格闘技地獄篇 第65回

「禁断の遺恨試合・小川 VS 吉田戦を斬る(後編)」

小川直也 VS 吉田秀彦

(2005年12月31日 PRIDE男祭り 2005 さいたまスーパーアリーナ大会)

 

 前回に久しぶりに本コーナーを更新し,しかも題材に選んだのが2005年大晦日の「PRIDE 男祭り 2005~頂〜」で実現した「小川直也 VS 吉田秀彦」という前代未聞の大物日本人対決であったため,あまりのハードルの高さにとてもではないが,1回で全てを語り尽くすことは僕の筆力では不可能であった…そこで「格闘技地獄篇」では初の「前編・後編」に分けて,この歴史的な死闘を綴らせていただくことにする.この試合には全ての面において,あまりにも語るべき要素が多過ぎるわけだが,前回は「小川右足負傷説」を唱えて独自の理論でエグってみた…数人の方から「お前,考え過ぎじゃねえか?」「"小川の動体視力が良い"というのは違うんじゃねえか?」等と言われたりしたが,ちょっとここで反論させていただきたい.まず左利きの小川が通常のサウスポー・スタイルではなく,左足を前にしたオーソドックス・スタイルに構えた根拠が「右足負傷説」以外に説明出来ないことである.右利きの吉田がオーソドックスで構える場合,サウスポーは有利であるとされていて,敢えてオーソドックスに構える必然性はないだろう…自分の得意なスタイルを回避したということは「そうしたいが出来ない」何らかの理由が存在するからだと考えるのが当然なのではないだろうか?また「小川の動体視力が良い」という話は以前からあちこちで囁かれている…これまでに小川はPRIDEでストライカー系の選手と4回対戦し(注:ジャイアント・シルバ戦を省く),その試合時間をトータルすると約25分間にも達するわけであるが,過去に小川が顔面を腫らしたり鼻血を出したりした試合は全く無い.決して打撃戦を避けているわけではなく,むしろ打ち合いながら勝機を見い出す戦略を立てていた小川が有効な顔面への攻撃を殆ど受けていない(注:エメリヤーエンコ・ヒョードル戦を省く)ことは,相手の打撃を見切る「人並以上の動体視力」が備わっているからだと証明しているのではないだろうか?…そろそろ本題に戻そう,今回は試合全体を包括してみたい.

 予想に反して柔道着を脱いだ吉田に対して小川も驚いたかもしれないが,通常のサウスポー・スタイルではなくオーソドックスに構えた小川は吉田にとっても想定外のことだったかもしれない.だが半ば牽制気味に放ったロシアン・フックで小川の反応を見た吉田は,おそらく小川の右足が普通ではないことを瞬時に察知したはずである.体格差を生かしてコーナーに押し込んだ小川であったが,ここで吉田は左足を刈って呆気無くテイクダウンに成功する…あっさりと倒された小川に驚かされたが,先に述べた「右足負傷説」を頭に入れてビデオを見直すと,踏ん張りの利かない右足とは反対側の左足を吉田が刈った理由が十分に説明がつくはずだ.グラウンドの展開にもつれ合った両者であるが,ここで吉田は負傷している(?)右足ではなく,左足を慣れない足関節技である「スタンドのアキレス腱固め」で締め上げる…要するに左足も破壊して完全に小川の動きを封じ込めようということであろう.総合格闘技の試合で足関節技がバッチリ決まるというケースは意外と少なく,例えば免疫のないストライカー系の選手にフェイントをかけて仕掛けたりすることが現状だと思う…それだけリスクを伴う技を敢えて吉田が敢行したのも,反対の右足が負傷しているために例え不安定な体勢でも小川がポイントをずらして逃げることが困難だと分かっていたし,右足で蹴って反撃する可能性が低いと判断したからに他ならない.たぶん吉田のシナリオでは,小川の両足を潰した上で8月から「吉田道場」にコーチとして招いたセルジオ・クーニャ(元シュート・ボクセのコーチ)仕込みの打撃で,誰の目にも分かる派手な失神KO劇を狙っていたのではないだろうか?

 このアキレス腱固めは完璧に決まっていた…試合後の吉田の談話によると「この時に足がボキッといったのが分かった.」という.ネットの掲示板での情報によると,ちょうど残り時間のカウンターが「7:19」を示す頃,よく耳を澄ませると「ポキコキッ…」という無気味な音が実況の声の狭間に聞こえるとのことである(僕も何度かビデオを見直して検証したが,確かにそのような音が聞こえる…それが骨が折れた音なのか否かは定かではないが…).その後の小川は極端に失速し,どうにかグランドで上のポジションをとって何発かパウンドを見舞ったものの(あの吉田にバックをとられた状態から,クルッと上の体勢に返した場面は小川の潜在能力を垣間見たような気がして吃驚した),過去に全日本柔道選手権で7回優勝し世界柔道選手権無差別級で3連破した男とは思えない呆気無さで,吉田に腕ひしぎ逆十字固めを完璧に決められてしまう.6分4秒レフリーストップで,吉田の圧勝と言っても良いだろう…最後までタップしなかったのは先輩としての小川のプライドだったのかもしれない.本当に小川の左足が折れたのかどうか,またどの程度の負傷具合なのかは現段階では不明であるが,もしその状態で残り3分半もの間,さして顔色も変えず戦い続けたとしたならば,小川は本当によくやったと思う.

 だが僕が推測したように試合前から小川が右足を負傷していたとしても,それは負けた言い訳にはならないし自分のミスだから仕方がないことは言うまでもない…試合が決定した時点で勝負は始まっているわけだから,当日調整不足だったのは自己責任なのである.また例え上手く身体が仕上がっていたとしても,現在の小川が吉田に勝てる可能性はそれほど高くはないと思う…エンタメ・プロレス「ハッスル」でレイザーラモン HGやインリンと絡んでいる片手間に総合格闘技が両立出来るほど,この世界は甘くはないのである.まあ僕がこんなことを言わなくても小川自身が一番実感しているのであろうが,結果的に吉田が勝って,いろんな意味で僕は本当に良かったと思う次第である.

 試合後に小川と吉田は抱き合った…感動的な場面であった.左足が骨折(?)し満足に立てない小川は,それでもピョンピョンと右足のみでケンケンしながらリング中央でハッスル・ポーズをした.ハッキリ言って物凄くカッコ悪い光景ではあったが,敗北してもキャプテン・ハッスルを演じた小川にプロレスラーとしての意地が感じられた.また小川の「一緒にハッスルやってくれ.」という申し出をやんわりと拒否し,観客の「エ〜ッ?」という声に流されることなく格闘家としての信念を貫いた吉田もまた偉かった.二人の今後進むべきベクトルは全く異なるのである…6分4秒の短い時間に数年ぶりに再会した先輩と後輩が,再び己の道を歩むべく別れを告げた美しいシーンであった…今度二人が出会うのは,果たして何時のことになるのだろうか?

 そしてこの試合は総合格闘家・小川直也と決別する最後の儀式でもあった…もう彼はバーリトゥードのリングに上がることは無いだろう.一時期は「日本人最強」と謳われ,「世界に通用する唯一の日本人ヘビー級ファイター」として期待されていた小川であったが,実際のところ「どのくらい強かったのか?」という明確な回答は得られないままだったような気がする.しかし彼が30代前半だった頃…ちょうど佐竹雅昭と敢えて打撃戦を挑み,互角以上の攻防を繰り広げた2000年前後が,小川の全盛時代で「日本人最強」であったことは間違いない.その後は総合格闘技から距離を置きプロレスの世界へと浸った小川であったが,もしあの時に現在の吉田のようにチームを編成して本格的にバーリトゥードの技術を磨いていたらと考えると本当に惜しいと残念でならない.しかしながら総合格闘家の選手生命は究めて短く,その輝いている期間は儚いものである.今回のPRIDEは「世代交代」が如実に露呈された大会でもあった…中村和裕に負けた近藤有巳,マーク・ハントに圧倒されたミルコ・クロコップ,ヒカルド・アローナに判定勝ちではあったが精彩を欠いたヴァンダレイ・シウバ,五味隆典にKOされた桜井"マッハ"速人,美濃輪育久に苦戦した桜庭和志,そして小川直也も然りである.一つの時代の終焉を見たような気がして,僕は複雑な心境で除夜の鐘を聞き,新年を迎えた.

 だが名声とは裏腹に経済的には必ずしも恵まれているとは言えない日本人プロレスラー&格闘家の中で,2004年度の推定年収が3億7000万円でスポーツ界の「長者番付ベスト10」にも名前を連ねた小川は,なんだかんだ言っても「人生の勝ち組」であると言えるかもしれない…これからは何ら気兼ねなく,思う存分ハッスルして欲しい.そして吉田は…今年開催される「PRIDE ヘビー級GP」に出場して,我々の溜飲を下げるような活躍を心より期待する次第である. 


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