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 鬼怒天皇物語(きぬてんのう・ものがたり)6
            塚原勝美(つかはら・かつみ)

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  <1>

 セヴンティーン あれは1970年6月の街頭
 栃木県庁前の渦巻デモ さらに宇都宮駅前広場の密集デモ

 路上では高校教師がデモ隊にいる生徒の名前を呼んでいる
 自民党栃木県本部前の衝突 おれは機動隊に蹴飛ばされた

 その%%%%によって、高くそびえる権力の巨大な壁を身体が学習する
 1970年の宇都宮大学から出発した高校生たち 政治少年・少女たちの長い髪

 東武宇都宮駅前広場の解散集会 反戦労働者たる国鉄労働者から声援をうけ
 「がんばれよ!!」と、おれは励まされ、彼の熱い手が肩に。あの交流電気。

 美子(よしこ)。君は、そのデモで足をケガし、生爪をはがしてしまったね。
 翌日6月24日。放課後の図書館で君と話した。

 君の瞳はらんらんと輝いて、夕日よりも紅く。
 文芸部に属していた君の詩。

 その詩を読んで、おれは君と出会った。君は校内の伝説の詩人だった。
 その時、おれは、まんがを描いていた、まんが少年だった。

 まんが少年・少女たちは政治の街頭へ向かっていく 
 宇都宮大学の林のなかに立っているおんぼろ校舎・社研サークル室

 そこが、おれたちの出会いの場所だった
 文学少年・少女や剣道少年たちとの出会い。

 1970・セヴンティーン(1)

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  <2>

 性的人間 新潮社文庫のあの核時代の絵画 顔の群像
 個人的な体験 あの純文学ハード・カバーの小説
 17歳の夏休み 始めて現代小説を読んだ アルバイトにも行かず

 それまでおれは、まんが少年だった 60年代後半
 白土三平『カムイ伝』 ガロは街の貸本屋さんから、かりてきて読んでいた
 歴史はマルクスではなく、『カムイ伝』から学習していた

 詩情は貸本屋さんの本棚 『漫画家%%%%物語』永島慎二から教えられた

 やがて新聞配達でかせいだお金で、書店で『COM』を買った
 手塚治虫『火の鳥』から、古代と未来それら壮大な宇宙史観を学んだ

 大江健三郎の文庫本『性的人間』は、回転ショックだった
 その緊張と人間の危機。
 やがて、おれも電車で%%%%をする人間になるだろう、その予感を確信した

 セヴンティーン おれはテロリスト美学にあこがれる政治少年へ
 1970年の夜の配役 敗北の美学が帝都から格地方へ浸透していた
 あの68年の世界同時反乱の潮は引き潮 後退の背景へ吸収された大学の解体

 68年 おれは高校1年 あまりにも遅れてきた政治少年にのしかかる敗北の美学
 戦闘がやんだ関ヶ原のススキ風に揺れて 70年代は葦の湿原地帯へ

 街頭の政治に焦(こ)げ 精神が砂に摩滅した まんが少年・少女たちは
 大学への進学を拒否して 労働者へと出発していった
 まんがはもう描けなかった 

 氷河に閉ざされた心の内部に砂塵が降臨する
 冷たい冷たいアンドロイド それが1970の自己像の原光景をかかえ
 冬の杉並の日光街道を彼らは歩いていった 世代の伝承を沈黙によって切断しようと

 日本の教育体系は1970年によってみごとに自壊した 
 問題解決能力の葬式 そして葬式後から24年が積み木となって、砂の塔を形成する

 まんがはもう描けなかった 
 気がつけば1994年、大日本帝国は漫画の大東亜共栄圏を形成していた その拡張
 政治・経済はビックコミックを模倣している

 1970年11月、三島由紀夫の首が、笑っている
 三島由紀夫の悪意の無人工場によって、漫画の帝国は笑われている。

 1970・セヴンティーン(2)
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 <3>

 物質はやがて砂塵・塵芥へ帰還する 有限の自然の摂理
 けれど人間の思考/想像力は無限の彼方へ

 1970年の洪水はわが魂に及び 政治少年・少女たちの白鳥の翼

 平家落ち武者の伝説の村 栗山から出てきた首目鬼(どうめき)の下宿
 そこが討論の空間だった 『さわがに』を発行した あのガリ版印刷
 東洋大全共闘から盗んできた箱の謄写版印刷器

 宇都宮大学全共闘とのコミューンへ
 おれたちは何度も宇都宮大学のキャンパスへ通っていったセヴンティーン

 1971年3月の『ぼくたちの失敗』
 ひとりの反乱 あれは思い込みのマスターベーションだったのか?
 最後のひとりを自覚し、おれは卒業式の意味を問うビラをまいた

 その日の夜、担任の先生が長屋に来た
 「おまえは人間ではない」生涯、忘れ得ぬ言葉となった

 卒業延期の処分をくらったおれは、ひとり3月の図書館で、
 政治・経済のサブ・テキストをノートに写していた その思想刑罰
 意味の無い自動書記を一日 書くことに意味がない方法を発見した 過程の出発

 大東亜の最高戦争指導者・昭和天皇の身代わりとなって、三島由紀夫は自決した
 その人殺し文化の美学と連合赤軍による敗北の死の美学は通低していた

 それら美学に抗する、それぞれのさまざまな生きざまたちの70年代の重い雪。
 1971年4月、みぞれは舞わない すでに昭和は終焉していたから
 おれは一個のアンドロイドとなって、中小企業の印刷工 遅れてきた18歳。

 個人的な体験は同時に誰にも共有できぬ個人的な沈黙となった
 反戦高校生たちの砂塵と塵芥の彼方に、高橋和巳の死があった。

 『COM』も『ガロ』も、もう買うことは無かった。
 昭和が終焉した1971年、『老後をみんなで』
 ここは老人たちの帝国だった 仮想国家『満州国』こそ日本列島だった 
 満光元年のフットボール 沖縄独立の原光景は帝都の街頭に疾走して敗北した

 機動隊のガス弾浴びて、火炎ビンが日比谷公園を明治公園を紅く燃やした

 『老後をみんなで』『1984年』政治警察の私服がファシストのように
 ニヤリと口元を斜めにかまえ、うす笑いを浮かべた 幽玄の能仮面 老人の笑い
 帝都の街頭を支配して 日本人は誰もいなくなった。

 老後をみんなで待っている 3度目の核弾頭の投下 
 巨大なキノコ雲の頂点に天皇が歌を詠んでいた   なんというゼロの美学だろう

 セヴンティーン(3)
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 <4>

 満州国に抱かれて眠れ かりそめのX世代よ
 三島由紀夫『豊饒の海』に登場する、宮は確信していた
 敗戦後の日本とは満州国の子宮から誕生した意味を

 1970年11月 昭和は終焉し、日本は消滅したと呼び声が聞こえる
 清朝最後の皇帝・ラストエンペラーの反復
 1971年以後の昭和天皇はかいらいの皇帝であったと言う 性的人間あり

        空の怪物アグイー
        キルプの軍団

 1971年以後を仮想現実の元号・満光(まんこう)23年と呼ぼう
 すなわち 以後 日本は消滅し満州国の太陽が降臨してきたのである

        かりそめのX世代よ 君達は文化革命を経験してきた
        かりそめのX世代よ 原子の太陽神の紅い衛兵たちよ
        かろそめのX世代よ 核弾頭のキノコ雲の頂点にいた
                  満州国の皇帝アンドロイド宣言

 満州国の70年代を 満州国の80年代を くぐりねけてきた存在と無の液体
 サルトル『狂気と天才』の喜劇      アメリカUSAのかいらい満州国

 帝都の国会議事堂は日本語のレトリック ロジックとマジックの満州語の料亭

 1971年以後の文学を満州文学と呼ぼう
 『限りなく透明に近い満州』が芥川賞を授賞したと言う 

 1950年代の日本革命 革命戦士こそ経済戦争の兵士だった 
 その現代的工場制度より 脳天に数字の入れ墨を刻印された収容所列島の文化革命
 砂塵・塵芥へ帰還する自然の摂理本能を体現する 心優しき素朴自然崇拝者の満州

 1994年の12月 植物園にカメラ・ビデオ映写機をぶらさげ散歩する
 栄光の日本革命戦士たち 経済の満州国を誕生させた老人たちの幸福な道
 ひざかりの日を浴びて  記憶もなければなにもない所へきた ここは月修寺

        満州国の制度から除外された 自由市場の孤独たち
        かれらは、マルタと記号されて 
        国家社会主義リアリズムから破綻へと落とされた
        東京の天使 新宿都庁展望台に無料の賛美歌が流れる
        
        心優しき自然崇拝者の満州帝都/
        東京都民は無料の天使に奉仕している

 ハイパーリアリズムこそ賃労働と満州経済のリストラ・マルチメディア
 満州国の素朴勤労者たちが夕暮れ、大江健三郎の文庫本を購入して帰宅していく

 満州国の消費社会は大江健三郎の文学を呑み込んでいく 酒呑童子の誕生
 
 大江健三郎よ あなたは日本の仮想現実と和解したのか?
        あなたは満州の経済現実と和解したのか?

 新橋駅前広場では今日もオリジナリティを喪失した右翼の男が
 街宣車の音響うなりをあげて絶叫している
 「戦後史観を撲滅せよ!!」と。

 日本の戦後などは存在しなかった
 自由市場戦争に敗北したのはファシストと呼ばれた国家社会主義統制経済だった
 
 原子の太陽とB29焦土から誕生したのは、満州国を内部化した廃虚精神の帝国
 この満州国は1995年以降、東アジアからも孤立していくだろう

 「きみたち満州国はアメリカUSAのかいらいとなって、充分に世界市場から、
  甘い汁をいただいたではないかね。今度はおれたちの番だよ」

 世界市場の政治ゲーム、東アジア・東南アジア経済圏は円の通貨満州国を除外し
 アメリカUSAの高度技術を盗用しながら、経済の独立宣言を準備している

     大江健三郎に続くかりそめのX世代よ
     きみは1971年以降の満州文学を見たか?

 日本革命は朝鮮戦争を利用した経済戦士たちによって成就されてしまった
 革命後の統制戦時経済はベトナム戦争を利用して世界市場革命戦争へおどりでた。

  68年の街頭と大学・高校の内戦こそ、世界に連動した満州革命の出発であった
  三里塚農民戦争こそアジア満州革命の土地であったろう

  70年代・80年代のアジア満州革命の内乱を切り開いて行った、清左翼の闘士
  上昇するために満州列島に入国したアジアの冒険者たち
  1985年以降、ここは多民族国家の満州となり、工事現場こそ満州の国土

 出入国管理局は、すでに日本が消滅していることを理解できなかった
 外務省官僚は、おのれが満州国出身者であることを理解できなかった

 かりそめのX世代よ 君達が産まれた60年代・70年代こそ
 日本が消滅し、満州国が誕生した、動乱の文化革命の時期だと呼ぼう。

     大江健三郎文学批判の一点は
     葦の豊原 湿原地帯 この場所 日本消滅からアジア満州経済王国の誕生
     その文化革命の動乱を隠蔽(いんぺい)している点にある
     中国の視点から彼は、この場所を射ってはいない。

 ヨーロッパが誕生する以前の古代ケルトの十字架
 その十字架こそがキリスト教を回収したことを彼は理解しているだろう
 ケルトの石と樹と鯨の葦笛が草原の輝きに聞こえる

     「いずれ土方巽暗黒舞踏は向こうにとられてしまうわよ!!」
 アメリカUSAで公演をし、ワークショップで指導した女性舞踏手は言った。
 アメリカUSAの大学教授・学生の個人的な探求欲望の生命力の強さを語った。

 大江健三郎はヨーロッパ・アメリカUSAの知的生命力の強靭さを理解している。

 大東亜戦争ゲームの最高プレイヤー昭和天皇は、仮想現実のマスクを被っている
 そこに個人としての人格はなかった 白い馬に乗って草原を駆ける原光景があった
 彼にとって世界は式典の風景だった 式典に整列するアンドロイドの土着の宇宙

 アジアを知らず、満州を知らず、東南アジアを知らず、仮想現実の式典の筆をとる。
 ヒットラーは現実の闘争者だったが、彼は仮想現実の神として
                  H・R・ギーガーの祭壇に入力された
 プログラム回路の原光景に崩れていた植物のように、仮想現実の奇跡を信じていた

 昭和天皇を暴いたのは三島由紀夫である、
 かれは日本文学の回路を切断して、満州文学の曠野を末期の眼孔で首を転がした

 70年代の重い雪とは、満州に降る雪だったのである
 昭和は深くふかき雪に埋もれて、
 遺跡を掘る古代史研究者その若き女性の笑顔が、1994年12月7日の青空に
 ジーンズをはいた彼女のまるい%%%%の健康的な%%%%シズム。
 満州国の住宅街は、明るい冬の陽光あびて、平和な息を呼吸していた。

 しかし、あの林にカフカとカミュは幽霊となって、潜んでいるのだろう。
 やがて、セヴンティーンの女子高校生が住宅街に帰ってきた。
 彼女は自分が日本人であることを忘却していた。忘却こそ満州の精神である。
                     仮想現実こそ満州の精神である。

 セヴンティーン(4)

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 <5>

 1941年12月8日 大日本帝国海軍はパール・ハーバーを奇襲攻撃した
 ナチス電撃作戦は、おれたちの戦術を盗用したのだ
 コンチクショウ!! 我が大日本帝国軍の大胆不敵な作戦に、世界は驚嘆せよ!!

 大東亜戦争ゲーム・最高プレイヤー昭和天皇は、
 太平洋戦争ゲームのスタート・ボタンを押した 彼の身体の血は熱狂に興奮するが
 そのファシストの熱狂をヒットラーは、直接身体表現した画家崩れであったが、
 彼は上品な日本人の典型であらねばならなかった 明治天皇崩れとしての

 御前会議の式典で、彼は、つねに個人を押し殺す必要があった 
 天孫降臨の旅路の果て 神の音ずれ 個人ではなく幻想の国体を演じる馬蹄こそ。

 すでに日本はアジアを二度において裏切っていた
 一度目はアジア民族独立革命者たちの期待を裏切り
 二度目はアジア民衆を「アジアはひとつ」の名において、虐殺していたのである

 昭和天皇は戦争ゲームに、ゲーム・オーバーの表示が必ず出現することを
 知らなかった、あまりにも淋しい白い童子だった
 大皇帝明治天皇への複合意識 その巨大な強迫観念が
 ついに世界大戦という「夢の世界」のゲーム・スタートの筆をとったのである

 「夢の世界」と「白昼の世界」に距離はなく 事後の観察は御前会議になかった
 なんという壮快な白い童子のゲームの歓喜な音声
 
 こうして内部なきアメリカUSAは巨人として覚醒された
 白い童子の白い上品な手袋から、白い粉が真珠湾に降臨する 奇襲攻撃は成功した
 1930年代のシュールリアリズム運動は現実に先を越されてしまった
 あの昭和天皇 白い童子は世界大戦という「夢の世界」にうっとりしていた
 彼は上品な日本人の頂点にいた ゲーム・プレイヤーの御前椅子に座り。
 
 セヴンティーン(5)
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 <6>

 あの皇帝に落ちた神の飛行機だったのかもしれない 沈黙の70
 大江健三郎を越えることはできない かりそめのX世代よ

 12月の冬空に布団をベランダに干す まんが帝国の白昼
 セールスマンは虚無に呑み込まれたファンタジア アジアン 上海は仮想開発

 唇を紅く 金髪 武装花嫁のグラマン戦闘機
 防空壕からようすを見に飛び出した男は射たれたのよ 大正女は語る夕暮れ
 パイプをくわえた将軍の後から女兵士は上陸してきたのよ 

 すでにその時、大日本帝国の愛国婦人会はアメリカUSA武装花嫁に敗北していた
 
 あの砂の校庭に落ちた模型飛行機だったのならば かりそめの70年代が

 語ることはできないのか? 経験は言葉に換言できないのか?
 あのペストのような明るさの街に、日常の闇は射殺されていったのか?

 思考は睡眠薬に切断されて 、街は脂肪のごとく柔らかい 、落差の光景

 三島由紀夫は1970年10月 、白土三平『カムイ伝』 、
 その巨大な 、まんが物語創造力の前で敗北したことを悟った  、
 貴族文学は貸本屋まんが の 前に 自壊をとげ 悪意の首に 武士道ありと

 カラカラ パラパラ ここは満州 日溜まりのナルシズム住宅街  、
 なんという明るいペストの陽光だろう 、
 ここの歳住民はマルタと呼ばれていた
 脳天に数字を入れ墨されて  収容所列島から生還した人間はいなかった  、

 模型飛行機から皇居の庭に落とされた太陽照明 1985年 春
 その歳の湘南の海辺に海水浴の群れを 飛行人間は空から記録していた
 あの白波は戦争都市の悪意の臼ら笑い 国会議員の宣伝車が通る 日溜まりの歳。

 ソウル郊外 日本村 天皇の歌会が始まる
 夕日を浴びて世界の観光客よ急げ 上野公園水上音楽堂 
 不忍池にそびえるパイプ足場で構築されたポストモダン塔
 頂上から滝のごとく落下するアジアの洪水 日本列島がアジアの顔料に染まるとき

 1995年体制のオリエンティーション 照明は暗転に絞殺される電気椅子の死刑台
 1995年 日本よ眠れ おまえの母親は満州 今は洋水の夢
       1985年から10年の胎児 奇跡の呼び声 カムイ ディアラ

 アジアの怨差の糾弾浴びて、日本武尊は誕生するだろう 満州経済王国の反復 
 1930年代の記号 日本は消滅し  、満州へおしよせる経済難民の原子
 劇場国家その観客席は全焼しているか?
 1995年に観客席などは瓦解しているだろう 解なき漂流の洪水顔料浴びて
 誰もが舞台にあがり照明を浴びるのだ     50年の総括こそ満州の裸像だった

                 日溜まりの歳
 セヴンティーン(6)
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 <7>

 トンネルを抜けると満州の雪国だった 1968年
 川端康成ノーベル賞授賞 『醜い歪んだ日本と私』彼は世界の前で演説した

 こうして1968年街頭の反乱はすでに  、原理原則なき  、空洞の無思想たる
 1935年の文学報国会による美学によって  、足場をバラシされていく

 大学  、高校  、反戦労働  者の街頭デモを鎮圧した警視総監
 彼はその功績を買われ  、満州帝都東京(ハルピン)知事選に出馬したという
 川端康成は『美しい東京(ハルピン)』と応援演説をした
 警視総監と川端康成は  、青年たちに担ぎ上げられる その美しく東京の広告写真
 
 満州ブルジョア新聞に掲載された  、あれほどのグロテクス・リアリズム広告写真
 醜い歪んだ日本と私 川端康成の1935年 文学報国会の裸体が満州国民の眼孔に

 やがて彼は己が満州政治に利用された、ひとつの物質に過ぎなかったことにきずく。
 彼は三島由紀夫の後を追って自殺した 1970年代のマルタとなった
 ここに満州日本の政治と文学の裸体がある 日本美とは悪意の個人なき無人工場。

 昭和天皇もトウジョウヒデキも川端康成も 原理原則たる個人の思想は皆無だった
 この全体主義統制国家たる満州日本では  全体の美学によって個人は壊滅していく

 白土三平『カムイ伝』は、日本近代・現代文学の美学を粉砕する巨大な物語の舟。
 1971年3月6日『カムイ伝 第一部』は完結する
 日置・望月領の百姓・非人たち地下人たちの巨大な一揆は鎮圧されたか?
 60年代後半から70年安保闘争の民衆の怒涛を体現した『カムイ伝 第一部』

 今、文学少年ではなく、まんが少年であったことを誇りに思う。
 しかしおれは、68年川端康成ノーベル賞授賞その全体主義のマスメディアによって
 敗北の美学を洗脳されてしまった。思考は実現する

 敗北の美学を内部化させた幼い若き反乱が敗北した理由、それは己の美学に負けた
 日本革命運動を壊滅した後に登場する、日溜まりの大東亜共栄文学報国会 1935
 その上品な美色 彼らは東アジア民衆の%%%%の肉を食べていた その美食の舌つづり

 日本イデオロギーの裸体こそ、原理原則なき無思想 個人なき全体主義の上品な美学
 それはカメレオンだろうか? ヌエという時空間の怪物だろうか?
 これからも子供たちは悪意のコウカツな全体主義システムの無人教育工場に殺されて

  思想とは個人が切り開く人生物語の航海であると白土三平は『カムイ伝 第一部』
  完了の結語とした。
  そして舟はやがて1989年に登場するであろう第二部の海に航海していった
  さらに第三部も構想している その巨大な物語 さまざまな個人の生きざま
  
  生活システム 政治システム 軍事システム 経済システム 四つの複合体
  歴史物語がここに存在する そして歴史の本質は政治であった

  その、まんが、北斎漫画からの伝統を継承する線画としての劇画 その時間は
  日本近代文学・現代文学よりも巨大な流れを切断されることなく持続されている
  『カムイ伝』は20世紀が全体主義の世界であることを発見させる

 「原爆はアメリカUSA兵士50万人の命を救った正義の兵器」
 「エラノ・ゲイは第二次世界大戦を慈悲深く終わらせるのに役立ち、日本国民の命を
  救った」 人類救済の正義の兵器が天使によって落とされる リトル・ボーイ

 そのレトリック言語は原爆投下を肯定した昭和大王の文学と通低していた
       人類救済の天使さまのゼロの記号

 敗戦後50年 アメリカUSAかいらい満州日本国の国会議事堂 国会図書館
 膨大な満州代議員と満州官僚たちの質疑答弁言語こそ日本文学の集大成であろう
 レトリック言語ゲームの祭 国会議事堂こそ満州日本文学のミュージアム
 ここに1935年文学報国会は復興している なんという全体主義の反復だろう

    1995年満州日本が消滅する 終わりの始まり 舞台の幕が上がる
    観客席にはそして誰もいなかった  。

    悪意の無人工場は作動している  、そのコンピュータ・制御と
                     満州の記憶装置ROM

    舞台には石井731細菌部隊の実験人体 マルタが転がっていた

    日本列島は従軍慰安婦の怨念と恨みの子宮に呑まれていった

    アジアの復讐の女神が、森と林から  、
    満州日本人の動向を射程に捉えていた 、 日溜まりの歳。

    猪狩りが、日置・望月領で開催されていた 徳川幕藩体制のシステム

    一揆指導者 正助の舌は切られた 音声なき70年代の書かれなかった歴史

    1972年2月 敗北の美学を体現した 連合赤軍の山脈地帯

    1970年日本が満州に代替えされて25年が経過する神秘の符号
    符号こそ個人なき思想なき全体主義国家の反復美学 神秘のゼロの符号よ
    やがて人類救済の原子の太陽が、天使から落とされる日溜まりの歳まで。

 セヴンティーン(7)
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 <8>

 偶然は必然へ 必然は偶然へ あまりにも一瞬だった
 詩人は危機を予感し、出現に打ちのめされる 倒れてゆくもの 崩れてゆくもの
 1995年1月17日 現代都市のカナリヤ理論

 被災地西宮市に小田実はいた 彼は生き延びた
 彼の鋭い眼光はテレビニュースを見ている 人間がいない映像と人災に怒りをこめて

 神戸を襲う大火を 上空から放映するリアルタイム映像は
 1991年1月17日 湾岸戦争の リアルタイム映像は 爆撃のように通低して

 その下には被災者が埋まっていたのだ 私は記号という名の観客に落ちていた

 都市は人間を忘れ 土建の構築 物質の塔を形成して いなかったか?
 震災の前に県庁・国会・議事堂は無力だった
 「政治改革」にあけくれたゲーム  人間がいない空洞の背景 蓄積されぬゼロの景

 政治屋たちの政党には、被災者たちが払った税金から 莫大な金が回される政党法の
 なんというグロテクスなニュースだろう 人間がいないシステムの時間と空洞を見た

 助け合いながら生存者を、がれきの中から救い出す被災者に感動した 協働の力よ
 尊厳ある人々によって 場所は復活するだろう
 26万人の人々が この今 生活する避難地 その協働の場所から
                      生き延びる復活へと
                      人間がいる生存都市が共鳴している

 「もう、だめだと思った・・・」
 こうべをたれ、うなだれた光は 立ち上がり やがて原光景へ歩いていった 
                           都市は治癒を求めている

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  <9>

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 神秘は、現実の可能性のひとつではない。
 神秘とは、現実が存在するために絶対に必要なものである。

 ルネ・マグリット 『レトリック』誌創刊パンフレット 1961年5月
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 ただ強い人間でないから、悲しいし、傷ついてしまう。しかし、そこから次第に
 回復して新しい人間になろうとする。それが私の人生と文学でした。

 大江健三郎 『アジア文学の可能性』 大江健三郎:対談:金 芝河 
                   朝日新聞 1995年2月10日
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 文明の大勢はアジアに向かっています。しかし、その文明が内部の普遍性から発火
 せずに、ただ経済的な理由によって共同体を生むというのであれば、望ましくない
 と思います。

 金 芝河(キム・ジハ) 『アジア文学の可能性』 金 芝河:対談:大江健三郎
                        朝日新聞 1995年2月10日
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 肉体は見えるものになったとき、その秘密の力を失って神秘性もなくなる。女の脚
 も乳房もすでにどこかで見たもの。%%%%%%さえもいんびなやみの力をなくし、メデ
 ィアのスクリーンに映し出され、きれいで明るい見る快楽のゲームのひとこまとな
 った。

 山田登世子 『変わる体 2』 朝日新聞夕刊 1995年2月9日 編集委員・西島建夫
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 大地震はすべての虚飾を吹き飛ばした。「あちらの世界」にあってはいぜんとして
 それは残っているのだが、「こちらの世界」にあっては、日本の戦後を象徴する美
 レイな高層建築は崩れ、地底からこれまでその美レイな景観におおわれて見えなか
 った醜い、そして、冷たくむごい現実の問題が、矛盾すべてがまさに徹底したかた
 ちで噴出して来ている。

 小田 実 『大震災・二つの「難死」体験』 世界 1995・3月号 岩波書店
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 ゾーンは絶望している人間だけ通すように思われます。

 タルコフスキー監督作品 映画『ストーカー』 1980
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 窓のカーテンから入るほのかな明かりの中で、書斎に無数の黒い怪鳥が乱舞し、
 その羽ばたきも聞こえた。鳥は空中でぶっつかり落下した。

 藤本義一 『震度7の記憶』 毎日新聞夕刊 1995年2月9日
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        日常を歩く 白塗り都市の闇 

        マザーとファザーが消えた高層ビルは震えて 亀裂から暗黒の鳥

        1971年満州の北関東 冬の陽光浴びて 金 芝河 黄土への道

        はじめて詩に出会った

        1970年昭和最終年 セヴンティーン 性的人間 大江健三郎

        はじめて小説に出会った

        1969年全体高校昭和図書館  難死の思想 小田 実

        はじめて思想に出会った

        強制連行の記録 はじめて現代に出会った

        1977年満州システムの完成 後ろめたさのような転向の季節に

        おれは 金 芝河 大江健三郎 小田 実に 励まされながら

        個人的な現代感情を防衛してきた

        満州鉄道調査部の空間 広告代理電通の満州起源 関東軍のCMソング

        裸電球の四畳半アパートで おれは独りを解体させ

        降りていくと もうひとりの自分が生みだした幻想女と会話していた

        故郷で思想を表明した者は どの場所でもセヴンティーンの意志を握る

    1978年満州帝都 惑星ソラリス タルコフスキー

    はじめて神秘な映像に出会った

    1994年満州帝都の黄昏 ルネ・マグリット 待ちこがれた

    はじめて神秘な絵画の前に立ち、言葉に出会った

    1995年満州関東南部 壊れたビデオを居住地でもらった それを修理し

    はじめて神秘なビデオ・デッキ 映像読みの道具を手にした

    エレファントマン ブリキの太鼓 サクリファイス ノスタルジア

    ストーカー そしてあの 天上桟敷の人々 

    寺山修司が何故 天井桟敷と劇団を名付けたかを理解できた

    表現創造の営み 人類を励ます世界に驚嘆する 

    モーツァルト:レクイエム

    ラウダーテ・ドミヌムは音楽の力だろう 

    世界は神秘によって支えられている 幾度の復活 魂は治癒を求めている

    世界の崩壊は かろうじてくい止められている 人間の魂の音信によって

    神が救済するのではない 神は幾たびの人間の文明を砂塵へと変換させた

    宇宙唯一の絶対孤独者 神 恐れるべき悪意の計画塵芥へ帰還させる自然

    人間の神秘な音声なき魂の励ましによって  世界の柱は支えられている

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 <10>

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 しかしみごとに持ちこたえたのである。それが可能だったのは何よりもまず、
 鏡花が自分自身の才能以外の何ものも信じなかったからである。
 ほんものの才能は、それ自体のうちに一種特別な羅針盤を装置している。たとえ
 諸般の事情で周囲の視界が混獨することがあるにせよ、その装置は本能的に、 
 指示すべき磁極の方角をあやまたないであろう。

新潮日本文学アルバム『泉 鏡花』 評伝 野口武彦 1994,3,25 7版 発行 新潮社
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 信じる力 大江健三郎 小田 実 金 芝河 
 
 そして パブロ・ネルダー最後の詩集 権力の野蛮を憎む感情こそ理性だった
 
 再会の力 再び日雇い労働者の越冬闘争に参加した 川崎体育館
 
 立ち上がる 立ち上がる 最下層の野宿労働者 生存の生存の都市をめざし

 川崎駅地下街アゼリアに詩人はいた 詩人はいた

 自分に絶望することは世界に絶望する 

 人と人との交流に希望があった 

 アウシュヴィッツで泣いた小田 実 その映像をおれは決して忘れないだろう

 サラエヴォ内戦下で上演された『ゴドーを待ちながら』

 その映像 われら新世界無秩序のアイデンティティとは?

 その最後の神学アインデンティティ 上から降臨する権力者たちのための物質

 信じる力 おれは個人を信じる もはやゴドーを待つ必要はないだろう

 もはや破綻とバランスをとりながら希望の春を それが日常の歩きだろう

 瓦解した阪神から詩は生まれていた 美術はすでに生まれていた 沈黙の音楽あれは

 それを『私が産まれた日』と呼ぼう

 20世紀 映像 イメージの巨人は終焉し 今、音楽の身体が誕生する

 最後まで自分を信じる力 それを精神力と呼ぼう 内面の力が立ち上がる音楽の光


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 この世紀末は新しい中世の始まりとも呼ばれていますが、泉 鏡花は世紀末を生き
 た文学者であり、それは『嵐が丘』エミリー・ブロンテの鬼神力と通低すると直感
 しました。

 関東軍・日本ファシストのどす黒い血が流れているぼくは、金 芝河が構想する、
 北東アジア文明の流れに参加する資格はない、そう感じています。
 おのれのデーモンとしての日本鬼子の%%%%性が頭を上げる、自己の精神的危機と 
 破綻を抱えながら、送信していくつもりです。

                        1995,2,27        K2@umi
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あなたもわたしも砂のように落下していった。


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