過去のトップページ写真のギャラリーその2

2004年1月1日以降の写真がこちらです。

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画家ホアキン・ソローリャが7年をかけ、母国の多彩な歴史文化を鮮やかに謳い上げた壁画連作、《スペインの諸地方》。1919年の完成以来、NYはハーレム(155丁目)に立つヒスパニック・ソサエティの一室を飾っている。写真の場面は左からカスティーリャ(部分)、ナバーラ、アラゴン、カタルーニャ。2005/06/19

昨年11月、拡張工事を終えリニューアルオープンしたMOMA。建物は谷口浩生設計。ミニマルなデザインで、「器」としての建築という点では、展示品の邪魔をしない設計に徹しているよう。他の写真はこちらに。2005/03/23

冬のNYのセントラルパークを2週間飾ったクリスト&ジャン=クロードのThe Gates。他の写真はこちらに。2005/02/26

バスク地方の中心都市ビルバオは、ビスケー湾からネルビオン川を幾分遡った盆地に位置している。この奇妙な"puente colgante"(吊り橋)は、海に至る河川交通を妨げず河口の両岸の町を結ぶ交通手段として、1893年に建設された。高さ50mの中空に渡された「橋」からワイヤーでゴンドラが吊られ、両岸を往来する。全長160m。重工業、特に鉄鋼の町として栄えたビルバオらしい、巨大な鉄のモニュメントだ。2004/10/17

セルビア南部のノヴィ・パザルという町に行った。人口の9割がムスリムで27のモスクが建つというこの町の外れの小高い丘の上に、古い教会が建ち、その向かいに教会守の家族が住んでいた。やたら酒臭い親爺は、ペテロが絵の中で持っているような長い鉄の鍵で教会の扉を開け、壁画の断片の残る堂内を見せてくれ、彼の女房と思しきおばちゃんが粉だらけのセルビアコーヒーを振舞ってくれた。写真は撮らせてもらったのではなく、撮れと強要されたのだ。2004/10/04

独瑞国境にまたがるボーデン湖に浮かぶライヒェナウ島(ドイツ領)。キャッチフレーズを付けるとすれば、「教会と野菜畑と自転車の島」といったところか。あちこちの畑に緑と紫の二種のレタスが整然と植えられていて、鮮やかだった。2004/09/04

パプリカはハンガリーの名物の一つだ。市場では量り売りから可愛いスプーンの付いた小さなお土産用の袋まで、色々売っていた。これはブダペスト郊外、観光地として有名なセンテンドレの軒先で、干してあるのを発見。グリーンの壁に赤が映える。2004/08/20

レオン(スペイン)は、イベリア半島のレコンキスタの前線として、そしてサンティアゴへの巡礼路の中継地として、中世を通じ重要な役割を果たした都市だ。旧市街を囲む二重の城壁はかなり状態よく残されていて、街のかつての宗教的、経済的な繁栄ぶりを思い起こさせる。2004/08/10

今回の旅行で一番良かった所は?と聞かれれば、躊躇なくこの街の名を挙げたい。セルビア=モンテネグロ共和国、コトル。アドリア海の奥深く、静かな入り江に面した素朴な街で、迷路状に入り組んだヴェネツィア風の旧市街がいくら歩いても飽きることなかった。街の背後の山腹にある城砦に登る途中、街を見下ろす。2004/07/31

プラド美術館にて、ゴヤの《半分埋もれた犬》。この絵を含むいわゆる「黒い絵」シリーズは、それこそ魔女や妖怪にはうってつけの薄暗い部屋に展示されていたはずなのだが、今回自然光の入る明るい部屋に移されていた。よく見えるのはありがたいが、子犬はそれを恥ずかしがって体を地中に埋めてしまったかのようだった。2004/07/21

高島平?否、ドレスデンの巨大アパート。中央駅から歴史地区へ至る歩行者道路にその威容を構え、何も知らぬ旅行者にこの町の20世紀の歴史を物語る。背後には十字架教会、市庁舎、聖母マリア教会の塔が所在なげに覗く。
2004/07/14

ドヴォルジャーク(1841-1904)没後100年記念第二弾。彼の住んでいた家の斜向かいの公園に置かれた作曲家のブロンズ像を望む。写真は↓と同じ、去年の年末に撮りました。くわしくはこちらで。2004/02/06

STOP!!2004年は何の年?作曲家アントニン・ドヴォルジャーク(1841-1904)の没後100年の記念の年ですぞ。彼がニューヨークで住んでいた家が東17丁目327番地(1,2番街の間)にあったのを記念して、17丁目の1,2番街の間は、ドヴォルジャークプレイスと呼ばれています。この続きはウェブログのこちらでどうぞ。2004/01/01