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《古美術商のエッセイ》

松岡徳峰

bV  【赤い筒…遠眼鏡(とおめがね)】 創刊号 bW  【瀬戸渋紙釉の茶壺でお月見】
bX  【破れ締太鼓と雨降り】 bP0 【携帯用根付風燭台と伊万里猪口】
bP1 【李朝の硯と炭】 bP2 【「まりと戯れる猫」の根付】
bP3 【刀剣の鍛え肌】 bP4 【古代中国瓦当(がとう)】
bP5 【古家へ集う世界の骨董】 bP6 【誕生仏と世紀末】
bP7 【新世紀元年の正月を大黒、恵比寿とともに】 bP8 【雪国の古美術店で】
bP9 【黒い糸に結ばれて…】 bQ0 【へっついと五右衛門風呂】
bQ1 【中国後漢緑釉銀化犬】 bQ2 【五条川春爛漫】
bQ3   【刺し子の火消し半纏】 bQ4 【古屋で出会った乳幼児用つぐら】
bQ5   【あじさいと十手】 bQ6  【古新聞でくるまれた骨董】
bQ7 鐔と創造 】 bQ8 【 秋祭りと面子 】
bQ9  【二十一世紀初年末に出会った仏像】 bR0  【 落雁とト゜ロップ 】                  
31   【古美術品とハイスピード】 bR2 【 故郷の鯉 】
bR3 【花火と精霊流し】 bR4 【月見によれよれ漫画本】 
bR5 【信楽の古陶と狸】 bR6 【渓流の隠れキリシタン仏像と菊皿】
bR7 【桜花と戦国合戦】 bR8 【五月の新緑と渋滞】
bR9 【梅雨の散歩】 bS0 【蝉の声】
bS1 【昭和レトロ】 bS2【つぎはぎだらけの子供着】
bS3 【白鷺と腹黒鷺】

bS4 【正月三日の初恵比寿】

bS5 【お雛さん】 bS6  【ツバメの巣と大岡政談】 
bS7  軍刀と平和】  48 【 紅葉と焚き火】 
bS9 【龍太地蔵】  
   

【古美術商のエッセイ】

サンプル『バックナンバー

bV 創刊号…『赤い筒…遠眼鏡(とおめがね)』

赤い紙巻きであろうと思われる遠眼鏡、つまり今風にいえば望遠鏡である。四段式の伸

縮自在の「赤と黒」の洒落たデザインである。

この遠眼鏡、作りはあまり上手とはいえないが、おそらくは江戸時代の作であり、当時と

しては、最新型の武士・町人のグッズとして、すごくナウイものであったに違いない、そん

な雰囲気と魅力はもっている。

今風にいうとノートパソコンを所持していると言ったところだろうか?いや、もっと優れも

のだったに違いない…。

さてと、それはおいといて、この遠眼鏡を使った人が殿様ならば、天守閣から城下町の

人々の暮らしを見守ってくれていたのだろうか?。あるいは、城下町へのお忍びの下見

をしたのかも…?。

 また、商家の旦那であれば、船荷を心配して海上の船を見守っていたのだろうと思われる。

なかには、遠眼鏡で国の将来を模索し、何かをつかもうと必死になってのぞき込む武士

たちもいたのではないだろうか?…………。

さて、今時ならば、将来がどのように変化していくか、いち早く見ることのできる遠眼鏡が

是非一台は、なにをさておきほしいものである…。うん、うん。

 そんな夢のようなことを言っていてもしようがないから、みんなで「レンコン」や「ちくわ」

でもたくさん食べて未来を見ましょう!………ん〜。

冗談はさておき、今日現在はどうか、戦後最長の不景気の中、まるで、真っ暗な長い先

のかすんで不透明なトンネルのなかを手探りで必死に抜け出そうともがいている日本

経済、先の見える遠眼鏡がほしいと思われる経営者方ばかりではないでしょうか。

夜空に開く花火のような日本経済になりますように……。祈御繁栄。  

                                       徳 峰

 

bW【  瀬戸渋紙釉の茶壺でお月見 】

日本最古の天守閣 国宝 犬山城の城下、春の犬山祭りで骨董市がおこなわれていました。

知り合いの古美術商の店頭に一際目立つ一つの茶壺…。

ひらめくものがあり、思わず入手してしまいました。

 胴の径が三十センチ、背丈が四十センチの四耳壺であった。

時代は室町時代の作で、瀬戸の渋紙釉の茶壺である。昔から笠とか、

団扇に塗られていた「柿の渋」にそっくりの釉薬であり、また、そっくりの

色合いでもあり、まさしく たいへん「しぶーい」…、寂びのただよう

色調の茶壺であります。

 説明は、このへんにさせて頂きまして…。

この茶壺、床の間に飾って数ヶ月、この茶壺には「すすき」

が絶対似合う…と。萩の花も多めにあしらうと完璧だ。なぜか、真夜中の

意識のはっきりしないある瞬間にこの光景が浮かびあがった。う〜ん、絶対に似合う…と。

 ああ そうか、今年は異常気象なのか、お月見の季節が間近だという

のにクーラーが手放せないし 、朝夕も寝ぐるしい日がつづいている。何かが狂って

いる!。

今年のお月見には、必ずこの茶壺を使用しなくては、ご先祖様に申し分けがたたない!。

…と、浪花節の一説じゃないけれど。

  さて、このエッセーをお読み頂いている皆様は、どんな「お月見」をされ、

どのようなお祈りをされているのでしょうか?。なぬ!、月に人類が到達してずいぶん

年月がすぎているのに、お祈りとは!、と思われる方々はお見えになられるかとは思い

ますが、まずはご容赦頂き。

 お月見とは、四季の変わり目の行事であり、大切な祭の一つではないかと考えます。

将来末長く大切に伝承していきたい日本文化の一つであると思います。

古来、日本人は、山や川、木に大地に、そして、太陽、月、星を神として祀り、

拝んできた。あっ!、どこかの政治家の発言?…。

 月には、火山岩のような岩山と砂のほかになにもない殺風景な景色よりも、やはり、

ウサギが餅つきをしている方が、ロマンティックであり、日本の四季を彩る光景としては、

美しいに決まっているのである。

ただ、なぜ月に、餅つきをしているウサギなのかは、私にはわかりません。どなたか、

おわかりになられる方がございましたなら、お教えくださいませ。

さて、我が家では、幼い頃から、お月見といえば、すすきに萩の花、団子に里芋の煮物

とお供えの メニューがきまっていた。それに、お線香にろうそくの炎…がいつも、  

長年使い込んだ 黒光りをした、虫食いのある、文机の上に添えられ、いかにも、

お月さんにお祈りをしたい気分を誘う演出となっていたようだった。この時ばかりは、

ロケットのことは忘れたいものである。

なるほど、日本人の自然を尊ぶ、心が脈々と伝わってくるような気がしてならないの

である…。 瀬戸渋紙釉四耳茶壺が出番を待ち望んでいる。            

  日本、自然、そして、月に乾杯!。 徳 峰

 

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犬山城について。】

愛知県犬山市、木曽川右岸に接し、山頂にある天守閣は国宝であり、現存する天守

では、日本最古であるとのこと。織田広近が築城、城主も戦いにより次々と代わり、

江戸幕府の統一後、尾張藩家老の成瀬氏が城主となった。千五百三十七年築城そのまま

の姿、内部の造りであり、大変趣があるお城です。

 

 

bX【  破れ締太鼓と雨降り  】

それは、京都の或る小さな古美術店、片隅にある李朝の古箪笥の上に、埃をかぶって

、それも、相当長い間触れた気配が全くない状態で、さりげなく置かれていたこの破れ

締太鼓…。

 私は、店のおやじさんにその締太鼓を所望したことは言うまでもありませんでした。

なぜ、二十年位以前にこのような古い破れ締太鼓を手にいれたのか?

 実は、私、こうみえてもミュージシャンなんです。う〜ん?。演奏家?。

と言うかどうかはわかりませんが、日本の伝統文化…神社の奉納獅子はやし連で締太鼓

を、ここ二十年間位演奏し、奉納いたしております。

  これが、また、困ったことに後継者不足で悩んでおりますが。それはさておき。

この破れ締太鼓ですが、はじめは、皮を張り替えて練習に使おうと考えていたのですが

、ある時、締太鼓の綱を静かにほぐしてみたところ、胴内部に

  寶歴拾参未癸年(1763年)  七月吉日

 京都 三条 太鼓屋 橋村利右衛門 作

天保十一年  (1840年)  子 十月

高海郡 門尾村     六兵衛  張替

書きしるしてありましたので、コレクションにすることにいたしました。現状維持中〜。

 さて、太鼓の戸籍調べはこのへんにいたしまして…。

 「奉納獅子おはやし 」ですが、曲目が十曲くらい有りまして、「宮入り・御子・山も

どり・川もどり・雨降り……。」ございます。それぞれ曲には意味があります。

「宮入り」は神社へ入る時に演奏しますし、「御子」は神社の本殿正面にて、最初に

奉納する曲です。そして「雨降り」は雨乞いの曲です。……。

 もともと、秋の祭は、「豊年祭」であり農作物の豊作に感謝してお祈りし、祝う祭と

聞いております。

 当然農作物の豊作…、日照りが続くと雨乞いということになり、「雨降り」の

曲が作られ、演奏され、祭に、「雨」に感謝し奉納され続けてきたと考えられます。

さて、「奉納獅子おはやし」の曲目のうんぬんはこのへんで休憩いたしまして。

数日前の中部地方の集中豪雨はどうでしょう。地元であり、知人、親戚など被害に遭っ

た人々の話、そして、ニュース!…。

 八十歳の老人に聞いたところ、このような大量の雨は、「わし―ん、生まれてこの

かた はじめての おお雨だぎゃー!。」との話。

 かなりの大被害があり、このエッセーを書いて、いや、キーを叩いている、今現在も

たいへんな被害にあい、つらい思いをしている人たちがかなり、大勢みえるとの事、

是非、お体にきおつけられ、がんばっていただきたいと、お祈り致しております。

 さて、今回、大きな被害がでた原因は、「新川」の欠壊であった。

地元住民はすでに以前から危機感を持っていた、と言うような話もきいていますし。

当然、起こるべきして起こった。ということのようである。

 また、反対に、真夏の水不足もしたり、どうも、「泥縄式」…泥棒がきたとき、

とらえて縛る縄を作る…の対策だとしか言いようの無い政策。しっかり頼んます!。

 毎年二月、三月となると、なぜか氾濫する道路工事。多少道路が「でこぼこ」でも

いいから、そのような予算が有るなら、人の命に関わる「水不足」そして、「大雨」

その他「自然災害」の事前対策に有効に、血税を使ってもらいたいものである。

 こう考えていらっしゃる方々が、かなり大勢おられるのではないでしょうか。

あなたは、どう思われますか?。

人類は、あたかも大自然を支配しているかのような錯覚をしているような感じがして

なりません。しかし、象に対する蟻のごとく、大自然には無力であり、生かされている

ということを認識し、大自然に対する環境問題等、考えなければ、つけが必ず帰ってく

るはずである。 反省と検討を。

ちょっと、話が難しくなってしまいました。

まあ、そんなわけで、あまり、雨乞いの曲「雨降り」の話はさけたいと思いますので。

ただ、ご安心ください!。ここにある締太鼓は破れていまして、雨乞いの曲「雨降り」

が演奏できません!。…と、落語のおちになってしまいました。失礼。

自然災害に遭遇された方々に心より、お見舞いを申し上げます。とともに

  ご健康と、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。 

徳 峰

☆この破れ締太鼓の画像が見てみたいと思われる方、下記のアドレスをダブル

クリックしてみてください。

アドレス⇒ http://www.jm-art.co.jp/goods85.html へどうぞ

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《相撲の櫓太鼓の意味について》

◎一つ打つのは…万物の初め 

◎二つ打つのは…阿吽の二字

◎三つ打つのは…天地人

◎四つ打つのは…四天王

◎五つ打つのは…御用の太鼓

◎六つ打つのは…六方世界

◎七つ打つのは…南無妙法蓮華経

◎八つ打つのは…八卦

◎九つ打つのは…供養

◎十打つのは …十戒

〜と、テレビかラジオで聞いたのですが、間違っていましたなら、ご免なさい。

ご存じの方はお知らせ願います。 よろしくお願いいたします。

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bP0【  携帯用根付風燭台と伊万里猪口  】

 

家康のふるさと、岡崎。その城下のこぢんまりとした、小綺麗な骨董店のショウ

ケースの二段目の隅にかわいらしい銅製の香合らしき物が陳列されてあった。

店主にお願いして、手に取ってみた。なんとこれが、「携帯用根付風燭台」であった。

 早い話が『ローソク立てのキーホルダー』と言ったところでしょうか。

手のひらに収まる大きさで、表面には、花の文様が彫金してあり、大変かわいらしい

一品である。早速、譲り受け懐中に入れ、愛車ランドクルーザー80で東名高速を西へ

向かった。多少残暑も残る初秋の夕方、前方に赤く、いやオレンジと言うより、ゴール

ドに輝く夕日が、しだいに大空を赤く染めながら、山々の遙か向こうへ、いまにも沈み

かけようとしている光景に感動しながら、ふと、さきほど買い入れた燭台を愛用してい

た人物は、きっと商家の主人であろうなどと、勝手に決めつけてしまっていた。

 山道を、腰に先ほどの携帯用の燭台を紐でつるし、銀のキセルが入っていそうな

鹿皮で、上手な七福人の目貫つきの煙草入れを、帯に挟み、店の若衆を連れ、旅籠に

急ぐ様子が、まるで広重版画の一場面を見るようだ…などと勝手に想像しながら帰路に

向かったのである。

 さて、ローソクの火…聖なる火…といえば、聖火。ちょっと苦しかったかな…。

今まさに四年に一度のシドニーオリンピックの真最中である。 日本、いや、世界中の

一番注目している話題ではあるまいか?。

 四年に一度、日本中の人々がスポーツ観戦に夢中になる時である。いや、こころの

なかでは、スポーツマンになりきっているような気さえする熱の入れようである。

競技で日本選手がメダルをとった時などテレビの前で、大声、万歳、…、家族で

勝利を喜び、選手を褒め称え、あたかもその選手と長年の友人のような気さえしてくる

のである。また敗者のインタビューの涙に共感し、目頭を熱くしてしまうのである。

このような感動!…。家族のコミュニケーションができる事はそうあるものではないと

思う。…オリンピックに、選手団に乾杯!、そして感謝。

そういえば、 開会式に、韓国と北朝鮮の選手団が肩を並べ、手を取り合って、一本の

国旗を掲げ笑顔で入場してくる様子をみて、又、世界中で互いに戦争をしている国々が

「スポーツ」をとおし、仲良くなれる、オリンピックとはすばらしい行事である。

 ところで世界中で現在も、戦争が起こっております。しかし、紛争国内の内紛に便乗

し、第三者が経済戦争を仕掛けていると考えられるのではないだろうか。

 一瞬にして人類を滅亡させ、地球を破壊する核爆弾の保有など、許すべきではない。

 先日、マスコミで「地雷」を取り上げていた。ところで、地雷の値段を皆さんは知っ

ておられますか?なんと、日本円で二百円位だそうです。そして、この地雷の目的とは

、人を殺すのでは無く、足を一本程度吹っ飛ばす目的のようである。

 その程度の火薬が仕込まれている、とは、或る地雷設計、製造国の設計者の発言である。

 つまり、人を殺してしまうより、怪我人を増やせば、その被害国の負担が多大にになる

と言う、そして、反政府側と政府側の両方へ地雷を販売する、それも、後進国の資源を

多くもつ国々に売り込んでいるという。人の弱みにつけ込んだ悪徳商法としか思われない。

 つまり、経済戦争を仕掛けているとしか言えないのである。「弱肉強食」の動物と同じ

ではないか、人類であるならば、今問題になっている、環境破壊、地球温暖化、エネルギ

ー問題、他…。世界が一つになり、人類の将来、そして、地球の未来を考えなくてはなら

ない時期であり、戦争をしている場合ではない事を知らしめ、オリンヒ゜ックのように

人類が一つになり、共存共栄していかねばならない、…とオリンピックの表彰式を観てい

た無意識の或る一瞬間、脳裏に強烈に浮かび上がったのである。

 「はーいお茶」と言う声がして、ふと我に戻った時、伊万里の梅花文様の猪口にグ

リーン鮮やかな緑茶が、春慶塗り古書机の上にあった。この伊万里の猪口を口に運び

、さほど熱くない緑茶を口中に含み一口飲み込んだのである。なんと、とろりとした、

甘さと苦みそして香りの絶妙なハーモニー、そんな一瞬、平和のありがたさ、大切さを

しみじみと痛感していたのである。

 世界平和と人類の幸福を携帯用燭台に、一本のローソクの聖なる火と共に祈る!。

徳  峰

◎画像の御紹介

       携帯用燭台

      アドレス  http://www.jm-art.co.jp/goods404.html

       ☆伊万里猪口

。       アドレス http://www.jm-art.co.jp/goods/goods274.html

  

 

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【二行の風物詩…桔梗】       徳 峰

 

紫の清楚な桔梗を数本、古備前のお歯黒壺にさす。

 初秋の夕暮れ、障子のすきまから秋風が桔梗の花にそそぐ。

 

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bP1【   李朝の硯と炭  】

 

ここは、濃尾平野の北東、夏の鵜飼いで有名な長良川の両岸に広くまたがる

岐阜市である。

 夏の夜空に華麗に花開く、立体瞬間的映像空間である花火…華火…と、それ

に酔いしれる人々の熱気、気迫、そして、この地方独特の蒸し暑さのなか、

異様なまでの興奮と感激と陶酔。

 ほんの一時である夏の花火とは、人々をこのように情熱的に、そして、

日常の憂さを忘れらるかのように、楽しむ夏の無くてはならない祭である。

又、この長良川で特に有名なのが鵜飼である。この鵜飼であるが、中国の

「随書」{六二〇年頃}、記紀・万葉などにも記載されていたとのこと。

近世次第に衰退する中、宮内庁の保護を受けて、現在もこの長良川の鵜飼漁

は有名である。

初秋の透き通るような青空、この長良川の堤防に車を止め、ふと降り立った

足元には、夏の花火にも負けない、華麗な、そして、妖艶な彼岸花の大輪が

数本、太陽の光をうけ、金色に輝き胸を張って堂々と咲き誇っているように

見うけられた。 

 その堤防から、ほど近い、よくある「がらくたや」風の…。いや!失礼。

古美術店のこれでもか〜。というくらいの埃をかぶっている下手の「李朝

の硯」を発見しました。『これはすばらしい!』という物では全くありません

でした。

しかし、なぜか妙に懐かしく思われ、手に取り、思いきり息を吹きかけ…

咳き込むのでありました。

 店の主人も埃の煙幕に妙に恐縮し、出血サービスしてくれた事は言うまで

もありませんでした。

さて、この李朝の硯、さぞ著名な書家の持ち物とは、ほど遠く、想像する

に、さしずめ李朝時代の子供たちの用いた硯に違いないと思わせるような、

「ひっかききず」が裏面に見うけられるのです。

硯は二つあり、一つは「鳳凰」の彫刻があり、他は、「蝙蝠と鹿」らしき

彫刻がみられる。

 おそらく、虫食いで、足のとれかかっている小さな文机の上に、白磁の丁度

子供の手のひらに、すっぽりと収まる可愛いうさぎの水滴とともに有り。

 そして、この硯で、足のしびれと格闘しながら、墨を擦り、手習いの子供

たちの声が聞こえてくるようである。

 ところで、話は変わりますが「墨」といえば、最近「炭」で作ったシャン

プー、石鹸などが、巷で大変なブームだとか。

 最初に我が家の洗面の石鹸箱を「真っ黒な物体」が占領していた時には、

大変驚いたと同時に、地球に優しいとの説明書をみて、考案者の発想には、

我ながら脱帽する思いでありました。

 そういえば、近頃、河川とか海が大変汚れているという話を毎日のように

マスコミなどから耳にしている気がしてなりません。…困ったものである。

この「炭」のシャンプー、石鹸は排水に浄化作用があるとの事、今風に言う

と、地球に優しいらしい。別にコマーシャルではありませんので、あしからず。

 さて、日本のどこの地域へ行ってもよく耳にすることなんですが、…「この

川、昔はいくらでも魚がおったけどなー 、今は水が汚れてすっかりおらんよ

うになってまったもんなー」とは、地元の老人の寂しげで落胆した言葉。

 高度成長期において、企業は生産第一を考え日本経済に貢献したものの、

多少の公害には目をそむけていたのでは無いだろうか?。

 ここにきて、低経済となり、また、当時のつけがきた為、地球への思いやり

とでも言おうか、「ISO」の取得等、環境問題に取り組みかけたのである。

 数十年遅いのである。戦後、五十年あまりで魚すら住めなくなっている地球

にしてしまった現実…。反省と対策を希望!。

 それは、企業だけのはなしいでは無い。「便利さ」を追求するあまり、化学

薬品等の異常に使用された商品の購入、産業廃棄物の埋め立てによる汚染等…。

 ゴルフ場の乱立により、芝生の消毒による汚染も原因の一つである。

人類一人一人に責任があると言わねばならないと思われる。

 そこで、この便利な生活文化をこのさい、数十年昔へ戻したらどうか?。

一度、ご購読いただいている皆様も想像してみられたらいかがでしょうか?

 あまり極端な事は、三日坊主で終わってしまいますが、虚弱体質、やわな

精神力、ほとんど消え失せたハングリー精神の現代の子供たちのためには、

絶対良いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?。

 ご父兄の諸氏、教職員の皆様!。

いつものように、ぶつぶつとつぶやきながら、一寸大きめの根来の丸盆の、

相当使いこまれた風情をもった赤と対象に、李朝の「雨漏り」がうれしい

白磁の徳利の白、それに、とろとろの無地刷毛目馬上杯に冷酒を少し注いで

口にはこぶ、酒の甘みがたまらない。ふと、手には釣り竿、明日は中学生の

息子と久しぶりの釣行。

 息子は、釣り道具バックに、せがまれてプレゼントした、カラフルなとんぼ

玉を数個、キーホルダーとしてつるしている。お気に入りのようだ。

 学校で先生が「近くの川で釣りをしたら、必ず川に戻してあげてね。」と言

ってたよ、と小学生の頃、息子が話てくれた。

放流をしているからだそうだ。つまり、自然繁殖ができなくなっているから

である。早く、自由に、思いっきり釣りがしたいものである。そんな清流の川

を早く、子供たちに、プレゼントできるようにしたいものである。

 未来の子供たちにも残して行かなければならない。

…いつまでも、青い地球であってほしい。

 

徳  峰

☆画像の御紹介   

◎李朝の硯

アドレス http://www.jm-art.co.jp/goods366-2.html

http://www.jm-art.co.jp/goods366-1.html

◎李朝の徳利

  アドレス http://www.jm-art.co.jp/goods338.html

 

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【 二行の風物詩…夕餉の支度 】     徳 峰

 

   初秋の夕餉の支度、妻は野菜を少し切りとって、

   これは、鳴く虫の為だと、染め付けの小皿にとり、庭先に置く。

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bP2【 「まりと戯れる猫」の根付 】

いつも車で走り慣れた五条川の堤防、葉がやっと紅葉しかかった秋の桜並木

道、そして、夕日で銀色に輝くちゃら瀬の川波、桜古木の遙か彼方とは思え

ない大輪の朱赤に輝く夕暮れの落日。

 あ!、目前を横切った小動物、一瞬急ブレーキをかけた、南無阿弥陀仏…。

危機一髪。 なんと、可愛らしい三毛猫の子どもであった。

 ふと、バックミラーで無事を確認しようとみたら、草むらから、体を乗り出

し、さも、申し訳なそうな目つきでこちらを見つめていた。ああ、やれやれ…。

子猫といえば、いつか骨董市で求めた「まりと戯れる猫」の根付が頭に浮か

んだ。

象牙製で毛糸ふうのまりと戯れる猫の意匠の根付である。

まん丸目玉の愛らしい子猫とは、まったく異なり、ネズミを捕らえた精悍な

「うー!」と、まさに爪をたて、今にも敵に襲いかかろうとしている瞬間を

デザインしたかと思われるような、荒削りではあるが、「鋭い目、引き締まっ

た口元、少し立て気味の耳、そして、獲物を逃がすまいと爪を立てているさ

ま、」たった、四センチの大きさではあるけれど、さすが「正秀」の作、雰囲

気抜群の作意気とみた。…なかなかのものである。

 そういえば、子供の頃我が家ではいつも猫を飼っていた思い出がある。

子猫をどこかで、鰹節をつけてもらってきた…、この地方だけの風習なのか

不明であるが、子猫を差し上げる時、つまり、養子縁組みする時には、鰹節

を拵え荷物として、一緒に差し上げるという事が慣わしであった。今は…?。 

 子猫をもらい受ける時には、必ず先方の飼い主の人に聞かねばならない大切

な事があった、それは、その養子縁組をしようとしている子猫が「数匹生ま

れた兄弟の内で最初に生まれたか、どうかである」。

 なぜか?。…猫というのは、兄弟の内、最初に生まれた子猫でないと、

ネズミを捕らえない、というか、ネズミを捕らえる事が下手であると言われて

いた為であった。

この「ネズミを捕らえる」と言うことは、猫を飼ううえで非常に大切な事で

あったのです。

つまり、当時は大変ネズミが多く、家の縁の下、天井、押入の中など、

いたるところで、ドタバタ夜の大運動会。

 そこに、猫が現れると、一瞬にして大運動会が中止され、秋の鳴く虫の

コンサート会場に一変する。

 また、穀物、衣類、書類等、ネズミ達に食いちらかされていたので、飼い猫

というのは、家族同様大切に飼われていたのです。

 今時のような、ペットを捨てるなど、とんでもない話である。

 現在は、ほとんどは趣味、愛玩用として、猫を飼う事が多く、飽きてきたり

、他のペットを飼うと、いらなくなると言う困った飼い主が増えている。

 ただ、昔の猫の餌といえば、魚の骨、しっぽ、せいぜい鰹を振りかけた

猫まんま。…これに醤油を少し垂らすとうまいんですが。

 猫たちも、必死でご馳走であるネズミを追っかけたものである。…と思い

ますが?。

 つまり、大変野生的であった、まさに、「正秀」作の「猫とまりの根付」の

ようであった。

しかし、現代の猫はというと、ほとんどネズミの棲むよちのない近代住宅

で、食べ物といえば、キャットフード、高級肉の缶詰など、たいへん食べ物、

栄養にも恵まれている。

 これでは、ネズミを捕れと言っても、ネズミもいないし、追っかける必要も

全くなくなっているのが現状であり、野生さもなくなってきている。

 何か、現代の人間様とよく似ているような気がする。

 今の若者、会社ではお給料はほどほどに、週休二日、残業は少しだけ、

人生楽しむことが第一、ほとんどハングリー精神がない、こんな話を大変よく

聞くのて゛あります。

物の有り余った、ない物はない、欲しい物もそれ程ない、こんな世の中で

育てば仕方がないかもしれないけれど。…日本の将来が?。

 文明というのは、進歩しすぎはよくない!。…そんな気がしてきてしまうの

です。…ああ、歳かなあ…。

それはさておき、そういえば数年前の話でありますが、あるお宅へ用があって

訪ねた時のことでした。

 歴史を感じさせるお宅で、和室の隅には江戸中期頃の分厚い欅材で重厚な

金具細工も見事な船箪笥で、漆の透き通った飴赤の木目が冴えた鈍い光沢を

誇らしげにしていた。

 箪笥の上には、背丈で二十センチ位の染付唐草詰文瓶に姫ざくろが一輪

赤い小さな可憐な花と秋色に染まりかけた十円玉位の姿は立派な果実をつけ、

客をもてなしているようであった。

 ふるまわれた色絵染付金彩猪口に緑鮮やかな玉露が一寸ぬるめ。甘みと香り

が苦みをおさえ口中一杯にひろがり、至福のひとときを過ごしている時、

 ふと、庭に目をやると、シャム猫がおいしそうに例の猫まんまじゃなくて、

鶏のささみ風の肉をたべているようでした。

 ふと餌器をみたら、相当使い込んだ見るからに、こぎたない…いや失礼、無釉

の片口の鉢だった。なにか、気になったので、今風の餌鉢と交換という約束で

その鉢を譲り受けたのでした。

 この鉢、だいぶ日にちが過ぎ忘れた頃、綺麗に洗い熱湯消毒し、よく観察を

してみたところ、これがなんと「常滑片口鉢…ほぼ室町時代に間違いない品物」

であったのでした。

たっぷりと掛かった銀化した自然釉が現れ、たいへん魅力的であり野趣的な

一品であった。

さっそく、お礼として彼、シャム猫君に、猫まんま用鰹節をクロネコの宅急

便で贈っておきました。

徳  峰

◎画像紹介 http://www.jm-art.co.jp/goods304.html

 

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【二行の風物詩……落ち穂拾い】 徳  峰

堤のすすきに赤とんぼは体を休め、すずめたちは落ち穂拾ろい、

    野良仕事の老人は、手を休め、印判手の茶碗で、茶を一福。

 

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bP3【 刀剣の鍛え肌 】  

ここは、古都のある博物館、 目前のさぞ高価であろう厚手のガラスケース

の向こうには、純白の布が刀掛けに覆われている。

 そこには、刃長 二尺一寸五分 「孫六兼元の銘刀」の古刀が鎮座していた。

 孫六兼元とは、室町時代、享禄 美濃鍛冶兼元の二代目。室町後期美濃鍛冶

の代表工である。 たいへん、知名度のある鍛冶工である。

尖り互の目、三本杉の刃文」であり、兼元の特色がよく現れている。

 五百年経過した今日見ても、 たいへんみごとな作意気である。

また、孫六兼元の刀は、幕末の書籍「懐宝剣尺」で最上大業物(さいじょう

おおわざもの)という一番よく切れる刀の刀工、十二名の内に入っています。

上から、下から、斜めから、光と格闘しながら、必死のガラス越しでの鑑賞

を終え、興奮を引きずり、市内にある、日本刀専門の刀屋さんをたずねてみま

した。

 店内を見回して一振の刀を、店主の許しをえて手に取り、光にかざし刀の

地肌をすがめ鑑賞…。

 よく刀といえばすぐ刃文と言われるが、私は、鍛え肌(地肌)を主に、次に

刃文を鑑賞しています。

刀剣を製作する事を「刀を鍛える」と言いますが、刀とは、機能上、「おれ

ず、曲がらず、よく切れる」ものでなくてはなりません。

  そのため、心鉄の柔らかい鉄(心金)を硬い鋼(皮金)で包んであるわけ

です。その皮金は何度も折り曲げ鍛えてあるが、この折り曲げ鍛え方により、

刀工の特徴ある地肌が創作されるのである。

 日本刀は切れるだけではだめなんです、美しくなければ!。

地肌の種類としては、梨子地肌、杢目肌、柾目肌、板目肌、綾杉肌、

が基本となります。 つまり、折り曲げて鍛えるので、木材と同じような木地

の文様としてあらわれるのです。

 ぴかぴかのステンレスのような表面ではありません。

そのようなぴかぴかの物は、刀ではありません。 ただ刀の形をした、鉄の棒

なのです。

何度も繰り返し折り曲げ、鍛えた物でないといけないなんて、なにか人間にも

共通して言えることではないでしょうか?。

 刀剣は、十本が十本すべて刃文、地肌が異なります、このような見方で一度

日本刀を鑑賞してみてください、たいへん味わいのある物です。

日本刀は怖い、ではなく、すごーく綺麗な、鉄の棒じゃなくて、世界に誇る

鉄の芸術品なんです。

刀剣は制作時点から、武具であり、かつ、鑑賞のために制作された物です。

 そして、そのケーシングすなわち、拵え及び飾り金具等、その時代の最高の

職人のいい仕事がされているのです。

 つまり、よく言われる武士の魂であり、かつ、愛用グッズであり、武士の

最高のおしゃれグッズて゛あったようです。

 現在でいうならば、他人に差を付けたい高級自家用車といったところでしょ

うか?。…うん。

先ほどから、我が手にある一振りの無銘刀、柾目肌にて丁字刃が美しい!。

 この刀の鍛冶工は、数百年以前にどんな思いでこの刀を鍛えたのた゛ろうか

?。 我が領主の為に、国家安泰の為…人斬り包丁だけれど、自分の技術伝承

の為、あるいは、家族を養う食いぶちの為、本当のところは聞くことができれ

ば聞いてみたいのもやまやまなれど、そんな訳にもいかないのです。

 いずれにしても、たいへんすばらしい出来ばえと言える。

 もし、今日現在か゛武家社会で、自分が武士として生きていくと言うこと

になったとした場合、重大なミスを犯し、愛用の合口で自害せざるを得ないと

き。 また、戦場で愛用の刀に命をかけなくてはならい時、などと考えると、

「刀剣は武士の魂である」という言葉が理解出来るような気がしてくるのである。

この武家社会を現代社会に当てはめた場合、議員、官僚、役人、公安、民間

を問わず切腹しなくてはならない者がかなり多いはず!。…しっかりしてもらわ

なければ困りものである。

 また、我が領主の為に戦場で愛刀一本に、命が懸けられるでしょうか?。

「武士は食わねど高楊枝」といいますが、…う〜ん!。

これらの行為を日常当然の事と考え生きていくという武家社会、武士道の厳格さ

はすごいとしか言えないのではないた゛ろうか。

とても現代の我々では勤まらないような気がするのて゛すがどうでしょうか?。

無銘刀を握り、いろいろと想像していましたら、一福どうですか…の店主

の声、円形厚手ガラスの載った時代備前の、直径五十センチもあろうか片口造り

のどっしりとした火鉢の上に差し出された、古萩茶碗に一福のお抹茶と古九谷の

小皿には、半生柿で白餡を包んだ和菓子。

古九谷小皿の図柄見たさに、和菓子を口中に放り込み小皿の鑑賞、「山水風景」

で色彩のコントラストがすばらしかった。 特に深緑色と黄色が印象的であった。

さっ、さめないうちにとうぞ」のすすめでお抹茶をすすったのである。

店主の心にくいまでのもてなし、心遣いに感激し、「今日はたいへん佳い物を

拝見でき幸せでした」の挨拶とともに再来の約束をして店を後にした。

 帰路の途中、山村に通り掛かった、ふと左前方に目をやると秋の真っ赤な

夕日に照らされてか、完熟の柿か゛古木がたわむくらい、たくさん実をつけて

いた。

柿の古木の向こう側には、歴史を感じるほどの茅葺きの家、そして、その壁板

に沿わせ、冬支度の為なのか、薪が背丈くらい、まるで石垣のように、美を意識

したかのように器用に積まれていた。

また、軒先あたりにはレイアウトよろしく大八車の大車輪が左右にそれぞれ

ひとつずつ陳列されていた。

 そんな風景画の中に溶け込むように、夕日を背にうけ、帰途についたのである。

徳 峰

《参考画像…時代備前の火鉢》

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

 

 

【 二行の風物詩 】 徳 峰

堤には、コスモスのピンクの群生、田園に紫煙漂い、燻煙が香る。

    つるべ落としの夕暮れに、野良上がりの老人は馬上杯で一献。

 

bP4【 古代中国瓦当(がとう) 】  

ここは、いつもの慣れた業者市。せり声響く会場で、つぎつぎと荷が落札さ

れていく風景は、たいへん威勢がよい。

 品物はと言えば、古伊万里の皿、古瀬戸の壺…ニュー有り、埃はサービス

うぶ出しの古裂、どこかの芸者さんが使っていたのか帯止めの細工物、かと思

えば、北大路魯山人の白釉にコバルトの横縞の大振りの湯呑茶碗、底には、

「ロ」の銘有り、これはたいへんな人気であった。

 つぎつぎと荷物が、角盆の上に載せられ古美術商の前を落札されていくたび

に流れていくのである。まさにベルトコンベアーに載った荷物が動くように、

ただし、電動ではなく手押しではあるが。

 その間に、骨董商は目前の荷物を自分なりに、また、仲間同士で相談しなが

ら、その商品の年代・価値・無傷かどうか、自分の経験と勘とあらゆる情報で、

 まるで、コンピューターで処理するがごとく、迅速に、かつ正確に判断をし

ていかなければならないのである。 死活問題となるからである。

 たとえば、ある商品の情報を入力すれば、そくざに、回答が出せるような

コンピューターソフトを開発してもらえれば、非常に楽だし、勘に頼ることな

く非常に正確であるので、必ず売れる「ソフト」になるのではないでしょうか。

…ただし、掘り出し物はなくなりますが!。

 ある種類の商品の鑑定用コンピューターソフトは、一部あるようですが。

 さて、角盆に載せようとしている荷主に声をかけられたので、そばに近寄っ

てみたところ、桐箱からは、古裂に包まれた何か円盤状の物を四枚とりだして

角盆に、そして一冊の分厚い書籍も一緒に陳列されたのである。

 そこに、数人の業者が集まり、品定めを始めたのである。手にとって見てみ

ると、どうやら、古代の瓦片のようである。

 よく出品されるのが、日本の社寺あるいは城の古瓦片であるが、これはデザ

インが日本の物と違うことがすぐわかったのである。

 荷主から、その分厚い一冊の書籍「中国古代瓦当図典」のあるページを見せら

れたので、読んでみたところ…いや失礼、中国語は全く判りません。

 読める漢字のみを順に読んでいくとだいたい何が書いてあるかわかるような

気がするのであったのです。

瓦当(がとう)とは、軒に葺く丸瓦の先端部の文様のある部分 のことです。

 この品物は荷主によると、ある茶人の所蔵にて書籍と一緒にうぶ出しで出て

きた商品だということである。どうも、その茶人の方が中国から、この書籍を

取り寄せられ研究されていたとのことだそうであります。

※書籍によりますと…参考画像をご参照願います。

 【 NO.   瓦当名称 時代    サイズ(直径) 】

  ◎ 539−3 葵紋瓦当 戦国〜秦 14.5 CM

539−2 葵紋瓦当 戦国〜秦 15 CM 記載無

539−4 云紋瓦当 16.2 CM

539−1 長生無極瓦当 17  CM

      ※とりあえず日本語文字に変更して記載してみました。

古代中国でそれぞれ、「戦国〜秦」:B.C.453年〜207年の時 代で、

「漢」:B.C.206年〜A.D.220年の時代となります。

紀元前2000年紀の末期、周が殷王朝を滅ぼし、激動の時代の始まりであ

り、以後800年で中国社会は変化をする。この変化が中国最初の大帝国、秦の出

現の土壌となる。覇権を争う王国である秦は列強国を倒し、中国を統一、秦王は

最初の皇帝を意味する「始皇帝」を名乗ることになった。

 1911年まで続く帝政が誕生。その後に続く時代が、400年間栄えた

前後漢である、中国史で活気で、豊かな時代であった。漢帝国は世界の東文化

圏を覆っていたのである。

歴史はこれくらいにいたしまして、さて、先程の瓦当ですが、今から約200

0年位以前に製作され、皇帝の宮殿址から出土した物。…?。かどうかは定か

ではありませんが、いずれにしても、2000年が経過しております。

 「瓦は、2000年後にそのままの姿で瓦当を残した。人は、何を残す事が

できるのであろうか?」。ただし、地球が存在しているとしての事、瓦当を手

にして、しばし自分の人生、いったい何を残す事ができるのか考える機会を持

つことができたのでありました。

皆様も一度考えてみられたらどうでしょうか?。

 ここのところ、 新聞など見ていますと、 遺跡出土等の記事が連日といって

よいほど、掲載されております。古代のロマンをもとめて…でしょうか。

 ちょっとしたブームかなと思っておりましたところ、皆様もご承知の「60

万年前の前期旧石器時代の遺跡から石器発掘ねつ造」が発覚。とんでもない話

である。

 出土品は、発掘された地層、あるいは、機械とコンピューターを使用すれば、

明白になろうが、発掘した場所の情報は、発掘者に依存せざるを得ないとの事。

 流通で出回る出土品についても、発掘場所がはっきりと限定、証明されてい

るかどうかで、天地の差となってしまう。つまり、発掘者しだいということで

あるが故、発掘者には当然責任があるはずである。

自分への課せられたプレッシャー、そして、自分の売名行為のためか、いず

れにしろ、「ねつ造」など考古学上、絶対にあってはならないことであり、歴

史を曲げ、先人を否定する行為である。

 その遺跡に何か゛出土しようが、しまいが、秩父原人がいようが、いまいが、

事実を究明し、判明する事が、発掘調査の重要な目的であろうし、次世代に

事実を、そして、明確な歴史を伝承していく事が最も重要だと思うのである。

学校の教科書にまで影響を及ぼすなど、とんでもない犯罪といえるのではな

いだろうか。 ただ、以前からおおよそ、わかっていたとの事、もっと早い段階

で解明し、防ぐべきであった。関係筋の怠慢も発覚したのだ。

発掘調査員は歴史を究明する重要な任務であるから、技術、教養、にプラス

して、人間性を特に重要視して、調査員に選任すべきであろう。

さて、先程の発掘品「古代中国瓦当」をなんとか落札し、漢時代の緑釉壺と

いっしょに古裂の風呂敷につつみ、市を後にした。

桜並木の堤防を、赤く時には黄金色をした紅葉の葉と、少しこ寒い西北の風に

向かって、帰途についたのである。

徳 峰

《参考画像…古代中国瓦当》

URL http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

 

二行の風物詩

   部屋の片隅、船箪笥に飾る中国新石器時代アンダーソンの小壺。

    小菊を一握り投入、 赤、白、黄、…、菊花で感ずる晩秋の香り。

 

 

bP5【古家へ集う世界の骨董  】  

 北風もだんだんと冷たくなってきたここ岐阜県北部のある小さな山村。

 早朝より、ぽつりぽつりと、やけに楽しげに小脇に荷物を抱えた、人々が一

軒の茅葺の古家へ集まってきている。

 煙突からは、白い煙りが風に流され青空に吸い込まれていくようである。

北風とともに、赤、黄、橙、茶、暗緑、…、そして、それらの色彩の混じり合

ったハーモニー、自然の織りなす 美しく芸術的なマチエール、紅葉した木の

葉の円舞曲。

 小太りで年配の、八百屋のおばちゃん風のご婦人は顔中しわだらけにして楽

しそうに笑いながら、小さめの風呂敷包みを持ち、妙にぺこぺこと連れのご婦

人に頭を下げしきりに話をしながら。

 相手のご婦人は、髪に少し紫のヘアーカラーをし、頭のてっぺんからつま

先まで超有名ブランド品で身を固めておられるようである、どうみても重役夫

人かな?。そのご婦人、北風のいたずらか紅葉したはっぱが一枚帽子に…、

あっ、良くできたブローチでした。

 また、年の頃なら三十頃の青年はサングラスに眉間に二本の深いしわ、朝日

がサングラスを透過すれば、そこには涼しげな切れ長の瞳、小脇に一メートル

位の長さの古裂巻物を抱え、無口で。

 その後方には、二人ずれの中年の男達、渋めのネクタイがよく似合う白髪で

ダンディな紳士風の男は肩にショルダーバックを掛けている、あれはどう見て

も有名ブランドバックとすぐにわかった。バッグのしわの寄りかたから見ると、

重そうな何かが入っているはずである。

 もう一人の男は、長髪で銀縁メガネで、たいそう大きな円盤ふうの風呂敷包

みを抱えている、そのしなやかな指には、ちよっと派手で太めのプラチナリン

グ、埋め込まれている宝石が朝日に眩しく光り輝いている。顔中髭だらけと言

ったほうがいいのかもしれない。暖かそうな手編みの厚手のカーデガンを着て、

一寸ばかり、派手ではあるが。 この二人ずれ、何かしきりに討論しているか

のように見えた。 このへんで、私も古家へ入ることにした。

 かなり使い込まれた古色の木戸から、家内へ足を一歩踏み入れた。土間の右

手には、かなりの広さの縁板張りの間、中央にはいろりが切ってあり黒く燻っ

て、黒光りをした扇形横木に自在鉤、主人がいとおしさを込め手入れしたので

あろう。 赤々と起こった炭火が、今ではあまり見かけない灰から顔を出し鉄

の茶釜と、お客の心を暖めている。 家内に香り、目にしみるような紫煙と歴史

を含んだ気が漂う。 家内全体真っ黒け…、といっちゃーおしまいよ!。

 ダークセピア色にいにしえの香りが漂う。少なくともここにいる人々はきっ

と心の故郷を発見、そして心の安息の地を見いだしているのではないだろうか

木戸から差し込む朝日を背に数人の人々が、おもいおもいの手荷物をもち

家内に、そして、いろりの周りに集まって互いに和気藹々と手荷物の封を開

け、いろりの周りに、または、時代のある大黒、恵比寿像の棚下段におのおの

自慢の品を陳列したのである。

 もうお判りだと存じますが、古美術研究会メンバーの勉強会なんです。いや

、自慢会になってしまうかもね…。

晩秋のこの時期、いにしえの里、風情ある旅籠、いや旅館で古美術品の話題

て゛夜が明けるまで、飲み、語りあい、そして早朝から一軒の古家を会場に研

究会を開催。

 八百屋のおばちゃん風ご婦人の品物、中国漢の緑釉銀化小壺は釉薬全体が銀

化していて緑と鈍く光輝く銀色のハーモニーが素敵である。

 ラルシュ作「網かごと五人のチルドレンとでも言いましょうか 」いぶし金

色ブロンズ製、アールヌーホ゛ーの世界である。裸の子供達の動き、顔の表情

が全体に躍動感を持った作品に仕上げられている。デッサン力たるや凡人では

足下にも及ばない写実主義の表現である。これは、ブランドできめている重役

夫人の持参品です。

 無口なサングラスの青年の所持骨董は、江戸後期頃と思われる「山水図」

呉春画とある。 紙の古色と墨の濃淡が微妙に変化し遠近を表現している様が

絶品であり、山水墨画の醍醐味であろう。

長髪、銀縁メガネの中年男性の抱えたものは、「九谷梟図大皿」明治時代頃

とお見受け候。金の外周覆輪に月夜の梟が樹木に止まっている、丸い水彩画

といった大皿です。

数寄者達が持ち寄った品々には、白磁が美しい李朝の白磁台鉢。エジプトの

ウシャブチ(ミイラ型石像副葬品)古代エジプトの香りが漂う一品。たいへん

愛嬌のあるクメール時代(カンボジヤ)の黄褐釉人面瓶。手のひらに収まる位

の可愛らしいデザインの紀元前数世紀ごろの青銅製動物(鹿かトナカイ?)。

虫食いと風化が激しいけれど、数寄者には涙が出るほどうれしい鎌倉時代頃の

木製神像。その他数点個性的な古美術品。思わず喉から手がでてしまつた!。

ふと、隣で白髪ダンディー紳士がバッグから大層重そうな古代建築石材の欠

片を…、と見えたんですが、実は裏向きでありまして拝見させていただいたら

ば、どうもインド石像の残欠ありました。察するところ、音楽神である「サラ

シュワティ」の彫刻残欠のようです。約一千年前の作品で女性神が弦楽器を奏

でる淡紅色砂岩製で、石像数寄人には「たまらん!…」一品ではないでしょう

か。 ところで、この石像をみて思うのですが、どうも、戦争で破壊された時

の残欠ではなかろうかと。

 ここのところ、毎日のように「世界遺産」という言葉をよく 耳にいたしま

す。 先人の残した遺産を残し保存しようと言う事だとおもいます。遅まきな

がら善行であり、次世代へ継承する義務であるのです。

 先人の遺産を、ルールに反した戦争という悲劇、あるいは、犯罪とも思える

戦争、異宗教戦争などにより破壊してしまった。

 たとえば、世界の著名な石像類を見てみても、かなり戦争の犠牲になり破壊

されているのが現状である。

なぜ、ここ古屋に集う世界各国の古美術品が、仲良く争いもなく肩を並べ

ているのに、人間どもは、いつまで戦争をくりかえしていくのか?、地球が

いつまで現存できるのかさえ分らないのに…。

戦争被害者と破壊された石像に合掌…。

徳  峰

※【参考画像】…扇形横木

         http://www.jm-art.co.jp/goods430.html

【 二行の風物詩 】

  落葉樹の下、紅葉の絨毯、樹木の隙間から差し込む

太陽に反射しキラリと輝く、ドングリをほおばる小リスの瞳。

徳  峰

 

bP6【誕生仏と世紀末  】  

世紀末の先日、仏教美術を主に商う古美術商を久々に訪ねてみることにしま

した。そして、 背丈なら二十センチ位の何か妙に懐かしさを誘う、金銅仏を発

見。右手を天に、左手は地を指し…。

ここは京都、骨董の老舗、主人は三代目で子供の頃から、薩摩切子で牛乳を

飲み、近所の子供たちとは、江戸の兜をかぶり、手には幕末あたりの岡っ引き

の十手を握りチャンバラ、 夜は、古文書で二代目と字の勉強…。

 か、どうかは判りませんが、いずれにしろ古美術の香り、歴史の色彩、使い

込まれた道具から発散される暖かみのある雰囲気、優しさの形、手に伝わる感

触。呼吸をすれば鼻から脳へかすかに伝わる古の香り。

 この店主は、そんな骨董の中で育った、オタマジャクシじゃなくて、三代目

蛙の子なのだそうだ。店主の古美術と店への愛情は、黒光りする柱、小綺麗に

片づけられた骨董類にあらわれているようである。

 そんな店の片隅に、先程の金銅仏が、笑顔で客を出迎えてくれていたのであ

る。 どうやら、「誕生仏」のようだ。

 なぜ?、懐かしく想ったのか、しばし考えていたら、走馬燈のように思い出

されてきたのである。

 あれは、我が御幼少のみぎり…なんちゃって、冗談はおいときまして。 

小学校の低学年の頃か、花は満開、確か四月頃と想ったのですが、お釈迦様の

日でしょうか? 近所にある古寺の本堂正面、緑鮮やかに茂る古木の近くで、

色とりどりの供え花で飾られた、こぢんまりとしたお堂の中央に背丈が二十セ

ンチほどの仏像が祀ってあった記憶がある。

 近所の子供達といっしょに、手には真っ黒くすすけた、あるいはぺこぺこに

へこんだやかんをぶらさげ、又は、表面が傷だらけのアルミニュウム製で、蓋

の上部には、方位磁石のついた遠足用水筒を肩に掛け、砂利道をすりへったゴ

ムゾウリを引っかけ、古寺へ急いだ思い出が、一枚のセピア色の写真のように

脳裏に焼き付いているのである。

 子供ながらに、なぜかはわからなかったけれど、「あまちゃ」なる液体をこ

の仏像の頭のてっぺんから、小さなふしゃくであびせて、拝んでいたように思

う。確かこの仏像、天と地を指さしておられたような…。

そういえば、子供の頃頭からシャワーを浴びたり、風呂場で湯桶のお湯を頭

からかぶった時などによくお釈迦様みたいだね…、と言われた記憶があった。

今では子供とお風呂へ入ったとき、お釈迦様みたいだ。と無意識に何度も

言っているような気がする。 

この「誕生仏」すなわち、お釈迦様は現在のネパール南部の釈迦族の出身で

紀元前五世紀頃、衆生を四苦から救うため、恵まれた生活を捨てて修道の生活

に入り、六年後、悟りを得て仏陀となった。以後四十五年間、その教え(仏教)

を人々説き、遊行を続け八十歳で入滅したと言われている。

生誕後二千五百年ぐらいになるが、釈迦像として祀られ、世界を、人々を見

守ってまた、人々の願いを聞きとどけ、拝む人々の心に安らぎを与えているの

ではないだろうか。

 あと数日で、二十世紀も終焉となるけれど、この二十世紀をお釈迦様はどの

ように見ておられたのだろうか?。

私自身、二十世紀のほぼ中間あたりに生まれ、そして成人し、現在に至って

いるわけであり、社会、経済、行政、法律、教育等…。当たり前として、生き

てきたと思う。

 ここであらためて二十世紀とはどのような時代であったろうか?、と振り返

ってみますと、とは言え、すべてをこの目で見てきたのではないのですが!。

第一次世界大戦、第二次世界大戦があり、広島そして長崎へ原子力爆弾が投

下された、世界で唯一の原爆被災国となってしまった、それにより終戦を迎え

たのである。日本国憲法が公布され、日本は戦争を放棄したのである。

 これにより、平和国家となったが、戦争によりゼロからのスタートとなった

が、人々の、そして国家、企業の並々ならぬ努力と研究開発により、高度成長

を成し遂げ、世界のトップに並ぶ先進国となったのである。

災害から見てみると、関東大震災、阪神大震災、そして火山噴火等により、

自然に対する恐さ、人間の弱さ…、人類は「自然」に生かされているんだとい

うことを改めて認識させられたのである。

又、今世紀に入って、ライト兄弟が空飛ぶ人工の鳥すなわち、飛行機なる物

を発明し、自由に鳥と同じ三次元空間を人間の活動範囲としてしまった。同世

紀の内に、「餅つきうさぎ」の棲むという「月」へロケットで着陸し、人類が

ついにうさぎの餅つきの現場を確認…はできなかったらしいけれど。

 そして、「地球は青かった」と言う事が判明したのである。ん〜。

このように科学技術、交通運輸技術、通信技術、化学技術、医療技術、工業

技術を主とし、あらゆる分野で著しい技術の進歩を成し遂げたのである。

 ただし、これらの功績の反面、地球資源の消耗、環境破壊、地球を破滅させ

かねない原子力爆弾の開発など悪影響をもたらしてしまったのである。

 技術の進歩に対し、人の心の発達とのズレ、あるいは歪み、ストレス、など

によるのか異常犯罪、凶悪犯罪が多発しているのであり、物質面だけではいけ

なく、心の発達、あるいは、安定化、癒しが必要であると思われてきている。

こうして、二十世紀という時代は、過去数千年間だけで見てみても、世界全

体があらゆる分野で 異常に進歩、発達しためまぐるしい、そして、最高レベ

ルの時代ではなかったろうか。二十一世紀は…?。

できるのであれば、お釈迦様に聞いてみたいものだと思いながら、オタマジ

ャクシであらせられる店主の古美術店の店先で、金箔が彫刻の隅にわずか残り、

時代の味を醸し出している金銅仏、人々の崇拝、感謝、願いが込められた歴史

の重さ、そして仏の微笑みからの安堵を、心と触覚そして視覚で感じながら、

鑑賞したのであった。

あと数日で、二十世紀の終焉を迎えるが、世界の終焉にならぬよう、また、

皆様が佳き二十一世紀を迎えられますよう、心からお祈り申し上げます。

徳  峰

《参考画像》

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

 

【二行の風物詩…師走の初雪 】

  初雪に、庭の山茶花は白くなり、南天の実は雪の合間から顔をだす。

    子らは雪の中ではしゃぎ、母は焚き火に大掃除、父は百年のすす払い。

  徳  峰

 

bP7【 新世紀元年の正月を大黒、恵比寿とともに  】  

 新世紀元年の正月を、頭に頭巾をかぶり、手には打ち出の小槌をもち、大

きな袋を背負い、米俵の上に立つ大黒天と右手に釣り竿を持ち、左手に釣りあ

げた鯛を抱えた恵比寿とともに迎え、祝ったのであります。

二十一世紀の元年である。百年の計は元年にありとか…。 李朝後期の染付

龍文壺に松竹梅とセンリョウを活け、絵唐津小鉢に福寿草を二、三本植え、馬

の鐙(あぶみ)に乗せ、染付龍文壺と一緒に床へ、正月を彩り飾っています。

センリョウの真っ赤に色付いた実が、染付のコバルトブルー、白磁のホワイ

トとのコントラストが絶妙にグー。

鐙に咲く黄金の小花、福寿草。春恋しと可憐に咲く、あるものは、春待ちど

おしいと体いっぱいに膨らみ、じっと待ち、耐えているのがいじらしくさえ見

えるのである。

そんな正月三日の深夜零時を少しすぎた頃、三日恵比寿の初詣に防寒具に身

を包み家族で出かけるのが、近頃の正月行事となっているのです。

早々に神社へ出向くと、すでに大勢の人々で、にぎわっており、境内の広場

では、炎と火の粉とが天高く仰ぐがごとく舞いあがり、あたかも好景気を示唆

するがごとく、勢いよく燃え上がるのであった。早速、わらに吊り下げた鯛の

供え物をそれぞれ手にして、恵比寿、大黒天に参拝するのでありました。

 二十一世紀、日本の好景気と商売繁盛をお祈りしたのでした。お札と、縁起

物で実物大の「福箕」を受け早々に帰宅、神前に祈り祀ったのでありました。

 さて、七福神である大黒天とは、古くは戦闘神であり、剣を横たえて持った

特異像容であったが、中世以降宝袋を背負い、円満な顔たちの福徳神となった。

厨房に祀られたのは、インドの影響といわれている。恵比寿様は、神話の事代

主神と同一視、又は、海から漂着した神とも言われている。商売繁盛の福神と

して、漁村では、漁の保護神として尊ばれている。

三日恵比寿の初参り後、まだ日の出前の、まどろみのなか、どこかで見覚え

のある、身の丈二メートル位もある大黒、恵比寿様の、『お迎え』の申し入れ

に、何の抵抗もなく、いっしょに同行することになった。

なぜか、無意識のうちに、羽織、袴姿になっているのも気がつかず、付いて

行った先はというと、毘沙門天、弁財天女、福禄寿、寿老人、布袋和尚、つま

り、神々の時空、異次元空間、この世とは思えない異世界であった。そこで見

せられた二十一世紀この世の光景…。

 目の前を、現実とも、映像とも判断がつかないまま、次々とめまぐるしく、

そして、モノクロで、あるいは、フルカラーで、時間と空間が判然とせぬまま

に。佳き事、悪しき出来事、心痛む事件、人々の嬉涙と悲痛な涙、そして、な

にげない日常の出来事に喜び、そして人々と共に涙している者達がいた。

二十一世紀の元年、初夢は骨董市で落札した、身の丈わずか十センチ程度の

黒くすすけた、半ば風化した古木像ではあるけれど、人々に福徳を与え、幸福

を願い、商売繁盛の知恵を授け、世界の平和を数世紀にわたって見守ってきた

であろう、大黒、恵比寿像のお導きであったのである…。

前世紀では、未だ終結せぬ戦争、今世紀中には地球上から「戦争」と言う文

字が忘れ去られてほしいものである。

自然災害も根絶とはいかないにせよ、科学の力をもってして、最小限の被害

にくい止められるよう全勢力をつぎ込む事が肝要と言えるのではないでしょう

か。なぜなら、従来は、戦争のための新兵器開発の効果が、その応用として人

類に貢献されると言う、皮肉な現状であったのである。二十一世紀は、決して

戦争の為でなくて、世界人類共存の為に、科学力の向上、また、全勢力を尽く

すべきものであると考えられるのです。

 今こうして、根来角切折敷の上に瀬戸の石皿、盛りつけられた数々のおせち

に舌づつみし。日の出鶴文様の朱塗蒔絵腕で、この地方特有の醤油仕立て、角

餅に餅菜だけのあっさり雑煮を味わい、二十一世紀元年の正月を祝うことので

きる幸福をかみしめるのである。

 世界中で、佳き事、人々の嬉涙だけを分かち合える世紀になってほいものだ

と、身の丈十センチあまりの大黒、恵比寿像に心から祈るものである。

《参考画像》

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

 

徳 峰

【二行の風物詩…正月の遊び】

正月の子供たちの遊び、凧揚げ、羽根つき、独楽回し、そんな遊びは

  二十世紀の遺物になってしまいそう、伝統文化は二十一世紀も。

徳 峰

 

bP8【 雪国の古美術店で  】  

列車を降りると雪の山村だった。そんな山村で、人生のあり方を考えさせら

れたのでした。

深々と降りしきる粉雪の遙か向こうには、うっすらと、まるで薄墨の山水画

を想わせるかのような山々が連なっている。線路沿いにしばらく歩くと、積雪

が大変似合う茅葺きの古家で、「古美術、古民芸」を商っている店があった。

 お隣は遙か遠い、大変ひなびたところである。趣のある格子の窓、大八車の

車輪と石臼の群が飾ってあるが、なかば雪に埋もれてしまっている。

 軒先の山茶花のピンクと、南天の真っ赤な実の房が、白雪と対比して、ひとき

わ美しく、感動をおぼえた。

肌を刺す風の冷たさに、思わず格子戸を開け、飛び込んでしまいました。

店内には、薪ストーブが置かれ、風の冷たさに飛び込んできた客を、優しく

迎えていれてくれるのであった。赤とオレンジ、炎と火の粉が、赤々と、そし

て、めらめらと、ときには、パチパチと鳴り燃えるさまは、やはり、暖房の原

点なのかと思うのでした。

いきなり、「コーヒーか甘酒のどちらがおよろしいですか」と店主の声に、と

まどいながら、「苦みが強くて、一寸酸味があるといいな、シュガーはやはり、

低カロリーの物を少量、ミルクは絶対入れたくないな。…でもな、甘酒か、懐

かしい響きだなあ…、子供の頃、そういえば、神社の露天でよく甘酒をのんだ

よなー。当時は、甘いおやつが少なかったので、甘酒が大変うまかった思い出

がある、でも、ショウガ味がちょっとな…。」

あのー、「コーヒーにしてください」と、思わず返事をしていた。

 おやじさんの「まあ、お掛けなさいな」の声で、丸太のくりぬきで作られた

、黒光りした時代腰掛けに、腰をおろすのでした。古伊万里の猪口で、コーヒ

ーをいただきながら、目は店内を物色していたのである。

ふと、かたわらを見れば、江戸後期かあるいは、明治初期頃の行灯。

 朱赤うるし仕上げの曲げわっぱ造り、外周には和紙貼り、妙に使い込まれ

たろうそく立ての金具が、とても暖かく、また優しく感じられた。

 この行灯のろうそくの明かりだけをたよりに子供達は、あるいは、未来を模

索した若き獅子達は、何を思いめぐらし、書物を読み、勉学に励んだのであろ

うか。

現代人であれば、ほとんど薄暗くて、もやもやとしたろうそくの明かりでは

まともに書物など読めないのではないだろうか、そのような状況の中でも、あ

たりまえのごとく、彼らは「情熱」を燃やし、その明かりで 勉学に励んだの

であろう。

現代の我々も、もっと努力せねばと思わずにはいられない感じがするのでし

た。最近、「楽しく人生を過ごしたい、そのために労働をする。」このような

考え方の人達か゛大変多いと言われています。

戦後、どん底から、ハングリー精神をもち、必死で努力し、現在の日本にな

ったと聞きます、やはり、全てに対して最善を尽くし努力する、努力なくして

将来はあり得ない。…と思うのですが。

「冬来たりなば春遠からじ」のことわざもあるように、 楽しさ求める人生よ

り、つらさ、苦しさを乗り越える努力、忍耐、成し遂げられた時のすばらしさ

、楽しさは何百倍の価値と人生の生き甲斐となるであろう。

「積雪に、こうべをたれるススキかな」どこかで聞いたような…。いまにも

折れそうな細い茎で、積雪と風に押し倒されてしまいそうであり、まさに、現

在の日本経済のようである。、いつか来るであろう雪解けを、じっと耐え、待

ち続けているススキの強靱さ、忍耐力を見習って生きていきたいものだ゛と思

うのです。

コーヒーを飲みほして、前方に視線をむけると、十五センチ程度の灯火器が

目にはいった。たぶん神仏用お灯明器だとおもわれる。古瀬戸だと思われる鉄

釉が美しく,取っ手付きのデザインがユニークで楽しく、下部だけ無釉となっ

ていて素朴さをかもしだしている。 

 猫足の飾りの付いた李朝の書案(ソアン)に、この鉄釉の灯火器に明かりを

灯し、こぶりの李朝粉引徳利にロウバイの小枝、ロウでできた黄金の可憐な小

花が数個、そこまで来ている春を感じさせるようだ。手元には、古木のくりぬ

きに蒔絵をほどこした手あぶりに、少しの炭を起こし暖をとる。

 深々と降りしきる雪の晩、灯火器の明かりだけを頼りに読み物でも、障子に

うつる、お灯明の揺れ動く明かりに時の経過を感ぜずにはいられない。

 ふと、左手で形作った狐の形…、影絵。そういえば子供の頃、兄弟や友達で、

裸電球の決して明るくない障子の両側に分かれ、楽しく影絵の遊びをしていた

事が思いだされた。自分だけの影絵を、子供なりに一生懸命、友達をびっくりさ

せようと、考え演じたものであった。

テレビすら無い時代であるが、今一度振り返って体験したいものだ。今人々

が忘れかけている大切な事を思い出させてくれる事だろう。、また、若者なら

一度体験してみてもらいたいのです、あまりに、便利になりすぎた現代ではあ

るが、「創造する」という大切な事をきっと思い出すのではないでしょうか。

 「温故知新」のことわざもありますように、二千一年はこのような事からは

じめてみたいものだと考えています。静寂のなか、障子にうつる灯火器の揺れ

動く明かりを見つめながら、ふと、そう思うのでした。

《参考画像…行灯・灯火器》 徳  峰

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

【二行の風物詩…白雪の地平線】 徳  峰

白雪の佳日、晴天のブルー、大地のホワイト、地平線のジグザグは、

  遠くの山脈に林、山村につづく足跡が、あたかも天に昇るがごとく。 

 

bP9【黒い糸に結ばれて…  】  

江戸の町、九尺二間の裏長屋、大寒過ぎの頃、「てやんでぇ、べらぼーめぇ」

と威勢のよい大工の熊さん、ねじり鉢巻きで、肩に大工道具箱をひょいと担ぎ、

「おっかあー、ちょいと行って来るぜ…」、 そんな、熊さんと黒い糸で結ば

れていたのでした。

ここは、山村片田舎、一軒の骨董屋、「こんちわー、ちょっと品物を見せてく

ださーい」と挨拶もそこそこに、目はすでに店内を物色済み。

 にこにこ恵比寿顔のご主人にすすめられて、いろりで暖をとる。黒光りした

鯛に、いぶし時代色の竹の自在鉤。吊られた鉄鍋には、猪肉と野菜のみそ仕立

て汁鍋の香りがいかにも、食欲をそそるのであった。

 根来の大振り椀に、使い込まれた木杓子で、ゆげのあがる汁をそそぎ、「暖ま

りますからどうぞ」とだされた。そりゃあもう、絶品なうまさであった。

 高い天井、すすけた梁組の店内、時代色の木工品と、古陶磁があふれかえっ

ている。そんななか一際目に付いた、 梁から吊り下げられている墨壺たち。

そう!裏長屋の大工の熊さんが、自分でつくった墨壺?…。決してあか抜けは

していないが、黒光りした、使い込まれた丸み、色が、とても暖かく感ぜずに

はいられない。 

 この墨壺とは、大工その他の職人が、墨を湿らした糸で直線を引くのに使っ

た道具であり、中国で生まれ伝来も古く、正倉院御物にも納められている。

 大工が自分で使う必需品として思いを込めて作った物が多いとか。

いま、こうして墨壺を手にしていると、「てやんでぇ、べらぼーめぇ」熊さん

とまさに、時代を越えて、墨壺の黒い糸で結ばれているような気がしてならない

のである。

 もう一品気になった物に脇の棚に木彫り彩色の獅子をあしらった、社寺装飾

の一部と思われる細工物。彩色の絵の具のはがれが、時代経過をあらわしてい

る。土台の金箔は今も健在で、いにしえの輝きを発散している。近辺山村、社

寺からでたものらしい。

 建築の彫刻といえば、 日光東照宮の彫刻で超有名な、左甚五郎。彫刻の細

工物の競争で、ネズミをテーマに制作したそうな。ネズミだけに、審判を猫に

させたのだそうだ。このネズミの細工物を見るや、甚五郎作のネズミをいきな

りくわえ走り去ったそうな。「ほう、甚五郎のネズミは、猫もだまされる位の

出来だ」と観衆が大騒ぎ。 実は、甚五郎は、大変なアイディアマン、木彫り

でなくて、鰹節でネズミを作ったと言う浪花節の一節。

 どんなに時代が変わっても、又、現在のように不景気でリストラされるこの

時代、手に職を付けるという事。そして、何事に対しても、創造力とアイディ

アが、必要となってくるのである、創造力とアイディアの大切さを考えさせら

れる話である。

「コーン」と、にこにこ恵比寿顔のご主人。いぶし銀製、全面見事な菊の彫

刻入りキセルで煙草盆を叩いた音で、大工の熊さんが棲む裏長屋から、古民具

一杯の山村片田舎、一軒の骨董屋へ黒い糸を頼りに無事到着?。

     徳  峰

《 参考画像… 獅子社寺装飾・いぶし銀製キセル 》

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

 

 

bQ0【へっついと五右衛門風呂  】  

二月二十日は、地元の秋葉山、春の大祭。風の冷たさでは、日本一と言われ

る、ご当地名物、伊吹颪の冷風も和らいで、春の気配が一段と感じられる日々

となってきたある日、古くからの友人が実家を訪ねるので、同行しないかのお

誘いで、喜んで付いていったのです。片田舎の山村で古民芸について考えさせ

られたのでした。

 前日は、旅支度も完璧…。愛車ランドクルーザー八○でドライブのため、大

事をとって早めの就寝、と思ってはみたものゝ、夜中までの特急仕事、何とか片

づけ、やれやれの一杯は、李朝徳利と古備前のぐい呑み。あゝ、はらわたにし

みるなあ…、と思ったら、意識不明の高いびき、気が付いたときには、早朝出

発の時間でした。

友人を同乗させ、いざ北方をめざして出陣!。国道をした走りし、渓流沿い

にしばらく走ったのである。途中、渓流釣りをする事も目的のひとつであった。

 源流近くまで、車を進めこれよりは、車が入れぬので徒歩となった。

 まだまだ初春ではあるが、残雪が多く、雪解け混じりの水音が快く、寒ささ

え忘れ、ストレスにより疲れ切った我が心を癒してくれていたのである。

解禁まがない渓流で、いわな、あまごを求め、静かに水音に耳を傾け、自然

と一体に解け合うがごとく、糸をたれる至福のひとときであった…。

 あたりがない。おっと!、餌を付けるのを忘れてしまっていたのでした。

 釣果は、ちょいと小さいけれど、天然あまごが三尾。今時の時期で出会えた

感動と、美しい魚体に感動し再会を願い放流し、旅を急いだ。

 やっとこせ、着いた友人の生家。東西南北のすべてが、山々に囲まれた小さ

な山村であったのです。こぢんまりとした茅葺き屋根の家で、屋根から突き出

た煙突からは、暮らしの香りを感じさせてくれる白煙が立ち上り山々の間にし

みこんでいくみたいだ。この白煙我々の為に、顔中しわだらけで腰は少々曲が

ってはいるが、顔の光沢が良い年老いた友人の母親が、五右衛門風呂を仕立て

ていてくれていたのでした。 早速、浮き板の上は天国、下は地獄の五右衛門

風呂をいただいた。小学生の時以来だから、約四十年ぶりの懐かしい五右衛門

風呂であった。

風呂上がり、いろりを囲み、瀬戸馬目皿に盛りつけされた山菜煮物を肴に

熱燗の地酒を古瀬戸鉄釉徳利、ぐい呑で一献いただく。蛸唐草のなます皿で雉

鍋をお相伴。ふと、土間をみると使い込まれたへっつい(かまど)には、赤々

と時にはオレンジ色の炎で薪が威勢良く燃えている。五右衛門風呂の浮き板下

は地獄とはこの事である。

友人が育ってきた環境、生活空間が、ほぼ現在もそのままであった。我が事

のように、大変懐かしい思いがしてならないのである。

人類をはじめ、生き物は、死して子孫を残し、「血」なるものを引き継いで

いく。古民芸をはじめ、制作され使い込まれた物は、先人の心と、大切にされ

今日まで受け継がれてきた歴史がしみこんでいるのである、現在を生きる我々

は古民芸など、先人のメッセージを次世代に引き渡す役割があるのではないか

と考えるのです。

伊万里染付そば猪口に、へっついの茶釜から番茶をついでもらい、しばし、

赤々と燃える炎を眺め、ふと、我が子供の頃、かまどのひとつには、必ず茶釜

に温かい番茶がわいていた事と、かまどの前には、いつも、笑顔で昔話をして

くれた祖母の顔があった事を思い出していたのでした。

外は静かで、小川の流れるせせらぎと、水車の回転する音だけが、時を刻ん

でいるかのようだ。

徳  峰

【参考画像…瀬戸馬目皿・伊万里染付そば猪口】

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/3831/sankogamen.html

《丹羽ライオンズクラブ会報 掲載》

bQ4    【古屋で出会った乳幼児用つぐら】
bQ2    【五条川春爛漫】