窓辺で手紙を読む女 1657年
油彩 カンヴァス、83×64、5B
ドレスデン国立絵画館


 この<窓辺で手紙を読む女>については最終的にドレスデン国立絵画館に落ち着くまでの数奇な運命を取り上げる事ができる。この絵の最初の記録は1712年のピーデル・ファン・デル・リップ競売である。1742年ザクセン選挙候アウグストが入手したがその時の作品はレイブラントの作だと思われていた。1801年にはレイブラントの弟子の作品とされ、1826年から1860年にかけて今度はデ・ホーホの作品とされた。その後署名についての指摘があったことによりようやくフェルメール作として認められることになった。
 第二次世界大戦の中、ナチス軍は多くの美術品をドイツ各地に隠した。その為<窓辺で手紙を読む女>を含むドレスデン絵画館の名画も行方が分らなくなっていたのだが1945年ソ連の戦利品部隊がこれらの作品を塩鉱山の坑道から発見した。しかも彼等は発見した絵画を戦利品としてソ連に送ってしまった。こうして、<窓辺で手紙を読む女>は同じくドレスデンにある<取り持ち女>と共に1945年から10年間戦利品として持ち去れ事になる。後にソ連はこの略奪について「醜い保管状態であった美術品を救ったと美談と作り上げ宣伝した。
 X線写真を見るとテーブルの上にガラスの器が一つ右下の隅に非常に大きなガラスの器がもう一つ描かれている事が分る。また人物の位置がわずかに変更された事、さらに右上の壁に「キューピット」の絵が描かれている事も分かっている。もしこの絵が残っていれば娘が読んでいるのは恋文という事になっていただろうが、フェルメールは最終的にこの「キューピット」を塗りつぶして絵の意味合いを謎めいたものにした。