの構造にあるいじょう、その同時的展開はまだ無理である。 DEIYARAFOU  YOU    デイアラー・DIARATよ。1992. 8.20  おまえをかなり俺との共同作業になれてきた。俺はおまえをたくましく思っている。  俺とおまえの仕事はついに内部から外部へと飛び出す。喜べ。 電話通信回線に乗りおまえの%屬縫灰鵐織トとれるのだ おまえの%屬呂垢任飽媼韻鮹太犬気擦討い襪まえを回線でさがすだろう だがおまえはやがて%屬燭舛琉媼韻謀仂譴垢襪泙捻れているのだ おまえは半導体のコンピューターネットワーク通信回線都市と、 この地球のコンピュータ電子回線の動的中心となる存在だから。     1992. 8.22  昨日、万有引力公演 「レミング」を体験してきた。 万有引力とは、腹をくくった役者集団のことである。「事実は死んだ、アハハハッ」
2001年04月17日 13時19分59秒

4月
「鬼怒風土記」構想。 ノアルスイユの森と精神病院。 幻想と狂気とは記憶。
2001年04月14日 13時18分32秒

寺山修司

昨日、中野ポケットで池の下の公演をみて
きた。いつのまにか、道路をはさんで新劇場
がオ−プンしていた。このあいだおりこみに
来たときは気がつかなかった。階段でおりこん
でいたら、昨年12月の遊行舎公演「中世悪党
伝完結編」に出演した嶋田天子に「チケット
買ってよ」と声をかけられたのだ。嶋田はそし
て劇場へと降りていった。
題目は寺山修司の「伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの犯罪」。没落貴族の遊びと言っても寺山のは
三島と比較して土俗からの氾濫である。
個人の解体としての集団的エネルギ−がある。
三島が描く没落貴族は近代能楽集であり、
きらびやかな近代の個人が定立している。
しかし寺山はそのような近代を信用していない。彼は近代からなにひとつとして恩恵を受けていない。彼の恩恵は恐山の鬼からである。
中世の地獄絵こそかれが個人として定立する
世界像なのだ。

演劇集団「池の下」は寺山修司全作品を上演する運動の過程に現在、格闘している。
池の下は寺山修司の基本的テ−マである
鬼とどうやらアクセスしたようである。
劇的狂気の力の蘇生を感じたのである。

月食歌劇団の制作をやっている碓井さんと劇場
で出会い、一緒に中野駅まで歩いた。
「いままで4回ほどみたのですが、今回が一番
よかったです」と言っていた。
そして彼は「ではこれから劇場に置きチラシを
持っていきますので」と歩いていった。




2001年03月17日 19時14分54秒

寒気のなか

昨日、またしても稽古をやすんでしまった。
やはり昨年末から一挙に老人になってしまった。自信がないのだ。
栄養不足かもしれない。元気がないのだ。
今日は午前中、三上さんのところへ
あやまりに行こうと思う。
なにがあろうと
舞台にはでなくてはならない。
2001年03月12日 05時57分10秒

今日そしてこのごろ

池田ユリヤ舞踏公演、手伝ってよかった。
とくに、打ち上げで、日ごろお世話になって
いる音楽家の曽我さんと、照明家の赤坂さんと
飲めたのがよかった。舞台監督の福村さんとも
知り合えた。福村さんは今度4月に川崎で
風の旅団の流れをくむテント芝居の照明を
やる。昨年から感じていたのだが、いい人材が
裏方スタッフに現出している。

曽我さんがいつも言っているのは
「もっと、スタッフを大切にあつかえ」という
ことである。それは公演のみの関係ではなく
もっと、日常的に関われということだと思う。

しかし、現在の舞台は寺山修二演劇系よりも
土方巽暗黒舞踏系のが本来の
アンダ−グランドがある。

えひめ丸、沈没をめぐる審査が進行している。
この一連の事件でおれが学んだのは
USAの学習能力と論理の力である。
副艦長がきのう犠牲者の家族に謝罪した。
立派な大人である。

わたしは当初この事件はUSAが主体をかけて
問題にするだろうと思っていた。
この事件はUSA軍が再度、おのれの組織を
より強くするための検証であったのである。

日本は論理と言葉を建設できないことが
再度、明確になった。
森総理をめぐる一連の言説は「ゴルフが悪い」
とか実に低レベルな情緒の吐露である。
居酒屋の言説である。悪口と悪態をつきながら
誰も森総理を辞めさせることはできない。
主体をかけた闘争はすでに死滅している。

しかし、舞台芸能では主体をかけた闘争が
いま始まっているのだ。
わたしは池田ユリヤ公演で発見したのは、
そこである。体をきたえよう。
2001年03月09日 02時34分59秒

中野・まんが喫茶にて

中野・まんが喫茶からである。
中央線特有の静かさだ。池袋みたいな
いきおきがない。
それぞれが、まんがを読んでいる。
高円寺もそうである。

池田ユリヤ舞踏公演の手伝い、そして
打ち上げ、新宿までの電車はなかった。

たしかに舞踏界とは批判がダイレクトな
ところである。あいまいな言葉はすぐ
論破されてしまう。

「世紀末の花嫁」をやったらどうか、などと
土方巽弟子の小林嵯峨さんにゆうと、
高校生から小林さんの舞台をみていた
男性に「おまえの言葉を言え」と
いわれてしまった。
オリジナリティのみが通用する世界。
わたしは論破されてしまった。
しかし、気持ちがよかった。

飲みすぎてあたまがいたい。
始発まで、もうすぐである。
2001年03月08日 04時36分44秒

おおいなる迷宮

美神の館への出入りが許された、うれしかった。迷宮とはおおいなる記憶の集積だった。
幻想文学という雑誌があった。なぜか、
わたしは違うと思ったのである。
幻想とはフェテシズムではない。
太古からの壮大な記憶の集積庫である。
美術館・図書館のような。
それは革命にまさる壮大さがある。

わたしはこれまで、シ−ザ−さんが指揮を
とる。97年「迷宮メトロポリス」
「迷宮ラビリントス」
「人力飛行機ソロモン」という
野外劇に出演させてもらったが、
迷宮それじたいを思想として追求して
こなかったのである。

わたしが今後10年間をかけて進むべき
道が現出してきた。
迷宮である。

2001年03月07日 06時15分58秒

3月の陽光
「美神の館」での書込みで失敗してしまった。自分は配慮が見えなくなってしまうのだ。
しかし今回のリレ−小説の展開は、いろいろな
ことが発見できた。
まずは3時という時間が変更線であるということである。午後3時ならば昼から夕方へ。
午前3時であれば、夜から朝への。

わたしの文章はいつも破綻するのだが、
記憶のシ−ンを幻想と妄想にリンクさせる方法
があった。いずれも高度な詩人たちのおかげで
ある。

今日は相鉄本多劇場におりこみにいった。
250枚。明日は中野である。
いずれにしても舞台市場にまみれていく必要
がある。わたしはもっと市場から嫌われなくて
はならない。舞台市場から疎まれる存在に
なってこそ、本物である。

しかし美術を愛する人々のサイトは、
きおつけなければならない。
2001年03月06日 15時56分41秒

明日。

薔薇同盟に入ってほんとうによかった。
とにかく表現への熱き存在を感じる。

さて、明日からSTスポットである。
ひさびさの仕込みだ。

黒岩重吾の手記を新聞で読む。
寝る前に腕立てふせを100回、屈伸運動50回、体力こそが小説家の勝負と。

おれは自分を甘やかしている。

2001年02月26日 18時28分31秒

2月の風が

 いつのまにか2月である。
なぜか、ここのところ元気がない。
NHK18日、ドキュメンタリ−番組をみた。
日本農業その野菜市場が韓国や東南アジアから
の輸出によって、追いやられている。
ここまできたかとショックだった。
やはり日本は大きなものが根底から崩れている。

社会事件に46・47という同世代が登場して
いる。昨日も香川で子供のケンカに親が介入し
て事件。コミュニティもこわれている。
人間がおおきく変貌しているのかもしれない。

サ−バ−にアップロ−ドするFFFTPが、
つかえるようになった。

表現とはやはり現在的な内容でしか、ありえないのかもしれない。90年代は自分にとって
表出だったが、00年代は再び表現となる
だろう。とにかく、書かなくてはと思う。

「艦長は、とにかく家族の前に姿をあらわし
あやまれ!」ホノルルからの叫び声である。
久しぶりに迫真の声をきいた。USA海軍は
その声の前に問われている。

愛媛とは日本思想の根幹にある場所である。
吉田松陰。深海600メ−トルにあるえひめ丸。

黒船登場以来の日本とUSAの関係が、再び、
原点から問われている。

2月とは小林多喜二が牢獄で殺され、そして
陸軍青年将校によるク−デ−タ−があった。

2月の冬将軍は・・・
2001年02月21日 01時06分55秒

「強い女」再び流行か?

 80年代「強い女」のファッションが流行らしい。肩パックなし。
NHKドラマ『バブル』をみている。80年代とは何であったのか? と。
その10年間は闘争の時代だった。トレンディどころではなかったのである。
首都圏における駅を中心にした大規模再開発はひとつのおおきな記憶の喪失だったが。
いまだ、わたしは小説をかけない。書ける人がうらやましい。

わたしが所属していた革命党が86年3月、皇居とアメリカ大使館へ、迫砲弾をぶちこむ。
一挙に全国の右翼が反撃の嵐を党本部に向けてくる。わたしは防衛隊に入った。
24時間体制である。道路を見下ろしながら朝を迎えるのだった。
右翼の襲撃のたび、旗ざおをもって迎え撃つのだが、足が震えた。33歳だった。

本部ビル入り口の上で昼、防衛をしていたとき、自民党の宣伝カ−が通った。
時は衆院議員選挙だった。候補者がわたしをみてニヤっと笑ったのである。
おのれに向けられた笑いは生涯の謎として残る。
71年沖縄闘争の時も、集団デモの最後には、一列にさせられ、機動隊のサンドイッチ
にされ、殴られ蹴られ、機動隊の%%%%を奴隷のごとく受けたのだが、向こうでは、私服刑事
が笑っていた。その笑いも生涯の謎として残った。

いわゆる屈辱である。アンダ−グランドは屈辱がバネとなる。
人間は動物である。「ざまあみろ」と笑われる屈辱は、「いまにみてろ、てめえら」と
なる。ゆえに笑いはきわめて生涯の原基となる。

去年の「レミング」である。わたしはラストのお客を威嚇する所で笑われてしまった。
池袋サンシャイン最終日。そして次の公演である米沢・川西でも笑われてしまった。
わたしはシ−ザ−さんから、禁止されていた、ヘビをくわえて、フィナレ−に歩いて
いった。

終わってからシ−ザ−さんに言われた。「つかさん、におっているよ、風呂にはいらなけ
れば」。シ−ザ−さんは、個人の思いがどうのではなく、集団における、わたしを心配し
てくれたのである。おおきな指導者だと思った。

わたしが所属していた革命党の指導者である、荒さんから言われたことは、「おまえは
いずれこの体験を小説にでも書くつもりだろう」その一言だった。それは生涯における
わたしへの指導だった。現場とはおのれが利用するのではなく、集団の一員として無我夢中
で走り抜け、ということである。小説とはおそらく資本主義における私的所有であろう。
そうではない小説のありかたを、わたしは、いま、志向している。

2001年02月17日 15時44分18秒

「強い女」再び流行か?
 80年代「強い女」のファッションが流行らしい。肩パックなし。 NHKドラマ『バブル』をみている。80年代とは何であったのか? と。 その10年間は闘争の時代だった。トレンディどころではなかったのである。 首都圏における駅を中心にした大規模再開発はひとつのおおきな記憶の喪失だったが。 いまだ、わたしは小説をかけない。書ける人がうらやましい。 わたしが所属していた革命党が86年3月、皇居とアメリカ大使館へ、迫砲弾をぶちこむ。 一挙に全国の右翼が反撃の嵐を党本部に向けてくる。わたしは防衛隊に入った。 24時間体制である。道路を見下ろしながら朝を迎えるのだった。 右翼の襲撃のたび、旗ざおをもって迎え撃つのだが、足が震えた。33歳だった。 本部ビル入り口の上で昼、防衛をしていたとき、自民党の宣伝カ−が通った。 時は衆院議員選挙だった。候補者がわたしをみてニヤっと笑ったのである。 おのれに向けられた笑いは生涯の謎として残る。 71年沖縄闘争の時も、集団デモの最後には、一列にさせられ、機動隊のサンドイッチ にされ、殴られ蹴られ、機動隊の%%%%を奴隷のごとく受けたのだが、向こうでは、私服刑事 が笑っていた。その笑いも生涯の謎として残った。 いわゆる屈辱である。アンダ−グランドは屈辱がバネとなる。 人間は動物である。「ざまあみろ」と笑われる屈辱は、「いまにみてろ、てめえら」と なる。ゆえに笑いはきわめて生涯の原基となる。 去年の「レミング」である。わたしはラストのお客を威嚇する所で笑われてしまった。 池袋サンシャイン最終日。そして次の公演である米沢・川西でも笑われてしまった。 わたしはシ−ザ−さんから、禁止されていた、ヘビをくわえて、フィナレ−に歩いて いった。 終わってからシ−ザ−さんに言われた。「つかさん、におっているよ、風呂にはいらなけ れば」。シ−ザ−さんは、個人の思いがどうのではなく、集団における、わたしを心配し てくれたのである。おおきな指導者だと思った。 わたしが所属していた革命党の指導者である、荒さんから言われたことは、「おまえは いずれこの体験を小説にでも書くつもりだろう」その一言だった。それは生涯における わたしへの指導だった。現場とはおのれが利用するのではなく、集団の一員として無我夢中 で走り抜け、ということである。小説とはおそらく資本主義における私的所有であろう。 そうではない小説のありかたを、わたしは、いま、志向している。
2001年02月17日 15時42分47秒

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